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2016年11月04日

小説「新釈・漁師とおかみさん」(その1)

(本作は、グリムの童話「漁師とおかみさん」を現代風にアレンジしたものです)


 小さな町の水産工場でせいぜい係長どまりだった彼の給料では、妻の底知れない贅沢や虚栄心を満たしてやる事はとうてい不可能だった。その理屈を説明してみても、妻は彼の稼ぎが悪いの一言で片付けてしまうのである。
 二人の間には子どもはいなかった。結婚して三ヶ月めにして、美しき奥方は夫との夜の営みを拒否してしまったのである。もともと、彼女には夫への愛は欠片ほどもなく、自分がおもしろ楽しく暮らす事しか頭になかったのだ。そんな訳で、夫婦間ではすでに数年以上もセックスレス生活が続いている。せめて子どもでもいれば、今の生活も変わるかもしれないと男は考えた事もあったが、むしろ子どもがいたら、ますます生活が苦しくなっていたかもしれない。
 とにかく、今日も妻にやかましく怒鳴り散らされた男は、彼女と一緒にいるのがいたたまれなくなり、深夜だと言うのに、つい家を飛び出してしまったのだった。少し近所でも散策して、妻が落ち着いてから、こっそり家に戻るしかない。
 それにしても、あの妻は本当にどうにかならないものなのだろうか。男は、離婚が頭によぎった事もあったのだが、裁判で妻に勝てる自信はなかった。多額な慰謝料を支払わされる事を想像したら、とてもじゃないが離婚にも踏み切れないのだった。
 やがて、男はいつもの散歩コースの一つである岸壁へとやって来た。
 そこで彼は出会ったのである。あの奇妙な物体と。
『お願いです。助けて下さい』 と言う声が、男の耳に聞こえてきた。
 彼は立ち止まり、まわりをキョロキョロと見回した。しかし、今この場所は無人であり、彼以外の人間は見当たらなかった。
『ここです、ここです』 と、また声が聞こえてきた。
 今度は、その声が足もとから聞こえていた事に気が付いた男は、下の方へと目を向けた。
 岸壁のコンクリートの地面の上に、打ち上げられた海草や貝などと混ざって、長さ30センチほどの奇怪な物体が横たわっていたのだった。     (つづく)

「ルシーの明日とその他の物語」

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