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歳末や濃紺の空に星ひとつ(あまりはっきりしませんが、電線と電線の間に星が見えます)✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲ 今年は色々あった年でした。その中でも長男がIBMをロックアウト解雇されたことは一番大きな問題でしょう。それにつきまして皆さまから沢山の励ましのお言葉を頂いて、本当に感謝しております。 来年はどんな年になるのでしょう。この闇のような社会から一歩でも抜けだし、息子の問題も少しでも明るい兆しが見えてくることを願っております。 本当にこのブログにお付き合いいただきましてありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 皆様が良い年を迎えられますようにお祈りいたします。
2013.12.31
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競馬のG1レースを息子とたまに見ることがあります。馬が走っている姿が美しく、それにとても一生懸命走るのを見るのは気持ちが良いものです。 少し前の話になるのですが、先週の日曜日有馬記念が行われました。一番人気はオルフェーブル。凱旋門賞で2着をとった馬ですが、今年の成績は振いませんでした。でもこれがラストラン。願いもこめて、一番人気になったのでしょう。 結果、何頭もの馬を抜いて見事優勝。胸がすくような勝ちっぷりでした。 翌日息子とこれが話題になり、私が「8頭身も差を付けて勝ったんですって?」と言うと息子が大爆笑。 「8頭身ってモデルかなんかのことを言う言葉だよ」 ふと我に返って間違いに気がついた私も大笑いしてしまいました。 「8頭身じゃなくて8馬身だよね」 こんな頓珍漢な言葉の間違えは、多々あることで、笑って済ませますが、政治家の失言は、決して許せないものですね。 今年もありましたね。あの麻生副総理の失言「(憲法改正は)ナチの手口にならったらどうかね」は世間を唖然とさせました。怖い発言です。でも本人が怖いと自覚してない所がますます恐ろしいです。これは忘れてはならないことですね。 そして石破幹事長の「デモはテロ」発言。表現の自由を封じようとする発言。上の失言と同様、謝って済むことではありません。覆水盆に返らずです。それに本人たちはまったく謝る気などなく、反省すら見せていないのですから、それが本心と言われても仕方がありません。これも良く良く覚えておく必要がある発言です。 次に安倍首相の、これは失言というより、嘘発言。「原発は完全にコントロールされている」。世界に向かって言いましたからね。決してこれも許されるものではありません。あとからあとから出てくる高濃度の放射性物質を含む汚染水漏れ。 真の政治家だったら前言を取り消し、ただちに対策をとるべきでしょう。オリンピックだって、ただちに辞退するのが真の政治家でしょう。 秘密保護法が発効したらこういうことも隠蔽されるのでしょうね。 政治家の発言を通してみてもどんどんキナ臭くなってきた一年でした。
2013.12.30
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本題に入る前に・・・。 またこのPCがおかしくなってしまい、あれこれやって見たのですが、どうも修復されていないようで、PC音痴の私には、直せないようです。また同じことが起こるかもしれませんが申し訳ございません。後で息子に見てもらおうと思っています。 昨日のブログが二つに分かれてしまいました。同じ日付なのに。折角コメントを書いて頂いたのに、昨日のブログのコメント欄にない方は、「過去の記事」に戻ってみてください。そうすると出てきます。ご面倒をおかけして申し訳ございません。お二人ほどいらっしゃいます。 と言うことで、また時間を割かれてしまいました。 それはさておき、本題に入ります。 昨日12月28日、宇都宮けんじ氏が都知事に立候補を表明されたそうです。去年「人にやさしい東京をつくる会」という市民団体から推薦され立候補された人で、アノ猪瀬氏が当選、次点だった方です。 弁護士で、前日弁連会長。自らを落ちこぼれ弁護士などと、謙遜していますが、とんでもない、私は弁護士界の赤ひげ先生だと思っています。 当時誰も引き受け手の無かった、サラ金被害者の弁護を引き受け、その諦めない粘り強い手腕に、サラ金業者も全くお手上げだったとのこと。 その他にもオウム真理教の被害者弁護や、悪徳金融業者の被害の弁護に当たるなど、文字通り、強きを挫き弱きを助ける、常に弱い者、貧しいものの味方に立った弁護士でした。 最近では原発ゼロの立場をとり、秘密保護法反対を表明しています。 Facebookにも書き込みがされていますが、今リベラル派は、宇都宮さん一本に絞って応援していきましょうと、呼びかける人、それに賛同する人が多くなっています。反自民が結集しないとなかなか勝てませんもの・・・。 倍返しです!!!金権にまみれた人物、原発推進、秘密保護法賛成の人を頼まれたって選ばないようにしましょう。それが都民の常識と言うものです。 日本の夜明けは東京から。美濃部革新都知事を生みだした時もそういう合言葉で一丸となってたたかいました。そして勝ち取りました。再びそういうチャンスが巡ってきたのです。 私は今は東京人ではありませんが、東京が変われば地方も徐々に変わっていきます。それは前の革新都知事時代に証明されています。 折角庶民が住み良くなった東京が石原都政で、すっかり破壊されてしまいました。それを立て直す希望を宇都宮さんに託していきたいと思います。 yahoo!ニュースhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131228-00000024-asahi-pol
2013.12.29
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年末で忙しいのにドジばかり・・・。 今日は自治会の調査用紙を班長さん宅に届け、ついでに、郵便局によってお金を下ろし、振り込もうとしたら、お財布を忘れて来てしまいました。お財布のなかと合計しないと支払えないので、仕方なく、また家へ引き返しました。 家に着くと、もう出かける気力がなくなり、すっかり疲れてしまいました。 やっと風邪が治って出かける気力が出てきたのに、すぐ疲れてしまいます。昔はこんなじゃなかったのに・・・。つい愚痴が出て来てしまいます。 こんな時は気晴らしに音楽でも・・・。モツァルトがいいですね。軽快でありながら哀愁があって、疲れた心を癒してくれます。 ではモーツァルトピアノコンチェルト No.25 ハ長調 第3楽章です。よろしかったらお聴きください。
2013.12.28
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年末なのに本当にドジばかり。 自治会の調査用紙を届けに班長さんのところへ。ついでに郵便局でお金をおろし、払い込みをしようと思ったら、お財布を忘れて来てしまいました。お財布の中のお金と合計しないと払えないので、家に引き返すと、もう出かける気力がなくなり、明日にすることにしました。 やっと風邪も治って出かける元気が出てきたのですが、すぐ疲れます。 前はこんなじゃなかったのに、とすぐボヤキたくなります。 こんな時に聞きたくなるのは、モーツァルトです。軽快なそれでいて、哀愁のあるモーツァルトは、心を優しく癒してくれます。 ではモーツァルトのピアノコンチェルトNo.25 ハ長調 第3楽章です。
2013.12.28
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2014年を「秘密保護法」廃止の年にしよう!廃止署名を集めよう!1・24国会大包囲へ! 「秘密保護法廃止へ!実行委員会」は次のように呼び掛けています。 みなさん 残念ながら「秘密保護法は制定されました。しかし、たたかいはまだこれからです。多くの人が「秘密保護法」は絶対認められない、廃止しかないと意思表示しています。稀代の悪法、「秘密保護法」を廃止するため署名が開始されました。多くの署名を集め「秘密保護法」NO!の声を国会に突きつけましょう。国会開会日(1月24日と言われています)に、「秘密保護法」廃止!1・24国会大包囲 をおこないます。多くの市民労働者の参加で国会大包囲を実現しましょう!★国会開会日行動について ○「秘密保護法」廃止!1・24国会大包囲 とき 1月24日(金)12時30分~14時 ヒューマンチェーンは13時30分、14時の2回 集合 参議員議員会館前 官邸前 主催 「秘密保護法」廃止へ!実行委員会 ○院内集会 「秘密保護法」廃止へ!院内集会(仮称) とき 1月24日(金)14時30分~15時30分 会場 参議員議員会館講堂 主催 「秘密保護法」廃止へ!実行委員会詳しくはこちら ここから署名用紙がダウンロードできます。宛先も書いてあります。遠くて参加できない方は署名だけでもお願いいたします。署名(家族だけでも)を集めて廃止に追い込みましょう!!!行動に参加できる方は参加しましょう!!!
2013.12.27
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歌いたかった『ピエ イエス(G.フォーレ)』の楽譜がフォーレの歌曲集からは見つからず、昨日はあわよくば無料ダウンロードしようとして、それも出来ず、仕方なくヤマハ銀座店のwebで見つけた「音楽の友社」の楽譜を注文しました。 先生には家の楽譜にはありませんでした、とメールしましたが、先生のところにも「ないです。すみません」と言うお返事だけ。これはもしかしたら、先生の好みの曲ではないのか、と思っていました。もしかしたら注文したのも無駄になるかも、と。 昨日は結局疲れてしまって、今練習している曲を、You Tubeで聴いただけ。曲想を掴んでおけばと思ってのことでした。それだけで、もう睡眠の時間が来てしまい、あとは明日、と、眠りについたのでした。 そんな訳で、今日は久しぶりに楽譜を電車の中で広げました。私って、やろうと思うと人の目なんか気にならなくなるらしいです。 今日は、意味を掴んで歌いたいと思っていたので、楽譜を取り出し、この前、書きこんだ意味をもう一度原文と照らし合わせて、何を歌っているのか掴もうとしました。 終わったと思ったら、もう新宿で、慌てて降り、山手線に乗り換えて、新大久保まで・・・。 やはり・・・。先生はご自分が昔勉強されたフォーレ歌曲集から、二つ選んでくださっていました。一つは“Rêve d'Amour(愛の夢)”もう一つは”Les Berceaux(船)”で、歌ってくださいました。“Les Berceaux"がとてもいい曲で気にいりました。あとでコピーしましょうね、と。 今日の練習では、「リディア」が大分意味がつかめて歌えるようになりましたが、先生がおっしゃるには、「もっと遠慮しないで強調してもいいですね」と。強調する部分を指摘されました。 「水の上にて歌う」はまだ意味を掴んで歌うどころではなく、発音するのに精いっぱい。それでも発音はこの前より良くなったかな、と思う程度。 先生はこれは日本語で歌っても意味を掴むのに難しい歌ですね、と。なかなか歌にならない私を慰めてくださいました。 「あなたは憩い」は自分でも完成に近付いているなと言う気がします。でももっとここはこう、と先生の要求は高いです。でも最後に「ブラボー」を頂いてやっとほっとしました。 少しずつ少しずつ進歩していけばいいかなと思っています。 では最後に先生が紹介して下さった歌から“Les Berceaux”をフォーレの歌曲です。
2013.12.26
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新しき芽をはぐくみつ冬木立ち良く見ると枝の先に芽を付けています。ほとんどの木は紅葉の葉を落とし、裸になっています。細い枝の線が綺麗です。桜もこの間まで色づいた葉を揺らしていたのに・・・。今色が付いているのは、椿や山茶花、ドウダンツツジなどです。南天も赤い実が綺麗です。これは椿だと思うのですが、いまだに見ただけでは椿か山茶花か分かりません。椿は樹木、山茶花は灌木と言われますが、今は庭木はみんな伐り込んで小さくなっています。どれが椿で、どれが山茶花やら・・・。花毎ぽとりと落ちるのが椿、花びらを散らすのが山茶花ですが、散った後わかってもねえ・・・。侘び介は椿の一種ですが、うちの花はまだ咲いていません。今日は空は赤くなりませんでしたが、雲が赤みがかっています。不思議なことに東の雲も・・・。今日はクリスマスイヴですが、この町の何処もそんな気配を感じません。静かです。駅近くにはイルミネーションを付けた家もありますが・・・。
2013.12.24
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今日はブログにアップした以上、自分が行ってこなくては、と思い、思い切って出かけました。 息子が親知らずを手術して取ってからというもの、具合が悪く、風邪も治らなくて、それに引きずられるように私も調子悪く、昼の食事をつくって1時まで出かける気力がありませんでした。朝食後睡魔が襲い、どっとお昼寝。 でもそれで疲れが取れ、遅い昼食をとり、2時半頃出発する元気が出ました。 「国会議事堂前」についたのは3時半を回っていました。ずらっと警官が取り囲み、装甲車が何台も並んでいます。あっけに取られ、途方に暮れていると、NO NUKES のビラを渡してくれた青年が、「初めてですか」と声を掛けてくれ、「僕は反原連のものです。ご案内しましょう。今日は革マルが3~40人来ているので、危ないので、付いてきてください」といってグルッと国会を囲んでいる列を通って集会をやっていそうな所へ案内してくれました。「いつもこんなにものものしいのですか?」と聞くと「今日は危ない連中が来ているので特別です」と、その案内してくれた青年が答えました。 親切な青年にあって良かったです。でもマイクで演説して、スピーカーから流れてきますが、何処で演説しているか分かりません。ずんずん先の方へ進んでいきました。 もう帰り始めている人もいるので、一方通行に歩道は仕切られていました。シュプレヒコールをしながらドラム隊がドラム缶をたたいていました。腰をおろしている人もいましたが、どんどん先へ進みました。 演説が聞こえるのですが、何処でやっているか分かりません。ここはファミリーエリアだと分かりました。ファミリーエリアの人だかりやっと演説している人が見えてきました。原子力関係の研究者のようです。危険性を訴えていました。その前に福島のお母さんが子供が放射能にさらされて心配だと訴えていました。甲状腺がんも増えていると。司会をしている女性です。サンタの帽子をかぶっています。スタッフはみんなサンタの帽子をかぶり、カメラマンはトナカイのぬいぐるみを着ていました。トロンボーンを吹いていた女子学生も原発いらないと訴えました。 司会者が東京以外から来た人?と聞くと10人くらい手を挙げました。新幹線に乗ってきた人は?一人挙手。山形からお見えだそうです。では飛行機で来た人?と言うとお一人。韓国から見えたそうです。 合間にシュプレヒコールが入ります。「原発いらない」「再稼働反対」「福島守れ」「子どもを守れ」「海を守れ」「川を守れ」「命を守れ」と。原発情報秘密にする「秘密保護法撤廃」の声も、そして今日初めて聞いたのですが「アベは辞めろ」「イシバシ辞めろ」も。 それから、飛び入り参加の演説。「反原発西武沿線連合」の女性が「1月5日に高田馬場ニューイヤー脱原発デモをやりま~す」と。 75歳の男性「手術したばっかりで、口がよく動かないけど原発廃炉」と。 そして韓国から来た男性が通訳付きで「私は韓国労働組合総連合の事務局長です。国会を一周して皆さんの熱気に圧倒されました。韓国でも原発反対の運動が起きています。連帯してたたかいましょう」と挨拶。まさに国際的運動です。 そして、司会者によってシュプレヒコールが繰り返されましたが、最後に「コールリレー」といってマイクをみんなの間に回し、その人が音頭を取ってみんながシュプレヒコールをするのです。回ってくるとここぞとばかり、大きな声を張り上げてコールしました。 そうこうして5時になりました。「寒い中をこんなに大勢集まってくださってお疲れ様でした。気を付けてお帰り下さい」と声が響き、三々五々と散っていきました。 本当に2~3人の友達と来た人が多く、プラカードも思い思いの手製のプラカードが多く見受けられました。 私も一度は官邸前抗議集会に参加したいと思っていましたが、いつもは時間が遅く、参加しかねていましたが、今日の国会包囲は3時からなので、参加出来、一人一人の熱気を十分感じ取ることが出来ました。 こういう一人一人の国民の力が政治を動かすのだと実感しました。 さあ、諦めませんよ。原発ゼロも、特別秘密保護法も。ここに集まったみんなの気持ちだと思います。 今日何人集まったか分かりませんが、ここファミリーエリアはいつもの金曜の官邸前集会よりずっと多かったそうです。 あしたの新聞はどうでしょう。書いてくれるかしら?「しんぶん赤旗」だけは確かに書いてくれると思いますが・・・。
2013.12.22
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あす「年内トドメの大抗議!!」を行います。 首都圏反原発連合12月22日 午後1時 日比谷野外音楽堂 著名人などのスピーチをはじめとした集会 (先着3000人)。 午後3時 衆院第2議員会館前をスタートして国会を一周取り囲む国会大 包囲。 午後3時半~5時 首相官邸前と国会正門前で大抗議行動。✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴ 安倍政権は年明けに、昨年の民主党政権が閣議決定寸前まで行った、2030年代に原発〇をめざす目標を白紙撤回する閣議決定をしようとしています。 政府は「主要なベース電源」として「原発の活用」を掲げ 、原発の再稼働と輸出に突き進んでいます。私たちは22日、国会を包囲して国民大多数が求める「原発ゼロ」「再稼働反対」の民意を最大限可視化し、国会と政府につきつけます。 (反原連 ミサオ・レッドウルフさんの発言より) 詳しくはこちら 国会を大包囲して原発ゼロを訴えましょう!!!
2013.12.21
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春になれば 木枯らしが音を鳴らす窓辺病院のベッドに横たわる母の寝息静かな埋もれた寝息を聞き逃すまいとするいつの間に忍びこんだ風が魂を天国に連れ去ってしまうかも知れないから 恰幅の良かった腕も足も痩せ細って小人になって白いカバーの布団に小さく包まれている ふと眼を覚まして言う 春になれば 春になれば このゴロゴロしたものも取れるかも知れないね きっと良くなって治るかもしれないね 涙をこらえて私は言う きっと良くなるわよ 暖かくなればきっと 胃がんを手術して半年もたたず再発再発したらもう持たないといわれていた五十年も昔のこと告知も問題視されていなかった時代ひたすら病名を隠し安らかに逝ってもらいたいと願っていた でも生きてもらいたいと願う心のちぐはぐさ窓から吹き込んでくる隙間風が錐のようもう薬はない父は最後の望みに生薬の菱を煎じて飲ませた 母は言う 春になれば 春になれば きっと良くなるね 暖かくなればきっと
2013.12.19
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今日は太極拳の練習日でした。Siさんだけお休みでした。 しゅわい手をやり、練功18法をやりました。 この音楽がいいですね。リラックスします。そう言えばこの前N先生の偲ぶ会の時現指導者で当時ピアニストだった先生が、「そう言えば歌う前に太極拳をやっていたわね。頭痛がひどかった時、この部屋に入って、みんなが太極拳をやっているのを見ただけで、頭痛が治った時があったわ」とおっしゃってました。そういう言葉は嬉しいものです。 次に今日はこの前の約束通り、「八段錦」をやりました。解説をPCに打ち込んでプリントし、皆に配りました。 八段錦•第一段 頭を左右へ回す。(五労七傷往後瞧〈ごろうしちしょうおうこうしょう〉) 五労七傷には目を後ろへ向ける•第二段 片手を挙げる(調理脾胃須(す)単挙) 脾胃を調理するには須(すべから)く単挙すべし•第三段 左右へ弓を引く(左右開弓似(じ)射ちょう 左右へ開弓することちょうを射るがごとし *ちょうはブログに出ない文字でした。周へんに鳥と書いてちょうと 読みますが、鷹のような鳥のようです。•第四段 両手で天を押し上げる(両手托天理三焦) 両手で天を托し三焦を理(おさ)める•第五段 体を左右に曲げる(揺頭擺尾去心火〈ようとうはいびきょしんか〉) 頭揺(ゆ)り,尾を擺(ふ)り心火を去る•第六段 上体を前下へ曲げる(両手攀足固腎腰〈りょうしゅはんそくこじんよ う〉) 両手で足を攀じ腎腰を固める•第七段 拳で斜前を突く(攅拳怒目〈さんけんどもく〉増気力) 攅拳怒目は気力を増す 拳を握り、目をいからせ、気力を奮い起こす。•第八段 かかとを落とす(背後七顛〈はいごしちてん〉百病消) 背後七顛し百病消ゆ 背面で七たび落下すれば全ての病気が治る (最後の背面で七たび落下する、とは踵を七回上げてストンと音がする位落とすことです) これを白板に止めて、読みながら説明しながら、鏡式に私が演じて、見て出来るようにしました。太極拳ほど複雑な演技でないので、見てすぐ出来ました。 息を吸って吐いての動作を付けるので、とても気持ちが良くなります。原始八段錦の図もありましたが、担当の人がこれコピーしてきますと持って行きましたので、次回アップします。 次に復習を一回やって、次の左右穿梭に移りました。攻防の意味も付いています。武術から来ていますからね。
2013.12.18
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昨日は1日中、朝から忙しく皆様のブログにご訪問出来ず、申し訳ございませんでした。 午前中はT診療所、11時5分の予約。15分くらい遅れていきましたが、この頃、予約以外の人は受け付けないので、予約の順番通りの診察となり、すぐ診察時間が来ました。 いつもの漢方薬を頂き、12時半には薬局を出られ、早く終わることが出来ました。 息子のために作っておいた昼食のおかずを私の分も少し取って、パンとジュースで少し遅い昼食を息子と一緒に。息子は抜歯をしてからその跡が腫れて微熱を出して調子が悪いので、ちょっと心配です。 『歳末助け合い募金』の自治会の組内の集計をし、班長さんに届けなければならないのですが、5時過ぎにならないと帰らないとのこと。その間夕食の支度。 昨夜は7時から元女声コーラスの指揮者であった、N先生を偲ぶ会がありました。前に所属していた方も是非お招きしたいので、とその合唱団からお誘いがありました。 『歳末助け合い募金』を持って班長さんに届け、その足で、偲ぶ会に向かいました。 本郷3丁目の懐かしい場所。いつもの練習会場でした。先生に教えて頂いた合唱曲をみんなで歌って先生の思い出を偲ぼうという趣旨でした。 古いサークル会員も随分誘ったようですが、結局出席したのは、4名で、Iさんは国立、私は千葉県からの参加で、遠くからわざわざと、感謝されました。 「お客様の席よ」と言われ、中央に椅子が並べられ、そこに座りました。取り巻くように現会員が並んでいました。楽譜が用意されていました。プログラムをあげますと、1、赤いサラファン(ロシア民謡・津川圭一訳詞・若松正司編曲) これは先生が着任されて最初に歌った曲だそうです。2、やなぎ(V.アルフェノフ作詞・G.ポノマレンコ作曲・関鑑子訳詞)3、無縁坂(さだまさし作詞作曲・松下耕編曲) 無縁坂は文京区にあり、先生も私たちも好きな曲でした。4、落葉松(野上彰作詞・小林秀男作曲) 40周年記念コンサートで歌った曲で、先生がうちの合唱団で歌わせ たいとかねてから思っていた合唱曲でした。5、一本の鉛筆(松山善三作詞・佐藤勝作曲・小林康浩編曲) これは第1回広島平和祭のとき美空ひばりさんが歌った反戦歌です が、合唱曲に編曲されていて、先生も私たちも好きでいろんなところで 歌いました。6、霜月の午後(石黒真千子作詞・林学作曲・神谷佳世子pf編曲) 認知症の奥さんのことを歌った、林学さんの曲で最後の先生の指揮と なった曲です。 休憩に入ると、Sさんお手製のゼリーや前の机に並べられたお菓子が配られました。コーヒーか紅茶もどうぞということで、私は紅茶を・・・。 そのあと現指揮者のK先生のピアノ独奏がありました。実はN先生から乞われて月一回ピアノ伴奏をしていた先生で、本業はピアニストです。 月光(ベートーベン)、月の光(ドビュッシー)、幻想即興曲(ショパン)を続けて演奏しました。調率も不十分なアップライトのピアノで良くこんないい音が出ると思うほど・・・。みんなうっとり聴き惚れました。N先生に捧げる曲でもありました。 この時期になると恒例の歌う会を開いていたのですが、その時の慣例により、クリスマスソングと最後に「見上げてごらん夜の星を」。星になった先生を偲びながら…。 最後に先生に黙祷をささげて散会となりました。 合唱の基礎を教えて頂いた先生でした。先生がいらしてからうたごえ協議会に入り、うたごえ祭典にも参加し、実力を付けて地区、都の予選を通り、全国で入賞するようになったのです。この合唱団の育ての親であり、歌はこう歌うという基礎を教わった亡き先生の意思を受けついで、いつまでも忘れないで歌っていってほしいと思いました。昨日歌った歌の中から『一本の鉛筆』を美空ひばりさんの歌で。もう一つ女声合唱曲『落葉松』
2013.12.17
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今日は千葉詩人会議例会でした。今日が初参加。 2~3日前に詩誌「澪」が届いたので、その合評会をやるのだろうと、「澪」を持っていきました。4時から開始。6時まで。『市民談話室』にて。 最初から順番に、合評していきました。まだ慣れないので、発言は控えていました。そうそうたるメンバーなので、どんな批評をされるのかと、恐れをなしていましたが、「耕」と同じように、その作品を作者の目になって見つめる暖かい批評なので、安心しました。 15名の作品20編の詩が載っていました。他にエッセイ2編と、特集として亡くなったUさんの追悼詩とエッセイが組まれていました。 今日は出席者だけの詩を合評しました。題名だけを上げて見ます。 幻の少女/アルバムとあじさい/無い方が・・・/ほのかな光の中に/遠い記憶/断捨離/花は咲く/独裁者/手術台 出席者9人が各1編づつを朗読し、合評しあいました。それぞれ個性が出ていて詩を読むだけでも楽しい思いをしました。 私は亡くなった友人を書いた『ほのかな光の中に』を載せました。(ブログに掲載済み) 新人なので、「この人がどんな人か彷彿としてくる」とか、「亡くなった人のことはなかなか書けないわね・・・この人に愛を持って書いている」などおおむね好評でした。 但し最後の連(星になって日本の夜明けを呼び寄せている)はいかにも纏め、という感じで要らないのではないか、というご指摘、なるほどと感じました。 この前本を出版なさった、Kさんが中心になり、批評をリードしていました。彼は詩人会議本紙上でも選者を務めている方で、やはり彼のいうことは大変勉強になる、と思いました。 どんな批評が飛び出すか怖かったのですが、友人のHさんも一緒の参加とあって、とても心強かったです。 その後忘年会に繰り出しましたが、私は息子が待っているからと、参加せずに別れました。 清々しい気分が残りました。
2013.12.15
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昨日は、IBMロックアウト解雇撤回の地裁での第3次訴訟の最初の裁判でした。 息子も名を連ねています。息子は体調も考え、裁判前のビラまきには参加せず、私と一緒に東京地裁に行きました。 ああ、息子と一緒で良かった!全然場所を忘れていました。霞が関はホームに着いてから外へ出るまでが大変で、エスカレーターもなく階段を昇って、また昇っていくので、すっかり始まる前から疲れてしまいました。 11時開廷。支援する方も大勢来ていたので、20席くらいしかない傍聴席には入り切れず、IBMのロックアウト関係の人だけ中に入りました。 ロックアウト裁判で意見陳述したHさんは「私は長年IBMという会社のために特にミスもなく一生懸命働いてきました。しかしここ数年は追い出し部屋と言われる課に所属させられ、適切な業務もないまま、低評価を付けられ、この度のロックアウト解雇となったのです。収入0となり子供たちの教育費もかかるし、家のローンもまだ残っています。心ならずも自己都合退職の誓約をさせられた同僚の分まで訴えたい」と。 原告代理人の弁護士は、「今回の原告4人中3人が組合役員であり、組合狙いうちの解雇だった。それも突然呼び出して、全員同一文で解雇を告げ、30分以内に出て行けというロックアウト解雇。この会社の異常なやり方に多くの代理人が集結して多数の傍聴者も詰めかけている。 「裁判所におかれては、こうした本件の異常さに正面から向き合うとともに、社会的関心の特に高い本件について、細心の注意を払って審理に臨んで頂きたい」と意見陳述しました。 これが終わった後、11時45分から別法廷で、IBMが『業績が低い』と称して減額した賃金の差額分支払いを求めた9人の原告による裁判も第1回口頭弁論が行われました。 JMIU組合員の女性は減額措置が「嫌気がさして自ら辞めるように仕向けるものだ」と指摘しました。また「成績評価が恣意的で、育児中の女性がターゲットにされている」と、自分も育児中に低評価になったと訴えました。 原告代理人の弁護士は「労働基準法では、懲戒の制裁でも減給は10%までとなっており、それを越える減額が許されるか。また減額がロックアウト解雇への1里塚という性格をもっている」と訴えました。 会社側は今日は何の反論もしませんでした。 口頭弁論が終わった後、報告集会が弁護士会館で行われました。 弁護士は傍聴人も多くて入りきれないのでもっと広い法廷を要求。合議法廷(裁判官が裁判長も含め3人)を要求していました。(今日は裁判長一人でした)そしてこの解雇は4つの異常がある。1つは組合員狙いうちである。2つは、ロックアウト解雇。3つ目は今までやられていないのに急にやりだした。4つ目は解雇の文言がみな同じである。そんなことはあり得ない、と。会社側が何も発言しなかったのは今日の様子を見て、次回発言するだろう、という予想でした。 減額の弁護士は、9,9%から15%まで勝手に減額するのは就業規則違反である。組合との交渉もしていない。一人一人の成績を問題にしないつもりだ。懲戒でも10%以下なのにそれ以上はあり得ない。これはロックアウト解雇につながると、突いていきたい、と。 息子はこれから話し合いをして帰るというので、私は一人で帰ることに。 早く裁判が勝って終わりたい。昨日はすっかり疲れたので、気分転換に日比谷公園をぶらぶらしました。地裁のすぐ前が日比谷公園です。紅葉の最後の色どりが綺麗でした。松本楼は値段が高いのでパス。もう少し出口の方へ歩きました。銀杏も綺麗に色づいていました。出口に近い小さなレストランでカレーを食べて帰りました。食事が出ると食べる方に気が取られ、写真を撮った試しがありません。
2013.12.13
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昨日のブログ、私の大間違いでしたので、訂正いたします。アップしました「ピエ・イエス」はフォーレのものではなく、アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲のものでした。某大手レコード会社にお勤めだったリュウちゃん様からご指摘がありここに謹んで訂正させていただきます。 アップしながらおかしいなと思っていました。こんなメロディーだったかしら?私の記憶も随分衰えたものだと思いながら、フォーレのピエ・イエスと検索して出てきたものですから、そうとばかり思い込み、自分の記憶の方が違っていると思ってしまいました。 でも良く見るとアンドリュー・ロイド・ウェバーとタイトルに書いてありましたね。この頃早く眠りたいこともあって、そのまま確かめずにいましたが、リュウちゃん様本当にありがとうございました。 そしてご親切にも私の大好きなバーバラ・ボニーのフォーレの『ピエ・イエス』のURLをお知らせくださいましたので、今日そのYou Tubeをアップさせていただきます。『ピエ・イエス』はフォーレのレクイエムの一節ですが、それもアップしますので、興味のある方はどうぞお聴きください。フォーレ レクイエムPart1/3フォーレ レクイエムPart2/3ここで『ピエ・イエス』が歌われます。フォーレ レクイエムPart3/3フォーレ レクイエムそのものが好きですが、よく独立して歌われる『ピエ・イエス』いい歌だと思います。でも私の能力を越えた歌だと思います。さあ、どうなることでしょう。何だか怖いです。
2013.12.11
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今朝は4時半起床。息子が朝食6時半、というものですから、2時間前には起きて朝食の準備です。 息子はいよいよロックアウト解雇の裁判が始まるので、東京地裁へ。自分のは12日。その前に1次、2次の裁判です。開廷前に、ビラ撒きをしたそうです。 私は息子を送り出してから、夕べ早く寝て、出来なかった、歌詞の意味を楽譜に書き込む作業をしました。今日、声楽のレッスンなので、少しでも意味を掴んで歌えるようにと・・・。 改めて意味を考えると、え、こんな意味だったのかと驚くことばかり・・・。今まで何といい加減に歌っていたことかと・・・。 そんなこんなで少し遅れて出発。もう前の方は終わってしまっていました。 前回のことはアップ出来なかったのですが、中央合唱団のコンサートの直後だったので、頭の切り替えが出来ず、声も出ずで、散々でしたが、それよりも今日は少しはマシでした。 「リデイア」は若い乙女に恋する若い男性の歌、なので、気持ちを出すのが難しいです。胸から香る芳醇な香り、花に戯れる白鳩のような口付け、死んでしまいそうな恋。それをどうやってこの年寄りが表現するの?ホントにホントに難しいです。 もっと起伏を付けて、と言われました。その情熱を起伏を付けて表現する以外にないでしょう。 「水の上にて歌う」。「前より良くなってきましたね」と言われましたが、まだまだドイツ語が、うまく発音出来ていません。うまくいかない言葉を何回も練習する以外ないでしょう。1番、2番、3番、と意味合いが違うので違えて歌わないと、というのが次の課題です。この歌は課題が多いです。 「あなたは憩い」。だんだん歌に乗ってきました。技術的な注意を2,3受けました。高い音を出す技術も前より会得したような感じですが、うまくいったりいかなかったり。まだまだです。 「フランス語があっていますね。次は何をやりましょうか?」と聞かれましたので「もう少しフォーレを続けたい。『ピエイエス』は歌えるかしら?」と私。「好きなんでしょう?やってみましょう」と先生。 次までに楽譜用意しなくては・・・。さあ、歌えるでしょうか?
2013.12.10
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私が小学3年の時です。 これは後から聞いた話ですが、その日の始業前、仲の良い友達と鬼ごっこをしている時、私がくるっと振り向いて、今日戦争が始まったのね。と、友達に言ったそうです。その友達はそんなことには無関心だったので、ドレミさんの家庭ではそんなことが話題になっているんだとびっくりしたそうです。 それはというのもその時の担任のI先生が教壇を降りて、(この意味も今になって分かりました)こういう話は教壇に昇っては出来ない話だけど、と前置きして「今アメリカで日本の松本大使と来栖大使がアメリカの大使と大事な話をしています。うまく話がまとまればいいのですが、まとまらなければ戦争になるでしょう。だから今は太平洋の波高し、と言われているのです。この波が早く収まればいいと先生は思っています」そして世界地図の太平洋に鞭をあて大きな波を描きだんだん波を小さくしていきました。 小さいながらその先生の真剣な面持ちからこの話は忘れることはありませんでした。そして私も戦争が始まらなければいいと思っていました。 12月8日の新聞は日本の9軍神と真珠湾攻撃で紙面がいっぱいになりました。ああ、ついに戦争が始まったのか、と思ったのでした。 担任の先生は変わって、男の先生になり、学級通信を出し、良く詩を書かせ、児童の詩を学級新聞に載せました。 12月8日直後に載った児童の詩は「日本の戦争開始を讃えるもの」でした。私はよくこんな浮き浮きした詩が書けるな、と違和感を持ちました。空々しく感じたことを覚えています。 私の詩は「紅葉」の詩でした。自分ではうまく書けたつもりなのに、どうして載らないのだろう、とちょっと嫉妬に似た気持ちを持ったのを覚えています。 そして、詩を返された時、私の「紅葉」には3重丸ならぬ4重丸がついていました。何故、4重丸で、学級通信に載らないの?と訝りましたが、今になると良く分かります。 学級通信も戦意高揚の道具にされたのです。その陰で、幼い心が傷ついたのです。 こうして、私は当時からすると変な子でした。天皇は「現人神」で神なんだと言われると、「天皇だって、食事もするし、話もするし、人間で、神なんかじゃない」と言って親を困らせ、「そんなことを言うとおまわりさんに連れていかれるよ」と言われました。何度もそう言われ、おまわりさんに連れて行かれると嫌だから、と、何も言わなくなってきました。 ああ、こうして当時の治安維持法は幼い良心を踏みにじり、真実を追求する目も、詩心も潰していきました。 戦争とは、治安維持法とは、こういうものです。
2013.12.09
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秘密保護法案が強行採決されて一夜明け、三大新聞は(朝日、毎日、東京)は今までのこの法案に対する反対の姿勢を堅持しています。 特に朝日新聞は『知る権利支える報道続けます』という署名入りのコラムを、トップに載せています。これは非常に重要な記事だと思いますので、ここに全文載せさせていただきます。✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲ ゼネラルエディタ―兼東京本社編集局長 杉浦信之 特定秘密保護法が成立した。私たちはこの法律の危険性を指摘してきたが、今後も問題点を追及していきたいと思う。それは国民一人一人の生活を脅かす恐れがあるからだ。 どんな組織にも公開できない情報はあり、日本にはそれを守らせる法律も現にある。しかし新たな法律は1.秘密の範囲を際限なく広げ2.官邸や政治家の都合のいいように秘密を指定できるようにした。さらに3.秘密を扱う人たちのプライバシーの把握は家族にまで御呼び4.秘密の指定を監視する独立した機関もない。 2011年の東日本大震災と原発事故で、政府は国民の生命財産を守るのに必要な情報さえ隠し、活用も出来なかった。今回の法律は、一般人を何が秘密か分からない状態に置いたまま、その秘密を漏らせば懲役10年の刑を科す。動く方向が反対ではないのか。 私たちはこの法律が施行された時に一般市民が罪に問われる可能性を、専門家の助言や過去の事例を基に何回も報じてきた。こうした懸念を非現実的と非難する人がいる。しかし、治安維持法を含め、この種の法律は拡大解釈を常としてきた。 税金によって縛られた政府の情報は本来国民のものだ。それを秘密にすることは限定的でなくてはならない。わたしたちは、国民に国民のものである情報を掘り起こして伝え、国民の知る権利に奉仕することが報道の使命であることを改めて胸に刻みたい。 戦後の日本社会は、権力闘争も政策対立も、暴力ではなく、言論で解決する道を選んだ。時に暴力で言論を封殺しようという動きも、自由な言論を支持する国民がはねのけてきた。言論の基となる情報の多くを特定秘密という箱の中に入れてしまう法律は、70年に及ぶ戦後民主主義と本質的に相いれない。 私たちは今後も、この法律に反対し、国民の知る権利に答える取材と報道を続けていく。✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲ これは明らかにこの法案に対する挑戦状といえましょう。この法案でいかに国民から真実を見る、聞く、権利を縛っても、私たちは取材を続け、報道します、というのですから・・・。 こういう姿勢を忘れないでほしいと思います。そしてこの法案をまだまだ知らない人へも危険性が分からない人へも粘り強く説いて欲しいですし、この法案が成立した時のいきさつも風化させないで伝えてほしいと思います。 そうすれば犠牲者が出た場合でも国民が守る運動を起こすでしょうし、この法律の本質が、衆目にさらされることになるでしょう。 反対声明を発表した、法律家、弁護士、作家、芸術家その他、多くの人が、放ってはおきません。 この法律を撤廃させるまで、力を合わせていきましょう。
2013.12.08
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松の木の隠れ家に入る冬の鳥 お向かいの松の木に冬鳥が飛来します。松の枝に止まると何処に行ったか分からなくなります。それらしいものを撮りましたがそれかどうか分かりません。チチチと鳴いて飛んできて、また鳴いて飛び去ります。✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴ 深夜、秘密保護法が参議院本会議で強行採決されました。 憲法違反の悪法を許すわけにいきません。数を頼みに、十分な審議も尽くさず、多くの国民の意見も無視して、この法案を強行採決したことに怒りを覚えます。 このような形で通したから、たたかいはもう終わりということではありません。ここからがスタートです。この法案の撤回に向けて新たなたたかいに息長く、粘り強く挑んでいきましょう。 戦時中に生きていたものとして、その恐ろしさを知るだけに、再び戦争への道を日本が歩みださないため、この法案を撤回させるまでたたかっていきたいと思います。 以下は日本共産党志位委員長の発言です。 昨夜6時半から秘密保護法反対の集会が日比谷野音で開かれました。1万5千人集まったそうです。集会後、国会請願へと向かいました。(しんぶん赤旗webニュースより)
2013.12.07
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昨日のことです。 昨日は雲が多かったのですが、気持ちの良い青空も見えました。近所の山茶花ほとんど葉の落ちた木紅葉 日本IBMの不当なロックアウト解雇を跳ね返そうという大集会が、6時半から日本教育会館で開かれました。 6時15分に受付で友達や妹と待ち合せることにしていましたが、私は早めに行って、席を確保しておきました。 友達も、妹も丁度約束の時間に来てくれました。 それと同時くらいに、もとご近所で、今は佐倉にお住まいのSさんも来てくださり、私たちの席の近くに座りました。息子の近況と昨日の集会をメールしましたら、遠く佐倉から駆け付けてくださいました。 集会の写真を撮りましたが、ボケている写真が多く、申し訳ございません。 オープニングに東京のうたごえの皆さんと、橋本のぶよさん、JAL争議団合唱団フェニックスの皆さん合同で。事務局長の大熊さん作詞・作曲のIBM解雇撤回闘争の歌、「I'll be」をまず最初にご披露してくださいました。 夕方の本社前抗議行動に参加した時、原告の一人が「今帰途についているIBMの皆さんは明日は会社に来られるでしょう。でも明後日は来られるとは限りません」と訴えていたのにひどく感動し、これは歌を作らなきゃ、とい言う思いで作ったのだそうです。のちに紹介しますが、詩も当事者の気持ちになって書かれ、メロディーも軽快で、現代風で、元の場所に戻るんだという希望の歌になっています。とてもいい歌をつくってくださって、感謝感激です。 その他、「たたかう我ら」「人間の歌」を歌い、大いに雰囲気を盛り上げてくれました。 次はコメディアんの松元ヒロさん。風刺のきいたコントを聞かせてくれました。憲法の前文を全部暗誦したのにはみんなびっくりでした。これも会場を大いに沸かせました。 昨日はIBM解雇撤回闘争支援全国連絡会」の結成集会でもあったので、結成宣言が行われました。(東京地評・伊藤議長)そして代表委員の紹介代表委員を代表して挨拶(大黒議長)たたかいの報告(JMIU生熊委員長) 酷いロックアウト解雇の状態を報告。30名のうち26名が組合員であることは、組合潰しで、これからも解雇をたやすく出来るよう狙っている。退職強要では、組合が頑張って組合員は応じなかったが、それではロックアウト解雇をして、組合に入っても無駄だということを印象付けようとしている。との報告。弁護団紹介と報告 都合が悪く来られなかった人もいますが、弁護士は20名とのこと、頼もしいです。聞く所によると労働問題では辣腕の弁護士が揃っていると。 会社はどの人も同じ文言「成績不良」を理由にしているが、決して成績不良ではないことを一人一人証明したい。組合潰しの不当労働行為である。断じて負けるわけにいかない。必ず勝つ。と、頼もしい発言でした。次にJMIU日本IBM支部の組合員による寸劇。 これは駅前などで、ビラを配りIBMの解雇の状態を訴えている場面です。通行人がビラを受け取り、感想を呟いています。「IBMってこんなひどい会社なのか。昔は憧れの会社だったのになあ」「こんな会社には就職したくないなあ」 夫婦が話しています。「今度のことは息子にも話さないといけないなあ」「そうね。水泳教室も辞めてもらわないといけないからね。ちゃんと話さなくちゃ」 そして息子の声が流れます。「僕のお父さんは何も悪いことをしないのに会社を辞めさせられました。今お父さんは会社のいじめに負けないで、会社に戻してくれとたたかっています。僕も大人になったら、お父さんのようにいじめに負けないで立派に生きていこうと思います」という子どもの声…。じ~んときました。原告決意表明顔を出しては困る人もいるので、ボケていて丁度良かったかも・・・。 申し合わせ事項と行動提起の提案。国交労連宮垣委員長。争議団紹介随分多くの組合が争議をたたかっています。支部の決意表明(日本IBM支部・大岡委員長)集会宣言(民主文学・田島会長)閉会挨拶(大阪労連・川辺議長)団結がんばろう拳を上げる手を上げた瞬間を撮るのが難しく、大ボケになってごめんなさい。会場の雰囲気をわかっていただければと思います。
2013.12.05
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紅葉散り世を怒りつつ逝く人よお向かいの桜の葉が散っています。もうこんな姿にヤマボウシも今年は綺麗に色づきました。ずっと斜向かいの木は何の木だったでしょう。紅葉が綺麗です。
2013.12.03
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今参議院で審議中の「秘密保護法案」は、日本が太平洋戦争に突入した1941年に施行された国防保安法に酷似していることが報道されました。(しんぶん赤旗2/1号) 詳細を見ますと、国防保安法は、軍機保護法(1937年改訂)とともに、戦前・戦中の情報統制の中核をなした弾圧法です。軍機保護法が「軍事上の秘密」を対象としたのに対し、国防法案は「国家機密」全般を対象にし、最高刑は死刑でした。 「秘密保護法案」との共通点の一つは、秘密の範囲が広く曖昧で「何が秘密かは秘密」なことです。 国防保安法は「外交、財政、経済その他に関する重要なる国務に係る事項」が対象とされ、「その他行政各部の重要なる機密事項」も含まれたので、実際は無限定でした。秘密保護法案は、軍事も含め「安全保障にかかわる情報」を広く対象とし、同じように無限定です。 また指定するのが「行政機関の長」であるのも同様。国防保安法は、「主務大臣または会議の長が国家機密の指定を行う」(当時の司法省刑事局長答弁、41年2月3日)仕組みでした。国民は「国家機密の指定せられる限界について一般人は何も知らぬ」(『問答形式 国防法案早わかり』41年出版)状況でした。 「知らぬ間に」犯罪者とされ、処罰される仕組みは秘密保護法案も同様です。共通点は、秘密の漏えいとともに探知・収集が処罰対象とされ、それらを教唆、扇動したものその予備・陰謀までもが処罰されたことです。教唆は漏えいが実行されなくとも処罰されます。秘密保護法案では、「陰謀・予備」が「共謀」に置き換えられているだけです。 「法廷における手続きで弁護士が国家機密を知得したものを公にすれば犯罪になる」、「(国会議員が)秘密事項と指定されたものを委員以外の議員に内容を漏らした場合・・・本法に触れる」(前出『早わかり』)点も同じです。 国防保安法制定で、全国の主要都市には強力な強制捜査権限を持つ防諜係りの検事が配置され、軍部では憲兵が法施行を担当。「言論統制など戦時の様々な統制に猛威を振い、国民の知る権利を根こそぎ奪」(刑事法研究者の声明)ったのです。 以上しんぶん赤旗2/1号より。と、これが3面にも続き、類似性と危険性を指摘しています。 ・・・しかも、国防保安法に基づく捜査は、尾行、内偵などのプライバシー侵害性の高い捜査方法が積み重ねられました。・・・ これは、「陰謀、教唆、扇動」などで処罰するという、国民の日常生活を監視したり、内心まで覗かなければ立証できない規定からくる、ある意味当然の結果でした。 「秘密保護法案」でも、「共謀、教唆、扇動」などで、一般国民が処罰されることを、政府は認めています。その際、盗聴やおとり捜査、内偵などのプライバシー侵害が再現しない保証はありません。秘密保護法案 戦争への道「しんぶん赤旗2/1号」✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴✴ 戦時中の暗黒政治の始まりでしょうか。いつか来た道への逆戻りは絶対認められません。 言論統制。「戦争は嫌だ」といったら逮捕される。それを誰が通報するか分からない疑心暗鬼の暮らしを送っていた、戦時中の怖さを思うと、ぞっとしてきます。 私たちは戦後今の憲法を持ち言論の自由を保障されて、文化も芸術も科学も経済も発展してきたのです。 それを阻害し心の中まで、政府の方針に縛りつけられ、悪いことは悪いとも言えなくなる、口も耳も封じられるなんて、何と恐ろしいことでしょう。 安倍首相の言う美しい国とはそういうことだと、はっきり分かりました。 そんな国にされて堪るものですか。秘密保護法案絶対反対です。
2013.12.02
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ご無沙汰して申し訳ございません。 29日は、妹の教え子、といっても音楽を教えたのではなく担任をしていた生徒が、音楽科へ進み、芸大へ再入学し博士号を取得してプロの音楽家になっているのですが、その方のリサイタルを聴きに行きました。帰りも遅くなりました。 30日は前に書いた義兄の告別式に参加。館林まで行ってきました。とても盛大な告別式でした。朝早く出かけ、告別式、火葬の儀、初七日の法要、お清めを頂き、8時半には帰ったのですが、話も出来ないくらい疲れ、後片付けと明日の準備をしてすぐ寝てしまいました。 今日は千葉のうたごえフェステイバル。息子が争議団の一員として合唱に参加するので、「お母さんもいっしょに歌って」と言われ、またまた舞台に載ることになりました。 千葉の各争議団が訴えのスピーチを1分ずつ、息子も解雇の経過と、支援カンパの訴え12・4日への参加要請を行い、千葉の合唱団の応援も得て「たたかう我ら」を力強く歌いました。 フェステイバルは3部構成で、1部は、千葉県の各うたごえ合唱団がエントリーして、1曲ずつ合唱を披露しました。 2部はゲスト太田真紀さんの歌で「うぐいす」「百万本のバラ」など従来の歌のほかにミュージカルのものなど、変化に富んだものでした。歌手生活40年ということで、円熟味のました心に沁みる歌を聴かせていただき、息子も久しぶりに歌を堪能した様子、良かった、と思いました。少し心和む時間が持てないかと思っていたところでした。 そして3部がシニア合唱団と、争議団の合唱でした。 最後に会場ともども全員合唱で、「見上げてごらん夜の星を」で締めくくりました。 沢山の声援を受け、カンパも沢山頂戴して、息子も一つ責任を果たしたという満足感が得られたようです。 3日間のことを走り書きしましたが、機会があったら、もっと詳しく「リサイタル」「告別式」について書きたいと思います。
2013.12.01
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