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2008.09.07
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カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

ジャン・コクトーは、救急車でマルヌのジャン・マレー邸へやって来た。
「救急車ってのは、実に豪華で快適な乗り物だね」
コクトーは笑いながらマレーに言った。
「ベントレーよりかい?」
マレーも笑いながら答えた。フランシーヌといるときは、コクトーはベントレーに乗っていたのだ。運転手はドゥードゥーだった。
「ベントレーにはベッドはないからね。――ぼくはもうこれからは、救急車でしか旅行しないことにするよ」

コクトーが来たことで、マレーは自分の家が初めて存在価値のあるものになった気がした。コクトーは銀の針をかざし、アルコールランプで阿片をこね合わせる。
23歳でコクトーと過ごしたオテル・ド・カスティーユ、24歳でコクトーと行ったモンダルジのホテル・ド・ラ・ポスト、初めて一緒に住んだマドレーヌ広場19番地――マレーがコクトーと未来しか見ていなかった、まぶしい青春の日々が蘇った。今になってマレーにはわかるのだ。あのころ自分は、歓びや希望や不安がすべて凝縮した、人生でもっとも濃密な時間を過ごしていたのだと。

マレーは阿片を吸うコクトーのベッドのそばで床に座り込み『円卓の騎士たち』を読み返す。オテル・ド・カスティーユではベッドに横たわってコクトーが自作の『円卓の騎士たち』を朗読し、マレーは枕元に座ってそれを聞いていた。25年の歳月ののち、マレーは再びあの場所に戻ろうとしていた。

――人はいつか必ず、魂のふるさとに帰ろうとするものだ

7歳年上のヴィスコンティの言葉が脳裏に浮かんだ。マレーにもそのときが来たのかもしれなかった。

「ジャノ、ぼくがまた吸い出したこと、君は怒っているんじゃないのかい」
ベッドに横たわって阿片を吸いながら、コクトーはまだ気にしているようだった。
「ジャン、ぼくはずっと前から知ってたよ。君にあえて話さなかったのは、誰かが告げ口したんじゃないかと君が気に病むかもしれないと思ったからさ。――これまで君が同居を拒んできたのは、阿片が原因だったんだね」
「……そうなんだ」
「まったくぼくときたら、鈍感だね、自分でも嫌になるよ。君がそんなに気にしてるなんて、思いもしなかった」
「ぼくの中毒を治そうとあんなに一所懸命になってくれた君の努力を、ぼくは無にしてしまった……」
「ジャン、ぼくにとって大事なものは1つしかない――君の命だよ。今は阿片をやめるときじゃない。解毒状態はあまりに危険で、返って命にかかわるよ」
「……うん」
「ねえ、ジャン、ぼくはね――」
「うん?」
「ぼくはこれまで、好きなことしかやってこなかった、自分の人生で何も犠牲にしたものはない――そう思ってきたけれど…… だけど、たった1つ犠牲にしてきたものがある」
「ジャノ……?」
「それは、君との時間だ。あまりに大きな犠牲をぼくは払ってきたのかもしれない。――自分のキャリアを気にかけたり、はかない成功を望んだり――そんな幻想を夢中になって追いかけるより、どうしてぼくは君のそばにいなかったんだろうね。もっとささやかな人生があったはずなのに…… 愛と友情に比べたら、成功だとか栄光なんてものの数ではないよ。それは昔君が手紙に書いてくれたことだ。でもぼくは、若くて、愚かで、その意味がわからなかった。今ならわかる――ぼくは、君のそばを離れるべきじゃなかったんだ」
「ジャノ、ぼくはいつも君のそばにいたよ。身体は離れていても、魂は離れたことはなかった……」
「23歳だった――運命に盲目なまま、ぼくは君に出会った。――24歳で交差した人生が、結局は1つに溶け合うなんて、知らなかった。あのころのぼくは、大役が欲しいだけのチンピラ役者で、ジャン・コクトーに愛されている自分が自慢だった。――ジャン、ぼくは後悔している……ぼくの人生は君に捧げるべきだった。もう一度やり直せるなら、もう君を離れないのに」
マレーは本を投げ出し、膝をかかえてうつむき、ほとんど涙声になっていた。

「哀しいことを言わないでくれ、ぼくのジャノ……」
コクトーはやさしく、諌めるように言った。
「君に最初に『オイディプス王』のコロスの役を頼んだとき、ぼくは自分自身を極限まで追い詰める君の能力に気づいていなかった。あのころのぼくは、君への愛と欲望でいっぱいで、そんな自分から逃げ回っていた。――でも、いつか気づいたんだ。君の宝は世界のあらゆる人たちのもので、ぼくが守銭奴のようにそれを独占しようとするのは間違いだってね…… そう思わなければ、あの輝かしいパトリスから、『ブリタニキュス』の恐るべきネロンや鷲鼻で禿げ頭で耳の不自由なシーザーまで……努力のあとをぬぐい消す君の凄まじい努力を観る歓びは与えられなかっただろう」
「ジャン、ぼくはね……君がぼくのやることを好ましく思ってくれればそれでよかったんだ。君に褒められると、ぼくはもう何も、誰も怖くなくなった」
「ぼくは何も後悔していないよ、ジャノ。こんなボロキレのようなぼくのそばにいることに何の意味がある。ぼくたちは結局、離れていても一体でしかないんだよ。サン・ジャンにいても、ミリィにいても、夜になるとぼくはよくパリの君の寝室の扉の前に立っていた。眼を閉じればぼくは好きなところに行くことができる……時間や肉体なんてものは、相対的なものでしかないんだよ」

マレーの献身的な介護を受けて、コクトーは徐々に体力を回復していった。モーリス・シュバリエやジャン・ロスタンなど、コクトーを慕う友人もさかんに見舞いに来るようになった。キャロルもしばしば顔を見せた。看護婦や医師は友人となった。

友好的で充実した日々だった。それがいつまでも続くことをマレーは祈らずにはいられなかった。

<明日へ続く>





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最終更新日  2008.09.07 07:11:59


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