『他郷遇故知』 と書いてくれたKさんが「自分は 『客家(はっか)だ』 言っていました。
Singaporeを含めマレー半島の華人は客家と言われる人がかなりいます。
http://www.geocities.jp/ninoike2905/er.html
こんなの ↓ もありましたよ(客家料理)
http://12ch.webpro16.com/2015/03/354in.html
自分は横浜とSan Francisco両方のChina Townのすぐ隣で暮らしていたことがありました。自分の素朴な疑問は 「華人はなぜこんなに固まって暮らしているんだろう?」 (Pics/ Google)
ある時親しくなった華人のひとりがこう説明してくてました。『他郷遇故知』であったかどうか全く覚えていませんが、やはり何か中国のことわざのようなものをあげて 「異郷(例えば地方から都会、中国から米国)に来て頼れるのはやはり 同郷の華人 なんだ」 さらに 「最初の知り合いに別の 有力者を紹介してもらって 何とか職を見つけるんだ、皆そうやってここに来たんだよ」 みたいなことを言いました。これ、実感として良くわかります。San Franciscoには "Japan Center/日本人街” があるんですが、そこと中華街は全く雰囲気違います。Japan Centerのような、何というか、『寄り添って暮らす』というかそのちょっと哀愁(?)を帯びた感じがほとんどないんですね中華街には。端から見ているからかもしれませんが、Little Tokyo(これはLAですが)/Japan Center(SF)がある種日本人のオアシス(避難場所)だとすると、China Townはもう普通の中国です。つまり ”面で展開する” という感じですね。中国と全く同じレストラン・漢方薬局・茶房をさっさと作っていくわけです。で、彼らが果たして・・・強靭な精神力を持っているかというと・・・実はそうとも思えないんですよね。信念を持ってやっているというよりは、 他に方法が良くわからないから知らないうちにこうなちゃった 、、みたいなこと言う友人が結構いたので驚きました。もしかしたら、K さんが書いてくれた『他郷遇故知』には ”異郷で大事なのは古い友人を通して人脈を広げなさい” という意味かもしれないとふと思った次第です。

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