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沖縄は梅雨の晴れ間。日差しが戻ってきた昨日、ふと思い立って今年初の海水浴に行ってきました。湿度が低いせいか最高気温27度でもそう暑い感じはしませんが、窓を閉め切った車内はさすがにむんむん。即エアコンを入れました。昔、結婚する前のカミさんと一緒に電車でプールに泳ぎに行ったことがあり、そのころは(信じられないかもしれませんが)阪急電車の車内には冷房がなく、数駅乗っている間に体がどんどん暑くなって汗が出てきたことがあったのを思い出しました。でもこれからプールに行く二人にはそれがかえって心地よく「もっと暑くなれ~」と言っていたものです。時代は変わって今ではそんな気持ちにはなりません。昨日は家から車で10分あまりの「波の上ビーチ」へ、冷房をガンガン利かせた車で今年初泳ぎに行ってきました。平日にもかかわらず駐車場はほぼ満車。ビーチにも数百人が押し寄せていました。といっても海に入っているのは数十人程度。ほとんどが甲羅干しをしたり波打ち際で戯れたりする人たちで、体を灼く気も寄せる波で遊ぶ気もない私には幸い。ただし、本格的にビシバシ泳ぎたいというわけでもありません。人から離れてぷかぷか浮かび、気が向いたらふわりふわりと手足を動かして移動する。私の海での過ごし方はたいていこれ。あまり人が来ない、足のつかないところで浮くだけならいくらでも浮いていることができます。ただ昨日は引き潮だったのでハブクラゲネット近くまで行っても足がつき周りが無人という状況ではありませんでした。それでも波打ち際に比べ人の少ないネット際でゆったりと思う存分ぷかぷか。1時間弱泳いだ(浮かんだ)後シャワー。駐車場代が200円、シャワー代が100円。合計300円の安いレジャーでした。
2025年05月31日
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昨日の大雨も通り過ぎ、沖縄はいい天気。さっき外出時に車の外気温計を見ると30度でした。おかげで庭の作物は順調に生長しています。バナナは雄花を切り落としたのでますます大きく、太くなってきています。6月に一度奈良に戻りますが、バナナの熟す時期を見てまた早めに沖縄に帰ってくるつもりです。以前どうしても沖縄に帰ってこられなくて、どんどん熟しそして朽ちていくバナナをリモートカメラで見ていたことがありました。あれは悲しく切なかったです。マンゴーも雨の降る前に袋(ネット)をかけましたが、二日でまた大きくなっているような感じ。感じだけかもしれないけど。何となく赤みも増しているかな(希望的観測)。去年の実績からすると収穫時期は6月中旬~7月初めなので、その時期は何があっても沖縄にいるようにします。こっちは裏庭に植えているためリモートカメラで見られないので余計に心配です。そして、キッチンガーデンではたった2日でネギのこの伸びよう。この調子でどんどん大きくなっていくのかな。奈良に戻っているときに世話ができなくなるので(水やりをするぐらいですが)、その前に植木鉢に移して外に出しておきます。でもまだしばらくは屋内で毎日の生長を楽しませてもらいましょう。命あるものの、日々の変化を愛でるのは楽しいです。
2025年05月30日
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「相互関税」に続いてハーバード大学などに対して圧力をかけるトランプ政権。超短期的には岩盤支持層の要請に沿った社会が実現する可能性もあるかもしれません。が、長期的に見て経済的にも文化的にもアメリカを弱体化させるばかりの愚策です。「相互関税」はアメリカの製造業を再生させると言いながら、現在のところ株安など市場へのマイナス効果ばかり目立ちます。留学生を筆頭にして、多様性に背を向けるアメリカはどこに行くのでしょう。MAGAはMake America Great Againではなく、Make America Gone Away(アメリカさようなら~)の略に見えます。私がアメリカの大学院に在籍していたころは本当に多様な仲間がいました。半世紀近く前のことですが、当時はブラジル人、バングラデシュ人、日本人、アフリカ系アメリカ人らがともに学び、研鑽し合っていました。あの環境がなくなり、右を向いても左を向いてもヨーロッパ系アメリカ人しかいない世界になるとどうなるのでしょう。世界は多様な人々で構成されていることが段々と忘れ去られていきそうです。島国ニッポンもかつては鎖国という愚かな政策をとり、そのために世界の発展から大きく遅れました。現代はデジタル技術が発達し、否が応でもグローバルな情報は目や耳に飛び込んできます。アメリカはトランプはいま敢えてそれらを避けて自分たちだけの世界を作り上げようとしているのでしょうか。アメリカが世界の超大国になったのは自国の中にアメリカ以外の要素を取り入れることでアメリカを発展させ、そこから世界にアメリカン・スタンダードを拡げていったからだったはず。今アメリカは殻に閉じこもって自ら世界から見放されることを望んでいます。Make America Gone Awayでいいの?
2025年05月29日
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ネギってすごい!私は現在、沖縄と奈良の2拠点生活をしており、そのほかに和歌山の実家に帰ったりもするのでゆっくりと畑をつくることができません。以前は野菜を作っていた奈良の家の庭ですが、畑づくりをやめて雑草ばかり生えるので人工芝を敷きました。それでもガーデニングはやめたくなくて、もっぱらそんなに世話の要らない果物を作っています。しかしネギは放っておいても育つのでこれだけはプランターで作っています。作っているというか庭に放置しています。ときには半月から3週間ほど留守にすることがありますが、雨ざらしにしたネギはしっかりと立派に育ってくれ、ダメになることがありません。同じプランターに植えていたパセリはとっくに死に絶えましたが、ネギの方はいつまでも青々としています。そこで沖縄でも育てようと思い立ちました。先日次男が沖縄に来たとき沖縄そばを作ろうとネギを買っていたので「根っこは捨てないでとっておいて」と頼みました。ところが息子は根っこを渡してくれません。言ったことを忘れちゃったようなのであきらめて、また次にネギを買ったときに育ててみるかと思っていました。ところが、それから3週間。本土に戻り、用事を済ませて沖縄に帰ってくると、流し台の奥でしおれている、というか完全に干からびてしまったたネギの根っこが4、5本輪ゴムで留められているのを見つけました。息子はちゃんと取っておいてくれたようです。ただ、言わなくても気づくと思ったか私に言ってくれませんでした。3週間も経っているしもう枯れちゃっただろうと思いつつ、一応コップの中に「乾燥ネギ」の根っこを入れ、水を入れてみました。すると・・・半日もしないうちにしっかり新しい青い葉っぱが出てきているではありませんか。それから3日、元乾燥ネギの現在の姿です。普通のネギやし。この調子だと薬味にするぐらいにはすぐに伸びそう。留守のときに外に出せるよう、植木鉢に移してあげることにします。
2025年05月28日
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半年前に入院する前までは77㎏前後を推移していた我が体重。手術をしたあと、大好きだったアルコールがなぜか苦手になりその結果体重も減少しました。以前はビールなら350㏄缶が2本では足りず3本目に手を出すこともしばしば。それが1缶で酔っぱらうようになり、ワインなら720㏄のフルボトルが「適量」だったのがハーフで十分に。体重にはよかったけれどお酒の楽しみが減ったのはマイナスです。そう思っていましたが最近また酒量が回復してきました。まだやや少なめの缶ビールなら2本、ワインなら500㏄。アルコールの楽しみが回復してきました。が、それに伴って体重も回復気味の75~6㎏台に。せっかく74㎏台まで減ってきていたのにこれはヤバい。そう思って3カ月ほど前から、手術前まで数十年続けてきたインターバルジョギング(ジョギング+ウォーキング)を再開。最初はウォーキングのみでしたが徐々にジョギングも取り入れるようにしました。現在はジョギング400歩+ウォーキング300歩のセットを10セット、トータル6㎞近く走れるほどに回復しています。以前は毎日9㎞ほど走っていたのですが、今はまだ手術前の6~7割ほどです。今朝も走って「汗シャツランキング」はレベル4。おかげで体重も74㎏台に回復。次は73㎏台に回復させよう。
2025年05月27日
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「まくらの森の満開の下」(春風亭一之輔著、朝日新聞出版)を読みました。週刊朝日連載のコラムをまとめたものです。文庫本版の前2冊(「いちのすけのまくら」、「まくらが来りて笛を吹く」)が面白かったので、3冊目が文庫本化されるのを待っていたのですが、なかなか文庫版にならないのでしびれを切らし、結局待ちきれなくて単行本を買ってしまいました。読み始めてすぐに、以前読んだことのある文章に遭遇しました。本書の2本目のコラム「新米」(p.14)が2冊目の『まくらが来りて笛を吹く』掲載の「新米」(文庫版p.271)とまったく同一の文章だったのです。文庫版と単行本版では編集が違うのかな、焦って文庫版化される前に買ったのは失敗だったかと思いましたが、重複は結局その1本だけ。あとは全部違う話でした。私は物覚えはいい方で、一度読んだものは既読がどうかが大体分かります。この1本だけ重複、どうしたことでしょう?話がそれますが、私は星新一の大ファンで彼のショートショートはすべて読みました。彼のショートショートは少し読み進めると展開を思い出して結論が分かってしまいます。星さんはすでに亡くなっているので新しいショートショートが読めないのは悲しいこと。その点、忘れっぽい人が何度でも同じ話を楽しめるのはちょっとうらやましくもあります。それはともかく、なぜ一之輔が好きなのか考えてみると彼とは感性が似ているのではないかと思いあたりました。たとえばコラム「人見知り」(p.261)で、街で赤ちゃんと出会うのは心が癒されて大好きという言葉。とても共感します。ただし共感できるのはそこまで。このコラムではそこから話がどんどん広がっていき、電車で出会った生後6カ月ほどの赤ちゃんと一之輔の妄想の会話が延々と続いていきます。こういうのを読むと、「よくそこまで想像できるもの」と半ばあきれ、半ば感心させられます。こんな文章が書けるのはさすが落語家、なのでしょう。しかし考えてみると一之輔の落語はほとんど聞いたことがありません。今後は落語もちゃんと聞いてみようか(遅い?)。
2025年05月26日
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梅雨真っ盛りの沖縄に戻ってきました。空港では雨でしたが、モノレールを降りると曇りでラッキー。家に入る前に庭をチェック。おとといのブログに「リモートカメラを見るとバナナの雄花が開きかけているのが見えた」と書きましたが、実際こちらに来てみるとこの二日で大きく開花していました。切りおとすタイミングとしてはギリギリセーフ。早く切り落として、雄花にいく栄養を実の方に向けさせなければいけません。そして裏庭のマンゴー。こちらはかなり大きくなっていていい感じに色づいてきています。収穫するにはまだ早く完熟までもう少し時間がかかりますが、樹上で完熟した実が枝からポロっと離れるときが食べごろとあって、熟しかけている実にネットをかぶせる作業を早くしなくてはいけません。地面をみるとボタボタと落ちてしまった小さい実もあり、こちらもギリギリ間に合ったというところです。写真を撮っているうちにあちこち蚊に刺されました。沖縄の蚊はちっちゃいけどかゆい~。雨だしかゆいし作業は明日にしよ。
2025年05月25日
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先日母の葬儀のあと火葬場に傘を忘れました。私はそのまま奈良に帰ってきたので実家近くに住む姉に回収を依頼。その傘は実家で父が使っていたもので、傘をくるりと巻く部分(調べてみたらネームベルトと言うそうです)に生前母が父の名前を縫いつけていました。それも住所(字)と氏名を漢字で。文字数にすると全部で8文字になります。あの小さな面積のところに細々とよく8文字も縫いつけられたものです。私がもし縫いつけるならせいぜい自分の姓のみカタカナで書きます。長音記号を使えば5画ですみますし。傘が簡単に買える時代ですから、そもそも名前を書くことすらしなくなってきています。書くにしても糸で縫いつけるのは面倒くさがってせいぜいネームシールを貼ることしかしないでしょう。そんな時代に母が住所と名前をフルネームで縫いつけていました。お陰で忘れた傘はすぐに返してもらうことができました。回収に行った姉は受付の人に縫いつけのことでたいそう褒められたとか。「我が家の家宝にする」と言っていました。
2025年05月24日
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沖縄に帰る航空券を予約しました。あさって、日曜の朝の便。母の葬儀関連の用事もあらかた済み半月ぶりに帰ります。先日リモートカメラで見つけた沖縄の庭の青バナナ。今日見るとちょっと雄花が開きかけているように見えます。早いな。雄花が開くとそちらに栄養がとられるので開花後は早めに切り取ってしまわなければいけません。こんなにすぐだとは思わなかったけど、あさって帰るのでそれから切ってもそう遅くはないでしょう。より気になるのはマンゴー。こちらは裏庭に植えてあるので、カメラからは見えません。去年の実績からすると、5月に入って摘果をし5月、6月を通して徐々に大きくなり6月下旬から7月上旬に大きくなったマンゴーを収穫。去年送った先からは今年もと期待されていますが、現状はどうなっているのかな。ネットかけをしないといけない時期になっているかな。5月初旬に本土に戻る直前には写真のように卵ぐらいでしたが、それから2周間経っていまはこれよりずっと大きくなっているはず。奈良でいくら気をもんでもせんないこと。あさってには会えるのだからそれまでは奈良のブドウやブルーベリー、マルベリーの世話をしておきましょう。
2025年05月23日
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昨日のこと。ショッピングモールを歩いていてふと左手を見ると指に血がついています。指を調べたけれど傷は見当たらずどこで血がついたのか不思議だったのですが、原因はあごの小さなかさぶたが剥がれたことだと判明。あわてて洗面所に駆け込み鏡を見ると顎から血が流れていました。その場でトイレットペーパーで血を拭き取りましたが、血は止まっていない様子。周囲に迷惑をかけるというか不審がられるので車に戻り、ティッシュで拭き取りました。最近、こういうことがよくあります。痛みがないのにちょっとした流血があったり気がつくと青あざができていたり。その昔、母にこういうことがときどきあり「なんで気がつかないの?」と不思議に思っていましたが自分にも起こるようになるとは。自分も歳をとったものだと思いかけて、はたと思い当たりました。そう言えば現在服用している「血液をサラサラにする薬」にそんな副作用があると薬剤師が言っていたかも。早速調べて見ると、たしかに「出血しやすくなる」と書いてありました。内出血(青あざ)も同様です。それでか!私は半年前に手術をして健康を取り戻してきたのでジョギングを最近また始めたのですが、再開してすぐに足の指が黒くなった(爪の下が内出血した)のです。靴が合わないのが原因だと思ってインソールを敷いたりして対処していましたが、たぶん薬のせいで内出血しやすくなっていたのですね。以前爪水虫にかかったことがありその再発も心配していましたが原因が分かってひと安心。出血が止まらない場合は服用の中止も、とのことですが、ま、これくらいなら大丈夫。体をぶつけないように気をつけます。
2025年05月22日
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母の葬儀が終わり、弔問客のリストを入力し、整理しました。通夜と葬儀あわせてのべ約100人(重複含む)。母は小学校の教員をしていましたが退職したのは半世紀近く前。99歳まで生きながらえた母の、かつての同僚はほぼ死に絶えています。そのため弔問客は親戚関係、近所の人、そして教会関係の人が主でした。この傾向は半年前に亡くなった父のときと同じ。実際同じ人が8割以上いたので入力は大半がコピペですみました。父のときはすべて一から入力したので労力は3分の1以下で楽々。弔問客の数は母のほうが父のときより2割ほど多かったのはなぜでしょう。父のときにはいなかった人たちの多くは、同じ町内でも徒歩圏内ではなくて少し範囲を広げた地域の人たちでした。文字通りの近所付き合いだけだった父のときは隣近所の人が義理で来てくれたケースが多かったのでしょうが、母はそれだけにとどまらず、おそらく生前さまざまなネットワークを持っていたと思われます。こんなところにも男は職場だけ、女は世間に広くという、伝統的な男女別の交友関係が見られたように思いました。さて、私がみまかったときには葬儀に誰が来てくれるでしょうか。2拠点生活をしていて近所付き合いもどんどん希薄になってきているなか、近所の人さえ足を運んでくれないかも知れません。仕事関係の人ともますます疎遠になっています。そもそも私の子どもたちは私の死を親戚以外誰に連絡したらいいのか、分かってないでしょう。交友関係も広くないので、義理で来る親戚以外誰も来てくれないかもな。ま、別にいいですけど、死んでるし。
2025年05月21日
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考えてみると5月8日の朝沖縄で走って以来、10日以上日課のジョギングをしていませんでした。奈良に戻り、和歌山の実家に帰省して母を病院に見舞ったり、奈良に戻って病院の予約をこなしたりした、と思ったら母の訃報が入りまた実家に舞い戻ったりの10日間。多忙な日々が続いてジョギングどころではありませんでした。奈良と和歌山の移動も(隣県とは言え)片道4時間のドライブなので、その日や次の日は疲れを癒やすことを第一にして、そうそう走ってもいられませんでした。でも昨日から再開です。昨日は慎重を期しウォーキングだけにしました。そして今朝、いつものコースをジョギング。この10日あまりで季節はすっかり夏っぽくなっていました。今朝は5時起床で5時半から走り始めたのですが、すでに気温は20度超え。1時間弱のインターバルジョギングで汗をびっしょりかきました。今日の汗のかきかたは、汗シャツランキングでは2と3の間ぐらいに見えますが、汗の量だけでみると明らかにランキング4(過飽和汗)でした。今朝の気温と湿度は沖縄以上。走りはじめは爽やかだと思ったのですが、それは一瞬。すぐに汗が出始めて20分もするともう汗びっしょり。スマホの入ったベルトを腰に巻いていたのでそれより下はあまり汗が出ませんでしたがその分、胸や脇は文字通り滝汗が流れました。でも、こうして汗をかくのは気持ちがいい。もちろん帰宅してすぐにお風呂に入れるからですけどね。
2025年05月20日
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沖縄と奈良の2拠点生活をしている私は、5月8日に沖縄から本土に移動しました。それから10日あまりですが、沖縄の家に設置してあるリモートカメラで庭の様子を見てみると・・・おや、変化が。向こうにいるときにはなかったはずのバナナの実がなっているのが見えます。パパイヤも青かった実が下から順に熟して黄色くなっています。先日の母の葬儀の際、長男の嫁に会って話していたら「パパイヤ、青い野菜パパイヤも熟したフルーツパパイヤもほしい」とのこと。沖縄に来たときうちのパパイヤを食べてお口にあったようです。そうと分かっていたら今回本土に移動したときに持ってきたのに。次には忘れず持ってきましょう。彼女は、奈良の庭にあるマルベリー(ブラックベリーだと思っていたらマルベリー=桑の実でした)も欲しいと言ってくれているので、こちらも差し上げる予定。バナナはあと2週間早く実がついてくれたら、次男の子どもたちが沖縄に遊びに来ていたときと重なったのに惜しかった。いま実がつき始めたところなので実際に食べられるのはまだ2~3ヶ月先ですが、雄花が咲いたら早めに切り落とさなければ栄養をそっちにもっていかれるので早く沖縄に戻って切り落としたいところです。母の葬儀の後片付けはあるけど、ま、来週ぐらいになれば戻れるでしょう。マンゴーの摘果も待ったなしですしね。
2025年05月19日
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今月14日早朝、母の訃報を聞きすぐに南紀の実家に帰省、16日通夜17日葬儀を終え、今日奈良に帰りました。参列者に記入してもらった芳名録から弔問客リストを作成したり香典返しの選定、送付をしたりの仕事は残っていますが、これからは少しずつ自分の仕事もできるようになることと思います。まずはたまった洗濯かな。実家にも洗濯機はありますが、今回はゆっくり洗濯をしている場合ではありませんでした。考えてみると、5月8日に沖縄から戻りその後今日までの10日間でまるまる奈良にいたのは3日のみ。半月ぶりに沖縄から戻った当初奈良の庭は季節的なこともあって雑草がとても元気に伸びていました。何とかしたいと思いつつ、母の容体に左右され奈良と実家を行ったり来たり。最初は面会に行き元気づけたものの、次は帰らぬ人となり、喪主の立場で必要なことがらをたんたんとこなしながら日々が過ぎていきました。私は買うべきものややるべきことを思いつくと、クラウド上に作ったメモ帳に書き込みスマホやPCで管理しています。普段はメモに書き込んだその日のうちや翌日に用件を済ませることが多く、書かれたメモはすぐに消されます。しかし今みると何日も前に書いたまま残っている用件がいくつもありました。買い物が済んでいない、用事も終わっていない。母の死という特別な事情があったためにメモ上の、いつもなら順々にこなしているはずの用件がずっとペンディング状態になっています。ま、ペンディングも仕方ないこと。このメモの用件よりも、私には先にこなすべき優先事項が多々ありました。ようやく自分自身のために使える時間が増えました。これからはひとつひとつの用件をこなし、メモを真っ白にしていきます。毎日代わり映えのないことをするのは退屈で時には刺激が欲しくなりますが、平穏な日常のなかで毎日が過ぎていくのは幸せなもの。今はそれがわかります。
2025年05月18日
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昨夜の前夜式に続いて今日、母の葬儀が終わりました。いずれにも30~40名の方が参列してくれました。新聞広告にも会場入り口にも供花や香典は固くお断りしますと大きく掲げましたが、それでも香典を持ってくる人がいたり花を送ってくれる人がいます。いくら「固辞する」と書いていても親族の本音は違うと思っているのでしょうか。供花や香典を差し出さないと自分のお悔やみの気持ちがすまないと思っているのでしょうか。なかには受付で、「申し訳ないけれど受け取れません」と事情を説明すると分かってくれる人もいます。でも何度も何度も押し問答をして、どうしても受け取って欲しい人がいます。供花をしたいと電話で申し出てくれた人には、その気持ちを汲んで「親族一同の供花にくわえるようにします」と言い、実際に花にかかった代金を遺族にプラスその人達をくわえて頭割りし、請求しようと考えています。請求された方が気が済むでしょうから。でも、こちらに連絡する前にすでに「花を送ったから」と言う人の場合は受け取らないわけにはいきません。その人達の花を飾ってしまうと、お断りを受け入れてくれた人に申し訳が立たなくなるので、送られた花を飾ることはするけれど、花屋がつけた送り主の名札は外させてもらうことにしました。本人にはその旨を伝えて、承諾してもらいました。これがギリギリのところです。以前のお葬式に香典やお花ではなくお線香を持ってきてくれた人がいました。両親はクリスチャン。我が家にお線香をたく仏壇はありません。わたしの祖父母の代には仏壇があって線香を焚いたり小さな茶碗でご飯を上げたりしていましたが、いまではお線香を上げる習慣もなくなってしまいました。それでもお金ではなくお線香をくださる気持ちを尊重し、線香はいただきました。こうした気持ちのこもったものは、たとえ使用しなくても受け取るのが礼儀だと思います。いくら断っても現金や花をねじ込むように渡してくれる人々の気持ちってどうなのか、理解が難しいところです。
2025年05月17日
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今夜は先日亡くなった母の前夜式(通夜)、明日は告別式。それにしてもどうしてこんなに忙しいんでしょう。自分の妻のときや妻の両親のときなども事実上わたしが喪主でしたが(形式上はわたしの幼い長男や病気がちの妻でした)、ここまで忙しかった印象はありません。忙しい理由。ひとつは葬儀屋さんと別に教会での行事となるので、葬儀屋さんにすべて任せてセレモニーホールでという訳にはいかないこと。通夜は自宅で執り行い告別式は教会となると、それぞれに異なる準備が必要です。通夜や告別式にかかわらず近所の人や知人が早めに弔問に来たりするのでわたしは喪主という名の留守番役兼応対要員。教会や葬儀屋とのやりとりの主なところは姉がやってくれますが、姉のきちきちペースとわたしののんびりペースがなかなか合いません。「あれやって」「これは済んだの」と色々と振り回されているので、余計に忙しい感が出ているのでしょう。これまでの葬儀でここまで忙しさを感じなかったのは、わたしがすべてに責任を持って自分のペースで仕切ってきたことが大きいですね。わたしが実質喪主となるのは今回5つ目、これでお役御免のはず。次はわたしが送られる番かな。
2025年05月16日
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忙中閑あり。母が昨日逝去し、急いで奈良から和歌山の実家に帰省しました。母はクリスチャンだったので教会の牧師さんや長老さんと相談し、明日が前夜式、あさってが葬儀と決まりました。今日は朝から葬儀屋さんに来てもらって、祭壇や供花、遺影、新聞広告掲載などの打ち合わせ。その後、訃報を知った従兄弟夫婦が訪ねてきてくれました。お二人は父の時も前夜式、葬儀と2日続けて参列してくれた義理堅い人たちです。従兄弟夫妻が帰り、朝から忙しく立ち働いていた姉も自分の家に帰り、ぽっかりと暇な時間ができました。そこでこの日記を書きかけたところ、実家の固定電話のベルが鳴りました。聞いたことのある名前を名乗りましたが、どちらの人だったかど忘れ。いろいろと話していくと母の姉の娘、すなわち私の従姉妹であることが判明。もしかして高校生の時以来会っていない?と聞くと誰かの葬式では会ったとか。ごめん、覚えてません。聞くと彼女は年初、自転車事故で骨折をして入院、リハビリ中。葬儀に出られないので電話をくれたそう。先日の父の葬儀の際にも、何十年とご無沙汰の親戚にたくさん会いました。父のときは当然父方の親戚が多かったけど、今回は母方の親戚の人に会えそうです。私は連絡もせずご無沙汰ばかりしている人が多いけど、姉はちゃんと継続して連絡をしており、あちこちの親戚に連絡をしてくれていました。久しぶりの顔にたくさん会えそうで楽しみです。あ、また玄関で声が。近所の人が弔問に来てくれました。先日の父のときにも弔問に来てくれ、そのとき数十年ぶりに会った人。世間話をひとしきり。葬式は生きている人のためのもの。どこかの葬儀屋の宣伝文句ですが、まさに実感しているところです。
2025年05月15日
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今朝、母が99歳で亡くなりました。危ないと聞いて母の日に会っておいたのは正解でした。母のことをふりかえって考えると、彼女はとっても「いい加減な人」でした。これは亡くなった人を冒涜しているのではなくて、褒め言葉のつもりです。母は何ごとも完璧にやるのではなく95%ぐらいやれば「まあ、これくらいでいいだろう」と5%を残すような人でした。たとえば掃除をしたあとはちょっとゴミが残っていても平気に見えました。でも母は知っていたのです。あとの5%を完全にきれいにするには95%にかけた時間と労力が必要だと。あとの5%が残っていようが、ほぼきれいなので100%完璧にきれいにするよりその労力と時間を他に回した方がいいという考え方の人でした。完璧主義者ではなく合理主義者だったと言うべきでしょう。完璧主義者は何かひとつのことに集中し100%にすることに努力しますが、案外そのほかのことには無頓着なものです。母は完璧にやることにこだわらず、あれもこれも「いい加減」で済ませていました。合理主義者で、バランス感覚のある人だと私の亡妻もよく言っていました。昨秋先に旅立った父はいわゆる完璧主義者で、やりたいことはきちんと思い通りにならないとイヤな人でした。しかしその分、無頓着な部分も多くそこは母が補っていました。二人は「われなべにとじぶた」のいい夫婦で「おまえ100までわしゃ99まで」を実践した夫婦でした。父は100を超えて102歳まで生きましたが、母はあと5ヶ月で100になる手前の99歳で逝きました。これまた「あとちょっとで100歳だけど、まあこの辺でいっか」といい加減な母らしい逝き方だったと思っています。
2025年05月14日
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和歌山の実家から奈良に戻ってきて、早速病院三昧。あまりうれしくない三昧ですが予定通りの行動です。今日の1件目は近所の町医者で血液検査や尿検査など、定期検診。2件目が10時半に別の病院の予約が入っていたので、この町医者が朝8時から開院してくれているのはありがたい限りです。さらに、ほとんど患者さんがいないのもありがたい(けど、やっていけてるのかなぁ)。今日も私の前に一人、私のあとに一人のみ。滞在していた20分ほどの間に私も含めて患者は3人でした。お陰で診察もすぐ。検査もすぐ終わり。家を出てから30分で帰宅できました。検査のため今朝は絶食だったので、それからじっくり朝食の準備や朝食をとる時間があったのは助かりました。時間がなければ食べずに2件目の病院に行くこともありかなと思っていましたが、全然あわてず朝ご飯をとれたのは町医者の効用(でも、もう一度言うけど、やっていけてるのかなぁ)。うってかわって2件目の病院は、高齢者たちで大にぎわい(お前もやろ)。駐車場にも車がいっぱい。でもこの病院のいいところは患者ファーストで待ち時間も少ないところです。10時半に受付を済ませて検査室に行くと、待ち時間0ですぐに呼ばれてすぐにレントゲンを撮ってもらえました。今日は、昨年の11月に脊柱菅狭窄症で腰の手術をしてからちょうど半年の節目の検診です。ポジションを替えながら何枚も記念写真?を撮ってもらった後は整形外科の待合室へ。さすがに患者が超満員だったせいかここはすぐにとはいかず、予約時間から30分ほどずれ込みました。半年経過の診察結果は「すべて順調」とのこと。自分でもそう思っていましたが、やはり執刀医にそう言ってもらうと安心する気持ちが深くなります。ほんと、あのとき手術に踏み切ってよかった。腰の手術は成功例が低い、痛みやしびれが残ったりしてなかなか完治はしない、とはよく聞く話。だからか私の例を話すと皆さん一様に驚かれます。先生の「痛みはない?」「ぶり返してない?」「しびれもない?」との問に答えはすべてノー。先生も嬉しそうだったような。
2025年05月13日
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今日は朝から、実家の網戸の張り替えで汗だく。奈良の家の寝室の網戸も張り替えてないのに。寝室の網戸(120cm×60cm)1枚と台所の網戸(70cm×60cm)2枚が破れていたので張り替えました。網戸の張り替えは久しぶり。今は誰も住んでいない実家のこととて替え網戸を買ってくるだけでいいのか、道具は揃っているのだろうかと思い、ホームセンターで物色したところ網戸売り場に便利な道具を発見しました。ずいぶん前に奈良の家でも網戸の張り替えの経験はありますが、こんな道具は使っていませんでした。以前はカッターとはさみ、そしてドライバーなどを使って張り替えていたのでなかなかキレイに出来ませんでしたが、今回これを使うとごく簡単にプロ級の仕上がりの張り替えができました(自画自賛)。張り替えは姉に相談されたのがきっかけですが、姉はプロを呼ぶつもりだったようで私が「自分でやる」と言うと少し驚いた様子でした。網戸を買ってきたところをたまたま近所の人が見て「自分で網戸をはりかえるんですか」とこれも驚いた様子。網戸の張り替え、最近は自分でやりますよね?ドラマ「団地のふたり」でもキョンキョンと小林聡美がやっていたし。誰もが張り替えを家でやるからこそホームセンターに張り替え用が売られているのでしょうし、こうした便利ツールもどんどん出回るようになったのだと思います。田舎の人の方がDIYを当たり前のようにやるのかと思っていましたが、そうじゃないのかな。姉や近所の人の反応はちょっと意外でした。いい道具が手に入ったので、奈良に帰ったら早速寝室の網戸を張り替えよう。
2025年05月12日
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昨夜は長男一家と会食をして、ちょっと遅い誕生日を祝ってもらいました。アゴアシつきとはこのこと。奈良の家まで迎えに来てくれた息子に京都の大きなホテルに連れて行ってもらい、ビュッフェスタイルのレストランで楽しいひとときを過ごさせてもらいました。このレストラン、長男の長男(私の孫)がアルバイトでフロアスタッフをしているところだとか。昨夜はシフトが入っていなくて勇姿がみられませんでしたが、昨日のスタッフの様子を見て彼の働く姿が想像できました。東日本大震災のときは2歳になったばかりで放射線のことも考えて奈良で2週間ほど預かったこともあった子です。今は高校2年生になって、コンビニでアルバイトしたりレストランでフロアスタッフとして働いたり。それだけ成長しているのはうれしいものです。預かったときはじぃじと二人暮らし。一日目だけは夜に起きて「かぁしゃん、かぁしゃん」と泣いたけれど、あとは何とか二人暮らしに慣れて毎日一緒にじぃじの職場に「出勤」していました。先日はフィリピンに短期語学留学までしてきた彼はじぃじにも得体のしれない(失礼)お土産をくれました。子どもの14年の変化は目を見張ります。じぃじはあまり変化してないつもりだけど、客観的に見たらどうなのかなぁ?
2025年05月11日
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自民党の西田昌司参議院議員がひめゆりの塔の展示の仕方や沖縄の教育のあり方を批判するという問題が起きました。西田氏本人が発言を取り消し謝罪した形にはなりましたが、印象に残ったのは発言の仕方がトランプ米大統領に似ているところです。トランプさんも西田さんも、主張を声高に唱えるのはいいのですがその根拠がよくわからない、あるいはファクトチェックをすればすぐにはじかれる程度の「事実」を根拠に発言しています。トランプ関税は日本が不当にアメ車を購入させなくしているとか、お米に数百倍の関税をかけているとかが根拠でした。どちらもファクトチェックでは正しくないことが示されています。かたや西田議員の主張は「ひめゆりの塔」は日本軍が沖縄の人たちを死に追いやりアメリカが来て開放されたという「間違った」展示をした、そして戦後の沖縄の教育は「むちゃくちゃ」だということです。しかし議員自身、ひめゆりの塔は「行ったはず」だけど「曖昧な記憶」しか持っていないということでした。沖縄の「教育がむちゃくちゃ」の方は、根拠も示しておらず、どうもどちらも印象にとどまるようです。このあたり二人はよく似ています。「主張が大事、根拠は二の次」なんですね。言ったモン勝ちの風潮?国会議員がこれでいいのかと思いますが、あちらは大統領がそれ。変なことが流行ってます。
2025年05月10日
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昨夜遅く半月ぶりに奈良の家に帰ってきました。留守中心配していた庭の雑草もそれほどではありませんでした。しばらく留守にするので発つ直前に思いっきり短く刈り込んでおいたのが功を奏して、目も当てられないほどは伸びていませんでした。これなら道行く人に「こんなに荒れ放題の庭、空き家かな」と訝しがられることはなかったでしょう(たぶん、しらんけど)。しかし、沖縄に出る直前に大輪の花を咲かせていた牡丹は終わっていて、牡丹の足元の芍薬も花びらを散らして終わりかけていました。でも庭に1本だけ植えてあるバラが咲き始めていました。20年ほど前から、毎年5月になると必ず咲いてくれます。これを見ると「5月のバラ」という歌を毎年思い出します。「♪忘れなーいで、忘れなーいで、ときは流れ過ぎても~」。四季咲きのバラもありますが、我が家のバラは5月になると咲いて5月が終わる頃には散ります。律儀です、世話する人に似て?その横にはブラックベリーがたくさんの実をつけていました。沖縄に行く前にはまだ花だったのに。デラウエア(ぶどう)もちっちゃな実をつけはじめていました。収穫時期は夏の終わり。ちょっと早すぎないかい。沖縄に行く前からたくさん実をつけていたキンカンは、多少は落果していましたがまだまだ残っていました。沖縄で次男に「誰もキンカンを欲しがらないので一人で食べてる」と話したら「食べるから是非送って」とのことだったので、残りをまとめて収穫し東京に送ってやります。沖縄の私の車に子ども用シートベルトアジャスターを忘れていったので、それもいっしょに入れてね(こいつ、東京→沖縄→奈良→東京と随分の長旅です)。孫たちはどうせ送ってくるならマンゴーがいいと思っているでしょうけど、キンカンも味見してみて。甘いよー。
2025年05月09日
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私はトイレが近い方。悩むというほどではないけど大体2~4時間に1回は必ず行きます。でもメリットもあるんです。慣性の法則をご存じでしょうか。動いていない物体はそのまま同じ位置にとどまり、動いている物体は同じ方向、速度で動き続ける、みたいな物理学の法則です。これが人間にも当てはまると私は思っています。よく「一度すわってしまうと何もしたくなくなる」とおっしゃる方がいますが、私もそのクチ。その代わり、動き出すとあれもこれも目についていろいろやりたくなってしまうイラチでもあります。休んでしまうと際限なく休みたくなり、動き始めると色んなことをやりたくなる。これすなわち人間版慣性の法則。今日は沖縄から奈良に移動する日。しばらく沖縄の家を留守にするので洗濯や掃除をしてきれいにして家を出たいと思っています。なのに朝ジョギングから帰ってひと風呂浴びると、どっかりとソファーに座り込んで何もやる気が起こらなくなってしまいました。だらだらとテレビを見ていたそのとき、尿意を催しました。何もやる気が起こらないと言ってもトイレに行かないわけにはいきません。そこでスイッチが切り替わりました。トイレから帰って朝ご飯を作りはじめ、ゴミ出しをして洗濯機をまわし、そして朝食。ゆっくり朝食をとり、洗い物をし歯磨きを済ませてひと休み。そこでソファーに座ったのが間違い。NHK+で見つけた面白い番組を見始めると動かなくなりました。空港に向けて家を出る前にまだまだやることがあるのに・・・ひとしきり番組を見たところでトイレに行きたくなったのが幸い。これを機にテレビを消し、やるべきことをやって日記も書こうと思い立ちました。頻尿もけっして悪いことではありません。静→動へのスイッチ切り替えといういい仕事をしてくれますから。
2025年05月08日
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沖縄と本土の違いの最たるものは子どもの数。連休が明けまた子どもがうじゃうじゃわいてきました。親が3人の子どもを連れているのを見かけることは沖縄ではしょっちゅう。都市部にいるのもありますが、通学時間帯には小中高校生が列をなして歩いています。奈良では集団登校の小学生の列を見かけることはあっても、中高生はパラパラと見かける程度。沖縄は子どもの天国というイメージ。そんな私の印象を裏付けるニュースがありました。子どもの日の総務省統計局の発表によると沖縄県は全人口に対する子どもの割合が全国で最も高い県だそうです。沖縄県の15歳未満の子どもの数は県民総人口の15.8%。全国平均が11.1%で2位の滋賀県(12.7%)を大きく引き離しています。奈良県はというと平均以下の11.0%。沖縄に子どもが一杯いる印象があるわけです。でもその沖縄県でも子どもは減り続けていて、復帰の1972年当時は30%を越えており今はその半分。割合は減り続けているものの沖縄県はずっと全国一を続けており、子ども王国にはちがいありません。沖縄の子どもは一人ひとり活発で屈託がなく、親ものびのびと子育てをしている印象があります。ひとり親が多かったり世帯収入が全国最低水準という逆風にあおられながら、それでも他を大きく引き離しているのは子どもこそ宝、命どぅ宝(ぬちどぅたから)の精神が行き渡っている沖縄だからこそのように思います。お祭りやハーレー、エイサーなどの行事では子どもをわんさか見かけます。そして皆めいっぱい楽しんでいるように見えます。本土ではこういう行事でも子どもは家族と一緒にいるものですが、沖縄では子どもだけで走り回っているのも多く見かけます。わが子だけでなく近所の子、地域や親せきの子も含めて「子どもファースト」の気持ちが根付いているのが沖縄。そうでないとシングルマザーが3人の子どもを育てるのは簡単ではありません。みんなに目をかけられた結果、沖縄の子どもは生き生き、伸び伸びしています。沖縄県でも子どもの数や割合は減ってきているのですが、まだまだ他府県に比べれば子ども天国の沖縄。少子高齢化に悩む日本全体が沖縄を見習うべき点はいろいろとありそうです。
2025年05月07日
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孫たちが本土に帰ったとたん沖縄は大雨。昨夜は孫たちがいたら目が覚めたと思われるほどの雷鳴と雨脚でした。彼らが滞在した5日間はほとんど傘要らずの天気で、こどもの国もビーチもプールも満喫できたのは本当にラッキー。今朝まで続いた雨も2時間ほど前にやみ、いまは少し日も差してきています。裏庭のマンゴーを見に行きました。10日ほど前に見たのと比べるとずいぶん成長していました。またパパイヤの方はどんどん熟して食べごろに(写真右)。マンゴーは去年と比べても実のつきが悪くなさそう。中にはすでに卵ぐらいに育っているものもありました。順調に育ってお店で売っているぐらい大きくなり、食べられるようになるのはあと1~2か月後でしょうか。孫たちにも実際に木になっているところを見せたので、今年は去年よりずっと待ち遠しく思っているはず。「つなぎ」にまずは奈良の庭になっているキンカンを送る約束もしています。沖縄は間もなく梅雨入り。うっとうしい季節ですが、マンゴーやパパイヤには慈雨。もっと降れ、被害が出ない程度に。
2025年05月06日
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ゴールデンウィークの5日間我が家に滞在していた次男一家を先ほど那覇空港に送ってきました。もうトイレや寝室のドアに鍵をかけておかなくても、包丁が入っている流し台の扉に輪ゴムをかけなくても、ハサミやカッターを棚の上の方に上げておかなくても大丈夫です。見送った後自宅にもどり、チャイルドシートを車から取り外し、子どもの食事用の椅子を片付けて、押し入れにしまいました。小さな子どもはすぐに熱を出しますね。昨日の朝、何となく様子が変だった1歳の妹、熱を測ると38度6分ありました。連休中で旅行中のことですので私は少しあわてましたが、両親は落ち着いたもの。慣れたふうに「オンライン診療」に電話をかけてテレビ電話で相談。どこにいるお医者さんなのか分かりませんが、相談をし画面で体をあちこち見せたりして診察室にいるかのようでした。とりあえずオンラインで座薬の処方箋を出してもらい、それを受けて近くの薬局で薬を受け取りました。これで昨日は家で静かにしているのかと思いきや、その子も連れてみんなでプールへ行くことになったのはちょっと驚き。でも親は子どものこといつもよく見てよく分かっているのですね。子どもは8度台の熱があっても比較的元気。食欲もあります。ただし、親が言うには彼女にしては食べていないとか。ま、私の目には普通の子どもぐらいは食べていましたけど。プールではさすがに水には入りませんでしたが、プールサイドで機嫌よくすやすや寝ていました。一日遊んで家に帰ってまだ熱はありましたが、あまりしんどくなさそうで、大人が8度出したときとは全然違います。いつも通り晩ごはんも食べ、いつも通りの時間に寝て、朝もいつもの感じ。熱のある子を外に連れていくのかと思いましたが、さすが子どもの様子が分かっている親はすごい。今回私は内心では心配しつつも口を出しませんでしたが、昔の自分のやり方にこだわる親や舅、姑は若い夫婦にあれこれ指図をする人もいるんでしょうね。時代遅れの年寄りは若い人を信頼して任せるのがいいと、今回よくわかりました。その孫、ずっといっしょにいたのでこちらへの警戒感もなくなってきたようです。今朝もひとしきりじぃじと遊びました。その代わり4歳のお姉ちゃんがご飯を食べずにぐずぐずしています。聞くと「早く帰りたくないから、ご飯をゆっくり食べているの」との返事。考え方がかわいい。食事も終わり私の車で那覇空港に。空港で自動車を降りたとたん私のところにきて「じぃじ、また沖縄に来てもいい?」と聞きました。旅行中ずっと天気にも恵まれよほど楽しかったのでしょう。「もちろん、いっぱいいっぱい来てね」。旅の満足感を表す彼女の一言を聞いて、宿と足と時間を提供した(あとお金もか^^;)私もとても報われたのでした。
2025年05月05日
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昨日は「沖縄子どもの国」へ。ここは動物園その他のアトラクションがあり昨日はプリキュアのショーもあってお得。でもそこは4連休初日、考えることはみんな同じ。園には大勢の人が押し寄せていて園併設の駐車場は満杯になっており、臨時駐車場を紹介されました。紹介されたのは市役所の駐車場、そして近隣の病院の横にある空き地の臨時駐車場でした。その紹介の仕方がなかなかのうちなー流。まず「市役所、わかりますか」と。いやいや分かりません。園に来る人はみんな市内の人だと思ってる?園の駐車場がいっぱいなので市役所などの臨時駐車場を案内してくれるのはいいのですが、いきなり市役所の場所を知っているかと聞かれたのには少し驚きました。ここは市外や県外からも来園している施設なのにそんなに市役所がどこにあるか知っている人ばかりだと思っているのでしょうか。やむなくナビで検索して向かいました。市役所に行ったところ満車、そこで別の駐車場を案内されました。言われたことはやはり同じ。「ソフィアクリニック知ってますか?」。いえ、初耳ですけど。「この前の道をまっすぐ行けばあります」。あ、そうなんですね、では行ってみます。と返事して「この前の道」を行くと途中で行きどまり。知らない宗教施設の駐車場に行き当たりました。あれ?そこでもう一度ナビで「ソフィアクリニック」を検索。何とかたどり着きました。これまでもウチナーンチュの道案内には「だまされて」きました。でも本人はいたって真面目に教えてくれています。きっと彼ら、彼女らの脳内には自分なりのメンタルマップがあって、それに沿って説明してくれているはずです。「この建物は自分が知っているのだからみんなも知っているはず」と思っているでしょうし、「あの建物には道路から駐車場に入るから、この道をずっと行けば、建物も道沿いにある」という絵ができあがっているのでしょう。何とか車をとめ、シャトルバスで園に送ってもらいました。園の入り口にくると行列が2つできていました。「どっちから入ればいいですか」と聞くと「どっちでもいいです」と。私はすでに切符を持っていたのですが、購入していない人と一緒に待つことになりました。自分の番が来たところで窓口の人に切符をかざして「このまま入っていいですか」と聞くと手で「どうぞ」というジェスチャー。あれ?長い行列を待つ必要はあったのでしょうか。なぜ列が2つあったのか。係りの人は「どっちでもいい」と言ったのはなぜなのか。いろいろ謎が残る、楽しい経験でした。
2025年05月04日
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次男一家がやってきました。孫たちと4カ月ぶりの対面をして、あらためて彼らの成長に驚きました。 (写真はイメージ……ではなく、本物です)4歳の姉はすっかりおしゃまになって、大人びた口を利くのはママ譲りか。以前は何を言っているのかよく聞き取れなかった言葉もありましたが、いまはちゃんとひとこと一言、じぃじにもよくわかるように話してくれます。こちらの聴解能力にお構いなく自分のペースで話す大人が多い中、分かりやすく話をしてくれるのは彼女に相手を重んじる気持ちができてきているからでしょうか。妹は間もなく1歳10か月。すでに「魔の2歳児」の片りん、というかそのものになっていました。言葉数は多くないけれど、大人の言うことはよく分かっています。大人の問いかけに対しては首を縦や横に振って意思表示。そこに手を振ったり指さしたりも加わります。たくさんの言葉が口をついて出るわけではありませんが、何が言いたいか、何を欲しているかはすごくよく分かります。本人もすべて分かっているつもり、なんでもできているつもり。そこで、なんでも自分でやろうとして問題が起こります。その結果大人とは摩擦が生じるばかり。嫌なことは徹底的に抵抗するし、やりたいことはやらないと気が済みません。空港で最初に会ったときはじぃじを無視していました。「なんだこいつ、親しげにしてくる変な奴」みたいな顔をしていました。手をつなごうとすると、自分の手を背中の後ろに隠します。顔を近づけるとそっぽを向き、パパやママを指さします。「なぜあなたに笑顔を見せなきゃいけないの。私はパパやママとだけいたいの」と明確に意思表示。それでもめげずに一日に何度もトライしているうちに少しずつじぃじにもかまってくれるようになりました。「この人は安全だ」とわかると、私にもいろいろと要求をしてきます。口ではしゃべらなくても欲しいものを指さすので、私が「お茶が飲みたい?」「バナナが欲しい?」と尋ねるとイエス・ノーをジェスチャーで示します。4カ月前にはここまで彼女の意思をよみとることができなかったのに、今ではちゃんとコミュニケーションが成り立っているのには驚かされます。とはいえ、まだまだ言いたいことが言えないもどかしさはありそう。ちょっとしたことで怒ることも。何でも自分でやりたい。気に入ったことはとことんやるけど、いやなことはいや。大人の思惑なんてそっちのけです。その様子を見ていて思いました。どこの親もこんな子どもたちをよく育てているなぁ。すべての親には感心するしかありません。自分もこんなことしてきたのだろうか。若いからできた(できる)ことでしょうか。いや、若くても本当に大変です。昔は地域で子育てをしていましたが、今はワンオペやツーオペで育児する環境ばかりになってきました。子どもを育てたくない人が増えて少子化が進むのも無理のない話だ、と孫のすさまじさを見て実感しています。
2025年05月02日
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次男の一家が数時間後に那覇空港に着くというので、じぃじは落ち着きません。彼らが来るのはとても楽しみですが、一人のお気楽な生活ができなくなるのはちょっとつらいとこ。次男の子ども(私の孫)は1歳と4歳。いろいろと手がかかります。それに彼らにはもれなくお母さんがついてきます。息子の嫁ではありますがやはり他人は他人。仲はいい方だと思いますが、やはり若い女性としばらく暮らすにはそれなりに気を使います。部屋を片付け掃除をし、子供用食器を買い足して、小さな子に危ないものは高いところに上げました。準備段階で大変さはあるものの彼らが来てしまうとやっぱり楽しくなるのは分かっています。彼らには今年の正月にも会いましたが、小さな子どもの成長は早いのでそれを見るのも楽しみ。と書いていると息子からLINEがきました。無事、羽田に着いたとか。小さな子ども二人抱えての飛行機旅は大変でしょうが、こっちに来るともう一人ヘルパーがいるからね。さて、庭の掃除でもしておくか。彼らが来るまでまだ数時間あるのに、じいじはそわそわのしっぱなし。(こちらに書いている毎日の日記、明日から少し書くゆとりが少なくなるかも?)
2025年05月01日
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