2013年05月08日投稿。
ぽてぽてぽて。
何かが近付いてくる音がしたかと思うと、不意にぎゅうううぅと抱き締められた。
「銀の字?」
いや、違う。
もっと小さな何かだ。
「誰だい?」
言うも、その後ろに掻きついてきた何かは引っ付いたまま。
お妲は溜め息を吐いた。
銀の字かと思ったんだけどね。
そう、この掻きつき方には覚えがある。銀が後ろから引っ付いてくる時と、そっくりな感触なのだ。身長差はあるものの、ぎゅうううぅと何も言わずに掻きつくように引っ付いてくるのだ。それと、すごく似ている。
「誰だい?」
お妲がもう一度言うと、後ろからひょっこり鬼子が顔を出し、なぁー、なぁー、と声を出してきた。
「何だ、お紀伊かい」
確かそんな名前だったとお妲は思い出しながら、声を掛ける。
さて、銀は何処に行った。鬼子の世話は銀の仕事のはずだ。
「ひどいね、銀の字の奴、アンタをひとりぼっちにして」
お妲は手を差し出した。それを小さな手でぎゅっと掴んでくる。
なかなか可愛いところがあるものだ。
くすりっ、お妲は笑った。
「じゃあ、銀の字が戻るまでアタシの部屋に来るかい?」
言いながら、お妲は歩き出す。もちろん、その手をぎゅっと手に取ったまま、鬼子もぽてぽてとついてきた。
そうしていくらか歩いた長屋の奥の奥、そこにあるのがお妲の部屋だった。
「さ、お入りぃさ」
言ってお妲は部屋の道具箱を漁り始めた。何か小さな子が遊べそうなもの。おはじきくらいか。
そう思って、おはじきの入った小さな袋を手に振り向くと、鬼子は部屋の隅の布団を引っ張っている。
「なんだい、アンタ眠いのかい?」
お妲が言う間に、引っ張り出してそこに布団を敷いてしまった。そしてそこに寝転がると、ぽんぽん、ぽんぽん、自分の隣を叩きながら、なぁー、なぁー、と鳴いてみせた。
お妲は一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに微笑んだ。
「何だ、一瞬に寝てほしいのかい」
可愛らしいねぇ。
そう言うと、着ていた着物をするするするりと脱ぎ捨てて、襦袢姿で鬼子の横に寝転がった。
すると鬼子は毛布を手繰り寄せ、乱雑に、お妲に掛けてきた。
それにお妲はつい笑みを漏らす。
「ほらっ、馬鹿だねぇ、それじゃあアンタが寒いだろ、二人入るように掛けるんだよ」
そう言ってお妲は毛布をそっと掛け直した。
じゃあ、おやすみ。
そう言うと、ころころころころと、嬉しそうに喉を鳴らして鬼子が応えてくる。なんとも可愛いものじゃないか。
お妲はぎゅうううぅ、と鬼子を抱き締めた。
「アンタ偉いねぇ、銀の字にしてもらったこと、嬉しかったからアタシにもしてくれるなんてねぇ」
なぁー!
腕と胸の辺りから、嬉しそうな、威張ったような、そんな声が聞こえてくる。
それを優しく撫でながら、ぼんやりと、二人、微睡みに身を任せるのであった……。
続く
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