野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

2009.08.10
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カテゴリ: 自分研究
ラジニーシとの出遇い

 心理療法的なやり方で世界を変えていくことにどんどん同化していくような感じがあったんですけど。そういう中で、当時インドで悟りを得た人「バグワン・ラジニーシ」っていう人がいて、その人の弟子になって、いろんな瞑想とか「カタルシス」のいろんな療法をやって。彼は非常に面白い人だと思うし、今も弟子ではあるんですけども。そういう瞑想したりして、そこではダイナミック瞑想といって「カタルシス」のいろんな瞑想もいっぱいあったし、座禅みたいに座る瞑想もあったし、いろんなことをやっている中で、一九八三年に逮捕されたんです。
 逮捕された時に、何を思ったかと言うと、私はとんでもない間違いを犯した人間であるのに、逃亡生活のうちに根本的に生まれ変わった人間である、と。精神的に宗教的に生まれ変わったと。これはすごく稀有なことですごく重大な価値がある。何か本当に、増上慢というか、そういう世界に入っていったんです。
 だから、刑は軽くなるだろうし、七、八年で出られるんじゃないかなぁって思ってしまったり。ちょっと心配はしていたところもあったけど。自分を特別視する、自分が何か特別な存在である―私の精神的なパターンなんですけど―そういうことを自分が抱いて…。ところが、取調べが終わって起訴されて、弁護士なんかと面会するようになってから、「あんた、あんだけの事件やったから、無期(懲役)だって全然おかしくない。無期刑になる可能性もじゅうぶんにあるから。きちんとした裁判やらなきゃ駄目だよ。」って、言われて。
 で、実例でいろいろ示してくれることがあって、爆弾事件を三、四件しかやっていない人間も、無期刑が求刑されて判決が出ている。私の場合は七件も八件もやっているわけですから、ああこれは当然無期になってもおかしくない。何を私は思っていたのか。今度は、自分がひょっとしたら無期になるかもしれないって、すんごくおびえて、恐怖症状態になって、東京拘置所の中で苦しくって夜も寝られない。ともかく、動き回って。本当に胸が締め付けられて、こんなに苦しいんなら死んでしまいたいって一ヶ月くらい、本当に苦しいから解放されたい。こんな苦しみが、あと半年続くと思ったら、とてもじゃないけど生きていたくない。早くその苦しみから解放されたい、っていうのが自殺する人の気持ちなんだろうなって、そのとき思いました。
 そんなことを思うと、それで全く自分が間違っていた、ってことを思って、自分は瞑想するとか、自分を見つめることを、和尚ラジニーシって人の弟子になってやってきたけど、何にも見つめてなかったじゃないか。和尚ラジニーシって人に依存して、かえって、自分が特別な存在であるっていうふうになっていって。
 和尚ラジニーシも「『自分が特別な存在である』ってことを思うことくらい、ごく当たり前のエゴにとらわれたありかたはない」って語ってはいる。だけどそういうことが入ってこないです。自分に都合のよい言葉だけ採り上げて、自分を英雄視していく。そういう世界に入っていることに気がついたんです。今度はどういうふうになるかっていうと、自分は全く力がない存在で、今度はもう和尚ラジニーシにすがりつくしかない。早く出所して、和尚のところに行って本当に師事して直接教えを受けないと変われない。とっても俺のような醜い人間はどうしようもない、って今度は自分で努力することを放棄してしまう。
 で、どういうことをするかというと、裁判で自分の不利になることは一切言わない。それから、その頃私を慕ってくれた女性と―私はあんまり好きじゃなかったんだけども―とにかく刑が軽くなりたかったから、結婚をして。情状に訴える、ということもした。第二審でそれをやったら、彼女も精神的にいろいろと問題のあった人だったこともあって、うまく証言ができないし、ちゃんとした信頼もないから、裁判官から「あなたは、加藤三郎から減刑のために利用されて、結婚したんじゃないか?」と。

 ちょうどその頃ずうっと、拘置所に入って三年ぐらい、無期囚で、無期の判決を受けていたけども、刑務所に行かないで、死刑廃止運動をやっていた「飯田博久」って人がいて、その人は三人ぐらい人を殺した人なんですけれども、自分の、人を殺した事実とか成育史なんかを綿密に文章化して捉え直して変わっていった人で、ずうっと文通していたんですけれども。その人が、「本当に自分のことを文章化して見つめ直す、そういう具体的な作業をしないと何にも見えてこないよ」って言ったものですから。その時になって初めて、「ああ、もうこれしかない」って思って。それが一九八七年か六年頃だったと思うんです。正月ぐらいの時から、とにかく自分の小さい時からのことを全部書きながら、「何が問題だったか」ということを書きながら見つめ直してきた。

自分をみつめて

 そうすると、単純なことは、父親をすごく恨んで生活してきたし、ラジニーシって人に会って、ある程度観念的には「親も許さにゃあかん」ってなことは思っても…具体的にどういうことかはわからないけど見つめ直す中で、親父がいつも米を作って、病弱なのにスイカを作り、きゅうりを作り、野菜を作り、私らを食べさせてくれていた。そういう親父の姿を、綿密に書くと「これはすごいことやな」ということがわかってきて。確かに親父にはひどい面もあったけど、そうやって私らを何とか育ててくれていた面もあった。
 一方でお袋を、いつも優しい人で、「いい人だ」としか思っていなかった自分があったけれども、お袋は、親父の悪口を私らに言いつのることで親父に対する憎しみを私らに植え付けて、親父を憎しみでしか見れないようにしていた面もあった。本当に優しい人だったけど、そういう面もあったし、自分がそういう親父を選んで恋愛結婚したのに、そのことに対する責任を持とうとしていなかった。そういう女の人の、当時の状況だからしょうがないけれども、弱さってものがあった。母もすごく未熟な人だということがわかってきた。
 だんだんそうやってわかってきて、二十歳の頃の恋愛して別れた人のことも原因は、ある時女の子が私のところに来て、私は性的欲求のままに関係を持ってしまって。で、自分がどう考えたかっていうと、これは自然な欲求でしょうがないじゃないか。俺のせいじゃない、押さえようったって押さえられないじゃないか、って思ってしまってた。見つめ直す中でどう考えたかっていうと、性的な欲求が、私と別な人格を持って女の子と行為したわけじゃない。私が、性的な欲求を開くっていう選択をしているんです、その時に。 街角で襲うかっていったら、襲わない。絶対にそんなことはしない。自分なりにちゃんと選択するわけですよ。今、刹那的な快楽を楽しみたいから自分がそれを開いてその欲求にのめりこんでいっている。そういう自分の主体的な選択なんだ。私の責任ってことを自覚しない限りものはわからない、人格化された性欲が勝手に一人動きすることじゃない。自分に都合よく解釈していたなって。そうやって、性欲のせいにして相手は傷ついていても平気な顔をしている、っていうか本当に深く考えない。
 そんな生活を、左翼の活動の中でもしてきていた。その頃の時代の流行でもあったけども、性的な自由っていうことをしてきたってことがだんだんわかってきて。武装闘争なんかやってきたことについても、心理学的な療法の思想で私は、裁判の中でも、はじめのうちは、私は精神的に病んでいたから、ああいうことをやってしまった。それ以上のことは言わない。ともかく、精神的な病が起こっているんで、そういうことを癒さなきゃならない、と一般的なことを言う。理論みたいなものですから、繰り返して言うことは出来るけど、そうすると今度は自分が東本願寺を爆破したってことはどういう意味を持っているのか。あるいは自分が人を傷つけたことはどういう意味を持っていて、どういう責任を取るか、どう自分が償っていくのかは、考えないで済ましてきたわけです。
 そうやって、小さい時からのことを積み上げてきて、考え直していくと、自分が人を傷つけたり、人の建物を壊したりしたことについて、ただ病んでいたからしょうがなかった、って言っていたら、それはものすごく都合のいい考え方だ。自分なりに出来る範囲で責任を取っていかなきゃならない。だけどあまりにもその被害の額が多すぎるし、被害を受けた人も多いから全部は出来ないけれども、出来る範囲でともかく責任を取っていく、あるいはそういう努力をしていくってことが、責任の取り方で大切なことだ、と思って。
 やっと二審の最後になって、これまでの自分の思想はすべて間違っていたって…。例えば、人を積極的に傷つけるつもりはなかったけれど、ひょっとしたらそこを人が通る可能性があって人が傷つく可能性―未必の故意っていうんですけど―そういうのはない、って言っていたんですけど。いや、やっぱり傷つく可能性もあるって思っていた、と正直に話す。そういう意見書を出して、これまでのことはみんな、自分が減刑になりたいから自分が都合のいいように主張してきたと。
 そういうことも言ってきましたし、それから、実は私は天皇制については今もやっぱり批判を持っていると。だけど批判をすると、刑が重くなって、無期になったりするのが嫌だから批判をしないできたと。だけどそれは天皇を、天皇家を憎しむとか、そういうことじゃなくて。天皇制っていうのは、ある意味では天皇家の人々を抑圧している制度であって、そういうものがなくならない限り、天皇家の人々も解放されないし。日本社会の中で日本人のいろんな意識を拘束していることからも、それを克服していくことでしか歩んでいけない。
 そういうようなことも含めて、全部本当に思っていたことを、裁判の場でも伝え、ある親しかった女性を減刑のために利用して、証言に立って、結婚したってこともはっきり言って。本当に自分が醜い存在だったっていうことを、はっきり言っていったっていうか。
 そういう作業をしていって本当に自分がなんて醜い人間だろうって、胸がモヤモヤとその、醜さが出てくるぐらいの体感があるぐらいの醜さっていうのが自分の中にあるってことを自覚した時に、何かすごくホッとして楽になってしまって。自分を醜い人間だと思って自分を責めて自分も死にたくなるのかなと思ったらそうじゃなかった。本当に醜い人間だって思えた時に、すごく楽になった。これからは、出来るだけ自分の心を偽らないで生きていこう、って思えるようになって、そんなに気張りもしないし、人がいろんな醜いことをやることは、自分を振り返ってみれば当然のことで、それは、人間っていうのはそういうことに陥りやすいもので、憎しみっていうのをあんまり抱かなくなったし。怒る時は時々あるけど。そのことからすごく楽になって。






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Last updated  2009.08.10 03:25:57
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