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エッセイ下書きです。 今回お題が「引き出し」 引き出しと机 昔から整理整頓が苦手だった。 子どものころはよく母に怒られていた。机の上も引き出しの中もぐちゃぐちゃになっていたからだ。 「今日は引き出しの中を徹底的に整理しなさい」 せっかくの日曜日なのにとがっかりするものの、まだ小学校二年生の女の子が母親に逆らえるわけもない。 引き出しを開けてみると紙だらけだ。書き散らした作文や物語りがグシャグシャになって順不同になって押し込まれている。鉛筆や三角定規、コンパス、バラバラになったクレヨンなどと同居している。 この物語は面白いなあ。続きはどうしよう。魔女が出てくるのもいいかな。 いつの間にか自分の作品に見入って意識は別世界へ飛ぶ。 ぼーっと座り込んで手を動かさない私に腹を立てた母が怒って引き出しを床にぶちまける。 「今度ぼーっとしていたら」 鬼の形相の母を無表情に見上げる。 「また全部ひっくり返すからね」 そして少し片づけるとひっくり返され、作業はエンドレスに続く。さすがに私も物語の世界には居られず涙をポロポロ流す。どんどんひっくり返されるので私の手には負えなかったのだ。 黙って泣くだけの私を見かねた父が声をかけに来た。 「だいぶ片付いたなあ」 慰めているらしいが、片づけだす前よりひどいことになっているのはわかっていた。 「こんなに片づけたんだから、多摩湖へ行こうか」 父はニコニコしていた。時は昭和だから、母も父には表向き逆らえない。 仏頂面の母を置いて父と兄と三人で電車に乗り、多摩湖へ出かけた。机も引き出しも散らかった紙も放り出したまま。 多摩湖で買ってもらった焼きトウモロコシは甘くてしょっぱい。醤油のせいか涙がまだ残っていたのか。 放り出された引き出しがどうなったか覚えていない。怒りながらも母が片づけたのだと思う。 その四年後、母が子宮筋腫の手術をするため、二週間ほど入院した。 六年生になっていたが、私の片づけ、掃除力は相変わらずだったので、兄が担当することになった。 兄の掃除は面白かった。なんでもかんでもテーブルの上に上げてしまう。ゴミ箱でもスリッパでも。床の上から徹底的に物をなくしてから、掃除機をかける。だから床の上はきれいなのだが、テーブルの上に上げたもののことは気にしない。豪快な掃除だった。おかげで家の中は一応片付いていた。私の机を除けば。 四十年近い年月が流れ、あの時に助けてくれた父も兄も鬼籍に入ってしまった。私も還暦を迎えようとしている。 悲しい時には父の言葉を思い出す。 「よく片づけたなあ」 片付いていなかったのに。父は私が頑張っていると言いたかったのだろう。ひっくり返されても抵抗せずに泣いていた私を励まそうとしてくれたのだろう。 できない私のために豪快に掃除をしてくれた兄の笑顔も思い返される。 仕事をしながら我が子を育てるのは要領の悪い私には辛いことが多かった。いつもいつも片付かない。 散らかしながら、オロオロしながら、泣きながら必死で生きてきたと思う 父はきっと言ってくれる。 「よく頑張ったなあ」 兄も笑ってくれるはずだ。 引き出しを放り出したまま、多摩湖へ行ってしまったけれど、黙って後始末をしてくれた母がいたからこそ多摩湖へ行けたということに書きながら気付いた。 少しは私も進化したようだ。
April 21, 2021
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今週は6連勤だったので、明日は貴重なお休みとなる。 最近は年のせいか夜更かししなくなり、早寝が好きになってきた。でも朝寝も好きだ。というわけで二度寝をすることが多い。明け方は眠りが浅く、夢が鮮明だ。 先日の夢には両親が出てきた。 私は広マンションで両親と3人暮らしをしていた。しかし、母に言われる。 「あんたもそろそろマンションを買って8月には出て行って」 え?今からローンを組んでマンションを買うの?だって今のローンが終わってないのに…と部分的に現実に帰る。 確か、マンション買ったはず…近くに。でも何年も住んでいない。えーと、三丁目の辺り、マンションの8階に住んでいたことがある。広いところだ。出て行くとしたらそこだけど、鍵をもう持っていない。どうしようと困っていたら父が「その鍵なら持っているよ」とキラキラした鍵を見せてくれた。わあ、さすがお父さん、困ったときはいつも助けてくれてありがとう! なんて感謝していたら目が覚めた。 私、8階になんて住んでいたことないのに夢の中ではそうなっちゃうんだなあ。 現実はそんなに広くないのに、願望だったのかな。 思えば引っ越しの多い人生だった。29歳のときから数えると7回も引っ越している。 そのたびに人生が大きく動いてきた。 時々、生まれ育った武蔵野台地の方に帰りたくなるときがある。 自然が豊かだし、同級生も多い。 でも、もう新たにマンションを買うどころじゃない。それこそ今のローンが終わっていない。まだまだ働く気だから、年なので職住接近は通勤が楽でよい。 今の生活圏に友達もできたし、何より便利な地域だ。アクセスがいい。映画館もジムも近い。美味しいお惣菜やさんも多い。 ここで老後も過ごすのだろう。 コロナが落ち着くまであと数年かかるとか言われてうんざりしている。温泉旅行にも行けないではないか。 と書いていたら、猫のここちゃんが満足そうにしている。ここちゃんは私が例え一泊でもいなくなったら辛いのである。私も気が気じゃない。 ここちゃんに添い寝されながら寝る夜は幸せだ。旅行に行けなくてもいいか。
April 10, 2021
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私は断片的に色々なことに興味を持つ。興味を持って調べることが昔から好きだった。子ども時代に世界の児童文学を手当たり次第読んでいたのは、見知らぬ外国への興味がよほど強かったのだろう。 20代になり、外国籍の友達や知り合いが増えていくのはとても楽しかった。世界情勢になど関心がなかったのに(あくまでもファンタジーだったから)私は色々調べるようになった。この人の国の大統領は?主な輸出品は?宗教は?どんな歴史があったの? ネットなどなかったから図書館で本を借りまくっていた。 子育てが始まった30代はそこまで時間がなかったのだが、ありがたいことにパソコンを使えるようになった。短時間で知りたいことを検索できる! ま、あの頃は我が子がすべてだったので教育関連、心理学についてネットサーフィンをしていた。 そしていつの間にか恐竜好きになった。恐竜は歴史におけるファンタジーだったのだ。 ここ数年は人類史にハマっていた。恐竜と無関係ではない。恐竜全盛期にはねずみのように小さな哺乳類だった私達の先祖。私達の先祖は常に捕食される側だったのだ。 恐竜が絶滅してから哺乳類の天下となり、頂点を極めたのが、猫のご先祖ライオンやトラだったと思うと感慨深い。 ヒトは進化してきた。猫種はイエネコ以外絶滅危惧種となってしまった。ヒトに愛されたイエネコだけが繁栄を続け… おっと、今日書きたいのはそこじゃない。テレビでもご活躍中の中野信子さんの脳科学の本が面白くてたまらない。 心理学を勝手に自己流に勉強していたけれど、脳科学に解き明かされる時代になったのだ。 進化という意味で遺伝子の話が好きだった。もっとも遠い先祖や他人事と思うから面白かったのである。 今回読んだ本に「知性は母親から、情動と内臓は父親から」遺伝子をもらうと知ってちょっと衝撃的だった。まだわからないことも多い。では父親の知性と母親の情動はどこへいくのかな。遺伝子オフになるの? 知性が母親からだとすると、私の恐ろしく低い数学力は納得がいく。そしてこれはさくらに受け継がれてしまった。さくらは文系科目は得意だが理系はまったくだめ。そうならないように小さいときから自然科学に親しませようとした私の努力はまったく報われなかった。遺伝だったのだから仕方ないと今なら笑える。さくらの文系得意げは幼いときからの読み聞かせが多少は効を奏したかとも思っていたけれど、疑問もある。私はまったく読み聞かせなどされなかったが、読書量はさくらをはるかに上回っていた。でも、成績で言えばさくらの方がずっと良かった。私は文系は苦手ではない、といったレベルで終わっていたから。 母親からの遺伝?私の母は本を読まない。でも祖母は読んでいた。この辺は遺伝子だけではなく環境の違いも大きい。 情動が父親から! 私はホッとした。 ということは浮気性の遺伝子も私は持っていることになるが、異性に関する興味関心は昔から低い方だったので、オフになっているのだろう。 穏やかな気質、確かに兄も私もどちらかといえばそんな感じだった。だから激しい母と合わなかったのだろう。私はそんな母に似ることを心底恐れていたが、心配することはなかったのだ。が、環境要因として大きな影響を受けていることは間違いない。 で、娘。 情動と内臓、確かに父親譲りだ。 子育てが難しいのは自分とはまったく違う気質や価値観を持つ人間に共感しきれない、理解できないという苦しさがあるからではないか。 それでもこどもは可愛い。赤ちゃんのときから笑顔いっぱいで抱きついてくる我が子。気質が違おうと合わなかろうと可愛くて愛しい。 不安になることもある。 離婚した夫に似すぎていて我が子を愛せないという悩みもよく聞くからだ。倫理的に悪いなどといっても解決しない。感情は理性に勝ってしまうから。 私は母に「あの子は別れたあの旦那さんに似ていて可愛いと思えん」と言われてヒドク傷ついたことがある。許せないとも思った。けれどそう言われたからこそ私は意識を変えることができた。 好きで愛し合っているのに離婚するはずはない。嫌だから耐え難いから別れた。でもこの子の半分は父親からできている。その人の悪口を言うことはこの子を否定することになる。 私は極力もと夫の悪口を言わず、良かったことだけを思い出すようにした。 娘は元夫にそっくりだ。その笑顔の可愛いこと。元夫も笑顔の素敵な人だった。いいじゃないか、そっくりでも。私にとって世界で一番大切な人なのだから。 強い物の言い方も似ている。 そんなときは父を思い出す。私が憎まれ口を利いても笑顔でいてくれた父。私はその父の情動を受け継いでいるのだ。 「こんな優しくていい子がどうして生まれてきてくれたのかな」 と本気でいってくれていた父。 だから私も受け継いで娘を笑顔で見守る。 素直に父の娘で良かったと思えるから私は引き継いでいく。 こんなふうに自己流に中野信子さんの本を解釈して楽しんでいる。
April 7, 2021
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