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2008.08.11
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カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

アンリの病状は悪化の一途をたどった。ゆっくりと坂をくだり、それからその坂は急激に角度を増していく。転げ落ちるように細る命の現場に立ち会うのは、マレーにとって初めての経験で、その逃れようのない痛みは想像以上だった。兄との幼いころの思い出が走馬灯のように蘇る。成長してからの、必ずしも楽しい思い出ばかりではない兄との出来事さえ、かけがえのないものだったと気づかされた。

そんなマレーを気遣って、ジャン・コクトーが見舞いにやってきた。
門のところでマレーの衣装係と立ち話をしているコクトーを窓から見つけて、マレーが玄関先に出てくると、コクトーは喜色満面で手を振り、駆け出した。その子供のような無邪気さに、衣装係のアンヌが唖然とするのがマレーには見えた。
「走っちゃだめだ、ジャン!」
慌てて自分も駆け寄りながら叫ぶ。
「君は、心臓が悪いんだから」
久しぶりにマレーに会うコクトーは、叱られてむしろ嬉しそうだった。息を弾ませてマレーのところに来た。

コクトーを死の予兆が漂い始めた兄に会わせるのは、マレーにははばかられることのように思えた。誰より鋭敏なコクトーの神経を心配したのだ。心臓に爆弾を抱えている状態のコクトーにショックを与えたくなかったこともある。だが、コクトーはアンリに対しても、いつもどおり細やかな配慮で接し、冗談を言って笑わせた。そしてマレーには、まだ希望があるかのように振る舞った。マレーはアンリがとっくに希望がもてない状態であることはわかっていたが、コクトーの優しさにすがりついた。弱みを見せられる相手は他には誰もいないのだ。

眠れないマレーにコクトーはいつまでも付き合った。2人は夜の庭を散歩し、「ジャン・コクトー通り」とマレーがプレートをかけた庭の並木道のベンチで座り、月明かりの下で、アンリとマレーとコクトー3人の思い出話をした。

戦争中、アンリは神経症の持病で兵役免除になった。マレーは戦場に。コクトーは孤独なアンリを家へ招き、彼の観たがる映画にも連れて行った。ところが、そのお返しにコクトーから小切手をせびり、マレーを激怒させ、絶望させた。常に意中の女性に貢いでは捨てられていた兄は、当時のマレーの頭痛のタネだった。だが、コクトーはアンリを責めなかった。マレーはコクトーに、すべてを打ち明け、兄には絶対に金を渡さないでくれと懇願しなければならなかった。

やがて、話は今のことになった。兄が重病になって、家に来たことで、マレーが知ってしまったことがあった。マレーはよい職に就けないアンリを長い間経済的に支援してきた。だが、多忙になって兄と会う時間がなくなると、母が1人でさかんにアンリのもとを訪ね、マレーが言ってもいないアンリの悪口を本人に吹き込み、マレーの兄への無償の愛を屈辱的な施しに変えてしまっていた。

「おまえの本当の姿を知るためには、病気になる必要があったんだな」
アンリはマレーに言った。母は2人の息子を愛していた。だが、兄は兄、弟は弟で別々に愛したかったのだ。そのために兄弟の間を引き裂こうとした。マレーは愕然としながらも、母には何も気づかないふりをした。
「たぶん、ロザリー(=母)は、ぼくが世の中から見捨てられた浮浪児になれば、ものすごく満足するんだと思う。そうすれば、自分だけがぼくの面倒を見られるからね。そのぐらい彼女はぼくのことを偏愛してる」
「ぼくの母親は、ぼくが詩王になって、王族とだけ付き合うような人間になるのが夢だった。若いころはやっぱり、ずいぶん友人関係に介入してきて悩まされたけど、さすがにポール(=コクトーの兄)との仲まで裂こうとはしなかったよ」
「でもね、ジャン。ぼくは…… ぼくは、できればこれからもここで、ロザリー(=母)と一緒に暮らしたいんだ」
「君にとって、それは快適なのか?」
「いや、正直に言うと重荷だけど…… でも、ロザリーも年だし、面倒を見たい」
「ぼくは君を知ってるから言うけど、彼女と一緒に暮らし始めたら、たぶん1週間で君がホテル暮らしを始めるよ」
「そうかな…… そうかもしれないな。でも、ロザリーと暮らせたらと思ってる。というか、1人にしておくと何をしでかすかわからなくなってるからね。年をとって、孤独になって、だんだんにひどくなっている気がするんだ。ああいう人だから、友達もまったくいないし、使用人をつければ、あらゆる酷いことをして当り散らす。アンリとぼくに嘘をつくのも、孤独が原因じゃないかな」
「ねえ、ジャノ。これはまじめなプランなんだけど。ぼくがロザリーと結婚するのを、君はどう思う?」
「え?」
「そうすれば、君はぼくの本当の息子になれる。ロザリーの面倒も一緒に見るよ。今の彼女を1人で背負うのは、あまりに大変だろう。君さえよければ、そしてロザリーが承知してくれれば、ぼくはいつでも……」
「ダメだよ、ジャン。絶対にそんなことをしてはダメだ。今のロザリーがコクトー夫人の座を手に入れたら、本当に何をしでかすかわからない。ロザリーは心の底では、ぼくたちを許していないよ。いまだに彼女からぼくを奪ったのは君だと信じて、君がぼくを『間違った道に引き入れた』と言っては不当に非難してる。いまだに亡くなったイヴォンヌとぼくに嫉妬して、楽屋にイヴォンヌの写真を置いただけで半狂乱になる。ぼくがいないときにやってきて、中からしか開けられない鍵をかけてジョルジュを締め出す。発作を起こさせないためには、とにかくプレゼントをしなきゃいけなんだ。ぼくはロケや巡業や旅行に出るたびに、バカバカしいぐらい高価なお土産をロザリーに買って渡してるよ。そうすれば、しばらくは満足して陽気でおもしろいロザリーでいてくれるからね」
「まったく、君の母上ときたら、バルザックの作中人物だね。それでも君はロザリーを愛してるのか」
「……うん」

遅くまで話し、翌朝お昼近くになって2人が朝食を取っていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「ジョルジュ様です」
ジャンヌの声にマレーは凍りついた。
ほんの昨日まで、マレーは訪ねてこないジョルジュに腹を立てていた。ジョルジュを待っていた。だが、どう考えても、この訪問はあまりにタイミングが悪かった。

<明日へ続く>





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最終更新日  2008.08.11 19:16:22


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