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巷は経済危機を唱えながら贅沢三昧のシミットで日本総出のお通夜状態だが、あまりにお気楽なノータリンのオツムのなかは、どこもかしこも警備警備で国民の自由が奪われるのをみると、天国をみせかけた地獄の入り口というべきものに映る。 最近どうもこの国の国内感覚が海外から取り残された北のようにガラパゴスになっているのではないかと思えるような話を紹介する。 ★ ★ ★ ネトウヨ英語読めない http://my.shadowcity.jp/ 案の定で、海外ではアベシンゾーが必死で大騒ぎしているピエロっぷりがちゃんと報じられているんだが、NHKでは何故か、各国首脳が完全同意した事になっているという大本営ぶりで、これでまた報道の自由度ランキングが大幅に下るだろうw そら、台本にも書いてないのにいきなり、「世界は危機に瀕している」と叫ばれても、みんな、困っちゃいますw GDP3年続いてマイナスの日本以外は着実に成長してるんだからw World leaders disagree on Shinzo Abe's economic gloom The Japanese prime minister warned world leaders today of a looming crisis on the scale of the 2008 credit crunch, as the heads of the Group of Seven nations disagreed on the danger to the world economy. Shinzo Abe, who is hosting the G7 leaders for their two-day summit, presented a graph indicating that world commodity prices have recently fallen as much as they did following the collapse of Lehman Brothers and the world financial crisis of 2008. But not all the leaders present, who include David Cameron, Barack Obama and Angela Merkel, agreed with his grim assessment, according to 国内メディアの報道(NHK) 首相 世界経済はリスク直面の認識で一致 アベノミクスの大失敗を認められず、世界経済のせいにしようという猿芝居、世界の笑われ者ですw ★ ★ ★ どうもこの国は急速に地獄化しつつあるようにみえる。 「天国や地獄はあるか?」という質問には、私は、「天国」「地獄」という言葉があるのだから、その言葉の意味する対象がある、と応える。 ある状況や状態に対して、「天国」や「地獄」という言葉が使われるのは、それを経験したことがあるか、ただ漠然と抽象的に、天国を想像上素晴らしい世界、もしくは地獄を想像上悲惨な世界として想定している感覚による。 それらをひっくるめて、天国とは、助けあいの精神に満ち溢れている世界で、地獄とは、無関心や無責任、他を犠牲にした競争や殺し合いの世界という意味で個人的に捉えている。 前回紹介したように、悪魔は人類に不幸をもたらすが、善良な天使の神々が、不幸を幸福にかえる力を人類に与えてくれているのだから、天国は地獄からつくられるということになる。 天国も地獄も人間次第というわけなんである。 では現代人は天国と地獄をどう考えているかという話を紹介する。 ★ ★ ★ 多くの人々が「永遠の天国」と「永遠の地獄」を信じているアメリカ人たちの未来 http://indeep.jp/most-americans-believe-in-heaven-and-hell/ 米国シンクタンク「ピュー研究所」のニュースリリースより heaven-hell-america・Pew Research Center 昨日の記事、 ・アメリカ人たちの憂鬱 : エイリアン大統領候補 vs ゾンビ大統領候補の中で浮かび上がる「アメリカの人口の大移動」と「強力なリッチシステム」 2016/05/25 では、アメリカの大統領選など、まあいろいろなアメリカのことを書いたのですが、その前回の記事で「アメリカ人」というものを考える上で書き足しておきたい資料というのか、そういうものがあったのですが、前回の記事はちょっと長くなりすぎたので、今回それを記したいと思います。 その資料とは、冒頭にある「アメリカ人の多くは天国の存在を信じている」というアメリカのピュー研究所というシンクタンクの調査です。 ピュー研究所 – Wikipedia ピュー研究所 (ピュー・リサーチ・センター) はアメリカ合衆国のワシントンD.C.を拠点としてアメリカ合衆国や世界における人々の問題意識や意見、傾向に関する情報を調査するシンクタンクである。 というところが、アメリカ人の様々な宗教に所属している人と、所属していない人、あるいは無神論者などのそれぞれのグループでの、「天国と地獄を信じる人々の割合」の調査を行ったのでした。 永遠の天国や地獄と同居できない概念は? ここでいう「天国」や「地獄」というのは、それぞれの宗教などで、概念は多少は違うと思いますが、いわゆる死んだ後に行くという意味で一般的に言われるところの天国と地獄でのことです。 今回、冒頭のピュー研究所のニュースリリースをご紹介しますが、その全リストが下になります。 特筆すべきところに注釈を入れたりしましたので、ちょっと見づらいかもしれないですが、このようになっています。 トータルではアメリカ人の 72%の人々が「天国の存在を信じる」となっていて、58%の人々が「地獄の存在を信じる」というようになっています。 上のグラフで目立つのは、 ・モルモン教徒は 95%が天国の存在を信じている ・イスラム教徒は一般的なキリスト教徒よりも天国を信じている率が高い(86%) ・エホバの証人の信者の人たちは宗教の中で「地獄」を信じている人が極端に少ない(7%)。天国を信じている人の率も全体より大幅に少ない(50%) ・無神論者で天国を信じている率は 5%のみ ・不可知論者も、天国、地獄とも信じている率は極端に低い などですが、「不可知論者」と書いたところで、 「なんだ? 不可知論って」 と、この言葉を知らないことに気づきました。「 agnostic 」という単語を辞書で引いて出てきたものを書いただけなのですけれど、知らない単語です。 調べてみますと下のようなもののようです。 不可知論 – Wikipedia 不可知論は、ものごとの本質は人には認識することが不可能である、とする立場のこと。 不可知論は本質的な存在については認識不可能だとする。 不可知論のなかにもさまざまなタイプがあり、存在を絶対のものとして、認識を言葉以上のものではないとする立場があり、また、認識が不可能であることを認めつつも本質的存在自体を想定することは可能であるとする立場もある。 「へえ」と呟きつつも、何だか難しそうではありますけれど、意外と私自身こんな感じなのかもしれません。 それはともかく、「ものごとの本質は人には認識することが不可能である」という人たちは、天国や地獄の存在をほとんど信じないということのようです。 ちなみに、上の「無神論者では、天国を信じる率が 5%で、地獄を信じる率は 3%」という部分は、その少なさに注目するというより、 「ほんの少しでも、無神論者で天国と地獄を信じている人がいるんだ」 と、何となく微笑ましく思ってしまった次第です。 無神論者なら、どちらも「 0%」と毅然といってほしかったです。 それにしても、なぜ、前回の記事のような、アメリカの大統領選に関係する内容のものに、このような資料を付け加えようと思ったのかというと、まあ、具体的な理由があるわけではないのですが、「死後をどのようにとらえるか」ということは、自身の生活が(国の変化と共に)大きく変化していく中での生き方と関係があるような気がしたからです。これは、これから国が大きく変わっていくかもしれない日本での生活でも言えることのようにも思います。 ところで、この調査は、「宗教的な概念での天国や地獄を信じるか」というものであり、「死後の存在を信じるかどうかを聞いたわけではない」ということは注意が必要だと思います。 なぜなら、ごく一般的な考えとして書かせていただきますと、私のような永遠の生命を信じている人間には、「永遠の天国」とか「永遠の地獄」という概念は持ちようがないところがあるからです。それは、つまりは、 「天国と輪廻転生は同居できない」 からです。 天国にしても地獄にしても、それは死後、その天国(あるいは地獄)という場所に永遠に居続けるという概念かと思いますが、「それでは人は次の生に生まれ変われない」ということになるわけで、 ・永遠の天国 ・永遠の地獄 という概念と「輪廻転生」は逆の概念になりますので、そういう意味では、私個人の考えでは「天国は存在しない」という考えが正しいのかどうかはわからないですが、「天国も地獄も存在しないと考えるほうが健全」な気がいたします。なぜなら「死がすべてを解決する」というような考えを排除できるからです。 イスラム過激派などが自爆テロを行うときには「天国に行ける」と繰り返し教えられているという背景があることが知られていますが、イスラム教では「永遠の天国」がコーランに描写されていることを、過去記事の、 ・「イスラム国」戦闘員が最も恐れるもの - それはクルド人「女性」戦闘員に殺害されること 2014/12/24 という記事に書いたことがあります。 イスラムにおける天国 – Wikipedia イスラムにおける天国は、信教を貫いた者だけが死後に永遠の生を得る所とされる。イスラム教の聖典『クルアーン(コーラン)』ではイスラムにおける天国の様子が具体的に綴られている。 そこでは決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しみ、フーリーと呼ばれる永遠の処女と性 行為を楽しむ事ができる。 そのためこのような天国での物質的快楽の描写がジハードを推し進める原動力となっているという指摘もある。 先ほどのグラフでは、キリスト教徒も「天国を信じる人」の割合が多いですが、実は、キリスト教では、> キリスト教の教理では、最後の審判以前の死者がどこでどのような状態にあるのかについて、各教派間の統一見解を得るに至っていない。 ということで、厳密には、キリスト教は「永遠の天国」ということは述べていないようです。 他の多くの宗教にも「永遠の天国(永遠の地獄)」という概念はないように思われます。 人間やあらゆる生命の存在自体は永遠であるという理念を貫くには、「天国も地獄もない」と考えることが最も合理的な考えではないかと私は思いますが、まあしかし、それもまた、思想の自由ということで、いろいろあっていいのかもしれません。 いずれにしても、アメリカ人のとても多くの人々が「天国の存在を信じている」というのなら、いろいろな意味で現実が壊滅的な状態になっても、そんなに苦しくはないのかもしれないですね。仮に何かあっても、自分たちが想像している素晴らしい天国という場所に行けるのですから。 私は転生という概念が身についてからは、天国とか地獄があるとは考えることがないです。もちろん、あってもいいんですが、それ以上に、そもそも「死ねば何かが解決する」という考えがなくなりました。 解決しない人生の問題は「解決するまで続く」はずです。どこかの世でそれを解決しないと、それこそまさに「永遠の地獄」を生き続けるようなもののような気がしています。 これは生きることに執着するという意味ではなく、「なるべくきちんと生きるにはどうしたらいいのかな」と考えながら生きることは大切なことかもしれないとは思います。できてはいないですけれども。 そんなわけで、ピュー研究所のニュースリリースをご紹介します。 Most Americans believe in heaven … and hell Pew Research Center 2015/11/10 大半のアメリカ人は天国と…そして地獄を信じている 人間というのは、最終的に人生を良い方向に持っていきたいと願うものだ。それは生きている時はもちろん、亡くなった後の生活に対しても。 ピュー研究所による 2014年の宗教的景観の研究によると、およそ 10人に 7人( 72%)のアメリカ人が天国を信じていることがわかった。この場合の天国の定義は「死後、人々が永遠の素晴らしい人生と幸福の報いを得られる場所」となる。 そして同時に、アメリカの成人の 58%は地獄を信じている。地獄の定義は「反省なく死んだ者が行く、極悪な環境と永遠の厳罰が続く場所」となる。 これらの数字は 2007年に行われた同じ調査とさほど変わらない。 その際のピュー研究所の宗教的景観の研究では、アメリカ人の 74%が天国を信じ、59%が地獄を信じていた。 また、2007年の調査では、何らかの宗教に帰属している人々は、全体よりも、天国を信じる割合が高く、82%が天国を信じていた。また、この宗教グループは地獄に関しても比較的多く信じていた。 クリスチャンと非クリスチャンを比較すると、アメリカのクリスチャンは、死後の行き先として、天国も地獄もどちらも信じている率が高い。 天国という場所の存在を信じている率が最も高いのは、モルモン教徒の 95%だ。 同様に、福音派、カトリック教徒、正教会のキリスト教徒、主流派プロテスタントも 10人に 8人が天国の存在を信じている。 一方、福音派の 82%が地獄を信じている。 イスラム教徒の死後の世界観はクリスチャンと似ている。イスラム教徒の 89%が天国を信じ、76%が地獄を信じる。 しかし、他の非キリスト教宗教の間では、永遠の天国や永遠の地獄といった死後の世界観は広く支持されてはいない。 ヒンズー教徒、仏教徒、ユダヤ教徒のそれぞれが天国を信じる割合は 50%に満たない。ヒンズー教徒、仏教徒、ユダヤ教徒は、地獄に関して、3分の1以下ほどの率でしか信じていない。 当然といえば当然なのかもしれないが、無神論者を含むグループや、宗教は「特にない」という人たちのグループは、天国と地獄を信じる人の割合はさらに下がる。 この「宗教に関心がない」グループで、天国を信じるのは10人に4人( 37%)で、地獄は27%だけが信じる。 ただ、特定の宗教には属していないが、宗教という存在は大事であるとしたグループでは、72%の人たちが天国を信じており、これは全体の統計の率と似ている。 また、このグループでは、地獄を信じる割合が、宗教に関心がないグループの2倍の55%だった。 ★ ★ ★ 天国と地獄というよりも、永遠という言葉に囚われているようにみえるが、この国を天国にするのも、地獄にするのも、この国の住人次第である。天国にしたいと思っているのに、地獄になっている。それは悪魔に洗脳されているからである。というわけで、シュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第187夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1148.html ≪人類進化を指導する神々(1)(改変)≫ ★世界の不幸の真実 第176夜から前夜にかけて、我々人間とルシファー・アーリマンとの関わりを見てきましたが、一方で、我々の進化を指導する神々も存在します。 そして実のところ、ルシファーとアーリマンの存在により、進化を指導する神々は、人類をより深い悟りへと導いてゆくと、シュタイナーは言います。 「人類の進化を見守っている神々がいます。 人類の進化の課題は、悪魔たちによる自然災害等の悲劇が起きたことを、再び有益なものに、人間のカルマの成就を促進するものに変化させることです。 人間の運命は、進化を指導する神々により、ルシファーの翼とアーリマンの鉤爪から救い出されます。 神々は善良だからです。 アーリマンとルシファーが、この世の背後で築いた錯誤や虚構は、善良な神々によって正しい進化の軌道へと導かれ、最後には、カルマを通じて、善良で正しいものになります。 …戦争の残虐さ、戦争の罪、戦争の悪意などを、現代の自然災害に関係づけて追及すると、善良な神々がルシファー並びにアーリマンと戦い、悪魔たちが企てた戦争や自然災害による不幸を幸福なものに変えようとしているのがわかります。 (キリストが言った「一方の頬を打たれたら、他方を差し出しなさい。」の意味。人類同士で憎しみあっては悪魔の思う壺である。人類同士で憎しみあうのは、欲望=執着心があるからである。) 人智学者は人間の一生を超えて、神々の生涯を霊視します。…そして人間の運命を、神々の運命と組み合わせて眺めるのです …人間の運命がいかに神々の運命の中に組み込まれており、神々が、自らの戦いの経過から人間との共同をいかに欲しているかが、霊視から明らかになります。 人智学者は、上述のような霊視から神々の運命にアプローチすることで、古代の密儀を通して地上に現れた叡智を再び理解するに至ります。 古代の密儀に参入した者は、まず四大元素界に導かれます。参入者は、そこで自分の内面、精神の特性が、外界となるのを見ました。 参入者がそこで学ぶのは、古代の密儀で語られる『下方の神々と上方の神々』という重要な言葉でした。 下方のアーリマン的な神々と上方のルシファー的な神々です。 (地球紀では悪魔だが、月紀、太陽紀では神々だった。) 善良な神々は、両者の均衡の取れた中庸(中道)を進みます。 (中庸、中道がキリストの救済原理。孔子の忠恕も同じ。簡単にいえば、ほどほどなバランス感覚。) 近代の秘儀参入者が再び知らねばならない叡智を、古代の秘儀参入者は知りました。そのような叡智から、人間という存在の秘密に参入(精通)していきました。 このような叡智に精通する時、宇宙を解明する重要な観照に至ります。 『地上の不幸全体は、一体、何のためにあるのか? 不幸から神々が幸福を作るためだ!』 与えられるだけのお仕着せの幸福は、宇宙の救済原理には導かないのです。 人間が感覚界を超える時に、不幸から生じる幸福が、宇宙の根底にある救済原理、カルマの法則に導きます。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp97-98《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 人間の一部の魂が、ルシファーとアーリマンの創り出すカルマに捉えられ、錯誤の文明をもたらし、その不幸のため、ある魂が自らのカルマを成就しないまま他界します。 しかし、そのような挫折の経験があるからこそ、人間は自分の力で幸福をつくろうとし、死後に霊界へと帰還したとき、幸福の実現を目的として、来世のカルマを組み立てます。 (不幸になってみないと、幸福がわからない。) そして『不幸こそ、幸福の源』であって、人類に進化を指導する善良な神々にとって、『不幸』こそ、人間が自分で進化を志す原動力なのです。 ★ ★ ★ 悪魔は人類に不幸を与えて、神々に憎しみを向けるように仕向け、神々から離反させ、進化を諦め、やめるように導き、悪魔の奴隷やシモベとなるように企てる。悪魔にスカウトされた人は、人間をやめることになる。 どんな不幸にもめげずに、神々を信じることが、独力で幸福をつくる人間のなかに眠っている神々の力を蘇えらせる。 悪魔は、人間のなかに眠っている神々の力を呼び起こす切欠である。眠らせたまま、悪魔の奴隷、シモベになる事勿れ。
2016年05月26日
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仏教徒が悪人を野放しどころか、悪人に加担しているので、仏教の信頼性がなくなっている。 どうして悪いことをするのか? といえば、悪魔に洗脳されているから、としかいいようがない。例えば、タックスヘイブンに資産を隠すなんぞは、人類から脱落する地獄行きのやることである。国というのは人は一人では生きれないので、助け合うためにある。助けあうどころか、自分たちだけ国を利用して金儲けするようなのに、天罰が降らないはずがなかろう。 仏教はその教えを説いてきたのだが、坊主が人類を裏切り、金儲けに走るから、信頼を失うのである。 つまり、仏教を中心にまがりなりにも保ってきたこの国の住人のモラルが著しく低下しているという話を紹介する。 ★ ★ ★ パナマ文書に出てきた財務省7人衆 http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9442.html#comments 政治家みんな、脳死状態 http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9446.html 禿添がコレだけ攻撃されても辞めさせられないんだから、都議会の自公も脳死です。もっとも国政でも、知障アベシンゾーを辞めさせられないw 政治家みんな、脳死状態w 自分の利権にしか興味がない。民進党は何やってるんだよw さて、6月1日になれば、ボーナス貰う権利が生じるので、辞めるかも知れないねw 自民党内では知事に対する批判はあるものの、猪瀬直樹前知事の時のように厳しく追及できない事情がある。 舛添知事を辞職に追い込んだとしても「選挙に勝てる候補者が見当たらない」(議会関係者)からだ。 前回知事選でも党所属国会議員らの擁立を検討したが難航し、党を除名された舛添氏を支援した経緯がある。 また、近く都知事選が実施された場合には、4年後の選挙が東京五輪・パラリンピックの時期と重なってしまう。 そのため、ある自民都議は「セレモニーに出る知事を直前に選ぶのはあり得ない。五輪を考えると今は動きづらい」と本音を漏らす。 日本の首相は、貧乏神、疫病神、死神ですw 都知事はネズミ男ですw あー、やだやだw ★ ★ ★ 渡る世間は悪魔ばかりで、悪魔教会の話を紹介する。 ★ ★ ★ 「悪魔教会」設立50年目の年に : 現代人は、神のアドバイスでも「悪魔主義のルール」でもどちらでもいいので少しそれらに耳を傾けるべきかもしれないと http://indeep.jp/50-years-of-the-satanism-and-the-satan-church/ 悪魔教会 – Wikipedia 悪魔教会は、アントン・ラヴェイが1969年に著した 『サタンの聖書』に表明されているように、人間の肉欲的自己を是認することを使命とする団体である。悪魔教会は、1966年4月30日のヴァルプルギスの夜にアントン・ラヴェイによってカリフォルニア州サンフランシスコにて設立された。 アメリカに「悪魔教会」というものがあり、これは、上の写真のアントン・ラヴェイという、作家でありオカルティストであった人物が開祖した、いわゆるサタニズムの団体なんですが、これが誕生したのが 1966年で、今年 2016年は、開祖 50年目の節目の年ということになります。 人間やこの世は物質か精神か ちなみに、「悪魔教会」というのは、いかにもおどろおどろしい響きですが、この開祖の人はつまりは思想家で、この悪魔教会の最大の目的とするものは、 「物質主義的な快楽主義と個人主義」 を追求したもののように思えます。 つまり、シュタイナーや、あるいはロシア宇宙主義のチジェフスキー博士などが主張していた人間社会の理想などの《正反対》に位置する理想ということも言えそうですが、しかし、「悪魔」という名のつくものだから単純に非難するというようなものでもなさそうです。 人間の思想や理念は、それが真実ではないと思われることでも、そこには思想の自由があります。 先ほど「正反対」と書きましたが、そのアレクサンドル・チジェフスキー博士(1897 – 1964年)などが所属していた 20世紀初頭の「ロシア宇宙主義」と呼ばれた科学者たちの目指していた「科学の最終目標」は以下のようなものでした。 ・宇宙の現象と人類の感情の関係を物理的に把握すること ・精神的社会の意識での新しいタイプの社会組織を作ること ・死を克服し、人間の肉体的な自然性を変容させること ・宇宙のなかで不死の生命を永遠に作り出していくこと ・生きている人間も死んだ人間もこれから生まれてくる人間もつながっていることを把握すること これらについては、過去記事、 ・私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1): 「人類のひとりと宇宙は同一のもの」… 2013/03/24 ・私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(2)… 2013/04/05 などにありますが、つまりは、こういう「精神的社会の意識」とか「永遠の不死の生命」、あるいは「すべての人はつながっている」というような概念に「対抗する思想」が悪魔教会ということで、つまりは悪魔主義とは「人間やこの世は精神的ではなく物質的」であり「すべての人がつながっているのではなく、個人はどこまでも個人」というようなことになりそうで、そういう意味では、「物質主義」と「個人主義」がこの世であると述べているのが悪魔教会なのだとしたら、何とのことはない、現代社会の多くがこの悪魔教会と同じ思想の中で生きているということで、特に奇異な目で見るようなものではないとは思います。 それでも「悪魔」という名前はついているわけで、今年はそういう教会が誕生してから 50年目のメモリアル・イヤーであります。 確かにそれに相応しい悪魔的な事象が毎日のように起こっていて、特に殺人や傷害など「人を傷つける出来事」は、まさに容赦ない無慈悲が世界的に蔓延しているような気がします・・・しかし・・・。 この「悪魔教会」にある「悪魔主義者(サタニスト)の11のルール」というものがあるのですが、それを最近知った時に、ふと思ったのです。 今の私たちは、 「悪魔教会の理念にさえ劣っている」 と思わざるを得ないのです。 悪魔教会には、 ・悪魔主義者の11のルール ・悪魔主義の9か条 ・悪魔主義にあける9つの罪 というものがあります。 それをじっくりと見ていますと、今の私たちの社会はこの悪魔主義が定めたルールよりもずっと「ダメ」であることがわかります。 悪魔主義者の理念「以下」で暮らしていることがわかるのです。 その悪魔教会が定めたルールを記しておきたいと思います。 悪魔主義者の11のルールが書かれたもの 11rules_of_satan・GREAT CAESAR’S GHOST 地上におけるサタニズムの11のルール The Eleven Satanic Rules of the Earth 1. 求められてもいないのに意見や忠告を他人に与えないこと 2. 他人が聞きたくないようなあなたのトラブルを話さないこと 3. 他人の家に入ったら、その人に敬意を示すこと。それができないならそこへは行かないこと 4. 他人が自分の家で迷惑をかけたなら、その相手を情け容赦なく扱うこと 5. 結婚の徴候がない限りセックスに誘う態度を見せないこと 6. その人にとって重荷になっていて楽になりたいと求めているのではない限り、他人のものに手を出さないこと 7. 魔術を使って願望がうまくかなえられたときは魔術の効力を認めること。うまく魔術を使えても、その力を否定すれば、それまでに得たものをすべて失ってしまう 8. 自分が被る必要のないことに文句を言わないこと 9. 小さな子どもに危害を加えないこと 10. 自分が攻撃されたわけでも食べるわけでもない限り、他の動物を殺さないこと 11. 公道を歩くときは人に迷惑をかけないこと。自分を困らせるような人がいれば止めるよう注意すること。それでもだめなら攻撃すること このルールを読みますと、悪魔教会のルールが、現代社会の基準から見れば「悪魔的ではない」ことに気づきます。 というより、むしろ今の社会はこういう基本的なルールさえ失われてようとしている気さえするのです。 > 9. 小さな子どもに危害を加えないこと がルールにあるというのは特筆すべきものですが、私は、以前、 ・「革命」(3) – 革命的行動の最上位は「子どもたちへの無条件の愛」を獲得した社会に戻すこと 2015/07/12 という記事を書いたことがありますが、日本という社会が再生するには、それしかないと考えています(実際にはもうやや遅いでしょうが)。 今の社会では、日本だけではないですが、子どもに対して、「無条件の愛」どころか、社会全体として「形式的な愛」さえも消えつつある気がしています。 また、 > 8. 自分が被る必要のないことに文句を言わないこと というのもいい文言だと思います。 今は、自分とは基本的に利害の関係はないことなのに、不倫だ献金だ何だかんだと文句を言ったり攻撃したり怒ったりしている。 > 1. 求められてもいないのに意見や忠告を与えないこと もそうです。 こういう「忠告を与えたがる人たち」が今の世の中にはたくさんいて、それが何かの役に立つのならいいですけれと、一般的にはほとんど何の意味もない。 > 他人のものに手を出さないこと > 公道を歩くときは人に迷惑をかけないこと という基本的なことにしても、どうも危うくなっています。 いつの間にか、私たちは「悪魔主義者の理念よりも、ずっと悪魔的な社会」を作りだしてしまっていることに気づくのです。 そして、その社会は悪魔によって牛耳られているというよりは、確実に私たち人間が作りだしている。 以前、こちらの記事で、19世紀のセルビアの予言者ミタール・タラビッチの予言をご紹介したことがありました。 そこで、タラビッチは以下のように言っていました。 クレムナの予言より 人間の魂は悪魔にのっとられるのではない。 もっと悪いものにのっとられるのだ。 その頃の人間の信じているものには真実などいっさいないのに、自分たちの信じる幻想こそが真実だと思い込むのである。 ここでいわれている、 > もっと悪いもの というのは何なのでしょうかね。 それについては予言では語られていません。 いずれにしても、私たちは「悪魔主義」からさえルールを学び直さなければならない時であるのかもしれません。 とはいえ、悪魔教会のサタニズムの信条自体は、私などの持つ理念とは相反していて、たとえば、「人間を単なる動物の一群のひとつ」として捕らえるもの(現在の生物学と同じとらえ方ですが)だったりと、信条そのものは、まったく相容れないもので、それだけに、そのルールがあれほど整然とした規則にあやどられていることは不思議でした。 その悪魔教会の「サタニズムの9か条」を記しておきます。 サタニズムの9か条 悪魔教会 – Wikipedia 1. サタンは禁欲ではなく放縦を象徴する 2. サタンは霊的な夢想ではなく、生ける実存を象徴する 3. サタンは偽善的な自己欺瞞ではなく、純粋な知恵を象徴する 4. サタンは恩知らずな者のために愛を無駄にすることではなく、親切にされるに値する者に親切にすることを象徴する 5. サタンは右の頬を打たれたら左の頬も向けるのではなく、仕返しをする行為を象徴する 6. サタンは精神面で他人の脛をかじる者への配慮ではなく、責任を負うべき者への責任を象徴する 7. サタンはただの動物としての人間を象徴している。「神から授かった精神と知能の発達」によって最も悪しき動物となってしまった人間という生きものは、四足動物より優れていることもあるが劣っていることの方が多いのである 8. サタンは罪と呼ばれるものすべてを象徴する。おおよそ罪とは肉体的、精神的かつ感情的な満足につながるものだからである 9. サタンはつねに〈教会〉の最も親しい友人であり続けてきた。というのも彼は長年それを仕事としてきたのである。 最後の、 > サタンはつねに〈教会〉の最も親しい友人であり続けてきた というのがキリスト教の教会だとすれば、意味深な部分ではあります。 昔、こちらの記事に、1971年の小説『エクソシスト』から以下の部分を抜粋したことがあります。 これは、悪魔に取り憑かれた少女リーガンの母親の言葉です。 小説『エクソシスト』(1971年)より あなたがた神父さんたちは、祭壇の前にぬかずいて、神さまの実在を考えなければならない立場ですわね。だからこそ、神さまは毎夜、百万年の眠りを眠ってらっしゃるんですわ。 そうでなかったら、神さま自身がいらいらなさって、ついには怒りださずにはいられなくなるはずです。わたしのいっていること、判っていただけるかしら? 神さまは何もおっしゃらない。その代わり、悪魔が宣伝役をつとめます。悪魔は昔から、神さまのコマーシャルなんですわ。 この、 > 悪魔は昔から、神さまのコマーシャルなんですわ。 というフレーズがとても印象に残っています。 ともかく、「悪魔教会」設立 50年目は、その 50年後の今の私たちの社会では、その「悪魔主義のルール」にさえ辿り着いていない社会だったということに気づく年となってしまいました。そして、「物質主義」と「個人主義」が極限にまで至っている今の社会は、その社会の存在自体が悪魔主義的であるということも再認識します。 チジェフスキー博士の目指したような人間社会を本当は目指すべきだったのでしょうけれど、現時点ではその徴候が見えてきません。 ★ ★ ★ 現代人は悪魔以下の悪の存在といえるようである。続いて、シュタイナーの悪魔の話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第186夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1141.html ≪ルシファーとアーリマン(11)(改変)≫ ★自然災害を引き起こす力 さて第176夜では、本書『天地の未来 地震・火山・戦争』から、今回の地震についても、光と闇の戦いの一部として、短絡的に捉えられてしまう可能性がある、と言いました。 ここではまず、地震を含む『自然災害』による死が、どのような経緯でもたらされるのかを、シュタイナーの説明から抜粋してみます。 「カルマの埋め合わせについては、神々が決議します。地震・火山噴火・洪水等の自然災害は、今日の地球の自然法則に則ったものではありません。 地球の歩みに何かが介入してくるのです。…人類が今日のような誕生と死を体験していなかった太古の時代には、その介入は、必要で有効なものでした。 地球紀の前の月紀では…人類は、今日のような誕生と共に物質=肉体に入り、そして死によって物質=肉体から出るという体験はしていませんでした。 魂の変化は、今日よりも遥かにスムーズで、変容、メタモルフォーゼのようでした。 月紀の人間は、今日の人間のように物質性をもたなかった。…また、今日の人間のように霊化されておらず、自我をもっていませんでした。 月紀に生きていた人類は、今とは全く異なった自然法則下にありました。月紀の自然法則は、人類の内面から、エーテルを動かし、沸き立たせ、波立たせ、うねらせました。 …自然災害が起こるとき、この月紀の自然(エーテル)法則が地上に作用します。自然災害は、地球の物質法則だけでなく、月紀のエーテル法則が関与します。 …月は今日、自らに相応しい形で宇宙を巡っていますが、地球から出て行ったあと、月のエーテル力を地球に残しました。 かつて人類の偉大な教師であった霊達が、人間のカルマに関与しています。霊達は人類に、原初の偉大な叡智をもたらしました。 霊たちは、物質体で地上に生きたのではなく、エーテル体で生きていました。ある時期に地球から出て行って、今日、月に住んでいます。 (竹取物語のような伝説となっている。) 人間は、死から誕生(転生)までの霊界での生活のはじめに、その霊達に会います。霊達は、霊魂・精神の文字を用いて、宇宙エーテルの中に人間のカルマを書き込みます。 しかし、月の住人により、宇宙の進化に対抗する反逆が企てられたのが、霊視できます。 その結果、地球をまわる今日の月が利用されるだけでなく、地球の中に残された月の力も利用されるようになりました。 地球に残された月の力はアーリマンの力に利用されます。アーリマンは月の力を用いて、人類の生命に介入します。 自然災害が起こった時、アーリマンの力は、悦楽に満足した顔つきで、地球の地下深くから現れ出ます。 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp72-73《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 このようにシュタイナーは、人間を死に追いやる自然災害は、月紀の名残と言います。 従って、自然災害による死は、今日のような誕生から死までの物質界に生きる人類の進化を指導するのに準備されたカルマでは無いとしています。 しかし、シュタイナーが『宇宙の中の反逆』と呼ぶ出来事によって、月の力が呼び起こされ、アーリマンが人類の生命に介入する機会が与えられてしまった、ということです。 ★ルシファーとアーリマン しかし、アーリマンが直接、月の力を呼び起こすのではありません。アーリマンは月の力を利用するだけです。それでは一体何が月の力を呼び起こすのでしょうか。 「例えば、ある集団が熱狂的に発展させる情動に注目しましょう。様々な情動が、人間から発されます。 情動が妄想までになると、人々は完全に非現実の中に生き、そして、現実に対して破壊力を引き起こします。 …そのような妄想から非現実の中に生きる人々が、死の扉を通る時に何が起こるのか見てみましょう。 …自然災害と文明災害(=交通災害等)などの被害者の場合、地上から霊界に運び込まれるのは、常に将来への明るさです。 対照的に、妄想のような非現実、誤った錯誤の文明から、霊界には将来への闇が持ち込まれます。妄想に囚われた人々は死の扉を通って、まるで重く暗い雲の中を歩いていくように、霊界に入っていきます。 ルシファーが地上の人間の中に灯した光ともいえる情動が、死の扉を通って霊界に入ると、深い闇となります。 人間の内面で活動する力、人間の中でのみ働くべき情動が、霊界に運び込まれ、力を発揮します。 その力はアーリマンによって霊界で変形され、地球に残った月の力を通じて使われます。 このようにして、本当に、ルシファーがアーリマンと手を結びます。 …このようなことから、地球のカルマ、民族のカルマ、そして、人類のカルマと地球のカルマに結びついた個人のカルマついて疑問を投げかけ、理解することを学びます。 月の文化が、人間の情動を呼び起こし、破壊力を目覚めさせ、潜在意識が、空想的に新しいものを創造しようとしながらも、破壊として働くしかない場所での、ルシファーの働きに、カルマの原因を探す必要があります。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp94-95《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 現世には、『アーリマンに気に入られ、幻想と幻像の世界を権力の拠り所とし、錯誤の文明(唯物文明)を創り出す人々』が沢山います。 そして、それらの人々の死後に、霊界へと持ち込まれるルシファーに灯された情動の光(深い闇)を利用して、アーリマンが月紀の自然(エーテル)法則―火山噴火と地震を引き起こすのです。 つまり、火山噴火や地震を引き起こしているのは、アーリマンではなく、人類の一部の(戦犯や錯誤の文明で権力の座についた悪党などの)人々による情動である、と、シュタイナーは言うのです。 しかし我々は、それらの連中とも、同じ人類のカルマを共有しています。 つまり、一歩進めて考えてみると、「罪を憎んで人を憎まず」と、アーリマンに気に入れられた人たちについても、その責任を個人のカルマだけに帰し、冷たく切り離し、無関心でいるべきではないのです。 というのも、人類の全ての魂は、根源では一つに繋がり、分岐した各々の魂は、自らその役割を背負ったからです。 どんなに憎い悪人であっても、人類全体のなかでは、悪の役割を担った「役者」であり、お互いの成長のために、「人類全体のカルマのための芝居」を演じている一人でもあるのです。 しかし、その行為そのものは「邪」であり、それを放置しておくことは、我々人類のカルマの進化を妨げることになってしまいます。 従って、連中の「錯誤の文明への情動」に対して、「無関心」であるべきでなく、「悪」として知らしめ、それを改める方向に働きかけるべきなのです。 小生は、これがキリストの解く「汝の隣人を愛せよ」の本当の意味ではないかと思います。あくまでも愛すべきは「役者」その人であって、「役柄」まで容認するものではないのです。 さて、続きは次回第187夜でお話しします。 ★ ★ ★ 悪魔の洗脳から抜け出せ!
2016年05月24日
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ゴミウリ、ウソヒなどの権力者太鼓持ちインチキ新聞は戦争屋らの悪魔たちの洗脳ツールなんで、ほとんど読まないが、先日よく行く蕎麦屋の待ち時間に手持無沙汰なんで読んでみると、「若者の勉強について」のコラムが目を引いた。 嫌いだが、しなきゃいけないとわかっていながらできない若者の姿。祖父に勉強が大事といわれ勉強教に染まった若者の姿。勉強の圧迫感に悩む若者の姿。社会に出る重圧感から、先を急ぐあまり、教養課程と専門分野の狭間で思い悩む若者の姿。 自分も若者のときには、これらの若者のどれかだったと思う。いずれにしろ、「勉強」に対して、不安がつきまとっている姿が思い浮かぶ。 さて、勉強とは、自分を変える手段に他ならない。宇宙は日々進化し、万物は流転している。だから、宇宙の進化に合わせて、地球も変わるし、自然環境も変わるから、その変化に応じて、共同歩調をとらないと、生きていけないわけである。 共同歩調が、人間には、俗にいう「時間」として認識されている。 その共同歩調をとるには、自分を変えていかないといけないのだが、これがなかなか難儀で、自分というのは変わらないから自分と認識できるわけで、周囲が変わってしまっても、変わらないものが自分だからである。 つまり、自分という認識は、宇宙の変化のなかでも、変わらない何かを掴みとる作業なんである。だから、宇宙の変化についていけないと自分を失うことになりかねない。 だから、自分という存在は、実は、変わらないものではなく、変わっていくなかに、変わらない何かを掴みとることで成立するのである。 こういうと自分という存在がいかにも謎めいてくるが、例えば、時間として認識されている共同歩調から考えていけば、理解できる。 共同歩調とは、全体が進行しているので、全体としては日々移り変わっていくのだが、いわば法則みたいなものだから、その標準、基準として保たれ、変わらないものである。 例えば、物理の世界では、エネルギー保存則が基準となっている。エネルギーそのものは目にはみえず、物質ではないのに、変わらないものとされている。 エネルギーを直接見たことがないのにも関わらず、エネルギーが変わらないものとしている唯物論は、唯物論ゆえのパラドックスに陥っている。 これと同じことが、自分という存在にもいえる。 だから、物理学で、自分という存在を定義するなら、エネルギーの塊ということになるだろう。唯物論である物理学では、エネルギーから先に進むことは不可能なんである。 そういうわけで、物理学では、時間の解明も不可能なんである。 というのも、時間とは、自分という存在と同等で、宇宙の変化のなかで、変化しない部分(エネルギー)をみつけ、変化した全体を基準にして割り当てていくことで生じるからである。 例えば、地球の時間は、地球の全体の変化、つまり運動を基準に、ほとんど変わらなかった、保存された部分、一回転して元に戻る状態をみつけ、地球全体の変化を基準にして、各運動の変化を割り当てていく共同歩調で生じている。 勉強から、時間の話に飛び火してしまったが、勉強は自分を変える手段と言ったが、実は、自分という存在は、変化のなかに、変わらないものをみつけることで成立するから、実は、勉強は自分を変える手段ではなく、自分を宇宙の進化に応じて、生かしていく手段なのである。 早い話、勉強は、宇宙の進化を解き明かしていく手段なんである。 だから、勉強しなければ、自分という存在を生かすことができず、自分を生かすとは、宇宙の進化に適応することだから、宇宙は多くの生命を生かそうとしていくわけだから、自分を生かすには、自分もそうだが、他の生命を育むことが大切になっていくわけである。 結局のところ、自分のことばかり考えていると、その自分は既に過去の自分なので、宇宙の進化にはついていけなくなる。 悪魔が宇宙の進化から逸脱したのも、自分のことばかり考え、実は自分と思い込んでいるだけで、自分ではないのだが、自分であるかのような妄想に耽り、変化についていけなくなってしまったせいで、そのようなもう過去の架空の自分=時間に拘ると、かえって自分を失う、という話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 伝染病のように世界中に拡大する「自殺」の流行:そして、自殺が増加している本当の理由 http://indeep.jp/what-is-cause-increasing-suicide-like-epidemic/ (要点を抜粋) ただ、私が思うには・・・まあ、今回はややこしい話にしたくないので、詳しくはふれないですが、たとえば、自殺というのは、その根幹が、現代の社会を覆っている2つの「悪魔的観念」にあるものだとは思います。 ひとつは、 「人間は一度だけ地上に生きるものだと多くの人が信じていること」 で、この唯物観の頂点にある観念は、今の社会では一般論ですが、しかし、みんなが「人は転生の中で永遠に生き続ける」と確信していたら、基本的には自殺は考えないと思います。これも、基本的にはということで、現実に即した臨機応変な場面はあるでしょうけれど。 最近、カナダやオーストラリアなど各地の「先住民族」の人たちの自殺の増加が問題となっていますが、それも彼らが古代からの教えというようなものを失いつつあるからのようにも思えます。かつての多くの先住民族たちは唯物論の中だけに生きてはいなかったはずです。 多くの先住民族たちは、精神世界に重きをおき、また、いくつかの民族は、輪廻転生による永遠の命を信じていたはずで、その場合、自殺が「流行」する社会が出現するということはないはずです。 現代社会はとにかく、大昔からある教えや考えが世界中から消えていこうとしている時代です。もちろん日本もです。 ちなみに、輪廻転生という概念は「絶対的に正しい」と自分で確信すれば、わりとすぐにそう思うことができるものです。 私は以前は、そんなことは考えもしない人でしたが、2〜3年くらい前からは輪廻転生を完全に確信しています。 だから今いろいろとメンタルなど、苦しい部分を克服したいと思うのも、「いろいろ弱いままで死んでしまったら、また次の人生で同じ苦労を引き継ぐだけ」なのは明白だからです。人格は肉体を伴わなくとも永遠に存在し続けるわけですから、この世を一生懸命に生きるということは「できる範囲で自分を改革していく」ということを意味するのだと思います。 少しでも自分を自立した人間にしようと努力して死ぬ日まで生きると。長生きに意味があるのは、その努力をできる時間が増えるからです。 いずれにしても、輪廻転生を確信していれば、基本的には自殺という考えは出ません。しかし、これもいろいろで、たとえば、将来的に、自分が他の人に迷惑をかけそうだったり、病気とか認知症とか、人の人生を楽しくないものにしてしまいそうな場合は、私は躊躇なく実行しますけれど。 それはともかく、2つの「悪魔的問題」のうちのもうひとつは、 「世界中の大部分の人たちが、物質、お金も含め、がすべてだと信じ過ぎている」 ということです。 確かに、お金がなければ今の社会は生活できませんので、お金を稼ぎながら生きることは正しいのですが、「物質がすべてだ」というほうに行き過ぎている。 ルドルフ・シュタイナーは、今後、人間が精神世界を重視する方向に変わって「いかなかった」場合、 「地球は唯物論のなかに沈没し、人類は大きな災害ののちに、この地上で、あるいは次の惑星ですべてを新たに始めねばならないでしょう」 1906年のシュタイナーの講演より と言っていて、現在の人類文明の破局を述べています。 上の部分の全文は、過去記事の、 ・「頂点の日本」から何が始まる?… 2015/06/02 にあります。 私も、シュタイナーの言うようになると思います。 今のようなこんな文明がそうそう永劫に続くわけがない。 というより、今のような物質至上主義が続くのなら、むしろ早々に地球を一掃して、早く精算してほしいとも思っています。 19世紀のセルビアの予言者、ミタール・タラビッチは、未来の世界について、 知識が増大するにつれて、この世の人間たちは互いを愛したり心配したりすることはなくなる。 彼ら相互の憎しみはあまりに大きく、彼らは自分の親戚のことよりも、自分たちのもっている所有物や小物のことを気にかける。 人々は、自分の隣人の人間よりも、自分がもっているいろいろな機械や装置のほうを信頼する。 過去記事「私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1)…」より と言っていたことがありましたが、まさに今はこういう世の中で、これから、少しずつでも「この反対」のほうに行ければいいのですが、その兆候はありませんしね。 ★ ★ ★ 現代人のほとんどが、悪魔に洗脳されている。悪魔は目にはみえないので、存在しないものと思っているが、例えば、人殺しなどをするのは、人が信頼できずに、人と人とを分け隔て、仲違いするように誘導する悪魔がいることを示している。悪魔の洗脳から脱するために、続いて、シュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第185夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1134.html ≪ルシファーとアーリマン(10)(改変)≫ ★魂の争奪戦 これまでお話ししたように、ルシファーとアーリマンは、全く違う目的で、人間の魂を狙っています。その意味では、この2大悪の勢力は、互いに相反する利害関係にあると言えます。 「地上の人類の周囲に、実際に、2つの軍勢がいます。 大気中の軍勢(ルシファー)は人間を規律で縛りたいと思っており、人間を地表から上空へと誘い出します。 地下のアーリマンは、人間を引きずり下ろし、永遠に地球(の鉱物界)にとどめようとします。 この2大勢力が、鉱物界、植物界、動物界、そして日常生活を営む人間界にも紛れています。 2大勢力の間に挟まれた人間が過度に欲望などに耽らなければ、この2大勢力は相対するので、互いに相手とおり合うしかありません。 キリスト教で父なる神と呼ばれた天使(恐らくケルビム)が、霊界の鉱物・植物・動物、そして外界の当時は自我をもたない動物のような人間に、共存共生の平和を贈りました。 エデンの園と呼ばれたその世界では、人間は欲望などの情動に感染しませんでした。…しかし、人間の霊魂が、肉体に浸透した時期を霊視すると、 ルシファーが、アーリマンに 『我々の勢力は、鉱物・植物・動物、そして、まだ思考できずに動物のように生きている無意識な人間については争わない。 しかし、自己意識(自我)を獲得した人間を巡っては、そちらの勢力と血みどろになって戦う。』 と言っているのが見えます。自我(個人意識)を獲得した人間を巡って、空気(気体)・火(エネルギー)からなるルシファーと、土(固体)・水(液体)からなるアーリマンとの間で恐ろしい戦いが行われます。 人間は、情欲に感染したとき、この二大勢力の戦いを霊視できなくてはなりません。 今日、人類は外界の自然の認識に関しては大きな成果を挙げています。その成果の背後では、人類を誘惑するために、ルシファーとアーリマンが結託しています。 そのため、人間は、外界をつくる感覚(物質)界の背後で活動する霊たち、超感覚的自然と感覚を超える超自然については何も知りません。 この2大勢力が結託することで、人間の魂を巡って激しく戦う悪魔達自身を隠しています。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp72-73《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 人間は、古代アトランティスの時代に『自我』を獲得した瞬間から、ルシファーとアーリマンの魂の争奪戦に巻き込まれていると、シュタイナーは述べています。 悪魔に共通しているのは、人類の進化を『地球紀』の段階で断念させ、それぞれのお気に入りのシモベ=奴隷として、自分達の陣営に引き入れることです。 (派閥争いと同じである。そもそも派閥争いは私服を肥やすことに端を発しているので、悪魔の誘惑にはじまる。人類全体以外に組織は必要ない。派閥をつくるのは、人類を分断することである。) 一方で、人間が現実と感じている『物質的な自然界』については、人間を欺き、それに固執させるべく、ルシファーとアーリマンは結託して、より完璧な造形を我々の前に見せるのです。 (この国のダマスゴミと同じである。権力者と、記者が結託して、都合の悪い情報は報せないようにしている。) しかし、物質界は全て、霊界には持ち込めない虚構の世界です。だから、少なくとも死の瞬間からは、物質界への固執を断ち切る必要があるのです。 ★アーリマンのカルマ さて、スピリチュアリズムにおいては、カルマと言えば、人間一人一人が別々に持つ宿命(課題)として説かれますが、シュタイナーは、人類全体が共通に持つカルマにも言及しています。 そして、カルマはしばしば、前世での個人の活動が要因となって、現世に予定された運命を超えて、特定のグループや民族全体に関わる場合があると言います。 そして更には、カルマは人間以外の霊にもあり、人間の運命も、他の霊たちのカルマにも巻き込まれていくと、以下のように述べています。 「あらゆる存在がカルマを有します。ある存在のカルマと、別の存在のカルマは異なります。 しかし、カルマは宇宙のあらゆる領域を貫いていき、…場合によっては、個人のカルマが集団全体のカルマの巻き添えになります。 集団の中にいるのに、個人のカルマが影響をうけないこともあります。しかし、集団全体のカルマの中にいるために、災難が降りかかることもあります。 …ある集団が、予定にない不当な全体のカルマに遭遇したのに、その集団で一番責任がある人のカルマが、その全体のカルマの影響をうけなかった、ということも有り得ます。 ただ一つ言えるのは、『個人のカルマは、予定のない不当な全体のカルマの出来事に遭遇しても、後に、全て埋め合わされる』ということです。 …カルマの上では、人間は個人の存在では無い、という事実を忘れてはなりません。どの個人も人類のカルマを共にする、という事実に注意する必要があります。 更に、人間個人は人類に属するとともに、物質界に転生していない霊達にも属していることも忘れてはなりません。 アーリマンのカルマは古代アトランティス時代後半以降、人類のカルマと結びついています。 だから、アーリマンは、人間に感覚(物質)界についての幻想と幻像をもたらすために、人体内に働きかけることができます。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp36-38《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 現世の不条理な災難の多くは、こうした集合的なカルマに巻き込まれることによって起こり、しかもその元凶となった張本人が全く被害を受けない場合がしばしば起こります。 しかし、それら不条理の清算は、後の転生の中できっちり埋め合わされるのです。…といっても、霊視できなければ、自身で確認できないのが恨めしいところではありますが。 さらに、我々の運命に大きく介入して来るアーリマン自身も、同じく独自のカルマを背負った存在である、ということです。 そして、古代アトランティス期後半以降、自我を持った人類は、アーリマンと関わり、様々な形でアーリマンに由来するカルマの影響を受け、後に埋め合わされ、独自の努力で解消していくことになります。 さて、続きは次回第186夜でお話しします。 ★ ★ ★ 戦争を起こした張本人が戦争で被害を受けずに、金儲けや地位を獲得しても、必ず後に、その埋め合わせがなされるから、戦争被害者の苦痛の何倍もの苦痛や苦悩を、死後に味わうことになる。 少しでも良心が残っているなら、地獄に堕ちることなく、人間の進化を続け、やりなおすことも可能だが、次の転生で戦争被害者の苦痛や苦悩を何倍もの悲惨さで味わうことになる。 十戒から外れる勿れ。十戒こそ人間の進化の道標である。 自分がした行為は消えてなくなることはないので、必ず、自分でその行為を償うことになる。自業自得である。 もし自分がした行為が消えてなくなるのなら、同時に自分という存在も消えてなくなってしまう。 だから自分がした行為いかんで、自分という存在を生かしも殺しもすることになる。例えば、不正や嘘をつくことは自分をなくすことになる。 悪魔の面した都知事の顔をみていて、この国の終わりを予感せざるを得ない今日この頃である。
2016年05月20日
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前回、八切史観を紹介したが、八切史観に出会ってみて、歴史は被害者側の観点から記述されるべき、とつくづく思うようになった。 例えば、戦争についても、勝者ではなく、敗者の視点から描くべきである。 原爆投下についても、いかなる理由があろうとも、大量虐殺を行ったわけで、人間の心があれば、同じ人間に対して、とてもできる行為ではなく、悪魔の行為で、原爆を使用した者が悪いのは明らかであり、原爆投下に関わった連中は悪魔に導かれ、悪魔の奴隷と化し、人間の進化から逸脱し、人間をやめた連中で、地獄の苦しみを味わうのは、宇宙の真理からも、明白である。 宇宙の真理、つまりカルマの法則から、自分が他者にした行為は、必ず自分に返ってくるからで、原爆を投下して何万人もの人々を苦しませた報いは、必ず、何倍もの苦しみとなって返っていくからである。 というのも人類は皆共同体の意識でつながっていて、物質界では、見知らぬ人であっても、潜在意識のなかで通じているからである。 間違ったことをすれば、どんな理由であろうと、人を殺めたのなら、謝罪するのが当然である。人間にとって、共同体意識にとって基本となる行為ができないのなら、人類から脱落するしかないだろう。 原爆投下を正当化するアホバカたちは、アメリカ人の生命を救うのなら、日本人の生命が犠牲になってもいいと言っているのである。しかも詳細に調査せずに、いまだに戦争屋のプロパガンダを信じているのだから、アメリカ国民の理性は死んだも同然である。 詳細に調査すれば、真珠湾攻撃ですら、戦争屋の陰謀で、原爆投下は終戦には全く必要なかったことがわかるはずである。 いま戦争屋や悪魔に誑かされた金持ち連中は、せっせと地下へと姿を隠そうとしているらしいが、その姿こそ、人間から脱落していく行為であり、悪魔の奴隷となり、地獄で生きていく証である。 そこで警告として、地獄への指定席が決まっているこの国のノータリンの話と、戦争屋に担がれた歴代の戦争好き大統領のせいで、沖縄がいまでも悲惨な状況にある、という話を紹介する。 このような連中は、恐らく、悪魔に憑依され、魂を食われているのだろう。日本や米国に天変地異が多発するのも、指導者が悪魔に憑依されているせいである。 ★ ★ ★ 認知症が悪化 http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9411.html アベシンゾーの痴呆症がますます悪化、言ってる事が支離滅裂になって来たというんだが、完全に認知症だよね。怒りっぽいというのも認知症の初期症状で、国会答弁ですぐに「キレる」というのが、典型です。実は、ここだけの話だが、日本の偉いさんには、認知症患者が多い。上場会社の役員クラスだと、送迎が専用運転手、個室で秘書がつくので、認知症でも務まるのだw 安倍晋三首相が16日の衆院予算委員会で、民進党の山尾志桜里政調会長を「勉強不足」と指摘しながら、行政府の長である自身を「立法府の長」と混同して発言した。翌17日の参院予算委でも「立法府の私」と発言、混同が続いている。 16日の発言は、民進党が提出した保育士給与を引き上げる法案が審議入りしないことについて、山尾氏が「委員会が決めることと言って逃げている」と首相を批判したことに対する答弁。 首相は「議会の運営について少し勉強して頂いた方がいい。議会については、私は『立法府の長』。立法府と行政府は別の権威。(国会での)議論の順番について私がどうこう言うことはない」と反論した。 参院予算委では、民進の福山哲郎氏が安全保障法制採決の議事録について質問した際、首相は「立法府の私がお答えのしようがない」と答弁した。 認知症患者はよく、高速道路で逆走するけど、アベシンゾーの逆走ぶりもまた、凄いねw 一人で大東亜戦争を戦ってるw いい迷惑だw 鬼畜米兵ヤンキーゴーホーム http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9408.html 沖縄の20歳女性不明事件なんだが、容疑者として浮かび上がったのが、「米軍の軍属」だというんだが、普通、軍属というのはアメリカ人だよね。日本人の基地従業員はまず、「軍属」とは呼ばない。Yナンバーの車に乗っていたというし。また、よりによってオバマが来日という時期にw 沖縄の20歳女性不明、在日米軍軍属の男性聴取 先月28日から沖縄県内に住む20歳の女性が行方不明になっていて、警察が重要参考人として在日アメリカ軍の軍属の男性から事情聴取していたことが分かりました。 警察は今月12日、公開捜査に踏み切り捜索を続けていましたが、関係者によりますと、17日までに重要参考人として在日アメリカ軍の軍属の男性から任意で事情聴取していたことが分かりました。島袋さんの携帯は自宅近くの工場地帯で通信が途絶えていて、男性は当時、車で周辺を走行していたということです。 中国人に殺された沖縄人が何人いるというのか? 人民解放軍兵士に強 姦された沖縄娘が生ん人いるというのか? 今こそ、声を揃えて叫ぶべきだ。「鬼畜米英」「ヤンキーゴーホーム」ですw ★ ★ ★ 戦争屋を撲滅しない限りは、悪魔の支配からは抜け出せない。悪魔は自分を支配者と認めない敵対者から、地球を守ろうと盲信しているから始末に負えないという話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第183夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1120.html ≪ルシファーとアーリマン(8)(改変)≫ ★大地震 それでは、アーリマンの活動の舞台である『第六層』をみてみましょう。 「この層は、恐ろしく荒廃的・破壊的になり得る力を含んでいます。この力の中には、原初の火が封じ込められています。 (原初の火とは、原子力=核力のことを間接的に表現しているようである。シュタイナーによると、素粒子のなかに、宇宙の構造=宇宙進化計画が詰まっているという。 現代の理論物理の超弦理論で、理論的にホロスコープに喩えて宇宙の構造を断片的に解明する寸前にまできているようである。超弦理論はもはや唯物論とはいえない代物だが…。むしろ、哲学の意識論と言った方がよい。) この層の中で、アーリマンが活動し、この層からアーリマンは作用します。 自然現象の中に現れる、空気や水などの雲の形成、稲妻や雷などは、既にかつての土星がもっていた力や、分離した太陽がもっていた力の最後の名残りなのです。 (素粒子のなかに、DNAの遺伝子情報のように、過去の地球の姿、土星、太陽などが記録されているのかもしれない。 シュタイナーは、電子は、光=電磁波の凝縮体であると述べているが、光として記録された過去の地球の情報が、電子などに詰まっていて、アーリマンなどの霊の想念と反応し、現実化するのかもしれない。 量子力学のシュレディンガ-の猫の思考実験から、想念により電子の状態が決まることが想定されている。) 地球内部の火の力(エネルギー)はアーリマンに仕え、この層がアーリマンの活動の中心部です。 アーリマンの霊力が、今述べたような形で、人間の霊魂を地下に引きずり下ろして誤謬に導きます。 …アーリマンの影響によって地上で起きた出来事と、そのことでアーリマン自身のカルマになったものとの不思議な関係を知ると、自然のなかの、恐ろしく悲劇的な出来事と、地球を支配するアーリマンとの関係を、人々は地震において認識するでしょう。 アーリマンは、光り輝く善良な天使達に対抗する、反動力として、進化から逸脱した存在です。 ……………………………………………………………… アーリマンは、人間の意識・衝動・欲望・情動に関わる霊です。 しかし、これらアーリマンの霊は人間の内面にはいません。人間の内面には、連中の作用だけがあります。 (人間の内面にいるのはルシファーである。ルシファーは人間のエゴを煽る。) これらアーリマンの霊は地上にもいますが、人間は見ることができません。 連中は、人間が可視可能な身体を持たないからです。連中は、土の固体的・水の液体的な要素の中で活動する(波動)体しか持ちません。 連中が地球で引き起こす現象は、潮の満ち干き、火山噴火、地震などです。 自然科学はこれらの現象の予測などにはほとんど無力で途方に暮れますが、霊視には、その背後の、人間より下位の霊界が映ります。 それら、人間より下位の霊達は、アーリマンの作用を受けています。 例えば、コボルトのような妖精は、地球の土と水の要素の中にいるアーリマン的な低級霊です。このアーリマンにはルシファーとは別の役割があります。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp40-41、69 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 このシュタイナーのトンデモない話―端的に言えば『地震はアーリマンが起こしている』という話を、西川氏は、東日本大震災の直後の時期に、何の解説も無く出版しています。 マスゴミの忠犬『池上彰氏』なら『そうだったのか東日本大震災!!』と称して、表向きの科学知識を喧伝すればよいでしょうが、シュタイナーの本では、そうはいきません。 (現代の知識のほとんどがアーリマンによる洗脳である。政権や権威者に弱いダマスゴミをみれば明らかである。) おそらく、書店でこのような本を手に取って斜め読みした人は「地震が悪魔の仕業だって? シュタイナーって、新興宗教の教祖だったのか?」と、直ぐに閉じてしまうでしょう。 もっとも小生を含め、本を手に取る時点で既に唯物論者では無いのかもしれませんが、少なくとも『シュタイナー教育』方面の知識だけで読むと、面食らうことでしょう。 無論、西川氏の出版の意図はそんなところには無いのですが、この時期に訳出だけの本を出すのは、まさに両刃の剣という感じで、ポイントを絞って解説すべきだった、と思います。 ★天災と魂 まず、アーリマンの主目的は、他の陰謀論のネタとなっている主犯者とは違って、『天災で人類を滅ぼすこと』では無いことを、正確に見据えて置かなければなりません。 もっとも間接的には、連中のような主犯者を増やすのも目的の1つのようです。これについては後に説明する予定です。 西川氏も訳出しているように、『天災で亡くなった方々』については、霊魂の上ではむしろ大きな財産を得て、来世に臨むことになると、次のように語っています。 「天災で亡くなった人は、天災で生命の糸が突然断ち切られる時まで、自分のカルマを生きて来ました。 …もし、災害に遭わなかったら、自らのカルマに従って…残りの人生の中で体験する出来事が沢山あったでしょう。 それらの出来事は皆、次の転生での可能性として受け継がれます。当人のカルマの中、当人のエーテル体・アストラル体・自我の中に全て受け継がれます。 …人生に相応し、徐々に進んでいくべき老化などの人体崩壊が一気に起こり…地上で消費するはずだった人体の能力が、霊界に運び込まれます。 …いかなる自然災害でも…アーリマンによってカルマを歪められた人々は、地上でのカルマの道途上の状態で霊界にやって来ます。 このようなアーリマン的な悪を、高次の善に転換するために、神々は、天災を浄化しようとします。 …天災に遇う前の地上での人生を見て、『本来は経験すべき出来事を経験していない。カルマの因縁が全うされていない』と、神々は思います。 神々は、全うされなかった因縁を受け取って、当人の霊魂へと運んでいき、来世のために当人の内面の能力を強化します。 かつての因縁の力が、その人の来世で強力になります。災害に遭わなかったら、能力をそれほど持たずにこの世に現れていたり、全く別の能力を持って現れていたはずの人が、カルマの均衡を取るために、特別の能力を持って現れます。 前世で消耗されるべき能力が残され、アストラル体に組み入れられるので、アストラル体の…知性が凝縮して強められます。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp88-94 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 人間は、前世のカルマを解消するためのエネルギーを持って生まれてきており、それが途中で中断された場合、来世に引き継ぐことになるようです。 災害で命を失った人々は、現世への多少の未練は残りますが、もともとカルマの解消のために生まれ、来世には現世以上のエネルギーを持ってカルマに向き合うことが可能となるわけです。 (他には、例えば、ガンで死ぬと、来世にはガンを克服できる体を備えて生まれてくるという。だからといって、ガンで死ぬために、ガンを放置する考えは間違いで、ガンをできるだけ治す努力をすべきで、ガン患者を助ける行為が巡り巡って今度は少なくとも来世では、患者がガンを克服したことで、他のガンの患者を助けられるようになるのがよいという。) もちろん『だから喜ぶべき』と言っているわけではありませんが、それが人間の宿命であり、霊魂の進化のための神々の配慮の1つ、ということです。 (悪魔は人類に試練を与えるが、善の天使が、その試練に耐えられるような、試練に挫けても、やり直せる力を与えてくれる。) 西川氏が今回の震災の後、急遽出版した目的は、恐らくこの霊の作用を知ってもらいたかったからであり、地震の原因がアーリマンにあることは、自らの能力を開発する切欠に過ぎないのです。 (失敗は仕方ないが、失敗を自力で解決することが重要である。) ★「ファウスト」の道化役者 さて、第178夜でもお話ししたとおり、アーリマンは地上にいる人間に対して、直接働きかけることはできません。とりあえず霊界に誘導しなくてはなりません。 そのために火山の噴火や地震を起こしても、天使が、逆手にとって、当人にとってより良い来世を用意するので、結局、アーリマンは無駄な作業をしていることになります。 このような話は、ちょうどゲーテの『ファウスト』のファウスト博士と悪魔メフィストフェレスの契約を思わせます。 メフィストフェレスは、契約どおりファウスト博士の望みをかなえ、この世に生きる意味を感得したファウスト博士は『時よ止まれ、お前は美しい』という言葉を口にします。 その言葉は、メフィストフェレスが待ち焦がれた、彼の魂を獲得する契約の言葉でしたが、生涯を最高の体験で終えたファウスト博士の魂は、逆に神の手に渡ってしまいます。 メフィストフェレスは、自らの野望に従って行動していたつもりが、結局は、神がファウスト博士に体験させようとした人生を手助けしてしまう道化役者を演じていたのです。 つまり、魂が何処に向かうかは、魂が『人生をどう生きたか』で決まるのです。カルマを全うしようとする魂を無理矢理に霊界へと連れて行っても、アーリマンの自由にはならないのです。 それでは、アーリマンの主目的とは何なのでしょうか。 トンデモ話は奥で繋がる 「第184夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1127.html ≪ルシファーとアーリマン(9)(改変)≫ ★アーリマンの作用 シュタイナーによれば、アーリマンの、人間に対する主な活動は次のようなものです。少々長くなりますが、続けて引用します。 「ルシファーとは別の悪魔アーリマンは、地下に要塞を築き、アーリマンの作用は人間の新陳代謝の中に入って来ます。 潮の満ち干き、稀に見られる火山噴火・地震を起こす力が、人間の新陳代謝にも、増減、振動、干満を起こしています。これらはアーリマンの作用です。 ルシファーが地球の大気中に要塞を築き、自らの秩序、規律のために、天候を起こし、地上と戦うのに対し、アーリマンは人間を硬化させて自分に似せるために戦います。 その結果、人間は唯物的になり、その意味において無限に賢くなるでしょう。 アーリマンに従う者は、唯物的に限りなく利口で、他を出し抜き、騙す詐欺などの悪知恵に関しては、比類なき者になるでしょう。 しかし、アーリマンは、自分自身では、達成できません。だから、人間を使って、間接的に達成しようとします。 (アーリマンは、人間を、悪知恵を獲得するための道具とする。) 人間から脱落した自らが支配する種族をつくるという、何千年にも渡る、地上への努力は既に完成されました。 (1)人間の感情が特に激しく荒れている時、アーリマンは、感情を乗っ取ります。 (感情の起伏が激しい人は要注意) (2)アーリマンは人間の喜怒哀楽の感情を奪って、自分の支配下に置きます。 (3)感情を奪われた人間は生涯、アーリマンの力に捕われ、奴隷となります。 (現代では、社畜など) (4)人間が生涯、アーリマンの力に捕われ、他者への配慮を失い、自分の感情や意識にだけ没頭する我儘な状態にあると、アーリマンはその魂を死後にもぎ取ります。 (5)このように、人間から脱落した人類以下の種族が本当にいます。 連中は水の中、土の中にいます。 (原爆投下に関わった者などは、この種族の連中となったようである。) アーリマンは、この人類以下の種族をどうするのでしょうか? アーリマンは、 『私は人間から魂をもぎ取り、自分のシモベとなる土や水の妖精を作る。』 と考えているのです。 (妖精というと、ファンタジーに聞こえるが、鬼や妖怪、ゾンビといえば、地獄の世界が想像できる。) この土・水の妖精が、実際に、地下のある層に棲んでいます。鉱山を霊視できる人は、これらの妖精たち(自然霊)をよく知っています。 死の瞬間、人間から魂がもぎ取られることで、妖精は生まれるのです。 人間が、自らの情欲(エゴ)を優先することで引き起こされるカルマを通して、そのような人類以下の存在へ堕ちるのを、アーリマンは執念深く待っています。 (キリストのように生きないと、人間以下の存在に成り果てる。) 人間が地上の生活において、 『私は霊界に還りたくない。 肉体を捨てた後、人々は再び超感覚的な霊界での生活へと向かって行くが、私はずっと感覚下の物質存在でいたい。 私は地球と結びついたままでいたい。私は死にたくないし、…私は感覚下の物質存在でいることを選ぶ。』 と言うようになるのが、アーリマンの特別のお気に入りなのです。 (『時よ止まれ、お前は美しい』のファウストの言葉と同じである。御釈迦さんは「執着心」と呼んだ。) アーリマンは非常に賢いのですが、このようにして多くの人間を自分の種族の中におびき寄せ、いつか、そのようなアーリマン的な人類以下の存在だけが地球に棲むのを思い描いています。 (喩えるなら、ゾンビの世界) そうして、アーリマンは地球を不死にして、地球が宇宙空間に消滅しないようにしたいのです。 (アーリマンは宇宙から地球を守っていると考えている。その思考は、この国のノータリンと同じである。) シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp70-72《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 ★アーリマンと交信していませんか? 『人間を硬化させて、自分に似た存在にすること』が、アーリマンの主目的であると、シュタイナーは言います。スピリチュアリズム的に言えば、低級な粗い波動に堕とすことといえるでしょう。 『波動を堕としてはいけない』とは、スピリチュアリズムでは比較的よく耳にしますが、大半は『観念的』な理解にとどまっているのではないかと思います。 しかし、上記のように、シュタイナーは割と具体的に語っています。アーリマンに魅入られた人間は、『欲望』の赴くままの生活を求め、死と転生の輪廻を拒絶します。 その人の『魂』は死後、アーリマンにもぎ取られ、土的・水的な体を持った人以下の種族の歯車として埋め込まれ、永遠に死ぬこと無く地球にとどまる、というものです。 (漫画「銀河鉄道999」の機械化人間と似ている。) そして現に、それら人以下の種族が、地球の鉱物界で、アーリマンと同じ賢さと、野放しな『欲望』を持って生きている、と言っています。 …………………………………………………………………………… そう言えば第135夜で、四大霊の1つである地の精『グノーム』について、高橋氏が自らのプログに書かれている内容を紹介したのを覚えていらっしゃるでしょうか。 グノームは人間より優れた直観力の塊で、人間を自分より劣った存在と見下し、地上を憎み、地上を超える理念―大宇宙的な理念に没頭している、ということでした。 小生は、他の3つの妖精に比べ、地の妖精は幾分毛色が違っているように感じていたのですが、これがアーリマンに捕らえられた、元の人間の『魂』とすれば、合点がゆきます。 ……………………………………………………………………… さて、それらの世界について、スピリチュアリズムで言われることに、『波動を堕とすような世界を気に懸けてはいけない』という態度があります。 しかしその間にも、現世は、アーリマンに洗脳された連中にとって都合の良いように変えられていきます。ただ眺めていることもできますが、将来の世代へそのツケはまわるのです。 例えば制御不能な核の廃棄物を、後の世代に背負わせれば良いのですか? 生きるのに一番大切な農産物を、全て他国の言うがままに買わされる国に生きろと言うのですか? 『波動が堕ちた人間』がこうしたことをするのを、ただ『見ないようにする』のは、波動の高い人間がすることですか? そんなスピリチュアリズムは間違っていると思いませんか? 近々選挙があります。与党であれ、野党や新党であれ、著名な陰謀論者であれ、『人』では無く『主張』で判断して、正しくないことにはキッパリとNOと言わねばいけないのです。 ……………………………………………………………………… アーリマンとの関係で、もう一つ考えるべきことは、現在のスピリチュアリズムの主流ともいえる、肉体を離脱しアセンションを待望する悪しき風潮です。 仮に、可能だとして、果たして自分、或いは異星人?の判断で、『勝手に輪廻転生から抜けてもよい』のでしょうか。 ミトラ神学の描く終末のように、人類全てが、現在のコスモスでの修養を終え、そこから離脱するのならよいでしょうが、未改善な点がまだある限りは、進化の余地がある、ということです。 もし、アセンションを促している存在が、アーリマン的な野望を持って近づいているとしたら、その人の進化はその段階でストップさせられるのは愚か、人間の進化からも逸脱するのです。 無論、シュタイナーの言っていることが、信じられない方には関係の無い話です。小生のような凡人を相手にせず、自分の思う道に進んでいただいて構いません。 まだおつきあいいただける方は次回第185夜へお進みください。 ★ ★ ★ 悪魔は賢過ぎてかえって馬鹿である。というのも、本当の知性とは誰とでも仲良くやっていくことだからである。誰とでも仲良くやるということは、全てを理解することだからである。少なくとも、知性を攻撃の道具とするのではない。 悪魔は自分が気に入る存在としか付き合わないから狭い世界しか生きられないのを理解できないから馬鹿である。
2016年05月19日
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日本史はわりと好きな方で、特に安土桃山の戦国と江戸幕末は好物なのだが、八切史観に出会って、通説をそのまま鵜呑みにしていた自分の愚かさに気づかされた。 八切史観の凄いところは、日本史を、古代史から大まかな流れでまとめることができるところである。 それは差別をした権力者側の歴史観ではなく、差別をうけたサンカといわれる原住部落民側の歴史観を炙り出したところにある。 さて、日本史の人物で人気が高いのは、織田信長で、信長が死んだ本能寺の変については非常に謎が多いという話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 容疑者が多すぎる http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9398.html 本能寺の変の謎、というんだが、ひとつ言えるのは、「手口が違う」という事。戦国大名の戦いというのは、基本、正面から全力でブツカルわけで、こういう「暗殺」という形は珍しい。むしろ、天皇家とか公家とか、そっち系の手口だよね。飛鳥時代、奈良時代から、天皇家周辺ではそういう暗殺はいくらでも例がある。それで、明智光秀の背後に朝廷が黒幕でいたという説が出て来るわけだが、それにしちゃ、その後の展開がグダグダだ。 ・「本能寺の変」で信長を殺したのは誰だ!? いまも日本史最大の謎と言われる「本能寺の変」。明智光秀の単独犯だったと言われているが、本当にそうだったのか。 単独犯説が疑われる理由は2つある。1つは当時、最も信長が恐れていた敵は、一体誰なのか? もうひとつが、わずかな手勢でなぜ信長は本能寺に泊まったのか? 宿敵・武田家を滅ぼした後、信長が最も恐れたのは、おそらく同盟国ながら着実に力をつけてきている徳川家康ではないか。 この家康を暗殺するために、信長は家康を安土城に呼び、もてなした後、京の宿泊先・本能寺に誘う。 わずかな手勢で泊まったのは、家康を安心させるために違いないというのだ。そして、この暗殺計画をともに考えたのが明智光秀ではないか。 ところが光秀は信長に「唐入り」を命じられるのが嫌で、この計画を家康に打ち明け、信長暗殺に誘う。 妻子を信長に殺された経験のある家康は、うすうす信長の殺意に気がついていたため、光秀の「信長暗殺」計画に乗った、つまり信長暗殺の黒幕は家康だったというのだが、真実やいかに。 あるいは、外国勢力のしわざという説もある。信長は世界征服まで考えていたので、それを恐れたキリスト教勢力が信長を潰したという、コレは確かに「動機」としてはあり得るが、宣教師がどうやって明智を動かしたかというのが弱いところだ。まぁ、色んな意味で織田信長はやり過ぎで限界だったんだろう。秀吉も家康も、事前には知らなかったとしても、「ああ、やっぱりね」と思ったんじゃないかw ★ ★ ★ 八切史観によると、上の疑問はほぼ解決する。信長が家康を恐れていたというよりも、信長は政権を信忠に譲るにあたり、一番邪魔になりそうな相手とみていたのである。 尾張派筆頭の信忠に政権を譲るにあたり、信長が信忠体制に目障りな家臣を追放しはじめたことは通史でもわかる。実際に主力となる家臣を安土から遠くに追いやっている、柴田勝家は上杉の防波堤、羽柴秀吉は毛利、滝川一益は北条、丹羽長秀は四国討伐。 そして光秀だけは別格で丹波という近くに置いているところをみると、信長は光秀をよほど信頼していたようである。 八切氏によると、信長は、家康討伐を光秀に命じたようである。そのために信忠中心の武田家掃討作戦のときに光秀は同盟という名目で、家康の領地の検分を行っていたようである。つまり家康を討伐した後の領地を光秀に与えるというのである。 信長は以前から何度もしつこく家康を安土に来いと誘っていたが、家康が武田家を理由に拒否していたそうである。しかし武田家が滅亡し、穴山梅雪相続となったため、穴山共々、家康を誘き出す必要があったため、自分は丸腰ですよ、とでもいうような形で本能寺に宿営したそうである。 後に太閤となった秀吉に大阪城まで会いに来いといわれても、家康が生命を奪われるのを恐れ、秀吉が実母を差しだすまでに会いにいかなかったのは、このときの経験が物語っている。 八切氏によると、信長が家康を殺す大義名分は、信康殺しにあるという。信長は自分の一字「信」を与える位、信忠共々、信康を寵愛していたというのである。自分の娘の五徳を嫁がせたのがその証拠だが、家康は、松平元康になり替わったのが露見するのを恐れ、武田家謀反の疑いをかけて、信康と、元康の妻の築山御前を殺してしまったそうである。 通史では、信長が信康の才気を妬み家康に命じて殺したとなっているが、跡継ぎの息子を殺されてまで同盟を守る武将は皆無である。人質として息子を差し出し、離反した場合に殺すのが慣例で、自分の子を父自身で処分させることなど不可解であり、辻褄があっていない。 人質として生きているから差し出した家臣は心服せざるを得ないわけで、もし信長が信康を殺すなら、まず信康をこちらに引き渡せと命じるはずである。 八切氏によると、信長と家康の関係は桶狭間からはじまっているそうで、桶狭間は奇襲ではなく騙し討ちだったそうである。前田犬千代に事前に斥候させた義元の鉄砲隊が怖いので、信長は義元に降服し、信忠を人質に出すために、渋々わずかな手勢で、義元の陣中まできてみると、大雨が降ってきて、義元の鉄砲隊が使えないとみると、方針を大転換して、その場の手勢と、後からきた部落民の足軽たちで義元を攻め、首をとってしまったというのである。 その場の手勢のなかに、家康がいたというのである。桶狭間の後に信長と同盟を結んだのは、この家康とで、松平元康ではなかったという。元康は今川家の家臣で、家康は家臣ではない。家康の出自は現日光市近くのトクガワ村という部落であったという。 つまり、家康が信長と同盟を結んだ後で、戦に紛れて元康を謀殺し、元康に成り替わって、それがバレないように、信康と築山御前を殺したというのである。だから家康は岡崎城には近寄らずに、浜松城を居城としたという。武田氏との三方が原の戦いも、信康、築山御前を殺されたとわかった岡崎城の三河衆たちが家康に離反し独立するために、信玄に家康を攻めてくれと懇願した戦いというのである。 だから信長は、桶狭間の生き証人と思われ、織田家家督相続のときから嫌っていた平手氏を抹殺するために、平手汎秀を援軍に送り、捨て殺しにしたのである。家康に援軍を送るから、桶狭間の件は黙秘しろと、家康側の証人を戦場に出させて殺させたという。 武田信玄が上洛を狙っていた、というのは後世の創作で、信玄は、家康を討伐し、浜松城に逃げ帰らせ、ある程度三河を抑え、三河衆を満足させると、さっさと引き上げて甲斐に帰ってしまった。 さて、本能寺の変だが、八切氏によると、信長暗殺の黒幕は家康だという。実行犯は斉藤利三で、家康は、利三の娘のお福に徳川政権を譲ることで、利三に決意させたという。利三には他にも動機があり、信忠体制の織田家中のなかでは、美濃派は左遷の憂き目にあるが、かつては特に美濃筆頭の奇蝶は、道三の娘で、美濃の方言の「たわけ(他分け)」殿と田舎大名の信長を馬鹿にしていて、信長は奇蝶に頭が上がらなかったほどである。 その奇蝶が信長の美濃派家臣追放に危機感を抱いていたことや、実は、信長が、父道三を子義龍に、道三の子ではないという風評を美濃で流させ、離反させ、美濃を信長に譲る、という証文を道三に書かせ、援軍せずに捨て殺しにしたことが奇蝶に伝わり、それを通報した安藤伊賀が信長に追放されたことに猜疑心を抱いていたことなどが挙げられる。 そして重要なのは、当時の朝廷を中心とする経済体制が銀資本であり、特に神道吉田家と蜷川家が体制を築いていたところに、信長は部落民が有利となる金資本を持ち込んで、朝廷体制を終焉させようとしていたことで、四国攻めがその手始めで、四国の長宗我部家には、斉藤利三の妹が嫁いでいて、利三は信長の四国攻めに大反対していたことが大きい。 だから、朝廷も絡んでいるし、信長は、中国由来の朝廷を廃して、原住民復活の王朝をつくろうとしたそうである。信長、秀吉、家康も全て、部落民出である。だから、八切氏は、信長をアメリカ原住民のジョロニモと称している。 つまり、当時の日本は、中国の傀儡国家だったわけで、朝廷は進駐軍で、進駐軍が持ち込んだ仏教から律令カースト制度がつくられ、それまで日本列島に住んでいた先住民=原住民は攻め込まれ、捕虜とされ寺の奴隷となったのが農民で、山間に逃げ込んで、人とされなかったのが、サンカである。 中国人だけではサンカを取り締まれないので、朝鮮、特に百済から討伐隊を引き入れたのが、中国人には不信(油断ならない)に思われブジンが訛ってブシ=武士となったという。 信長は、朝廷を討伐した勢いで、大陸まで侵出しようと考えていたようだが、家康の離反にあい、イエズス会の中国大陸進出の邪魔にもなったようで、恐らく金資本になると、金に価値が生まれてしまうので、イエズス会が金を海外に持ち出すのが自由にできなくなるのと、兵器と引き換えの奴隷取引もできなくなる。 だから、信長の野望は挫折せざるをえなくなり、秀吉が引き継ぐが、秀吉は、朝廷を大陸に返し、日本王になって、日本を当時のマカオのような商業国家にすることを考えていたようであるが、イエズス会との軋轢を生み、志半ばで、逝ってしまい、家康になると、イエズス会追放は決定的になり、敵対するエリザベス女王と交易することになる。 随分と本能寺の変から話が逸れてしまったが、八切氏によると、信長の本能寺は、利三に囲まれて、マカオ経由の最新の爆薬で爆殺されたとのことである。光秀にはアリバイがあり、家康討伐の資金を借りに愛宕山に行っていて、大雨に降られ、本能寺の変当時は下山不可能だったそうである。 ちなみに織田家では当時の軍資金は自前で、吉田神道が金融をやっていて、愛宕山が窓口だったそうである。軍資金を借りて、戦での褒賞で返すのが当時の慣習で、信長はどこどこを攻めよと命じても、軍資金は出さなかったそうである。つまり、部落民の王朝を再興する名目なので、金銭よりも名誉だったそうである。 だから、家臣は皆部落出である。兵農分離などではない。はじめから兵農分離だった。ちなみに千利休で有名な宗易は茶人ではなく、信長の仲間の部落民の頭目だったそうである。 秀吉の時代になると、命令とともに軍資金も出したという。家康は、軍資金を家臣に貸し付けたらしいから、家康がケチといわれるのは、このせいかもしれない。 とても、本能寺の変は、短く要約できないので、八切史観のリンクを貼っておく。 八切止夫作品集 http://rekishi.info/library/yagiri/ 八切史観で日本史をみると、まるで現代劇をみているようでもある。
2016年05月17日
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ウルグアイのムヒカ元大統領のように、人類から貧困をなくし、人類の同胞を救い、平和をもたらそうと努力するのではなく、私利私欲や金儲けに走る輩は死後、地獄に行くことになるので、今すぐ政治家というような公職についているのなら、辞めるべきである。 前回のシュタイナーの話からわかるように、地下組織が、政府を支配しようとするのと同じように、地球(アーリマン)は、人類を奴隷化し支配しようとしている。 そのような連中のパナマ文書は氷山の一角で、人類の特に金持ちたちからアンチキリストの裏切者を多数輩出していることがわかる。 パナマ文書についてはダマスゴミはあえて無視するかのように、巷では、北や芸能ニュースばかりが話題で、まるで中国かロシアのように、日本国内ではほとんど報道されていないばかりか、昨今、東京五輪についての裏金問題に飛び火しているのに、ほとんど無視なので、この状況を放置していたら地獄行きの連中が増加するばかりなので、国民の知る権利よりも、金儲けや脱税を優先するダマスゴミの意地の悪さが電通にあるという話を紹介する。 ★ ★ ★ 電通が諸悪の根源 http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9377.html 五輪招致で使った都のカネのうち、18億円分の経理書類が行方不明だそうで、まぁ、行方不明も何も、裏金として誰かに渡されたんだろう。ところで、今年の1月なんだが、こんなNEWSがあったわけです。「世界アンチドーピング機関 第三者委員会で【東京五輪招致で日本側が国際陸連等に5億円払った】との証言」勘違いしちゃイケナイのは、この5億円については、「国際陸連主催の大会への協賛」という名目があるわけで、必ずしも裏金というわけではない。道理の通るカネだからです。 仏検察は13年に「東京五輪招致」で日本から約2億円超が国際陸連の前会長側に振り込まれたと明らかにした。 http://this.kiji.is/103456649154625539 海外の報道 http://pbs.twimg.com/media/CiPWRhFUoAAnauy.jpg 日本の報道 http://pbs.twimg.com/media/CiQsnXuUYAAUYq0.jpg 電通という記載が削除されてる (意図的に削除したとしたら、国民の知る権利を阻害していることになる。しかもオリンピックは国民的な行事なので、重大な過失ともいえる。) 五輪招致書類、都が紛失 前回活動費、8事業18億円 2020年夏季五輪の招致を目指す東京都が、前回16年五輪招致で支出した費用の経理書類をめぐり、保存期間内の8事業計約18億円分の文書を保存していなかったことがわかった。 朝日新聞の情報公開請求に、都は「紛失した」と説明している。 だからおいら、最初っから「数十億」と言っている。裏金の怖いところは、「目減りが激しい」事だw たとえばおいらがアベシンゾーに1億円の裏金を渡そうとしたとする。おいらが1億円持ってアベシンゾーに渡しには行けないw 誰かに頼んで、アベシンゾー側近の誰かに預け、それを渡してもらう事になるんだが、その側近への謝礼も必要だし、間に誰かを介すればその都度、カネが目減りする。これを「ペ天使の分け前」と呼んで、政治ゴロと呼ばれるような人種は、それで食ってるわけですw ★ ★ ★ つまり、人類はいま滅亡の一歩手前の危機的な状況にあるのだが、悪魔の洗脳がほぼ完全に行き渡っていて、その自覚が全くない。 気が付いてみると、宇宙の進化から取り残され、地獄に行っているというものである。 シュタイナーの話から、地獄は地球内部にあるというわけだが、悪魔の洗脳状態にある連中は、死後、そこに赴くことになるわけだが、そのような連中の洗脳ぶりがわかる、地球内部の都市伝説のような話を紹介する。 ★ ★ ★ エドワード・スノーデン氏かく語りき : 「地球の地下マントルには現生人類よりさらに知的な生命が存在している」 http://oka-jp.seesaa.net/article/368787005.html ▲ Phantoms and Monsters より。 最近の私にとっては、「そもそも実在しているのだろうか」という想いさえ抱かせる元 NSA (アメリカ国家安全保障局)のエドワード・スノーデンさんですが、彼自身にまつわる話にはそれほど興味はなく、最近ネットで目にした「スノーデンさんの証言」だというものの中に、 「地球の内部に知的に高等な生命が住んでいる」 というようなものがあったということに興味を持っています。 実際には、そもそも、このスノーデンさんの証言の存在の真偽さえ不明としか言いようがないのですが、「地球の内部への興味」に関する記事もしばらく書いていないですので、そのことを紹介していた記事を翻訳してみたいと思います。 記事の前に、「地球の中のこと」についての過去記事を少し振り返ってみたいと思います。 地球の内部は謎だらけ たとえば、昔から「地球空洞説」というようなものは存在して、あるいは小説やファンタジーの世界でも古くから語られてきていたようです。 小説で代表的なものは、フランスのジュール・ヴェルヌという人が 1864年に書いた『地底旅行』というもの。これは地球の中心にある空洞へ旅行する話で、その内容は、Wikipedia では下のように説明されています。 3人は数十日をかけて南東へ 1400km 、下へ 140km 進んで大空洞に到達する。「オーロラのような電気現象」で照らされたこの大洞窟には、海があり、キノコの森が繁茂し、地上では絶滅したはずの古生物たちが闊歩していた。 ▲ 小説のイラスト。登場人物たちが地球の中心で見た巨大キノコの森。 というようなものです。 さらに遡ると、17世紀のアタナシウス・キルヒャーというドイツの科学者が『地下世界』という地質学の本を 1664年に出版していますが、これが非常に魅力的な図に満ちた科学書なのです。 このことは過去記事の、 ・17世紀の科学書「地下世界」に描かれる地球の内部 2011年09月28日 http://oka-jp.seesaa.net/article/227923496.html でふれています。 そして、時は過ぎ、20世紀。 人間は宇宙へと赴き、「地球を宇宙から見る」ことができるようになります。 そういう中で、いくつかの「なんとなく不思議な写真」といったものが、NASA などの写真データの中に見受けられるようになります。 これは簡単にいうと、北極に大きな穴が開いているのではないかというようなことさえ思わせるようなものです。 下のそれぞれの写真は、過去記事「歴史の中での地球中心の謎(前編)」からのものです。 ▲ 1969年にアポロ11号が撮影した地球の写真 ▲ 同じく 1969年にアポロ11号が撮影した地球の写真 ▲ 1968年に気象衛星 ESSA-7 が写した写真。 米国海軍少将バード提督のエピソード そんな中で輝く話が、1926年5月9日に航空機による初の北極点到達を成し遂げた米国の英雄であったリチャード・バード海軍少将に関係する逸話です。それは「地下世界とのコンタクト」のストーリーでした。 バード提督の死後、アメリカの哲学者レイモンド・バーナードによって記された『空洞地球 - 史上最大の地埋学的発見』に、バード少将のもうひとつの大冒険「地下世界との接触」が描写されます。『空洞地球』には以下のように書かれています。 バードは、地下で千年以上に渡って存在し続けてきた巨大な地下世界の代表者とコンタクトした。 地下世界の住人は姿はほとんど人間と似ているものの、地上の人間よりも外観的にも内面的にも美しいという印象を持った。地下世界では戦争がなく、新しいエネルギー源を持っており、食料や光に困ることはない。 地下世界の人々は地上の人々と何度かコンタクトを取ろうとしたにも関わらず、全て拒絶された。もし、いつか地上の世界の人々が自滅するような事があった場合にのみ、手を差し伸べる事を決め、地上との接触を絶った。 という、あくまで「話」ですが、存在します。 このバード少将の自筆だとされるその時の日記については、過去記事の、 ・米国海軍少将バード提督のすばらしき北極旅行日誌 2012年06月02日 http://oka-jp.seesaa.net/article/273181389.html に記していますので、よろしければお読みいただければ幸いです。 この人自身が、多少卓越した感覚を持っている人だったのではないのかなあというような、単なる直感ですけど、そう思うところはあります。 古代から現在に続く地球空洞説 ここまで書いた中世から現在への流れというのは、「地下には別の世界があり、その入り口は北極のあたりにあるのではないか」という感じの流れです。 今でもこのことについては、よく目にすることがあり、「地球内部に隠されているかもしれないパラレルワールドへ」という過去記事では、ロシアのプラウダに載せられていた地球空洞説の歴史についてご紹介しました。 そこから歴史について抜粋しますと、下のような感じらしいです。 地球内部に隠されたパラレルワールド より 古代ギリシャの神話では、タタール人(ロシアの民族のひとつ)についての不吉な地下社会の伝説が語られている。 紀元前 500年頃の古代ギリシアの自然哲学者アナクサゴラスは、空気球とエーテルの雲によって囲まれる平らな地球のモデルを提唱している。 1818年に、アメリカ陸軍の大尉だったジョン・クリーブス・シムズは「同心円と極地の空洞帯」という著作で「地球空洞説」を唱えた。地球は厚さ1300キロメートルの地殻で、各々の両極に直径2300キロメートルの開口部を持つ五層の同心球であり、地表の海はそのまま裏側にまで続いているという考えを提唱した。 アメリカの医師だったサイラス・ティードは、1869年に、凹面地球モデルという概念である「空洞宇宙起源論」を提唱した。 これより先に、イギリスの天文学者であるエドモンド・ハレーは、1692年に地球空洞説を発表しており、「地球内部は明るく、居住可能である」としている。 というような感じで、古代ギリシャの時代から続いた話は、ついに今回、話題の渦中の人物であるエドワード・スノーデンさんにまで及んだということになるようです。 今回ご紹介する元記事は、ロシアのクロニクルに掲載されていたものですが、それを短くまとめた米国のブログの記事をご紹介します。 なお、スノーデンさんによると、知的な生命が存在するのは「マントル」だということが記されているとのことです。マントルの位置は下の図がわかりやすいかと思われます。 ▲ 学研ホームページ「学研サイエンスキッズ」より。 それでは、ここからです。 Snowden Reveals Documents: 'More Intelligent Homo Sapiens Exist Underground' Phantoms and Monsters 203.07.10 地球の地下に、さらに知的な現生人類(ホモ・サピエンス)が存在することを記した文書をスノーデンが明らかに アメリカ国家安全保障局( NSA )の監視文書の情報をリークした人物として知られることになったエドワード・スノーデンはベネズエラへの亡命を許可された。そのスノーデンは、安全な場所で、とても衝撃的で世界を揺るがすような政府の秘密文書を私たちと共有する意志を示した。 次のようにスノーデンは証言した。 「政府の最高首脳陣たちは UFO が何であるのかを知りません。公式の話として UFO が単なる気象用バルーンや自然現象であるという可能性については否定されています。どちらかというと、これらは、私たち自身を超えた知性によって導かれているかのように UFO について述べているように感じる文書です」。 「結局、最も信頼性がある不可解な目撃例は、熱水噴出孔(海底で地熱で熱せられた水が噴出する亀裂)から海底を出た後に、直接太陽の軌道に入っていくことが目撃された車両です……」。 「弾道ミサイル追跡システムと深海のソナーは国家機密として保持されているために、科学者たちはそのデータにアクセスすることはできません。しかし、DARPA (アメリカ国防高等研究計画局)の関係者たちのほとんどは、地球のマントルに、ホモ・サピエンス(現生人類)よりもさらに知的な人類種が存在していることを確信しています」。 「このことについては、その場所(マントル)が、数十億年の期間、多かれ少なかれ安定し続けていた地球での唯一の場所であるということを考えることがわかりやすいかと思います。長く安定している場所に住むということは理にかなっています。それらの種は特殊環境生物として、私たちとは異なる気温の下で生きているのかもしれないですが、加速度的に知性を繁栄し、発展することができたのです」。 「大統領は、彼らの活動について毎日ブリーフィングを受けています。彼らの遙かに進んだテクノロジーは、どんな戦争であっても私たち人間にはほとんど生き残る可能性はないとアナリストは信じています」。 「彼らの視点から私たち(人間)への一般的な感情は蟻(アリ)ですので、彼らが私たちに共感したり、あるいは、私たちとコミュニケーションをしようとする可能性はありません。現在の非常事態計画は、さらなる攻撃を阻むという望みの中で、希望のない敵を「あざむく」ために深い洞窟で核兵器を爆発させることです」。-- 地球の内部に関しての In Deep の関連記事 ・米国海軍少将バード提督のすばらしき北極旅行日誌 2012年06月02日 ・17世紀の科学書「地下世界」に描かれる地球の内部 2011年09月28日 ★ ★ ★ 以上の話から、シュタイナーの話がトンデモどころか、信憑性を帯びてくることがわかる。上の話と大きく違うところは、地下に住む存在は、悪魔なので、地上の人間のように物質体をもたないという点にある。 そして、宇宙の進化、太陽系の進化に抵抗し、闘っていて、地上の人類を洗脳し、味方に引き入れようとしているということになる。 だから、上の最後の文の、「彼らが私たちに共感したり、あるいは、私たちとコミュニケーションをしようとする可能性はありません」というのは大きな間違いで、人類を奴隷化し、戦闘員にしようとしている。 このことは、人類同士を敵対させるため、国々の戦争によって金儲けをし、高位の地位を獲得し、人類支配を確立させようとする地上の戦争屋の振る舞いからもわかるが、人類を奴隷化し、神々と戦わせる先兵にしようとしている。 だから戦争屋は裏切り者ユダである。そのような人類の背徳者連中の警告のために、シュタイナーの話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第182夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1113.html ≪ルシファーとアーリマン(7)改変≫ ★ルシファーの誘惑 さて、アーリマンの影響をお話しする前に、ルシファーが人類に望んでいる事について触れて見ましょう。それには、《月》の時代に、天使達が成し遂げた進化を見る必要があります。 第179夜では、天使達が、次の人間となる人類のために、ルシファーに対抗する力を、地球の中に組み込んだ、としています。 その力について、シュタイナーは次のように述べているのですが、その力をみると、ルシファーが人類に望んでいることが、実に意外なことだとわかってきます。 では一体、(宇宙の進化計画に基づいた)「《地球》の正しい進化とは、どのようなものでしょうか? 現在の太陽系に相応しい《地球》の進化目的が据えられた時に、太陽の正しい進化に基づいた運行から、地球の正しい運行が生じ、地球に規則正しい四季が生じました。 …それらの秩序は《月》が黄昏(プララヤ)の中に沈んでいった後、現在の《地球》の進化のために創られた宇宙の進化のリズムに従って繰り返されます。 しかし《地球》の中では宇宙の進化を拒むルシファーたちが活動しています。 加えて、人類がルシファーを追跡できる領域よりも人間の内側で、ルシファーは盛んに活動します。 しかし、もしルシファーが、人間の内側で活動せず、《地球》の中だけで活動したとしても、月紀に、天使達が成し遂げた進化が無ければ、太陽を巡る地球の運行や四季の繰り返し、雨や晴れなどの天候の規則性を通じて、人間は地球内で活動するルシファーの誘惑に陥っていたでしょう。 宇宙から人間にやって来るリズム、太陽系の規則的な運動から生じる秩序全てが、ルシファーにより、人間に安逸をもたらすものとなり、現状に適した法則だけが選択され、事勿れ主義が支配していたなら、人間はルシファーの誘惑に陥っていたに違いありません。 宇宙規模の救済のために人類が獲得しなければならない能力よりも、快適な生活を好み、到達すべき進化よりも、従来通りの進歩のない自動的な経過を選んでいたに違いありません。 (簡単にいえば、安定を貪り、怠けようとする意識) 人類が、ルシファーの奴隷とならないために、反対の力が創造されねばなりませんでした。 宇宙経過の中で、何の変化もない《地球》生活に、【《月》紀において成し遂げられた正しい進化過程】が混ざる事で成立する抵抗力が作用しなければなりませんでした。 【《月》紀に天使達が成し遂げた正常な進化】が《地球》に作用すると、今日では異常が生じ、《地球》の変化のない歩みを危険に晒します。 この抵抗力の影響によって、それまでの単調なリズムからなる【快適な生活への愛着・安楽・贅沢】として現れていた秩序が正されます。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp61-63《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 普通は、『秩序』こそ、天使の導く道であり、『秩序を乱す』のはルシファーの仕業だと考えることでしょう。 しかし、全く逆のことをシュタイナーは言っています。ルシファーの誘惑とは、人類を『秩序だった快適な生活』に染まらせることなのです。 そして、逆に、秩序を阻止(?)する抵抗力が、天使からの人類への贈り物だったのです。 (人間の死なども、天使の贈り物である。) ★超感覚的自然 《地球》は、単調なリズムを好み、繰り返そうとします。一方、天使が結びつけたかつての《月》での進化力は、地球の単調なリズムを乱す方向に作用します。 その両者の作用を身近に感じとれるのが気候です。シュタイナーは、その中に超感覚的な自然を感じ取る能力こそ必要である、と説いていきます。 「例えば、激しく降る雹の中に、単調で安楽なリズムを突き破る進化力が示されています。 地球の単調なリズムの下に創造された秩序が破壊されると、宇宙全体の進化のために訂正がなされます。 …雹が降ることによって、ルシファーの影響によってもたらされていた秩序が訂正されます。 単調な経過が続かないため、更なる訂正を行うために、更に激しく雹が降ります。 単調で自動的な経過へと導く秩序全ては《地球》の力に属するのです。 (だから、官僚主義、事勿れ主義、事大主義はルシファーの誘惑である。懐古主義などもそう。) 火山が溶岩を流しだす時、その中で、かつての《月》の進化力から遅れたルシファーの力が活動しており、その力に抵抗するために、《地球》の生命活動に(太陽から)訂正がなされるのです。 地震もそうです。そもそも、天災とはそういうものです。 …私達の周囲にある自然の背後には、いわば第2の自然、霊の自然・超感覚的自然があります。 …私達の周囲にある超感覚的な自然を認識できるのは、霊能力を備えた人だけです。 …自然科学が探究できる中には、自然の背後に存在する超感覚的自然は決して現れません。 お決まりの(線形的な)法則では無く、通常『偶然』と言われる(非線形)現象を把握する霊視を鋭くすると、超感覚的自然は姿を現します。 年間の季節の変化を越え、不規則な気候全てが『偶然』の現象といえます。 …雷雨を予測する能力を身につけることは出来ますが、自然法則化はできません。 その能力は地球に属する物質力を越える霊能(太陽)的なものだからです。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp63-66 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 ★ルシファーという悪魔 さて、そのような超感覚的な自然を認識する能力を持った者には、自然の中に、日常の感覚では捉えられなかった霊達が感じられる、とシュタイナーは言います。 ルシファーの登場です。しかし、人間に接近する目的を聞くと、またしても驚くかもしれません。 「風雨の中に現れる非線形現象全ての中に、不可視の霊が生きています。 地上の物質存在がもつ感覚では知覚できない身体(エーテル体以上の高次な体)を持っているので、見えないのです。 霊たちは熱や空気からなる体をしていますが、その中には、水も液体も固体もありません。 その体は、生成されては消え去り、すばやく次の形態へと変化していきます。 例えば、雲は、これら霊の行為の外(物質)的な表現に他なりません。これらの霊の体はその背後に有ります。熱と空気の体です。 地球の周りに、熱と空気の霊達の世界があります。その霊たちは、私(シュタイナー)が著書や講義で『ルシファー』と名付けた者達です。 ルシファー達は、人間に対して独特の働きかけをします。 その霊たちは、人間にとってしばしば不快な天候の中に生きているにも関わらず、天候を生じさせる規則的要素を、人間の中で、非常に強要する存在です。 『人間は物質体―少なくとも土(固体)的性質・水(液体)的性質の体を持つべきではない』という見解を持っています。 (ルシファーは人間に輪廻転生を拒絶させるのが目的。) その霊達は、人間に対して、内面に自由をもたない、完全に規則的な存在にしたいのです。人間を、全く物質性を持たない存在にしたいのです。 ルシファー達は、年間の季節の経過の中で、人間を地球の正しい進化から引き離して、自分達の領域に導き入れるために、宇宙の進化と戦っています。 (ルシファーは、人間を熱狂的にし、洗脳する。) 人間を、地球の進化から疎遠にしようとしているのです。 ルシファー達は、非常に曖昧な神秘主義に傾倒する夢想的な人間にとって、非常に危険な存在です。 (日本会議などはルシファーの誘惑に負けやすい) 曖昧な神秘主義に傾倒する夢想的な人間は、容易にルシファーの虜になります。 ルシファーは、人間を地球から誘い出して、天使がもつ一種の能力(霊視力)を与え、自らが与える規律に外れた誘惑に屈しないようにしたいのです。 荒天の中に現れ、風雨を通して脈打つ力の中に、何よりも人間の自由が嫌いな霊達―人間の自由を根絶して、自らの規律に従う自動人形、人間を偽善者にしたい霊達がいる、というのは奇妙に聞こえるでしょう。 地上の表現を用いれば、この霊達は、その目的を達成するために、宇宙の進化と『血みどろになって』戦います。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』 pp66-68《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 ルシファーは潔癖で厳格な神父と同じ存在にも見えてきます。むしろ反対に、地上にはルシファーに誘惑された方がよいと思われるような無節操な人間もいる位です。 別の所で、シュタイナーは次のようにも言っています。 「人間は、ルシファーを悪くいうべきでしょうか。 ルシファーにとって最良の、つまり人間を規律化し、宇宙の進化から独立した存在にしようとしているのです。 ただ、人間は、ルシファーの影響下では決して自由な存在にはなれません。結局、自動人形、単なる操りロボット、機械になります。 しかし、ルシファーにしてみれば、人間に(自分が思う)最良のことをしようとしているのです。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp69-70《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 さて、ルシファーがこのような存在だとすれば、チャネリングの際、その存在がルシファーかどうかを区別するのはかなり難しいと言えます。 第177夜でお話したとおり、現代人にアトランティスの見霊能力が残されていれば、チャネリングの相手の恐ろしげな姿から判断可能です。 しかし、もはや、そのような能力が消えてしまった現代人は、チャネリングで得られたルシファーの情報のみを頼りに正体を知らねばならないのです。 何せ、人間に対して、『規律を重んじ、天使のような品行方正になりなさい』と呼びかけて来るのです。 その場で即『否』と言えるでしょうか。 巷のスピリチュアリズムの中には、『天使』に近づくことを、何の疑いも無く『アセンション』と定義しているものが数多く見られます。 確かに、人類は『天使達』が成し遂げて来た道を辿るべきではありますが、それは、現在の進化段階のままで『天使』になることではないのです。 (それでは裏口入学と同じ) シュタイナーが『曖昧な神秘主義に傾倒する夢想的な人間』こそ最も危険、と言っているのは、まさにそのようなインチキを指している、と言えます。 無論小生も、今のところチャネリングには程遠い存在なので、そんな心配は無いのですが、もしチャネリング出来たとしても見分けることは出来ないでしょう。 それ故、仮にチャネリングした場合には、その相手を全て信じるのでは無く、常に数%の疑いを持って接するのが肝要ではないか、と思っています。 そんな時チャネリングの相手は、例えば出エジプトで有名なユダヤの神や、ムハンマドに対するガブリエルのように、『(我を)疑うべからず』と強要するかもしれません。 しかし、無知ゆえのこんなささやかな用心さえ許容できないのなら、なおさら疑ってかかるべきではないかと、小生は思うのです。 …………………………………………………………………… ところで以前、ルシファーに似たような事を人間に求めた悪魔の話がありました。今一度、バーバラのチャネリングに現れたアヌの言葉を思い出してください。 第七十九夜では、『私は君たちの神であり《人間が望む》姿にさせるため、刺激を加えてきた』と言っていました。 加えて第107夜では、『人間が自らを解放してしまう可能性にうろたえ、ルネッサンスを中止させた。』と告白しています。 また第八十三夜では、悪魔は『金属製』の身体を持っており、自分達には無い、人間の身体―土の鉱物と水の液体から出来た肉体を欲してもいました。 無論、その悪魔を即ルシファーとするのはいささか短絡的ですが、その精神性―儀式的文化への盲目的服従と、肉体の自由性への嫉妬心は非常によく似ています。 (ルシファーは権威主義的なので、謙虚になれば見破れる。現代の国家の指導者のほとんどがルシファーに憑依されている。) 更に言えば、第八十四夜でツォルキンは、連中はもともと肉体は持っておらず、アトランティスの滅亡後に、地球での転生を認められたと言っていました。 それらの魂がルシファーであり、連中の一部が金属的な肉体に転生し、アヌンナキとして行動したという解釈もありえるわけです。 これら推測の真偽はともかく、いずれにせよ、ルシファーは、人類の進化を妨害する役割を果たし、人類は、ルシファーの誘惑に負けてはいけません。 (偉そうに振る舞う輩のほとんどがルシファーに操られていると思ってよい。) 一方、アーリマンについてはどうでしょうか。次回第183夜はその辺りの話へと続きます。 ★ ★ ★ 人類が改心しないかぎりは、古代アトランティスのように滅亡してしまうだろう。
2016年05月11日
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犬HKは嫌いなんでほとんどみないが、『モーガンフリーマンの「時空を超えて」』はオカルトを唯物科学から捉えようとする努力が垣間見られ、興味深いのでみている。 しかし人智学から考えると、唯物論の限界がみられ、非常に滑稽なんで一種のコメディとしてみている。 この間は、「第6感について」だった。第6感を唯物科学で考えるというテーマだったのだが、仏教で既に6根が説かれているのに、まるで御釈迦さんの手の上で右往左往する孫悟空のようにみえる。 仏教の第6根は、「意根(意識)」と説かれている。 御釈迦さんの時代は、王家に遺伝された霊能力により神々とつながり、預言をおろす霊意識が残っていたので、意識が現代のように個人的なエゴに染まっていなかったようである。 だから、この第6感というのは、人類が普遍的にもつ意識のことで、誰かが苦しめば、その苦しみが全体に伝播する集合意識のことなんである。 この集合意識を、人智学では集合魂=集合自我と呼んでいる。 この集合自我がルシファーの誘惑による個人的なエゴに染まり、現代人が普通にもつ日常の起きているときの個人意識=覚醒意識となったわけだが、仏教では、3千年前の御釈迦さんの時代を想定しているので、この個人意識を不浄と説くわけである。 覚醒した個人意識のエゴが欲望に染まり強いために、集合意識がその背後に隠れてしまっているので、他者の気持ちや苦悩などがみえなくなり、無視するようになってしまっている。端的にいえば、共感力が失われている。 ルシファーにより人類は自由なエゴの個人意識を手に入れたのだが、このエゴが自己の振る舞いを越えて、他者に危害を及ぼすようになったから、仏教でいう第6根が不浄の末法の世となっている。 だから仏教では相変わらずエゴをなくす意味で、個人意識の除去=無我を説くのだが、折角手に入れた自由の覚醒意識を失えば、いわばゾンビのようになるしかなくなる。現に日本人の多く、アジア人の大半が競争社会の申し子のゾンビと化し、資本家の奴隷のような生活を強いられていることでわかる。 キリストは、この不浄の個人意識を、再び人類全体の統合意識へと戻すために、愛の精神を説いたのである。シュタイナーは、パウロが、「私のなかのキリスト意識」を説き、輪廻転生により、不浄の個人意識を、清浄な個人意識へと高めるために、キリスト教を布教しはじめたと述べている。 統合=集合意識への個人意識の浄化、昇華が第6感を再び獲得する道であると人智学は説いている。仏教でいうところの六根清浄である。 ★ ★ ★ 六根清浄 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%A0%B9%E6%B8%85%E6%B5%84 概要 六根は人間の認識の根幹である。それが我欲などの執着にまみれていては、正しい道(八正道)を往くことはかなわない。そのため執着を断ち、心を清らかな状態にすることを言う。そのため不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないために俗世との接触を絶つことが行なわれた(山ごもりなど)。「六根浄」ともいう。 (「俗世との接触を絶つこと」は古代インドの感覚で、現代の個人主義の社会ではネガティヴになりやすいから注意すべき。現代では、俗世との接触のなかから、俗世に染まらず、俗世を浄化させることが進化の道で、ポジティヴである。) かつては登山の際に掛け声としても用いられ、落語の「大山詣り」などにもその様子が描写されている。戦前までは富士山への登山の際にも掛け声として用いられたことが知られている。 (登山を、俗世を渡り、浄化しながら、意識を高めるもの、と考えると、秘儀参入の修行であることがわかる。) 俗説 登山の際に用いられた結果、音便化し「どっこいしょ」になったという説がある。 (「六根清浄」が「どっこいしょ」は、確かに聞こえなくもないが、以下のヘブライ語説の方が有望に思われる。 ★ ★ ★ 言葉の杜 http://www.sun-inet.or.jp/usr/hiro7733/public_html/word/word.html 「ドッコイ(DKA・HWI)」というのは、「DKA」=「粉砕」と「HWI」=「ヒビ(ヘビ)人を」という語が連なったものだ。 当時の天孫族(太陽霊の子孫)の敵は、「ヒビ(ヘビ)人」、「エブス人」、「クシュ人」などだが、総称して「コシ」、「蝦夷」などと呼ばれた。 (第10番惑星人=蛇、龍のこと) さらに、「ショ」=「(敵、SWRの)『残り』」という語が加わっている。 このヘブライ語を意訳すると、「どっこいしょ」は「第10番惑星人=蛇、龍人の末裔を打ち砕け、改心させよ」となる。唯物論=物質界に染まるな、という意味で、六根清浄とも意味が重なる。 結局、物質界に染まらずに、何者も受け入れる鉱物意識を獲得せよ、という意味になる。) ★ ★ ★ 第6感をもてば、資本家連中がいかに欲にまみれていて、その中身が悪魔のシモベであるのかがわかる。唯物論に染まっているから、地上を這い回る蛇の思考や、月の領域を越えないせいぜい物質界の大気圏を堂々巡りする龍の思考しかもてないのである。だから、連中は月(地球の過去の状態)や火星(闘争の星)を好むのである。 第6感から爬虫類の歪な思考形態をもつことがわかるからである。世界統一政府などその最たる思考形態である。 資本家の多くはニムロデと呼ばれる第10番惑星人、通称、蛇人や龍人の悪魔の末裔であることが、オカルトから明らかになってきている。 この連中はキリストを裏切ったユダのように人類を裏切ることがわかっている。前にも紹介したように、人の肉体をもつが、蛇や龍のような爬虫類の精神をもつので、表に出ない隠し財産をつくり、他の同胞を欺いている。 その1つがパナマ文書であきらかになった、という話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 荘園は国を滅ぼす http://my.shadowcity.jp/2016/05/post-9360.html 軍需産業から裏金貰って、それで票を買って、首相とか大統領とかになって、なったら今度はせっせとその会社に兵器を発注して、裏金分を返すという、まぁ、そういう行為に、租税回避地は使われるわけです。アベシンゾーの兄弟はどこでナニをやってるんでしょうかね(爆 相続税逃れ、所得税逃れに資産を海外に移して脱税しまくっているユニクロ柳井の会社の株をせっせと買っている政府日銀。国民のカネを泥棒に貢いでます。誰がどこで得をしてるんだ? 「租税回避地いらない」=ピケティ氏らが公開書簡 フランスの著名経済学者トマ・ピケティ氏ら350人を超す世界の経済学者が9日、脱税などに使われるタックスヘイブン(租税回避地)の根絶を求める公開書簡を発表した。「パナマ文書」の発覚で租税回避地に関心が集まる中、書簡は「(回避地は)一部の富裕層や多国籍企業を利するだけで、不平等を拡大させている」と批判。その存在は「世界全体の富や福祉の拡大に寄与せず、経済的な有益性はない」と断じている。 アベシンゾーがパナマ文書をマトモに解析するはずがない。やったら自分の脳天にブーメランが突き刺さる。タックス・ヘイブン問題は、単に「脱税」というだけじゃない、政治家をカネで買うにも、タックス・ヘイブン経由の裏金が使われるから問題なのだ。オバマはカシコイ。ユダ金に買われた政治家を潰すために、この問題に火を着けたw 結果、ブッシュは早々に大統領選から撤退したw そういう事だw ★ ★ ★ 連中は人間としての信頼を失い、もはや人間とはいえないモンスター、ゾンビである。国は助けあいの和からなる。この共生の精神を失い、自分だけは別で、特別なものと勘違いする連中は、次の進化段階には進めずに、地獄に堕ちて落第するという話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第181夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1105.html ≪ルシファーとアーリマン(6)(改変)≫ ★地球の構造 第6~9層 それでは、第6層以下について続けて見てゆきましょう。 「第六の層は『火地球』です。この層は、火のような感情と意志からなっています。 この層は痛みを感じます。もし踏みつけられでもしたら、叫ぶでしょう。この層は全くの激情から出来ているのです。 ………………………………………………………………… 第七の層は『地球(反射)鏡』です。この層に意識を集中すると、地上の特性全てが反対のものに変わるので、この名が付けられています。 第6層までに意識を集中せずに、直接この第7の層を霊視すると、例えば地上では緑のものが、この層では、赤として表れます。 (アストラル界のよう) …反射されて、反対のものに変わります。悲しみは喜びに変わります。 ………………………………………………………………… 第八の層は『粉砕』です。精神力=霊力によってこの層に意識を集中すると、注目すべきものが示されます。例えば、あらゆるものが無数に複製されていきます。 しかし、この層の本質は、道徳性も破壊することです。地球の表面への放射力を通して、地上に戦いと不調和を引き起こすのは、この層です。 この層の破壊力を克服するために、人間は調和的に活動しなければなりません。 人間が調和を発展出来るよう、この破壊力は地球の中に秘められたのです。全ての悪は、実質この層で準備されます。 好戦的な人間は、特に強くこの層の影響を受けているのです。…この層が実質、地上に悪をもたらしたのです。 ………………………………………………………………… 最後の層は『地核』です。地核の影響によって、地上に黒魔術が発生します。この層から悪の霊力が発しているのです。 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp54-55 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 さて、この辺りまで来ると、説明を聞いただけでも、人類にとって好ましからざる層もあります。それでは各層について、小生なりのコメントを加えてみようと思います。 ★地球の厄介者 第6層は、実はアーリマンの棲む層であり、地震や火山活動に関わってくるようです。この層については後ほど詳しくお話しすることになると思います。 第7層については、第162夜でお話しした『自我の鏡としての肉体』の役割が思いだされます。ただし、第5層と同じく反対像となって現れます。 さて、第8層は、人間関係の不和を創り出す層とされ、この層への人類の対処法を通じて、人類と地球との関係が示唆されてきます。 そして第9層は、レムリア、アトランティスが滅びの道を辿ることになった黒魔術の源流となる層です。この層が地球の奥底から、幾度も人類を貶めてゆくのです。 ……………………………………………………………………… さて、以上のように全体の層を眺めてみると、1つのイメージが浮かんで来ます。古来から様々な言い伝えでイメージ化されている『地獄』の本質です。 各層に囚われた魂は、生命の喜びや、善良な活動を悉く奪われ、ひたすら苦痛や邪悪の想念の増大だけを快感とするような世界に生きることになります。 そしてそれは死後の世界に限った話ではなく、その層に意識を集中し、捕われてしまうことで、生きながらにして地獄と化すのです。 幾多の昔話に、地底に存在するとされて来た『地獄』は、 実は、地球のこの層の意志であると、シュタイナーは述べていることになります。 我々人類は、地球に寄生し、大量に増殖し、地表の隅々にまでその爪跡を残し、大気の組成を変え、地上に無かった有害物質を次々に発生させています。 地球にしてみれば、地表が痒くて仕方ないという感じなのでは無いでしょうか。挙句の果てに、勝手に掘り出した核物質を濃縮した上、また埋め戻そうとしているのです。 地球にとって、人類は何を仕出かすかわからない寄生虫同然です。共生の精神を失えば、逆に、人類を支配しようとするアーリマンこそ、救世主のように考えるのでは無いでしょうか。 ★地球との共生 それでは、本当に、地球にとって人類は、全くの邪魔な寄生虫なのでしょうか。シュタイナーは次のように述べています。 「人間は地球の層全てと関係している、と推測できます。地球のこれらの層は絶えず力を放射しています。人間はこれらの層の影響下にあります。 だから、人間はこれらの層の影響を絶えず克服しなければなりません。 いつの日にか、人間が地上に生命力を放射し、生命力に溢れた空気を吐き出すようになると、人間は『火地球』の層を克服します。 人間が苦痛を癒しによって精神的に克服すると、『空気地球』の層を克服できます。 人間が一致協力できると、『粉砕』の層を克服できます。 白魔術が勝った時、世界に悪が無くなります。 人間の進化には、地球内部を改善するという目的があるのです。最初、地球は進化全てを阻みます。 最後には、地球は人類の力によって克服され、改善され、霊化されます。こうして、人間は太陽=天国から持ち込んだ自らの霊的本質を地球に分け与えるのです。」 シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp55-56 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 人類は、こうした地球の反発をなだめつつ、各層の影響を全て克服し、逆にその層の性質を変えることで、地球を進化させるべき使命を負っている、とシュタイナーは言います。 そしてこれが、西平氏をして、一般への入門書での説明をためらわせた『人類が地球と一緒に進化する』という話だと、小生は推測します。 それにしても、シュタイナーの説に従えば、我々人間は随分重たい課題を背負わされたものです。しかもその上、アーリマンの影響にも打ち克つ必要があるのです。 さて、次回第182夜からは私達人間が、どのようにアーリマンの影響をうけているのか、の話へと入ってゆきます。 ★ ★ ★ 人間は地球の悪と闘っている。悪に染まっては駄目である。
2016年05月10日
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どうも最近ネガティヴな考えにとりつかれ気味で、このブログの更新も遅れているが、睡眠について、せっかくのご質問を受けたので、シュタイナーの睡眠の考えを簡潔に解説しているサイトを以前紹介したと思うが、以下に再度紹介する。 ★ ★ ★ 睡眠を霊的に見る http://higusumi.world.coocan.jp/japanisch/steiner/sekai/sekai_2.html (以下重要なところをわかりやすく改変) 高次の自我による守護と分霊の発生 睡眠中、地上に残っている(人間の)〔エーテル体十物質体〕は、植物と同じ状態にあります。 寝ている人間はある意味では人間ではなく、植物と、シュタイナーは他の講演で述べていますが、それは、〔自我十アストラル体〕が抜け出た、もぬけの殼だからです。 この状態には守護が必要なので、ある存在が地上に残された〔エーテル体十物質体〕の中に入り込んで守っています。それはその人の高次の自我とでもいうべき存在で、本来はアストラル界より高次の霊界にいます。 それは遠い将来、人間が霊の進化を遂げて到達するべき高次の自我状態(霊我=マナス)で、すでに高次の霊界に、人類の進化の見本として準備されています。 この高次の自我は、アストラル界に出ている〔自我十アストラル体〕が地上の〔エーテル体十物質体〕に働きかけるのを助け、導くこともします。 さて、物質界での人間の日常生活には、政治的な駆け引きのような嘘や、体面をとりつくろう嘘や、人をおとし入れる嘘など、偽りが満ち満ちています。 こうした嘘は、物質界よりも、霊界の方に大きな災いをもたらしています。 嘘をついた瞬間、または嘘をつこうと思った瞬間、アストラル界では一種の爆発が起こる、といいます。そして、嘘をつく人の物質体にも、嘘の作用で蓄積されるものがあります。それはもちろん物質ではありませんが、夜眠っている人を霊視すると、はっきりと見えるとシュタイナーは述べています。 そして、その嘘のカスのようなものが溜まった物質体に、先ほど述べた高次の自我が入り込むと、奇妙なことが起こるのです。 高次の自我はその不純物と大変に折り合いが悪いため、その嘘の作用で分裂を起こし、一部を物質体内に残してしまうのです。その残ったものを分霊と呼ぶことにしますと、この分霊は、その人が死ぬ時に、物質体から解き放たれて、この世に、彷徨い(浮遊し)出します。これは幻鬼(ファントム)と呼ばれる状態の自然霊です(浮遊霊)。 (この分霊がガンを生み出す。) また、一人一人が悪くなくても、加わっている共同体全体に、悪法や、不当な制度があれば、その影響が、その組織に属する個人のエーテル体に溜まっていきます。共同生活から生まれる雰囲気が、エーテル体に作用するのです。 その結果、先の高次の自我が、この場合も分霊を残します。これは幽鬼(ゲシュペンスト)として、その人の死後、彷徨い(浮遊し)出します。 (この分霊がエーテル体の流れを歪にさせ、新陳代謝や呼吸などの律動系に障害を生み出す。) 人間は互いに他人の魂の自由を尊重すべきですが、現実には不当な決議で他人を打ち負かしたり、 もう少し穏便に、説得によって自分たちの考えを強制したりすることが行われがちで、そうしたケースに人間のアストラル体に影響が及ぼされ、悪鬼(デーモン)と呼ばれる状態の自然霊が生じ、死後に、この世に放たれます。 (この分霊がアストラル体に不純なものをもたらし、自我が関わる血液系の障害を生み出す。) これは不寛容や抑圧のあるところに生じるのです。 (パワハラやセクハラなどのハラスメントなど) (全集102番『霊的諸存在の人間に対する作用』) 第三の眠り (土星紀の人間の意識状態) 目覚めた後とても頭が重く、回復するのに暫く時間がかかるような眠りを、シュタイナーは第三の眠りとして挙げています。この眠りは大変深く、その内実を知るには神通力(人智学用語では、イントゥイション)が必要です。 神通力は、人間の自我が、物質体に完全に働きかけることで得られる能力です。 霊聴力(人智学用語では、インスピレーション)の段階に至ると、高次霊の姿を「見る」ことができますが、神通力となると、霊の中身まで分かるようになります。 神通力によって見れる高次の霊界(神界=天国)では、人間の次の人生(転生)が決められています。 (人間の裁判所みたいなところ。オカルトでは最後の審判の場ともいわれている。) なお、霊視力から神通力までの修行法の概説は、『神秘学概論』の第五章 「高次世界の認識」にあります。 非常に深い眠りから覚めた時は、寝起きが悪く、頭がぼおとしている、ということは、自然科学の睡眠研究でも分かっています(『眠りとは何か』、講談社、ブルーバック、95ページ)。この場合の眠りの深さは、脳波で判断しています。夢見のない眠りは脳波のパターンから徐波睡眠と呼ばれ、1度から4度までありますが、そのうちの3度、4度が深い眠りに当てはまります。 鉱物の意識の中に入り込む人間 さて、シュタイナーは、この深い睡眠が人間にとって大きな意味をもっていると主張します。第三の眠りでは、〔自我十アストラル体〕が人間の達しうる最高次の霊界に入り込んでいるからです。 この世界は死後、人間が達する最高の霊界でもあります。この時、奇妙に聞こえるかもしれませんが、人間は鉱物がつくる結晶の中にいます。 第三の眠りにある時、たとえば枕もとに水晶があれば、ベッドの中に〔エーテル体十物質体〕を残して、〔自我十アストラル体〕は、その水晶の結晶の中にいることもあると、シュタイナーは述べているのです。 これをファンタジックな話と受けとるのは自由ですが、じつはここには重大な秘義が潜んでいるのです。 (死後、鉱物の墓をつくるのは、鉱物意識=深い眠りに達してほしい、という願望の表現とも思われる。) これ以降の話は「夜間の意識の三状態」だけでなく、他のいくつかの講演(全集168『生者と死者の関わり』など)からとったものになります。 なぜ鉱物・物質体が高次なのか 感情をコントロールすることは難しい、といえますが、しかし全くつかみどころがないわけでもありません。感情の波は自分でも意識できるし、どこをコントロールすればいいかは比較的よく分かります。 (感情を自由自在にコントロールできると霊視力=心眼が獲得できる。) 行の基本として大切な敬虔さなども、日常と無縁なものではありません。 しかし、エーテル体に働きかけて、霊視力から霊聴力を身につけようとしても、行法を知らないと、雲をつかむような話になります。 エーテル体は生命力、記憶力、気質や癖などの担い手でした。 たとえば、気質を変えることは、感情のコントロールよりずっと難しいことです。 「エーテル」を「気」に置き換えてみるなら、「気がきかない」気質が「よく気のつく」気質に変わることの難しさひとつを考えるだけでも、エーテル的要素のコントロールの難しさは分かるでしょう。この要素は無意識の度合いが強いのです。 この無意識的な要素を、意識的にコントロールできるようになってくると、霊聴力という認識力が生まれてくるのです。 (季節や生活のリズムを自由自在にコントロールできる。時間を自由自在に操れる。1分を1時間にできる。) 次に人間の物質体(肉体)の中で行われている新陳代謝を考えるなら、この代謝は、通常は(覚醒)意識の外(潜在意識)にあります。 人間は、体内の物質反応の一つ一つを自分で意識し操作しなくてもいいような具合にできています。それは高次の力(自我)の手にゆだねられています。何億というプロセスが同時に生じている、これらの反応を意識的に自分でコントロールすることは、まさに神わざです。 それを一部コントロールするような行法から、霊の認識力としては最高の神通力が生まれてきます。 ここまでみてくると、物質体に最も高次の要素が秘められていることがわかると思います。さらに一歩進めて言うと、物質体の内に秘められている神聖な要素(霊人)は、じつは我々が死後通過する霊界の素材でもあります。 アストラル体の素材が、アストラル界を構成する素材と同じであったように、霊人の素材は、人間が達しうる最高次の霊界の素材でもあるわけです。霊界には、人間には達しえないもっと高次の領域もあります。 ここで、人間が肉体としてもっている物質体に話を限るのではなく、物質体だけで構成されている鉱物に目を向けてみましょう。すると、先ほど述べた、水晶の話も、荒唐無稽ではなくなると思います。 鉱物の結晶の内には、最高次の霊界が秘められているのです。そして、この高次の霊界は、死後、人間がこれまでのカルマと、理想的な生き方とを照らし合わせて、自分の来世の過ごし方を決める神聖な領域です。 こうして、シュタイナーが第三の眠りについて次のように語る時、その意味は理解可能になると思います。 「皆さんが第三の眠りに入り、しかも、その眠りの中で目覚めることができたとしたら - 神通力の意識が目覚めたとしたら - つまり第三の眠りに入り、その世界の中で目覚めたとすれば、皆さんは自分の運命、カルマを体験 することになります。 そして、なぜ自分がこの人生で、これこれの能力をもっているのかが、前世の様子から分かります。そして、なぜこれこれの人達と一緒に過ごしているのかも分かります。 このようにして皆さんはカルマを知るのです。自分の運命を知るのです。このような運命を見てとるには、別の観点からいうと - 鉱物の内部(意識)に入り込むことができなければなりません。」(全集211、原書41ページ)。 (占い師が水晶玉をみるのは、鉱物意識=カルマをみる方法が形骸化した物真似にすぎない。量子力学からもわかるが、意識が粒子=物質界を認識するのである。) ★ ★ ★ 日常の道義(道徳)的な生活が睡眠を介して高次の自我に受け取られ、健康をもたらす。よく眠るには、起きているときに正しい行いをすることである。
2016年05月09日
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嫌なことが立て続けにあったので、どうも書く気が失せ、ブログを小休止している。そんななか一服の清涼剤というか、非常に面白い本をみつけた。 ★ ★ ★ プライドが高くて迷惑な人 (PHP新書) https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-82091-0 ★ ★ ★ この本の主題となっている「プライドが高い人」とは一言でいえば、「自分は特別偉いと思いこんでいる人」である。一人で思い込んでいるだけで、それを他に強要しなければ、迷惑にはならないが、その独自の価値観を他に強要するから迷惑になる。 この本で議論されている「プライドが高い」とは、エゴが強い、欲望が強い、という意味にもとれる。エゴが強いのは自由という意味では正当化され得る可能性もあり、自分内でとどめ、他に強要しなければ有益だが、しばしば、自分の枠を越え、他に強要する危険性を孕んでいる。 つまり、現代人の生きる課題の一つとは、プライドの高さ、つまりエゴの強さを、いかに周囲との人間関係、協調性との間で両立させていくか、である。 現代の巷は、「プライドが高い人」で満ち溢れているので、この本は大変参考になる。 プライドが高いといえば、宇宙の進化から逸脱し、神々に離反した堕天使たちで、その話を紹介する。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第180夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1097.html ≪ルシファーとアーリマン(5)(改変)≫ ★地球の構造 第1~5層 今回は地球の構造のお話です。と、言っても『地学』の授業で教えられた、科学的な知識を復習するのとは違います。 シュタイナーは、地球を9つの層に区分し、それぞれが人間の運命と深く関わっている、と述べています。それでは最初の5つの層を見てみましょう。 「地球は、多くの生命体の運命に深く影響することを人類は知っています。 …例えば、地震や火山噴火などは、何百・何千という人々の運命に介入します。人間の意志は、地震や火山噴火に何らかの影響を与えるのでしょうか。 これまでの神秘学は、地球の内部について、いくつかの層から成っている、と語っています。 しかし、それらの層は玉葱のようにはっきりと分かれているのではなく、柔らかく混ざり合っています。 ……………………………………………………………… 一番上の層を成している鉱物は、玉子の殻と比較できます。この一番上の層は『鉱物地球=物質層』と呼ばれます。 ……………………………………………………………… その下の層は、地球のどの物質とも比較できないもので、『液体地球=エーテル層』と呼ばれます。液体と言っても、唯物論で考えられる液体とは違います。 …この層の液体は霊的な特徴を持ち始めるのです。この層は、《生命エネルギー》が集められると、すぐにその生命エネルギーを放出し、生命を絶滅させます。 ……………………………………………………………… 第三の層は『気体地球=アストラル層』です。この層は《感覚》を破壊します。この層は、例えば、ある苦痛を感じると、快感に変化させます。その逆も行います。第二の層が生命を消し去るように、この層は、感覚を消し去ります。 ……………………………………………………………… 第四の層は『水地球』或いは『形態地球』です。 この層は、神界で生じる霊を物質に作図する形態の要素からなっています。 この層には、物質の陰画(ネガ)が存在します。何か物質を壊すと、その陰画が生じます。反対のものに変化するのです。 (量子力学でいうところのディラックの負のエネルギーの海) あらゆる事物の特性が、消滅して、分離し周囲に移行します。事物を受け入れる空間は空虚です。 (ホメオパシーの原理の根拠となっている。) ……………………………………………………………… 第五の層は『果実地球』です。この層は、はち切れんばかりの成長(質転換=相転移)のエネルギーに満ちています。 その各部分は海綿のように成長して、どんどん大きくなるのですが、上方の層によっておさえられています。 この成長のエネルギーは、第4層の形態を支援しています。 (ホワイトホールのような感じか) シュタイナー『天地の未来 地震・火山・戦争』pp52-54 《閏月社(西川隆範訳)》より抜粋転載 さて、いかがでしょうか。第2層以降は、我々が聞かされてきた地球とは全く違っています。正直、小生も当初はどう説明していいものやら検討もつきませんでした。 (唯物科学では、地殻以下は、マグマの領域と呼ばれ、マントル層、中心部は核と呼ばれている。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AB) おそらく、シュタイナーに造詣の深い西川氏にとっては自明なのでしょうが、小生にはこれだけで理解せよと言うのは、いささか酷な話です。 しかしながら、原文をそのまま載っけるだけでは、当ブログの目的にかないません。ここは誤解釈を恐れず、敢えて小生なりの解釈を加えて見ようと思います。 ★惑星ソラリスをヒントに 小生の思うところ、今回の話は第169夜で、西平氏が、一般に向けて紹介をためらった、『人類が地球と一緒に進化する』という概念の核になるような気がします。 初めに、シュタイナーが『第2層以降は生命を持ち始める』と言っている点に注目して見ましょう。 つまり、地球という生命の意志が反映された層であって、それらの層に意識を集中することで、その意志を読みとり、人間はその意志に左右されると言うのです。 ちょうどこの感覚は、第153夜で紹介したレムのSF小説、『ソラリスの陽のもとに』のストーリーを思い浮かべると、イメージし易いかも知れません。 内容をご存知で無い方のために、以下ざっくりと、同小説の粗筋を紹介しておきます。 ……………………………………………………………………… 地球の探査隊は、2つの太陽を持つ惑星『ソラリス』の『海』を調査しますが、『海』は探査隊がそれに向けて放射線を照射したのを境に、不可思議な反応をするようになります。 『海』は、人間の『思考』を読み取り、その人の心の中にイメージされる『物や人そのもの』の形態を、そっくり『コピー』して創り出し、隊員達の眼前に出現させます。 コピーは、姿形はそっくりですが、あまりにも馬鹿でかかったり、愛する人にそっくりではあっても、言語能力や痛み等の感覚が全く無かったりします。 人間らしからぬ不完全な感覚を持ったままの『コピー』は、壊れ(死に)、失望を味あわせ、数時間後にはまた元と同じ別の『コピー』が何度も出現します。 そのため、探査隊員の多くがノイローゼ状態となり、探索隊は調査の継続を断念して『ソラリス』を去って行きます。SFではありますが、人間心理を描いた作品と見ることも出来ます。 物語では、最後まで『海』の意図はわからないままですが、少なくとも、人間が正常な精神状態を保てるような状況で無いことは確かです。 ……………………………………………………………………… そして、シュタイナーによれば、我々の地球も、このソラリスと同じで、我々人間はそれを『自らの意志によるもの』と錯覚させられている、というのです。 このようにはっきりと書かれているわけで無く、先に述べたとおり、小生の推測の部分があることは否めません。以下、誤りがあれば是非ご指摘ください。 (地球が人間に肉体を提供している見返りに、肉体の物質的な行為を受け取る。) ★地球の意志 まず、小生なりに朧げに感じるのは、第2~4層に関しては、第134夜以降でお話しして来た、死後の霊界に対応しているように思えるのです。 死後《肉体》は消滅しますが、その他の3つの体は残ります。第2層は死後に人間の魂が《生命》の源である《エーテル体》を放り出す世界に思えます。 第3層は《苦痛を快感に変える》などと言うと、一見良さそうに見えますが、快楽を求めるあまり、《苦痛》を求めるマゾヒストになってしまいそうです。 《感覚》と言えば、霊界では《アストラル体》が《欲望》に変わるということでしたが、アストラル体が破壊される層ということかも知れません。 第4層については、第135夜の『思考=イメージ』をつくる世界のように感じます。ただし、物質全てが『ネガティブ』な陰画に変わるという点で異なっています。 第5層は膨張や増大を促す層のようです。 どうやらこれらの層は我々人類と地球の進化に関わっているらしいのです。 少々長くなりそうなので、第6層以降は、次回第181夜でお話しすることにします。 ★ ★ ★ 唯物論ではほとんど理解不能な話だが、地球は人間よりも高次の生命体で、9つの層からなるという。
2016年05月02日
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