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週末に新しい車が来ることが決まり、今の車との別れを惜しんでいます。なんと2日続けて、レッスン後に飯綱高原に登り、夜道をドライブしました。2日目は、急勾配の「七曲り」というルートから上がったのですが、今度は車がいじらしいほど軽やかに登るわけです。今日も教室に出かける前、やっぱり飯綱めぐりの遠回りをすることにしました。これが、この車との最後の山道になるはずです。夜は写真に撮れなかった高原の湖、大座法師池です。湿地の遊歩道をほんの少し歩いてみました。空がこんなに明るい青になっていて、緑がこんなに美しいなんて、夜は気づけなかったけれど、昼間、ここに来たことで、闇の記憶を闇に追いやることができた感じがしました。あれは悪い夢のひとつ。そんな風に思うことは卑怯だという人もいるかもしれない。「あなたはここが悪い人間です」そう決め付けて、相手の心を折ることを教育だという人もいるかもしれない。心を折ってやれば、その人間が謙虚になる、と思う人はたくさんいます。でも、長い暗闇を抜けて、私はそういうことを言う世界に属するより、呑気な自分なりの価値観の世界に身を置くほうが性分に合っている、と悟りました。昼間の高原はあまりに美しくて、どう思い出そうとしても、闇の景色が遠ざけられてしまいます。確かに夏色をした空は、とても強いな、と思いました。「私、あの人たちに、捨てられて良かった」そんな気持ちが自分の心の中に湧き上がりました。ありがとうの言い方も知らない人に、歪んだ景色を見せられて生きるより、後ろ指さされてでも、自分の心に従いながら生きたい、と思いました。
2013年05月31日
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この間スーパーで買ってきたスプレー菊。そのまま飾ると「いかにもスプレー菊」という感じになるのですが、いちいち茎から切り離して飾ると、突然に愛くるしくなるので、おもしろくて仕方がありません。ブリキのジョウロに飾ってみました。クリスマス仕様なので、スノーマンの絵がついているところは見せないように飾るとこんな感じです。確か、この間まで「パリっぽさ」を追求していたはずなのですが、ちょっとパリという感じよりは…。ヨチヨチ歩きの怪しい女の子がウロウロしていそうな具合になってしまいました。また違う花を買ってきたら、イメージが変わるのかもしれないです。花瓶の花を外に飾るとこんな風に風景そのものを替えられるので、飽きっぽい私に向いているかもしれません。先日、本当に久しぶりに指が痛くなるほど弾いたカプースチンブームは普通に戻りましたが、難易度の高い練習曲をバリバリ弾いておくと、指先が目覚めてくる感覚は味わえました。思う音がすんなりと出るし、楽器そのものの鳴りが全く変わります。生徒達もうまく弾けるというのかなぁ。私が弾いて鳴らしておいたピアノでのレッスンだとハッとする展開があります。私がサボったときのピアノはそれなり、というのもあります。楽器が歌う準備をしているので、生徒が勝手に歌わされるんですよ。(爆笑)楽器の世界は奥が深いですね。まったくもって。(笑)予定通りいけば、今度の日曜日に納車ということになりました。買い換えられる、とわかったかのように、11万キロ越えの車は、ヨタヨタとしてきました。本当に危なっかしい感じに思えてきてしまうんです。それでも、水曜レッスンが9時近くに終わって、旦那も飲み会だし、ちょっと車を走らせたいなーなんて気分になりました。近くの高原まで、ループ状の橋を駆け上がりました。あまりに暗い高原です。ちょっと怖いって。(笑)昔、独身の頃、深夜のジャズバーの仕事が終わって、友人やオーナーとここまでドライブに来たこともありました。ジャズバーを追い出される直前、オーナーとこの高原までライブに来たこともありました。ズタズタの思い出が、少しだけつながってしまうけれど、それは悲しさより先に、回想という感覚の持つ甘い切なさがボカしてくれました。今思えば、あのジャズバーの仕事と、声楽の伴奏を掛け持つなんて、無茶だったのかもしれないです。でも、その先に何があるかわからなくて、飛び込んでしまいました。上手くなりたかったし、功名心もあったし、ようやく待ち焦がれていたクラシックの仕事がぶら下がったことに、何より食いついてしまいました。そして、そこで仕事をする、ということの恐ろしさを知りました。でも、恐ろしかったけれど、仕事、と自分で呼べる仕事はできました。それがあるから、多分、私は、ズタズタの思い出を、回顧するゆとりをもてるんだと思います。細く薄く、その時代を思い出さないと、私は参ってしまうのだけど、思い出すことができるようになったのも事実です。真っ暗の高原、明らかにバランスを崩した私とジャズバーのオーナーのライブの記憶はおぼろげですが、その帰り道、この高原の湖の上に広がる漆黒の空を見たのはやけに鮮明に覚えています。時折駆け抜ける車の音。静寂。その繰り返しがシンプルに私の中でこだましています。あの頃、食いつくようにピアノに向かうことなんてなかったけれど。食いつくようにピアノに向かう時に、もう、私のステージは無くなっているんだけど。この矛盾は、悲しいというよりも、なんか人生っぽいなー、これぞ人生だなー、なんてちょっと背伸びな気分にさせてくれます。今はまだまだ、最後の瞬間に見せ付けられた相手の憎しみの深さに膝が崩れたままですが、それでも何でも、また弾くようになった、それは、自分ではホッとしています。
2013年05月30日
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スーパーでお買い物ついでにちょこっと花を買ってきて、飾りました。このごろ、カプースチンを弾くのにハマってしまっていて、日曜日、家でぼんやりしながら「あー、教室に行って、カプースチンが弾きたい」と思ってしまいました。そんなこと、思ったことないんですけどー。(笑)すごく新鮮な感覚でした。youtubeでチェックしたら、shan-shan sunという女性ピアニストがカプースチンのtoccatinaを弾いていて、そっちも気に入っちゃいましたが、とりあえずは自分の始めた演奏会用エチュードの1番でもコツコツ弾いて遊びます。…せっかくやる気になったこの気持ちを、大事にしたいなーと思うので、無理せず無理せず、です。
2013年05月27日
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教室玄関の小さな庭は、花瓶の花で表情が変わります。ハーブの苗をくれた生徒の親御さんが、「今年もこの季節がやってきました」と、自慢のお庭のバラを分けてくれたので、この豪華さ!!!ただ、午後の暑い日ざしの中で耐えられる切花は少ないかも。変化をつけるために、ちょっと花を摘んでこようかな、とか、切花を少し室内で楽しんで、少しだけ外にも飾ろうかな、お花屋さんでも覗こうかな、みたいに、エレガントな展開です。(笑)でも、西向きの教室にとって過酷な季節も始まっています。もう午後が暑くて耐えられない!(笑)土曜の午後、玄関のドアも開けっ払って、かわいい姉妹とレッスンしてました。「ドラマのとんびの主題歌弾いてー」という話になったので静かなバラードを弾き始めました。開け放ったドアの外に、小さな小さな女の子が立ってこっちを見てます。(笑)あの小さな手の先にいるのは、絶対にパパ。(笑)根拠は無いけど、なんとなくそういう感じがしたので見ていると…。やっぱり!!(笑)若くてかわいいパパがちょろっと教室を覗き込みました。小さな女の子が、「パパといます」という顔をしてたように見えたのですよね。なんか、優雅な感じと言うのかなー。王子様に守られたお姫様が優雅にお散歩している感じがしたわけですよ。(笑)ママとのお散歩だともっと楽しそうな元気な顔をしていると思うけど。(笑)パパと一緒の女の子は「姫」ですからねっ!(笑)暑い午後、玄関脇にはかわいい小さな庭もあり、かわいい姉妹がピアノの脇にいて、静かなバラードを弾いてると、かわいいお客さんが覗いたりするなんて、映画のワンシーンのようじゃないかー。このごろ、すっかり全てにおいて、「成り行きすら大切にしたい」という気分のtea*先生は、レッスンでカリカリすることもなくなりました。結果的に上手になればいいの。道中、のんびりしたほうが結果がいいことなんてたくさんある。だから、生徒にピアノを弾かせておいて、花に水をやったりしちゃうくらいに呑気なのです。反復練習させながら、「あと一回」「そうそう、その音」みたいなことを言いながら。「貴婦人の乗馬」を小さな女の子が弾いているときには、やっぱり知らない女の人が、小さく「すごい・・・」と言って通っていきました。ピアノを弾いてた子と、「今、すごいって言われちゃったね」ってニンマリ。練習させつつ、美しい光景をデモンストレーションとして公開するわけです。これが本当の「公開レッスン」…いったい誰かしら。この強烈な商人。(笑)でも、誰だって、聞き手に誉められたら嬉しい。そこは別に禁欲させる意味もないし。(笑)気付けば、ピアノのレッスンが、「プレーヤーを育ててる」イメージになってきているので、あまりあせらなくなったんだとも思います。つい最近、ずっと悩みの種だった一つの問題に対して、意外な方面から報復というか、真実はこうだったんだよ、と知らせてもらえることがありました。もう、私が関わらない場所なので、いいように言われちゃうんだろうなーと思ってたんですが。真実が伝わったからと言って表面上の出来事が変わっていくわけではないけれど、私だけが全部悪かったという風に色々引き受けさせられて、そのまま黙っているのが立派!と言われてもそれもつらいんです。間一髪、滑り込みセーフで、絶妙のタイミングで、一番それを知っていて欲しい人にとりあえず真実が伝わりました。今までは、「いつか風の噂で真実が伝わるからいいや」と思っていたのが、風の噂じゃなくてドンピシャで伝わった、と聞いたとき、正直、嬉しくもなかったです。傷口がめくり返されるというのか、「えー、そんなに恐ろしい仕打ちがあるんですか!」というのがその話を聞いた人ののけぞるような反応だったというのを聞いて、「あるんだよ」と思う元気も無い感じです。私だって、そんなところに身をおいたら、何がただしくて何が間違ってるかわからなくなる。それを私がダメだといわれ続けても、どうすることもできなかった、という感覚です。真実が伝わったところで、この問題の張本人が、私のことを、どう話すか、どう話したか、あまり知りたくも無いです。どうせ絶対にいいことなんていうわけがないんですから。ただ、それを聞いた人は、その直前に聞いた話と照らし合わせて、「この人は、この出来事をこういう風に話す人なんだ」と判断するんでしょうけど。人は、「していること」と「話していること」があまりにも乖離すると、その人自身の尊厳を揺るがすこともあるかもしれないな、と思いました。だったらせめて私は、自分のしていることと話していることを一致させたいなーと思いました。そして、もう、何もかも忘れてしまいたいな、と、毎度の事ながら思いました。
2013年05月26日
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ピアノの先生2人と3人でランチしました。一人の先生が4年前におうちを新築していたけれど、一度も伺っていなかったのですが、ようやく叶いました。バラのアーチがあったり、お庭にバラがたくさんあったり。4年目だからこそ、かえっておうちがおうちらしくなっている良さがありました。でも、キレイなんだよなー。それは新築って感じです。彼女の性格がバッチリ生かされていると思いました。招いていただいたけど、伺うおうちに負担をかけたくなかったので、ランチは持ち寄りにしよう、なんて提案しといて、私は、無意識の何かにつきうごかされるようにいつもよりたくさん夕飯のお稲荷さんを作っていました。(笑)旦那は「あそこに行くなら、これもって行けばいいじゃん」と絶妙のアドバイス。ああ、そうか、そういうもんか、なんて思い至って、ちょっとだけ余分に持って行きました。持って行く、というつもりで作っていなかったので、ひどく家庭的なお稲荷さんでしたが。よそ行きだったら使わないようなごぼうじゃなくて、「うーん、スが入ってるけど、このくらいならイケる」と家でなら使うようなごぼうと、初めてお稲荷さんの中に入れてみたお肉とか、しょうがとか、本当にどんな味か自分でもわからないってやつです。(笑)前回作ったお稲荷さんが、夜にはべちゃついてしまったので、それだけが反省点。反省点は解消できたし、味もまぁまぁのお稲荷さんでした。今までで一番おいしかったと家でも言われました。義両親は親戚の家に朝から出かけていたので、お稲荷さんはすぐ食べられてちょうどよかったりしたようです。でも、今の私はそこまで全く考えていません。ただ、ひらめくものを作るだけ。モクモクと作って、次回はそれの反省点をなんとかするだけ。ひらめきには一切反省しないようにしています。あまり深く考えたら、この先続かない。同世代の気心知れた友人達とのこういうお付き合いは、きっとこの先いい刺激になりそうです。3人とも家族構成が全く違うのもいいんです。絶対に競争にならない感じです。いつもの競争を、3人で会ったときにちょっとだけ休む。そういう形が定まりつつあります。
2013年05月22日
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かわいい生徒が仲間入りしました。みんなにこんな感じでかまわれています。(笑)「かわいい」「かわいい」とみんなで騒いでいたら、一人の生徒が悩み顔。彼女にとって、「かわいい」という言葉は、「規格内」でしか使えないっていうんです。確かに食いしん坊な仕上がりですけどね。(笑)「丸いからかわいい」とか「ふわふわだからかわいい」とみんなで説明したのですが、どうしても「???」だったので、「ちょっと危なっかしくて、歩くのが大変そうで、かわいそうだから、かわいい」と、ふと思いついて言ったら、すこしだけ納得していました。私は、私のことを「かわいそう」と思う人にもみくちゃにされてぐちゃぐちゃになったことがありますが、その人は、「かわいそう」と「かわいい」がギッチリくっついていました。ある意味、「かわいそうなもの」でなくては「かわいい」と思えない人でした。同じ言葉でも、同じ世界を見るわけではない、ということを知らないと、知らずに大変なことになる、なんてことがわかった今日この頃です。
2013年05月20日
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10年も前のこと、当時いたジャズバーで、お客さんにego-wrappin'の色彩のブルースという曲をリクエストされました。そのときに買って、様子を見ただけの楽譜もまだ残っていました。土曜の怒涛のようなレッスンでクタクタになった夜、スコッチを炭酸で割って、youtubeでその曲を聞いてみました。タバコの煙、薄暗い店、酒、けだるい音楽。…そういうものが、とても魅惑的に思える時期はあったし、今になってみると、これまたこれでなんとも言えない気持ちにもなるもんだなぁと思いました。もし、何のトラブルもなかったら、足を洗いにくい場所でもあったな、と思うこともあります。働きに行っている自分も、その空気で自分の中にあるちょっとした淀みを落ち着かせていたわけですから。夜の盛り場の隅っこに、見落としそうなドアがあり、そこを開けると、その店の空間が広がっていて、そこには自分が自分に戻れる時間がある。その軸になるのが、けだるい音楽だったことの意味が、今ならわかります。今、こういうところに仕事に行ったら、昔とはちょっと違うことをしたんだろうな、とすら思いました。もちろん、そういう場所で、今度は本当に「役に立つ仕事」を自分ができたら…という欲求まで、喉の奥で疼きました。根拠も無いのに、そこでそれなりの達成感を覚えるだろう、と、小さく思いました。単にスコッチがまわったのかもしれないけど。(笑)煩悩と言うものは、私の努力でどうなるものではなく、説得も何もそれを止めることはできない。ただ、煩悩の前で無力な自分を確かめるだけでも、それが猛烈に苦しかったりします。ジャズという言葉を聞くと、ビリッとしたのすら少し薄らいで、こんな思い出酒に酔うようになったとは。人と言うのは結構図々しいものです。(笑)教室玄関脇の小さな庭は、容量一杯一杯で、これ以上発展の余地がなくなってしまいました。仕方が無いので、頂き物の花を水に挿して飾ったり。借りている駐車場の隅っこに勝手に生えている感じだったスミレを摘んできて飾ったり。盛り場の煙は、今でも私の気持ちをかきむしったりすることもあるけれど。教室の空気が「うちの子どもを通わせたい」というものでありたい、という気持ちのほうが勝った結果、割と健康的なイメージに色々がまとまってきている、と思うことにしています。それでもきっと、退廃的で明日が見えないような夜の街の匂いも知ってることは、単にマイナスということだけでもないだろう、と自分を慰めようと思います。…そうそう。教室の入り口付近で、時々外から「かわいい!!」という声が聞こえるようになりました。「え?あたしのこと?」じゃないけど、その「かわいい」が、この小さな庭に向けられているかもしれない、と気付くまでには数週間かかりました。ようやく気付けたのは、暑いからドアを開け放っていたときに、落ち着いたご夫婦っぽい方が通ったときに「あら、かわいい」と静かに聞こえたから。(笑)
2013年05月19日
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この数日、私にとっての心の急所に潜む「思い出の3魔女」に関わる人々と遭遇しまくっていたので、警戒が続いています。(笑)心は乱れるに決まっているからです。たまたま金曜日はジャズバー時代からの友人に会いました。会うときはいつも大量のお土産を抱えてきてくれる人です。ただ、昨日はちょっとギクシャクしてしまいました。(笑)彼女なりの「愛」の規範というものを持つ人なのですが、とにかく昨日は、私に愛を教えようと奮闘してくれていたんです。気持ちは嬉しいのですが、過ぎてしまったこと、私がしてしまったことなど変えられないものを題材に、「私だったら、そういうできごとがあったら、自分に何が問題かあったか考えるな」という会話だと、なんだか、混乱してきます。シンプルに言えば、自分が盗難にあったら、これは自分の過去生で解決できなかった問題だと思うようにする、という考え方が、彼女の愛のある生き方なんです。それで彼女がよければいいけれど、私の場合は、そんなことはしていられませんでした。もう盗まれないようにするために何をすればいいか、泥棒!と叫ぶことができないなら、どうすればいいか、対処に必死になります。でも、彼女に言わせると、それは愛の無い生き方らしいんです。それは泥棒に言ってもらえるかな、と思います。(笑)なぜ、あたしが泥棒という愛の無い行動の結果を、愛で返さなくてはいけないのかさっぱりわかりません。(笑)例えると、こんな風に会話がとんちんかんに流れるので、どうも私が罪悪感にさいなまれます。別の件でも、「そんなことしたら、あなたがひどいことを周りに言われるからやめといたら」と言われたんですが。その言葉だけ見ると、本当に私への心配が感じられますが、人殺し!と叫ぶことはできなくても、自分の人生が途絶えるように他人に計画されているとしたら、ら、その計画をストップさせてもらうように何かしないと、私が死んでしまいます。そういう場面になっても、もう一方の頬を差し出すほど余裕はなかったし、悪態の限りをついて鬼のような人間になって、放り出されたりしたのですが。…今更、私がひどいことを周りに言われることを思い出させないでもらえるかな。(笑)という風に会話がやっぱり、「私が絶望するほうに」流れていきます。悪気がないのにこうなっちゃう会話って、結局、相手が私を未熟と見ていてアドバイスしてくれるからなんでしょうけど。絶望するアドバイスをするような人って、あんまり好きになれないな!(笑)ただ、彼女のその言葉自体が私を傷つける分量などほんの少しなので、この人とはあまり面倒な会話をせず、「あれかわいい」「これおいしい」でも話してりゃいいや、と思いました。で、ランチのお店に行ったんです。前から気になっていた初めての店で、フランスの農家みたいなところでした。庭がかわいかったし、「公園のベンチ」という名前もいいし。中に入ったら、意外なことに、ホストクラブみたいなタイプのイケメンの若い男子が接客しているちゃきちゃきした雰囲気の店で、料理は、昔懐かしいレストラン、みたいな感じでした。ふと天井を見上げると、魔女の人形。(笑)私の思い出の3魔女と直接会ったわけではないけれど、友人の中に潜む「魔女心」とは会ったな、と思いました。「魔女心」には従い続けると絶望するし、反発するとギタギタにされます。関わらないのが一番かな、と思ったり、うまく回避しながら浅く付き合うといいんだろうな、と思ったり色々しましたが、彼女の「魔女心」に触れるたびに、軽くイラ!!っとしたのは、悪いことではないなと思いました。別にそういわれたからといって、彼女に噛み付いたわけでもないし。(笑)
2013年05月18日
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昨日、生徒が「あ!天使の梯子!」って夕焼け空を指差していました。雲の切れ間から射す光が天にのびていました。地面にのびるのもそう呼んでいいとか、空に向かってるのがそうだとか、色々言ってましたが、あまり耳に入らず、ただその言葉とその光景を確かめていました。天使の梯子、という美しい言葉と、いつでも威張り口調の小さな女の子のその声と、その光景が、昨日から私の頭を離れません。(笑)今日はとにかく、亡霊のような過去の日々と直結する人々から連絡が入ったり、そういう人を見かけたり、それは、ありえないほどの確率です。昨日、ある女性を見かけて「このバッタリ率は異常」と思ったのがそのまま続いている感じです。今朝は、朝イチのレッスン前に、ジャズをやっている人たちから「ブライダルのトラ」の打診がありました。結婚式の生演奏の代打。いつも練習しているバンドのメンバーの都合がつかないから、と、代わりを探しているのです。でもそれは、いつも練習している人と同じか、あるいはそれ以上の技能を持っていないと、その仕事は勤まらない、と思ってしまう私がいます。彼らからしたら、もっとざっとした演奏でいい、という部分もあるとは思うのですが、何らかの音は出さないわけには行かないだろうし、それをすべて即興でやらなくちゃいけないんです。ジャズですからね。(笑)演奏方法がジャズではない私にとっては、地獄の沙汰です。そんな恐ろしいことが出来る技能はないから、と、そっけなく断りました。酷い断り方をしたと思うけれど、ちょうど、大人の生徒さんがいらしていたのもあったんです。会話の様子で興味津々の生徒さんにザッと説明しました。ちょうど、この冬の声楽コンサートに来て下さった生徒さんでもあったので、「ブライダルのトラ」という仕事は、私の価値観では強く強く断る必要がありました。もう、私があのコンサートのような厳しい準備の必要なステージに立つことがなかったとしても、その代わりに、自分の技能を磨くために、というような理由であれ、あまり雑な演奏仕事はしたくない、と思うようになってしまいました。その方も、私にそういう仕事をしてほしくなさそうな口ぶりでした。もちろん、あの仕事がなくなってすぐ、この生徒さんには謝りました。お嬢さんも含め、来年も楽しみ、とおっしゃってくださっていたからです。でも、たった1度、あのコンサートに来てくれただけでその方の気持ちは強く固まり、私がクビになった、と聞いてもニヤニヤして、私を励ましているだけでした。今日もそのときの話になったけれど、「次、あの方、誰に伴奏してもらうんだろうね」と、笑いながら言っていました。その様子を見ると、私はただ、誠実に過ごしていればいいんだな、と思うようにもなります。ブライダルのトラを断ったので、少しざわついて、足りない楽譜を買いがてら、街に出よう、と思ったら、これまた、バッタリの連続でした。こちらが一方的に気づいただけ、と思いたい相手に3人も連続して会ってしまいました。そのうち二人は、ジャズ時代の店の常連さんたちだったりしたので、ほうほうのていで逃げ帰りました。ジャズにはあこがれた時期もあったけど、私にとって、それは仕事にできるほど簡単なものではなかった、とわかるようになりました。気持ちはまだまだざわつきますが、ちょっとカプースチンでも弾いて生徒を待つことにします。(笑)…すごーくびっくりしたのが、「カプースチン」とyoutubeにも入力して、色々聞いていたのに、頭の中は「ラプースチン」と思い込んでそう覚えていたことです。(笑)ラ、と、カを間違えてるのに気付かないって、我ながら、ウケちゃいました。(笑)私の脳みそって結構怪しいんだなー。
2013年05月16日
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年明けから、とにかく私のピアノストライキが酷くて面白いなと思っています。生徒の気持ちが良くわかるし、リフレッシュするし、それなりにいいこともあるのですが、披露宴の演奏が終わったので、ますます燃え尽きて、さらに弾かなくなりました。(笑)なんなら、このまま一生弾かなくたっていいわけで、発表会の講師演奏だってしない先生も一杯いるし…なんて思ってましたが、楽器店に寄ったら、店構えからして「音楽はすばらしいですよ!楽しみましょう!」なワケで、BGMだって、考え抜かれて「ピアノが弾きたくなるように」「演奏したくなるように」な曲が流れているんです。…で、素直に洗脳されてまいりました。(笑)自分用に、全く知らない作曲家の楽譜を買いました。パラパラとめくると、ロシア人で、クラシックの教育をガッツリ受けている人ですが、演奏している曲はバリバリジャズで、楽譜は完全なクラシック楽譜と同じもの、という、大変に珍しい感じでした。楽譜を買ってみないとわからないことはたくさんあるので、投資だ!と思って買いました。教室に戻ってyou tubeで調べたり、弾いてみたりしていたらあっという間に時間が経ちました。カプースチンという人で、楽譜そのものは割と弾きやすいけど、聞いたところは超絶技巧なジャズって感じです。聞いていたら、松永貴志のアルバムを思い出しました。普通のジャズやさんが弾くジャズを楽譜におこすと、演奏はすごく大変になります。楽譜もめちゃくちゃ真っ黒になるし。でも、それを弾いたからといってジャズ魂が身につくわけでもないのですが、指導者として能力の高い作曲家のジャズ曲を普通の楽譜を弾くと、ジャズっぽい演奏が楽しめることがあります。そんな効果を期待してyoutubeで色々聞いていたら、小学生くらいの女の子がラプースチンを弾いていたので、こりゃ負けてられないな、という気持ちにちょっとなりました。(笑)今日はおもしろい偶然で、私が演奏したジャズバーのオーナーとも、コラボレーションライブをした詩人?さんとも、声楽の先生とも知り合いの女性に、何度か会いました。私自身は、とても親しく話すほどの知り合いではないので、話しもしませんでした。相手も気づいたかわからないけど、本当にバッタリばかりだったので、気づいて気づかないフリをした可能性もあるなーと思いました。私が一緒に演奏した3人の女性たちは、それぞれに我が強く、その女性とも表面上は笑顔で付き合っていましたが、心の中ではそのままの関係ではなかったらしいのは、3人がそれぞれに言っていました。その女性はとてもやり手だったので、嫉妬もあったんだろうなーという印象でした。3人の女性たちはきっと、私のこともそれぞれに自分たちの都合に合わせていろんなことを言っているだろうし、それはとても悪いものだろうと想像しています。でも、なんだか私はこのバッタリが、いいほうにいったらいいな、なんて思うゆとりがありました。このごろの私は、感じ悪いほど、オシャレにこだわって、ガツガツハイヒールで「何か?」という顔をして歩き回っています。3人の強烈な女性たちにもみくちゃにされて、ゴミのようになったはずの私の様子が、弱気ではない、というのだけが、今の私の意地です。どんな悪い噂があったとしても、今日歩いている私の姿が、私の全部、と思うしかないのだから、まっすぐ前だけ見て歩こうと思っています。きっとこの女性も、3人の女性に対して、この人なりに思うことがあると思います。それはさほどステキなものでもないだろう、ということくらいはわかるようになってきたので、そこだけ信じていきたいな、と思います。
2013年05月15日
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先日の披露宴での演奏についての評価を頂きました。他のゲストの方から、「演奏してくれる人がいていいなー」って新婦が言われたそうです。そのほかにも良かったという反応がけっこう届いています、ということでした。心のこもった演奏、とも言われましたが、シンプルな言葉だけど、そう思われるのはなかなか難しいと思っていたので、それは信じられない気もしました。全ての言葉を鵜呑みにすることはできないけれど、「演奏してくれる人がいていいな」と言うのは、ちょっと好ましい評価だなと思いました。演奏が良かった、というのよりも、あのときの状況が全体的にそれなりに良かった、という反応だった気がしました。披露宴の演奏を任されて、そういう場に適した演奏はどんなものだろう、お客さんはどんな曲が楽しめるだろう、新郎新婦への気持ちを込めるにはどんな曲がいいだろう、と考えたので、それを総合的に評価する言葉としては、「演奏してくれる人がいていいな」は一番ホッとしました。今日は、車屋さんに行くことになっていました。色々ともう過労気味の車を買い替えるのはそろそろだろう、ということになっていました。行ってみたら、ある程度思っていた通りの流れになったので、そのまま即決となりました。11万キロ走った車でした。結局その車が新しくなった、ということになるので、大幅に操作が変わるわけでもないなら安心かな、と思います。ちょっといろんな色に心が動かされかけましたが、今までどおりの白い車に決まりました。11万キロまで10年ちょっとだったかな。長かった!!
2013年05月12日
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パリとは縁もゆかりも何も無いのですが、ガーデニングの方向性をパリっぽくしたいという野望に燃えてしまいました。…何故パリ?!というか、パリっぽいってどういう感じ?!ということで、謎は謎のままですが、とりあえず、軍資金の都合上、100均も覗いてみました。…エッフェル塔のモチーフ発見。…これを置けばパリっぽくなる?…ノンノン。ただのおのぼりさんになりますね、ということで、エッフェル塔は諦めました。お気に入りのハートツリーが、とにかく大きくなって欲しいので、大きな鉢にドカーンと植えてあるわけですが、周りが寂しい、ということで、立て札でも立ててみましょうか、ウェルカムな感じでいいねーと立て札を立ててみたのですが。…英語じゃんか。パリはどこに行ったんだよ、ということになっています。100均なので、お遊びです。そのうち、パリっぽい立て札に変わる予定ですが、見つかるかどうかがわかりません。さて、パリっぽいかどうか判定していただきたいと思いますがいかがでしょうか。ちなみに庭師のtea*先生は、ガーデニングづいているので、装いがいきなりナチュラル方面です。ナチュラル方面と言っても、普通のいい感じのナチュラルではなく、やっぱり少しヘソが曲がってます。どういう因果か興味が湧いてしまった迷彩柄の細ーいパンツなどを履いてみたりして。…カモフラージュ柄、と言う意味でのナチュラルかい!パリが戦時中では困ります、ということで、迷彩柄のパンツをやめてジーンズなども履いてみました。あまりに久しぶりのジーンズだったので、ピチピチパッツンになっているうえにジーンズのシルエットが流行から遅れてるーーー。(笑)憧れの白ニットを着るにあたって、コーディネートを考え抜いた挙句にジーンズをはいたのにもかかわらず、体型がパリから遠すぎるー。それでも、ガーデニングモードのtea*先生は生徒からの評判も良く、「その格好で、植物をいじってて、顔が見えなかったら、20代に見える」とか「その格好で、植物をいじっていれば、優しい人みたいだから、教室に入りたい人が声をかけやすくなる」とか言われています。「いつものエロ魔女みたいな格好だと声をかけにくいからね」だとさ。(笑)エロ魔女ってなんだ。(笑)足首近くまである、ながーーーい黒のカーディガンに、ミニのワンピースでパンプスでいたら、「エロ魔女」と言われましたとさ。エロ魔女、パリに憧れるの巻ですが、なかなか愉快な5月の始まりです。----------------------------エロ魔女、外の飾りつけは今のところあのミニガーデンが精一杯とわかってきたので、教室内部を飾りつけて遊んでいます。この鳥かごはなんと800円です。本当のグリーンをあしらう予定ですが、今のところは、教室に転がっていた造花と、壁に頼りなく貼り付けられていた楽譜シールでこんな感じです。
2013年05月10日
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教室玄関先の小さな庭がすっかりおもしろくなってしまいました。ホーロー風の鉢カバーや棚を買った後、自分の脳内に描かれた光景がどう現実になるかが気になって、お昼を食べるのもめんどくさく思えました。でも、食べないとダメだから、片手で食べながら作業を進められるパンにしよう、と考えました。お弁当なんかだと座り込んで食べる時間が取られてしまうからです。それこそ、パンも一口かじっては放り出し、土いじりをし、という感じでした。なんだか久しぶりに何かに夢中になっているっぽい自分がいて、ホッとしました。まだまだ心が乾いてない。(笑)玄関先に出していた鉢類は夕刻には玄関内に持ち込みます。ちょうどかわいい靴を履いてきていた子がいたので、とても似合うから、とパチリ!玄関内に持ち込まれた後も、ハートツリーの鉢カバーをカゴに変えてみたり、紫色の霧吹きを飾ってみたり、ちょっとオトナっぽく進化させてみました。かわいい靴より、今度は私のパンプスのほうが似合いそうじゃない?ということで…こんなコーディネートです。洋服のコーディネートだけではつまらなくなってきた、ということでしょうか。(苦笑)生徒達の靴をしまう棚の上にピアノのオルゴールをディスプレイしたり、あちこちの飾りをちょっとずつ手直しして遊んでいます。今日はどんな風になるのか、自分でもわかりません。大人の生徒さんが多い日なので、誉めてもらえるかもー。チビ助さんたちは、全然興味が無いんですよ。(笑)朝、旦那を職場まで送った後、教室のゴミなどを片付けてバタバタしたのですが、道中やっぱり、いろんなお店やおうちのお花が気になる気になる。(笑)最後はとうとう信号待ちのとき、目の前のダンプの土まで気になる始末。「あの土、ちょっと分けてもらって何か植えたらよく育ちそう…」みたいな。ダンプの土まで気になるとは、やっぱりあたし、ちょっと変わってるな、と思いました。(笑)
2013年05月09日
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新しい女の子は、近くの小学校のあるクラスの生徒です。そのクラスから教室に来ている子はこれで4人目!!担任の先生とは、共通の生徒のバレエの発表会でご一緒したこともあるので、そのクラスに対しては親しみも感じます。担任の先生は秋の発表会にも来てくださいました。そのときは合同発表会だったので、もう一人の生徒が、もう一つの教室に通っていた、ということもあって、「あの先生のクラス?!じゃあ、なんだか安心」という気持ちになります。新しい生徒は、「担任の先生、発表会に来てくれるって言ってた」と言ってました。そういうことってやっぱり無いよりはあったほうが絶対に励みになることだと思います。とてつもなく若い担任の先生なので、フットワークが軽いのもあるんでしょう。歳とってくると、「ちょっと行けない」なんて言い出したりするようになるもんですが、そう言い出すヒマもないうちに、ピアノ教室に巻き込まれちゃってますね。イヒヒヒ。(笑)生徒は担任の先生にも「ピアノ教室に入りなよ」と言うって、バレエの発表会のときに言ってましたよ。(笑)どんなにたくさんの生徒と接しても、毎日、毎回のレッスンで、新しく悩む瞬間があります。どっちがいいんだろう?どうしたらいいんだろう?パターン化されていないゴールの見えない問いが自分に降りかかります。自分の経験と照らし合わせて、生徒の役に立つように、と一つの結論に至り、そっちに向かって動くとき、今でも、少し不安になります。私は、この「迷い」の瞬間の結論などを記憶できないくらいに脳みそがイカれてしまいました。レッスンならそんなイカれ脳みそでもなんとかやっていけるのですが、ご飯を食べに行ったときとか、ちょっとした約束などで、「で、あたしどっちに決めたっけな?」と脳みそが空白になってしまいます。ま、それは、しつこいメモで対応しているうちに、ずいぶん戻ってきましたけど。(笑)元気のでるような出来事ではないので、少しクヨクヨすることもあります。でも、少しずつですが、この「迷える力」が自分にプラスになっていることを感じるようになってきました。いつもベストを探してしまうので、心が休まるときは無いけれど、マニュアル化された無機質な常識の後ろにある子どもの本音が良く見えます。そして、ああ、どんなに叩かれてもこっちに気付ける人間でいたいな、と思うこともあります。叩かれればやはり傷つくし、しばらく消耗しますし、見えるものが違うので、住む世界も少し違うようですが。(苦笑)強いマニュアルの世界に住みながら、自分達はマニュアル外の言動をしているのに、それには異常に寛大な人々は、割とたくさんいるように思います。そういう人たちに、この数年のうちに本当に何度も叩かれ、打ち砕かれ、捨てられました。いろんなモノを打ち砕かれましたが、その中でも、捨てられたことによって失ったステージへの思いは、なんとも言えない感覚です。まだ41なのに、すごーくおばあさんになったような感覚というか。いずれ誰もが平等に迎える「死」というものを間近に感じるような感覚でもあります。何のために生きているんだろう、と思ってしまうわけです。大げさですが、それほど演奏するということは、私にとって難しかったのです。難しかったから固執できたという意味で、ある種の中毒状態のようにピアノにしがみついていたことはわかっていました。それが病的であるかのように言われたこともありますが、仕事でピアノをやるときに、そんな異常な状態にならないでできるほど、ピアノは簡単でもありませんでした。ピアノって、いいものなの?わるいものなの?という深い問いすら、私の中で、ずっと点滅していました。もう何年もです。ただ、ステージを失ってから、以前よりさらに生徒達の表情がよく見えるようになりました。焦りもプレッシャーもなくなったのでしょう。そして本当に小さなステップを小さな生徒のために用意できるようになりました。子どもの向上心と言うのは、いじらしいほど純粋で、適したステップさえ見つかれば、子ども達は天使のような表情になります。それが見つからないときのいざこざが吹っ飛ぶようないじらしさです。彼らがこの先、何のためにピアノを弾くのかはわかりません。私のように弾いてほしくはない、とは思います。それなのに、生徒達は、私に弾き方を教わりたがる。この隙間でもう何年も何年も自問自答を繰り返しましたが、子どもに教えてといわれたら、知ってる限りのことを教えるのが大人ってもんでしょ、と思って今は結構ヤケクソです。(笑)もっと昔からこんな風に教えられたら良かったけれど、それもまたできない相談です。ステージをなくした私にとって、街はウソのように静まり返ってしまいました。人ごみを恐れ、風の音すら怯えていたのもウソのようです。振り返ったら膝が崩れ落ちそうな景色が、毎分毎秒、何かに誘われて戻ってきます。それはとても苦しいことだけれど、私を砕いて捨てた人たちの顔にあったものより、ピアノに向かう幼子の顔にあるものの方が美しいと思うことには迷いがありません。そこに迷いがなければ、きっと他はいくら迷っても大丈夫。そんな風に少しずつ思うようになってきています。---------------------気分はすごーくおばあちゃん、ということになったら、盆栽でも楽しむとするかねえええ、ということで、雰囲気のいい鉢カバーなどを買ってきて、小さなハーブ寄せ植えコーナーを作ってみました。先々週の金曜日に、ガーデニング好きの親御さんが、「先生の分とうちの分、ハーブを買ってきたよー!スーパーで50円だったの」と4つもかわいいハーブをお土産にくださいました。大人の生徒さんにもらっていた左端の「ハートツリー」というハートの実のなる木にこのハーブを寄せ植えしちゃいなよ!!と提案されましたが…。2週間でハーブがもうもうと生い茂ってしまい、寄せ植えをあらためてバラバラにしちゃいました。(笑)ちょっとナチュラルな雰囲気になっているかなー。ちなみに玄関掃除中なので、右端にちょこっと写っているのはダルトンのお掃除セットです。お部屋の中にもナチュラルなグリーンを増やしたら楽しいかもねぇ…。tea*先生は暇な上に凝り性だから、そっちに凝ったら大変だろうねぇ…という昼下がりです。(笑)
2013年05月08日
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甥っ子2人と一緒にとにかくたくさん食べました。ドライバーの私は、目的地の「山盛り鳥からあげ」を食べるまでの運転中の空腹がイヤで、おにぎりを二つも食べながら運転していきました。それでもきっちり目的地では定食も食べました!!甥っ子の兄のほうは大学生ですが、大盛りマニアで、日ごろから胃腸を鍛えてるらしく、山盛りで有名な鳥からあげ定食を大盛りにしてもらって、ペロリと食べてました。1日10キロを毎日のように走っているそうで、痩せ型なんですけどねぇ。(苦笑)高校生の弟の毎日を心配したり、自分の就職のことを悩んだり、いろんな考えがアタマの中を駆け巡っているようで、とにかくたくさんしゃべってました。特に就職のことは、自分で決める一番大きな分岐点ということで、選択してしまうことの恐怖なども一生懸命話してくれました。余りに大きな問題なので、もちろんアドバイスになるようなことも言えず、ただ、淡々と相槌を打ち続けました。答えはもう、彼の中にある。その答えを選ぶ気持ちが強くなるだけでいいと思いました。何かを選ぶということは、何かを捨てるということで、まさにそれが今、遠くへ羽ばたこうとしているこの瞬間に決まるんだなーと思いました。弟を思う気持ち、故郷を思う気持ち、そして親を思う気持ち。いろんなものを気にしているのがすごく良くわかって、いまどきの若者も結構ステキだなー!と感心しました。すごくシビアに考えてるのに、優しさもちゃんと持ってるんですよ。人の気持ちを読みすぎなので、人でなしになりそうな職場には行かないほうがいいかなーと自分でも言ってましたし、私もそう思いました。強くなるのはいいけれど、冷たくなって欲しくないなーという気持ちの持ち方でした。この休みはインドアで食べて食べまくりましたが、意外と太らなかったのが嬉しかったです。仕事のお昼をきちんとしっかり食べるのがどうも良かったみたい。いつもは仕事の時にはあまり食べず、休みにドンと太って、でしたが、そうならずに済みました。(笑)
2013年05月07日
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このGWは、ずっと家で過ごして、義弟ファミリーを迎えたりしています。今回、義弟ファミリーには、春雨サラダや味噌餃子を食べてもらいました。ザッと作ったあさりのお味噌汁が一番評判が良かったかも…。(苦笑)ちょっとだけ高かったけれど、いいあさりだったようです。(笑)3日に、義母が退院してきました。病院では環境に慣れきれず、看護師さんたちをずいぶん心配させるような行動があったと病院から連絡もありました。どうなってるかな、と病院に様子を見に行ったりしても、慣れたことに関しての記憶はしっかりしてました。早く退院したほうが、馴染みのある環境に戻れて色々安定するだろうなーと思ったりしています。帰ってきた様子では、まだ元気はないけれど、考えや記憶が不安定な感じはないです。義母の好きな麺類などを中心に、おいしくご飯を食べたりして、もとの生活に戻ってもらおうと思ってます。明日は甥っ子を連れてちょっとドライブに行こうということになってます。この数年のGWの中で、一番穏やかなGWです。
2013年05月05日
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披露宴でのピアノがあっけなく終わって、ポカーンと毎日を過ごしています。とにかく自分に無駄な負荷をかけないこと、自分の得意なものを盛り込むことなどで、気持ちよく盛り上がったのですが、それがとにかく「これだけのこと?!」という感覚だったので微妙です。…もちろん、あの長い長い地獄修行の結果だからこそ、このある種、緩いアプローチでもドンピシャの結果が来たんだとわかるんですけど…。割り切れるまで、しばらく時間のかかりそうなことです。重箱の隅って、重箱が壊れるほどつついちゃダメだよね、と思うばかりです。ただ、これで発表会以外のステージの仕事がキレイに終わったので、後は本当にコツコツと地味に毎日を過ごしていけばいいんだなとホッとしているところもあります。それならずっとやってきた。みっともなくても、どんな風に指をさされて笑われているか心配でも、下を見て、一歩一歩歩いてきた。人が怖いなら人を見なければいい。喧騒が怖ければ、意識を止めればいい。そうやって歩いてきたことを、これからも続ければいいと思うと、本当にホッとします。組み合わせが悪くてこうなってしまった結果が、今の自分だ、と思って、あまり特定の誰かを思い出すことなく、ぼんやりと時間を重ねてみようと思います。
2013年05月01日
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