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――ボムッ…… コートに響いたサーブの音にあたしは意識を集中させる。 こっち来たっ……絶対受けてやるっ! 右寄りに飛んできたボールを遠藤さんの手前でサーブカットする。ボワンと高く上がったボール――ああ誰か繋いで! と、大谷さんが前に進み出て――ポンッ……よし上がった! 平野さん行けッ……――バシッ! ダムッ…… ブロックを抜け、相手コートに鋭く突き刺さるスパイクボール――や、やった! 得意気な笑みを浮かべる平野さんから大谷さんに視線を移す。「大谷さん、トス上手~!」 あたしは思わず彼女に声を掛けた。「えっ、あ、あぁ……ただのまぐれじゃけぇ」 そう言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだ。「高槻さんのレシーブも上手じゃった」「ほんと? 遠藤さん」「いやいや、上手いんはあの角度からスパイク打ち込んだうちじゃろ」 横から平野さんが割って入る。――うむ、確かに。身長のせいかネットギリギリだったけど、素人っぽくないこなれた動き――と、その上から目線……「平野さんって、バレーしてるの?」「あぁ、うち? うん、部活やっとる。あの子、ミホも――今ぁ辞めてしもうたけど元バレー部じゃけぇ、油断しょーたらおえんで」「へぇ……」 そうか。それでミホもあんな自信たっぷりなんだ。「ちょー、あんたらぁ一点取ったぐれぇーでなん盛り上がっとるんっ。ほんまじゃったら時間オーバーで反則じゃけぇな、はよぉサーブして!」 苛立った声で先を促すミホに、ボールを手にしていた今井さんが、んっ、とあたしにそれを投げてよこす。 あ、そっか。ローテーションで、次はあたしがサーブ打たなきゃいけないんだ――ボールを手に後方へと向かう。隣のコートから聞こえてくる賑やかな歓声に視線を向けると、ひと括りにした髪を揺らし、相手コートにスパイクを決める結実の姿が目に入った。 おっ、やるな結実。あたしも頑張らなきゃ! バレーは腕が痛くなるからあまり好きじゃないけど、あたしだって別に運チってワケじゃないんだからねっ。でも、ここは手堅くアンダーハンドで――――バムッ……よし、綺麗に入った! すぐに新ポジションで相手の攻撃に備える。レシーブ、トスと相手コートで順調に上がるボール。そこへミホが高くジャンプして―― 来るっ……――バシッ……ダンッ! 力強く放たれたスパイクが、平野さんの必死のブロックも虚しく遠藤さんの足元に鋭く突き刺さる。……は、速っ。「もちぃーと背ぇありゃーなぁ。エッコ」 勝ち誇ったような笑みを浮かべるミホに平野さんが悔しげな顔を向ける。軽く火花を散らす二人――何か確執でもあるのか? サーブ権を得、時計回りに一つポジションをずらすAチーム。センターに移動したミホが自分を指しながら周りに声を掛けている。どうやら自分にボールを回せと言っているらしい。 相手側から再び打ち込まれるサーブ。力不足かワザとなのか、ネットギリギリに落ちたボールを平野さんがカットする。ライトの山本さんがなんとかトスを上げるも、平野さんの体勢は整わず……緩く返してしまったボールを、Aチーム側はそつなくミホの元へと送り出す。――ダムッ……「きゃっ……」 ミホの強烈なスパイクを腰に受け、思わず声を上げる遠藤さん。「遠藤さん、大丈夫っ?」「う、うん……」 ミホめ~、遠藤さんがレシーブ苦手なのをいいことに彼女ばっか狙って……!「ちゃんと構えにゃおえまーが、遠藤さん」「ごめん……なさい……」 またしてもあっけなくブロックを抜かれた平野さんは、それ以上強く言えずイライラと前に向き直る。 サーブ権を取り返せないまま似たような攻撃に翻弄されるBチーム。さっきからやたらと標的にされている遠藤さんも、なんとかレシーブしようと腰は落とすものの恐怖心から上手くいかず――と思っていたら、そのうちのひとつが彼女の肩に当たり、奇跡的にいい角度であたしの前に跳ね上がった。 トスで回す!? いや―― 踏み出した勢いのまま床を蹴り、腕を振り上げる。――バシッ……、ダンッ…… 咄嗟のバックアタックがAチームの不意を突き、敵側コートに跳ね返る。「やった……!」 あたしたちは思わず顔を見合わせ笑顔を弾けさせた。「高槻さん、すげぇっ」「なかなかやりよるなぁ、あんた」「いや、すごいのは遠藤さんだよ。あの卓越したレシーブ。はは」「あ、あれ、レシーブちゃうけぇ……」 困った表情で肩を擦る遠藤さんに、皆プッと吹き出す。あれあれ? なんだかあたしたち……連帯感っていうの? なんかいい感じじゃない? と、「ちょー、今のんは反則じゃろ! アタックライン踏んどったけぇ」 せっかくの和やかムードをぶち壊すようにミホの怒声が響いた。 えぇっ? 踏んでないでしょ!?「跳ぶときゃー、踏んどらんかったじゃろっ」 平野さんもすかさず言い返す。「審判! 踏んどったなぁっ?」「えっ? えぇっと……」「じゃろ!?」「う……、うん」 審判役の女子が気圧されたように頷くと、ミホはしたり顔で言い放った。「じゃ、うちらが1ポイントゲットっちゅーことで」「はぁっ? ちょっと待ちなさいよっ」 今のはこっちのポイントだろ~っ!――ボムッ…… 反論する隙も与えず強引に続行される試合――納得のいかないまま、こっち寄りに飛んできたボールを鼻息荒くサーブカットする。それを平野さんが左前方にトス――「今井さんっ!」「えぇっ?」 平野さんの気迫のこもった声を受け、今井さんは回されたボールを取り敢えず相手方に打ち返す。敵ブロックを越え、高くボワンと返ったボールは、再びミホのスパイクへと繋げられ、ブロックを試みた平野さんの指先に当たってコート外へ―― はっ、このままじゃ……くっ、落とすかぁ~~っ! ボムッ――スライディングして片手でレシーブ! 微かに起こるどよめき――「ナイスファイッ!」 平野さんが声を上げ、前衛ライトの山本さんがなんとか繋いだボールを相手コートへと打ち返す。レシーブ、トス――またミホか!? 来るっ……バシッ! ……ボムッ。「や……、やった……!」 遠藤さん、レシーブできた! 山本さんがトスするのを見届け、遠藤さんに笑顔を向ける。と、彼女はぐらりとバランスを崩し―― どたっ。「わ、遠藤さんっ」「や……やっと受けれた……」「うん、やったね!」 尻もちをついたまま軽く放心している遠藤さんにクスッと笑みを零し手を差し伸べる。「大丈夫? 立てる?」「う、うん、ごめ……、あッ、危な――!」 photo by little5am
2017.04.29
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――ピーッ……!「はい、みんな集まれーっ」 館内にホイッスルの音が鳴り響き、スパイクだのレシーブだのの練習で痛くなった手首を擦りながら先生の元に歩み寄る。「ちぃーとマラソン大会挟んでしもうたが、まぁみんな基本はできとるみてぇーじゃの。おし! ほいたら今日は試しにAB別れてクラス対抗で試合でも――」「赤松せんせぇ」 話を遮るように手を挙げたのはミホだった。「ん? なんじゃ、杉本」「あのー、うちらまだ試合に慣れとらんけぇ、先にクラスで練習試合したらダメですかぁ? せーからのんがクラス対抗も盛り上がるんじゃねんかなって」 なにミホ、えらく熱心な。「ほじゃのぅ……んー、じゃあクラス対抗はこん次っちゅうことで、今日は別々でやってみるか、コートも2面あるしのぅ。ルールは多少変えても構わんけぇ」 ということで、ミホの提案通りクラス別々で試合をすることになり、あたしたちは指示されたコートの横へと集まった。「18人おるけぇ、リベロなしの3チームに別れよ。じゃあ、こことこーで――」 いつの間にやら主導権を握ったミホが、有無を言わさずA組女子を3つのチームに振り分ける。あたしと遠藤さんは同じチームになった。 にしても改めて意識して見ると、ミホってなんていうかこう、クラスの女王様的な――副委員長だからかもしれないけど、どことなくみんな彼女の意見に流されている節がある。ま、そう気付いたところで、ミホに関係なくあたしは女子に嫌われてるんだろうけど。「試合じゃけど、1セットマッチで先に15ポイント取った方が勝ちいうことにせん?」「ミホ詳しいけぇ、任せるわぁ」「そ? じゃ、まずぁAチームとBチームの対戦っちゅーことで。Aチームがうちら、Bチームが――あんたらぁな」 端の方でぼんやり話を聞いていたあたしを振り返り、ミホがビシッと指を突き付ける。目が合うとミホはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 ……なぜにあたしをダイレクトに指差す。「ほんじゃ、サーブ権はジャンケンで。――エッコ」 ミホに指名され、こちら側にいた小柄な女子がどことなく不機嫌そうな顔つきで前に進み出る。〈……高槻さん、試合やこーどうしょ。うち、ボールもまともに受けれんのに……〉〈大丈夫大丈夫。みんなも慣れてないんだし〉 隣で不安げな表情を見せる遠藤さんの肩をポンと叩き、ちらりとチームの顔ぶれを確認する。 遠藤さんと同じく不安そうにしている色白のぽっちゃりした子に、なんだか覇気のないひょろりと背の高い子、それと――「なんなん、ひとんことジロジロ見て」「や、なんでも……」 しまった。ついまじまじと…… グロスでテカテカ光る唇をつんと尖らす女子に、あたしはへらりと愛想笑いで返す。 シャンプー? それとも香水? ほんのりスパイシーな甘い香りがする。クラスに一人、なんか派手な子がいるなーとは思ってたけど……こうして近くで見ると、明るい茶髪につけまつげに小さいけどピアスまで――校則大丈夫なのかっ?「はぁ、試合やこぉマジてぇぎぃわー。せっかく昨日爪塗り直したとこじゃのに、ちっ。――あぁ、あんた、うちんことアテにせんとってな」「は、はぁ……」――プッ、Bチーム終わっとるな。ミホナイス。クスクス…… ナイスって……このチーム分け、ワザとか!? そうこうするうちに、ジャンケンに負けたらしい小柄な女子がボールを持たずに戻ってきた。「役割は特に決めんとローテーションで回ってきたとこそれぞれ頑張るっちゅーことんなったけぇ。取り敢えず最初のコートポジションはうちが決めさせてもらうわ。じゃあ――」「平野さん、うち後ろでええわぁ。ふあぁ~……」「ちょ、今井さんっ」 欠伸をしながら後衛に向かう、やる気の微塵も感じられないギャル系女子。彼女のマイペースぶりはいつものことなのか、小柄女子は溜息交じりに肩を竦めこちらに向き直る。「んじゃ山本さん、背高いけぇフロントセンターで。せーで、そん後ろが大谷さん」 言われるがまま、背の高い女子はふらりとネット前に、ぽっちゃりした女子は自信なさげな様子でバックセンターに立つ。残るポジションはフロント両サイドとバックライト。「ほんじゃあんた――高槻さん、フロント向こう側入って、うちレフト入るけぇ。遠藤さんは後ろな」 ほっと僅かに表情を緩める遠藤さん。――点を取ってサーブ権を得たチームは、その都度時計回りに一つずつポジションが移動する。ってことは、相手チーム始まりの試合の場合、最初にバックライトの位置だとサーブの順番は一番最後に回ってくるということで……サーブ苦手だって言ってたもんね。あたしは遠藤さんに小さく笑いかけ、指示されたフロントライトへと足を向けた。 位置につき顔を上げると、すぐ目の前――敵意剥き出しでこちらを睨みつけるミホとネット越しに視線がぶつかった。先程の屈辱を思い出し、あたしも負けじと睨み返す。 審判役のCチームの一人が試合開始の合図を出すと、ボムッ……Aチームサーバーがアンダーハンドで打ったボールが大きく弧を描くようにこちら側に飛んできた。 お、受けやすそうなボール! 頑張れ後衛!――ボンッ、ボン、ボン……コロコロ…… へ? しーーん……。「ちょ、ちょー今井さん! なんボーッと見とるん!?」 小柄女子――平野さんが声を張り上げる。「はぁッ、うち? 今のんは大谷さん寄りじゃったじゃろ」「えぇっ、う、うちっ……?」「どっち寄りとかじゃのーてっ、もっと積極的に動いてくれにゃあおえまーが、二人とも!」――プッ、クスクスクス…… 失笑の中、再び繰り出される敵方サーブ。大谷さんがつんのめりながらも片手で辛うじて受けたボールは変な角度でこっちに飛んできて、あたしも構える余裕なく咄嗟に片手で打ち上げる。 は、しまったっ…… トスが決まらず、ふわりとネットを越えてしまったボールに敵前衛がすかさずジャンプする。山本さんが慌てて手を伸ばすも間に合わず、ボールはあっけなくこちらコートへと打ち込まれてしまった。「ちゃんとブロックしてぇな、山本さんっ」「あぁ~ごめん。でもうち、背ぇ高ぇいうても別にジャンプ力あるわけでもねぇし……」――ププッ、クスクスクス……「あ~もっ……後ろ、大谷さんも! すぐフォロー!」「ご、ごめん……」 平野さんの剣幕に大谷さんは益々委縮する。 そんなにきつく言わなくても……たかが授業の一環の練習試合に、なにピリピリしてるんだか。「大谷さんごめんね。せっかくのレシーブ、あたしが上手くトスできなかったから……」「え……」 きょとんとあたしを見返す大谷さん――の横で、平野さんがフンッと鼻を鳴らす。「ほんまじゃ、あんたがちゃんと回してくれんけぇ」 ……ムカ。 ネットの向こうでは、ミホがクックッと肩を揺らし笑っている。 むぅ~~っ、たかが――なんて言ってる場合じゃない! 見てなさいよ、次こそはっ! photo by little5am
2017.04.22
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3時間目の体育はB組女子と合同でバレーボールをやるらしい。 ということで、あたしは遠藤さんと肩を並べ体育館へと向かっていた。廊下から見る空は、分厚い雲に覆われながらも今のところなんとか降らずにもっている。「……委員長の念力、効いてるな」「え?」 体操着袋を胸に抱えた遠藤さんが、きょとんとあたしを見つめ返す。「や、なんでも、はは。――にしてもバレーボールかぁ。あれってさー、次の日すっごく手首痛くならない? あ~ぁ、先週だったら見学できてたのに。ちぇっ」「ふふ……うちもほんま苦手。ボールこっち飛んでったらどうしょー思うもん。サーブもよう入れんし……。でも、風邪すっかりようなってえかったね」 以前とは明らかに違う柔らかい表情を見せる遠藤さん。そんな彼女の変化を嬉しく思いながら、「うん、ありがと」あたしもにこりと微笑み返す。 そのうち女子更衣室に辿り着き――漏れ聞こえる甲高い笑い声に一瞬怯みつつ、気持ちを奮い立たせドアノブに手を掛ける。途端、静まり返る室内、そしていつもに増して突き刺さる冷ややかな視線――ま、2クラス分の女子がいるんだし、そりゃそうだよね……って、納得する自分もどうかと思うけど。でも、こういうのにはもう負けないんだ。「遠藤さん、奥行こっ」「う、うん……」 緊張した面持ちの遠藤さんに明るく声を掛け、先を促す。と、「嫌われもん同士で仲のええこと……」 どこからかぼそりと嫌味な声が――それに合わせ、室内にクスクスと嘲笑の波が広がる。 なんとか眉をひそめる程度に感情を抑え、着替えをする女子の合間を縫って進んでいると、短いスカートから肌も露わに伸びた脚が不意にあたしたちの行く手を遮った。 ハッとその脚の主に目を向ける。ミホだった。その横には、こちらに目もくれず淡々と着替えを続けるカズエの姿もある。「ちょっと、なんなの」 ミホはこちらに向き直ると、手を腰に居丈高に言い放った。「奥ぁ空いとらんけぇ。そうじゃ、いっそんこと廊下で着替えりゃえんじゃねん? ふふ、あんたにたぶらかされとる男子らぁも鼻の下伸ばして喜びょーるわ」「た、たぶらかすって――」「あ、おえん。今日は男子、武道場で柔道じゃ言よーたっけ。あ~ぁ、せっかくじゃのに残念ななぁ」――クスクス…… あまりに呆れた物言いに二の句が継げずにいると、「紗波、こっち」奥の方から声が上がった。視線を移すと、女子の間に険しい顔つきでこちらを手招く結実の姿が見え―― 結実が助け船を出したことに意表を突かれたのか隙を見せるミホの横をするりと抜け、遠藤さんの手を引き奥へと進む。「ここ使い、紗波」「ありがと、結実……」「空いとるん、ひとつだけじゃけど」 気遣うような表情を見せていた結実がチラリと冷たく遠藤さんを一瞥する。「? あぁ、うん大丈夫、一緒に使うから――で、いいよね? 遠藤さん」「……うん」 遠藤さんはか細い声で答える。と、「結実、あんたいつからそっち側なったん」 女子の間を抜け、ミホが苛立った様子でこっちに近づいてきた。一呼吸置き、結実がキッと顔を上げる。「そっち側もなんも――あんた、ようもそねんやっちもねぇことばー言えるわな。男子の前だけ可愛コぶってから、この二重人格」「なっ……!」「あんたらもじゃ。みんなして陰でヒソヒソ、みっともねぇー思わんの?」 いきり立つミホの横で、女子数人がバツが悪そうに目を伏せる。「結実、あんたも最初一緒んなって言よーたがぁ!? うちらにエラそう言えるん!?」「そりゃ……、まだ、この子んことよう知らんかったけぇ……」 怯む結実に、ミホは容赦のない口調で言い返す。「で? 自分は他とはちゃうって? ふっ、なん急にええ子ぶって。そーゆーのん偽善者っちゅーんじゃ」「ハァッ?」「そーやって油断しょーたら、あんたの亘もどーなるかわからんでなぁ。この子と仲ええみてぇじゃし? ふっ」「なっ……なんよんなら、あんたっ」「ちょっと、どういう――」 さすがに聞き捨てならない言葉にあたしも思わず口を開きかける。と、不意に、「高槻さん、そんなんちゃうけぇ……!」 感情を爆発させたような声が、鋭く室内に響き渡った。「え、遠藤さん……?」――え、今の声……さやえんどう? 微かなざわめきに包まれる更衣室――一斉に向けられた視線にたじろぎつつ、遠藤さんは必死に続ける。「たっ……高槻さんは、転校してきたばーで大変じゃのに――じゃのに、うちのこといっつも気に掛けてくれとって――、そこにおらんみてぇに、空気みてぇに思われとったうちのことを、いっつも――、そ、そねーなこと今までねかった……」 遠藤さんは伏せていた顔をグイッと上げると、顔を真っ赤にして一気に言い放った。「う、うちゃーどねん言われようが構わんっ、じゃけど高槻さんのこたぁ悪ぅ言わんといて……!」「遠藤さ……」 マラソン大会では、カズエに対し少し感情的になる彼女を見たけど……でも、こんなに大勢の前で―― 驚きとともに胸に熱いものが込み上げる。みんなもそんな彼女を見るのは初めてなのか、面食らったようにぽかんとしている。「ふ、ふんっ。なんなら! えれー強気んなって――」 ミホが体面を保とうと慌てて口を開いたその時、――こらぁーっ、とーにチャイム鳴っとろーがっ! いつまで着替えとるんじゃあ! 扉の外から体育教師の怒鳴り声が聞こえてきた。「マジっ?」「おえんっ、赤松キレとるっ」 ロッカーの扉を勢いよく閉め、皆バタバタと慌ただしく更衣室を飛び出していく。ミホも露骨にフンッと顔を反らし、あたしたちの前を去っていった。「結実――」 体操服に首を通しながら、横に立つ結実に声を掛ける。「さっきはほんとにありがとう……でも――」 嫌われているあたしのことをあんな風に庇って、結実は大丈夫なんだろうか――それが気掛かりだった。何を言おうとしているのかを察したらしい結実は、あたしの肩にぽんと手を乗せると、「まさか、うちにあれを放っとけって? そんなん女が廃るじゃろ。うちが我慢できんわ」 ニカッと歯を見せて笑った。「結実……」「なぁ結実、うちらもはよ行こっ」 なにやら見覚えのある子が結実を急かす。確か――そう、女子トイレで結実のことを弁護していたあの子だ。「じゃ、先行っとくけぇ。紗波も急いでな」 その子の他に二人、友人らしき女子生徒とともに結実は更衣室を出ていく。あたしは少しホッとしながらそれを見送ると遠藤さんに向き直り、スカートのホックに手を掛けている彼女にガバッと抱きついた。「遠藤さんもありがとっ」「わっ……た、高槻さ……」 あの遠藤さんが……みんなの前で、あんなに必死にあたしのことを―― 再び熱いものが込み上げ、あたしは慌てて瞼を瞬かせる。身体を離すと、ずり落ちた眼鏡もそのままに、顔を真っ赤にしてあたしを見つめ返す遠藤さんがいた。「ごめんごめん、つい嬉しくて……」 黒縁眼鏡をそっと指で直し、ふふっと照れ笑いで返す。「っと着替え、急がなきゃ!」「う、うんっ。あ、高槻さん体操服、前後ろ逆……」「え、ウソ! 時間ないのにっ」「……ぷっ」「もーやだぁ、……ぷふっ」 大笑いしそうになるのを堪えながら急いで着替えを済ませ、あたしたちは更衣室を飛び出した。 photo by little5am
2017.04.15
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ちくわのハチマキに黒ゴマの目、トースターで焼いたマカロニを口元に挿し込んで――ハイ、くるんと足を巻いたお茶目なタコさんウインナーのできあがり、と。それをサニーレタスのベッドにのせて――「可愛いっ。紗波ちゃん、ほんと上手~!」 こういう定番おかずも入れとかないとね。「お友達のお母さん、早く病気が治るといいわねぇ。確かにコンビニばかりじゃ味気ないもんね。でもその女の子も、紗波ちゃんみたいにお料理が上手だったら自分でぱぱっと作れちゃうのに……」「ハハ……」 お弁当を作ってあげてる相手は料理が苦手な女友達なんかじゃなくて、ほんとは委員長なんだけど――若干後ろめたく思いながら取り敢えず笑ってごまかす。 だって委員長にああ豪語した手前、作っていかないワケにはいかないし? で、変に思われない言い訳考えてたら、なんかそういうことに……「紗波ちゃん、ほんとは男の子に作ってあげてるんだったりして。きゃっ」 ぎくり。「そ、そんな、違いますよ」 いや、違わないけど……っていうか! あたしはただ、委員長をぎゃふんと言わせたいだけであって、決してそういう意味合いのものではっ……「ふふっ。でも、昨日いろいろ買い込んでると思ったらこういうことだったのねぇ。っと、紗波ちゃん、私もタコさんウインナー作ってみたんだけど……くすん、焦げちゃった」「っ……!?」 まるで、不時着炎上したUFOから回収された宇宙人……。「ま、まぁでも、これはこれで香ばしそうっていうか、ハハ……。ところであのー、なんか大きめの包むものありましたっけ?」「えーと……、ちょっと待ってね。見てくる」「はい、すみません」 と、その隙にこの丸焦げ宇宙人二体はパパのお弁当箱に……ぐいぐいっ、と。「はい、コレ。わー、紗波ちゃんのお陰でかつてない豪華なお弁当に! お友達も圭一郎さんもびっくりするでしょうねっ」「ですかね~。ハハ……」 ふ~、お弁当作るのってこんなに大変だったっけ? でも、これできっと疑いも晴れるはず! ふんっと鼻息荒くお弁当包みを締め上げる。 見てなさいよ、委員長ぉ~~! 今にも雨が降り出しそうな、どんよりと曇った灰色の空―― せっかく作ったお弁当、無駄になっちゃうかも……怪しげな空を気に掛けつつ、学校へと続く坂道を自転車を押しながら上がる。 そうだ、もう梅雨入っちゃったし……雨で屋上に行けない日も多くなるよね――そう思うとなんだか寂しい気もする。どうやら屋上ランチは、穏やかとは言い難い学校生活を送っているあたしにとって、いつの間にやら唯一ホッとできる癒しの時間となってしまったらしい。そんなことに改めて気付かされながら自転車置き場に自転車を停め、荷物を手に高等部校舎へと向かう。と、「あのっ……た、高槻さんっ」 玄関口で不意に誰かに呼び止められ、あたしは訝しく後ろを振り返った。 あ。たまに廊下で見かける、確か隣のクラスの――あたしに何の用? が、相手の男子は声を掛けておきながら目も合わせずに、なにやらもじもじと言いあぐねている。「? なに?」 はっ。スカートがめくれてるとかっ? 慌てて後ろをチェックしていると、ようやく男子が口を開いた。「か、風邪……ようなったんじゃな。マスク外れとる……」「へ? あ、風邪――、はぁ、お陰さまで……」 別にこの男子に何をしてもらったワケでもないけど、心配してくれてたみたいなので取り敢えず頭を下げておく。「――――」「? えぇ、っと……、じゃぁ……」 首を傾げつつ踵を返そうとするあたしを、「ちょ、ちょー待ってっ……」 またも男子は慌てて呼び止める。 なんなの?? 登校してきた生徒の視線が痛いんですけどっ。「あの、あたしに何か……」 眉を寄せるあたしに、男子は大きく息を吸い込み……「きょっ、今日のほーか――」「うぃっす、高槻っ!」 と、いきなり目の前に委員長の顔が――「なっ……び、びっくりするじゃん、もぅっ」「こねんとこでなんしょーる。おめぇ、今朝来たらソッコー職員室来るよう、村田に言われとったじゃろーが」「え? そうだったっけ?」 はて。全く覚えがないんだが。「ほうじゃ、なん忘れとる。ほれ行くぞっ」「ちょっ……、あ、ごめんねっ。そういうことなんで、あたしちょっと――」「あっ、高槻さ――」 委員長に腕を引っ張られ、慌ただしくその場を離れる。「急いだ急いだ」「ま、待って靴がっ……」 何をそんなに――ってか、みんな見てるっていうのにっ。「ちょ、待ってってば!」 2階まで無理やり階段を上らされたところで息が切れ、あたしは堪らず腕を振り払った。「はぁ、はぁ……、ね、ちょっと、ほんと記憶にないんだけど、あたし――」「あ、そうじゃ。すぐ来るよう言われとったんは俺じゃった」 委員長がとぼけた声でポンと手を打つ。「は、はぁ~っ!?」 息も乱さずしれっと言い放つ委員長に、あたしは呆れた声を上げた。 な、なんなの一体っ? しかも、こんな無駄に目立つことしてっ。「まぁまぁ、ちぃと勘違いしただけじゃ。――おっ? せーって、ひょっとして……」 と、委員長が見下ろしているのは、あたしが手にしている二人分のお弁当が入ったナイロン製のトートバッグ。「あ、コ、コレは――」 きょろきょろ辺りを見回し、小声で返す。〈そうよ、作ってきたわよっ。疑いを晴らすためにねっ〉〈マジか!? ……っしゃ!〉 なに、そのガッツポーズ……。料理の腕、疑ってるんじゃなかったっけっ?「ま、お昼まで天気がもったらの話だけど」「ふむ。んじゃ俺の念力で。ふぬぅ~……」 と、今度はにんにんポーズで念力を飛ばす委員長。「よし。これで大丈夫じゃろ」「……効くのソレ」「フッ。ほいじゃ俺ぁ、こっちじゃけぇ」 職員室の方を親指で指し、委員長は軽やかに踵を返す。〈あー、やっとまともな昼メシにありつける。楽しみじゃのぉ……〉 は? 今なんて?「ちょ、ちょっとっ……」 え、もしや最初からそういう――じゃあなにあたし、委員長にまんまと乗せられたってワケっ? 5時半起きで気合い入れてお弁当作ったあたしって……。な、なんなのもう、信じらんないっ! でも、さっきの――、一体なに言おうとしてたんだろう? 中途半端なまま残してきた男子生徒の顔をふと思い浮かべ、首を傾げる。「ま、いっか。……にしても委員長め」 お弁当の入ったトートバッグを一睨みし、あたしはブツブツぼやきながら教室へと向かった。 photo by little5am
2017.04.08
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翌朝―― レースカーテンから漏れる日射しの眩しさに目が覚めたあたしは、「うっ……」 部屋に充満する鼻を突く匂いに、ベッドから飛び降りるようにして窓際へと駆け寄った。 格子窓と網戸を急いで開け、「ぷっは!」顔を出して大きく息をつく。 そうだ、昨日―― サイドテーブルに置かれたトレイに目を向ける。 長谷部のおばあちゃんが届けてくれたタマネギ――教えてもらった通り、半分に切って横に置いて寝てみたけど……くんくんっ……うぅ、自分がタマネギ臭い……。でも、アレ? あんなにしつこかった咳が……止まってる? そういえば、夜中に咳き込むようなこともなく…… 久し振りにぐっすり熟睡できたからか身体がすごく軽い。市販の咳止めもあんまり効果なかったのに、侮りがたし民間療法! あたしは咳から解放された嬉しさに、射し込む日射しの中大きく伸びをした。「うっ、くさ……」 咳が治まったのはいいとして、この部屋の匂いなんとかしないと――他の格子窓も急いで開けていく。と、不意に、「紗波ちゃーんっ、おはよーっ」 外から大きく声を掛けられ―― 窓の下を覗くと、こんな朝早くからどこへ行くのか、鞄を肩に掛けた彩香さんが元気いっぱいあたしに手を振り立っていた。「あ、おはようございますぅ……」 乱れた髪を手櫛で整えながら、へらりと返す。「よく眠れた? 熟睡してるみたいだったから起こさなかったの。朝ご飯、一応用意したんだけど、すっかり冷めちゃって……、食べるの無理しないでね」「へ……」 そういえば、いつもより随分と日が高いような? トレイの後ろの目覚まし時計に目を遣ると――「えッ、10時回ってるし……!」 12時間も寝てしまった……。土曜とはいえ、どんだけ熟睡。「えぇっ、と……どこかにお出かけですか?」「うんっ。ほら昨日、車の話してたでしょ?」 あぁ……と、昨夜夕食時の会話をぼんやり思い返す。 えーと、何だっけ。教習所の講習が終わったことを知ったパパが、車はどんなのがいい? って彩香さんに訊いてて……、じゃあ彩香さん、教習所帰りにいつも目にしてた中古車センターの車がいいって――黄色の軽自動車だっけ? その車に一目惚れしたとかなんとか……でも、新車じゃないからってパパ、反対してたよね? と、遅れてパパが庭にやってきた。「なんだ、ここにいたの。――あ、おはよう紗波! よく寝てたなぁ。風邪もいい加減抜けたんじゃないか?」「おはようパパ。うん、もうすっかり」「そうかー、よかった」 ホッとしたように表情を緩めるパパ。「――昨日言ってた車、見に行くの?」「ああ、取り敢えず見るだけ見てみようかってことになってさ。ふぅ」 肩を竦め溜息交じりに答えるパパに、彩香さんは軽く口を尖らせる。「だって、もったいないもの新車なんて。慣れないうちは絶対どこか擦っちゃうに決まってるし……。それにね、前を通るたびあの黄色の軽ちゃん、『僕のこと買って~』って、寂しそうにこっちを見つめてくるんだもの」「僕――、男っ!? あ、いや、コホン……。でもひょっとしたら、とんでもない事故車かもしれないよ? 少しでも怪しかったら諦めてもらうからね。わかった?」「はぁ~い!」 手を腰に当て、諭すような口調で言うパパに、彩香さんは元気よく挙手で応える。 なんか……先生と生徒? 彩香さん、髪を切ったから余計に仕草が――下手したらあたしの方が年上に見えそうな……。「――ということで、ちょっと行ってくるよ紗波。お昼過ぎには帰れるんじゃないかな」「急がなくていいよ。ゆっくりしてきて……」「何か美味しいもの買ってくるね、紗波ちゃん!」「いってらっしゃい、気をつけて――」 小さく手を振り返し、窓枠にもたれるようにして二人を見送る。 昨日に引き続き、梅雨とは思えない真っ青な空の下、手入れの行き届いた庭で咲き乱れる初夏の花々――冴えた青色が美しいデルフィニウムに淡い紫色のカンパニュラ、カラフルに咲き誇るルピナスの周りにはマーガレットやポピーが可愛らしく風に揺れている。 唯一梅雨を感じさせるのは、庭の外れにこんもりと繁る、青く色付き始めた大きな紫陽花――その陰に、仲睦まじく微笑み合う二人の姿が消える。――『ねぇ、知ってる圭ちゃん。スターチスの花言葉……』―― ママ―― パパってもう、ママのこと忘れちゃったのかな…… 二人のいなくなった庭から、木々の向こうに広がる青く輝く海へと視線を移す。 この世のあらゆるものは、全て移ろいゆく。人の心も何もかも…… でも、あたしは、あたしだけは――「ずっと変わらないからね、ママ……」 photo by little5am
2017.04.01
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