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来年のワールドカップに向けて、今年の南アフリカでのコンフェデレーションズカップの決勝戦、私の予想外れだった・・・ いいえ、うれしい結果だけどワールドカップ優勝して欲しいブラジルがここで優勝したら本番のワールドカップは優勝できない。Jinxというやつがある、、、 でもjinxと関係なく、国内リーグでも大変盛り上がっていて、世界中のトッププレイヤーを買い求めるスペインリーグ、それだけサッカー王国であるスペインが私の優勝候補だった。どうしたんだよ、スペイン、、、 昨日の3位決勝戦でスペインはホストの南アフリカと対戦した。私たちは出かけ中だったの車の中でタイのradio局で試合を聴いていた。タイ語はあまり分からなくても、タイ人の解説者のコメント、「南アフ、テクニック全くないな~」、なんて言っていた。これって、他の国ではあり得ないコメントだろうと、旦那と驚きながら話しもした。バーでビールを飲みながらのコメントのレベルであっても、マスコミの解説者の言葉じゃない!全く、失礼だな~! それでも試合はとっても面白くて、家に帰ったら旦那はすぐテレビをつけて、テレビでも試合を観戦。南アフリカが先にゴールを決めて、もう試合がその まま終わるかと思った。でもスペインはまだ生きていて最終的に逆転勝ち。あんな、3分以内に2点を決めて試合の転回を変えられるなんて、奇跡のようだった。 は~南アフリカ人のサポーターたちは試合が終わる前にだんだんと試合を諦めて、早めに帰宅する様子がテレビで映された時、かわいそうと思った。それで私も途中から応援を変えて、今度は南アフリカの応援をし始めた。でも結局スペインが勝った。。。 その何時間後、決勝戦のブラジルxアメリカだった。完ブラジル応援の私、100%アメリカを応援する旦那、その夜はサッカーの話はスペインx南アフの話に絞った。決勝の話になると夫婦喧嘩になりそうだったので。。。 試合は、タイ時間の夜中だったので私は子供たちのこともあるので観ないと、旦那に言った。どんなに観たくてもやっぱり子供たちのことが先だよね。でも旦那は、私が知らない間の夜中に起きて試合を観た。確かに夜中に旦那の大きな声が聞こえた。まさか、ブラジルが負けているなんて、私は想像もしなかった。 ブラジルは前半は2点の差で負けていたらしい。ブラジルを相手にして、2点の差をつけて後半に迎えたアメリカはすごい!それで旦那が興奮して寝る気がなかったんだろうな。 今朝、私はもちろん、旦那より先に起きてすぐネットで試合結果調べた。ページには、『ブラジルは逆転優勝』と、大きく書いてあった。結局、試合は後半で転回し、ブラジルが3点を入れて勝った。旦那が起きたくない気持ちも分かった。夜中に夢を観て、急にそれが地獄に変わったのでなかなか寝れなかっただ ろう。起こすのもかわいそうで、今朝はちょっと遅れての出勤と通学だった。 まあ、アメリカは予想以外にベスト4に入ったのでワールドカップではいい結果が期待されると思う。ブラジルは前回のドイツ大会のように、コンフェカップを優勝し、ワールドカップ優勝は外れるだろう、、、。歴史の中の今までは両方を優勝するチームはないらしい。 期待はDunga監督とその選手たち、このjinx をどうにかしろ~!
2009.06.30
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今朝のネットのニュースで気になる記事が2つ: マイケル・ジャクソさんの急死 ファラ・フォーセットさん、62才で、、、 ファラさんは前からガンで入院したいたが、それでもいざとなるとなんだか受けいられないね。 私は80年代のこのアイドルたちを知って育って来た。別に好き嫌いとは別に、ニュースや話題に必ず出ていた人たち。そう言えば、実家にあのマイケル のLPが2枚ほどあったようなきがする。スリラーは本当によくできていて、それまでのミュジックビデオの感覚を変えた。マイケルが小さいごろのThe Jackson Fiveの映画もテレビでやっていたと思うし、漫画もあったよね。 ファラーさん、80年代の「チャーリーズ・エンジェルス」に出演していて、知らない人はいないだろう。ブラジルでは毎週水曜日の番組にやっていたよ ね。3人の友達たちとよくAngelsごっこで遊んでいた覚えがある。彼女は美人で彼女のスタイルを真似されるほど人気者だった。 この二人へ心から永遠の安息をお祈りいたします。
2009.06.26
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3才8ヶ月、5才の子供たちをいつごろに音楽コンサートに連れて行こうか、新聞や広告のイベント欄でよくコンサートの案内を観ていいチャンスを待っていた。その日がやっとやってきた。 知り合い日本人ピアニストの”Jun Komatsu"のソロリサイタルの案内に『子供の情景』プログラムが書いてあった。よーし、子供連れて行けるかどうか確認したら一応親との同行は”O.K."だそう。 旦那は出張でいないので音楽に興味をもつ友達を誘って、子供の面倒も手伝ってもうことにした。 コンサートは夜だからその日、学校から帰って来て、まず宿題を済ませてから出かけることにした。普通は考えられないけど、室内コンサートなのに子供だからおやつや飲み物を鞄に用意して出かけた。 会場に着いたら、ウチの子よりうんと大きいけど中学生からの子供たちが沢山いたので安心した。中に下の兄弟を連れて行った親子もいたのでウチの子たちと同じぐらいの年齢の子たちもいた。 UFOは見えるところの前の席がいいと言ったけど、一番前はV.I.P席用だから2列目からにした。そうすると、前に誰か座ったらUFOはぶーぶー文句言ったり、うるさくいい始めるのでまたちょっと席を移ったりしてやっと落ち着いた所にコンサートが始まった。 シューマンの『子供の情景』のなか、聴いたことある曲はいくつかあったけどほとんど知らない。でも元気な曲だと、特にBEAは指揮者のように手を 降ったり、多少は楽しんでくれた様子。UFOはリズムに合わせて頭をうごかしたりした。けれど、ちょっとつまらなくなった頃にUFOはプログラムの台本を 使って、紙飛行機をおり始めた。おっている紙の音が気になって、前の席の人がちょろちょろ後ろに降り向かっていた。飛行機が完成したら取りあえず飛ばし ちゃいけないと、注意したが、飛行機を手に持ったまま頭の上まで持って遊び始めた。今度は後ろにいた人がきっとむかついていただろう。。。 生演奏はまだ続く・・・ 今度はBEA。友達の膝の上に座っていたが、曲の一つずつ終わると拍手をしようとするがタイミングが違う、、、全部終わらないと拍手しちゃいけないと、注意もらってもやりたがる。。。 次はUFOとBEA交代で、今度はBEAが私の膝に座らせて、UFOは友達の膝に座らせた。 「家に帰りたい!」 「まだ終わっていないの・・・シー!」 BEAがちょっとぐずり始めたところ、隣にいた優しタイ人の女性が飴をくれた。飴もらったからしばらくは静で、家に帰りたいと言わなくなった。でも その飴は大人ようののど飴で結構辛かっただろう!ミント好きなBEAはその辛さを楽しみながら飴をなめていた。余計に、隣のお姉ちゃんは口を開けて 「は~!」と、風を通して喉をすっきりさせていたらBEAもUFOも真似し始めた。だけどその「は~!」の音が彼女の3倍よりも大きいのでまた前の席の列の人が落ち着かない様子で後ろをじろじろと見ていた。 これでやっとプログラムの前半が終わって休憩が入った。 「帰ろうよ~!」、「なんでまだ帰らないの?」とかの連発が始まった。 でも休憩だからちょっと大きな声で喋ってもかまいませんし、ちょっとでも走り回っても平気でしょう、、、演奏の時だけは静にしていれば誰に文句言われないでしょう(まあ、人によってそれが演奏中でも静でなかったりして・・・?) 休憩からステージに戻ろうとしていたピアニストはステージの裏で退避していて、その姿が見えた。彼女が立っていた位置からちょうどウチの子たちが遊 んでいたところが見えたので、恐らく静かになるのを待っていただろう。UFOとBEAが走り回って席に戻ったところ、彼女はすぐステージに上った。 後半は大人用のプログラムで、大人でも好みによって聴きづらい曲もあったが子供たちは割と静かだった。と言うか、静より最後の15分間はBEAは睡眠状態だった・・・UFOは友達の膝の上で、頭が重たそうにしてあくびしながら音楽を聴いていたか夢をみていたのか・・・ コンサートが終わって、家に帰るまで子供たちは寝かしたままだった。でもトイレに行かせないと朝まで絶対持たないと思ったので無理矢理トイレに連れた。 今朝は二人とも自分から起き出して来て、シャワーも歯磨きの時もすべて協力的だった。そう言えば、最近BEAとのバトルがなくなって早めに準備できることが多くなって来た。やっと成長したかな? まあ、こうやって子供たちの初コンサートに連れて行くことができたし、思ったよりおり子だんだったと思う。ありがとう!!!あそこで泣いたり、反発 したりすると失敗だったけど最後まで音楽を聴いてくれたことがよかった。後、誰かに追い出されるほどにうるさくなかったので許せる範囲だったんだろうね。 クラシックの女性ピアニストの生演奏は私も初体験だった。でも感想は、、、うん、、、男性の演奏の方が迫力があって気持ちが豊に伝われて来る気がした。他 のジャンルなら女性ピアニストのボヤーンとした感じでもいい。でも今回のように、たまに聴くのはいいと思う。また演奏あったら行きたいと思っているが、子 供たちのことを気になってピアニストの友達からもう案内が来れなくなるかな?
2009.06.24
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昨日「父の日」だったんだよね。タイでは王様の誕生日、12月5日になるのでデパートでセールスあったり、イベントもあちこちにあるので忘られないけど、昨日のことはすっかりと忘れていた。 旦那はしかも、出張でいないし、、、 外国にいる家族や親戚からメールをもらって初めて気がついた。急いで、旦那や旦那の父にメッセージを書いた。ちなみに、ブラジルは8月の第2日曜日なので今回は自分の父にメッセージ送らなかった。 メッセージにUFOが描いたものも一緒に。 メガネのはパパの似顔絵 畑で働くパパ(農産業の会社に勤め)#ミミズに注目!# パパはAeroflotのロシア航空会社で帰って来るけど(ドキドキ)、、、無事に帰って来てね!!!
2009.06.22
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先週に引き続いて、なぜか今週末もバンコクでのプチ見学をして来た。旦那は出張でいないので週末を子供とずっとお家で過ごすのもお互いにストレスが溜まるばかりなのでどっかへ散歩に連れて行くことを考えていた。 行き先はTalad-Na'am(タラットナームのBang-nam-phung)と言うところ。今まで行って来た水上マーケットと違う雰囲気で、外国人の観光客のための所より、タイ人用の観光スポットって感じだった。 中に入ったら水の上に迷路になっている橋を歩く感じになる。下は水で上にはテントがあるが、海の風もあるせいか、周りに木が多いせいか、暑く感じな い。要するに、あのWeekend Market Chatuchakの地獄とは全然違って、快適に見学ができる(特に買い物が目的じゃない私にとっては)。 マーケットの周りはこんな雰囲気、、、 これは果物かよく分からない。スーパーで良く見かけるけどこんな安かったっけ? バナナの葉っぱの中に餅米と小豆が入っているデザートで私も大好き! Chatuchakより洋服関係のお店は少ないけどタイのお土産は買えるし(OTOP商品が沢山!)、子供たちに人気の金魚を売っているお店やおも ちゃ屋さんが沢山あった(週によって商品が違うらしいけど)。でもタイ人たちに一番人気なのは植木屋さんや食べ物系だろう。私も欄の植木買いたくなった が、次回にしよう。タイ人は多分ここに来たら色々な物が食べられるのが楽しみだろう。地上にあるお店だと、テーブルは森の中の木下に用意されていて、まる でピックニックな感覚で食べれるのでは。更に、水上マーケットと同じように、カヌーで食べ物を売れに来るおばさんたちもいる。カヌーのおばさんから食べ物 を買って、そのそばにテーブルが用意されているが、それもとっても清潔感があった。 他に日常品も売っていて(多くはないけど)、野菜や果物、食器などもあって、特にウチの子たちにいくつかの手作りおもちゃを買わされた。そう言え ば、来月UFOの誕生日があるので、その日にクラスの友達たちに配るおもちゃを10バーツでゲットしてきた!そのおもちゃはウチの子たちに大人気でずっと 遊んでいても全然壊れなかった(笑)。だって、10バーツの手作りのおもちゃだし、棒の先に長い紙が巻いているだけなのに長持ちするとは全然期待しなかっ たが、3日目になってもまだ遊べる状態だから結構丈夫みたい。さて、そのおもちゃの名前知はらないけど遊び方は写真だけで想像できるかしら? 棒を振り回したら巻いている紙がずっと延ばしてまた巻き状態に戻るだけだけど。。。なぜか子供も大人もハマってしまう。。。そのおもちゃをいっぺんに25個も売れたお兄ちゃんはすごく喜んでいたけど一つもまけてくれなかったな~(涙) 他にバンコク市内であまり観ないものが沢山あって、色々写真撮ってもよかったけど好奇心の方が先に走ってつい忘れてしまう、、、特にちょっと変わったデザートや食べ物はいろんな種類をまとめて一カ所で買うのに、ここはとっても便利そうだ。
2009.06.21
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サンタクルス教会の見学(と言っても中はみられなかったが)の後、同じ散歩コースにたまたま出会った『クワン・イン』寺院(宮安建)がある。 この寺院は本当に偶然見つけたけど、とっても古くて、小さくて、可愛いものだった。壁に描いていた絵から天井からぶら下がる版画はとってもきれい だった。なんだか、中を覗いたらただの寺院には見えなくて、博物館の感じだった。調べたところ、この寺院はラマ三世の治世 (1824~1851)に建立されたものという。 お寺の裏から入るドアー 中の写真は禁止なので、ドアーから撮った写真 ドアの入り口にあった壁 壁から浮かんで来るこの画像は結構痛んでいるけど青い色の鮮やかさが残っている外の壁にあるこの版画はとっても細かく、素敵な作品である この宮を見学している時、他の見学者たちが見えた。彼らは実はこの宮のドキュメンタリーを作成していた。皆さんにこの宮の大切さを伝えて、歴史を 守って行こうと狙いがあるらしい。中の写真撮影が禁止られているのは、中の作品の泥簿が多いからだそう。写真を撮って、その映像をネットに乗せて、買いた い人が出て来たら誰かがその作品を盗みに来るらしい。こうやって、宮の歴史がだんだん消えて来たと言う。 子供たちは、その宮に並んでいたベルを鳴らして遊んでいたので結構迷惑をかけていたから私たちも急いでそこを後にした。でもこの宮の歴史をもっと知りたいので是非そのドキュメンタリーを観てみたいと思う。
2009.06.19
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今日は子供たちの学校の「先生感謝日」だった。ただの先生の日と違って、タイの伝統的な儀式でもあり、指導者、講師、あるいわ先生への尊敬を示す日である。 ちなみに、ムエタイの試合前に必ず行われるパーフォマンスは「ワイクルー」と言われるのも、今回私初めて知った! 子供たちの学校からもらっていたカレンダーは当然タイ語なので、会社の人に翻訳してもらっていた。6月18日には『Teacher's Day』の英語の表示があって、その隣に【お花を用意】と書かれてあった。とにかくお休みじゃないことと、なにかを用意して子供たちに持たせなきゃ行けな いことだった。 当然、タイの伝統や常識のことを知らない私は、普通の花束を用意するつもりで、会社の人に頼んだところ、みんな大騒ぎし始めた。タイ語があちこちに飛び回って、なんでみんな焦っているかと思いながらみんなの様子を見ていた。 一人のおばさんはガーデニング用のはさみを持って出かけて行った。もう一人は秘書さんからお金をもらってどっかへも出かけた。 私はガーデニングはさみを持ったおばさんをまず着いて行った。 「ほら~これ可愛いでしょう?」ある赤い花の植木を見せてくれた。 「でももう一つ必要なのよ、UFOとBEA用・・・」、もう一人の人が思いだしてくれた。 「あそこにあるのはどう?」もう一人の人が駐車場の外を指して、みんなでまた外へ。 なんと、隣のお家の庭から出ているお花のことじゃないか?まさか~と思っていたら、はさみのおばさんも、 「でもそれは泥簿よ~!」 先提案した人はおばさんからはさみととって、ばさっと小さな花束を切ってしまった。 「いいんだよ、ちょっとだけだし、、、」 おばさんはその隣のお家に向かってワイをするので、私も一緒にワイをして、泥簿を許してもらった(いいのかこれで???) そのうち、お金を持って外に出かけていた女の子が戻って来て、お香とロウソクの2セットを渡してくれた。それが先の人たちが用意してくれたお花とアレンジして子供たちに学校に持たせるようと言われた。お花を丁寧に水に濡れた新聞に巻いてもらって家に戻った。 でも私として、まだ理解できないのは、なぜ泥簿までしてその花束を先生に上げるのか。泥簿しなくてもお花屋さんで買えないのとか。。。 家でネットを色々調べたところ、やっと意味が分かった。会社の人たちは私に必ずタイの古い伝統を教えるために”ケム”と言うお花を用意 してくれたかったみたい。このお花はタイのどのお家によく見かける。「知恵」の意味を持っていて、昔からワイクルーの日にこのお花を使うらしい。でも確かに、だからと言ってお花屋さんでは見たこと無い。きっと会社の人たちが大騒ぎしていたのはそのことだろう。このお花はタイ人なら誰でもお家で育てているし、日常品の一つになっているのでマーケットなら売ってそうだけどお花屋さんでは買えないだろう。しかも、私が会社に話掛けたのはもう午後の3時だったので、 それからマーケットで探すのは無理だったんだよね。次の朝、会社の誰かがお家からわざと私に持って来てくれても学校に持たせる時間までには間に合わないし、面倒だし。。。 取りあえず、今年の子供たちの「ワイクルーデー」はセーフで、出来上がった花束はこちら: 私のイメージの花束とは全く違っていたけど、会社の人たちのおかげで可愛くし上がったと思う。一応、金色のリボンを巻いてつけたけど学校で他のを見 たら輪ゴムでもよかったみたい。なるべく伝統を守りたい気持ちがあるので来年の為にこのお花、ケムの植木を買いたいと思っている。ブラジルの実家の庭にもこのお花あったけどブラジルの名前は知らないし、こんな大事なお花だと知らなかったよ~とにかく、今回のことで私も色々勉強になった。 このケムの花以外にナスのお花も使えるそう。ナスのお花の頭はいつも下がっているので、御辞儀しているようなイメージがあり、「尊敬や謙虚」を示すらしい。 でも私一人だと、タイ人にとっても失礼なことをするところだった。実は、「Teacher's Day」に「花束を用意」と読んだ時、どうせなら花束に他のギフトをつけて先生に上げようかと思っていたの。それを実行していたら大失敗で、子供たちもか わいそうな立場にさせていたんだろうね、、、情けない、、、やっぱりタイ人にちゃんと聞くべきだった! 今回、色々調べたところ、一番参考になった文は英語のwikiのものである。日本語のwikiにはムエタイとの関係がメインとして書いてあるだけ。しかも、日本語のwikiには日にちが間違っている。6月16日、決まった日にちのように書いてある が、実際には新学期の始まりごろの木曜日の日に行われるそう(木曜日はヒンズー教の”先生や知恵の神”を祈る日であるからだそう)。
2009.06.18
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こないだの日曜日、友達が遊びに来ていることで、ちょっとバンコク市内の観光をしてきた。今回はいつもの観光スポットより、ちょっとメージャーじゃないところにした。それはThomburiにあるSanta Cruz Church (サンタクルス教会)である。こちらのページから映した文書:会場:ワットサンタクルス( Kudiチン) 、トンブリ地区"サンタクルス"ポルトガル語、素晴らしいクロスを意味します。この教会は、トンブリの最初のカトリック教会、司教タイムスリップトゥゴアは、フランスの司祭は、 1767年には、アユタヤの立ち下がりは、ポルトガルの首都逃れたキリスト教徒によって建てられました。 常任教会の建物は、1916年に建てられた、イタリアの優雅なスタイルは、一階建ての構造は、川に直面している。残念ながら私たちが着いた時間にはもうミサが終わっていたので中には入れなかった。午前中と夕方のミサに人が集まる時しかドアーを開かないらしい。タイは仏教の国なので教会の裏にあったマリアやイエスキリストの像は新鮮に感じた。 また、隣にあった学校の広場に描いていた壁画、なぜか豚とマッフィンの様なお菓子があった。これって、ポルトガルからタイに渡って来た文化を表現しているんだろう。 チャオプラヤ川からの教会入り口にちょっとしゃれた船の乗り場があった。実は、このトンブリ側の古バンコク巡りはチャオプラヤ沿いに作られた橋を使ってずっと散歩できるようになっている。川沿いなので風通しはいいけど日差しの中を歩くのは大変だった。子供たちは途中から嫌がっていてイライラさせることもあった。本当に暑い日で(40°Cは超えていただろう)、子供たちの頭から汗がだらだらと流れていた。でも次回、この下の写真のように、散歩橋は長く続いているそうで、【暁の寺】(Wat Arun)まで歩いてみたいね。
2009.06.17
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今日はバンコクで久しぶりの暑い日。。。いいえ、冗談じゃないの、Songkran以来に40°Cを超えたただろう。。。 でも夕方、急に大雨が、、、 家の周りは全部窓やベランダがあり、今日の雨で"南”と”南東”、両側から雨漏りが、、、こんな両側から雨が入って来るのは初めてかも知れない。 こんなスコールは日本でも経験したことない。実家のアマゾンでよくあったけどバンコクではたまに経験する。子供たちも驚いて泣きつけて来るが、家の中に窓から雨が入ったので、それを拭いたり、暴風 も強くてベランダの洗濯棒が倒れたのでどっか飛ばされる前に家の中にしまっておこうとか、、、でも色々やっている間に急に風がおさまり、その後雨も小雨に変わった。 先までちょっと危険そうなベランダの様子を覗いたら、こんなのがあった: 「虹のところに行きたい!」、UFOが叫んだ。 「行けないの、行けたら私も行きたいわよ、、、金取りに、、、」 このお話まだ知らない子供たちに話してみたけど”金”に全く興味ない子たちだからお話は面白くなかったみたい、、、 子供たちは引き続き、ケーブルテレビのアニメに夢中。ところで、そのアニメが”SUSHI PACK"と言うんだけど、日本では全然知られていないのは当然だろう(全然面白くないんだもん!)。 子供たちに人気なかった今日の虹は、私が今まで見た虹のなかで一番きれいで一番はっきり見えたので感動した。旦那がまた出張で空港に向かうごろでちょっぴり寂しい気持ちだったけど、この虹を見たらちょっと元気になった。
2009.06.14
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今日の新聞記事の内容がとってもとっぴななお話でブログに書くことにした。 日本の年寄りならで、ありそうなな話だけど、自分のおばあちゃんじゃなくてよかったと思う。 これはイスラエルのあるおばあちゃんの貯金のこと。 娘さんがお母さんに喜びを与えようと思って、ベッドのマットレスを取り替えようと。もう何十年も使っているマットレスは凸凹で穴も開いていたそう。優しい娘さん、お母さんに言わないでマットレスを取り替えていた。 新しいマットレスに気がついたお母さん、朝起きたら娘さんを起こして秘密な話を聞かせた。マットレスの穴の中に貯金をずっと突っ込ん来ていたけどそ のまま処分されたのでは。。。それが1ミリオン$$$近くだと言う。急いでゴミ場まで走った娘さん、そのゴミ場はもうきれいにゴミが無くなっていた。急い でゴミ処理会社に問い合わせしたがそのマットレルが出て来ない。 ニュースを聞いた人々がそのゴミ処理所に大勢集まり、整備が大変らしい。いいえ、おばあちゃんを助けに来た訳じゃなくて、自分のためのtreasure hunting である。 でもおばあちゃん、心広いか、悔しいけれでも自分も家族の人が大きな事故や末期症状になった訳ないからお金は見つからなくてもいいのよって感じで、すぐ開き直ったみたい。その娘さんも、自分は今までもっと酷い状況になったことあるのでこんことで落ち込むことないと、、、 神様、こんなおおらかなおばあちゃんと娘さんにずっと幸せを与え続けて欲しいな。 英語の記事はこちらへ。
2009.06.11
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タイの幼稚園の新学期が始まってからもう3週間終わったところ、子供が過労を感じきている? まさか、過労なんて、、、 とにかく、3週目の最後の金曜日、学校から帰って来たBEAは熱っぽい。体力なさそうでとにかく疲れていて、帰って来たらそのまま寝てしまい、夕ご飯も食べないで、次の朝まで寝た。まる15時間も! でも起きたらすごい元気で、最初に言ってくれた言葉は、 「パン食べたい!」 よーし、これは元気の証拠だ。 でも心配だったのは、寝ている時に熱を計ろうとした時、耳が痛いと言われたこと。耳炎か調べてもらうため、今朝は早速病院へ。でも驚いたのは待合室 がとっても込み合っていたこと。いいえ、こんなに子供と親たちがきていることはやっぱり風邪が流行っている?小さい子から中学生ぐらいの子まで、とにかく 患者さんが多かった。 病院は予約無しで行ったのでいつもの先生のリストは先に5人、1時間半ぐらいの待ち時間になりそうと言われたので、人気のない先生に回してもらっ た。いつもの先生じゃない時は外れことが多いけど、今日の先生は大きい子を見る先生だけどすごく印象がよかった。でもやっぱりいつもの先生じゃないから BEAは液体の薬より、錠なら飲んでくれると知らなかった。会計の後に錠の薬に変えてもらうためにすごい時間がかかってしまった。 UFOは普通の風邪が引いているけど鼻水や咳だけだけど、熱もないし、食欲も普通なので心配はない。でもBEAは最近気になること、もしかして保育 園から幼稚園に変わってからストレスを感じているのだろうか。幼稚園だと宿題もあるし、もう遊ぶことが100%じゃ無くなって、習わなくちゃいけないこと が増えた。2週間目から週に1回は水泳やキーボードでの音楽のクラスもあって、本人は楽しいと思っていても体がまだそんな忙しいことに慣れていないだろ う。まあ、考えてみたらまだ3才だもんね。色々な初体験することは大変な緊張感を与えられるからストレス・過労はあるだろう。 BEAはまだマイペースで鉛筆の持ち方がまだ正しくないし、それでも直線や数値も書かされる。学校ではみんなと一緒だからなんとかやらなきゃいけな いと思うっているのか、なんとかやっているそう。でも家では絶対無理・・・塗り絵だって、ちょっとしたらもうすぐ飽きるし、色を塗っている感覚がなく、鉛 筆を試しているって感じがする(ちょことちょこと塗るのが特徴?)。 一方、UFOはもうそろそろ5才になるところで、幼稚園はもう2年目で体は1年間鍛えられて来た。今年からキーボードも続き、新たにテコンドーと水 泳の特別クラスを習い始めた。水泳はこれで週に3回することでかなり疲れて家に帰って来る。水泳が無い時、テコンドーがあって、どれもとっても好きみた い。テコンドーは去年からお進めしていたけど怖くてやりたがらなかったのに、今年は自分からやりたいと言わたから体力に自信がついたようだ。UFOはもう とにかく、学校が楽しく溜まらないぐらいで、家でレゴや自分のおもちゃで遊ぶだけで物足りなくなったと思う。でもいいことに、体をたくさん動かすので最近 は肉系(たんぱく質)を良く食べるようになった。 BEAは今ちょうど色々なことに慣れる時期で、これを超えたら体や精神が鍛えられるだろう。今はちょっとハードかも知れないけど2学期目から大分成長することを願うこと
2009.06.10
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SCAM=詐欺、バンコクのKhao SanやSukhumvit、Siam周辺で観光客相手にしてよく耳にする事件。 だが、こないだは道ばたでの詐欺ではなく、大きなデパートのscamを経験した。 デパートは駐在員や観光客、ハイソー(ハイカラな)タイ人がよく買い物する、セントラルCL店である。 ずっと前から私はステーキ用のgrill panを買いたくて、デパートに行く度に色々な商品を見比べていた。ある日、同じセントラルのRIII店で良さそうなのを見つけて、当時は20%引券も使えると言われ、すごくお買い得だった。 でもその日、割引券を家に忘れていたので次の日に行くことにした。 次の日、セントラルCL店に他のメーカーの物が置いてあるだろうと思って、見比べたいと思って、先にそちらへ向かうことにした。CL店は一上のラン クの商品があるので選択肢が色々あろと思った。結局 grill panに関してはRIII店と同じメーカーの物が一番よかった。しかし、一つ気になったこと、張っていたお値段だった。見間違えだと思って、店員さんに聞 いてみた。昨日RIII店で見た値段と違うことを説明したが、店員さんはただのセールスの人だからなにも分からないと言う。差が大きすぎるのでそこで買わ ないことにした。 だって、CL店で20%引きの券を使っても、RIII店の割引前の値段になるんだもん!と言うことは、CL店で言われている割引価格はRIII店にある商品の割り引き前の価格になる。 その足でRIII店へ。 CL店でgrill panを買っていたら、 4140バーツの商品を20%引きで3450バーツ。 RIII店で買ったので 3450バーツの商品が20%引きで2760バーツ。 1380バーツを得した気分(本当はそうじゃないけど) CL店の商品についていた値段はおそらく”偽”の値段だたでしょう。20%割引と言われても、それは定価だけだったりして。。。そんな大手デパートってこんなやり方でもうけようとしているなんて、、、 昨日はまたCLデパートに戻り、違う買い物をしてきた。今度はジム用のブラで、RIII店にないブランドだった。これも商品についていた価格より20%引きになると言われたが、きっとそれはただの定価だろう、、、でもそのブランドが欲しかったから仕方なくて買ってきた。 これからCL店でなにか買う時にタグに要注意!
2009.06.05
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英語では"Terrible Two's"とも呼ばれるのは、この2−3才の幼児の反抗期。終わったかと思ったらまだ続く、次男BEAのこと、、、確かに長男UFOは3才前半で終わり、それからずいぶん聞いてくれる子になった。でも次男、困ったもんだ。 毎朝続いている、幼稚園に行く前の準備のバトルは水曜日がピークを迎える。このパターンがだんだん分かって来た。 月曜日は体育の日で、更に水泳もやらされる。嫌いというより、大好きなプール遊びだけど先生の指示に従って行動するのは苦手な子にはかなりのプレッシャーを感じているかも知れない。それで疲れが溜まって、火曜日また学校に行かされる。 二日目の疲れが更に増え、でもだからと言って、静に休むことはない。こんな状態で自分だけで整理できない、こんなイライラな気持ち、、、どうせなら周りの人にもイライラさせたい、、、お兄ちゃんを叩いたり、 ママを蹴ったり。火曜日の夜までこの状態が続いて、水曜日の朝に起こされるのはとってもイヤ。学校なんて、もう行きたくない。家で寝かせといて 毎朝、制服着させるためのバトル。 目を覚めて、制服を見たらもうすぐ逃げられる。歯磨き、チッコ、洗顔ももちろん、全部拒否。ママと体の戦い、、、でもママは腰が痛いのですぐ限界を感じるのでパパにバトンタッチ。でもパパは出張でいないことが多いのでママしかいない時、ママはすぐ切れる。。。 ママは先に楽の方、お兄ちゃんを着替えさせ、準備させておく。お兄ちゃんはとっても協力的でママは助かっている。まだ寝足りない時は甘えることもあるけど基本的には拒否しない、反発もしない。。。機嫌がいい時、自分で制服に着替えたり、靴を履いたりする。 問題の弟の時は、制服を着替えさせるため、ゆっくり近づいていく必要がある。でも朝ばたばたしている時にそんな余裕ある分けない。制服を着させても 自分で脱ごうとする。折角靴下履かせたのにまたどっかで脱いじゃう歯磨きの時なんて、口も開けない。機嫌がいい時は制服を脱がないだけだけど、着さ せるまでママは一苦労。 家を出る時、ドアのところでyakultを持たせないと自分で前に進んで歩いてくれないからママに抱っこ。ママは自分の鞄、子供の鞄、朝ご飯を持って車へ。Yakultと持ってゆっくり後ろから着いて来るのはBEA。UFOはだらだらでも自分で歩いて来る。UFOは先に車に入って、自分でカーシートに乗ってくれる。BEAは車に入るのも後ろからプッシュがないとなかなか入ってくれない。 車の中でもバトルが続く。今度はお兄ちゃんとスペース取り。自分は横になりたいのでお兄ちゃんのカーシットはじゃまなのでお兄ちゃんを蹴る。いい子の時は黙ってママ の膝の上に座っている。お兄ちゃんはその時、朝ご飯を食べていることが多い(そう、ウチは車の中で朝ご飯を食べさせている!)。 でも学校の前についたら、それまでのBEAの機嫌がどんなに悪くても180°代わる。好きな先生の姿を見たらママの手を離してすぐ先生のそばへ。その姿を見たら、朝からの反発はただの演劇だったのかって感じるのはママだけBEAは嘘のように学校ではいい子? しかし、昨日(水曜日)の学校帰りに近くの本屋さんによることにした。本を買うには、子供たちと一人2冊づつを約束していた。そこは本屋さんなのに なぜかおもちゃまで置いてある。BEAは1冊の本を自分で選んだのに、その本を捨てて次に手に持ったのはミニカーだった。それをどんなに話かけても絶対離 せない。本屋さんで本しか買わない約束だったのに全然きいてくれない。ミニカーは家に帰ったら沢山あるのに。 「このFERRARIが欲しい!」 確かに家にはないこのF1のミニカー。親はF1ファンなので子供たちまで好きになって、このミニカーを欲しがっているのは親のせいでもある。 ママに引っ張られても全然おもちゃを離そうとしない。号泣きで、他の人たちみんなに見られていて恥ずかしいのはママ。でもママは絶対に許さない。今 回許したらいつまでもそうだろう、約束守れない子になる。お兄ちゃんだって、自分の本をしっかり持ってレジでまっているのに、オリコさんのお兄ちゃんのためにもママはBEAに負けたくない。 結局力でやっとママが勝ち。でもバトル中、ネックレースが壊れた。7年前自分で初めて作ったビーズのネックレース、、、気に入っていたものなのに。 戦いの後、体力的に疲れたせいか、BEAは車の中ですぐ寝てしまった。 家についてもそのままベッドの上で寝かせ、夕ご飯前に起きて来た。顔はさっぱりと起きて来て、ちょっと前のこと全然覚えていないかのようにお兄ちゃんと遊んだり、ママに甘えて来たりもする。 昼寝が長かったため、夜はまたおそくまで一人で、眠らずにベッドの上にゴロゴロ、、、 今朝はまたいつものようのバトルがあった。でも制服を着させている間に急に思い出したかのようにBEAは: 「今日はママはFERRARIを買ってくれるのよね?Toys R'US で」 そう言えば、昨日の本屋さんで彼と戦っていた時、 「ミニカーは本屋さんで買うものじゃない、Toys R’USで買うものよ~」 と、私が言った覚えがある。でもそれがあんな緊張やイライラの時に聞いていても次の日ちゃんと覚えていたのね!
2009.06.04
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昨日から一日中、私が気になってネットのニュースを5分ごとに更新して見るのは「エールフランス機」の墜落事故。 ここで一つの疑問:日本人が巻き込まれていないせいか、この事件について日本語のニュースではほとんど取り上げられていないし、新しい情報が欲しい時は日本語のニュースのページをあてにならない。 228人が搭乗して、リオデジャネイロからパリに向かう3時間後に消息を絶っていたこの飛行機、まだ新しくて機械も先端のもだと言われている。なの に、なにも情報を残さずに空の中から姿を消した。大西洋のどこかで、、、原因はまだ分かっていない。黒い箱、3000mぐらい、海の下で眠っているだろ う。でもこの3000mから箱が出て来る可能性は少ないと言われている。原因、雷の説もある。でもこの228人の命はどうなの?昨日の半日まで、まだ飛行機が海の上のどっか浮かんでいることを望んでいた。こないだ、アメリカのケースがあったように、パイロットが上手に川の上に降りることが出来て、全員助かったと言う事件があったのを思い出して。 ここから暗い話になるので避けたい人はスルー / / / 墜落してから24時間後に飛行機の物だと思われる物が海に浮かんでいることが発見された:シートベルト、ライフジャケット、椅子など。恐らくみんな海の中に、、、 家族の人たちは、攻めて死体が欲しい。死体が無ければ愛している者が帰って来られないことがどうしても納得できない。確かに、私もそう思う。 私は乗ったことない、このエールフランス。。。でも最近、アジアからブラジルに帰る時、ヨーロッパ経由の場合、このエールフランスが安いと聞いたの で今度実家に帰る時の方法の一つだと思っていた。でもヨーロッパ経由だと必ずその乱流地域を通過しなければならない、大西洋のど真んを・・・考えたら ちょっと怖くなった。 時期も時期で、最近ブラジルでは大雨、台風も多くて、あちこちに洪水が、、、だからこそ、この事故は自然現象で一瞬に起きた、、、逃げ場がない、空の上だから、、、 乗っていた人々のプロフィールがたまに新聞に書いている。 あるスペイン人の新婚さんたち。ブラジルでの新婚旅行を終え、帰りはバラバラに帰ることにした。彼は早速仕事のため、勤め先の国のギリシアへ。彼女 は親戚のところに遊びに行きたいと言って、別のフライトでパリ乗り換えでスペインへ。新婚さんの彼はギリアに着いて、空港に迎えに来てくれた友人に事故の ことを知らせた。 同じく新婚さんのブラジル人夫婦。その日に結婚式を終え、その夜にすぐ新婚旅行のパリへ行く夢を実現するためにその便に乗っていたらしい。 大学の卒業旅行がブラジルだったイギリス人4人の女性医者たちもいた。医者の勉強を通じて、ブラジルでボランティア活動もして来たのに。 パリに住むブラジル人の若者、お父さんのお葬式の為にブラジルに一時帰国をしてパリに戻る途中。もちろん、お母さんは同時に旦那さんも息子さんも亡くして今大ショックを、、、 あるドイツ人の家族。お父さん、お母さん、娘二人と孫一人で5人で旅行を楽しんでパリ経由でドイツに戻る途中。ドイツの空港で待っていたのは娘二人の旦那さんたち、、、 こんな色々な家族たちの話を聞いていると胸が苦しくなる。でも一番印象に残るのはスウェーデン人の家族のこと。ウチと似たような家族構成で、3才 (長女)と5才(長男)の子供がいる。親が飛行機事故で亡くなって、子供だけ残されるのを避けるため、親は考え、いつもバラバラに飛行機に乗ることにして いたらしい。パパと娘は前の便でパリへ。次の便でママと息子がパリへ。しかし、パパと娘がパリに着いたら初めて事故のことを知らせ た。そのショック、どう受け止めたら良いのか。その親が考えていた方法でよかったのか?今度はパパと娘しかいない家族になった。亡くなられた二人の思い出 はずっと残されるまま、、、 それで、ウチのことを考えさせられた。私も旦那も、こう言う話をしたことないけど、飛行機に乗るのはいつもみんな一緒。交通事故はまだ色々な可能性があるだろうが、特に飛行機の場合、みんないなくなる可能性が高い。 まあ、夕ご飯の前なのにこんな暗い話になってしまった。 #先、空港に着いた旦那から電話が入ったところ、、、一月のなか、半分以上は出張で出かけていることが多い旦那である。この仕事を初めてから飛行機 に乗っている時間、きっと産まれてから乗っていた時間を超えてしまった。旦那が一人で飛行機に乗る時、いつもドキドキする私、、、
2009.06.03
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物が盗まれたわけじゃないのに警察に届けを出さないといけないのはどう言うこと??? これはタイの銀行の通帳の話。 銀行通帳のページが一杯になって新しいのを取り替えなきゃいけなかった。でも2−3月は引越や子供たちの学校のことで忙しかったので銀行に行くことを後回しにしていた。古い通帳は鞄の中にいれたままだった。 3月にある日、部屋の契約のお金のことで銀行に行く用事があったのでづいでに通帳を取り替えようと、銀行の人に話した。しかし、口座は旦那と私の二人の名義になっているので、旦那も一緒に行かないかぎり、旦那のパスポートだけもっていても通帳を作れないと言われた。 なんだか面倒だな~ 4月、日本に行く前まで古い通帳が鞄に入っている記憶がある。日本に行く前は鞄を整理していたらその通帳をどっかにしまっておいたはずだけどどこか、全く覚えていない。ありそうな場所を全部探ってみたけど見つからない。 通帳ないとでしかお金下ろせない。ATMで一日に下ろせる金額は決まっているので大金が必要の時、銀行の窓口で下ろさなきゃいけない。時々、 ATM で一日に下ろせない場合、何日間に分けてお金を下ろしたりもするが、これも限界がある。日常生活の為に窓口でお金下ろす必要はあまりないけど、念のため、 緊急などに、通帳をいつでも使えるようにした方がいいだろう。。。 今度通帳が無くなったので新しいのを発行してもらいたくて、また銀行へ行った。前回に銀行で発行をお願いした時の理由と違うので扱いは違うと思った。しかし、今度銀行できいた答えでびっくり: 「警察署に届けを出して、リポートを出しもらわないとこちらでは発行できない」 「でも盗まれていないんだけど、、、ただ無くしただけなおにも関わらず???」 タイではこう言った矛盾なことが多い、、、 それで昨日、ルンピニ警察署へ。 担当の警察官は暇さそうに雑誌を読んでいた。私の顔を見ても、こちらから話かけないと雑誌を離さない。事情を話したら、自分が読んでいたページをちゃんとマークをつけて、ゆっくりと申請用紙を手元に。 一言も言わずに、私が渡したパスポートの内容を申請用紙に移し始める。また同じく、なにも言わずにしばらく私の顔を見て目でなにか伝われている。と にかく、私が持っていたのはパスポート以外に通帳の口座番号しかないので、その番号が書かれていた紙を渡した。またその内容を申請用紙に移し、今度は怠けそうな声で、 「盗まれた通りの名前は?」 先、盗まれたって言っていないでしょう、”無くした”と言ったでしょう?引越のどっかの箱に入っているか、どっかに落としたのか、、、 「・・・」、彼はそれでも私の返事を待つ。と言うか、通りの名前を言わないと彼はずっとその顔で待っている様子。 仕方ないので、適当な通りの名前を言った。そうしたら、 「その通りだったらこちらじゃなくて◯◯警察署に行きなさい」 だったら自分で適当な通りの名前を考えようよ!だって、私は盗まれていないと言っているので、それ以上嘘はつきたくない。確かに彼のせいじゃない。 でも私がここにいるのも、自分で不自然だと思う。だって、盗まれていないのに、盗まれたかのように”嘘”をつかなきゃいけないかしら?しかも、警察官の前 で、、、 警察官の後ろの窓ガラスの向かい側にルンピニ公園が見えたので、 「じゃ、ルンピニ公園にしてください」と、私が急いで言った。やっとサインさせられて申請用紙を渡してくれた。 こうやって、警察官に嘘を言わされた、、、 とにかく、ささっとそこから出たかったのは私。いかにも公務員のタイ人ってこと、、、 さて、今度は銀行で聞き違いが。。。 会社のタイ人が銀行のhot lineに電話してくれて、共同口座の場合、一人だけで窓口に来れたら新しい通帳発行できると、教えてくれたそう。それは私が窓口できいた内容と違うけど、私のタイ語での聞き間違いだろうと、自分もそう思って今日もまた銀行へ。 窓口で、旦那も一緒に銀行に来なければならないと、私が前回聞いた通りだった。今度、Hot lineの話を説明したら、hot lineの人はちゃんとルールを読んでいないと、さっぱりと答えられた。タイでまた良くも悪くもよくある話、、、人によって答えが違うことだ、、、 結局旦那はまた出張でいないので、なにせよ、旦那が帰って来るのを待つしかない、、、
2009.06.02
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