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「生のままのことば」の飾らない美しさが忘れられない詩集が 「小さなユリと」 ですが、その中から二つ、 「夕方の三十分」 と 「九月の風」 です。
「夕方の三十分」 黒田三郎 「小さなユリと」の二人暮らしを、病床の妻が病院で思いやるすがた、小さなユリと二人で妻を思いやる日々があります。
コンロからご飯をおろす
卵を割ってかきまぜる
合間にウィスキーをひと口飲む
折り紙で赤い鶴を折る
ネギを切る
一畳に足りない台所につっ立ったままで
夕方の三十分
僕は腕のいいコックで
酒飲みで
オトーチャマ
小さなユリの御機嫌とりまで
いっぺんにやらなきゃならん
半日他人の家で暮らしたので
小さなユリはいっぺんんいろんなことを言う
「ホンヨンデェ オトーチャマ」
「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
「ココハサミデキッテテェ オトーチャマ」
卵焼きをかえそうと
一心不乱のところ
あわててユリが駆けこんでくる
「オシッコデルノー オトーチャマ」
だんだん僕は不機嫌になってくる
化学調味料ひとさじ
フライパンをゆすぶり
ウィスキーをがぶりとひと口
だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
「ハヤクココキッテヨォ オトー」
「ハヤクー」
かんしゃくもちのおやじが怒鳴る
「自分でしなさい 自分でェ」
かんしゃくもちの娘がやりかえす
「ヨッパライ グズ ジジイ」
おやじが怒って娘のお尻をたたく
小さなユリが泣く
大きな大きな声で泣く
それから
やがて
しずかで美しい時間が
やってくる
おやじは素直にやさしくなる
小さなユリも素直にやさしくなる
食卓に向かい合ってふたり座る
九月の風 黒田三郎 黒田三郎 といえば 「すこしよ」 と答えた ユリ のことが忘れられない方も多いのではないでしょうか。さみしく哀しい生活を描きながら、読む人間の境遇や年齢をとわず励ますことができる詩を残した詩人ですね。
ユリはかかさずピアノに行っている?
夜は八時半にちゃんとねてる?
ねる前歯はみがいてるの?
月曜の午後の病院の面会室で
僕の顔を見るなり
それが妻のあいさつだ
僕は家政婦ではありませんよ
心の中でそう言って
僕はさり気なく
黙っている。
うん うんとあごで答える
さびしくなる
言葉にならないものものがつかえつかえのどを下がってゆく
お次はユリの番だ
オトーチャマいつお酒飲む?
沢山飲む?ウン飲むけど
小さなユリがちらりと僕の顔を見る
少しよ
夕ぐれの芝生の道を
小さなユリの手をひいて
ふりかえりながら
僕は帰る
妻はもう白い巨大な建物の五階の窓の小さな顔だ
九月の風が僕と小さなユリの背中にふく
悔恨のようなものが僕の心をくじく
人家にはや電灯がともり
魚を焼く匂いや揚げ物の匂いが路地に流れる
小さなユリに
僕は大きな声で話しかける
新宿で御飯たべて帰ろうね ユリ
詩集「小さなユリと」(1960 昭森社)
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