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2022.06.08
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テーマ: 読書(8637)
カテゴリ: 本日読了



新潮社/山之口洋
1998年12月20日 発行

〈私的読書メーター〉〈『ファウスト』2部のホムンクルス登場の気持ち悪さがひたひたと押し寄せる。ある意味ゲルマン的表象を見せつける著者の技量の凄みに触れる、というべきだろうか。世界屈指のオルガニストでバッハ研究者の盲目の教授が、全人生を傾け自分のものとした音楽を注ぎ込む器である弟子ヨーゼフ。彼と音大の寄宿舎で同室となったバイオリン奏者のテオは雨の中、まるで魔王にハンドルを取られたような交通事故を起こす。再起不能のヨーゼフが行方不明となって数年の後、南米で彗星の如く現れたオルガニストは…神の領域と悪について音楽を通し考察するSF〉


この本は青柳いづみこさんの紹介本で知った。その中で強く印象に残ったのが、「しかし覚えておいた方がよい。芸術の道で己を高めたいという真摯な気持ちにこそ、悪魔がつけいるということを。」という会話。

これが本文 124 ページに出てきた時の既視感。それはヴァインガルテン修道院教会に附設されたヨーゼフ!・ガープラー作製大オルガンの Vox humana ができた経緯について教授が語る文脈で出て来る。

気高い音色をもつ楽器を作り神に奉仕したいという彼の悩みに耳を貸した悪魔は彼の魂と引き換えに不思議な金属を渡し、彼はそれをオルゲルメタルに混ぜて作った Vox humana は彼の望む至上の声で歌い楽器は完成した。 1750 年、バッハの死の年であったという。

更に教授が演奏するニュルンベルク郊外の聖ミカエル教会の、「悪魔を探すにはどうするか知ってるかい」につながる。彼は自問自答するように「神に似た者を探すのだ。神の似姿として完璧に近く、しかも神でないもの、それこそが悪魔なんだ」と呟く。

私はこれを子どもの頃に父から聞いた話が重なり想起された。要約するならば、人間が神の技とも思えるような完璧な芸術作品、或いは玉を拵えたなら、それは禍々しいものとして敢えて傷を施す、というような話であった。

続けて父は神の領域に人間が入ってはいけない、神に委ねなければならない、というような話をしてくれた。熱心に法華経研究をしている父であったが、晩年はマリア像を身近に置いていたことなども思いだされる。

義しきバッハ研究者であった教授が盲目であったという瑕疵、これが巧まずして作者の叡智であろうか。二人のヨーゼフの陥った悪魔の声は黒い森にエコーしていた。

神に似た者を、絶対間違わない永遠に死なないと定義すれば、それは生化学と機械工学が協働の果てにやってくる、圧倒的演算処理装置を備えたプログラミングのオルガニズムかもしれない。さすればこのタイトルは二重の意味をもつ。

再起不能のヨーゼフを稀代のオルガニストに復活させる技術を駆使したのは軍事研究の博士だが、ソ連崩壊後彼の知見に莫大な投資をしたのはドイツの巨大な重工業メーカー、というのが現実味帯びて空恐ろしい。

創造者は人間に死を与えた。この瑕疵こそ神の叡智ではなかろうか。人類の叡智は人類が創る神に近いモノにどのような瑕疵を与えるか、ということに行き着くのではないだろうか。

バッハが強くタナトスに惹かれた背景には彼の音楽的感情への畏れがあったのではなかろうか。






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最終更新日  2022.06.08 06:57:31
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