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ディズニーがこんなアニメを作っていたとは驚きです。空軍力による勝利(クリックしてね)
2012年09月30日
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30分間の隠れ家のようなものかもしれない。どこから隠れるのかと探してみたら、ふつうに浮かぶのは、世間から隠れる。物理的な世間から隠れ、頭の中の世間から隠れ、頭の中の架空の世間の裏側に隠れる。それはべつに、隠れているわけではないのかもしれない。静かな表面の世界に入ってゆくのかもしれない。言葉が意味を持たない空間に半分身を浸し、とはいうものの、言葉にしている。言葉をする?
2012年09月29日
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ほとんど人のいない場所で、しかも安全な場所をのんびり散歩したい、という程度の希望なら、なんとか都合をつけれる。それから?夏目漱石の「それから」の「高等遊民」は、物語を通して「高等遊民」から脱落し、それから?「それから」を書いた夏目漱石は、それから吐血したのだったか?30分たって、それから?
2012年09月28日
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夢で船に乗ろうとしている。パンフレットを渡される。あと数分で出発なのに、切符は持っているのに、乗船受付窓口に行って、パンフレットに書かれた必要な品を手に入れるよう言われる。たとえば、非常時用缶詰とか。船に乗ってしまえば缶詰は役に立たないだろう、と隣の人が言う。こんな夢の話は、その場に居合わさなければ場の空気がわからない。そもそも他人の夢の場の空気を吸うのは困難だ。だから?そういうことなので、だから、いまから風呂に入って、ローソンで買った月見とろろそばを食べよう。
2012年09月26日
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柿を食べたいと思った。柿を買いに行き、柿を切る。期待ほどおいしくはないだろうと予想したが、おいしかった。よかった。あしたが仕事だと、夜の散歩に出る気がしない。若い頃なら平気だった気がするが、体力とともに気力が減った。有限の気力でやりくりする。有限の気力を使って、柿を食べたんだろう。うまくいってよかった。トイレに行きたくなった。トイレに行った。
2012年09月23日
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何をしたって、どうということはないのだから、心配しなくていい。とにかく、思いつける「したいこと」をやってみる。「したくないこと」をしないだけでは運動不足になってしまう。「したいこと」のほとんどが勘違いにせよ、あきらめさせてほしい。有限の空間を有限の時間でさまよう。有限の空間…人間でいうなら、特定の人間の、それぞれきわめて特殊な状況での空間は、それぞれきわめて特殊だろう。いやあ、まだ7回目だけど、「30分の試み」はいまのところ、かなりぼくに適した発見みたい。制限と自由度が釣り合ってる感じ。
2012年09月23日
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久しぶりに夜、少し走った。そして思ったのだが、ほとんど人の通らない所を動くのは、気分がいい。それにひきかえ、来年、夏のヘルシンキの海岸沿いを動く場合、観光地なので人がたくさんいて、それだけで、人が多いというだけで、あまりおもしろく感じれないのではあるまいか。旅行は走るのとちがって、健康のための運動とはちがうし、食生活とか睡眠とか乱れるし、不健康なのかもしれない。べつに健康のために旅行するわけではない。目新しい場所に身を置いてみたいのだ。たぶん。でも、そういうのは人がそう言ってるのを聞いたのでそんな気がするだけで、「目新しい場所」にほんとうに期待しているのかどうだか。失敗しかなくてもじっとしているよりはましだと思いこまされているのかも。
2012年09月22日
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混乱したまま見おろすと、手招きしていた手が、ガラスの舞台の空虚な天井を指さしている。どういうことかわからぬまま、足をぶらぶらさせて天井は穴だと身ぶりで伝えようとする。自分の立っている舞台の天井なんだから、わかってるだろうのに、それでもしつこく指さしてる。どうやら天井のまん中を指さしている。
2012年09月22日
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ひととしゃべっていて、「新しい」と言おうとして、「あらたしい」と言ってしまった。どうしていまさらこのような言い間違いをしたのか考えてみたとたん、驚いた。最近、「あたらしい」とパソコンに打ち込もうとして「あらたしい」と打ち込んだことを思い出したのだ。どうやら打ち込み違った「あらたしい」という言葉が頭に残ってしまったらしい。キーボードの打ち込み間違いが発声間違いを導いたとは!うれしくなって、しゃべっていた相手に事情を親切に解説したのだが、興味を持ってくれはしなかったのは残念だった。こんなことがあると生きていてよかったと感じれるのは、個人的には良い状況に思える。…9分58秒…まあね……25分48秒…いくつかの文章が浮かびはしたが、書く気にはなれない…30分00秒…
2012年09月22日
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そんなつもりはなかったのだけれど、ほんとは外に出て散歩するなりなんなりしたいのだけれど、事情もあって、どうして事情と情事はこんなに別の事なのか、すでに4回目の「30分の試み」である。まあ、目新しいのだろう。「書きたい」「書くことがある」から書こうとしてみる、というのではなく、「30分の試み」で何をしようとしているのかわからないので、興味本位で進めてみる。
2012年09月20日
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図に乗って3回目。そもそもこれは、自己精神療法みたいなものなんだろうか? 何を解決しようというのか? 「考えないこと」と「考えること」の中間のような領域にしたいのかもしれない。それとも30分間の時間つぶし? だけど、時間をつぶしただけと感じる場合のような後味の悪さが残るわけでもない。後味はまだ2回しかないけど。いったん「30分の試み」をスタートしたら、途中で書けないなら、それでもじっとして、書けても書けなくても、こうしているのは、心地よい。方向性も目的もなく、「30分の試み」という手段だけが揺れている。そうか、人が余暇に俳句を作ったりするのは、30分くらいで作れるのかもしれない。ぼくは詩を思いついたらたまに書きはするけど、「30分で詩を作りましょう」といわれたって、うまくゆく気がしない。俳句や短歌なら、30分でなんとかなるのかもしれない。「30分の試み」は、人が余暇で俳句を作ろうとする心持ちに似ているのかもしれない。わからないけど。
2012年09月20日
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来年、仕事日数が減ったら(半分くらいになる予定)、運動を増やそうと思う。仕事のストレスがほとんどなくなって、運動しておれば、健康になりやすいと思う。「高等遊民」の気配があるな。いや、「高等遊民」はそんなに運動しないか…ふと、考えたのだが、29分くらいたったころ、書きたいことを思いついたらどうするんだろう? つづけて次の「30分の試み」をするんだろうか?…いま、書きかけの文章を消しました。なんでも書こう、というわけでもないらしい。
2012年09月20日
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どういうわけか思いついたのだが、何を書くともなく30分、書く試みをする。「3分間、頭に言葉や映像を流さないでいようとする」試みを、1日10回試みたなら30分になるから、というわけでもない(もしかしたらそうかもしれない)のだろうけれど、たまたま「これから30分、書く試みをしてみよう」と決めたとき、こんなふうに書いてみる。すぐにあきるかもしれないし、何かしらぼくを引きつける行為になるかもしれない。何を書いてもいいのだけれど、書けないかもしれない。いまは、電車に乗ってきた。だけど、電車に乗っているうちの、何を書いてもいいとしたって、書かなくてもいい。いくつかの場面が浮かびはするのだけれど…22分5秒…まあ、こんなことを思いついたときには、うれしくなる。30分になった。
2012年09月19日
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ただ数枚の扉を抜けて見知らぬふりをした土地へ川のみだれに沿ってそれとなく不安になり旅の食事は薄暗く遠方の気分にひたる頃いま到着した駅からのもうひとつの旅へ出かけようとして(こんなことを考えたいわけではない)生きることを熱心にくりかえしてもどこにも行けないと感じるとき見知らぬふりをした体を連れて(わたしは他人の旅)に出る(不思議な行為は不思議な感じ)
2012年09月17日
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この写真を拡大すると…拡大写真(クリックしてね)…画像が整うのに時間がかかるのが欠点ですが…うーん、すごい。うーん…これはこれまでの拡大写真の中でも、いっそうすごいのでは!
2012年09月17日
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この街には すすめられてこんなにいつも雨の降るきれいに縦に降る映画館から川へ古い食堂から土へ聞き知らぬ言葉が行き交い聞き取れない音声をまねる見知らぬ光景に入り 分からぬままあどけなく振る舞う植物で覆われた橋であいさつされる
2012年09月16日
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何かを確かめようとすると、そこには確かめられるはずの出来事ではなく、意外な展開が、起こってしまえばそういうこともありえたのだが、それが行為のおもしろいところで、このような感覚がもたらされるだろうとは予測しておらず、型にはめようとしてはみ出して行くものを追いかける。海岸沿いに歩けば一周できないのは、閉じられておらず、数年がかりならいざ知らず、この、数時間ばかりの散歩道が、この世界の好き嫌いを決める。制限についてかかわるのを外れ、はっきりと伝えるための、そういう方法として試みているのでないのはもちろんわかる。かといって、期待していないわけではない。いや、期待などしていなくとも、確かめようとしなければ、確かめようとする好意のもたらす何も無さ、行為ばかりが宙に浮く静けさがもたらされることもなく、要は言葉の並び具合にいらだつのは、前もってある程度のルールは守るべきはずのものといった、ルールをどの程度外れようが、あとは生理的な好き嫌いになる。
2012年09月14日
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陽はどこから ともなく弱く 射して真昼はいまだ やって来ない真昼はとうに 過ぎ去った昼のなかに住む 生き者かすかに息して弱い場所でうごめくできごとは知ろうともしない昼の湯につかり眠たげに他人の夢を語りだす湯舟に昼の花が咲くゆるんだ花びらに身をまかすやわらかい湯を 口に含むやがて闇に吸われる昼の身は夜の言葉を忌み嫌う
2012年09月13日
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しかしな、一気に下まで落ちてもたいした怪我にはならないにしたって、痛みはするだろう。 そもそも僕は痛みに弱いのだ。それもかなり非常に弱い。それが非常に実感されたのがこの前の腰痛のときだ。 痛くて床から起きあがることもできず、もしここにボタンがあって、ボタンを押したら即死なら、ボタンを押すんじゃなかろうか。
2012年09月09日
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町山智浩さんによる、衝撃的なドキュメンタリー映画の解説です。ほとんどまちがいなく驚きます! リベリアなどのいくつかの国では大使の地位が売られており、お金で大使になって、大使になれば手荷物検査などが無く、紛争地域の国のダイヤモンドを密輸しやすいらしいのです。iTunes を開き、iTunes Store で「たまむすび9月4日」で検索し、出てきた画面の中の「Podcastエピソード」の「9月4日(火)たいしたたま」を無料購入してください。 ただし、数日後にはiTunes Storeから外されます。いちおう、ここでも聞けるようにしておきます。お金で大使になれる(クリックしてね)ただし、これも数日後には聞けなくなります。■その後この番組は、iTunesではもう聞けませんが、同じ録音が(いまのところ)YouTubeで聞けますので、紹介します。「The Ambassador」(町山智浩さんの映画解説)(クリックしてね)
2012年09月05日
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そんなふうにして黄色い(ここに書かれた文字が読み取れない)は(書かれた文字が消されている)がいてまるで雪の(文字が聞き取れない)光っている椅子と(知らない言葉が書かれている)ので知らない言葉の辞書を引くけどどのような意味とも肌が合わず(特殊な文字が書かれている)といっしょに(読めない文字)(記憶に無い言葉)(知らない言葉)( )しよう
2012年09月03日
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人工物とか自然とかは、人に楽しみ(苦しみ)を与えることはできるけれども、「人生の答」は、「沈黙の感覚の実感」とか「お光りさん」といった、「人間の日常」と呼ばれているいわゆる「現実」からすると「幻覚」「錯覚」と見なされるだろう身心の状態がもたらすのだろう…
2012年09月02日
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(瞑想:p108:J・クリシュナムルティ(著):星雲社)より引用(一部変作)『瞑想においては 安全かどうかという方針は消え去ります 瞑想においては 人間や自然が作った美ではなく 静けさのもたらす美があります 知性と感情は それに近づくことができません』
2012年09月02日
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