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2016年11月07日

小説「新釈・漁師とおかみさん」(その6)

『恩人さん。ちょっと目をつぶっていただけませんか』
 男は、言われた通りに、その場で目を閉じた。
『もう、いいですよ』
 物体の声に従って目を開いた時、まだ真夜中だと思っていたはずなのに、なぜか空には日が昇りかけていた。男には、何がどうなっているのか、よく分からなかった。自分が目をつぶったのは本当に一瞬であり、居眠りとかもしていなかったからだ。
『さあ、おうちにお帰りください。新居が待ってますよ』
 物体は涼しげにそう告げてくれたのだが、男の方はまだ夢でも見ているような気分だった。
 しかし、朝方の道をてくてくと歩き、自分の住むマンションの前にまで戻って来た時、男は愕然としたのであった。
 そこには、見慣れたマンションは無かった。かつて目にした事もなかったような素晴しい豪邸がずんと建っていたのである。
 おそるおそる、豪邸の表札を確認すると、男の苗字が書かれていた。確かに、あの物体は無茶な願いをあっさり叶えてくれたのだ。
 男には、まだ信じられないような話だったが、それでも、これなら妻もさすがに満足してくれたはずであろう。
 男は、自分の豪邸の中へと入っていき、中で待っていた妻と会った。妻の感謝の言葉を聞けるものとばかり思っていたのに、彼が耳にしたのは全く別の言葉であった。    (つづく)

「ルシーの明日とその他の物語」

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