Mizumizuのライフスタイル・ブログ

Mizumizuのライフスタイル・ブログ

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

カテゴリ未分類

(11)

Interior

(35)

Travel

(91)

Travel(ベトナム)

(41)

Travel(フランス)

(65)

Travel(ハワイ・NY)

(36)

Travel(タイ)

(82)

Travel (イタリア&シチリア)

(47)

Travel(チェコ)

(11)

Travel (インドネシア、バリ)

(18)

Travel(日本)

(38)

Travel(日本、九州)

(39)

Travel(日本、中国地方)

(30)

Gourmet (Asian)

(10)

Gourmet (Japanese)

(11)

Gourmet (European)

(23)

Gourmet (Sweets)

(71)

Gourmet (Curry)

(18)

Gourmet (Others)

(7)

Gourmet(荻窪)

(13)

Gourmet & Shop (西荻窪)

(8)

Gourmet(阿佐ヶ谷)

(3)

Gourmet & Shop (吉祥寺)

(6)

Recipe

(6)

Essay

(137)

Movie

(158)

Movie(フランソワ・トリュフォー)

(3)

Movie(ジャン・ピエール・メルヴィル)

(3)

Movie (アンドレ・ユヌベル)

(4)

Movie(フェデリコ・フェリーニ)

(10)

Movie(エットレ・スコラ)

(1)

Movie(ドミニク・サンダ)

(3)

Movie (ベルナルド・ベルトルッチ)

(1)

Movie(ルキーノ・ヴィスコンティ)

(4)

Movie(ジュード・ロウ)

(12)

Art (ジャン・コクトー&ジャン・マレー)

(12)

Art(オペラ・バレエ・ミュージカル関連)

(6)

Figure Skating

(26)

Figure Skating(2008-2009)

(90)

Figure Skating(2009-2010)

(49)

Figure Skating(2010-2011)

(71)

Figure Skating(2011-2012)

(1)

Figure Skating(2013-2014)

(21)

販売書籍のご案内

(1)

Figure Skating(2014-2015)

(28)

Figure Skating(2015-2016)

(8)

フィギュアスケート(2016-2017)

(4)

Travel(日本、関東)

(7)

フィギュアスケート(2017-2018)

(12)

Figure Skating(2018-2019)

(6)

Figure Skating(2020-2021)

(3)

Figure Skating(2021-2022)

(10)

(5)

Figure Skating (2023-

(4)

手塚治虫

(53)
2008.09.02
XML
カテゴリ: Movie
庭に出ると、犬が数匹駆け寄ってきた。
ヴィスコンティは椅子に座り、そのうちの一匹をそばに呼んで背中を撫ぜ始めた。他の犬はマレーのそばに寄ってきて、遊んでくれといわんばかりに勢いよく尻尾を振った。マレーはさっそくじゃれ始めた。犬たちは大喜びだった。犬と触れ合うと、マレーはたちまちはつらつと、子供のようになる。その姿をヴィスコンティは静かに、じっと見ていた。

「君が『カルメン』の撮影でローマに来たときのことを思い出すよ」
と、ヴィスコンティ。
「まるでご婦人が毛皮のマフラーをまくように、君はムールークを首と肩でかかえて歩いていたね」
「あのときは、本当に君がいて助かったよ、ルキーノ。ホテルから宿泊拒否されたからね。君の友人がアパートを提供してくれなかったら、軍隊時代みたいに野営するところだった」

マレーとムールーク2

ちょうどヴィスコンティが処女作『郵便配達は2度ベルを鳴らす』を撮ろうとしていたときだった。
あのときから2人は、ずいぶんと長い旅をしてきた。
ルキーノ・ヴィスコンティもジャン・マレーも人に知られた存在となったが、歩む道は最初からずいぶんと違っていた。時に2人の世界は近づいたこともあった。だが、今はまた、だんだんに遠ざかりつつあるようだった。
映画で2人の道が交差するのは、『白夜』だけになるかもしれない――マレーは思った。
人間の隠れた欲望や忘れかけた記憶まで容赦なく突き詰め、白日のもとにさらしてしまうヴィスコンティの残酷な洞察力。画壇のピカソがそうであるように、ヴィスコンティもヨーロッパ映画界に君臨しつつあった。

『白夜』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞、『若者のすべて』で同審査員特別賞受賞。ヴィスコンティは着実に階段をのぼりつめている。
一方マレーは、生来の屈強さと運動神経を生かし、フランス伝統の娯楽活劇の分野で圧倒的な大衆人気を博していた。
2人は相変わらず友人だったが、2人それぞれがもうすでにまったく違う世界の中心にいて、境界を越えて交わるのは難しいかもしれなかった。

平和な鳥のさえずりが聞えてくる。サロンと同じように、庭のテーブルでも短く切った白いアネモネがかしいでいた。それはこの「儀式」すべてが、ヴィスコンティの演出どおりに進んだことを示していた。

だが、「儀式」がすべて終わり、カップとソーサーをさげにやって来たカメリエーレが、マレーの前にわざわざひざまずくようにして発した台詞は、ヴィスコンティのシナリオにはないものだった。

「シニョール・マライス、あなたからお借りしたシャツやズボン、お返ししなくても、本当にいいんですか? 」
マレーはぽかんとして相手を見つめた。黒く澄んだ瞳が、すぐ近くで自分を見上げていた。
「あ……!」
ようやく、忘れかけていた記憶が蘇った。いつかヴェンテミリアでカー・ストップをかけてきた男。ローマまで乗せて、ホテルのロビーで『オルフェ』のウルトビーズよろしく消えてしまった男だった。(このときのエピソードは 7月13日のエントリー 参照)

ブロンドだった髪は濃い栗色になっていた。あのときは痩せこけていたが、今はがっしりとたくましい体形になっている。
「君は……」
「やっと、思い出していただけましたか」
マレーは立ち上がり、『小海老のカクテルの男』と握手を交わした。
「知り合いか?」
驚いたふうでもなくヴィスコンティが言った。こんなときですら、平静を装うヴィスコンティがマレーにはおかしかった。
「前に一度だけ会ったことがあるんだ。なあ?」
「あのときは、お世話になりました」
「確かに、リビエラの小海老のカクテルはうまかったね」
「もう一度お会いできるなんて、思ってもいませんでした」
「それはこっちの台詞だよ」
「すごく、嬉しいです」
男の頬は紅潮し、眼は輝いていた。給仕をしているときとは違う、それはまさしく、生の人間の喜びの表情だった。

ふいにヴィスコンティが立ち上がった。
「よければ、2人で話したらどうだ」
「――君は?」
マレーが尋ねると、
「書斎にいるよ。仕事をしなくちゃならん。――マルコ、少し庭を案内してやってくれ」
あくまで仕切っているのは自分だと言わんばかりの指示を出し、
「ロッコ!」
と犬の名を呼んだ。
――ロッコ……?
それは、『若者のすべて』でアラン・ドロンが演じた主人公の名前だった。
一匹だけヴィスコンティの寵愛を受けていた犬がつき従い、主人とともに屋敷の中へ入っていた。他の犬は庭に寝そべったまま、それを見送った。

ヴィスコンティの姿が中へ消えると、2人は歩き出した。
「ロッコはルキーノのお気に入りなんだね」
「ええ。あの犬しか家の中へ入ることは許されていないんです」
「何だって? そんなことまで決まっているのか?」
「……みたいですね」
「君は、ここで働いて長いのかい?」
「いや実は……ぼくは、臨時で雇われたんですよ。いつもは街のリストランテで給仕をしています。ここの料理人は――ヴィスコンティ伯爵に引き抜かれたんだけど――以前ぼくと同じ店で働いていて、ぼくたちは仲がよかったんです。それで特別なお客様が来るときは、ときどきぼくに声がかかるってわけです。いつも伯爵に給仕をしてるのは、執事ですよ」
「ああ、あの、部屋に案内してくれた……」
「そう。でも、お客が来るのに、案内係と給仕係が同じではダメみたいですね。伯爵の感覚では」
「だから、君は他のルキーノの使用人とちょっと雰囲気が違ったんだ」
「違いましたか?」
「――だって…… なんでみんな、あんなに無口なんだ?」
「しゃべるなと言われているからですよ」
「は?」
「伯爵は、自分の前で使用人が余計なおしゃべりをするのが嫌いなんだそうです」
「……」
「だから、コックは料理のメニューも毎日手で書いておいて、気に入らないと伯爵が書き直してよこすんだとか」
「へえぇ…… イタリアの貴族ってのは、そういうものなのか」
「たぶん、特別だと思いますけどね。――飾る花もいつも伯爵がじきじきに庭師に指示するんです。今日テーブルに置いたアネモネ・シベリウスは、庭になくて……花屋に届けさせたそうですよ。赤い普通のアネモネなら咲いているのに、伯爵がどうしても白にしろって聞かなかったって……」
「それも庭師に手紙で指示したのか?」
「さあ、あいにくそこまでは……今度、庭師に聞いておきますよ、手紙でね」
2人は笑った。最初はしのび笑いだったが、だんだん抑えられなくなり、大笑いになった。たしかに、ヴィスコンティ家の食事は、あまりに儀式めいて堅苦しく、芝居がかっていた。同時にあまりにヴィスコンティらしかった。『白夜』と『2人のブランコ』でヴィスコンティの演出を受けたとき、マレーは彼の厳密さ、その徹底した細部へのこだわりに驚嘆したのだ。

「君がふだん働いている店はどこなんだい?」
「ナヴォーナ広場の近くです」
「それじゃあ、今度行くよ」
「本当ですか!? 本気にしますよ」
「もちろん本気だよ」
「夢みたいだ……」
男は本当に嬉しそうだった。
「君、名前は?」
「マルコ・トゥルッチです」
「今はずいぶん幸せそうだね」
「ええ、幸せですよ――あれから結婚して……息子が1人います」
「そうか、それはよかった」
「あなたの映画は、全部見てます」
「へえ?」
「でもやっぱり、伯爵の『白夜』が最高ですね」
「そうかい?」

2人は美しく刈り込まれた植栽の小道を歩いた。ソケイ、カルミヤ、白丁花、昼顔、バラは白っぽい花をつけていた。だから谷空木のピンク、そして何よりアネモネの血のような赤が、5月の水色の空の下でことさら鮮やかに見えた。

マレーがふと眼を上げると、2階の窓辺にヴィスコンティが立ち、こちらを見ているのに気づいた。足元にはロッコがいる。

「そろそろ、戻ろうか……」
と、マレー。
「君の店の名前、書いてくれよ」
「わかりました。小海老のカクテルを食べるなら、月曜日と木曜日がいいですよ」
「チビタベッキアでの水揚げは、週2回なんだね」
「そういうことです」
ローマで行きつけの店が新たに1軒できそうだと、マレーは思った。

この後パリに帰ったマレーは、バーで出会った19歳のジプシーの青年セルジュ・アヤラを養子として迎える。

ヴィスコンティは、2年後の1963年に、没落するシチリアの大貴族を描いた『山猫』でカンヌ映画祭のパルム・ドールを獲得。その後はより退廃的な世界へと傾倒していく。究極の少年美を描いて一世を風靡した『ベニスに死す』を発表するのは、1971年。


<明日へ続く>





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.09.05 14:08:40


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: