遊人学舎
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いいお天気です。お変わりないですか?実は今朝1:45分頃、わが家のミャンコ♀が旅立ちました。長男が小学校5年生(10歳)の時に拾ってきて、現在、その長男は26歳になるのでミャンコは16歳。拾ってきたときは小さな赤ちゃんネコでしっぽが短かく曲がっていました。ミャアミャア鳴いていたのでミャンコと名付けたのですが、あのころ私たちが住んでいた借家は動物を飼うことが禁止されていました。「飼うて」と頼む長男に、「ここでは飼われへん」とその日はミャンコを家に入れないでいたのですが、夜物置のところでしきりにミャアミャアと鳴くミャンコを可哀想に思ったおかあが玄関で一晩抱いて寝たそうです。最初は仕方なく「玄関だけでなら」がやがて「廊下で」になり、いつの間にか蒲団に入ってきて家で飼うようになりました。ところが2年ほど飼ったときに長女がネコアレルギーになり、ミャンコをどうしようかという話になりました。ちょうどその頃、おかあの大阪の実家でネズミが出没しているという話、「ネコを飼うてくれへん?」と聞くとおかあのおかあ(つまりおばあさん)は「いいよ」との返事でした。そこで大阪にもらわれてようやくおばあさんと平穏な日々を迎えることが出来たのです。ミャンコの一番幸せな時期だったと思います。その後、色々あってミャンコは里帰りすることになりました(ネコアレルギーだった長女は既に家を離れていたので)。 ミャンコとミウ。こんな元気な頃もありました。その頃、今度は長女が拾ってきていた黒猫のミウ♂が先住しており(その後、わが家は転居して動物が飼えるようになっていました)、オスとメスなのに気まずい関係。ちょっかいを出されたりしながらもまずます平穏な日々を数年間過ごしていたのではないかと思います。でも老化のせいもあって、最近はエサも食べなくなっていて動きが鈍くなっていました。そして先日、3月4日から8日までおかあが里帰り、ひょっとしたら帰ってくるまで持たないかも知れないと思って、4日~7日まで毎日お昼に近くの動物病院に点滴に通いました。その甲斐もあって自分でエサを食べられるまでに回復、なんとかおかあと再開することができました。v(^^最近は具合がますます悪くなっていてヨタヨタと歩いては、トイレまで歩いていくことが出来ない状態。途中でもらしていることもしばしばでした。それでもトイレの方に行こうとしている姿に胸が打たれました。それまでは好物の缶詰(高級品)を口に持って行くと何とか食べていたのに、昨日、気になってお昼に家に帰ったときは缶詰を口に運んでも嫌そうに顔を背けるだけ、目もちゃんと開けることが出来ません。仕方なく食べさせるのをあきらめて再度仕事へ、仕事を終えて夜、家に帰ると脱衣カゴの中にタオルが敷かれてその中にミャンコは横たわっていました。時々、ピクッ、ピクッとけいれんを起こして、帰ってきた私の声が聞こえると立ち上がろうと身体に力を入れてはもう一度横たわりました。おかあは夜通しずっとミャンコの頭や手をなでていました。いつもはおかあがミャンコをかわいがっていると焼き餅をやいて、ミャンコに攻撃を仕掛けるミウも、おかあがなでている姿を見ていても怒らず、横に座ってずっとミャンコが横たわっている姿を見ていました。動物でもこんな時には分かるんですね。朝、家を出てくるとき庭にお墓を作りました。土を深く掘って枯葉をかけ、固くなったミャンコを横たわらせました。その上から再度枯葉をかけてクリスマスローズの花をのせ、掘った土をかぶせてその上に庭に植わっているスイセンを移植。クリスマスローズの切り花をお供えして手を合わせました。ミャンコ、たくさんの思い出をありがとう。波瀾万丈のミャン生やったなあ。実はこの日、奇しくもなくなった父の命日なのです。忘れないでというミャンコのメッセージなのでしょうか?
2009.03.19
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