仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2012.07.19
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カテゴリ: 雑感
自民党選対局長の河村建夫衆院議員(山口3区)が、昨日新潟市内での講演で、「国づくりをやり直すときがきた。その天誅とも言うものが3月11日の大震災という受け止めが当たっていないことはないと思う」と述べたそうだ。今朝の河北新報による。被災者等の反発を招きそうだ、と解説されている。

最初はピンとこなかったが、麻生内閣で官房長官をやった人物だ。

さて、発言だが、私自身はそんなにメディアが騒ぐ話ではないと感じる。たしかに、「天誅」という言葉を、罰を受けるべき者に対する公平な天罰と考えれば、東北沿岸部の住民にとっては不条理極まりない発言となろう。

しかし、地震や津波が我が国のまちづくりや社会システムの誤りを期せずして質した、今後の国造りに向けて課題を明らかにしている、という意味であれば理解はできる。

私は何も河村氏や自民党におもねるつもりは全くないが、震災直後に石原都知事が天罰発言をして撤回した。このときも思ったのだが(過去の記事: 自宅に居ります (2011年3月26日))、都知事の撤回は妥当だったとしても、発言の意図が被災者や被災地の非を指摘する趣旨のはずはなく、一種の世界観や歴史観のようなものだろう。ちなみに、東京都の行政レベルでの被災地支援は非常に手厚いことは宮城県にいてよくわかっている。都知事の発言が単に当然の報いだと言い放った趣旨でないことは明らかだ。

それにしても、被災者に失礼だろう的なマスコミの指摘こそ、余計なお世話で、悪く言えば被災者に名を借りた言葉狩りではないか。浮ついた世間受け狙いで政治家を批判して、それが何になる。

それよりも、北九州のがれき受入反対派による宮城県を相手取った裁判。あれは何だ。単なる抗議行動ならともかく、提訴までしたとすれば本気に石巻や宮城の責めを主張するつもりなのだろう。ならば、我々宮城県民はもっと放射能に曝されて健康不安に悩まされているという理屈でなければならない。さあ、誰に損害賠償を求めようか。

これこそ馬鹿げた天誅天罰騒ぎではないか。メディアはどう解説するのか。





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最終更新日  2012.07.19 06:54:33
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