男の伝言を聞いた例の物体は、何の異論も唱えたりせず、あっさり妻の願いを聞き入れてくれたのだった。しかし、今度は、男が目をつぶらされた時間もさらに長くなったように感じられた。なおかつ、目を開けた時、海の水は信じられないほど、どす黒く汚れていた。これって、もしかすると、妻みたいな人間がこの国の支配者になってしまったばかりに、デタラメな政策の末に、海もこんなに汚染されてしまったと言う事なのだろうか。
男がいつものように自宅へと戻ってみると、あの豪邸は全く別物の威厳ある総統府へと変わっていた。周囲を警備している使用人も、軍服姿の兵士ばかりだ。男が邸宅の中へ入っていこうとすると、彼に対してすら兵士たちは敬礼し、バンザイを唱える有様だった。
間違いなく、今の妻は絶対的な独裁者だったのであろう。しかし、そんなものに彼女が本気でなりたかったのか、男には判断がつかなくなっていた。
そして、総統室にて、かっこ良く軍服を着こなして、鎮座していた妻に会ってみると、やはり彼女は今の生活に満足はしていなかったのだった。
「ねえ、あなた、聞いてよ!あちこちの外国のお偉いさん方が私のこの国での政策にケチをつけるのよ!うるさいったら、ありゃしないわ!いっその事、戦争をおっ始めて、他の国を全部滅ぼしちゃおうかしら」
「お、お前。滅多な事は言うもんじゃないよ」
「でも、ここは私の国よ。それなのに、なぜヨソモノに口を挟まれなくちゃいけないの?おかしいわよ」
「それが国の責任ある指導者同士の駆け引きってものなんだよ」
「ああ!そうだわ。私、この国だけじゃなくて、地球そのものの支配者になればいいのよ。だったら、もう文句を言う部外者はいなくなるでしょ?」
妻の野望は、とうとう行き着くとこまで行ってしまったようだった。
男は、さすがにバカバカしく思えてきたのだが、それでも妻の要望を持って、岸壁にいる例の物体と会ってくるしか無かった。
そして、今度もまた、物体は何の戸惑いすら見せずに、すぐに妻の願いを聞き届けてくれたのである。 (つづく)
「ルシーの明日とその他の物語」
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