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人類初期の生活形態はその置かれた土地の気候風土・環境によっておのずと定められてきます。われわれの祖先が長い時間をかけて必然的に築いてきた生活様式が遺伝子・DNAに刻み込まれています。 (1)狩猟・獲得型、(2)農耕・定住型、(3)牧畜・移動型、に分けます。 しかし村落間での物の行き交いも必要としました。そこで重要なのが物々交換をする人です。(4)物々交換・交易型も一つの生活形態とします。 他に(5)仔羊・ペット型、(6)寄り添い型があります。5,6番は生活形態ではありませんが、タイプとして出てきます。 誰もがこの中のどれかのタイプに当てはまります。長い人類の歴史を経てタイプが遺伝子・DNAに組み込まれて、生後まもなく5才ほどで、いずれかのタイプが発現しそれぞれ終生変わりなく各タイプの生き方をしていきます。 (1)山野で獣(けもの)を狩って食料とした狩猟・獲得型。海辺や湖沼に住み家を構えて魚介類を採って生活していた漁師も狩猟型とします。養殖は次の農耕型とします。 性格は闘争的なところがあり、狙った獲物は逃がさない執念深さを持ちます。しかし物事にはあまり執着しないし、興味も変化します。動作は落ち着かず獲物を探すごとくきょろきょろする面があります。 (2)田畑に作物のもととなる種子、苗、球根などを植え、育て、継続的循環的にその生産をあげていくために活動し、実践していく人を農耕・定住型とします。 安定志向の人で、生活環境の安定を望みます。一つのことをじっくりと積み上げていくタイプの人です。定住型の場合は土地に対する執着が強いです。 (3)草原で馬や羊を家畜としてかわいがり、餌となる草を求めて牧草の豊富な土地を生活基盤に置きつつも次の候補地をいつも求めているのを牧畜・移動型とします。移動場合は、物への執着が強いです。 生活環境の変化にも十分対応できます。転勤など新しい環境にはすぐに慣れます。むしろ環境が変わることを望んでいます。 (4)牧畜生活では、ミルク・毛皮・肉などはいつも手元にありますが、かれらは移動性を生かして岩塩や毛皮など自ら生産したものを隊商を組んで運び、定住民と交易を行って穀類や他の生活必需品を獲得してきました。後に物々交換を生業とする人たちが現れてきます。かれらの生活様式を受け継いだ人を物々交換・交易型とします。値切るのがうまい。 (5)各集団の中で、全員からかわいがられ、自らも好かれるように振る舞うタイプの人がいてこの生活形態を仔羊・ペット型とします。あまえるのが非常に上手です。 (6)もう一タイプ『寄らば大樹の陰』的な人もいますが、寄り添い型とし合計で6種類の生活形態とします。 鳩山内閣、各閣僚と前内閣の閣僚のタイプです。 総理 鳩山由紀夫【狩猟型】 麻生太郎【狩猟型】 副総理・国家戦略 菅 直人【牧畜型】 総務 原口一博【牧畜型】 鳩山邦夫【牧畜型】 法務 千葉景子【農耕型】 森 英介【物々交換型】 外務 岡田克也【農耕型】 中曽根弘文【物々交換型】 財務 藤井裕久【物々交換型】 与謝野馨【牧畜型】 文部科学 川端達夫【農耕型】 塩谷立【物々交換型】 厚生労働 長妻 昭【農耕型】 舛添要一【狩猟型】 農水 赤松広隆【牧畜型】 石破 茂【農耕型】 経済産業 直嶋正行【農耕型】 二階俊博【農耕型】 国土交通 前原誠司【農耕型】 金子一義【物々交換型】 環境 小沢鋭仁【狩猟型】 斉藤鉄夫【牧畜型】 防衛 北沢俊美【牧畜型】 濱田靖一【牧畜型】 官房 平野博文【牧畜型】 河村建夫【物々交換型】 国家公安委員長 中井 洽【牧畜型】 佐藤勉【物々交換型】 金融・郵政問題 亀井静香【農耕型】 消費者・少子化 福島瑞穂【農耕型】 小渕優子【農耕型】野田聖子【物々交換型】 行政刷新 仙谷由人【牧畜型】 幹事長 小沢一郎【牧畜型】 細田博之【物々交換型】 自民党新総裁 谷垣禎一【農耕型】 幹事長小沢一郎さんは牧畜型です。巷間よく言われる『破壊屋』ではなく、『家畜を育てる人』です。牧畜は家畜が牧草地の草を食べ尽くさないように、その回復を待ちながら、定期的に別の場所へと移動を行うので決して牧草地を破壊しません。以下著名人の6タイプです。 狩猟・獲得型 王貞治(プロ野球)、石川遼(プロゴルフ)、長谷川穂積(プロボクシング) 松嶋菜々子・浅野温子(女優) 村上春樹・石田衣良(作家) 中居正弘・江原啓之・細木数子・神田うの(タレント) 矢沢永吉・西城ひでき・松田聖子・浜崎あゆみ・安室なみえ・工藤静香・(ミュージシャン) 島田紳助・石橋貴明(とんねるず)・久本雅美・エドはるみ(お笑い系) 農耕・定住型 北島康介(水泳)、松井秀喜・松坂大輔・長島茂雄・(プロ野球)、内藤大助、白鵬(大相撲)、浅田真央(フィギュアー)、高橋尚子(マラソン)、谷亮子(柔道)、 武豊(競馬)、貴乃花(大相撲) 養老猛司・堺屋太一・田原総一郎 宮崎はやお・山田洋二(映画監督) 美輪明宏・関口宏・本木雅弘・槙原敬之・デヴィ夫人(タレント) 羽生善治(将棋) 辻仁成・瀬戸内寂聴・吉本ばなな・林真理子・室井佑月・宮部みゆき・山田詠美(作家) 牧畜・移動型 中村俊輔(サッカー) 安藤美樹(フィギュアー)、アントニオ猪木(格闘家)、 北島三郎・幸田くみ・和田アキ子・やしきたかじん・東山紀之・山口達也(歌手タレント) 吉永さゆり・上戸彩・中井貴一・織田裕二(俳優) たけし・所ジョージ・浜田雅功・太田光(爆笑問題)・きみまろ・鶴瓶・関根勤・木下ゆきな・スザンヌ みのもんた・古館伊知郎 ・徳光和夫・松平定知・黒柳徹子・テリー伊藤(キャスター等) 物々交換・交易型 久米宏・小倉智昭・安住紳一郎・筑紫哲也・小谷真生子・安藤優子(キャスター) 桑田佳祐・小椋圭・松山千春・長渕剛・郷ひろみ・早見優・榊原郁恵(ミュージシャン・タレント)さんま・タモリ・間寛平・萩本欽一・高田純次・志村ケン・加藤茶・松本人志・大竹まこと・劇団ひとり・田中裕二(爆笑問題)・上沼恵美子(お笑い系) 辰巳琢郎・西田敏行・柳葉敏郎・小栗旬・北大路欣也・妻夫木聡・竹中直人・船越英一郎・藤原紀香・長谷川京子・室井滋・桃井かおり・(俳優) 阿川佐和子・さくらももこ(作家) 木村拓哉・稲垣吾郎・國分太一・草薙剛・優香・ベッキー・山本モナ・杉田かおる・(タレント)東国原英夫(知事)、森永卓郎(評論家)、三谷幸喜(映画監督) 野村克也・星野仙一(プロ野球)、朝青龍・千代大海・花田勝(大相撲)、石井慧(格闘家) 仔羊・ペット型 石田純一・押尾学・Daigo・酒井法子・石原真理子・西川史子・泰葉・吉川ひなの・森泉・梅宮アンナ(タレント) 三村マサカズ・田村亮(ロンブー)・中川剛 小室哲哉・玉置浩二・大野智(嵐) 中田英寿(サッカー)・イチロー(プロ野球) 故中川一郎さん、赤城元農水相(絆創膏王子)、杉村太蔵元議員(政治関係) 寄り添い型 清原和博
2009年10月29日
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スキーマ(schema)には図式, 図表, 大要, 概要などの意味があります。この場合は過去の経験や外界についての構造化された知識のことです。 自己スキーマ(self-schema)は 自分が自分自身に対する評価に影響を与える過去の経験の蓄積で、過去の経験から生成されます。自己スキーマとは自分史のことです。 何年、何十年とかけて蓄積されてきたあなたの自己スキーマには、あなた自身の性質を自己評価するための知識が詰め込まれています。 自己スキーマがあるということは、自分自身での自己評価が高いことを表します。(他人からの評価を自分の評価とする知性の低い人は論外です。) ある物事についてのスキーマが形成されるとその物事の認知にスキーマからの影響が認められるようになるので、社会的認知はスキーマに基づいています。 『顕在(けんざい)記憶』は宣言的記憶ともいい特定の事実や出来事、エピソードを意識的に記憶したものです。5W1H(いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように)を説明したり、顕在化させるときに使うのがこの顕在記憶です。時間と場所によってこの記憶は編成されていますが、言語によって支えられています。 『潜在(せんざい)記憶』は手続き記憶といい、一連の手続きや自動的な行為を学習するときに機能する記憶です。自転車に乗れるのは、乗る手続きを身体で無意識に覚えているからであって、意識していません。 感情記憶は注意力を必要としないし、言語もいりません。感情記憶は手続き記憶の一部です。 厭なこと、辛い経験は忘れ去りたいものです。しかし厭な出来事、辛い経験は『顕在記憶』である出来事と『潜在記憶』の辛い、厭な感情の二つの記憶からなっています。 出来事に辛い感情を交えるから辛いのであって、出来事を単なる記憶として積み重ねていくのが自己スキーマの構築です。自己スキーマには感情記憶が含まれていません。 あるとき、『記憶を失う努力』をしたことありませんか? 厭なこと、辛いことが頭から離れないため、つらさから逃れたいために意識的に『すべて忘れ去りたい』と記憶を消す努力の甲斐あって何も思い出せなくなりました。 記憶の一部を消すことは無理なので、楽しい記憶も失っています。『記憶を失う努力』したので自己スキーマも失われてしまいました。 自己スキーマが無いということは、自分の経験が浅いということになります。薄っぺらな人生です。自己評価が出来ないです。 自己スキーマななければ、自分探しの旅に出ても自分の歴史を自ら封印しているので自分が何をしてきたかが分かるはずがないですね。 個人が自己スキーマを持たない限り、反応の一貫性は保たれないだろうし、十分な情報処理に必要な識別や、未来の予測もできないでしょう。 以下は現内閣と前内閣の自己スキーマの有無を掲げましたが【○】が自己スキーマのある人です。 総理 鳩山由紀夫【○】 麻生太郎【×】 副総理・国家戦略 菅 直人【×】 総務 原口一博【○】 鳩山邦夫【×】 法務 千葉景子【×】 森英介【×】 外務 岡田克也【×】 中曽根弘文【×】 財務 藤井裕久【○】 与謝野馨【×】 文部科学 川端達夫【○】 塩谷立【×】 厚生労働 長妻 昭【×】 舛添要一【×】 農水 赤松広隆【×】 石破茂【○】 経済産業 直嶋正行【×】 二階俊博【×】 国土交通 前原誠司【○】 金子一義【×】 環境 小沢鋭仁【○】 斉藤鉄夫【×】 防衛 北沢俊美【×】 浜田靖一【×】 官房 平野博文【×】 河村建夫【×】 国家公安委員長 中井 洽【×】 佐藤勉【×】 金融・郵政問題 亀井静香【○】 消費者・少子化 福島瑞穂【×】 小渕優子【×】野田聖子【×】 行政刷新 仙谷由人【×】 幹事長 小沢一郎【○】 細田博之【×】 自民党新総裁 谷垣禎一【×】 国土交通相 前原誠司さんの最近の露出度大きくしっかりとした印象を持たれると思いますが、自己スキーマが確立されています。アイデンティティもあります。 一方厚生労働相の 長妻 昭さんが最近おかしい。アイデンティティが低下して自分を見失っています。長妻さんは『顕在記憶』を30才になってから意識的に消去しました。 30才の時に厭な出来事があり、すべて忘れ去ろうとしたのでしょう。以来新たな旅立ちで賢明に努力し国会議員になり、大臣にもなりました。 しかし自己スキーマ・自分史を構築出来てないので、去年のあの年金国会での奮闘も自分の歴史には編入されず、みな無駄になっています。あのときの経験が身に着いていないのです。 長妻さんは官僚からの虚害をたくさん受けて、埋没してしまいました。官僚にみごとに籠絡(ろうらく)されてしまいました。これから長妻さんは厚生官僚の意のままに動いて行かざるを得ないでしょう。鳩山総理がうまくささえてくれればいいのですが。 自己スキーマのある 総理 鳩山由紀夫 総務 原口一博 財務 藤井裕久 文部科学 川端達夫 国土交通 前原誠司 金融・郵政問題 亀井静香 幹事長 小沢一郎さんらは 官僚に毒されず、虚害も受けず、自分の意見を述べていくことが出来ます。 自己スキーマの無い大臣が多いけれど、それでも前内閣に比ぶればずっとましです。依然として国民なために期待のもてる内閣だと思います。 追記:パソコンの記憶装置であるハードディスクは物理的に破損した場合には記憶データは戻りませんが、通常は記憶を消去したからすべてのデータが消えて無くなったのではなく、データを読み取る回路を遮断しただけであり、データそのものを消去したわけではありません。 人の場合も同じで、自己スキーマがなくともあなたの脳内記憶は立派に残っています。脳内記憶にアクセスする回路を一時的にOFFにしているだけなので、記憶は十分戻ります。 時々人生がむなしくなるのは、自己スキーマが無く自分の歴史がないからです。「いままでいったい何をしていたのだろう?」それは記憶を思い出せないようにしてしまったからです。
2009年10月27日
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知性とは智慧+徳性+情緒で、人生の指針となるような人格と深く結び付いています。知性は知覚をもととしてそれを認識にまで作り上げる精神機能です。広い意味で知的な働きの総称で知能の程度、人間的な魅力、人間力『心の大きさ・人格の成熟度』を表します。 知性の数値は人格のレベルを表すことができます。数値[1]は小学生の程度、数値[2]は中学生。数値[3]は高校生。数値[4]は社会人。数値[5]が大人の壮年レベルを表します。数値[2]中学生以上をオトナと見なします。 知性の数値[1]以下を数値では表さずに幼稚園児とし、それ以下を邪心幼児としますが、邪心幼児とは邪悪な人格者=虚人のことです。 (知性レベルの当てはめ試行錯誤の結果、最終決定とします。) 知性の数値〈レベル〉と主な気質の関係 (1)思いやり・・・壮年・社会人数値[5]、高校生数値[4]、中学生数値[3]、小学生数値[2]、幼児数値[1] 説明:壮年及び社会人レベルの数値[5]は思いやり=愛情に溢れる人で無条件の愛(アガペの愛)が分かる人です。受け入れられ体験を済ました後では、他人からの愛をことさら求めるでもなく、与えるだけの愛情の持ち主です。 『受け入れられ体験』は後ほど説明します。 高校生レベルの数値[4]は、思いやりがあり、多くの人に愛情を与えることもできますが、人からの愛情(思いやり)を求めています。他人からの承認欲求(認めてほしい欲求)が少しあります。 中学生レベルの数値[3]は少数の限られた人に思いやり=愛情を与えますが、それ以上の愛情を求めています。受け入れてほしい思いが強いです。 小学生レベルの数値[2]は恋人、親兄弟、友達などのごく一部(2~3人)へ愛を示しますが、もっとたくさんの人からの思いやり=愛情を求めます。受け入れられ願望が強いです。 愛情不足ではありません。たくさんの愛情をもらっていても、もっともっと愛情がほしいのです。 幼児レベルの数値[1]は思いやりという言葉自体がわからない人です。愛情をもらうだけの立場なので、人を愛するということが理解できません。(異性を好きになるのは愛情ではなく、自然な反応です。) (2)感謝/謙虚・・・壮年・社会人数値[5/5]、高校生数値[5/4]、中学生数値[4/3]、小学生数値[3/1]、幼児数値[1/1] 説明:壮年及び社会人の数値[5/5]は心からの感謝があり、謙虚な態度をとれます。 高校生レベルは数値[5/4]ですが、謙虚さに少し欠け、礼を失するときがあります。 中学生レベルの数値[4/3]は自分勝手なところが見られます。目上に対しては謙虚さを出します。 小学生の数値[3/1]は「感謝するが、自分の力も認めてほしい」という感謝のしかたです。謙虚さは見られません。 幼児の数値[1/1]は愛を求める人なので「自分の為だけに何かをしてもらう」のだから「ありがとう」は言うけれど、感謝はしていません。「してもらって当たり前」だから。 謙虚という言葉も幼児たちの頭の中にある『言葉の使い方・記録集』にはどこをさがしてもありません。但し感謝、謙虚という言葉は知っていますがそれは自分が自分に対して使う言葉だと思っています。 「もっと自分に感謝せよ!」「もっと謙虚になれ」と。(3)感情的/理性的・・・壮年・社会人、高校生数値[1/5]、中学生数値[3/3]、小学生、幼児数値[5/1] 説明:壮年・社会人、高校生数値[1/5]は喜怒哀楽などの感情を理性で抑えることができます。特に小さいときから怒りを抑える努力をしています。理性は思慮(注意深く考え思うこと)です。 中学生の数値[3/3]は時には感情的にもなりますが、理性で抑えることもできます。抑えきれない感情に戸惑うときもあります。 小学生、幼児数値[5/1]は感情のままに生きている人で、感情はそのまま出すものと思っています。幼児のなかでも邪心幼児=虚人は、感情失禁といって瞬間湯沸かし器的に激怒する人もいます。 (4)自己中心性・・・壮年・社会人、高校生、中学生数値[1]、小学生数値[2]、幼児数値[5] 説明:自己中心性は幼児の思考様式で、自己の視点を越えて物事を相対化したり、客観視できないことです。つまり自己中の人はすべての人が自分と同じものの見方をしていて、また同じような考え方をしていると思っています。 小学生に自己中心性が少し見られます。 幼児の数値[5]は自己中心性の強いことを表しています。 (5)身分上下感・・・壮年・社会人、高校生、中学生数値[1]、小学生数値[3]、幼児数値[5] 説明:壮年・社会人、高校生、中学生の数値[1]は課長や部長などは職責を表す階級であって人間性を表すものでは無いと認識しています。 小学生数値[3]、幼児数値[5]の人は身分感があります。彼ら彼女らは社会的な地位などは人間の上下を表す指標で、地位の高い人は偉い人であると思っています。 だから小学生、幼児の人は相手が自分より上か下かを即座に判断し、相手が下ならば自分の身体まで大きく見せ、上ならば体を小さくして卑屈になるほど身分感を大事にしています。 (6)怨恨/憎悪(最高値[3])・・・壮年・社会人、高校生、中学生数値[1/1]、小学生数値[2/1]、幼児数値[3/1]、邪心幼児=虚人数値[3/3] 怨恨はうらみ、にくしみの感情で小学生、幼児にあります。憎悪はひどく憎むことです。憎く思うものが良い運命をたどらないように、災いが起きるように想い願うことです。「相手に災いが起こるように願う」だから虚人なのです。邪心を持ちつつ、幼児のごとき愚かな振る舞いをする輩(やから)です。 以前にも述べましたが、高校生レベルの人は少なく、小学生、園児レベルの人が多くて社会が成熟しません。 多くの善良な市民を、ごく少数の政治家、経済人、マスコミ人の園児、極悪園児たちが世の中を引っ張って行く構図があります。 善良な市民たちに娯楽を与える『芸能関係』の集団が昔からありますが、彼ら彼女たちも園児ないしは極悪園児が非常に多いです。 (当然のことですが例外の人たちもたくさんいます。) 彼らには自己がないのでどのような役柄も演じることができます。もちろん普段も『いい人』を演じています。
2009年10月18日
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知性とは智慧+徳性+情緒で、人生の指針となるような人格と深く結び付いています。知性は知覚をもととしてそれを認識にまで作り上げる精神機能です。広い意味で知的な働きの総称で知能の程度、人間的な魅力、人間力『心の大きさ・人格の成熟度』を表します。 知性の数値は人格のレベルを表すことができます。数値[1]は小学生の程度、数値[2]は中学生。数値[3]は高校生。数値[4]は大学生。数値[5]が大人のレベルを表します。数値[3]以上をオトナと見なします。 知性の数値[1]は小学生ですが、それ以下の幼稚園児、邪心園児も含まれます。邪心園児とは邪悪な人格者=虚人のことです。 数値【1】かそれ以下の人の行動方法はどのように見ても幼児っぽく、自己中心的でわがまま、怒りを抱き気難しく、不平不満を愚痴というかたちで発散させます。 ただし知性は名声や社会的な地位や資産の量など、本人の能力とは全く関係有りません。あくまでも人間性のことをいいます。 自我意識〈C-1〉とは、時間が経過しても自分は同一であるという意識であって、社会と他人に対して自分が存在しているという感覚です。 この世に生まれてから自分という存在に気づき「たくさんの人に囲まれて生きている」という実感に触れて人は自己を意識します。自己とは人類共通の深層意識に刻まれている『おもいやりの精神』を意識することです。 アイデンティティーは、人格における自我と自己の同一性を表します。ある人の一貫性が成り立ち、それが時間的、空間的に他者や共同体にも認められていることで、自我同一性〈A-1〉のことです。 知性が小学生以下の人は自我を意識するときがありません。したがって自己もないし、アイデンティティもみられません。 知性が小学生以下の人は生まれてこのかたずっと離人症の状態ですが、それが(離人症状態が)あたりまえなので世界はこういうものだと思っています。他人も同じ状態だと思っています。 以前に離人症のところで述べましたが ・現実感がない。自分がどこにいるのか分からなくなる。 ・なにをしても、自分がそれをしているという感じが持てない。 ・自分はなんの感情も持たないロボットになってしまった感じ。 ・他人がどんな気持ちをもっているかもわからない。 ・だれを見ても同じ人に見える。個性というものが感じられない。 ・歩いているのに宙に浮いてる感じがする。 ・歩いても小走りしても、自分が動いているような感じがしない。 ・まわりのできごとが、映画のスクリーンや、ガラス越しに見ているような感じ。 などの状態が見られます。 ところがそのような人でも仮想的・疑似的アイデンティティができます。知性数値(1)の小学生以下の人は自我・自分が無いので「他人の評価が自分に対する正当な評価だ」とします。 他人の評価があってはじめて『自分』をみつけることができるのです。「自分は他人が評価してくれるものなのだ」との思いが「それならば他人に良く見てもらえるようにふるまおう」になります。他者を媒介として存在する他者承認自分なので、『役割同一性自分』といいます。 アイデンティティは自我と自己の統一された自我同一性ですが、役割同一性自分はアイデンティティがある様に見えるので、疑似アイデンティティです。 彼ら、彼女らは自分のおかれた立場での役割に強く同一化します。会社内では与えられた責務に邁進し、家庭では良き夫(妻)の役割を十分に果たそうとします。 これは、自分らしさを追及するというよりも、与えられた役割にみずからを一体化させようとする「役割同一性」なのです。 自分の個性や自分らしさよりも、果たすべき課題や役割を重要視します。「~がしたい」ではなく「~すべき」ということを行動の指針とします。 会社では会社人間として、家庭では家庭人としてのなすべき仕事と役割に全力投球しますが、そこには、遊びや余裕のない息苦しいまでの真摯さ(まじめさ)が満ち溢れています。 彼ら彼女らの仕事は、職場集団内や家庭内で安定した明確な役割が与えられているときにもっとも充実します。 自分が何をすべきかがはっきりとしていて、努力目標が明らかであるとき安定した実力を発揮出来、ぎゃくに、昇進や予期せぬ配置転換、引っ越し、離婚、親族や親しい人との死別・離別などにより自分の立場や環境に変動が生じたときに、不安定さや適応力の欠如が生じます。 善き隣人としての対人関係において、彼ら彼女らはこの上なく律儀で良心的であるけれども、自分の役割遂行と関係ない部分ではルーズで冷たい面を見せます。 つまり良いカッコをしなくてもいい人、自分の評価に関係ない人たちに対しては本来の自己中心で気むずかしい面を見せます。 彼ら、彼女ら役者の活躍の場は舞台であって、観客など自分の評価の上がる対象には非常に親切で、良心的に振る舞いますが、楽屋裏へ戻れば付き人やスタッフには自分本来の姿を丸出しにして醜態を見せるのと同じ理屈ですね。自己が無いのでどのような自分でも演じることができます。天性の役者です。 芸能界・政界・経済界は虚構の仮想空間なので彼ら、彼女らの活躍できる大舞台です。 役割同一性の保持が困難な状況がうつ病で、自分の評価が落ちてしまったり、活躍する場所がなくなったとき『他人に見捨てられた自分』があります。 このようなときに『役割同一性自分』がなくなります。 ウツは大きく分けて二つのウツ病に分けられます。一つは気質的に神経質で取り越し苦労の多い人が罹るウツ病で、これは完治しにくいと思います。 もう一つは役割同一性の保持が困難な状況になったうつ病です。本来の離人症状態に戻ります。人からの再評価を得たり、新たな活躍の場が得られたら回復します。 中川元財務大臣は後者でした。 前内閣の首相はじめ多くの閣僚は小学生以下の人ですが『役割同一性自分』があったので、元気でした。閣僚は上司である首相の顔色を見、首相は党の歴代総理の顔色をみながら政務を執っていました。国民の顔は選挙のときに垣間見るだけで、選挙に通ったら「自分の力で当選した」と勘違いして自分のために党や官僚からの自分の人気を博するために政治を行ってきた『ツケ』を今回払わされたようです。 現政権は真性アイデンティティのある人が多いので、まだ前政権よりは『まし』かと思います。 現内閣でも『役割同一性自分』で元気な人がいます。
2009年10月10日
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結晶性能力は、総合的理解力・総合的判断力など、物事の全体を見渡すような能力です。 また結晶性能力とは、言語的な能力、長年蓄積された知識などが結晶された能力、経験と知識の豊かさや正確さと結びついた能力でもあります。 学校での学習や日常のいろいろな経験によって身に付く能力、語彙(ごい)や常識などの知識、業務処理の知識や仕事上のスキル・技術などは、まさに結晶性能力そのものです。 結晶性能力はスポーツやお稽古事などで毎日練習を重ねることにより伸びる能力です。経験によって徐々に固まっていくので「結晶性」と呼ばれます。 結晶性能力は、いったん身に付くと急激に消えることはなく、年をとってもあまり衰えないし、むしろ老年期になってからも向上すると言われています。 しかし結晶性能力は総合的な能力なので脳エネルギーの不足で能力は低下するし、生まれつき結晶性能力の低い人もいます。誰もが年相応に経験を積んでいけるものでもなく、経験や知識の蓄積能力にもレベルがあります。 知性の低い子供レベル人は、経験を蓄積できずに、何度でも過ちを繰り返しますが学習できないのです。失敗の経験は覚えていても、関連性が分からないので何故失敗したかが次の行動に生かすことができません。 結晶性能力が低いと、一度失敗しても経験が生かされず、二度も三度も何回でも失敗します。 流動性能力は、人々が新しい状況に適応したり、これまで経験したことのない問題を解決するのに用いられる能力です。学習や経験、教育や文化の影響を受けない知的能力であり、結晶性知能では役に立たない、新しい状況や未知の問題に対して、感覚・運動機能を共同して働かせ、柔軟に対応する能力です。学習経験によって蓄積された能力ではなく、その場でとっさに判断しなければならないときに使う能力です。 流動性能力は、論理的処理能力、情報処理能力、問題解決と、未知の刺激に対する適応力や柔軟性機敏さ、判断力、計算力、俊敏能力のことでもあります。 今までに身につけた知識や常識によって答えを導くのではなく、その場で与えられた情報だけで考えたり、判断したりするので「流動性」と呼ばれています。 図形処理のように情報を獲得し、処理する能力は 30歳くらいで頂点に近づき、40歳頃から低下すると言われていますが、この能力にもレベルがあり、低い人の割合が多いです。 新内閣と前内閣閣僚の【結晶性能力/流動性能力】エネルギーを以下記します。 総理 鳩山由紀夫【5/1】 麻生太郎【1/1】 副総理・国家戦略 菅 直人【5/5】 総務 原口一博【5/5】 鳩山邦夫【1/1】 法務 千葉景子【5/5】 森英介【1/1】 外務 岡田克也【3/1】 中曽根弘文【1/1】 財務 藤井裕久【5/5】 与謝野馨【5/5】 文部科学 川端達夫【3/1】 塩谷立【1/1】 厚生労働 長妻 昭【5/5】 舛添要一【5/5】 農水 赤松広隆【5/3】 石破茂【5/5】 経済産業 直嶋正行【1/1】 二階俊博【1/1】 国土交通 前原誠司【5/1】 金子一義【1/1】 環境 小沢鋭仁【5/1】 斉藤鉄夫【1/1】 防衛 北沢俊美【5/1】 浜田靖一【1/1】 官房 平野博文【1/1】 河村建夫【1/1】 国家公安委員長 中井 洽【1/1】 佐藤勉【5/1】 金融・郵政問題 亀井静香【5/1】 消費者・少子化 福島瑞穂【1/1】 小渕優子【1/1】野田聖子【1/1】 行政刷新 仙谷由人【1/1】 幹事長 小沢一郎【3/1】 細田博之【1/1】 小沢さん、40才までは両能力ともに強く、41才から両能力共低下しています。 党解体屋の別名は生きていますが、今はアイデンティティがあるために無茶なことはしないでしょう。
2009年10月04日
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単独指向性〈Z2-21〉は数値が高いほど単独・一人だけの行動を望みます。数値[5]は単独で行動することを好む人で、集団行動を好みません。一人で居る方が落ち着きます。数値[3]は単独志向のところも見られますが、集団の中でも気になりません。買い物などは一人で行いたいが、それ以外は人と一緒に居る方が安心です。数値[1]は寂しがり屋でだれかがいつも側にいないと不安でたまりません。一人で居ることが不安です。集団の中で、多人数でいると安心できます。わいわいがやがや賑やかな雰囲気を好みます。 単独指向性の強い人の割合は0.5%でごく少数派です。 「無人島に1人でいても何とか生活できる」と思う人は単独指向性高く、「無人島に1人でいたら気が狂うかも知れない!」と思う人は数値(1)単独指向性低いです。 エネルギーが弱っている単独指向性の強い人が、人の大勢いるところ、スーパー、デパートや催事場などに行けば胸が苦しくなったり、めまいがしたりして身体に異常をきたします。 「霊が憑きやすい体質で人の念を受けるから買い物にも行けない」と言われる人がいますが、おそらく単独指向性が強い人でエネルギーが弱っているからだと思います。 小沢幹事長の単独指向性(5)です。おそらく他には数値(5)の人はいないと思います。数値(5)はかなり強い単独指向性を示します。 小沢さん昔から「人嫌い」のレッテル貼られていますが、小沢さんは人嫌いではなく実は「人間大好き」な人です。小沢さんの人嫌いと思われている理由は単独指向の強さです。 単独指向性が強いと、1人でいることを好み、みんなでワイワイすることは大嫌いです。そのような行動を鬱陶しいと思います。 単独指向性が強いと、対人間隔(他人がどこまで近づくのを許せるか?)、自分のテリトリー(縄張り)意識が広いので、2メートル以内に人が近づくと自分の身体が警戒します。(親しい人はこの限りではありません) 人前に出ることも億劫(おっくう)で隠密行動はお手のものです。人のことに干渉しないかわりに、人からの干渉も拒みます。立場上許されるのなら、なるべく物事を人に相談せずに決めてしまいたいと思っています。 家にいても、1人で居ることを好みます。一つの部屋に誰かと同居することもできれば避けたいと思っています。夫婦ともに単独指向性が強いと寝室は別々になりがちですが、決して仲が悪いからではありません。互いに干渉しないようにしているのです。 総理大臣鳩山由紀夫さん夫婦は珍しく単独指向性(3)と数値が高いので、家庭ではお互いに干渉しない生活と思われます。 単独指向性強いと、一般的に会議は短め、終わってからの飲み会も早く終わりたい、早く1人になりたい思いが強いので、総理主催の会議や行事も早く終了します。小沢さんは顔を出すだけで、すぐに別室に戻ります。 歴代の総理や旧内閣を見回しても単独指向性の強い人はいませんでした。かろうじて現閣僚では国家公安委員長中井洽(3)さんくらいです。 小沢さんは人嫌いでないし、親密度もごく普通です。ただ人が側にいない方が心地よいため、自分から離れるので人嫌いと思われていますが、おそらく電話で側近、首相はじめ、主要閣僚と頻繁に連絡を取り合っていると思います。 献金問題で民主党党首の座を降り、新政府の幹事長として表舞台に立たず、裏で辣腕を奮えることに内心ほくそ笑んでいることと思いますよ。小沢幹事長は後ほど再鑑定します。
2009年10月03日
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人間は社会的な動物である以上、人間を大切にして生きることは当然のことです。自分も他人から大切にされているのだから。 「自分と他人(自他)の両方が栄えて社会が成り立つ(社会全体の共存共栄)」という考えは人類が持つ普遍的な考えです。 自我意識〈C-1〉とは、時間が経過しても自分は同一であるという意識であって、社会と他人に対して自分が存在しているという感覚です。意識や行動の主体である自分のことを指します。自我は普通5才頃に確立されます。5才になれば自分というものを意識し始めます。 この世に生まれてから自分であるという意識を持ったのち、あらためて周りを見渡せば親、兄弟姉妹、親戚、近所の人、友達など 「たくさんの人に囲まれて生きている」ということに気付いた人は自己を意識します。 自己とは人類共通の深層意識(潜在意識)に刻まれている『おもいやりの精神』を意識することです。 アイデンティティーは、人格における同一性を表し、ある人の一貫性が成り立ち、それが時間的、空間的に他者や共同体にも認められていることで、自我同一性〈A-1〉のことです。 自我(私)が自己(思いやり)を意識したときが自我・自己同一性の確立すなわちアイデンティティの確立です。 自分という『もの』を意識して、「自分は人と人の間に生きているのだ」と自分と他人を区別できたとき、アイデンティティができたといえます。 繰り返しますがアイデンティティ【自我同一性(自己同一性)】とは、「自分も他人から大切にされているのだから、人も大切にしなければならないな!」ということです。 自分は何者であり、何をなすべきかということが個人の心の中で理解できている人、人を大切にし、自分自身を客観視できる人のことををアイデンティティがあると言います。 客観とは自分自身を分析したり、評価したり、あるべき自分を想定したりすることを指します。 自分を客観視するとは、自分の状態を冷静に把握することです。そのために必要なのは焦っている自分や緊張している自分とも、しっかり向き合うことです。 当然のことですが自己中心の人にはアイデンティティがありません。また『虚人・邪悪な人格者』に翻弄されて心が折れて自分を見失っている人にもアイデンティティはありません。 アイデンティティは、有るか無いかではなく『強いか弱いか』です。数値では(1)がアイデンティティ無くしています。離人症といわれる症状の人もいます。 数値(2)は一人か2人自分にとって大切な人には思いやりを出します。 数値(3)は多くの人に思いやりを出しますが、嫌いな人などには見向きもしません。 数値(5)は見返りの愛が実践できます。慈愛の人です。 離人症とは、自分らしさがなく、自分の意志で行っている確かな実感が薄れる症状です。生活全般が受身になりやすくなります。アイデンティティを無くした状態です。 対人ストレスなど正常な心の状態を維持するのために、自分を感情を持たない『物』とみなし、自分自身をロボット化して、自分の生きる世界と自分とを空虚化していくことにより、傷つきやすく、乱されやすい自分の心を守るために必要な症状ともいえます。 自分の考えとあまりにも違う『常識はずれの人・邪悪な人格者』と出会ったことによって、自分がそれまで培ってきた『人間らしさ』の価値観を崩され、自分からの一方的な思いやりさえも無視され、踏みにじられて、この後「どう生きていけばいいのか」分からなくなった結果の症状ともいえます。 実に多くの人が離人的症状に悩まされています。アイデンティティ(3)の人にも軽い離人的症状が見られます。思いやりはあるのだが自分を見失っています。 「自分が何に対しても親しみを感じられない、現実感がない、自分が厚い氷の中に閉じ込められているように感じてしまうなど、周りにいる人、携わっている人との、その存在感が極めて希薄にしか感じられず、全てが空虚に感じられてしまう。」 「回りのものがすべて景色に見える、自分がロボットのように感じる、鏡で自分の顔を見ると他人のように思える、痛みや寒さを感じない、近くのものが遠くに見えたり小さく見えたりする。」 「本を読んでも頭に入ってこない、怒りや悲しみの感情がなくなる、記憶はあるものの自分の経験が他人事のように思える、自分が話したり行動しているのを遠くで観察しているような感覚になる。」 これは生命的感情の喪失感ですが、通常「自分を取り巻く外界が現実のものと感じられない」という非現実感、「自分自身の存在の確かさが感じられない」という空虚感、「自分の体が自分のものだと感じられない」という非自己所属感の三つに分けられます。 以上のことを箇条書きすれば ・自分が生きているという実感がわかない。 ・自分が自分でない感じ。個性がなくなったし、心の動きというものがない。 ・現実感がない。自分がどこにいるのか分からなくなる。 ・なにをしても、自分がそれをしているという感じが持てない。 ・手足と脳がない気分。心がない感じがする。 ・喜怒哀楽が感じられない。 ・悲しいことがあっても心から悲しいと思えない。 ・自分はなんの感情も持たないロボットになってしまった感じ。 ・他人がどんな気持ちをもっているかもわからない。 ・だれを見ても同じ人に見える。個性というものが感じられない。 ・思っていたことをすぐ忘れてしまう。 ・人の話が頭に入ってこず何回も聞きなおすし理解できにくい。 ・物事を考えても、自分が考えているような気がしない。 ・焦らなくていい所で焦ってる、リラックスできない。 ・怪我したら痛いはずなのに痛いと感じない。 ・歩いているのに宙に浮いてる感じがする。 ・歩いても小走りしても、自分が動いているような感じがしない。 ・まわりのできごとが、映画のスクリーンや、ガラス越しに見るような感じ。 ・周囲の情景に現実昧がない、季節感がない。 ・周囲の人や物が模型のような人工的なものに見える。 ・ものの大きさや形は変わっていないのに、それが実在しているということが感じられない。 ・遠いところも近いところも区別がなくなってなにもかも一つの平面にある感じ。 ・温度計を見れば何度といえるが、暑いとか寒いとか季節感がわからない。 ・夏野菜やスイカなどを見ても、夏だという感じがしない。 ・好きだった音楽を聴いても、前のように感動しない。 ・今まで楽しかったことが楽しくない。 などの状態が見られます。社民党福島瑞穂党首 消費者・少子化大臣は離人症です。
2009年10月02日
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