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自分で言うのもなんだが、うちは2000~3000人の応募者の中から20~30人の新卒採用をしている。つまり競争率は100倍。さぞや優秀かと思いきや、驚くほど子供だったりする。今日も、研修の中で他の仲間がプレゼンテーションするのをポケットに手を突っ込んであくびをしながら見ている者がいた。しかもポケットはポケットでも上着のポケット! 3つボタンのスーツの上着のポケットに手を突っ込んでいるのだ!想像してみてほしい。悲しいくらい未熟で幼く見える。これではとても客先に出してFeeの取れる仕事はさせられない。すでにFeeを取っているものの中にも、議事録さえ取れない者がいるという。しかもその数が少なくない。「~について検討」<--検討結果を書け!「~を提案」<--だれが?誰に?で、どうなった?こんな突込みを入れたくなるような、あいまいで中途半端な議事録を平気で書き、お客様に出しているのだという。そうかと思うと、会話記録のようなものを議事録だと思って満足しているものもいるのだという。討議の内容を要点を押さえて、あとから誰が読んでもわかる内容であるべきだと思うのだが...。学生時代に黒板を移していたような奴には、要点だけをうまく構造化してまとめなおしたようなドキュメントがかけないのだ。新人には、「考える」ということもままならない者もいる。よく考えてないから、プレゼンテーションでも美辞麗句を並べカッコよく仕上げたスライドに満足している。当然先輩社員はそんなプレゼンテーションには騙されないわけだが、考えが浅い新人にはそれがわからない。二十いくつにもなって、驚くほどできない連中がいる。この問題の根は深そうだ。
2003.10.30
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都心から1時間ちょっと離れたところへ出張。在来線に揺られて過ごさねばならないので、片道950円の追加料金でグリーン車に乗る。しかも2階建て車両。車内はすいているので隣の席も占領。ちょっといい感じ。読みかけの本を広げると脳が刺激されるのか、いろいろなアイデアが浮かぶ。ビジネスアイデアも広がる。ノートを広げ、1ページ埋めるほどアイデアを出しまくった。普通車両ではこうはいかない。きっと余計な中吊り広告などに目を奪われたり、周りの人々に気を取られたりしていたことだろう。1時間950円の動く書斎。私のささやかな至福のひととき。
2003.10.28
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さんざん本文を入力した挙句に「書き込み」ボタンを押したら、楽天がメンテ時間に入っていた...。「戻る」ボタンを押した。メンテ中なので戻れない...。俺の書き込みを返せーっ!
2003.10.24
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チェンジ・マネジメントについてのセミナーに参加した。事例紹介もいくつかあった。企業内の改革プロジェクトでの奮闘振りを伝える内容だ。改革には抵抗勢力がつきものだし、そもそも理解しないで取り組んでいる人もいたりする。「どうせうまくいかないさ」「途中でうやむやになるよ」などと本気でない人もいたりする。そういう問題をどう乗り越えるか。最後は結局、社長なのである。社長本人の口から強くメッセージを伝えたり、社長本人が本気度を示したり、事あるごとに改革プロジェクトや改革推進チームについての話をすることで、ムードが変わり、取り組み方も変わってくるのだそう。そういや国の政治も、トップが強く根気よく言い続けているっけ。企業の中にも慣性の法則が成り立っていて、いまのままでい続けよう、という力が知らず知らず働く。システムを変えることはそう難しいことではないが、慣性の法則が効いている組織や人を変えることはたやすいことではない。そこを変えることができれば、改革の半分は成功したと言っていいのだが、そここそが難しいのだ。社長による鶴の一声は、そんなときに絶大な力を発揮する。改革には強力なリーダーシップが必要なのだ。
2003.10.22
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なんだか先週はうまくなかった気がするけど、今日を境に上昇が始まる。またいつものように、すべてがいい方向に動き出す。あれもできるし、これもやる。あそこにも行っていいネタ仕込んでくるし、あれも仕上げる。そして週末前には給料日!いヒヒ。なんだかちょっと早かったなぁ、という気がするのもいい傾向。すばらしい陽がまた昇り始める!
2003.10.20
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時間はすべての人に平等です。憲法や法律でどんなに公平性や平等を訴えても、人に与えられた24時間は絶対的に平等です。この24時間をどう使うか。何を考え、どう堂動くか。それが未来を決めていきます。半分寝て過ごすか。24時間働き続けるか。ただ目の前の仕事を片付けるために働くのか。未来を作ることを考えながら、働くのか。私は学生時代、「いま」を生きていました。「いま」を精一杯後悔することのないよう、思いのままに生きてきました。それは刹那的であり、その瞬間の満足感だけを満たすものでした。年月を経てわたしは考えました。ただ「いま」を生きるのではなく、「未来を作るため」に「いま」を精一杯生きるべきではないか、と。未来の目標に向かうことに「いま」という一瞬を精一杯生きるほうが、ずっと満足感があり価値のある生き方です。わたしの信条は「いまを精一杯生きる」でしたが、そろそろバージョンアップして「次の瞬間のために、いまを精一杯生きる」にします。次の瞬間の自分に「いま」という時間の中での成果を引き継いでいく。駅伝みたいなものです。ゴールは決まっています。「いま」という時間の区間をベストを尽くして走ることが私の使命。明日には次の区間を走る自分にたすきを渡します。今日という24時間は、いまここにいる私が全力で走る番です。今日も悔いのないよう、ゴールへ向かう次の自分のために、平等に与えられた24時間という時間区間を精一杯走っていこうと思います。そうすれば自ずとやるべきことも明確になってきます。自分の、価値ある未来につないでいくために。
2003.10.19
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あなたの会社ではキャリアパスは示されているでしょうか?(5年目)主任⇒(10年目)課長⇒(15年目)部長 といった、あれです。ある、という方は、自分がそのキャリアパスに載っている/載っていいたかどうか考えてみてください。どうでしょう。意外に外れていないでしょうか。同じ部署で同じ仕事をすることが少なくなった現代において、こういった旧態依然とした「キャリアパス」というものの意味が果たしてあるのか? いささか疑問に思います。「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。」(高村光太郎)キャリアパスなんて、誰かが通った結果であって、それをモデルにして掲げているだけではないでしょうか。人間、そんな予定通りにことが運ぶことはそうそうありませんよね。人材育成をする立場にあっては、そういう決まった通り道があると仕事がしやすいのですが、それは本質ではないと思います。道が与えられていると、そのとおりに進めばいいわけですから楽ですが、そもそも与えられないと自分の道も決められないような人材は、今の厳しいビジネス社会においては、必要とされない人材だと思います。キャリアパスがあったおかげでいいことがあった! という方がいればご連絡ください。
2003.10.14
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先週から始まったフジテレビの「ビギナー」というドラマをご存知でしょうか。弁護士の研修生たち(法律のビギナー)の成長と、もちろん月9らしく恋愛もからんでくるわけですが、この中で描かれている研修所の研修風景が、人材育成担当者としての私を震わせます。講義は大学を思わせる階段教室で行われるのですが、毎回あるケースを使って、研修生が自分の意見を言うことで進んでいくようです(今日が2回目の放送でしたが、初回を見逃しているので...)。最後には課題が出され、研修生はそれをレポートとしてまとめ、講義前までに教官に提出します。研修中に教わることがすべてではなく、自分で考えてアウトプットを出すところで学び成長していく。教官はアウトプットに的確なコメントをしながらファシリテートしていく。米国のビジネススクールなどではこのようなスタイルでの授業をしているようですが、ああいうのが私が実現したい理想的な研修スタイルだなぁ、と実感しました。教える内容、目的によって、とるべき研修スタイルも変わってくるものだと思います。単純に知識を教えるのであれば、単なる座学でもいいのでしょうが、そればかりではいい人材を作れないと思います。
2003.10.13
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こんな話を聞きました。その社長は次期経営幹部を選抜しようといろいろな角度でめぼしい社員にアプローチしていたのだそうです。あるとき、幹部候補者が口裏を合わせたかのように同じようなことを言うのに気づきました。「うちは部署間の連携やチームワークが悪い」それはそれで事実として受け止めようとした社長さん。ふと、相手にこんな質問を投げてみたのだそうです。「で、君はできているのかね?」そこで相手がまたもや口裏を合わせたかのように答えたのです。「私はできてます。大丈夫です。でも他の部署が...」この社長さん、あらゆる部署から広く候補者を見ていたのですが、全員が同じ回答だったというのです。では、本当にできてないのは誰なのでしょう?「私は大丈夫」と答えた人に対する他からの評価が「あの人もできてない」というのはどういうことなのでしょう?ここからわかるのは、この会社、間違いなく部署間連携やチームワークができてない、ということです。そして、ほとんどの人が評論家になってしまっていて、行動が伴っていないであろう、ということです。他人のことばかり、よそのことばかりが気になって、自分がおろそかになってしまっているんですね。「人の振り見て、我が振りなおせ」かく言う自分も、人のことばかりに気を取られて自分がおろそかになってしまっていないか? と反省させてもらういい機会になりました。最近は部下に対してできてないところばかりが目に付きイライラしたり、自分でやってしまおうかなどと思ったこともありましたが、「人の仕事をうんぬん言う前に自分はやるべきことをやったのか?」と問い直し、まず自分が自分という上司の期待以上の仕事ができるのか、というスタンスでやっていこうと思いました。
2003.10.09
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この日記をお読みに会社員の皆さんは企業研修に何を求めていらっしゃいますか?研修はいわば学校みたいなもの。授業に出て先生の話を聞いていれば少しずつ知識が身について、ちょっと宿題/演習なんかも出たりなんかして、コースが終了するころにはそこそこの知識とスキルが習得できている。そんなものを描いているでしょうか。提供する会社側は参加する社員に何を求めているとお思いですか?社員は人材です。必要なスキルを持った人材を養成するために研修を開催します。参加するからにはスキルアップして現場に戻っていただかなくてはいけません。工場などでの作業の仕方などすぐに使えるHow-toを教えるのならそれでもいいでしょう。しかし現代は社員の多くがホワイトカラーであり、とくにIT産業などは知的労働者によって企業活動が支えられています。たとえばプログラミング言語の研修をしたとしても、そこで参加社員が得られるのはプログラミング言語の文法であり現場で使えるプログラムではありません。現代のビジネスピープルに必要なのは、想像力や発想力、思考力や構築力であり、How-toはそれら知的生産活動におけるツールの使い方でしかありません。このような時代においては、研修に参加したから何かができるようになる、ということは難しいと私は思います。社員自らがモチベーションを発揮し、与えられたツールを使って「考える」「よりよく考える」ようになることが必要です。研修はそういったやる気や気づきを与えるきっかけでしかなく、研修参加を踏まえて本人の行動や考え方をいい方向にドライブすることが必要に感じます。研修を外部に委託すればコストがかかります。研修を投資と考えれば、どこかでリターンを得る必要があります。リターンを期待できない社員を企業は研修に出したくはありませんが、そういう社員に限って、教育制度に不平不満を言ったりします。企業は研修投資先社員を選別することも必要かもしれません。経営幹部候補などの選別は一部の企業で実践されていますが、すべての社員に対してなんらかの選別をして投資を効率化することも必要かもしれません。最終的に知的生産活動におけるスキルは人に残ります。企業には残りません。加えて、実績主義が唱えられている企業においては、必要な本人が必要な勉強をするべきではないでしょうか。会社に何かを求めるのではなく、自分のスキルで会社にどんな貢献ができるのか。去年よりどれだけ多くの貢献ができるのか。そういうことが求められる実績評価の企業が増えてきているならば、個人個人が必要な自分だけの研修プログラムを自ら作って実践していくべきではないかと思います。企業は研修準備金を給与の一部として支給し、社員は必要な研修を外部で受けてスキルアップする。企業は研修部門を持つ必要がなくなり管理部門の人件費を削減することもできます。きれいに整備されたキャリアパスとそれに連動した教育研修制度は、時代に合わなくなってきているのかもしれません。あなたはいつまで自分のスキルアップを会社に期待しますか?
2003.10.06
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若手社員なんですけど、どうしても眠たくなってしまうらしいのです。何度も何度も注意して、何度も何度も反省してるんですけど、やっぱり眠たくなってしまって、居眠りして、見つかって、叱られるんですね。こういう人は、もしかしたら病気なんじゃないか、と思います。本人はいけないとわかっているけど、体が眠りに向かってしまうようなんです。「どうしても止められない」という経験は多くの人にあると思います。お酒が止められない。タバコが止められない。パチンコが止められない。みんな「中毒」ですよね。なにか対策があるはずだと信じてます。どなたかご存じないでしょうか。彼は大学の後輩だったりするもんで、余計に気になります。たのむぞ、ワカゾー!
2003.10.03
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私の勤める会社では、新人研修にて毎朝3分間のスピーチを交代でやってもらっています。たかが3分なのですが、担当となった新人にとっては重大な3分間です。彼らはこの3分間のスピーチの中で、論理性や人間性まで見られ、その後3分を超える講評を先輩社員からいただくことになります。多く見受けられるのが、言いたいことが何なのかがはっきりしないケースです。あれも言おう、これも言おう、と欲張る結果、話の方向性が定まらず、最後には3分を時間超過し、あせりでぼろぼろになってしまう人もいます。ここでは主張したいこと、伝えたいことを絞り込み、それについての話をすればおおよそ合格点は取れるのではないかと考えています。加えて、論理構造をしっかり考えて、それに沿ったスライドや原稿を作ることで、かなりいいものができると思っています。が、なかなかこれのできる新人はいないようで、求めるレベルが高いのかなぁ、と悩んでしまう今日この頃なのです。新人たちはこのプレゼンテーションを3回ほどの回ってくる順番の中で模索しながらスキルをあげていくことになります。また、先輩社員にとっては、こういうプレゼンテーションの機会が新人の実力を知るいいチャンスなのです。かれらはそこで誰を自分のところにもらおうかと評価しているのです。
2003.10.01
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