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2008.09.06
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カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

「私が最初に本格的な舞台演劇を観たといえるのは、あなたの『地獄の機械』なのよ」
と、キャロル。
「その前は、子供向けのプチ・モンド座のお芝居を観たことがあるだけだったもの。――『地獄の機械』は悲しい結末だった。なんとかハッピーエンドになってくれないかと祈ったものよ。――あなたが、『イオカステ(ジョカスト)は死んだ』と言って、金のブローチで眼を突き刺すシーンでは凍りついた…… 私は『やめて』って心の中で叫びながら見ていたわ。ライトに照らされて光る金のブローチと、白い腰布を巻いたあなたが眼から流す赤い血は、本当に恐ろしくて。――でも、多分一生忘れられないと思うほど、ぞっとするほど、美しかった……あの場面には、どうにもならないくらい惹きつけられたの。きっと私はあのときから、『赤と金の痛み』にとりつかれてしまったのね……」

これまでキャロルは、マレーの芝居について感想を述べたことなどほとんどなかった。コクトーとフランシーヌと一緒に楽屋には来たことはあったが、たいていはフランシーヌのスカートの後ろに隠れているだけだったのだ。

「ママンと一緒でないときでも、1人で観に行っていたのよ、あなたの舞台。――そう、サラ・ベルナール座の『シーザーとクレオパトラ』も凄かった。舞台の上のシーザーがあなただって、どうしても信じられなかったもの。顔も歩き方も声も、普段と全然違った。あのとき私は、演劇ってものがどういうものかを教えられた気がしたの」
「プリンセス、君は……君が、そんなにぼくの芝居を気に入ってくれていたなんて、知らなかったよ。――君は若いし、あんな大人の芝居、フランシーヌに連れられて、半分ぐらいはいやいや観に来ているんだと思っていた」
「とんでもないわ。あなたの楽屋を訪ねるのは、私の10代の思い出の中でも、飛び切りの大いなる瞬間だったのよ。――サラ・ベルナール座では、あなたは赤いガウンを着てた」
「ガウンの色まで、よく憶えているね」
「やっぱり赤が、あなたに一番似合うって思ったわ。――ブッフ座の『ピグマリン』のときは、若いコからおばさんまで、あんまりいろんな世代の女性ファンが楽屋に押しかけるから、ママンと私は入り込むのが大変だった……」
「でも君は、ぼくにサイン1つねだらなかったじゃない」
「サインであなたがいつも大変な思いをしてるのを見てたもの。――いつだったか、楽屋で山のような写真にサインさせられて、あなたがグチをこぼすと……」
「ジャンにお説教をくらった」
「ああいうときのムッシュー・コクトーは厳しいわよね。『ジャノ、それはある意味、栄光の代償なんだから』――」
キャロルの口真似が、あまりにコクトーにそっくりだったので、マレーは吹き出した。

「それに、ね……」
「それに?」
「たぶん私は、あなたにやたらと花やらチョコレートやらを贈りつけて、結婚してくれなきゃ死ぬ……みたいな手紙を書いてくるファンと同じだと、思われたくなかったのね……」
キャロルは少し、しんみりと言った。
「そんなことを気にしていたの?」
「ハイティーンの女の子っていうのは、どうでもいいことにでも気を回すのよ」
「そうか、それじゃ……これからは、よく心得ておくよ」

2人は声を立てて笑った。
それでコクトーを起こしてしまったのではないかと、急に心配になったマレーはコクトーの部屋をのぞいた。
コクトーは横たわったまま、こちらを見ていた。

「ジャン、ごめん――起こしちゃったかい?」
「君たちの笑い声が聞えるなんて、天国にいるのかと思ったよ」
マレーとキャロルは、コクトーの部屋に入っていった。
「ムッシュー・コクトー、私もたった今、天にも昇る心地になったところよ」
と、キャロル。
「どうしたの?」
コクトーは眼をパチパチさせた。
「ジャノがね、私の誕生日にディオールのクチュールをプレゼントしてくれるんですって」
「赤と金がご所望だそうだよ」
マレーがキャロルの肩越しにコクトーをのぞき込む。
「ジャノ、一緒に行ってくれるの?」
「もちろんだよ。ミンクの襟もつけよう。きっと君に似合うよ」
「友達に自慢できるわ! ジャン・マレーに見立ててもらうなんて」
「やーれやれ」
いつの間にか、隣室で寝ていたはずのドゥードゥーが扉のところに立っていた。
「キャロル、ジャノとそんな目立つ店に行ったらどうなるかわかってる? 絶対店に入ったところか出たところで写真を撮られるぜ。で、翌日には君らは婚約者だ」
「じゃ、ますます自慢できるわね!」

再び明るい笑い声が上がった。コクトーはベッドの中で、たとえようもなく幸せそうな表情を浮かて言った。
「ぼくの3人の子供たちが一緒に笑っている。――これ以上何が望めるだろう? ぼくは、世界一の果報者だ……」
そう、コクトーは家族がほしかった。常に多くの友人と交流しながら、その実、常に孤独だった詩人の憧れは家族にあり、その傾向は晩年になるとますます強くなっていた。

マレーも年齢を重ねるにつれ、コクトーの気持ちがわかるようになってきた。マレーは自分が決して結婚しないとわかっていたが、息子をもちたい――自分に与えられたものを、自分も与えたい――という願望はもはや抑えがたくなっていた。
今、マレーはふとしたことで出会ったジプシーの青年セルジュを養子にすべく手続きを進めている。母親とは疎遠で、父親は誰なのかわからないというセルジュの出生に、マレーは運命的なものを感じた。寄る辺ない生活の中で自分の道を探そうとしている真っ直ぐな姿は、若いころの自分を見ているようでもあった。

だが、たとえセルジュを息子として迎えても、たとえこれから別の愛に出会ったとしても、決して消すことのできない存在がいる。まだ若く、何者でもなかった24歳のジャン・マレーに、赤と金の痛みを、愛と栄光の苦しみを、教えた詩人だった。

マレーはコクトーの手を両手で握りしめた。
「ジャン、マルヌに行けばきっと君も治るよ。看護婦は交替制で2人来てもらうことにした。ドゥードゥーも一緒だし、キャロルも来る。――もう少しよくなったら、一緒に『ジャン・コクトー通り』(=マレー邸の庭の並木道)を散歩しよう。ぼくが手を貸す」
「ジャノ……」

――きっと治る……
むしろ自分に言い聞かせていた。コクトーが倒れて以来、ドゥードゥーもキャロルも眼に見えて苦しんでいた。だから、「長男」のマレーは、彼らの前では、常におおらかな楽観主義者を装った。

だが、実のところ、コクトーに万が一のことが起こったら、一番打ちのめされるのは自分だということをマレーは知っていた。ドゥードゥーやキャロルには、マレーにはない若さがあった。彼らは人生を分け合う相手を、これから見つけるのだろう。だが、コクトーとマレーの人生は、あまりにも長く、あまりにも強く、結びついてしまっていた。コクトーが死ねば、自分も死んでしまう――マレーは何とか、その恐怖から逃れようとしていた。

<明日へ続く>





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最終更新日  2008.09.07 00:15:31


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