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2016年11月07日

小説「新釈・漁師とおかみさん」(その4)

「君、すまない。私は乗る気じゃなかったんだがね、女房のヤツがどうしてもと言ってね」
『なるほどね。その程度の望みでしたら、訳なく叶えられますよ』
 その物体があまりにもあっさりと承諾してくれたものだから、男は逆に騙されているような気持ちになってきたのだった。
 しかし、物体はいったん海中に潜り込んだあと、次に海面に現れた時には、防水のビニールケースに入れた書類の束を男の方へとポンと投げつけてきた。
『それは、マンションの今後の支払い分の領収書です。たった今、私の方で全額払い済ませましたよ』
 そして、書類の束を調べた限りでは、確かに物体の言う事は事実なのであった。
「君、ありがとう。本当にありがとう。これで女房も満足してくれると思うよ」 安心した男は、しきりに物体へと頭を下げ、礼を言った。
『命を助けてもらった恩に比べたら、この程度、大した事ありませんよ。もっと難しい願いだって叶えてあげられたのに、あなたって本当に欲が無いのですね』
 それにしても、この物体はどこから大金を手に入れたのだろう?今、支払ってもらったマンションのローンにしたって、決してささやかな金額ではなかったはずである。どうも、この物体は、男の想像をはるかに超えた未知の存在だったようだ。
 物体と別れた男は、喜びに満ちて、自分の家へと戻ったのだった。
 そして、待っていた妻にマンションのローンの領収書を見せると、謎の物体の親切さや義理堅さをとくと語って聞かせた。
 ところが、そうしてゆくうち、最初は嬉しそうだった妻の表情が次第に険しいものへと変わっていったのだった。     (つづく)

「ルシーの明日とその他の物語」

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