比喩で、そんな言い方をしているのではない。本当に地獄の海としか呼べないような場所だったのだ。
空はどす黒く曇り、怪しい鳥が沢山飛び回っている。周囲に陸とおぼしき場所は見当たらず、水も気味悪く濁っていて、激しく荒波が立っていた。とても現実世界の光景とは思えない。
そんな場所で、徳一はあっぷあっぷと顔を浮き沈みさせながら、溺れていたのだ。
なぜ、こんな事になったのだろう。徳一には理由がさっぱり思い出せなかった。しかし、もしここで完全に沈んでしまえば、きっと自分は間違いなく死んでしまうであろうと、それだけは本能ではっきりと分かったのであった。
徳一は、生きる為に必死に体を動かしたのだが、それでも状況は大変に不利だった。薄汚れた周囲の水は、実は海水ではないのか、あまり浮力がつかなかった。徳一の体は、少し油断すると瞬く間に下へと沈みだしてしまうのである。
こんな状態が長く続くうちに、徳一の意識も体力もじょじょに低下しだした。事態はいよいよもって危うくなってくる。
頑張っても、徳一は頭を水面上に出し続けるのが本当に難しくなってきて、体はどんどんと水の底へと沈み始めた。
このままではまずいと感じた徳一は、思いっきり右手を上へと伸ばした。
そこで、不思議な出来事が起こったのである。
絶対に他に誰もいないと思われるこの場所で、伸ばした右手の先が何か人間の手のようなものに触れたのである。
まさに、救いの手であった。
疑問を感じる余裕もなく、徳一は迷わずその手を握った。どうやら、屈強な男の右手らしかった。
何者の手かなんて、詮索しているどころじゃない。その手に引っぱり上げてもらおうと、徳一は必死にしがみついたのだ。
(つづきは 「ルシーの明日とその他の物語」 で)
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