その坂は、夜になると、お化けが出てくると言うウワサがたつほど、暗くて、淋しい場所だった。この坂を通るたびに、私と主人はあいつに出くわしていたのだ。
主人が気に掛けていない以上は、私もあまり、あいつの事で過敏になる訳にはいかなかった。あくまで私の方が、主人のパートナーだったからだ。
とは言え、それをいい事に、あいつの行動はどんどん大胆になっていくようにも見えた。
はじめて、あいつと出会った頃は、あいつも遠巻きに私たちの方を眺めていただけだったのである。しかし、会うたびに、あいつは確実に私たちのそばへと近づき始めていた。
あいつの顔だって、なんだか、挑発しているような笑っている表情に見える。明らかに、あいつは、私たちに対して、何らかの悪意を抱いていたのである。
最初の頃こそ、なんとか無視し続けていたものの、あいつがとうとう私たちの目の前にまで現れて、私たちの周囲をからかうようにうろつき出した時は、さすがに私も落ち着いてはいられなくなってきたのだった。
主人の目には可視できないと言う事は、あいつと接触しても、実際には何の悪影響も受けないと言う事なのだ。でも、私には、あいつの姿ははっきりと見えているのだから、逆にタチが悪かったのである。
ある時など、あいつは、いきなり私の前にと立ちふさがった。この時は、あまりに突然だったので、私もびっくりして、思わず踏ん張って、立ち止まってしまったものだ。おかげで、私の手綱を握っていた主人には、よけいな心配をさせてしまったようである。
「おいおい、どうしたんだよ」
と、その時の主人はぼやいていたが、私と主人は元から話を交わす事ができない。私は勝手に立ち止まってしまった事を主人に詫びる事も出来なかったし、あいつの存在を主人に説明する事も叶わなかったのである。
いよいよもって、あいつの行動は図々しくなってきた。
私も、あいつとぶつかっても何も起きない事をはっきりと認識して、あいつの事は必死に無視するようにし続けたのだが、それを承知で、あいつの挑発行為もさらに度が過ぎたものに変わっていったのだ。
私と主人が坂を通る時は、あいつは必ずまとわりついてきた。私の周囲で、うるさく動き回るのである。
いっそ踏みつけてしまいたいところだったが、こちらからあいつに触れても、空気のようにすり抜けてしまう事は、すでに何度か体験して分かっていた。
それでも、とうとう、私の堪忍袋の緒が切れてしまうような出来事が起きてしまったのである。
その日も私は、主人と一緒にその坂を渡っていた。例によって、あいつは現われ、私のそばに寄ってきたのだが、私はいつものように無視するつもりでいた。
ところが、次の瞬間、あいつは私の上へと飛び乗ってきたのである。
あいつに、それだけの俊敏さと跳躍力があったとは、私もその時はじめて知った。そして、同時に、ものすごく腹立たしい思いが私の内から湧き上がってきたのである。
なぜ、私があいつを乗せてやらなくちゃいけないのだ。あいつはこのまま、坂を通り過ぎるまで、私の上に乗っかっているつもりなのだろうか。
あいつときたら、私の上にふんぞり返って、これまた、憎々しいほど意地悪い笑みを浮かべている。
ええい、放せ!ここから、降りろ!
耐えきれなくなった私は、見境がつかなくなって、大切な主人をも引きずり回してしまう事も理解していた上で、ついには暴走をはじめてしまったのだった。
「何が起きたかですって?そりゃあ、こっちが聞きたいですよ。急に車が勝手に走りまくったんです。ブレーキを踏んでも、ハンドルを回しても、ぜんぜん思うように動かない。さいわい、大事になる前に止まったからいいようなもので、こんな事、長いこと車を運転してきたけど、はじめてです。車が故障したんでしょうかね。でも、あの坂を過ぎてからは、全く正常に戻ったんですよ。修理にも出してみたけど、どこにも故障は無かったって。あの坂では、前から車の調子がおかしくなる事が、よくあったんです。あの坂、お化けが出るって言うウワサがあるんだけど、まさか、そのせいじゃないでしょうね?」
了
(この作品は、いずれ 「ルシーの明日とその他の物語」 に収納させていただきます)
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