ストレスに対する生化学的な回復力を強め、
新たな脳細胞の成長を促し、
自己肯定を高め、
精神疾患の背景にある遺伝的リスクを相殺する
可能性さえある。
軽度から中等度のうつ病患者のほとんどにとって、
運動はもっとも有効で、
安全で、役に立ち、実行しやすく、
楽しくもある治療だといえる。
心理学者や臨床医は
30年以上前から、
運動をうつ病の代替療法として研究してきた。
運動が効く理由 その2
神経生物学は運動がうつ病を防ぐ理由に加え、
「運動しないとうつ病になりやすい」
という逆も真なりと説明する。
身体的不活発は、
うつ病の結果である例もあるが、
うつ病を招く大きなリスク因子
でもある可能性が
疫学調査から示されている。
2014年、6000人以上の英国人高齢者を対象に
テレビを見て過ごす時間が長い人ほど、
うつ病の症状と理学的所見が見られた
(ただし読書などは、この相関はない)。
何らかの活発な身体活動を
週に少なくとも1回行う人は、
うつに陥る例が少なかった。
2015年、5000人近い中国人大学生を対象にした研究では、
テレビやパソコン画面の前で過ごす時間が長い学生ほど、
うつ病の症状および理学所見を示す率が高かった。
対照的に、身体的に活発な学生ほど、
年齢や性別、居住環境によらず、
うつ病のリスクは低かった。
合計20万人以上になる24件の研究をメタ解析した結果も、
座りがちな行動様式はうつ病のリスク増大と相関していた。
米疾病予防健康増進局によれば、
活発な人は不活発な人と比べ、
うつ病になる可能性が平均で45%低い。
心理学的な効果
こうした生理学的理由の他に
多くの社会的・心理的因子から、
運動がうつ病の症状および理学的所見が軽減できる
理由が説明できる。
うつ病に苦しんだ人びとに対する面接調査では、
患者は運動が活力を与え、
目的意識と達成感をもたらし、
自己肯定と気分を高め、
食欲と睡眠周期を調節し、
マイナス思考を紛らわせた
と、語っている。
グループで運動すると、
格好の社交の機会ともなる。
だが、うつ病患者が運動するには
まず、意欲の深刻な欠如を
乗り越えねばならない。
やる気の減退という最初の壁を
乗り越えられるかどうかは、
特に運動トレーニングに
どれだけの満足と主体感を
感じるかによるらしい。
「楽しさがその運動をどれだけ続けられるかに直結する。
患者には何であれ、
面白くて楽しいことをしてほしいと思う」
とオットー(ボストン大学心理学者)は言う。
治療法としての運動は、
患者が自分で種類や強度を選んだ
場合に成功することが
研究から示唆されている。
たいていの人は中度の運動、
つまり呼吸が辛くなる程度
あたりか、すぐ下の強度を選ぶ。
2011年、うつ病の女性38人に
ランニングマシンでの運動を
グループで週3回、
指示された強度
または自分で選んだ強度
のいずれかでするように求めた。
1ヶ月後、運動レベルを自分で選んだ女性は
そうでない女性と比べて、
うつの程度が下がり、
自己肯定が高まった。
ほとんどの人は、
運動が体の見かけや減量のためだけではなく、
いかに自分の気分も変えうるかを
理解していない。
「引きこもって何もしたくない
感じていても、
運動はそこから外へ押し出してくれる。
うつ病では、やろうとすること全てが、
無益で無意味に思える。
運動が、打破するのはまさにこの状況だ。
起き上がって外に出る必要がある」。
とオットーは言う。(了)
【参考文献】
別冊日経サイエンス 最新科学が解き明かす脳と心
日経サイエンス編集部編 日経サイエンス社
2017年12月16日