沼尻竜典オペラセレクション
R.シュトラウス作曲 オペラ『ばらの騎士』(全3幕、ドイツ語上演)
名古屋公演 DAY2
愛知県芸術劇場・東京文化会館・iichiko総合文化センター・東京二期会・読売日本交響楽団・名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
2017年10月29日(日)14:00
愛知県芸術劇場大ホール
指揮:ラルフ・ワイケルト
演出:リチャード・ジョーンズ
元帥夫人:森谷真理
オックス男爵:大塚博章
オクタヴィアン:澤村翔子
ファーニナル:清水勇磨
ゾフィー:山口清子
マリアンネ:岩下晶子
ヴァルツァッキ:升島唯博
アンニーナ:増田弥生
警部:斉木健詞
ファーニナル家執事:新津耕平
元帥夫人家執事:土師雅人
公証人:松井永太郎
料理屋の主人:加茂下 稔
テノール歌手:前川健生
ほか
合唱: 二期会合唱団
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
***
土曜日に大津で『ノルマ』、日曜日には名古屋で『ばらの騎士』を観ました。どちらも、年長の女性が、年若い女性に、自分の思い人を取られてしまうお話。そして、前者の演者と後者の物語の内容の間に、時の移ろいという共通点を感じた2日間でした。
デヴィーアの舞台を前回観たのは、たぶん初台の劇場での『ルチア』だったと思います。見事な歌唱でした。それ以前にも、何度か彼女の歌を聴きましたが、その歌はいつも完成度の高いものでした。こうあってほしいという、まさに、そういう歌。しかし、教科書的とも言える彼女の歌の、僕はあまり良い聞き手であったとは言えません。正直に言うと、不遜にも、その歌を少しつまらなくも感じてもいました。
今回のノルマは、瑕疵はあったものの、見事としか言いようがないようなものでした。声の衰えを、力任せにごまかさず、情緒に流れないdisciplineのある入念な歌。そこにあったのは、まさに崇高な歌でした。今までの、おのが不明を恥じました。あの声と技を維持するために、彼女がいかに厳しく自らを律してきたのか、それを身に染みて感じ、畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。
アダルジーザを担当したメゾは、立派に役割を果たしていたと思いますが、デヴィーアの音色が若々しいものでしたので、ちょっと彼女よりも年長に聞こえてしまったのが残念。今回、楽しみにしていたポップは、テノールの声を聴く喜びを十分に味わわせてくれました。日本人キャストの方々も十分に役割を果たされていましたね。沼尻さんの棒は、とても几帳面。粟国さんの演出は、既視感のあるものでした。
日曜日の『ばらの騎士』の演出は、土曜日に歌われた林さんのマルシャリンで7月に東京で観ていました。なんとなく、ルイス・キャロルの物語の世界のような演出ですよね。名古屋の公演では、出だしのホルンは見事だったものの、その後の会話主体で音楽が進む第1幕のアンサンブルは、オケが舞台上の歌に寄り添えず、僕の耳には崩壊寸前のものに聞えました。1幕が終わったら、帰ろうかと思ったくらい。でも、マルシャリンのモノローグあたりから、雰囲気が一変。オケの奏でる音楽に、びっくりするような変化が起きたのです。なんとも馥郁たる香りが漂ってくるような思いにとらわれました。東京での公演になかった「香り」が、この名古屋の公演にはありました。指揮者とオケの組み合わせでしょうか。前日の沼尻さんの棒とは異なり、ワイケルトさんのそれは、もっと音楽を大づかみにしたようなもの。それがアンサンブルの緩さに繋がったと同時に、銀のばらにふりかけられたペルシアの香油のような、この「香り」をもたらしたように思いました。名古屋に生活の場を移して、それなりの年月が経ちましたが、今回、初めて名古屋フィルの音色に聴きほれました。実は一度も足を運んだことがないのですが、その定期演奏会にも行ってみようかとも思いました。
お目当てだった森谷さんのマルシャリン。渋谷で聞いたステンメのものに近い印象。暖かく、細やかでありつつも大きな歌。ちょっと気になったのが、調子が万全ではなかったのか、第1幕では、会話調の歌ということもあるけど、本来の声が出てくるに時間がかかり、第3幕の登場時には、押し出すように声を出そうとして、ちょっと叫びがちになっていたように聞こえたこと。5月に豊橋で聴いたレオノーラでは、そのような印象は一切受けなかったのですが。まさか、蝶々さんの影響?
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