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ネットのニュース見ていたら、今朝のNHK朝イチで話題になったという「ひよこボタン」それを押すとぴよぴよと鳴るようです。電車とかで泣いている赤ちゃんがいてお母さんが周囲に気を遣って困っていたら、周りの人が大丈夫だよ、赤ちゃんは泣くものだからと安心してという意味でそのボタンを押してあげるといい、というものだそうで。電車などの公共交通機関に設置するか、人が持ち歩くか、その両方なのもしれませんが。。とても素晴らしいと思いました。よく思いついたものです。と最初は思いましたが、しかし実用化となると、ちょっと考えてしまいます。ぴよぴよがうるさい、ということになるかもしれない鳴らさない人が逆に肩身が狭い思いをするかもとか、問題点を指摘する意見が他にも多数ネットでは寄せられていました。しかも、やはり人間同士の間のやりとり、会話でいいじゃないの、というか、会話がいいんじゃないの?と思ったり。それができないから、ぴよぴよ、という発明が出てくるんだのに。。。ぴよぴよどころか、いろんなことに声を出せない、人と話ができない世の中になってしまっているな~と感じます。当たり障りのない会話はなんてことないのに、ちょっと突っ込んだ話になるとつい口をつぐんでしまう、ということがあったり、ちょっとはじめの話とかけ離れてしまったかな?元に戻って、ぴよぴよ、とはちょっと違った観点だけど・・育児に疲れてちょっと誰かの手を借りたいな~と思う親御さんにいつでも声をかけて!短時間なら預かるよ!愚痴もきくよ!というようなメッセージを、看板を、掲げて歩きたいぐらいに思ったりもするのですが、ぴよぴよみたいな合図というか手段というか必要な人に伝わる手だてがあればいいな、なんて思います。
2016年10月19日
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全国で820万戸にのぼるという空き家の問題。つねづね思うに、所詮、この世界のものは借り物。土地なんて、その最たるものではないでしょうか。次世代に何を残していくか?次世代とは、この後に生まれてくる人々。空き家どころか、この世界に起きてしまったことに何も責任のないこれから生まれてくる、そして生まれている若い世代の方々。そういう方々が生きやすい世の中に少しでも近づけていくのが我々今を生きる大人の責任ではないか?とつい考えてしまいます。所有権というものがそれほど大事なものなのか?というのが大きな疑問です。確かに憲法に保障されている、侵すべからざる権利なのでしょう。しかしそれが守られることによって、現に生きている人間が等しく困っている、という状況なのだと思われます。誰も得しない。もともと、所有権に制限がかけられていれば、もう少し救われるのではないでしょうか。たとえば、何年以上放置されている所有権は失われる、とか。山や田畑については、ある期限を区切って所有権が失われる法律が存在するといいますが、(他の人がそれを使用していて文句を言わずに期限が来るともう所有権を主張できない、という)それも20年とか30年とか随分長い。家の場合その期限を1年とか2年とか短くして、十分使用に耐える状態で自治体とか国に所有権が移るとしたならば、空き家問題は今よりずっと早く解決するのではないでしょうか。所有者も、周りの住民も自治体も国もみんなが困っている、そしてそのツケを回される次世代の方々も困ることが明らかな所有権の重さ。少し重すぎるのでは?しょせん借り物、次世代からの借り物、という真実と、所有ということにがんじがらめになっている現実。をはかりにかければ・・・というより、法は生きている人間を大事にしましょうというものであってほしいと思います。
2016年10月12日
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