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謹んで 新春の お慶びをモ~し上げます 2009 元旦 今年も楽天ブログを続けて行こうと思っていますので拙い内容ではありますが、どうかよろしくお願い致します。 元日早々、不幸の知らせがあった。【母の兄が亡くなった】・・・(23時過ぎ)。・・・12月28日に会って、普通通りに会話してきたばかりなのに・・・。 二日18時からの同窓会には出席できそうにありません。
2008.12.31
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先代のいない年末で、年末の挨拶回りや正月の準備など何もかもの責任が自分に降り注いで来た。27日、仕事納めをして、夜は石材業者仲間のお宅で忘年会28日は、お歳暮配りと挨拶回りして、夜は消防団の激励式29日も、お歳暮配りと挨拶回りをし、夜は我が石屋の忘年会30日は、正月飾りの準備などでバタバタ 長男も少しは手伝ってくれるかと思いきや若さゆえ、友達付き合いが多くいつ自宅に帰って来るのかも分からない状態で期待するのが無理な状況だ。 今日、平成元年から闘病生活中の母を病院から正月帰省させて来たが親父のいない我が家で看病するのは初めてで心配事が多いが、二年ぶりの帰省ということもあり妻を中心に居心地の良い正月帰省にしてやりたい。 これまで、色んなことが変化してきているが、大きな変化と言えば、携帯電話は特に変化してきている。 約13年ほど前に会話するだけの携帯電話を買い先日、8台目となる携帯電話を購入したがその大きな変化にびっくりしているところだ。最初からDocomoの携帯を一貫して使用しているが今回もDocomoとの契約で、Fー01Aの機種を選んだ。自分が使用してきた携帯電話 これからも、どんどん変化して行くことでしょう。 今年一年、ありがとうございました。 来年も、よろしくお願い致します。
2008.12.31
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今年最後の仕事となる改葬作業の現場へ向かったが車を降りてから現場までの道のりが悪くて、依頼主のお婆ちゃんは80代の年齢で細くて急斜面の現場まで歩いて登る事ができない状況だった。 やっちまったよ~!長男が、そのお婆ちゃんを背負って約50mの急斜面を息を切らしながら登って来た!(その光景をデジカメ画像に収められなかったのが・・・残念。)作業が終わると、背負った状態でバランスを崩し滑落してはならぬと、帰り道はしっかりとお婆ちゃんの両手を握りしめ長男は後ろ向きの体制で、少しずつ急斜面の細い道を後ずさりの状態でゆっくりゆ~くりと降りて来た。 お婆ちゃんは、うれしかったのだろう。長男に、お礼として1000円札二枚を手渡そうとしていらしたが、長男は「いやいや、結構です」と応えていた。しかし、お婆ちゃんの引くことの無い会話のやりとりの末に長男は、「それでは~」と言って、感謝と心の篭った【1000円札一枚】を頂いていた。 お墓作りの基本となる【真実の愛】の精神を長男は、自ら感じ取ったんじゃないだろうか。 石材店経営は、高度な技術や商売精神だけでなく、今日のような優しさの行動でお客さんと接し、真実の愛の気持ちで仕事をさせていただくことが基本であることを今後も伝えて行きたいと思っている。
2008.12.26
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来年の年賀状作成・・・今夜も焼酎片手に約250枚の年賀状を、ほぼ完成しました!と言うか、印刷し終えましたが、明日投函しても元旦の配達に間に合うのかが心配です。 近代のPCとプリンターには感謝です。
2008.12.25
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今年、小さな【八望墓地】を自社工場裏に完成させ、最初に我が家のお墓を五月完成させたが第三基目となるお墓が今日完成し、今年の建墓作業は終了となった。 以前、胡蝶蘭の図柄制作を紹介しましたがその胡蝶蘭の図柄を観音式扉に刻んで着色したところ小さな作品ながら、随分と上品に仕上がったと思う。胡蝶蘭完成した作品 ひと安心したところで、今夜も親戚が集まり、焼き肉屋で忘年会があります。(すでに二次会のカラオケまで準備してあるそうな今夜はウコンの力を借りて臨むことにしました。 そして、ただいま帰りました・・・。GOOD NIGHT
2008.12.24
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通称【松島野研】という団体に所属しているが正式名は【松島町野外活動研究会】 一応、自分が名ばかりの会長を務めているのでまたまた今回も二次会のカラオケまで参加したがそろそろ自分の財布の中身とレバは限界に近い状態かな? しかし、今年はあと三つの忘年会が残っている。
2008.12.23
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今年もあと10日を切り、日数のカウントダウンが始まりました。そこで毎年恒例となっているのが今年一年、仕事でお世話になった方々へのお礼として贈る来年の干支【丑】(牛)の彫刻物が勢ぞろいしました。可愛い乳牛逞しい闘牛?可愛い親子牛 午(馬)の彫刻物の贈り物から始めて今年で8年目。毎年、お礼の言葉といっしょに手渡しで届けているがお客さんも随分と喜んで下さっている。 来年・再来年の【寅】【卯】までの彫刻は、実在する動物で、何とかなりそうだが、【辰】は、想像上の架空の生き物だったり【巳】は、怖がられる生き物であったりするからお客さんに喜んでもらえる彫刻が難しくなる。(来年・再来年の話をすれば、鬼に笑われる? それとも、鬼も干支に入れて「彫刻しろ!」と怒られる?) 今後のご時勢は、どんどん厳しくなって行くんだろうけど、【午】馬から贈り続けて来た干支の石彫作品もあと4作で一巡するから健康と信用を一番に、一年〃〃をがんばって生きて行くしかない。 妻は来年〇回目の年女となりますが、我が浦田石材彫刻店は亡き父が人生の10代後半で石の魅力に引かれ、石材彫刻家の道を選択し、中卒後、郷里と親元を離れ厳しい10年近い修業の後、全てを自らの力で生き抜く最大の決断をして産まれて半年にも満たない自分を抱いて昭和34年9月に故郷の天草・松島・阿村の地で創業したそうで、自分も大卒で随分と悩んだ挙句、父の後継者を決断し自分の息子も祖父の興した石材彫刻の職に引かれがんばっています。父が築き上げた【浦田石材彫刻店】も来年9月には【創業50年】となります。父も、孫の活躍とがんばりを四六時中見守ってくれていることでしょう。
2008.12.22
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藤島豊和プロフジサンケイクラシック初優勝記念ゴルフコンペ 未明から突風が吹いていて、朝から案の定の雨となったが、50組約200名の競技参加者の、ショットガン方式スタートで自分は18番2組目のスタートだった。 【今日は100を切る】と勇んでいたが、18番(ロング)スタートのDWショットで、濡れたクラブが、にゅるっと滑り飛距離はあったものの、いきなり右へ少しのOBプレイング4から仕切りなおしたDWもまたまた少しだけ右へ外れてOBでいきなり10も叩いた。1番へ向かう途中、クラブハウスで新しいグラブを買い求め仕切りなおし、その後も、まったくやむ気配のない雨の中時折どしゃ降りの状態で、途中棄権するプレイヤーも続出した。特に上がり2ホールの雨は凄く、パターで打ったボールは進まないし3オン5パットなんて場面もあった。 雨がっぱを着て最悪のコンディションではあったが今回もOUT46、IN56と、100の壁を破ることができなかった。でもDWショットが少し安定してきたようなので次回のラウンドでは【100の壁】を破りたいと思っている。 今夜は、亀屋ホテル華椿で、表彰式並びに藤島豊和プロのツアー優勝祝賀会が開催されるので参加してきます。
2008.12.21
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今年もあと11日となった今朝思った【年賀状作成を全くやっていない」それで、朝からインターネットで来年の干支である丑の気に入った図柄を選んで、構成を考えた。 午後からは、今年最後の墓石建立の文字彫り作業をしたがインド産のM6という、黒くて硬~い石材で仏石の一文字彫るのに一時間以上掛かってしまった。 夜は、午前中にレイアウトを考えてつくった年賀状を180枚ほど完成させたが、まだまだ残っている。 明日(21日)は、上天草市出身藤島豊和プロのツアー優勝記念ゴルフコンペが開催され夜は祝賀会と成績発表・懇親会があり、22日は上天草市消防団第九分団二部のポンプ操法訓練後、慰労会兼忘年会があり23日は松島町野外活動研究会の忘年会と続くので少しでも年賀状作成をやっておかねばならなかった。 でも、明日のゴルフコンペは、気温8~16度と温かいが、ラウンド中は100パーセントの確立で雨の予報明後日の気温は、3~7度の予報で、温度差10度となり曇り時々雪となり体調管理も重要となるが、またまた100を切るスコアーは無理かな?
2008.12.20
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文字彫りなど一日の予定作業を定刻に終え明後日の藤島豊和プロの優勝記念ゴルフコンペ参加のためMYゴルフ練習場で、久し振りに練習をしようと思いクラブを数本持ち出して、DWショットを三球打ったところで民家火災を知らせるサイレンが鳴り響いた。 町内教良木地区で建物火災が発生自分の住む地元分団の出動範囲ではないが、指揮隊長の役職にいる自分は即帰宅し作業服の上に消防法被をまとい、ヘルメットを被って愛車の白色のオープンカー(軽トラック)を走らせたが、非常サイレンも、非常灯も装備していないので制限速度などの交通ルールを守り、片道20分かけて現場に到着。 一時間以上の消火活動だったが、【民家一軒全焼】 今年もあと二週間を切ったところで、「どうか、今年は火災出動がありませんように」と願っていた矢先の火災発生だけに、とても残念だ。 火の用心を、お願いします。 しかし、同じ町内なのに山間部にある教良木地区の寒いこと!海の近くに住む自分の阿村地区に比べれば、温度差は三度以上はあるんじゃないだろうか?手足の感覚がなくなってしまい、ブルブル状態だった。
2008.12.19
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先月も参加したが、今年度二回目の参加となった【あむら愛好会ゴルフコンペ】だったが、しっちゃかめっちゃの結果だった。何と100を切るハードルというか、最近は、100の壁が分厚く目の前に大きく立ちはだかっているようだ。今日の結果は49-52で【101】だった。 三日後の日曜日に開催される上天草市出身の藤島豊和プロのツアー優勝記念ゴルフコンペにも参加する予定だが、その時は、100を切りたい 夜は、18時から、あむら愛好会の忘年会があったが、明日の仕事のことも考え21時には帰宅してきました。
2008.12.18
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昨日紹介した【ペットのお墓】を、若き巡査のお客さんが、休憩時間を利用して自家用車で受け取りに来られた。「すごいですね!すごいですね!」×?の連発「昨日のブログで見た画像よりも、凄くよく出来ています」 こちらとしても、お客さんの120パーセント以上の満足度に200パーセント以上の満足感に浸れた。やっぱり、商売の基本法則は【買って満足!売って満足】の基本法則じゃないとネ。 そんな商売の法則を理念として取り組んでいるのが自社工場裏に開発中の【八望墓地】。最近、墓地購入をして頂いたお客さんの基礎工事は終わっているが、お客さんのために、近くに水栓柱取り付けサービスをしたが、自社負担のサービスは、それだけでは止まることをしらない。 おい祐希(長男)、折角水道取り付けをサービスしたのだから地面が水浸しにならないように、これもサービスだけど、水受けをつくって設置しよう。・・・お前の技術で作ってくれ!長男の即答。・・・・・・・・・・・・・・・「うん、いいよ!」 長男が手がけた水受けは凹面を施した完全手作りの景観にマッチした作品となった。 またまた、おい祐希・・・・・。折角、お前がつくった作品が、ポツンと置かれても何か寂しいね!全ての設計と施工をお前に任せるからやってみろ。しかし、全て我が社の費用負担でお客さんへのサービスとなるけどね。でも、お客さんが我が社の墓地を購入して下さったことに感謝しお客さんが喜んで下さることはもちろんだけどこの墓地の景観をよくすることは、更なるコマーシャルとなりこれからの自分の生活を助けてくれるかも知れないからね。 直接的な収益には繋がらない作業ではあったが、長男がひとりで黙々と設計した作品が墓地の一角に施工され長男も、この地球上(阿村の地)にひとつの作品を残すことができました。そして、作品を残すことの喜びを伝授できたと思います。長男の設計施工で、費用は我が社負担の水受け この無料の作品を見たお客さんはきっと喜んで下さるはず!そのときは、ちゃんと言います。 「我が社の墓地を求めて下さったお礼です」 「この作品は、長男からのプレゼントです」・・・・・と。
2008.12.17
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先日、工場を訪問された二人の警察官。(何も悪いことはしていません)・・・その内の一人は先日、市の消防団幹部会議の帰りに飲酒運転の検問で、自分の愛車(軽トラック)を停めて「飲酒運転の検問を行っています。息を吹きかけて下さい」と言った22歳の若き警察官だった!(この若き警察官には、地元にオバさんファンもいる) 「ペットの墓も作りますか?」 約二ヶ月ほど前に、14~5年飼っていた猫(モモちゃん)が亡くなり埋葬した場所に目印となる石を設置したいという要望だったが、熊本市内で行われた展示会でも発表した【ペットのお墓】の在庫があったので、紹介したところOK今回は格安の値段設定で、自分も学習する気持ちで作り上げた。自己満足?!最高の作品となりました。 今年から、お墓の一部に花柄を彫刻・着色しているが、動物の彫刻と着色は、はじめてで不安たっぷりだったが渡されたモモちゃんの写真をデザイン化する作業から取り組み花柄で培った技を動物の着色にも活かせた様な若き巡査さんのおかげで、またひとつ経験を積むことが出来た。 “巡査さんありがとう”
2008.12.16
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昨日(日曜日)消防団や消防署の活動などについて色んな情報をインターネットで調べていたが、天草広域連合誌「架け橋」13号の記事を見てビックリ!平成21年4月1日:五和分署及び新和分署を救急分遣所へ移行平成22年4月1日:有明分署を救急分遣所へ移行平成23年4月1日:松島分署を救急分遣所へ移行平成24年4月1日:西天草分署を救急分遣所へ移行 上記の記事が決定事項として書かれていたが我々消防団は【分遣所】という呼称すら知らないでいるし上天草市の幹部会議でも、未だに一度も説明を受けていない。(怒り!)記事の内容を紹介するとなぜ救急分遣所へ移行するの? 天草地域の消防は、近年の道路交通網の整備により到着時間の短縮がなされたことと併せて、消防団の装備・活動能力の充実、自主防災組織の結成・充実がなされ、地域防災力は確実に向上してきたところです。今後も地域住民の安全・安心の確保を大前提とし、国の三位一体改革等により厳しい財源の中で、今の人的・物質的資源を効率的に運用するため、「消防分署」を「救急分遣所」へ移行します。救急分遣所になると何が変わるの? 救急分遣所になると、車輌は消防ポンプ自動車と救急自動車から、救急自動車のみの配備となります。職員数が12名から2名減少し10名となり、常時勤務している職員数は4名から3名となります。火災が起きても大丈夫なの? 救急分遣所の管轄地域から、火災通報があった場合は、この分遣所と最も近い消防署や分署に一斉に出動指令が出されます。 救急分遣所からは、救急自動車にホース等を積んで出動して、初期消火と人命救助にあたり、地元消防団と連携して活動します。また、近くの消防署や分署も一斉に出動し、連携して消火にあたります。 上記の内容で記述されていたが、何もかもが馬鹿げた内容だ!近年の道路交通網の整備により到着時間の短縮がなされた ・・・一部の区間で有料道路と国道が整備されたばかりじゃないか!例えば、我が家の工場から火災が発生しても、最も近い大矢野分署からサイレンを鳴らして駆けつけても15分は掛かる!その後、消防団が駆けつけるのは30~40分後かな?多分、全焼となっていることでしょう。消防団の装備・活動能力の充実 ・・・とんでもない!最近の消防団は人員確保に苦労しているし訓練の出席率も50パーセント程度で、不況による失業者も増え、町外就労者が多く実践的消防団員数は確実に減少してきている。地域防災力は確実に向上 ・・・自主防災組織は結成されているかもしれないが、人命救助の講習や、バケツリレイの実演程度で実践・専門的な活動や、体力を身につけた人はあまりいない。常時勤務している職員数は4名から3名となります ・・・3名?。救急出動するのも全員3名。消防分署(分遣所)は、空っぽの状態で、重なる救急出動事態に対しては(遠い)近隣の消防分署へ出動要請を掛け、そこがだめだったら(遠い遠い)近隣の消防分署へ・・・となる。最も近い消防署や分署に一斉に出動指令が出されます ・・・1分一秒に関わる消火・救助活動。分署から分遣所に移行したばかりに家屋火災の損害が、「初期消火で50万円の損害で済んだ」が10分の出遅れで全焼!「3000万の損失」となりかねない。救急自動車にホース等を積んで出動 ・・・おいおい、ちょっと待ってくれよ!普通、救急で急患のいる現場に向かう消防署員は白衣を着用しているよね!それだけ救急車輌は衛生的でないといけないんじゃないの?!「ホース等を積み込んで」・・・そして、消火活動が終われば、水浸しで真っ黒に汚れたホースを救急車輌に積み込み水浸しの作業服で救急車輌に乗り込んで分遣所に帰るんだ?!へぇ~? とにかく、三位一体制度を地方に強要されようが、上天草市が財政難であるにしても、「住民の生命・財産を最小限に杭止める」といった基本理念は消防団に携わる我々にしかわからない事だと思った。 机上の空論を述べる人たちには我が身に災難が訪れないと理解してもらえないのかな? 不況になればなるほど、犯罪は増えるし住みにくい世の中となることは分かっている!でも、何故?防衛職の削減まで手掛けるのか? 全く分からん! 今夜もひとりで酔っ払っていますが、世の中の本当の(純粋な)改革が必要だと思う 分遣所移行には断固として反対して行きます
2008.12.15
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新春1月2日に行われる同窓会の最終打ち合わせ(会合)を居酒屋で行った。 阿村中学校卒業の76名?の同窓生がいるが、返信ハガキで、【出席】の報告を受けたのは約半数だった。 でも、企画運営の立場にある地元に残っている執行部で呑みながらの会合は、雑談が主をしめていたが良かった。 またまた今夜も酔っての書き込みであります。・・・失礼。 おやすみなさい。
2008.12.13
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上天草市消防団幹部(分団長以上)会議後に必ずと言っていいほど部長以上(時として班長以上)の役職を集めた町の幹部会議が開かれ、その後は分団会議から、部の会議と開かれて行くが市幹部会議後の伝達事項や団員の意見聴取など真っ直ぐなパイプラインを構築するのが自分の立場だと認識している。 先日上天草市消防団幹部会議があったが、今夜は、松島地区消防団の幹部会議が20時からあり、副団長(松島町のトップ)と共に議事進行を務めたが、今の時期は、来春の出初式の内容で、会議が進められるのが通例なのに市側からの強引な経費や費用の削減の内容がメインとなり、結局22時前まで、中身ある会議となった。 消防団員時代は、幹部が言うままに、頭を縦に振り行動をとり先輩方の指示に従い、【ついてゆく】忠誠心で行動してきたが、自分が幹部となった今、時代に沿った消防団のあり方を考えるならば上天草市消防団組織大改革が必用になってきていると思う。 そして、自分なりに真剣に考えていた大胆な【消防組織改造】を少しばかり訴えてきた。 今後は、誰もが考えなかったであろう自分なりの大胆な施策を訴え、上天草市消防団の組織改造を成し遂げたいと思います。いや、成し遂げます(誓い) 上天草市消防団の組織は?団長副団長指揮隊長分団長部長班長団員
2008.12.12
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今日一基のお墓を完成させたが、佛石や墓誌には、文字彫りをしていないし、家紋彫刻などもしていません。無記名のお墓を完成 決して作品の画像処理をしているのでも、展示作品でもありません。 墓所が、我が家で開発販売している【八望墓地】の一区画で11月には完成する工程で施主さんとの契約は成立していたが、10月18日に施主さんが、不慮の事故で頚椎損傷となり未だに全身不随の重篤な状態で「病院代や看病にお金が掛かるから・・・」ということで施主さんと、その御家族の方からストップがかかっていた。 しかし、そのままの状態でストックしていても他にも三つの作品が、似たような状況で眠っている始末だし、石材製品にシミが付いたり、工場の土場の整理も付かないので随分と悩み考えた挙句、他の三基は現場指定だけど今回の作品は、我が家の販売区画の墓所でもあり施主さんの今の状況に対し、うるさくは言えないしもし、施主さんが建立不可能な状況となった場合は建て売り墓石として他のお客さんに販売すればいいと思い強行建立してしまった。 しかし、建立する準備が整った四基の作品に対し全くお金が入って来ていないのは、とても厳しい状況です。
2008.12.11
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昨年まで、自分が工場で様々な作業をして工場内に切削機や研磨機、文字彫り機などの機械を取り扱っているとき自分が手がけている作業音とは別の旋律で親父がサンダーなどの工具を用いて作業する機械の音がしていて自分の意図しない音が聞こえてくるのは当たり前で親父と共に騒がしい機械音の中で、共に30年近く仕事をしてきたが、親父が昨年9月に他界してしまい、その後は全く自分の手がけた機械の作業音だけとなってしまい随分と寂しさを感じていた。 しかし今日、「また親父がこの工場に戻って来たか?」と思ったくらい自分が意図しない音が工場内に響き渡り、錯覚を感じてしまった。自分の作業音の他に、せわしく働いていたのは、親父の孫つまり・・・自分の息子の姿だった 寂しさの一年後に、また賑わいが戻ってきました。二日はかかるだろうと思っていた供試体作成(43個)仕上げ作業が自分と息子の連携作業で一日で納品できました。きっと、石屋を興した親父も笑みを浮かべて傍で見守っていたことでしょう。 二代目の自分は、四代目といっしょに働くことができるかな?
2008.12.10
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消防団は12月から、新年早々の出初式まで忙しくなるが、様々な行事の取り決めを行う市の幹部も頭を痛める時期となる。 年末警戒・出初式・団員の入退団・出勤手当てなどの議題に沿って上天草市消防団の幹部会議が19時30分からあり、財政難に伴い、これまで運営費などのカットはあっているが、更に出勤手当てのカットが今回新たに提議された。 【住民の生命財産を守る】それをモットーとしている消防団元々ボランティアと郷土愛の精神で活動しているのだから各種の出動手当てを「2300円を1000円にします」と言わなくても、自分は0円でも構わないと思う。0円で行動する消防団こそが、本当の消防意識と防火意識を備え本当の郷土愛を持った消防団員だと考えている。 今までだって本職の何万円にもなる作業を中断したり犠牲にしたり夜中のサイレンで火災現場に出場したことも再三あったりいかなるときも、緊急出動に出向いて行っていたのだから・・・。 しかし、これだけは言いたい消防団員も我慢するけど、市職員や市議会議員も親身になって財政難を自分の苦しみとして本気で取り組んでもらいたい。
2008.12.09
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朝から冷たい雨がショボショボと降っていて現場作業が出来ない状況で、自分は請求書作成などの事務的仕事をし、長男は、先日鹿児島で行われたイベントの諸々の重たい品々の後片付けをひとりで行っていたが、久々に、二人でホットコーヒーを飲みながら語らう時間があった。 「祐希、今後の経営は厳しくなるぞ!」といった内容で、親子の会話をした。これからは益々、“お金が有るときの倹約と、無いときの節約”それこそが、たいへん重要となってくる。もちろん自分も、今まで社長になることを夢見たり会社組織にまで伸ばすことを目標に仕事をしてきた訳ではない。親のすねをかじって、熊本商科大学(現熊本学園大学)で様々な経済や経営の理論は学んできたけれど、自分のいちばん好きだった科目は、心理学と哲学。選んだ部活は美術部で、その仲間が自分を大きく変えてくれたと思うくらい【商科大学の課程】とは全く趣旨の違う学科を学んで来たような? 我が家は今、何とか完全無借金の状態だけど、今まで、周りの見栄とか流行りに左右されずに亡き親父の力を仰ぎながら、自分なりの経営哲学理論で生きてきたからこそ今の浦田石材彫刻店を存続させることが出来ていると思っているし、その完全無借金こそが、長男に残す最大の財産だと思っている。今の世知辛い世の中を、石屋として生き延びるためには先ず、自分の選択した石工職人に誇りを以ってお客さんと真心を以って会話し、作品作りに励むことだ。 長男は、高校の先生から大学進学を、推薦されていたが、自ら「どうせ石屋になるのなら最初から岡崎へ」と、熱くて硬い意思を持って四年間の修業を終えているし、今後、どのような不況が来ようともそれに対応するだけの根性は備えていると思った。「オヤジィ~!俺が作品を作るから オヤジがその設計をして!」・・・だって! 長男が、自分に最高の課題を与えてくれた。二人三脚で、麻生総理の行動に惑わされずにがんばります。
2008.12.08
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今日はゆっくりと日曜日を利用して休みたかったが先日完成した石造社殿(伊勢神宮)の入魂式があり施工者としての案内があったので、朝から参列してきた。入魂式 参列者も区長さんや総代さんをはじめ地区住民20名の方が来ておられ自然体で、浦田石材彫刻店のコマーシャルに繋がったと思う。 夕方から、仲の良い同級生とプチ忘年会をして、明日の仕事のことを考え、今夜は早く帰宅してきました。
2008.12.07
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長男が、昨年行われた【技能五輪国際大会(石工部門)】に出場し、見事に銅メダルを獲得した甲斐あって、のイベントに採用させて頂き親子で、熊本県・大分県・鹿児島県の三県を担当する事となっていたが、最後の鹿児島県でのイベントを無事に終了することができました。厚生労働省主催の日本縦断!!ものづくり広場ようこそ技能五輪メダリスト 初回の熊本会場 二回目の大分会場今回の鹿児島会場 おかげ様で、全てのイベントを終了することができました。 中学生を対象とした各会場でのイベントだったが、三つの県で、子どもたちの真剣な眼差しを直に感じ、主役の長男には、あるのかもしれない事ながら、オジさんである自分にまでサインや握手を求められくたびれかけている年代の自分にも活性剤が注がれた気分がして感激している。 感激と言えば、あくまでも自分はオジさん。気持ちの上で理不尽な気持ちがモロに出たと思うが、各イベントに最も期待を寄せていたのがMC(メインキャスター)との出会いだった。初回の熊本イベントでは、元東京準ミスだったシオノ事務所所属の飯野牧さん・・・流石に綺麗だった。二回目の大分イベントでは、NHK大分放送局「すきっちゃおおいた」のキャスターでとても爽やかで純粋な可愛さを持った福田孝子さん・・・可愛かった。そして今回の鹿児島イベントでは、NHK鹿児島放送局「情報WAVEかごしま」のキャスターでおっと驚く・・・超美人の平原沖恵さん。 今回は最後のイベントということもあり写真撮影をおねがいしたところ、快くOK。NHK鹿児島放送局の美人キャスターを紹介しますね。長男とツーショット 綺麗でしょ 自分のツーショット画像もありますが、あまりにも自分がオジさんに見えるので公開しません。(ナイショ) 今回のイベントで、「お前、何考えていたんだ!」ってお叱りの言葉を浴びるようですが、「だってぇ~・・・」の返答しかありません。
2008.12.06
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予定通り午前7時30分に工場を出発し松橋から鹿児島まで高速道路を使ってトラックを走らせ小休止を入れたにもかかわらず11時前にはイベント会場となる【鹿児島県民交流センター】に到着。 長男と共にちょっと早めの昼食をとることとしたが鹿児島に来て、食いたかったのが黒豚ラーメンで、まずは、その夢がひとつ叶うこととなった。 柔らかい黒豚の肉とコクのある豚骨スープに無料の温泉卵を落としスープまで完全に頂いて、腹ごしらえを済ませてから会場入りした。 13時から重い石材製品や、工具などの搬入から始めたが、三度目の設営ということもあり、段取り良く随分と早く終わった。会場設営の途中 設営終了後、リハーサルを行う予定だったが今回の平原沖恵MCの方の、NHK鹿児島TVの持ち番組が18時20分からあるということで、簡単なリハーサルに止まった。 それで、夕方4時前には宿泊のホテルにチェックインしゆっくりと風呂に入り、夕方6時過ぎからホテル近くの天文館通で、NHKエンタープライズのスタッフ三名と自分と息子の五人で鹿児島の旨い料理と芋焼酎で、舌鼓をうってきた。 自分は翌日に備えて22時半には・・・「おやすみZZZ」(・・・というよりも)旨い芋焼酎のロックを呑み過ぎて・・・ダウンしてしまった。
2008.12.05
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厚生労働省主催の日本縦断!!ものづくり広場ようこそ技能五輪メダリスト 石工部門のメダリストに与えられたイベントとして長男が受け持った県は、熊本・大分・鹿児島の三県、9月末に熊本会場である長男の母校での開催を皮切りに10月末には、大分県の佐伯市の中学校へ行って来たが、12月6日に鹿児島県で開催されるこのイベントに行って来ます。 明日、12時半までに会場入りし、運搬から設営後リハーサルなどをしなければならないので7時半には工場を出発します。 今回のMCはNHK鹿児島局キャスターの平原沖恵さん 今夜は雷が鳴り響いてきたが、明日の天気も崩れそう。三回のイベント全てが、雨となってしまうのでは自分は晴れ男なのに、いったい誰が雨男(女)だ長男?Kさん?Hさん?Fさん? これから準備をします。
2008.12.04
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7日(日)10:00に開眼供養がある伊勢神宮の石造社殿が、納期ギリギリで完成した。石造社殿(総高=約1m80cm) 夜は、消防団の分団会議に案内され会議後は、胃袋の貯水槽にアルコールを給水補給してきた。
2008.12.03
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11月30日夜21時過ぎのこと・・・・・・・・・・・・・・・・・。いつものように、夕食をとりいつものように、入浴を済ませ、パジャマに着替えいつものように、大好きな動物番組のTVを観ていつものように、就寝前の歯磨きをしていつものように、床に就く前に、こたつに入りいつものように、横になって暖をとろうとしていた従兄の奥さんが突然の胸の痛みを訴え、そのまま心配停止【心筋梗塞】。全く突然の出来事で、従兄も現実を受け入れていない状況だったが今日は、天草の親戚を車に乗せ、八代市で行われた葬儀へ行って来た。棺に眠る奥さんの顔はとても穏やかで綺麗で指を組んだ手も爪も蝋人形の見本みたいだったが全く動く気配もないし、体温もなかった。亡くなった奥さんは秋田県から熊本へ嫁いで来られたが残された従兄と未婚の子ども兄妹ふたりの悲しみがモロに自分の涙腺の蛇口を開いていった。合掌・・・・・・・・・・・・・・・。
2008.12.02
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17:30分より、消防天草広域連合松島分署の忘年会があり地元松島町消防団の副団長と指揮隊長二人が案内を受け消防署員に交じってコンパニオン付き(18時~20時)の忘年会(会費制)に参加させてもらった。 アハハ!日頃キリリとした消防署員も、呑めば普通の人間。今年一発目の賑やかな忘年会となったが、20時頃に、幹事をしていた若手消防署員が「そろそろ時間となりましたので、 このへんでお開きとしたいと思いますので、 浦田指揮隊長さんに“〆”のご挨拶をお願いします」・・・と指名してきた。「俺に“〆”の挨拶をさせるの?!」「本当に、いいの?」・・・「ハイ、お願いします」(署員) 「それでは、ご指名ですので“〆”の挨拶をさせて頂きますが、一応、指揮隊長の役職柄命令調の挨拶となります。 消防の活動には色々在りますが、特に消火活動の場面で我々にとって最も重要なことは、水利の確保と、消火活動に携わっている署員や団員の体調管理や表情管理が最も重要となるんじゃないでしょうか?! 今の状況を判断するに、『皆、呑み足りん』という判断を自分は今しています。コンパニオンが帰る時間となったからと言って、この場を鎮火宣言していいのでしょうか?! まだ皆さんの炎はくすぶっている状況にありますので、私の“〆”の挨拶は、一時間後の21時とする。」 その後、コンパニオンは延長!参加者も誰一人帰らず21時の二度目の“〆”の挨拶まで付き合ってもらったが、今度は、自分にしわ寄せが来た。 一次会で帰宅予定だったが、「消防には団結が必要!」と言われ、その後、二次会に参加するハメになった。
2008.12.01
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