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「……制服?」「ほれ、マラソン大会の日――あんた制服、誰かに隠されたんじゃろ? あれ、ミホらぁじゃと思うわ。着替える時、なんじゃ笑いながらコソコソやりょーたもん」「え、それほんとっ?」 あたしは一瞬頬の痛みを忘れ、平野さんに訊き返した。「大方ミホが言い出したんじゃろ。つるんどる子らぁ結構言いなりじゃけぇな。ま、でも無傷ですぐ見つかってえかったなぁ。ほれ、ようあるじゃろハサミでジョキジョキって、ドラマやこーで。どうやらミホもそこまでの根性はねかったようじゃな。はは」 無傷……。 踏みつけられてトイレのゴミ箱に捨てられてたんだけど――ってことは言わないでおこう。なんだか情けないし。ってかミホめ! よくもそんなくだらないことをッ! 今度はあたしが拳をぷるぷる震わせていると、平野さんはチラリとこちらに視線をよこしフッと小さく笑った。「あんた、もっとツンケンしとるんか思よーたけど意外に話しやすいけぇ、いらんことばーいっぺえしゃべってしもうたわ。痛ぁてそれどころじゃねぇのになぁ、ごめんごめん。――真弓先生、すみませーん」 カラリと保健室の扉を開け、平野さんはあたしの腕をとり中に引き入れる。「はいはい――あらっ、高槻さん? なに、また怪我しちゃったの?」「はいぃ、バレーボールが顔面に……」「せーがまた、念のこもってそーな強烈なスパイクで」 平野さんが横から付け加える。「あらら……。ちょっとここ座って」「スミマセン、度々……」 丸椅子に腰掛け頬から手を離すと、先生はじっと右目を覗き込んできた。「充血……してないか。目の方は大丈夫みたいね、よかったわ。でも、ほっぺが真っ赤――ちょっと待ってて」 衝立の向こうでザクザクと氷をすくうような音がして暫くすると、真弓先生は小龍包のような形をした手のひらサイズの青い袋を軽く振りながらこちらへと戻ってきた。「はい、真弓特製スペシャルブレンド氷のう。絶妙な柔らかさと冷え具合でしょ?」 蓋の付いたへんてこな形の氷のうを興味深く受け取り、ジンジン痺れて熱をもった頬にゆっくり押し当てる。「わ、気持ちい~……」「でしょー、ふふ。でもちょっと青く残っちゃうかもねぇ。取り敢えず暫くはそれで冷やして――あら、足も擦りむいてる。んー、あの絆創膏がよさそうね」「あっ、たいしたことないんで、これで――」 あたしはポケットをゴソゴソ探り、今井さんからもらったド派手なピンクの絆創膏を取り出した。「? あっちの方が早く治るのに?」 先生がきょとんとした顔を向ける。「クラスの子がくれて、せっかくなんで……」「あんた、律儀な性格じゃなぁ」肩を竦める平野さんに、「だって……ちょっと嬉しかったんだもん」 あたしは少し照れながらぼそりと返した。「ふっ、わかったわ。じゃあ、取り敢えず水で洗ってから軟膏でも塗って――」 先生にてきぱきと擦り傷の処置をしてもらい、ペタリとピンクの絆創膏を貼りつける。「なんかギャルっぽい。ふふ」 たかが絆創膏一枚――でもそれは、ようやくクラスの一員として認めてもらえたかのような……そんな小さな喜びとちょっとした安堵感をあたしにもたらしてくれたのだった。「このままもう暫く冷やしてた方がいいわねぇ。平野さん、授業に戻って先生にそう伝えてくれる?」「あ、はい」「……平野さん、ありがとう。怒ってくれたの、嬉しかった」 痛む頬を押さえ、なんとか笑顔を作る。「や、うちゃーミホのやり方が――」 平野さんはそう言い掛けてふと口をつぐむと、あたしから視線を逸らし、もごもごと続けた。「うち、バレー以外のこたぁどーでもええっちゅーか……、じゃけど、ちぃーとばー目ぇ向けりゃー見えてくるもんがあるんじゃな……」 平野さん……「ほ、ほんじゃうち戻るけぇ、お大事にっ」 そのまま目を合わせることなく、平野さんはバタバタと慌ただしく保健室を出て行ってしまった。「――着々と誤解が解けていってるようね」 真弓先生がくすりと柔らかい笑みを向ける。「です……かね」 あたしは視線を落とし、右膝で派手に存在を主張している絆創膏を軽く指でなぞった。 目を向ければ見えてくるものがある―― あたしこそ、一方的な思い込みに捉われすぎていたのかもしれない。 頬に感じる氷のうの冷たさとは裏腹に、心はほんのりと温かくて……腹立たしいこの頬の痛みも、なんだか悪くないような気がしてくるのだった。 photo by little5am
2017.05.05
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え? と振り返ったと同時に、バシンッ……!! 顔面に激しい衝撃を受け、あたしは弾かれたように床に倒れ込んだ。「……ッつ」「たっ、高槻さんっ……」「ちょっ、あんた大丈夫っ?」 いッッ、たぁ~……な、なに、ボール? いてて……「目ぇ当たったんっ? ちょー見してんっ」「だ、大丈夫……うん、はは……」 むくりと上半身を起こし、覗き込む平野さんにひきつりながらも笑顔で返す。視界が滲んでるのは涙のせいだ。うぅ~、右頬がジリジリと焼けるように痛い……「高槻さんごめんっ、うちがいらんこと言うたけぇっ……」「や、遠藤さんのせいじゃ――、つつ……」「ちょー、ミホ! この子後ろ向いとったのにワザと狙うたじゃろ!」 キッとミホを振り返り、平野さんは語気を荒げる。「なんなら人聞きのわりぃ。たまたまじゃ」 ミ、ミホかっ……くそ~、狙ったな!? と、「紗波っ!?」「おいおいおい、どねんしょんならA組!」 異変を感じた結実、そしてB組コートの審判をしていた赤松先生が慌ててこちらに駆け寄ってきた。「高槻さんの顔にボール当たって――」「なん、そりゃおえん! どれ見してみぃ。――あぁ、あこーなってしもうとるがぁ、でーじょーぶか目の方は」「で、でーじょーぶです……」 いや、なに方言うつってんだあたし。「どねーしょーたんじゃ、んん?」「コケた遠藤さん起こそうとしょーた高槻さんに、杉本さんのスパイクが――」 非難じみた平野さんの視線を辿り、赤松先生が訝しげにミホを振り返る。「え、そんなうち……ただボール打ち返しただけでわざと当てたんじゃ――、赤松せんせぇ、うちのこと疑うんですかぁ? くすん」 な、なにカワイ子ぶってんだかっ。「コホン。ま、まぁ、あれじゃ。練習じゃいうても点が絡みゃー熱ぅなるんはしゃーねかろーで、のぅ。えぇっと、A組の保健係は、と――」「……うちですけど。保健室連れて行きます」 あっさり丸め込まれた赤松先生を不甲斐無く思ったのか、平野さんがぶすっと不機嫌に答える。「お、おぅ。ほんじゃあ頼まぁ平野、早う連れてって顔冷やしたってくれ」「や、あの、ひとりで行けるんで――」 立ち上がろうとするあたしの腕を平野さんが掴む。「遠慮せんでもええがぁ。うち、そーいう係じゃけぇ」「平野さん……」「あ、紗波、足も擦りむいとる」 結実に言われ視線を落とすと、右膝からうっすら血が滲み出ていて――どうやらスライディングした時に擦りむいてしまったらしい。と、「そねん気張らんでもええのに。……ほれ」 ヒョウ柄の派手なピンクの絆創膏がすっと目の前に差し出され―― え、今井さん……? 意外な思いで彼女を見つめ返す。「貼っとかれぇ、そこ」 つっけんどんな口振りながらも、派手なその目元には僅かに親しみのようなものさえ滲んでいる。「あ、ありがと……」 あたしは少し戸惑いながら、ツヤツヤとマニキュアが光る指先からそれを受け取った。「行こ、高槻さん」「あ、うん」「よう冷やさにゃーおえんで、紗波」「高槻さん……」 心配げな表情を見せる結実と遠藤さんに軽く笑い返し、平野さんに連れられ体育館を後にする。「――あんた、大丈夫?」「まぁ、なんとか……。いっそ誰かわからないくらい顔が腫れてくれたら、逆に過ごしやすかったりするかもね。ふっ……いてて」 冗談交じりに言ったら、ちょっと複雑な顔で返された。「あんたの存在って、あんたにそねんつもりのーても知らず知らずのうちみんなんこと刺激してしもうとるんじゃわ、きっと」「はぁ、刺激……」「うちゃー中高一貫じゃけぇ代わり映えせんじゃろ? そけぇ都会からの転校生じゃ。あんた見た目もええしなぁ。ま、そーゆーことで男子も浮かれ気味じゃし? 女子らぁからしたらいろいろ面白うねぇとこへあの柊哉まで――あんたんことえろー気に掛けとるがぁ?」「え、や、それは……」 口ごもるあたしを特に気に留める風もなく平野さんは続ける。「今朝もあんた、B組の井上に声掛けられとるとこ柊哉割って入りょーたじゃろ」「井上……あぁ、朝の――、見てたんだ」「うん、たまたま。ってか、プッ……なんじゃあれ井上、テンパってひょんなげな顔して。大胆に人前で告るぐれぇなら、いっそんことバシッと男らしゅうキメりゃあええのに」「え? コク――、えぇっ?」「いや、アイツにそねーな男気ねぇわなぁ。あぁあれじゃ、放課後にでも告ろう思うて段取りつけようとしょーたんじゃわ」 え、マジ……で? いやいや、何かほんとに用があったのかも――って、何の用があったんだって話だけど……。「じゃーけど見とったんがミホとかじゃのーてえかったなぁ。ミホの柊哉狙いは周知の事実じゃけぇな。ふっ、副委員長選ぶ時のあの必死さいうたら……前もってどんだけ根回ししょーたか。最後にゃもう、半分脅し入っとったけぇな。ほんま上辺にコロッと騙されとる男子らぁも憐れっちゅーか……」 平野さんは呆れたように肩を竦めた。 なんか、本人が言ってた話と違う気が……。ま、どっちがほんとかは考えるまでもないけど。「まぁうちも? 柊哉のこたぁ、でぇれイケとるたぁ思うんじゃ。けど、うちゃー今バレーに青春の全てを捧げとるけぇなぁ。あっ、そうじゃ、あんたも一緒にバレーやらん? なかなか根性あって筋もよさそうじゃし」「えっ、や……スポ根ってタイプじゃないんで、あたし。遠慮しときます……」 頬を押さえ、へらりと苦笑いで返す。「なんじゃもったいねぇ、ええもん持ってそうじゃのに。はぁーあ、うちももちぃーと背ぇありゃーなぁ。こればっかはどねんしょーも――っちゅーか! 途中で部活投げ出したミホにだきゃー言われたぁねぇんじゃけどっ」 ミホの言葉がよみがえったのか、平野さんはぷるぷると拳を震わせる。「あの子、上級生よりゃー自分のがうめーのに今更球拾いじゃ基礎練習じゃバカらしい言うて……ま、練習きちぃーて辞めたんもあるんじゃろうけど。今じゃほれ、あの調子でうめーこと猫かぶって男子バレー部でチヤホヤされながらマネージャーやりょーるわ。あの子、他人より優位に立っとかんと気ぃ済まんのんよ。じゃけぇ、うちがレギュラーなったんも気に食わんのんじゃ。うちじゃて耐えに耐えてやっとこさなれたっちゅーのに――」 平野さんは日頃の鬱憤を吐き出すかのように言い募った。 成程、二人のどことなく剣呑な雰囲気はそういうことだったのか。そういえば朝練で忙しいとかなんとか――男子バレー部のマネージャーで、ってことね。ふ~ん……「せーじゃけぇ、ミホはあんたんことも鬱陶しゅーて仕方ねぇんじゃろ。そういや、あんたの制服じゃって――」 photo by little5am
2017.05.04
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