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12'srose my Diary 2011.3.25(金)3月11日の地震から2週間が過ぎました。あれ以来、流れてくるTVのニュースを観続けているうちにまるで悪い夢でもみているのではないか。と、この現実になす術もなくただ冷静に推移を見守りながら過ごしていますがこれからは、どうなっていくのかニュースから目が離せない状況です。+那須は、隣県の福島からの避難されて来る方の受け入れも始まりました。いま、物資で不足しているのは、ガソリン、灯油。どこのガソリンスタンドでも売り切れ、またはガソリンの在庫がなく休業中の案内板がかけられ、ガソリンが無い状態に移動手段は車が頼りの那須は、不便な状況が続いています。また、福島第一原発の事故の影響で計画停電により、停電時間があり、昨日は午後6時20分から午後9時20分の予定で明かりが消え、観光客を受け入れるホテルも休業しているところが多くそのことも手伝い、町はとても静かな状況です。+毎夜、寝る前のひとときNHKラジオを聴いているのですが11時半ごろから、精神科医の香山リカさんのお話は、避難所にいらっしゃる方たちにぜひ、聴いていただきたいと思いました。深夜0時のニュースの後、愉しみにしているコーナーがあります。「ワールドネットワーク」世界各国で暮らす日本人がリポーターとして、街の様子や催しなど興味深い話が聴けて、世界が近くなったような気分で聴き入っています。ちなみに、一昨日は、クロアチアから、そして昨夜は、ドイツのオーストリアザルツブルグ国境近くの街からのリポートでした。昨夜の番組から抜粋して、聴いた内容を少し記すと・・このたびの日本における想像を超える大きな地震による災害は、ドイツでも連日、TVや新聞で大きく伝えられ、ミュンヘンでもベルリンでもチャリティコンサートや聖堂の前では義援金の呼びかけも行われ、日本の被災された方々へのお見舞いや日本人のこれだけ大きな災害に遭ってもみな冷静に対応している姿にほかの欧州の国々からも称賛の声がたくさん届いているということでした。また、ドイツでは地震も津波も経験がないので地震の恐怖をあまり実感できないという言葉も印象的でした。+いまは、日本の非常時。この非常時をどのように乗り越えていくか。「正しい情報を共有し、正しく分析して行動していくこと」ではないかなと現時点では思います。心をフォルテににして
Mar 25, 2011
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12'srose my Diary 3月22日(火)週明けの今日、今回の大きな地震から10日が経ちましたが、「長い特別な1日」を過ごしてきたように感じられます。井上ひさし著の東北のとある村を舞台にした長編小説『吉里吉里人』を彷彿とした現実に起きたドラマのような刻々と状況の動く事態がまるで夢を見ているように展開されています。これからも日本の非常時として、冷静に対応し、「心をフォルテに!」にして、元気な日本を再生していけたらと思います。+3月5日(土)の記、東京のホテルにて娘は結婚式を挙げました。我が家に素晴らしい春をもたらしてくれた『人生のハレの日』を多くの方々に見守られ、新しい人生のスタートを祝しました。↑エンディングロールの映像から「スタート!」↑チャペルに入る前↑チャペルに向かうとき↑ チャペルにて 神父さまのメッセージ↑ 「はい 誓います」 ↑ 指輪の交換↑ 誓約書にサイン「神が結び合わせてくださった者」 マタイによる福音書19章6節より
Mar 22, 2011
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12'srose my Diary 2011.3.17(木)3月11日の巨大な地震災害から日を追うごとに、被災者の方たちの避難所の生活の困難、そしてこの大地震のさまざまな暮らしへの影響も大きくなってきています。まず、喫緊の懸念事態、福島の原発の予断を許さない状況は世界中の関心と心配の声が上っていて、なんとかこの危機を最小限にとどめることを祈るばかりです。+生活面では、ライフラインの不安定な状況に加え、ガソリン、灯油などのエネルギー資源の確保、食料品、生活用品などの品薄など、交通手段と暮らしにも大きな影響が出ていてす。+今日、買い物へ行った折り、スーパーマーケットでは、ちょうど計画停電時でした。店の外に買い物客の行列が出来ていて、その列に並び順番を待っていると店長さんが”すみません、いま、停電なので混乱を避けるために少しずつ入って買い物をしてもらっています! 停電でレジが使えないため、電卓で計算していますので、そのために、時間がかかっています!! よろしくご協力お願いします!!!”と。少し待って、店の中へ牛乳やパン・・ありませんでした。それでも野菜や肉、魚、酒類などはあったのであれこれ買い揃え、牛乳は近くの牧場が経営しているお店へ・・ここには、瓶に入ったジャージー牛乳がありました。もう一件、パン屋さんへここには、焼き立てのパンがたくさん並んでいて嬉しくなりました。平常時なら当たり前のように並んでいる品がなくなる状況は不安を駆り立てる要因にもなるのだと感じました。レストランでランチも済ませ、家に帰ってきました。+夕方、計画停電により、我が家に初めての停電がありました。午後4時40分から午後7時40分まででした。暗くならないうちに早めの夕食を済ませ、キャンドルをつけ停電が終わるのを待ちました。停電の間、山口県に住む主人の義姉から携帯電話に電話があり、”家に電話したら故障中です! と、出たので携帯電話に電話してみたのよ。なにか困っていることはないですか? 食べ物は不自由していないですか? ・・・”などと心配してくれる内容の電話でした。ありがたいことです。またしばらくして、近所のTさんから携帯電話に電話があり、”いま、停電したけど、これは計画停電ではなくて情報なしの停電?・・”と、確認の電話があり、”これは計画停電だと思う・・”と、伝え、安心されたようでした。停電から家に明かりが点くとほっとしました。+ここ数日、不思議な体験しているような暮らしぶりですがこの災害を乗り越え、また日本の再生を大きく期待してやみません。今日、出会った言葉知恵のある者は 知恵を出せ金のある者は 金を出せ何も無い者は 元気を出せ私は何も無い者なので、大いに元気を出して過ごしていこうと思います。+昨日、3月16日 国民に向け 天皇陛下よりテレビを通し、国民へのメッセージがありましたこの度の東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また、現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が、食糧、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内の様々な救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。今回、世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き、その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。
Mar 17, 2011
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12'srose my Diary 2011.3.15(水)刻々と東北三陸沖を震源とする巨大地震の被害がニュースで伝えられています。東北から関東へと大きなエリアでこの地震による影響が出ています。特に宮城、岩手、福島、青森、茨城の太平洋側のエリアは、大きな津波の被害が加わり、大惨事となりました。いまだ、行方がわからない方たちの安否はご家族の方たちにとり、避難所にいながらも不安な時を過ごされていることと推察します。ことばにならない深い悲しみと悼み、傷み、痛みでここ数日過ごしています。ここ、那須エリアでは、西の方角に被害が集中していて、町役場周辺のエリアでは、いまだ断水の状態が続き、また、東京電力の「輪番停電」により、停電もあり、ガソリン、灯油などの燃料不足もあり、町はひっそりと静かな様相を呈しています。+現在の我が家の状況ですがライフラインは、おかげさまで安定していますし、食事もいつもどおりにいただいています。今日、庭に出て枝垂れ梅の開花、クロッカスの花、そして蕗の薹が顔を出していました。早速、蕗の薹を摘み取り、春の香りの天ぷらを夕餉の食卓にのせました。+ただ、福島原発のニュースが時々刻々と変化していくなかで不安が募るばかりで避難指示が出ている住民の方々のお気持ちに胸が詰まります。昨日の午後のこと我が家のお隣の方(別荘)は、福島県いわきがお住いで”津波が家の500mのところまで来て、怖くて別荘に非難してきた・・”と、話されていました。”子どもの学校があるのでまた、明日はいわきに戻らなければ・・”と、町は壊滅状態だということで、今朝、いわきに戻られて、福島原発30キロ圏内の地域にいわきが入り、夕方、また別荘に戻ってきました。さらに、避難地区の拡大も懸念される状況ではありますが冷静に正確なニュースを受け、行動していきたいと思っています。+東北新幹線那須塩原ー東京は、運転再開しましたし、いざ!のときは、東京へ戻ることもできますので様子をみながらこれからのことを考慮していきたいと思います。我が家の状況を気にかけ、親戚や知人、友人からの電話やメールはこの影響下のなかでとても心強いメッセージをいただいています。心配してくれる人たちがいることに感謝の気持ちでいっぱいです。この状況の中、PCに向かう時間も限られていますので皆様のところに訪問がままならずでごめんなさい。どうぞ皆様、ご無事でと祈っています。クラシック専門のラジオから流れていた言葉が印象に残りましたので記します。作曲家 バーンシュタインの言葉”心をフォルテに!”
Mar 15, 2011
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3月11日午後2時46分、始めはゆっくりと揺れ、”あ、地震!!””このままもう終わるだろう・・”と、思っていた揺れはだんだん大きな揺れに変わり、棚の上の籠やガラスの花瓶が落ちて割れ、キッチンでは、食器収納庫の扉が開き、茶碗が2つ割れた。阪神大震災を体験したので、気持ちはあまり動揺しなく落ち着いて行動できたが置物が壊れたり、落ちた本などを片づけているうちに何度も余震が続き、そのたびに外へ出た。家の周りを見回すと電信柱や木々が大きく揺れ、近所の家のガラス窓がしなるように揺れている。しばらくすると近所のKさんが我が家を訪ねて来てくれて”何回も電話したけど固定電話も携帯電話も繋がらないので来てみたの”と、お互いの無事を確認して、その後”今夜はどのような状況になるかわからないから火を使わない食事にしよう!”と、話し合って、近くのパン屋さんへ。近くのスーパーやコンビニは停電のため、お店じまい。信号も壊れていて、ここでも地震の大きさがわかった。さらに遠いところまでパンを求めて移動。たどり着いたパン屋さんのご主人が、”だいじょうぶでしたか? 急に揺れが大きくなったので外に出てみたら店の大きなガラス窓がプラスチックのようにたわんでこのまま割れてしまうと思い、離れて様子をみていたらなんとか無事に収まったので店に戻ったところ・・”と、話していた。”余震が続いていて、今夜の食事は作らないでパンを買いに来たの。ほんとうに揺れが長くて怖かったですね~・・”と、私。友人のKさんと3人で地震の話と、東京から那須に来た共通のよしみで話が盛り上がり、”お互いに無事でいましょうね”と、言いつつ、店を後にした。家に帰り、TVで地震のニュースを観ると思いのほか、大きな地震だったことがわかり、それも広範囲にわたり影響が出て津波の物凄さも映し出していた。時間を追うごとにこの地震の影響が伝えられ、東京では仕事からの帰宅の交通がストップし駅周辺に多くの人の波。 3月とはいえ、まだ夜は冷え込み、ただただTV画面に向かい無事に家に帰ることができるようにと祈る。+那須の一部のエリアでは、地震による停電、ガス、水道のストップで避難所に集まっているとの情報があった。先日のNZ地震が遭ったばかりの今日は日本の大きな地震にただとまどうばかり。東京に住む息子と娘の無事が確認でき、身内からもなかなか電話が繋がらない状況で関西方面からの連絡はとれることがわかり、経由で無事で居ることを伝えてもらった。こういうときこそ、落ち着いて行動することがなによりも大事ですね。みなさんのご無事を祈ります。
Mar 11, 2011
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12'srose my Diary 2011.3.9(水)春の雪が一日おきに舞う春まだ浅い那須ですが陽の光は、春はもうそこまで・・と、気付かせてくれるように明るい陽射しが、パウダーシュガーのような春の小雪をさぁーっと溶かしていきます ↑ このブーケは娘からのプレゼント(嬉しいので何枚も撮ったうちの3枚UP!)披露宴最後の演出で娘からもらった花束が我が家に素敵な春を届けてくれて、居間が一気に華やかになりましたさて、娘の結婚式へ・・・先週の金曜日(4日)のお昼近く、東京に入りました娘の結婚式前日に遠方から参列してくれる親族と久しぶりの再会も兼ね、共にホテルで宿泊しました。我が家族は、嫁ぐ前の最後の食事を主人が提案してくれ、ホテル近くのビルの39Fにある中華料理の「東天紅」へ。大きな窓からは東京の街の夜景の中に東京タワーと新しいシンボルタワーのスカイツリー、六本木ヒルズも・・家族で乾杯し、美味しいお料理をいただき、娘の結婚式イブの夜を愉しみました。↑ 娘の結婚式を挙げるホテルの夜景今夜(結婚式イブ)は、このホテルに宿泊します。翌朝、お天気もお日柄もよく、気持ちのよい朝を迎えました6時に起きて、早目の朝食をいただきました。だんだん娘の緊張につられ、母親のわたしも緊張してきて、絞りたてのオレンジジュースを飲み、〆は煎茶で落ち着きました。部屋に戻り、支度を調え、娘と共に美容室へ美容室のたくさんのスタッフの方たちが”おめでとうございます!”と、出迎えてくださり、娘の花嫁の支度の部屋へと。娘の支度をしてくださるスタッフの方たちに挨拶をし、母親の私も支度をしていただきました。今日は、このチャペルで結婚式を挙げます多くの人に見守られ 嫁ぐ娘に 心からのおめでとう!!
Mar 9, 2011
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12'srose my Diary 2011.3.3(木)今日は、ひなまつりどこ~かで は~る~が うまれーてる~♪どこかで春が 生まれてるどこかで水が 流れ出すどこかで雲雀が 啼いているどこかで芽の出る 音がする山の三月 東風(こち)吹いてどこかで春が うまれてるこの唱歌の歌詞にあるように冬に戻ったような寒い今日の天気にもなんとなく春のめざめを感じる今日この頃。+3月5日我が娘の結婚式準備を調えながら”いよいよ”のときを過ごしています↑以前京都で買い求めた豆雛を飾りましたアルバムをめくり娘の幼い日の写真にあの日あのときがよみがえってきますこれからもいついつまでもしあわせでありますように
Mar 3, 2011
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