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8月も1週間で終わろうとしている。今年の8月は長雨で冷夏、これも異常気象のせいなのかもしれない。今年の夏は7月に3回の暑気払いを行った。【7月14日(金)】 旧NY会のメンバーでN子さん、ISさん、OTさん、場所はいつもの居酒屋『縁(えにし)』N子さんとISさんには4月15日(土)の原品証OB会で会っているが、OTさんとは半年振りに飲む。 話の中心は12月で定年退職となったN子さんの仕事の話。 今回はY子さんに連絡するのが漏れた。次回はお盆明けの9月1日(土)に開催することになる。【7月22日(土)】 大学時代のワンダーフォーゲル部の関東在住OBによる暑気払いが『がんこ 銀座一丁目』で13時から行われた。参加者は10名と非常に少なかった。 4期 UMさん、6期 MYさん、MHさん、8期 TKさん,9期 TMさん、小生 12期 KDさん、KYさん、13期 YSさん(幹事)、HMさん(幹事) 第一世代の幹事の時は20名を超える人が集まったが、最近は参加者がめっきり減り寂しい飲み会になった。東海地区でも同じような飲み会を行っているが、東海地区は何故か活気があって楽しそうな雰囲気がメールの出欠回答から伺える。 この集まりは1999年に8期のTKさん、YKさんの発案で始まったもの。5月15日に新宿野村ビル50F『スイスシャーレ』で優雅に、フォンデュを食べながら行われた。 この時の参加者は9名:8期 TKさん、YKさん,NFさん、OKさん、9期 IMさん、 TMさん、KHさん、(小生)、11期 SHさん この時のメンバーが中心となり、クラブ創部50周年を記念した、東海道を駅伝形式でつないで歩くことを2009年の8月から10月に実施した。単なる新年会、暑気払いの飲み会であっても常に新しいお店を入念に開拓するという努力が払われていた。 17年前はまだ現役だったが、還暦、古希を過ぎた人が多くなってきており、健康上、年金生活による経済的な理由により参加できないためと思われる。【7月25日(火)】 現在会長を担当している原子力品質品質保証部OB会の2018年度新体制のキックオフ兼暑気払いをスナック『酔夢』で行う。会費は男性6000円、女性3000円。参加者は13名。内訳は現幹事の8名、来年4月から加わる新幹事3名、サポータ2名。 新幹事のAMさん、STさん、N子さん全員が出席してくれてキックオフの体をなし、よかった。サポータはOBのSTさん、この7月に本部長に昇格した現役のTIさんが参加してくれてよかった。 この集まりは次回は懇親ゴルフコンペが終わる11月の下旬に忘年会を兼ねて実施することを考えている。
2017.08.30
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昨日、8月26日(土)待望の本が届いた。段ボール箱に50冊、重さにして20~30kgギックリ腰にならないよう慎重に、普段は使っていない和室に運ぶ。生まれて初めて執筆者に名を連ねた本で感慨もひとしお。装丁も紙質も想像したより立派でお金がかかっている。 1959年(昭和34年)に創部した名古屋大学体育会ワンダーフォーゲル部の6期から12期のOBを中心としたメンバー有志により2013年から約5年をかけ、東北・北海道の街道・峠・里・山を歩く旅を続け、その集大成として本に纏めた。 テーマは1878年(明治11年)に英国から来日し『日本奥地紀行』を著した女性旅行家イザベラ・バードを辿る旅で、彼女の旅を可能な限りトレースし、紀行文とエッセイをメンバーが分担し、旅の記録とともに纏めた。 【主な内容】 第Ⅰ部 紀行文「イザベラ・バードを辿る」・・・岡田常義 ●日光編 ●会津西街道・越後街道編 ●越後・米沢街道(前/後)編 ●羽州街道(前/後)編 ●蝦夷地編 ●十三峠再び編 ●横浜・築地居留地散歩編 第Ⅱ部 エッセイ「イザベラ・バードの旅を巡って」 ●イザベラ・バードが見た日本人の宗教観他・・・・岡田常義 ●女王陛下のイザベラバード他・・・・・・・・立松和宏 ●道・街道・・・・・・・・・・伊藤征 ●旅と健康・・・・・・・・・・佐藤信一 ●バードと温泉・・・・・・・・島田正義 ●イザベラ・バードと明治初期の外国人旅行事情・・・島田正義 ●ローカル線の旅・・・・・・・宮木建雄 ●バードの道を辿る旅と宿・・・前川幸雄 ●びらとりトマト・・・・・・・伊藤 甫 ●車峠・鳥井峠・雄勝峠越えリベンジ・・・・守永日出夫 【体 裁】 ●カラーグラビア4P/本文174P/オールコート紙/A5版/ハードカバー 表紙写真/佐藤信一;イラスト/石井将和 【出版社】 ●あけび書房(株) 【定 価】 ●本体価格 2,200円/税・送料別 【発売日】 ●2017年9月10日
2017.08.27
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【3月29日(土)】 6時30分起床。雨風が強く行動できそうもないので、シュラフの中でどうしようか迷っていると戸が開き、昨夜の二人のおじさんのうち一人がくる。飯を作ったので来いという。もはや断る術を知らず妥協する。今合宿で初めて農家の人に食事のお世話になる。 一年の時、舳倉島で1回経験しており、今回で二度目になる。朝食後、ザックを取りに行く。雨が強いので、今晩は泊まれという。おじさんはザックをとりに一緒に行くという。なにか農家の人たちのペースにうまく乗せられたという感もある。断われば断り切れたが、ついに折れた。 今回の僕たちのパーティの一つの方針は崩れた。その意味で行き詰まったと同時に失敗の感あり。農家の人の心遣いは非常によく分かるが、僕たち自身の考えを明確に伝えることができない。僕たちの活動を農家の人にわかってもらうのはほとんど不可能でしかない。 お世話になった家で【3月29日(日)】 6:45 起床 8:30 三浦神社出発 18:30 佐世保 五島列島最後の集合写真 【3月31日(月)】 9:00 起床 12:30 佐世保駅から集中地 淡路島慶野松原に向かう。 慶野松原には14パーティが終結。 Part 1 丹波から日本海へ 13日 Part 2 種子島、屋久島及び口永良部島 14日 Part 3 南紀串本から和歌山へ 13日 Part 4 五島列島 18日 Part 5 沖縄 25日 Part 6 蒜山、大山~島根半島 13日 Part 7 兵庫・鳥取県境、氷ノ山 13日 Part 8 上野、吉野、高野、和歌山 10日 Part 9 九州中部(人吉、椎葉、阿蘇) 18日 Part 10 南の端、奄美大島 18日 Part 11 四国、室戸市、安芸郡一帯 12日 Part 12 対馬と壱岐 18日 Part 13 長崎以南の半島一周 17日 Part 14 四国南西部 15日 この他にこの合宿を支え、集中地を整備、キャンプファイヤーの準備を行った、本部員7名からなるPart 0とPart 0.5があった。 集中地ではお互いの無事をよろこび、パーティ間の交流、キャンプファイアー、スタンツを行ない、長い春合宿は終了した。
2017.08.21
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【3月28日(金)】 P4の人文字 対馬岬の集合写真 対馬岬でドボン。午前中はいい天気であった。YKとKYが平まで床屋に行くというので許す。合宿中に床屋へ行くというのは小生の場合初めてであったので、これには若干困ったがドボンであり、自由時間なのでこれを許した。残りは一年生は性懲りもなく釣りをしたり、TMは本を読んだりしていた。 ブッシュの中を苦労して持ってきた竿をまたしても活用できなかったのは残念であったが、一年の舳倉島における経験からもたくさん釣れるとは思っていなかった。ある程度期待していた気持が裏切られ、かわいそうであった。 午後からはドボン恒例のトランプ、またという感もするが、何もやることはないし、思いもつかないので、自分も一緒になって、トランプに没頭する。 16時の天気図をとると、KYが雨が降るという。確かに雲が多くなっており、今にも雨が降り出しそうな感じ、テント内を整理し、ザックにポンチョをかける。 食事にかかると風が強く吹き出し、テントは一杯に風をはらみ出す。テントは今にも飛びそうであり、一年の時の苦い経験から、食事の支度をしつつ、シュラフをたたませる。夕食が終わったら、テントに被害が出ないうちに逃げ出すことにした。 目指すは野方郷にある神社。昨日の食糧の調達の時、おばさんから神社のことを聞いていたので、一番最初に頭に浮かんだ。明日の朝食や今晩食べるものを持ち、テントを倒し、石を乗せ、歩き始める。19時前であり、薄明るく歩きやすかった。 神社を開けてみると内部はかなり立派で畳まで敷いてあり、潜り込むにはまずいと判断し、神社の裏手にある番小屋のような板の間の部屋に逃げ込むことにする。一応村の人に許しを得るため近くの家にゆく。 村の〇〇氏に言ってくれと言われる。その家の前で家人を呼びだすが、応答なし。隣の家に行き事情を聞く。どうも我々を怪しく思ったらしい。〇〇氏をあちこち探す。その結果、やっと○○氏に会い、番小屋の使用の許しをもらうことができた。 ○○氏は電球まで持ってきてくれ、最初の印象とは異なり、○○氏宅に泊まるように言う。その後、入れ代わり、立ち代わり村の人が来てくれ、淋しいだろうから家へ泊まれというが、何とか断る。 ただ、明日の朝、お茶を飲みに行くことで、納得してもらえたようでホットする。
2017.08.21
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【3月27日(木)】 野方へ行く道をドジり、平へ行く道を歩いていたのに気がつかなったので、時間的にはかなりロスをしたが、大きな影響はなし。YKが最初の分岐を気づいていたが、無視したのはまずかった。 野方へは2ピッチで楽勝に着く。野方は農家ばかりで、小さな雑貨商しかなく、米を買うことができなかったので、近くの大きな農家で分けてもらう。平から歩いてきたといったら驚いていた。1000円で4升5合の米を買う。お茶やお菓子を出し食べていくようにと進められる。 先日は電話をかけにいき、スルメとかまぼこをもらったが今日はさつまいも、白菜、キャベツなどをくれた。最初、かご一杯さつまいもを持ってきてくれたが、食べきれないといって断る。 対馬岬は小値賀島の飯ノ崎と同様一面芝生で牛が三々五々草を食い、農家の人が芝を刈っている。水場は少なく綺麗ではなかった。水場を見つけるのに一苦労する。農家に水をもらいに行き、いもで作った餅をもらってくる。この辺をどうしてよいかよくわからない。 夜はYTとTYが夜釣りに行ったが、全く釣れず、ブッシュで苦労して持ってきた長い竿も何ら役に立たないし、今後も期待は持てそうもない。 ミーティングはワンゲルの方向性について、ゆきずまってしまい、打開策なし。
2017.08.21
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【3月24日(月)】 番岳には水場がないので、飯ノ崎に移動する。8時過ぎまで寝て、朝食抜きの行動であったため少ししんどかったが、30分位で着く。芝生と低い松林があり、日本の秘境の紹介にあったそのままを感じた。ヌーディストの島にしたらさぞきれいだろうと、改めて合宿前に読んだ本のことを思う。 午後からは自由時間で、一年生は釣りを行うが、2匹釣れただけ。ふぐと名前のわからない魚一匹。一年の時の舳倉島の経験から釣りにはあまり期待していなかったが、2匹も獲れればまずまずというべきかもしれない。 夜は野宿。新人はポンチョをかぶり、バラバラに寝ることにする。小値賀島それは期待を裏切ることのない、美しいそしてのどかな平和な島の印象を強くした。 【3月25日(火)】 8時起床。9時50分スタート。飯ノ崎から笛吹まで雨の中を歩く。昨夜野宿をしていたが、4時頃から雨が降り出したので、急遽テントを張る。5時から3時間余り寝る。 11時30分頃笛吹に着いたので、名古屋本部へ電話をするが本部不在のため、言付だけで終わる。この時の電話代が1440円、一瞬耳を疑い愕然とする。 予定通り「有保丸」が来る。雨の中はしけに乗り、「有保丸」に乗り込む。平江に着いてからワンピッチの範囲にキャンプ地を求めて歩く。水田の中の窪地を見つけるが、水場はない。 明日は対馬岬へ行く予定。夜のミーティングには皆食傷気味の感あり。 2回目の電話で名古屋本部が出た。全パーティ異常なしとのこと。連絡ができホットする。帰りしな、電話を借りた店の人から、お茶、風呂などをすすめられるがことわる。しかし、するめ5枚とかまぼこをくれた。【3月26日(水)】 日記の記載なし。
2017.08.21
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【3月23日(日)】 神の浦を9時過ぎに出て、中野を目指して歩き出す。のどかな春の日曜日という感じ。林道から外れ山道をゆく。沢のせせらぎを聞き、椿の花を踏みしめ、大瀬良を過ぎる。鯛の浦を一望できる林道に出る。22も湾が入り組み美しい景観をなしている。 今日のメインイベントは事前から皆が楽しみにしていた、中野のルルドである。鯛の浦からバスで三区のところにある。途中、農家のおばさんになにやら方言で話されるが理解できず、何ですかと問いかえすと大声で笑う。 どこでもそうだが、我々の姿を見ると地元の人が振り返る。「どこからきたのか」とか「何しにきたのか」とか聞かれることが一番多い。 中野に11時過ぎに着き、朝こしらえたおにぎり、ジュース等を持ちルルドを見に行く。バス道を歩いていた時から美しい教会が目に入っていたので、その教会へまず行ってみることにする。畑の間の細い舗装された道を登ると、教会の全容がはっきりするとともに、ルルドをみることができた。以外に大きくそして美しく見える。近づいてみると、美しい顔をしている像が岩のくぼんだところにあった。その美しさはたとえようがないものであった。 教会からは日曜日の礼拝をする黒と白いベールをかぶった土地の女性たちの捧げる祈りが聞こえ、正午には村のチャイムとともに、教会の鐘が響きわたった。 空はよく晴れ、緑の美しい畑、花が咲き、まことに春らしいのどかな牧歌的ムードの漂う、いかにも五島列島らしいムードの午後であった。 今日中に小値賀島に渡るため、中野からバスで有川まで行き、船に乗る。船中で帝塚山女子大のワンダーフォーゲル部の連中に会う。皆トレンカを履ききまっているようであるが、上はキルティング、アノラックを着たメッチェンばかりであった。 本当はピストンをするはずであった津和崎鼻を横に見て、船は小値賀島に着いた。船から見た島の印象は何か雑然とした風景が目にうつり、さえない場所ではないかと心配していた。 小値賀島には17時過ぎに上陸し、番岳でキャンプするため、案内図の前でルート確認していると、島のおばさんたちが「どこからきたの」「何しにきたの」と聞かれる。 番岳からは小値賀島をずっと見渡すことができ、静かな海に夕日が落ちるのを見ることができた。今合宿はじめての野宿を行う。三日月が空に傾き、オリオン座が南の空に、北には北斗七星をあおぎ、ゆらゆら揺れるローソクを囲み、シュラフにくるまって行うミーティングに一年生も新しいものを感じたに違いないと思う。
2017.08.20
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【3月22日(土)】 昨日のハードスケジュールをこなし、若干疲れ気味であったが6:30起床、2時間かけて佐野原を目指してスタートする。 山王山をピストンするため、佐野原からの登り口を探す。昨日のこともあるので、現地の人に尋ねてみる。彼は牛を引いて田を耕していたが、強引に聞く。地図を出し教えてもらうが、方言であったので、部分的にしか分からない。 礼を言って登り口を目指して歩く。しばらくすると、おじさんが来て登り口まで案内し、山を指しながら、あれこれ説明してくれる。 ルートはありそうなのでまずは一安心、ザックを置きピストンにでかける。植林のために作った道をどんどん行く。やっぱり道は楽だ。昨日とは比べものにならない。今里からの道に出会う。尾根道からはガムの紙とか、チョコレートの箱とかがちらかっており、一般の人がかなり入っていることがわかった。 1時間あまりで山王山に着く。山を歩いていると島にきているという感じはしないが、山が海にせまり、若松瀬戸とは異なった美しさがあったが、残念なことにカメラが不調でこの景色をおさめることができなかった。 佐野原から神の浦までは楽勝だった。途中の教会が印象的だった。15時頃、神の浦に着き、まきを集めながら、牡蠣採り、食器に半分くらい採れた。 教会の前で休憩(Bランチ??) 夜のミーティングは「大学生活とワンゲル」TMの司会。主にワンゲルについて話す。 一年生が食器洗いに行った時、村の人から寄っていかないかと言われたらしいが、無視していた。一年生は話をしたそうなので、チャンスがあればやってもいいと思うようになった。これは最初の計画と若干ずれるのだが・・・・・・・。
2017.08.20
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【3月19日(水)】 筒ヶ浦からわずか30分で昨日昼食をとった地点に戻る。朝起きた頃は雨が降っていたが、出発の頃は雨が上がる。 若松町にはすぐ着く。駐在さんの家にザックを取りに行く。駐在さんは小学校の卒業式に出席のために不在。しばらく待つと凛々しい制服姿で現れる。 ザックを回収した後、早速ラーメンで昼食。子供たちがわんさと集まる。 食料の点検を行い買い出しを行う。15時過ぎの船まで3時間位あるので、あとは自由時間にする。一年生は主に釣り、旧人はぼんやりそれを見ていた。結局釣れたのは二匹のみ。あまり大した収穫ではなかった。 最後まで残っていた4人の島の子供たちと写真を撮る。子供たちはかわいいところもあるが、少ししつこいところもある。「10円くれ」としきりに言う。きっと我々が珍しいのだろう。 15:45頃、福江町からの「西海丸」が来る。テープは長く尾を引き切れた。今度は皆で手を振った。船独特の感傷的な別れ、いいものだなあと、つくづく思う。 郷の首まではわずかな時間で着く。郷の首からはバスで青方までは20分~30分かかったのではないかと思う。山間の林道であらためて五島列島の大きさを知る。山と海これが五島であり、複雑に入り組んだ海を縫うように船がゆく。 今合宿で最も天候の良い日であった。若松港でののんびりとした1日。いつまでも忘れないだろう。明日の津和崎鼻のピストン、天候が気がかりである。【3月20日(木)】 今日は津和崎鼻へピストンに行く予定であったが、天候がおもわしくないので中止し、ドボンにする。6時起床で1日中トランプにあけくれる。夜はミーティング、割合意見は出たがYKとYTは寝ている。 16時の天気図から低気圧が続いて来るため、今日とあまり変わりない天候と考えられるので明日は山王山へ行く。【3月21日(金)】 天候は曇っており、時々雨が降る。青方からまっすぐ南下し、一つ峠越えをする。ここらあたりまでは割合調子よくいった。 200mの山を越え、海へ出るつもりであったが、沢から右へ登るルートを発見できず、これと思う尾根を見つけ登り始める。最初の1~2時間はわりといいペースでいったが、「しだ」が群生しており、トップはかなりきつそう。1年生に交代させながら登る。200m余りということで気楽なつもりで歩いていたが、尾根まであと少しのところで、動けなくなった。 尾根までのルートを見つけるために、YKとTMが「やぶ」や「しだ」を切り払いに行く。この時は尾根に出れば地図の点線にあるルートは必ず見つけ出すことができると思っていた。 その場で昼食をとり13:15出発。TMの話からは1時間はかかると思っていたが、20分余りで稜線に着く。稜線でルートファインディングをするが全くルートは見当たらない。地図で詠んだ地点とそんなに大きな違いはなかったはずだが・・・・・・・・。 1時間程ルートを探したが見当たらないので点線のついている尾根と思われるところから下ることにする。途中、1ヶ所ナタ目があったがそれ以外は人が通ったとは思われない。トップをYKとTM交互にやらせる。あと100mぐらいのところで、植林した跡に出る。そこでしばらく休み、ルートを見つけようとしたが、見つからなかったので、前と同様ブッシュに突っ込む。 あと15分位というところでYKが少しガレたところで10m~15m滑落する。一瞬怪我をしたとヒヤリとしたが、背中と肩に少しのかすり傷で済んだ。頭も打っていないようで、本当に幸運だった。 トップは疲れでかなりまいっているようであった。この調子だと山王山も道がないと思われるし、わずか400mといってもかなり厳しいことが、今日のワンデリングで検証されたので、ピストンにする。 明日は神の浦まで行く。今日ほど名古屋を遠く、懐かしく思ったことはない。 昼食の休憩 思ったより厳しい行動が終わり
2017.08.20
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【3月18日(火)】 桐古里から船で若松へ。船賃は60円以外に安い。生活のために頻繁に使われるためと思われる。若松瀬戸は天気が悪かったせいもあるが、思ったほどでもなかった。島という島は人の気配が全くなく、ただ島の間を縫うように船はゆく。すぐ若松に着き、少々あっけない感もあり、若松町は奈良尾ほどでもないが、かなり大きな町であった。 野宿の予定もあり、9時の天気図をとる。その間にKYに船の確認、青方へのバスの時刻などを調べさせる。最低限必要な荷物以外は置いてゆくことにするが、荷物番を警察に頼む。そこでパーティメンバーの名前、住所を書かされる。 11時頃出発。原塚までは行けそうもないので、間伏のあたりをまわり一泊することにする。山容は鈴鹿のごとくでもあり、島を歩いているという気分ではないが、少し行くとすぐ海に面する。 若松越から間伏を過ぎるあたりの景観はすばらしいものがあった。間伏中学校では校長らしい人と若干話す。宿直室にでも気楽に来いという。しかし、そのまま、どんどん間伏の村を進む。 若松瀬戸(その1) 若松瀬戸(その2) 中学生が後からぞろぞろついて来る。珍しくてたまらないのだろう。中学生たちは船でかよっているらしく、中学生を一杯乗せた船が行く。手を振ると子供たちも手を振る。 間伏からは単調な海に面した山道を進んだ。雨が降り出したので野宿を取りやめテントを張る。食糧のチョンボで忘れたものが多かった。 夜はYKの司会でミーティングを行うが全くダメだった。ミーティングのテーマは『愛とは恋とは?』
2017.08.18
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【3月17日(月)】 昨日欠航のため、8:00出航の「楓丸」で中通島の奈良尾に向かう。昨日ほどではなかったが、かなり揺れた。途中、かっこいいビブラムを履いた、メッチェンの二人連れに会う。なんでも関西から来たという。2時間位たったところで気分が悪くなってきたが、甲板に出て、寒さの中で震えていた。うとうとしながら、吐くのをがまんした。 乗船前の様子 「楓丸」606トン 定員445名(1等59、特2等135) 出航直後の笑顔 甲板にてまだ気分は悪くない 11時過ぎに奈良尾港に着く。やっと五島に来た感じがする。山は意外に高く見えた。奈良尾から直登で尾根に出る。尾根に出ると左右に海が開け、尾根は海岸のすぐ下まできている。 平なところにはほとんど人家が建ち、山腹は段々畑、尾根伝いにワンデリングを続ける。米山の展望台が見える。展望台を目指し、尾根を伝う。感じは鈴鹿のようだが、海がせまっているので、若干様相を異にする。 奈良尾港に着く直前 米山の展望台から 狭い平地に建つ人家 段々畑と小さな港 IDは船中で吐いたため精彩がない。展望台に立つと桐方の美しい教会を山の間に望むことができた。16時少し前に桐方に着く。 天気図をとり、その他のメンバーはサイト地を探しに行く。平地らしい平地には全て人家が建ち、とてもサイトが見つかりそうにないので、警察の詰め所に行ってキャンプができるところを探す。小根島のあるところを紹介してくれたので、そこに行くことにする。 夜はミーティング、大学問題がテーマ。司会は小生が行う。どこからとっついていいか分からず議論も散発的で、YTとIDは完全に疎外されている。政治に参加する方法についてのところで横道にそれたり、行き詰ったり、小生の政治に対する立位置がはっきりしていないので、みんなドングリの背比べといった感が強い。 夜、民家の人たちに風呂でも入らないかと言われたが、当初の方針通り断ることにする。以降いろいろな場面でこういうことは予想されるが、なるべく貫きたいと思う。
2017.08.17
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【3月15日(土)】 14:00名古屋駅集合。差し入れが多く大いに士気が上がる。【3月16日(日)】 周遊券でドジる。ワンデリングのさい先悪し。理由はよく思い出せないが、15:58発の急行「長崎」に乗る予定であったが、急行「ちくま1号」、大阪から乗り継ぎで急行「雲仙1号に乗ったためと思われる。 夜行列車は空いていて思ったよりも楽であった。9時過ぎに長崎駅に着く。港に行く途中、偶然にも歩道橋の上で、長崎大学ワンダーフォーゲル部の人たちと会う。波止場にザックを置き、TMとYKを周遊券の件で交通公社へ行かせる。残りのメンバーは長崎大学へ行く。長崎大学はバリケード封鎖中。クラブの一般的な情報交換を行う。学生会館で昼食をとり、大波止に戻った。長崎大の人は7人位いたと思うが、皆いい人ばかりだった。 13:00に船は出航した。長崎大の人は皆、船が見えなくなるまで、手を振ってくれた。 30分ばかりすると船内放送があり、シケのために引き返すとのこと。一瞬ガックリきたが、船酔いが心配だったのでホッとする。 14時過ぎに長崎港に戻ってくる。1時間位、サイト地を探すが適当なところがなく、長崎大学教育学部の寮に泊まる。1人1泊100円だった。明日は五島へ渡ることができるよう祈るだけ。夜のミーティングは大した内容もなく終わり、あとは歌でごまかす。23:30就寝。
2017.08.17
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大学時代ワンダーフォーゲル部に所属し、活動していた。クラブ主催の必須行事には新人歓迎会、錬成合宿、夏合宿、養成合宿、春合宿などがあったが、春合宿は一年の集大成となる重要な合宿で、南アルプスを活動地とした、夏合宿に比較し、幅広い地域で思い思いの活動がおこなわれていた。 3年生の春はリーダとして7名で約2週間、五島列島をワンデリングした。【1969年春合宿の方針】 期日:1969年(昭和44年)3月8日~4月3日 場所:西日本一帯および沖縄 パーティ数:14 形態:分散集中 集中地:兵庫県淡路島慶野松原【パーティスローガン】 ワンゲルの方向性の追求!! 活動地:五島列島 活動形態:海岸線歩きおよび野宿 パーティ方針: 1.サークルの方向性の追求 2.自然の中における各個人の結びつき 3.ワンゲルロマンティシズム (遠くへ行きたい、知らないところへ行きたいという衝動を満たす)【メンバー】 リーダ IH 理学部3年 サブリーダ YK 工学部2年 記 録 TM 経済学部3年 気象・会計 KY 工学部2年 装備・衛生 ID 経済学部1年 食 料 YT 農学部1年 記 録 TY 工学部1年 【スケジュール】 3月15日(土)名古屋(急行ちくま1号15:40発)-18:25大阪着 ー大阪(急行雲仙1号) 3月16日(日)ー(列車)-長崎着9:22-(船)-奈良尾(中通島)ー佐尾 3月17日(月)ー桐ー(船)-若松(若松島) 3月18日(火)ー神部ー石司ー間伏ー原塚 3月19日(水)-(船)-青方(中通島)-西股 3月20日(木)-(ひたすら北上)-津和崎鼻 3月21日(金)-(ひたすら南下)-西股 3月22日(土)-青方ー山王山ー佐野原 3月23日(日)-神元浦ー大瀬良ー鯛之浦ー中野 3月24日(月)-(バス)-有川ー(船)-笛吹(小値賀島)-番岳 3月25日(火)ー笛吹ー(船)-平(宇久島)-野方 3月26日(水)ドボン(休養日) 3月27日(木)-梅ノ木ー城ヶ岳 3月28日(金)ー平ー(船)-佐世保 3月29日(土)予備日 3月30日(日)予備日 3月31日(月)佐世保(西海1号)ー(列車)- 4月1日(火) -(列車)-明石6:00着ー(船)-淡路島=集中地
2017.08.16
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