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見えない町 金時鐘
なくても ある町。そのままのそのままでなくなっている町。電車はなるたけ 遠くを走り火葬場だけは すぐそこにしつらえてある町。みんなが知っていて地図になく地図にないから日本になく日本でないから消えててもよくどうでもいいから気ままなものよ。
そこでは みなが 声高にはなし地方なまりが 大手を振ってて食器までもが 口をもっている。胃ぶくろったら たいへんなもので鼻づらから しっぽまではては ひずめの 角質までもホルモンとやらで たいらげてしまい日本の栄養を とりしきっていると昂然とうそぶいて ゆずらない
そのせいか女のつよいったら 格別だ。石うすほどの 骨ばんには子供の四、五人 ぶらさがっていてなんとはなしに食っている男の一人は 別なのだ。女をつくって出ようが 出まいが駄駄っ児の麻疹と ほっておき戻ってくるのは 男であると世間相場もきまっている。男が男であることは子供にだけいばっていること。男の男も 思っていておけんたいに父である。
にぎにぎしくてあけっぴろげでやたらと ふるまって ばかりいてしめっぽいことが 大のにがてでしたり顔の大時代がしきたりどおりに 生きていてかえりみられないものほど重宝がられて週に十日は 祭事つづきで人にも バスにも 迂廻されて警官ですら いりこめなくてつぐんだが最後あかない 口でおいそれとやってくるには骨な町。
〇
どうだ、来てみないか?もちろん 標識ってなものはありゃしない。たぐってくるのが 条件だ。名前などいつだったか。寄ってたかって 消しちまった。それで〈猪飼野〉は 心のうちさ。逐われて宿った 意趣でなく消されて居直った 呼び名でないんだ。とりかえようが 塗りつぶそうが猪飼野はイカイノさ。鼻がきかにゃ 来りゃあせんよ。
大阪のどこかって?じゃあ、イクノといえば得心するかい?あらがった君の 何かだろうからうとまれた臭気にでも 聞いてみるんだな。今もまだ むれた机は そのままだろうよ。あけずじまいの べんとうもね。あせた包み そのままに押しこんだなりで ひそんでいるさ。知っているだろう?あの抜けおちた 銭はげのような居場所。いたはずのうなじが 見えてないだけなんだ。どこへ行ったかって?とどのつまり歯をむいたのさ。それで 行方不明。みながみな 同じくらい荒れだしたのでだれも彼を 知ろうとはしない。それからだよ。がに股の女が 道をはばんでねえニホンゴでないにほんごでがなりたてるんだ。いかな日本もこれじゃあ いつけるはずがないやな。オールニッポンの逃げだしだ!
イカイノに追われておれが逃げる。俘虜の憂き目のニッポンが逃げる。役所にたのんで枷をとかさせ買いたたかれたイカイノを逃げる。家が売れてモモダニだ。嫁がとれてナカガワだ。イカイノにいてて気がねのない二ホンが総出の追いだしだ。キムチの匂いを町ごと封じ浴衣すがたのイカイノが仁丹かんでよそゆきだ。
〇
それでお決まりイカイノがイカイノでないことのイカイノのはじまり。まみえぬ日日の暗がりを遠のく愛がすかしみるうすれた心の悔いのはじまり。どこにまぎれてそっぽを向こうと行方くらました己れであろうと饐えて よどんで洩れてくるしょっぱいうずきはかくせない土着の古さでのしかかり流浪の日日を根づかせてきたあせない家郷を消せはしない。猪飼野は吐息を吐かせるメタンガスさ。もつれてからむ岩盤の根さ。したり顔の在日にひとり狎れない野人の野さ。何かがそこらじゅうあふれていてあふれてなけりゃ枯れてしまう振舞いずきな 朝鮮の町さ。始まろうものなら三日三晩。鉦と太鼓に叩かれる町。今でも巫人(ムダン)が狂う原色の町。あけっぴろげで大まかなだけ悲しみはいつも散ってしまっている町。夜目にもくっきりにじんでいて出会えない人には見えもしないはるかな日本の朝鮮の町。
最終句 が、詩が書かれてから 50年 、 2025年の今 でも、 1000年以上の歴史 を想起させる傑作だと思います。はるかな日本の朝鮮の町。
猪飼野 大阪市生野区の一画を占めていたが、一九七三年二月一日を期してなくなった朝鮮人密集地の、かつての町名。古くは猪甘津と呼ばれ、五世紀のころ朝鮮から集団渡来した百済人が開いたといわれる百済郷のあとでもある。大正末期、百済川を改修して新平野川(運河)をつくったおり、この工事のために集められた朝鮮人がそのまま居ついてできた町。在日朝鮮人の代名詞のような町である。
町の名前を変えることが「歴史」そのものを失うことだった。ということを、まあ、老人の繰り言かもしれませんが、もう一度振り返ることは、実は、大切なことなのではないでしょうか。
追記
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