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4日間滞在した西表島とも今日でお別れ。まだまだ行きたいところがたくさんあったのに。。。とても4日間じゃ足りない。お別れするのが本当にさびしくて、しみじみと夜明けの空を見るのであった。ホテルのベランダに出ると、朝焼けが美しい。しかし西表島の朝はにぎやかなのだ。森の中から「ぎゃうぎゃう」というかえるの声・虫の声(そしてケモノ系の鳴き声?)の大合唱。姿は見えないけれど、生き物たちに囲まれている気配をありありと感じる。↑こちらは夕焼け本当に楽しかった西表島。また来たいなあ!と思いつつ、大原港から船に乗る。石垣空港から飛行機に乗るころには、もう来年の計画を立て始めている気が早い私であった。羽田に着いてリムジンバスに乗る。ビルと車と人の多さに、まるで異国にきたかと驚く。東京は、信じられないくらい明るい夜なのだ。さて、帰宅すると早速、早速学校や仕事などの現実のタスクが待っている。でもねえ。仕事がどうしたとかあの人がああ言ったとか、私がそんな現実のささいなもろもろもにまみれている同じ時間にも、西表のカニやかえるや魚たちは、かわらずゆうゆうと大自然の中で営みをくりかえしているのだ。その姿を思うと。日々の私の悩みなんて、ちいさなものだ。↓西表島の月
2007.08.31
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カヤック ~ ジャングル ~ ピナイサーラの滝と、めいっぱい楽しんだ後は、地元の自然塾で手作りのご飯をいただく。沖縄そばと、塩おむすびと、魚のすり身の揚げ物(←うまい♪)パパイヤのサラダに、地元のフルーツ(ドラゴンフルーツ、パイン)それと揚げたてのサーターアンダギー(←うまい♪)太陽の下で食べる西表ごはんは最高。塾長自ら手作りの料理は、ほんとうにおいしかった。その後は、由布島へ。だいぶ水か引いていて歩いても充分渡れそうだったけど、せっかくなので水牛の「おすぎちゃん」に乗せてもらう。夕方一気に潮が引いて、一面干潟状態に変わる。西表島は、この変化がおもしろい。満潮時と干潮時で、景色を二度楽しめるのだ。干潟の上を、ミナミトビハゼ(むつごろーみたいなやつ)がぴょんぴょんはねていて、そこらじゅうに生きた貝がごろごろうごめいている。まさに、生き物の世界、ですね。本日のしめくくりも、やはり西表温泉。今日もめいっぱい遊んだ一日でした。
2007.08.30
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さらにジャングルをずんずん進むと…ついにその姿が出現!ピナイサーラの滝である。高い! 長い! 荘厳!!あまりのど迫力に、一同言葉なし。やっと滝つぼに近づくと、娘ははしゃいで滝つぼに飛び込む。私も一緒にひきづりこまれ、滝のしぶきをあびながら、しばし泳ぎまくる。全身びしょぬれだが、全く気にならない。ひとしきり滝で遊んで、ジャングルを後にする。帰りはまたカヤックを漕いで川を戻る。ふと、きたときとは全く景色が違うのに気づく。潮が引いて、マングローブの根っこが見えてきたのだ。あの「タコ足」の根っこがあちこちに見え始めると、いきなりスコールが降り始める。すると、そこらじゅうからぴちぴちという音が聞こえてくる。それは、シオマネキ(カニ)の軍団が発する音であった。両脇のマングローブの湿地に、シオマネキの群集があふれかえってわれわれを迎えてくれる。右手(?)を必死で振っている姿は、おいでおいでと招いているようでもある。なんとも。。。ものすごい光景であった。私は今回の旅で、この場面に一番感動した。
2007.08.30
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今日の予定は、マングローブのジャングルをカヤックとトレッキングでぬけて、ピナイサーラの滝をめざす旅。朝はやくからカヤックの漕ぎ方の講習を受け、いざ出発。↓オールを手に、川を目指してジャングルを歩くいざ出発。私と娘は二人乗りのカヤック。↓漕ぎ出す娘両側はマングローブの林。最初は慣れなくて、あちこちぶつかり、何度もマングローブの林にカヤックごとつっこむ。でも、だんだん慣れてくる。カヤックを漕ぐこと約1時間。はるか遠くの上方に、めざす滝が見えてきて、一同どよめく。ここでカヤックを降り、ジャングルへ上陸。かの有名なサキシマスオウノキの根っこに遭遇。でかい。でかすぎる!どんどんジャングルを進んでいくと…(つづく)
2007.08.30
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バラス島から鳩間島へ向かう。途中、テーブルサンゴが見えるポイントで船を止めてもらい、再度シュノーケリング。巨大なテーブルサンゴ。色鮮やかなサンゴの数々。図鑑でしか見たことない魚たちが、ふつ~に泳いでいて、かなり驚く。シュノーケルをつけたまま、「ぎゃああ」「ひやああ」という感嘆の声をあげっぱなしである。ここで娘は、あまりの怖さに一度リタイアして船に戻ったが、ガイドのお兄さんに勇気付けられ(その善意の勇気付けを断ることができず?)、再チャレンジで海に戻ってきた。結局それがきっかけとなり、彼女はシュノーケリングのコツをつかみ、恐怖心を乗り越えて楽しめるようになった。私と娘は、もっぱら船の周りの水中散歩を楽しんでいたが、夫と息子はガイドさんについていって、ドロップという水中の崖をめざして泳いでいった。あとできくと、そこは真っ暗な奈落の底で、ものすごく怖かったらしい。充分に水中散歩を楽しんだ後、船は鳩間島をめざす。静かで小さな島。ここでお昼ご飯を食べ、浜辺の林でお昼寝をする。夕方は、西表温泉でめいっぱい遊び、楽しみつくした一日が終わった。
2007.08.29
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朝一番で、バラス島(サンゴの島)へ。中央に白く見えているのが、サンゴだけでできている無人島で、シュノーケリング初心者には最適の場所。まずはシュノーケリングの講習を受け、はじめてフィンをつけて泳ぐ。水中をのぞくや、美しいサンゴの数々と珍しいお魚たちの群泳が次々とあらわられる。魚好きの息子は、一気にシュノーケリングのとりこになる!↓水中探索に夢中の息子しかし娘のほうは、足がつかない深さの海を怖がって、なかなか遠くへはでていけない。何回も水をのんだり足をつらせたりしながらも、シュノーケリング初心者の我が家は、一気に西表の海に夢中になってしまった。
2007.08.29
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出発時からトラブル続出。羽田 → 那覇 → 石垣 → 西表の行程が、石垣島行きの飛行機が機体トラブルのため2時間遅れるとのアナウンス。那覇空港で足止めを食らう。「いや~やっぱ沖縄だねえ」なんてのんきに言っていた我が家であったが、はたと気づくと、石垣着が二時間も遅れると西表島行きの船の最終便に間に合わない!それからは、航空会社、旅行代理店、船会社、宿泊ホテルに対して、夫と私で交渉の嵐。二人とも交渉力については自信あるので、なんとかかんとか交渉成立。結局、石垣島への代替便の確保と西表島への航路の代替便の確保。そしてもし船に間に合わなかった場合の石垣島での宿泊ホテルの確保まで交渉成立。いざ石垣空港に着いたのは、西表島(上原港)行き船が出る10分前!空港から港まで、車で10分はかかる。車が混んでいたらアウトである。船会社に連絡し、2~3分待ってほしいと頼み込む。空港で荷物を受け取るや否や、空港職員らとともにダッシュで車に乗り込むわが家。そしておかげさまで。。。なんとか西表島行きの船に無事乗船できました。空港職員の方々、現地の関係者の皆様、大変お世話になりました。また現地の待合室でいっしょになった「白保のHさん」、あわてる我が家へのアドバイスや応援ありがとうございました。たくさんの人に助けられて、はじめての西表島の旅がスタートしたのであります。↑那覇空港にて。先日炎上した中華航空機が黒焦げのままになっていて、かなり凍りついた。
2007.08.28
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今日から家族で沖縄の西表島に行ってきます。札幌出張から帰ったのもつかのま、職場に行って仕事を片付けたり、旅のための買い物をしたりと、ばたばたした一日。昨夜11時過ぎにやっとこさ荷物が整う。しかも、安いホテルと航空券を確保したらなんだかそれだけで安心してしまい、現地に行ってからの行程を全く考えていなかったため、昨夜遅くにあわててインターネットで調べている有様(おいおい、遅すぎるって。。。)この、ぎりぎりまで先延ばししてあわてて取り組み始める私の姿を見て、「うむ。俺の夏休みの宿題と同じだ」と、ひとり共感していた息子が印象的であった(やっぱ親子?)。ま。しょうがないか。忙しい身だし。旅の中身は、いつものように「でたとこ勝負」となりそうです。昨夜はわくわくしすぎて全員眠れない夜をすごした我が家。いつもはクールな息子ですら、夜中に「ぬをを!」などと叫んでで興奮していた次第。それでは、めいっぱい楽しんでまいります。
2007.08.28
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あと30分で家を出なきゃならないのに、なにも準備が終わっていない!ブログ書いてる場合じゃないぞお。わかっちゃいるけど、しばらく留守にするもので。このあと北海道に旅立つ私であった。(仕事です。。。しくしく)北海道から帰還したあとは、沖縄に旅立つのである!(こっちは遊びだ。わ~い!)いつものように、忙しい。仕事、家族、地域、家事、その他の5つのタスクはあいかわらず同時進行である。そんな私に、先日、新しいタスクが天から降ってきた。(これ以上忙しくしてはいかん!)と思いつつ、からだは素直に「イエス」と言っていた。目の前のことを考えると、断るべきだろう。でも、5年先、10年先を見据えたときに、これはひきうけるべきと瞬時に判断した。これからさらに忙しくなる。でも、天から降られたお仕事は、引き受ける主義なんである。
2007.08.24
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映画「遠くの空に消えた」を子ども達と見に行った。この映画のストーリーを知った瞬間、「ぜったい見に行こう」と決めていた。他の人には決してすすめないが、私は面白かった。娘(小三)には不評で、息子(小六)は絶賛していた。私は団塊の世代より下だけど、「空港建設反対」というキーワードには思い入れがある。三里塚や砂川の闘争も、すべてドキュメンタリー映像でしか知らない世代である。あのたたかいをモチーフにして、ここまでのおとぎ話にしてしまったことには賛否両論あるだろう。しかし。私も子どもの頃、あの映画に出てくる子ども達と同じように思っていたのだ。。大人達が血を流して闘っているニュースを見て、「どうして仲良くできないの?」と。子供心に切に願っていたのは、「けんかしないで、話し合ってほしい」ということ。そんな「願い」を本気で願った子ども達の思いが実現したのならば、それはたしかに「奇跡」である。でも私はずっと、そんな奇跡が本当に欲しかったのだ。
2007.08.20
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忙しい日々はまだ続いている。そういえばしばらく休みをとっていないなあ。家事も停滞して、家の中に「荒れ」が目につきはじめている。お盆の季節だというのに、わが家は季節感を感じる間もなく、目の前の仕事で手一杯である。昨日もくたびれて、ひとりだけ遅めの夕食を食べていたときのこと。同居しているばあちゃん(私の実母)が、私の娘に「おだんごつくろう」と誘っていた。「お盆には、こうやっておだんごをつくって、仏様におそなえするんだよ」と、老いた母は私の娘を誘って、台所に並んでおだんごをこねはじめた。後ろから見ると小三の娘は、いつのまにか80近い私の母と同じくらいの背丈である。そこに「俺も~」と言って、小六の息子も加わる。彼はもうとっくに、おばあちゃんの背丈を追いこしている。そういえば、私も小さい頃、お盆の時期には母とよくおだんごをつくった。並んでおしゃべりしながら。そしてできたおだんごは、御先祖様に御供えしたものだ。もうはるか昔の話。下の娘が生まれる頃に、彼女(私の母)はわが家にひとりでやってきた。遠い田舎から、大都会東京へひとり娘を頼って。ひとり娘(私)は、母に親孝行したかった。しかし。一緒に暮らして、うまくいかなかった。老いた母とひとり娘はそのまま、8年が過ぎてしまった。お互いにどうしていいのかもわからず。昨夜、私の子ども達と並んでおだんごをつくる母の後ろ姿を見て、ふと思った。彼女はこのためにうちに来てくれたのかもしれない、と。こんな尊いお仕事をするために。
2007.08.14
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出張から無事帰還すると、家ではパソコンがひん死の状態に。。。インターネットがつながったりつながらなかったり。そのつどパソコン本体をこづいたりゆすったりおがんだりしていたが、ほぼ死滅状態である。当然メールチェックもブログ更新もできていませんでした。今、奇跡的にネットがつながったので、このタイミングをのがすまじ!と更新しております。そういうわけで、ネットなしで一週間すごしたけど、けっこう快適ですね。ひょっとしたら、「いらないのかも」というくらい、なくてもあまり困らない。まあ仕事場でメールやネットは使えるので、家でまで見る必要はないのかもしれない。「思いきって、ネットと縁を切るか。。。」などという考えもかすめてしまう。新しいパソコンを買う予定もないので、今後はこうやって「奇跡的につながったとき」に更新しようかな、ト思っています。「いつもあたりまえのようにつながっている」より、「ひょっとしてつながったときが奇跡」なほうが、人間的で味があってよろしいかも。
2007.08.05
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