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先日、「道でばったり」というタイトルの日記を書いたとき、ああそういえばと思い出した詩があった。みちでバッタリ出会ったョなにげなく出会ったョ・・・と始まるその詩。作者は、12歳でこの世を去った岡真史さん。(「ぼくは12歳」・ちくま文庫)そういえば、と書棚の奥をあさると、父親の高史明さんの古い本が続々と出てくる。(すべて夫の本なのだけど)私は、高さんがお書きになった文章が好きだ。特に、彼が語る「歎異抄」のお話、「歎異抄」との出会いの物語が。以前高さんが新聞で「いじめ」についてお書きになった文章を、今でもよく覚えている。そこには、こう書いてあった。「命は一つだから大切なのではなく、君が家族や友人たちと、その足がふみしめる大地でつながっている存在だから貴重(きちょう)なのです。切羽(せっぱ)つまった時こそ、足の裏の声に耳を傾けてみてください」<朝日新聞2006年11月22日掲載>(現在asahi.com「いじめられている君へ」で全文を読むことができます)人はひとりぼっちで生きているのではない。たくさんのいのちと大地でつながっていることを、どうか思い出せますように。そして子どもたちが、そのつながりを思い出せる子に育ちますように。来週、息子が12歳になる。
2007.10.30
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台風一過で、本日は快晴なり!しかも私は久々のお休みの日。そうなったらもう、「干す」しかないでしょう。朝から洗濯機ははまわりっぱなし。まずは洗濯物を干し、布団を干し、毛布もすべて、暗い押入れの中から、あたたかなお日さまの元へ!シーツもじゃんじゃん洗って、全部干す!息子に命じて、ぬいぐるみも洗って干すことに↓このさいだから、台所用品もお風呂用品も、すべて庭に出して、天日干しする。これで家じゅうのものたちが、みんなさっぱりすっきりあたたかく清められて、またそれぞれの任務を新たにまっとうできるであろう。お日様はすごい、と思う。どんなにくたびれていたり傷ついていたり痛んでいたりしても、ただお日様の下に身をゆだねてくつろいでさえいれば、なんだか回復してくるではないか。お日様は差別しない。どんな人にもケモノにも、木々やモノたちにも区別せず無条件に、あたたかな日の光で清めつつんでくれる。何の評価も批判もせずに、あらゆるものに平等に。すごいなあ、お日様!!お日様の恩恵をたっぷりと授かった今日一日。夜のお布団があたたかかった。
2007.10.29
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仕事からの帰り道。電車を待ってたホームで、10年来の友人に、偶然遭遇。私よりひとまわり年上の彼女とは、こうしてたまに、ばったり道で出会うことが多い。いつものように、最近どうしてる?と近況をきく。ほんの世間話のつもりだったのが、彼女の口からさりげなく出てきた「近況」に、私は驚いてしまった。家族の心の病、義理の娘さんとのいさかい、お孫さんの心配。。。どうしてこんなに誠実な女性に、こんなに困難が降りかかるのだろう?いやひょっとして、50代を生きるというのは、こういうことなのだろうか。しかし彼女の口から出てくるのは、決して愚痴でも恨み節でもなく、ほんとうに「近況」だった。そこに彼女の生き方がくっきりとあらわれている。と、しばし私は見とれてしまった。「いつまでたっても修行だわあ!」と彼女は笑う。「それでも、家族が生きていることだけで、充分恵まれていると思ってるのよお」とも。こうやって、いつも私は素敵な「先行く先輩たち」の姿に触れるきかっけをいただいている。
2007.10.27
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気がついたら、「清掃生活」を始めて、今日で二周年でした。これまであたたかいコメントを下さった皆様、ありがとうございます。このブログをはじめた当初は、とにかくいかにお掃除を上手に長く続けられるか、という目標に燃えていました。掃除の成果報告として貢献していた「清掃生活」ですが、1年を過ぎたあたりから、その意味はかなり変わってきましたね。とかく雑務になりがちな俗なる日常のあれこれを、いかに聖なる暮らしとしていけるのか。どうも自分が一貫してこだわっているのは、そのへんのようです。そう思うと、日記スタート時になにげなくつけていたこの日記のサブタイトル「seinarukurashi」のほうに、大きな意味があったようです。くりかえしやってくる日常のささいなおしごとを、どうか尊いおしごととして、大事にていねいに受け取れますように。そんな自分に成長できますように。その願いを持ちつつ、また今日から「俗なる暮らし(=聖なる暮らし)」を、再び一からはじめることといたしましょう。
2007.10.20
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先日息子にすすめた「ホームレス中学生」、彼は少しずつ読み進んでいる模様。この1年ほどで彼にすすめた本(漫画含む)といえば、「失踪日記」、「岳」、「ホームレス中学生」である。なんか、キーワードとしては、失踪(アル中)、遭難、ホームレスと続いているのだが、これでよいのだろうか?? まあ本人も気に入っているみたいだし、いいか。彼は「岳」にも完全にはまってしまった。何回も読み返しているようである。でもねえ。ほんとうはもっともっとおすすめしたい本はたくさんあるのだ。「穴」(ルイス・サッカー・講談社)なんて、ぜひとも読んでほしい!しかし、良い本との出会いはタイミングが大事である。そして「誰がすすめるか」も大事な要素である。ところで、息子にはそのうちぜひ読んでほしい本のひとつ、「穴」と出会ったきっかけは、「ひげのおっさん」こと増田喜昭氏のおかげである。彼との出会いが、私にたくさんの素晴らしい「子どもの本」と出会う大きなきっかけになった。そのひげのおっさんに会いに出かけた話は、また次回に。
2007.10.20
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「これ、読んでみない?」その本を渡すと息子は、「をををを!これは!」と目を輝かせ、その場で夢中で読み始めた。「ホームレス中学生」(著者: 田村裕 出版社: ワニブックス)。お笑いコンビ「麒麟」の田村クンが書いた自叙伝である。まあタレント本といえなくもないが、しかしこれは、ほんの15年ほど前に、中学生にして住む家も親も失い、公園でひとりホームレス生活をした少年の実話である。腹が減りすぎて草やダンボールを食べてしのいだ話や、雨に打たれて風呂代わりにしたという話などは、「俺も昔は食えなくて苦労してさあ~」などと貧乏話をネタにしがちなそこらの芸人たちを一発で黙らせるほどの迫力がある。しかしこの本の魅力は、彼のその貧乏エピソードにあるのではない。普通だったら、中学生にして一家離散でホームレスとなった「不幸でかわいそうな少年の体験記」となるはずの物語だが、この本はまったくちがう。私はこの本を、たくさんの人たちに支えられて生きてきた「幸せな少年の体験記」として読んだ。そこにあるのは、うちの子もよその子も関係なく手をかけ目をかける大人たちのあたたかなまなざし。本気で少年とかかわりをもつ学校の教師。貧乏だろうとホームレスだろうと仲間として認める子どもたち。そして困ったら助けを求め、困っている他人に助けの手を差しのべる関係がある。あれほどの悲惨な体験をしておきながら、彼はひとことも恨み言を記していない。むしろ「ぼくの人生を愛している」とまで書いている。彼の「(どん底)にもかかわらず笑う」ユーモアのセンス。こんな目にあった「にもかかわらず」人生に世界にYESと言う彼の姿勢に、ほんとうに心うたれた。また、母親の死から数年たってはじめてその死を受け入れていくプロセスも、感動的だった。最後、延々と続く謝辞の先頭に、(当然恨んでもおかしくはない)父の名があるのを見て、やっぱり私は涙が出た。息子よ、ぜひ最後まで読んでおくれ。
2007.10.17
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昨日、1日だけの貴重なお休み日が終了した。見事に子どもの行事(おまつり)の働き手として、存分に働いた一日。つくったトン汁、400人分。つくった焼きそば、400人分。すべて、完売&完食。使い終わった巨大なべや巨大おたまを洗いながら、私はしあわせだった。さて翌日、トン汁おばさん(私だけど)はスーツを着て、出張へと旅立つ。今回の出張先は、はじめて足を踏み入れる地=三重県である。実はここではとっても楽しみなことがひとつある。(もちろん仕事ではありませ~ん)出張のついでに、三重県某所にある「お楽しみの場所」(うちの子どもたちが小さな頃から、一度訪れてみたかった♪)を、ついに、初めて訪れることができるのだ!そこは私にとって、ずっと憧れていたワンダーランド。一度お会いしてみたいと思っていた「あこがれのおっさん」が開いていらっしゃる、素敵なお店である。あこがれつつも、子どもも大きくなった今となっては、たぶんよほどのことでもないと訪れることもないだろうな・・・と、あきらめていた矢先である。仕事で出張でもないと、遠い三重県に行くことなどなかったと思う。思いがけない訪問のチャンスに、今は胸がどきどきである。うううれしいよお。どきどきわくわくう。
2007.10.15
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働くかーさんに休みはない。昨日は終日出張で、明日から1週間は連日出張の嵐。唯一の休日である今日(日曜日)は、子どもの地域のイベントで、朝からトン汁作り&お祭りスタッフとしてのミッションをになっている私。休み?そんなもんありませんわよ。さあ、今日も働くわよお!自分の力を誰か他の人のために使うことは、幸せの条件なのだ…ということがここ1~2年でわかってきたから(遅い?)、しんどくても苦ではない。けっこうしあわせなことである。さて、今からトン汁の具を刻みに出かけます。
2007.10.14
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今日は出張の予定もなし。ゆっくり1日休めるかな、と思っていたら、熱が出た。布団に入ると、汗と熱がどっと出る。数日前から風邪っぽかったのだが、つに来たか、という感じ。先日、野口整体の先生にからだをみてもらったところ「この季節に熱を出せるのは<かしこい体>。どんどんからだがかしこくなっているね」と、ほめられた?ばかりである。野口整体的には、熱を出すのは「かしこいからだのはたらき」ということになる。しかも10~12月は特に、熱を出すのには最適のシーズン?とのこと。せんせ~い。熱でたよ。熱出してほめられるなんて、うれしいことだ。
2007.10.12
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先日日記に書いたコミック「岳」の2巻以降を探そうと、近所の古本屋をまわるが、どこにもない。書店も探してみたが、なかなかない。この本をずいぶん前に私に教えてくれた友人のコーイチ君に借りるという手もあるが、彼は旅人なので?たぶんつかまらない。しょうがない。大きな書店に行って探すか。書店で探すとしたら、コミックコーナーの小学館コーナーのビックコミックコーナーである。この分類の複雑さから言って、お目当てのコミックを探すのはなかなか骨が折れる。「え~とビックコミック、ビックコミック」とつぶやきながら書店をめぐっているとき、ふとOL時代のことを思い出した。当時私が勤めていた会社の上司(課長)が、大のビックコミックファンであった。課長が買ってくるビックコミックを、よく借りては読んでいた。そのうち、私が毎週買ってくる週刊スピリッツと週刊モーニングと交換して読むことになった。「カムイ伝」全巻を借りて読んだのも、その課長からである。仕事が終わると飲みに行き、課長とサシで漫画談義である。ビール1本でけっこうねばっては、「カムイ伝」の登場人物・庄助の悲惨な末路について、また日本の差別問題の歴史について何時間も語り合った、なんとも変な上司と部下。「カムイ伝」の続編が再開されたときは、二人とも大変な騒ぎであった。その後、私はその会社をやめた。結局会社は倒産し、課長は田舎に帰られたときている。松本課長、お元気でしょうか。また、漫画について語り合いたくなりました。
2007.10.11
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いまやベストセラーとなっている「いつデブ」。食べたものと体重を記録し始めて、明日でまる一ヶ月となる。途中、記録をさぼったのが5~6日。減った体重は2キロほど。ズボンは少しゆるゆるになったのだが、そこから先がなかなかむずかしい。あと2キロ減れば元の体重にもどり、以前の(太る前の)スーツ着れるのだけどなあ。さて、ここからが苦しいところ。まさに足踏み状態が続いている。これまでも、いつもこのへんで挫折しているのだ。他の方のブログなどで実践記録を見ると、40日くらいで9キロとか落としていらっしゃるツワモノもいらっしゃる。こういう例は、元がかなりの巨体だったり食生活がもともと乱れまくっていたり、という方が多いようですね。私のように、あと2キロだけでいいから!という女性なんかには、あまりそぐわないのかも。なあんて言い訳していますが、まだまだ続けますわよ。このレコーディングダイエットの良いところは、オノレの生活を見直し立て直すのに最適だからです。「現在の自分自身をつくっているのは、一瞬一瞬の自分の行動だけである」太古の昔にお釈迦様がおっしゃった?というその教えを、いやというほど自覚できるのがレコーディングの効果である。食行動に限らず、お金の管理にしても住環境にしても人間関係にしても、すべて自分の行動がつくっているにちがいないのだから。
2007.10.09
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大きなお仕事の帰りには、気分転換が必要である。気分転換…言葉で書くと軽いもんだが、私にとっては「おきよめ」とか「お祓い」に近い。仕事の気分を引きずっていると、あっというまに日常が侵食されてしまう。そんなときには、本を読むのが一番である。しかし昨日はあまりにも疲れていて、相当強力な「お祓い」をしないと日常には戻れない予感。しかも、手持ちの本ではその役目を果たしそうにもない。そこで、ふらふらと立ち寄った本屋さんで手に取ったのが、この本。「岳」(1) 石塚 真一 (著) 小学館:発行コミックなので手軽に気分転換できるかな、と思って読み始めたら、予想外の結果に。もうどうにも止まらない。気分転換どころか猛烈に胸に押し寄せてくるものがあり、目も鼻も真っ赤になるほど泣いてしまった私である。これは息子にもぜひ読ませたいな。ああ、続きの巻も買わなくちゃ。ネットで調べると、なんと5巻まで出ているではないか!ひええ。即座にお金の計算をする私であった。この本は、以前友人からそのうわさを聞いていた。こんな機会でもないと、手に取るチャンスはなかったかもしれない。そう思うと、大変だったお仕事にも感謝、である。
2007.10.08
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今から出張である。今日は新しいところに出向くので、かなりからだが緊張している。そういうこともあってか、または他にもいろいろあったせいか。昨夜はなかなか寝付けなかった。眠ったかと思うと頭の中で考えが動き回り、忙しくて疲れてしまう。ぐったりして寝ようとすると、また頭の中がせわしなく騒ぎ始める。朝起きたときは、もうぐったりである。先日、「一人称で考えると、理性が働かなくなる」ということを学んだばかりだ。煮詰まって堂々巡りをしているときは、だいたい一人称にこだわって考えている。まあ、それに気がつけただけでもよしとするか。これからお仕事。頭と気分を切り替えて、行ってきます。
2007.10.06
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雨で延びに延びた運動会。ついに平日開催。私、職場に泣きつきお休みをいただき、無事参加できた。運動会というのは、なんだかいつも、さまざまな感情を喚起させるものだ。小さい子大きい子、太っている子やせている子、めがねの子もロン毛の子も、みんないっしょうけんめい演技しているところが、泣けてくる。何回見ても、やはり泣けますね。今回も、私は泣きました。感動、というよりは、せつない感じです。うちの子どもたちはというと、ダンスも組み体操も、素晴らしいパフォーマンスでほんとうに感動した。徒競走においては、娘は(最後から)一位。息子は(最後から)二位。…こっちは私のほうの遺伝、かしら?スポーツ万能だった夫(←本人談)は徒競走の結果に、「…ううむ」とうなっている。しかし気を取り直した夫、「俺は、人の心の痛みがわかる子になってくれればそれでいい」とつぶやく。そうだね。そのとおりだ。でもねえ。それもきっと、きみ(夫)が小さいころ「誰かに心の痛みをわかってほしかった」という気持の裏返しでしかないのだ。私たちは、そうやって5歳の気持を持ったまま、大人になる。
2007.10.05
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生まれて初めてディズニーランドに行ってきた。メンバーは、娘の仲良し友達(こども5名)とその母親3名の母子グループ。どうも私はああいうところは苦手である。息子も夫も同様にああいうところは苦手なので、これまで幸いにも(?)足を踏み入れずにすんできたのだが…今回は逃げ切れず、私が娘につきそうことに。はじめて足を踏み入れたディズニーランド。…やはり、正直言ってかなりの違和感である。ミャンマーでは民主化の血が流れているというのに!? なんて頭の隅ではもやもやと思いつつも。。。昼のパレードでは思わずミッキーに手を振ってしまいました…(赤面)。そして夜のパレードでは、ノリノリに踊ってしまいました…(苦笑)。最後の花火にいたっては、「ひゃあああ~!」などと奇声をあげて盛り上がってしまった私です。結局巷のうわさどおり、パレード系はけっこう楽しめました。あれはいわゆるアメリカのお家芸=ショウビズ精神の本領発揮ですね。ロックコンサートのノリで、こんなに冷めてる私でも一気に洗脳?してしまうほどの恐るべきワザ。なんだかいろんな意味で、すごいものを見せていただきました。
2007.10.02
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