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ーーー 私の意見 ーーーこれからのはなしであるが● 希望の党は民進のリベラルを排除● その希望の党が選挙で躍進● 自公は過半数を確保この前提条件で話を進めるが上記の結果前代未聞の保守二大政党並列と言う構図になる可能性が高い安倍自民党と小池希望の党この二党の基本的スタンスはほとんど同じ● 改憲● 安保体制重視であるとなれば将来の前広な話としてこの保守二党が何らかの形で雑婚(笑)するという可能性が高くなるまたは、大連合という形になるのか?それが● いつ● どういう形を持って実現して行くかまでは現時点では私の能力ではわからないただ、確実に、上記のようなことが必然として起きるだろうとは、言っておきたい
2017.09.30
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ーーー 記事 ーーー私が小池さんならこう状況を整理する2017年09月29日 14:30八幡 和郎.小池知事のいうことは、あいまいで、どうせ方向転換することを悪いと思っていないからあてにならないし、前原、細野、そして、小沢すら、小池からすべてを聞いてなさそうなので、小池の“道具”でしかない。だから、彼らの発言から何かを読み取ることすらできない。これからどうなるか分からない。そこで、私が小池さんなら状況をどう整理するかまとめてみた。①ただちに知事は辞任して出馬する。後任候補は同時に発表する。②民進党からの合流は全候補者の半分程度をめどに選別する。③合流しない候補予定者も共産党と協力しないことを条件に推薦すること、あるいは、あえて対立候補をたてないことはありうる。④過半数を取れなかったら共産党以外との連立に参加することもある。その場合に、大連立を含めて現与党も排除しない。①ただちに知事は辞任して出馬する。後任候補は同時に発表する。①は場合によっては、自民党を過半数割れに追い込む可能性がある事実上の野党第一党として自らが立候補しないことはありえるべきでない。都知事という立場で闇尼将軍的に院政をふるうのは議会制民主主義の建前からいっておかしい。李氏朝鮮王朝の垂簾聴政でもあるまい。橋下が議員にならなかったのは、第一党になる可能性がなかったから許されたのだ。そして都知事をやめるなら、どうせ、選挙戦で知事の仕事はおろそかになるのだから、ただちに辞めて同時選挙すべきだ。後任は指名すべきだ。②民進党からの合流は全候補者の半分程度をめどに選別する。③合流しない候補予定者も共産党と協力しないことを条件に推薦すること、あるいは、あえて対立候補をたてないことはありうる。②③民進党の党首に小池氏が迎えられただけということでないためには、新党の国会議員の少なくとも半分以下、望ましくは、3分の1に民進党出身者を抑えるべきだ。そうでないとクーデターを起こされる可能性もある。民進党は220名ほど公認予定だったのだから、これを半分以下ににする、あるいは比例名簿を工夫することで、非民進党議員の確保をすべきだ。総理経験者である野田、菅直人は公認しないと細野がいっているが、それに加え、辻元、枝野、赤松、それに自由党の小沢一郎とかも含めて何人かは少なくとも公認すべきでないし、選挙後も党内に入れるべきでない。ただし、党外に置いておくなら推薦、対抗馬を立てないなどはあってよいのではないか。前原が無所属でといっているのは、かなりの現職が公認を得られないことを予想しているのではないか。松井・大村と協力するのは良いことだ。左右のバランスは良くなる。しかし、所詮は党外なので党内クーデターをふせぐには当てにならない。安保法制が違憲なので撤回するというのは、日米同盟の観点からもありえない。そこで、少なくとも、任期中は主張に封印することは条件にするべきだ。④過半数を取れなかったら共産党以外との連立に参加することもある。その場合に、大連立を含めて現与党も排除しない。④共産党とは組まない以上は、大連立も視野に入れないと辻褄が合わない。ここまでは、あるべき論である。果たして、小池氏は絶対に出馬しないのか?つまるところ、小池氏は選挙の結果、首相になれる可能性がどのくらいか計っているのだろう。なれそうだとなったら、勝負にでるかもしれないが、その可能性が少なければ、野党として、数を誇るより結束を重視するのかもしれない。都知事として政府に対して強くなるためにも、それは有利だし、極端には五輪後、あるいは、次の総選挙後に首相をめざすこともできる。また、数だけ増やすと維新の混乱の二の舞になるのを見てきたからだ。昨日の記者会見の解説問 希望の党は今回の選挙で政権奪取狙う意志があるのか答 小池氏 最初から野党を狙って選挙に臨むことはない。問 何人くらいの候補者を出すのか答 いま精査しているところ。問 民進党が合流するという話もあるが答 ない。希望の党で出たいという申し込みがあって初めて候補者として選ぶかどうか考える。問 過半数を取ったら首相は誰になるのか答 それについては考えていきたい。(八幡注・様子見すると言うこと)問 憲法観などのずれがあると過半数を取っても空中分解するのでは答 「希望の党」に入る希望をする人しか入らない。そもそも考えが合わない人は来ない。(八幡注・選別をかなり厳しくする、あるいは、誓約書を書かせるのか)問 2019年10月の段階で予定通り消費税の増税を行うのか答 財政の立て直しは極めて重要な問題だが、安倍総理も遠ざけている。私はただ増税をするだけでは、消費を冷え込ませるだけだと考えている。景気条項という、分かる形で進めていくのが妥当ではないか。(八幡注・安倍首相とほとんど違わない)問 法・安全保障の問題で、自民党と希望の党に差異が見えない。 答 憲法は時代と世界の流れをふまえて、国家と国民をどうやって守っていくのかの背骨の部分。9条のイエス、ノーだけでなく、より多くを健全に議論していかないといけない。憲法改正そのものが目的化してはいけない。(八幡注・安倍氏より大胆なのかどうかすら分からない)問 情報公開についてはどう対処するのか答 国政でも都政でも、広く知らしめることが大前提。それにより行政に緊張感が出る。それが政治の透明化、信頼感に繋がる。これが民主主義政治の基本的なインフラ。(八幡注・知事としても新党党首としても情報公開は不十分でしょう)問 いつまでに原発ゼロにするのか答 2030年までに原発をゼロにするにはどういう行程があるのかを検討していきたい。(八幡注・何もいってないのと同じ).
2017.09.30
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ーーー 池田信夫氏記事 ーーー前原代表の「政治的MBO」は民進党を救うか JBpressに書いた話がちょっとむずかしいので、補足しよう。民進党が希望の党に「合流」するのは、実質的な吸収合併である。それ自体は珍しくないが、希望の党が「存続会社」になるのは珍しい。これは小沢一郎氏が自由党を民主党に吸収させたときと似ているが、「小が大を飲み込む」のは異例である。伊吹文明氏の「かつての政権党が、10人くらいのバブル企業に身売りするのはちょっと分からない。人気という運転資金がなくなり、大慌てで本社もない新興バブル企業に資金繰りを頼んでいる」というコメントは的確だが、その背景には左派を切り捨てるねらいがあるものと思われる。これは企業買収でいうと、MBOと似ている。 企業買収の多くは派手な敵対的買収ではなく、経営陣が投資ファンドに会社を売却して赤字部門を切るMBOである。このとき重要なのは、経営のコントロール権を投資ファンドに移して労使の「暗黙の契約」を破ることだ、というのがShleifer-Summersの指摘だ。10月からのアゴラ経済塾「資本主義が足りない」では、こうした資本主義のダイナミズムをビジネスに生かす方法を考える。続きは10月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。 私も、前原が、希望の党による民進の吸収合併において「リベラルも一律に入党許可を出して欲しい」と小池に申し入れているのは民進党主としての、建前上のジェスチャーであって小池とは「この際、リベラルをパージ(追放)する」と言う基本了解がすでに内々で出来ていると思うでなければ、今日の二人の会合がわずか15分で済むと言うわけが無い ーーー ◇ ーーー
2017.09.30
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池田信夫氏記事 「新・日本新党」に欠けているもの2017年09月27日 19:10池田 信夫どうやら「希望の党」は民進党と合流し、統一名簿で戦うようだ。これは前原氏の計算に入っていたと思う。今の中途半端なサイズで共産党などと「野党共闘」しても、小選挙区では壊滅するおそれが強い。小池氏を看板にして、民進党の政党助成金150億円で戦うしかない。前原氏と小池氏は、1993年に細川内閣ができたときの日本新党の同窓生である。これは偶然ではないと思う。当時も政治腐敗に対する憤りが渦巻き、既成政党を「リセット」したいという世論があった。これ自体は中身がなく、細川護煕氏が日本新党を立ち上げたときも「政治改革」という理念はあったが、何をどう改革するのかという政策はなかった。ところがそこに、自民党竹下派の跡目争いに敗れた小沢一郎氏が合流した。これは動機はまったく別だったが、小選挙区制という具体的な政策があり、それを実現する戦略もあった。さらに消費税を上げたい財務省も支援し、宮沢内閣が総辞職してからわずか2ヶ月足らずで政権交代を実現した。それを同時進行で見た私の経験でいうと、小池新党は日本新党に似ている。「イメージばかりで中身がない」というのは当時も同じで、左翼の社会党から自民党右派の小沢氏まで同床異夢だというのも細川政権と同じだが、一つだけ欠けているものがある。1993年の小沢一郎である。当時の小沢氏を支えていたのは、実は霞ヶ関だった。彼が自民党の幹事長だったとき書いた『日本改造計画』の編集長は大蔵省の課長で、各官庁から課長補佐級が集まった。各官庁では「小沢派」が主導権を握り、それが細川内閣のインフラになったが、小沢氏の自信過剰が結果的には仇になった。今回の「新・日本新党」には、当時の小沢氏のような司令塔がいない。前原氏にはそこまでの重みはなく、今の小沢氏は問題外だ。細野氏も若狭氏も「リセット」される程度の軽さである。安倍政権には菅官房長官という重量級の司令塔がいるので、新党は都市部以外では不発に終わるだろう。これには、私も、同意見なのだがどうなるだろうか?そんな新党でもないよりましだと思うか、ないほうがましだと思うかは人によるだろう。私は平時ならこの程度の野党でもいたほうがいいと思うが、危機管理はまかせられない。新党はまず超党派で、安保法制の見直しをしてほしい。そこは小池氏も前原氏も一致していると思う。確かに、希望の党は、当分、危機管理まで体制が整わない希望の党は、民進のリベラルをパージ(追放)することによりすっきりと保守政党となるのであるから安保法制に関しては自民と腹を割って打ち合わせをしてほしい追記:状況が急速に変わるので、追記の形で補足しよう。9月28日10時の段階では、民進党は「公認候補を出さない」方針を両院議員総会にはかるようだ。これが了承されるかどうかはわからないが、希望の党は「党として合流することはなく個人ベースで選別する。改憲と安全保障に対する姿勢を重視する」という。これは1996年に民主党の結成のときと同じ排除の論理で、民進党左派を排除することは小池氏と前原氏の一致したねらいだと思う。.
2017.09.30
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かんべえのため池通信<9月29日>(金)○今朝は「モーサテ」へ。衆院解散の翌朝だったので、急にお呼びがかかったのかと思われるかもしれません。実は前から決まっていて、その時点では、「日中国交回復45周年と日中関係」の話をする予定でございました。○本日ご一緒したコメンテーターはソシエテ・ジェネラル銀行の杉原龍馬さん。隣に立つととても大きくて、183センチもあるそうです。実は元Jリーガーで、横浜フリューゲルスのGKだったのだそうです。どっひゃー。○「今日の経済視点」は、『大義』(Cause)といたしました。今回の総選挙は、「大義なき解散」(安倍首相)+「大義なき国政進出」(小池都知事)+「大義なき政党解散と合流」(前原代表)であると思います。日本国民は、「大義」なんて言葉は日常はまったく使わない(例:御社の大義は何ですか?)。ところが選挙の時だけ、こういう荘厳な言葉にこだわります。それもごく最近の現象だと思います。○おそらく別の言葉で言いかえると、「大義なき」=「見苦しい」の意味なのだと思います。安倍さんの小心ぶり、小池さんの過剰な野心、そして前原さんの小ズルい立ち回り、どれをとっても褒められたものではない。政界って、なんてこんなに見苦しい人ばっかりなんだろう!という思いが、「大義」という言葉に結晶しているのではないでしょうか。○モーサテが終わってから、全日空ホテルでやっていたたるとこ伸二元衆議院議員の朝食勉強会に出席しました。小池都知事とは日本新党時代以来の付き合いですから、この人が希望の会に受け入れられないはずがない。とはいえ、時期が時期だけに「話せることはあんまりありません!」とのことでした。とはいえ、今日のような日は一般論でも十分に面白い。○たるとこさんいわく、「野党の仕事は文句を言うこと、ではない」→「批判勢力は、政権の受け皿足りえない」→「野党が批判勢力でいられたのは、政権交代がなかった時代の話」→「そこを勘違いしたのが民主党政権の失敗」→「政治は結果責任。考え方がどうかは関係ない」→「ゆえに民主党政権が失敗だと言われるのはやむを得ない」・・・非常にもっともな話だと思いました。○そうそう、今朝の産経新聞「正論」欄に寄稿した文章をご紹介しておきます。題して「ポピュリスト政党にご用心」。小池氏を「明確な政策を持たないポピュリスト」であると批判している
2017.09.30
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ーーー 朝日新聞の記事 ーーー事実上解党の民進、希望の党は合流組をランク分けし選別朝日新聞2017年9月29日05時03分 民進党の前原誠司代表が事実上の解党を決断した。党勢低迷から抜け出せない自らを捨て、勢いづく小池百合子・東京都知事率いる新党「希望の党」に託す奇策だ。衆院選の構図は大きく変動。民進との共闘を主導してきた共産党などは戦略の立て直しを迫られ、与党側は対決姿勢を強める。特集:2017衆院選 「もう、どんどんどんどん、我々の求心力が落ちていく状況は誰の目にも明らかだ」 28日の民進党両院議員総会。希望の党への「合流」方針に疑問を呈する参加者を前に、前原氏は提案は単なる「合流」ではなく、「(政権交代の)大きなプラットフォームを我々自身がつくるということだ」と訴え、意義を強調した。これは、前原の負け惜しみであり、崩壊する民進を率いる状況の、居直った正当化にすぎないただ、こうでも言わないと、民進の立場が全く無い、訳でもあり だが、その「プラットフォーム」自体が、政党にとってゆるがせにできない政策論争抜きの「野合だ」(中堅議員)と指摘されている。 安全保障法制では、「違憲」と位置づけて白紙撤回を求めてきた民進に対し、希望は「法制の白紙撤回では厳しい安保環境に対応できない」との立場。消費増税への考え方も真っ向から対立している。 民進内では「安保とか消費税とか(希望には)乗れない」との声がくすぶり、総会出席者からも「野党として相手の自己保身を攻めていくのなら、自分たち(の問題)を棚上げすることはできない」との声が上がった。前原氏は、公認や政策について「小池氏と調整する」「私に任せて頂きたい」と繰り返さざるを得なかった。 ただ、こうした意見は少数派だ。希望の公認を民進として強制的に一括申請する形を取ることで、これまでの主張との整合性を問われたり、希望側から拒まれたりしても「党の決定に従っただけ」と弁解できる余地を残したからだ。 民主党政権で首相として消費増税の必要性を訴えてきた野田佳彦前幹事長は「執行部の判断に従う」と記者団に説明。社民党出身の阿部知子氏は「安保法制がどうとか、憲法観が違うというのとは別に、私は小池さんとも十分やっていける」と語った。これは理屈的にめちゃくちゃ私はリベラルの中では例外的に阿部知子さんは好きなのだが彼女は、実は、そんなに生き残りたいのか意外だった 希望では、民進前職らの選別作業が始まっている。同党関係者によると、過去の発言などを元に「A」「B」「C」とランク付けをしているという。細野豪志氏は記者団に「三権の長を経験された方にはご遠慮頂いたほうがいいのではないか」と述べた。首相経験者の野田氏と菅直人氏が念頭にあるとみられる。 ただ、希望の内部も一枚岩ではない。小池氏が安倍晋三首相との対決姿勢を強めるなか、同党から立候補予定で、小池氏が自民時代から気脈を通じる中山成彬・元文部科学相が28日、合流を図る民進への警戒感を自身のツイッターでつづったうえで、こう続けた。 「安倍首相の交代は許されない」 前原氏から一方的に袖にされた共産の志位和夫委員長は28日、衆院解散後の街頭演説で「民進党の行為は重大な背信行為だ」と厳しく批判した。 共産は、民進の希望への合流構想が浮上した27日夜、緊急の幹部会を開催。共闘関係を見直し、民進候補者が希望の公認候補となった場合、その選挙区に原則として候補者を立てる方針を決めた。一方、希望に移らず、無所属などで戦うリベラル系候補者は支援する余地を残した。 方針決定に至った理由について、志位氏は28日の党会合で、「安保法制を廃止し、立憲主義を回復する公党間の合意を一方的に破棄するもので、何より市民連合との合意を裏切るものだ」と説明した。26日には「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)が野党4党の幹部に政策要望を手渡し、民進の大島敦幹事長も理解を示したばかりだった。野党間の選挙調整が無くなったのは自公にとって、大きい野党の票が割れるからである 社民党の又市征治幹事長は28日、共産の小池晃書記局長と国会内で会談し、小選挙区の候補者の一本化を目指すことで合意。又市氏は会見で、「野党4党が候補者の一本化を進めようと合意したことが一挙に崩れることはあってはならない」と指摘。安倍政権打倒の一点で一致すれば、希望とも候補者のすみ分けに応じる可能性を見せた。 昨年の参院選以降、一定の存在感を示してきた共産や、市民連合といったリベラル勢力は、与党と希望が一騎打ちの構図になり、保守2大政党の間で埋没する事態を恐れる。 共産関係者は「安保法制に反対するコアな反安倍派の受け皿は共産しかない」と語り、希望を「第2自民党」と位置づけて与党とともに厳しく批判する考えだ。 自民・公明両党は、民進党の希望の党への合流劇に対する批判を強める。 「選挙に勝つためだけに看板をかえた政党に、日本の安全、子供たちの未来を託すわけにはいかない」 衆院解散直後、公明党の両院議員総会であいさつに立った安倍晋三首相は語気を強めた。公明の山口那津男代表もこの日の講演で「かつての民主党政権を担った人たちがお面をかえて登場することになる。あの民主党政権の悪夢を思い出さざるを得ません」と、「民主党政権の失敗」を強調した。 政権幹部が次々と批判の声を上げるのは、危機感の裏返しだ。官邸内からは「想定外の展開で、首相もしまったと思っているのでは」との声も上がる。 新党の登場で選挙の対決構図は大きく変わった。幹部たちにも選挙の行方は見通せなくなっている。 なかでも与党が恐れるのは、小池氏の都知事から衆院選へのくら替え立候補だ。小池氏が候補者となれば、新党の勢いが加速しかねない。石原伸晃・前経済再生相は記者団に「小池氏がくら替えするのかしないのか。それによって大きく違ってくる」と語った。 自公幹部が前日確認した目標は「自公で過半数獲得」。大幅に議席を減らしても達成できる数字について、公明幹部はこう打ち明ける。 「政権を維持したいという思いを共有したということ。それだけ小池新党が脅威だってことだ」 ーーー 今日の JAPAN TIMES ーーーKoike to vet DP refugees on key policies before laying out welcome matMembers of the moribund Democratic Party will be vetted carefully before being allowed to join her upstart Kibo no To (Party of Hope), conservative Tokyo Gov. Yuriko Koike says.「民進難民」と言う表現を THE JAPAN TIMES も使っている
2017.09.30
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緑のたぬき(笑)日本を席巻自民党にこのまま居ては出世の可能性が無いと判断した小池百合子氏の捨て身の転身は緑のシンボルカラーに身を包み東京都知事選出馬から始まり知事就任都民ファースト結成そうしてついに希望の党結成にまで到達さらに、民進が突然、勝手に自己崩壊して希望の党に大量の難民として漂着(笑)難民の入党審査はこれから始まるが(難民とはひよこさんの命名)選挙結果次第では希望の党は自民と拮抗する大政党の可能性を持つまでになった都知事としては五輪会場問題や豊洲移転問題においては引っかき回すだけで、何の成果も上げなかったにもかかわらず緑のたぬきよろしく、都民・国民をだまし(笑)日本を席巻する小池さん(笑)これからの政治的成果はともかくすくなくとも、ここまでは、すごいわ!驚天動地、と言うべきかまた「事実は小説より奇なり、と申しますが」と言う某アナウンサーのセリフが、昔あったがまさしく、そういう感じである民進の崩壊を呼んだ小池の魔術まるでハーメルンの笛吹き男(笑)慌てた民進ねずみが、大量に暴走笛吹き女と言うべきか魔女と言うべきか(笑) ーーー ◇ ーーーここからは、思いついたことを書いて行くがそもそも政策無き結党だった希望の党さらに、別の政党であった大量の民進難民を抱えて● 統一した政策など打ち出す事が可能なのか?● 自民党との政策討論には、誰が立つのか?党首であり都知事でもある小池自身か?リセットされた細野か?政治素人の若狭か?一体どうなるのだろう? ーーー ◇ ーーー私の本音をここで書くともし自公が過半数を確保してくれればと言う条件であるが私は、希望の党の躍進は甘受するなぜならば、希望の党は自民同様に安保体制へのスタンスにおいて保守なのだから希望の党の躍進が結果として民進左派の存在を縮小させることになれば従来、政界再編成が必要と言われていた原因であるところの民進の左右分離が実現し政界は● 自民● 希望の党● 維新と、保守政党が独占することになるからである ーーー ◇ ーーー心配なニュース?(笑)がある安保法制反対の先頭に立った辻元清美女史難しい局面を迎えているようだーーー無所属?希望? 辻元氏陣営「一両日中に決めないと」2017年9月29日12時18分 民進党が希望の党に事実上の合流方針を示したことを受け、動向が注目される大阪10区(大阪府高槻市、島本町)で立候補を予定している元国交副大臣の辻元清美氏(57)は、慎重に今後の行動を検討している。 陣営幹部によると、辻元氏は28日夜に大阪に戻り、29日も大阪府内で関係者らと接触している。29日朝、民進党本部から衆院選の立候補予定者に対し、10月1日までに離党届と希望の党への公認申請の書類を提出するよう指示があったという。陣営幹部は「無所属で闘うのか、希望から出るのか、本人から伝えられていないので分からない。ただ、期限があるので一両日中に態度を決めないといけないと思う」と話した。 大阪10区には、自民前職の大隈和英氏(48)と維新前職の松浪健太氏(46)が立候補を予定している。希望の党と日本維新の会との間で候補者調整が進んでおり、維新の松浪氏がいる選挙区で公認が得られるか不透明な情勢となっている。ーーー大阪10区、前回の選挙結果は当選 辻元清美 民主 61,725 票比例当選 大隈和英 自民 53,160比例当選 松浪健太 維新 50,516つまり、実質当選は辻元だけだった他の二人は、比例で救われた形だしかし、今回は事情が違う辻元は、今までの貢献から(笑)希望の党への入党自体が危うい無所属で出馬せざるを得ないだろう一方、維新の松浪氏は、維新と希望の党間の調整が進行中となればあわよくば、当選落選しても、比例当選は確実だろう一方、辻元は、単独当選だけが可能性今回は、比例当選というのは無いこれは厳しい前回は、民主党票があったし、連合など労組票もあっただろう今回は、それは期待できない地元の左翼おばちゃん達のサポートのみが頼りである(笑)ーーー今回の希望の党の出現には、大きな副産物があった日本の左翼が壊滅の危機考えてみたら民主党が、左翼の隠れ家になっていたのだだから、政界の再編が必要だと言われ続けてきたのがその民主党が崩壊して左翼はあぶり出されて、無所属、ホームレスに(笑)非常にいいことだ(笑)これは、緑のたぬきさんの大功績かも(笑)首相にしてもいいかも(オイオイ) ーーー 最新ニュース ーーー「リベラル派は排除する」希望・小池百合子代表が明言9/29(金) 15:28配信 産経新聞「リベラル派は排除する」希望・小池百合子代表が明言 新党「希望の党」代表の小池百合子東京都知事は29日の記者会見で、希望の党からの出馬を望む民進党の立候補予定者の絞り込みについて、「リベラル派を『大量虐殺』するのか」と問われ、「(リベラル派が)排除されないということはない。排除する」と言い切った。 その上で、小池氏は「安全保障、憲法観といった根幹部分で一致していることが、政党構成員としての必要最低限」と重ねて強調した。ーーーー本当なら素晴らしい!突然ですが、私、急に、小池先生のファンになります(笑)
2017.09.29
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ーーー 記事 ーーー前原氏、民進「希望に合流」表明 民進党内混乱、反発も ーーー 私の感想 ーーー昨日書いた「前原民進が小沢一郎と合流」というのはガセネタだったその代わりに驚天動地の「民進、緑の党に合流」なんとも・・・ ーーー ◇ ーーーただ昨日私が指摘した保守勢力の一翼を結果的に担うことになるのでは?これは、巧まずして政界再編の端緒であるこのふたつの予測がピタリと当たっている ーーー ◇ ーーーしかしすっきりと収まるだろうか?小池は● 安保● 改憲に対するスタンスを合流資格のキーにする考えもともと、小池は自民にいる時からタカ派だったのだすると、民進党に居る旧社会党系の左派の人間は緑の党に合流できない民進は解党はするわ、緑の党には参加できないわ哀れ左派の皆さん達(笑)は解散だというのに、左翼無宿で(笑)路頭に迷うことになる(笑)しかし左派・右派とはべつに例えばこういう議員達はどういう決断を下すのか?小池にOKをもらえるのか?実に興味津々こんなに面白い選挙は初めてである(笑)● 辻元清美● 馬淵澄夫● 菅直人● 蓮舫● 野田元総理● 枝野幸男● 赤松● 長妻昭 ーーー 記事 ーーー前原氏、「希望に合流」表明=民進党内混乱、反発も 時事通信党内から異論、前原氏が自由と合流へ 民進党の前原誠司代表は28日午前の党執行役員会で、衆院選に向け、小池百合子東京都知事が代表を務める新党「希望の党」に事実上合流する方針を示した。民進党候補の公認を希望に申請した上で、同党に判断を委ねる。午後の党両院議員総会で全議員に説明する。ただ、急な路線転換に党内は混乱しており、総会では反発も予想される。 前原氏は執行役員会で、衆院選には比例代表を含め民進党公認候補を擁立しないと表明。同党の候補予定者について「希望の党に公認を申請するが、全員が認められるわけではない」と述べた。 前原氏は、選挙区で野党候補が乱立しては与党と戦えないとして、野党勢力が結集する必要性があると判断した。前原氏自身は希望の公認は得ず、無所属で出馬する意向だ。 前原氏は26日夜に小池氏と会談し、「非自民」勢力結集のため協力したい考えを伝えた。小池氏は、民進党全体の受け入れを否定。一人一人の憲法観や安全保障への考え方を見極めた上で、希望の公認を与える方針だ。(了)
2017.09.28
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【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】やっぱり掛布退任“大津波”…3年契約を“防波堤”金本体制の来季は産経新聞【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】 掛布退任の“衝撃波”は来季の金本体制を直撃する危険性があります。阪神は掛布雅之二軍監督(62)の退任を10日に発表しました。金本知憲監督(49)との若手育成理念の食い違いが大きな原因です。球団側は指揮官に対する3年を基本線とする複数年契約の提示で、全面バックアップする方向ですが、阪神OB&熱狂的ファンは来季以降、「掛布を退任させた」金本体制に強く結果を求めるはずです。チーム成績&若手育成の手応えが感じられない場合、鉄人には大きな反動が押し寄せるかもしれません。■前回コラムで“予言”のとおり… 大きなうねりが起こりましたね。前回のコラム(9月10日アップ、http://www.sankei.com/west/news/170910/wst1709100007-n1.html )で金本知憲監督に対する新たな複数年契約の提示と同時にチームには大きなうなりが起きる…と書きました。実はその大きなうねりの最たるモノが掛布二軍監督の去就だったのです。9月10日に発表された掛布二軍監督の退任はまさに金本監督への複数年契約提示と裏腹の出来事です。「長期の再契約」と「退任」…。2人が描いたコントラストこそ、阪神球団が選んだ来季以降のチーム造りへの方向性そのものです。 前回のコラムで2年契約が今季で切れる金本監督に対して阪神本社ー球団首脳は新たに3年を基本線とする複数年契約を提示する、と書きました。それは監督への条件提示(再契約金、年俸額など)と同時に新たなチーム造りへの「条件闘争」の意味合いも出てくる局面となります。金本監督は2年の任期中に感じた思い、感じた改革点を球団側に求めることになり、改めて長期契約を結ぼうとする球団側は最大限、金本監督の意向に沿ったチーム造りを目指すことになります。 「金本監督は掛布二軍監督率いる二軍の練習姿勢、指導理念を肯定的には捉えていなかった。金本監督はもっと激しく、厳しく、強制的にでも練習させる環境を望んでいたが、掛布二軍監督は違った。選手の自主性を重んじる指導だった。もう1年以上、2人のギャップはあらゆる場面で露呈していた」とはチーム関係者の話ですが、こうなってくると、どっちの指導が良くて、どっちが悪い…という話ではなくなります。 阪神球団として金本監督を旗頭に「若手育成路線」の継続を選択した以上、鉄人の理念、感覚にそぐわない指導者は「退任」させるしか道はないわけです。8月25日〜27日の巨人戦(東京D)の期間中、東京都内のホテルで球団幹部と金本監督は集結し、来季以降の戦力構想、補強プランなどを話し合いましたが、この場で最終的に「掛布二軍監督の退任」は決まりました。 このコラムでも書きましたが、FA補強では懸案だった中田翔(日本ハム)の獲得を見送り、投手重点の調査を行うことと、新外国人選手のリストにゲレーロ(中日)がトップランクされたことなどが確認されたのですが、それと同時に二軍監督の交代は決まったわけですね。 「球団内部には“掛布二軍監督はそのままでいいのでは”という声もあったよ。でも、最終的には交代となった。そりゃあ、誰かの強力な意見があったからだろう。それが誰かって? 流れを見れば一目瞭然じゃあないか。これで一軍も二軍も金本監督の色が全面(前面)に出てくる、ということだ」とはチーム関係者の話です。 金本監督が就任して2シーズンが終わろうとしています。チーム成績は4位、2位(16日現在)です。大きなテーマとする生え抜きの若手育成路線はどういう評価でしょうか。野手では中谷、大山、坂本、梅野らが一軍で結果を出し始めています。投手では秋山、小野や青柳、岩崎でしょう。■球団は長期契約を“防波堤”に援護射撃…心配はOB・ファンの嵐… しかし、一方で藤浪の不振や岩貞、野手では高山や江越、原口、北條らが伸び悩んでいます。こうした状況を客観的にはどう評価するか。“金本目線”でいえば、もっと若手育成の成果を出すためには二軍改革は避けて通れない…と感じたのでしょうが、コップを反対側から見れば、逆の意見も出てくるかもしれませんね。 そして、サイは投げられた…わけです。掛布二軍監督を退任させた来季以降は、どんな現象が待ち受けるでしょう。 「一番の心配点は阪神OBの声だろうね。金本監督が監督に就任した2015年のオフ、OB会の会合では“なんで岡田じゃなくて外様の金本なんだ”という意見が出て揉(も)めたんだ。今度は掛布まで外されたからね。阪神のOBたちは金本監督に対して、相当にキツい視線を送るだろう。結果が出なければ容赦ない批判が飛び出すかも…」とはチーム関係者の声です。 さらに、チームの外でも大きなリアクションが起きる心配があります。掛布二軍監督の退任が発表された9月10日、二軍の鳴尾浜球場には掛布ファンが殺到し、入場制限が敷かれました。ミスタータイガースの掛布二軍監督はカリスマ的な存在だっただけに、退任を惜しむ声と同時に「なんでや!!」の声も多く聞こえてきました。 事の真相を知った掛布ファンが金本阪神に対してどんな思いを描くか、は改めて謎解きをしなくても分かりますよね。 つまり掛布退任を“迫った”金本監督には来季以降、これまで以上の結果責任を問う声がチーム内外から起こる可能性があります。阪神球団とすれば、こうした結果責任を問う声を最小限度に納めるべく? 長期契約を結ぶ方向です。3年という長期スパンを示せば、批判の声に対する“防波堤”になると考えるでしょう。 しかし、それが果たして防波堤になるのかどうか? 来季以降の成績と若手のさらなる成長しか批判を封印する術はないでしょうね。チームが下位に低迷したり、若手の伸び悩みが顕著に見られたりすれば、「掛布を外したくせに!!」という声が蔓延(まんえん)する危険性は大いにありますね。 掛布二軍監督の指導方法や理念がすべて正解だったとは言えません。一方で金本監督のソレも同じ理屈が通ります。いい点もあれば、改善点もあるでしょう。要は一軍と二軍でもっと意見をすり合わせ、相互理解を深めていれば、両雄並び立たずの図式にはなっていないはずですね。 掛布二軍監督の就任を希望したのは金本監督でした。それが2年前。ドラフト下位指名から努力と研鑽(けんさん)で一流選手になった2人には共通した思いがあったのでしょう。金本監督は「野球感が合うから」と掛布二軍監督誕生の理由を話していましたね。それが2年間の指導の中で大きく変遷してしまったのです。 果たして掛布雅之が去った後のタイガースにどんな風が吹くのか。阪神球団はチーム管理に大きな手抜かりがあった、と言わざるを得ません。そして、そのツケを払うのはひょっとして来季以降の鉄人なのかもしれませんね。目玉人事が崩れた傷跡は深いのです。 =続く(毎週日曜に掲載)植村徹也(うえむら・てつや)uemura.jpg 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。阪神・野村克也監督招聘、星野仙一監督招聘を連続スクープ。ラジオ大阪(OBC)の月〜金曜日午後9時からの「」、土曜日午後6時半からの「」に出演中。「サンスポ・コースNAVI!」ではゴルフ場紹介を掲載、デジタルでも好評配信中。
2017.09.27
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ーーー 記事 ーーー小池新党綱領 アウフヘーベン● 小池新党結成希望の党は27日午前、小池知事出席のもと、東京都内のホテルで結党会見を開き、綱領などを発表する。関係者によると、新党の綱領には○「寛容な改革保守政党をめざす」○「情報公開」○「しがらみ政治からの脱却」○「ワイズスペンディング(賢い支出)」――などが盛り込まれるという。 ーーー 記事 おわり ーーー ーーー 私の意見 ーーー綱領といいながらこの内容!何にも言っていないと同じ事そもそも、綱領とはーーー綱領(こうりょう)とは - コトバンクブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 綱領の用語解説 - 政党や大衆団体などの基本目標,当面の要求,これらの実現の方法,組織などを規定した文書をいう。ーーー○「寛容な改革保守政党をめざす」これまでの若狭新党の段階では、保守政党、等と言うことは言われていなかった保守という単語が含まれているこれは、初めての表明しかし「寛容な改革保守政党」とは、意味不明(笑)○「情報公開」ーーー小池自身が都民ファーストの中では秘密主義を貫いているのによく言うよ(笑)実績としての情報公開は、豊洲の土地汚染だけでは無いか?逆に、築地にも土地汚染があると言うことは長い間情報公開しなかった○「しがらみ政治からの脱却」都政では、自民党の古い体質批判をしたが国政では果たして何を批判するのか?自分自身が、いろいろな政党を渡り歩き政界風見鶏、と揶揄され小沢一郎・小泉純一郎などの大物にべったり抱きつく、と評されしがらみだらけでは無いのか?(笑)○「ワイズスペンディング(賢い支出)」豊洲中止で、毎日、巨額の無駄金を出しておきながらなにがワイズスペンディングか?(笑)それより● 改憲● 自衛隊● 安保と言う、最重要課題に全く触れていない国政なのに、都民ファーストと言う考え方がせいぜいか?(笑) ーーー ◇ ーーーアウフヘーベンも、小池さんが、相手を煙に巻くペットワードだが(笑)この言葉に関して、さきほどあるブロッガーを評して私のブログに、こう言うレスを書いた ーーー レス ーーーつまり、あのひとは、小池百合子流の言い方をすれば「アウフヘーベン」ができない人です(笑)あらゆるネガティブな面のみ、をほじくり出して非難するしかし、あくまでその段階にとどまってしまってでは、どう対処するのか?そういう方策があるのか?そういう生産的な思考は無しまた、政権側の努力・功績の部分は、完全無視これではアウフヘーベンの最終段階の「止揚」にまでは、決して到達しないわけでつまり、生産的な結果のための攻撃では無く相手を否定したいがタメの攻撃に過ぎないこれは、左翼の常套手段です問答無用、切り捨てのみ、なんです(笑)まあ、日本共産党の党是が、以前は、そうだったように左翼の究極の本質は暴力革命ですからねそのためには、相手の価値を一ミリも認めてはいけない左翼ブログは、みな、そういうスタンスですあの方も、いつのまにか、そういう毒ブログ(笑)に洗脳されたんでしょうアスペ疑惑と共にこういう、相手の言い分、ポジティブ部分、を一切認めないそういう考え方が、いつのまにか、あの方の灰色の脳細胞に・・・(笑) ーーー 記事 ーーー今朝、朝日デジタルに下記の記事がーーー小池氏、新党も市場も「アウフヘーベン」 それって何?田玉恵美2017年9月27日03時01分 小池百合子・東京都知事は最近、「アウフヘーベン」という言葉を多用する。衆院選に向けた新党結成でも、築地か豊洲かで揺れた市場移転問題でも「アウフヘーベン」しているらしい。それって何?「代表に小池氏」自民誤算 「東京は全滅」恐れる議員も 「希望の党」結成と代表就任を発表した25日の記者会見。若狭勝氏や細野豪志氏ら複数の国会議員が動く中、今後、小池氏自ら新党をめぐる調整や交渉に乗り出すのか問われると、「アウフヘーベンする。辞書で調べてください」。 築地か、豊洲か、市場移転で知事の判断に注目が集まった6月にも、「文芸春秋」7月号で、「築地市場の改修案も市場問題PT(プロジェクトチーム)から出され、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様相を呈しているが、ここはアウフヘーベンすることだ」。この直後の会見で、アウフヘーベンを使った意図や意味を問われると、「いったん立ち止まって、より上の次元にという、日本語で『止揚』という言葉で表現されます」と説明。市場移転をめぐる様々な調査や報告書が出たことを挙げ、「全部含めてどう判断するか、そのための『アウフヘーベン』が必要だということを申し上げた」。 アウフヘーベンはドイツ語らしい。ドイツ大使館にローベルト・フォン・リムシャ公使を訪ねた。公使によると、「小池氏は哲学者ヘーゲルが提唱した『止揚』の意味で使ったのだと思うが、そうした使い方は一般のドイツ人はあまりしない」のだという。 ドイツ語の一般的な意味は「持ち上げる」。「それ取って」と言う時に、「アウフヘーベンして」と、ドイツ人なら日常的に使う言葉だという。小池氏がアウフヘーベンを使ったことは、大使館の幹部会議でも話題になったといい、リムシャ公使は「日本人が使うドイツ語といえば、『リュックサック』くらいかと思っていた。日本の著名な政治家にドイツ語を使って頂き、光栄です」。 小池氏のように、政治判断を迫られた政治家が似たような場面で使うのか聞くと、リムシャ公使は「あまりに月並みな言葉なので、印象にも残らないのです」。 移転問題は結局、「築地は守る、豊洲を活(い)かす」で決着した。「アウフヘーベン」の結果といえるのか。ヘーゲルに詳しい大河内泰樹・一橋大教授(哲学)は「違和感がある」という。 アウフヘーベンは、1812年の主著「大論理学」でヘーゲルが使った概念で、否定によって高い段階に進むが、否定されたものが取り込まれて残っている状態のことを指すという。大河内教授は「花が枯れて種ができる。花だった時の姿は否定されているが、結果的に種の中に花の要素がとどまっているというイメージ」。だが、小池氏の場合、「築地や豊洲を否定した形跡がなく、いわば足して2で割っただけ。政治的に複雑な問題をあいまいにするために、難しい専門用語を使っているのではないでしょうか」。 小池氏は、ほかにも「ワイズ・スペンディング(賢い支出)」「パラダイム・シフト(社会規範や価値観が変わること)」「ホイッスルブロワー(公益通報者)」「メルクマール(指標)」「スプリングボード(踏み切り板)」などのカタカナ言葉をよく使う。 アウフヘーベンやメルクマールは、かつて旧制高校や旧帝大に通っていたエリート意識の高い若者たちが好んで使った典型的な言葉だ、と江利川春雄・和歌山大教授(英語教育史)は指摘する。「小池氏は高尚なイメージを演出する戦略なのだろう。だが国政政党を率いる以上、地方の有権者も視野に入れ、誰にでもわかる言葉で語らなければならない局面に入っていくのではないか」(田玉恵美) ーーー ◇ ーーーアウフヘーベンは、若い頃に少しでも哲学入門書を読めば出てくる概念だったが今は、この言葉を知らない人が大部分、ということなのだろう ーーー ◇ ーーー研究社 新和英中辞典での「止揚」の英訳▶しよう 止揚•【哲学】《1英語》 sublation《ドイツ語》 Aufheben止揚する•sublateある物がその反対な物と統合してはじめてそれは止揚されたといえる. We can say that a thing has been sublated only so far as it has gone into unity with its opposite. ーーー ◇ ーーー前原が自由党(小沢一郎)との合体をするという血迷ったか?前原!蓮舫の方がましだったかもそうすると新党名は「山本太郎と愉快な民進左派」(笑)
2017.09.27
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小池都知事が御自ら(笑)新政党'希望の党」の党首に就任「今までの若狭・細野らのやったことをリセットして私が決めました」とさ(笑)今まで党首気取りで段取りを進めてきた若狭氏はそのニュースを聞いて目が泳いでいたそうだ(笑)この件については私も同意見だったのだがかんべえさんが、すでにこういうことを、二日前に書いていたーーー○そもそも若狭氏自身が当選2回の議員さんで、比例区選挙と補欠選挙の経験はあるけれども、小選挙区で勝ったことは一度もない人らしい。ということは、今度の総選挙でご本人がかならず通るかどうかはわからない。それじゃ選挙の応援だってできませんがな。つまりは小池都知事という虎の威を借りているだけの人なのではござりませぬか。○ということで、今度の総選挙では夢と現実の区別がつかないような政党も出てくるのかもしれません。でも、ワシが個人的に知る小池さんはああ見えてシビアな人だから、いざとなったらハシゴ外すと思うよ。ーーーまさしく、かんべえさんの予言通りの結果となったのだが私自身も、同じく、小池は若狭を本当は信頼していない、と見ていたそもそも、若狭ごとき新米議員が勘違いして● 一向に成果が出ない● 集まってくるのは、民進党からの落ち武者(笑)みたいな なんちゃって議員ばかりで、● 民進分派・政治難民の印象を与えては選挙戦に不利とみて上杉謙信の様に陣頭指揮に乗り出したその辺は、さすが、小池さんは、鋭いわ(笑) ーーー ◇ ーーーそれにしても都知事としても今までそうなのだが小池さんの致命的な欠点は政策を立てられないこと都政においても● ガラス張りの都政と言うばかりで(笑)● 前任者達の悪口を言うと言うだけでいまだに小池の政策というものは、皆目見えてこないつまり、今回の希望の党は政策無き立党なのであってこのまま政策が無くても国民が希望の党を支持したなら日本国民は、真性のアホだということになるがそれでよろしきや?(笑)まあ、なんとなく小池支持、というご婦人などは、アホだと思うが(コレコレ) ーーー ◇ ーーーただもう一つ、小池さんがすごいのは「日本の心」党の取り込み強すぎる民進党色を薄めるため取り込んだのだがただ、これでもともと、自民党でタカ派だった小池新党は保守勢力の一翼を結果的に担うことになるのでは?はせ参じた元民進議員もみな保守派だしとなればこれは、見方を変えれば巧まずして政界再編の端緒であるとも言えるのでは無いか?だから、安倍さんもコメントでは、新党へのむき出しの敵意は見せていない例え、自民の議席がある程度食われてもトータルに見て改憲へのプラス要素としてもみることも出来るからだ結果的に民進党内部の保守派が脱走(笑)希望の党にはせ参じたというか、みっともない形ではあるのだが ーーー ◇ ーーー民進党は、歯抜け(笑)保守派が出て行って結果的に民進党は左翼職が強まった ーーー ◇ ーーーただ小池人気が如何にすごくても小選挙区での選挙において希望の党から150?もの、大勢の新顔が立候補しても本当に票が入るだろうか?私は、大いに疑問だと思うのだがTEH JAPAN TIMESNational / Politics Abe gambles on snap election as Koike surprises with new partyby Tomohiro Osaki and Reiji YoshidaPrime Minister Shinzo Abe confirms he will call a snap election on Thursday and Tokyo Gov. Yuriko Koike launches a new political party to take him on. 18 hours ago National / Politics Osaka's leaders complain about San Francisco 'comfort women' statue to U.S. Ambassador Hagertyby Eric JohnstonIn a meeting with U.S. Ambassador to Japan William Hagerty on Monday, Osaka's leaders expressed solidarity with America over North Korea but concern that San Francisco, Osaka's sister city, erected ... 16 hours ago 英字新聞で時事問題を読むのもおもしろいsnap って、急ぎの、手軽な、ぐらいの意味だろうか?
2017.09.26
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メモ日記は以前書いていた『アラカルト』と同じもの思いついた事を書きながら順次、追記もするつもり● 「警戒レベル」の英語こういう記事を見つけたーーー(前略)同相によると、事件を受けて最上位の「危機的(クリティカル)」に引き上げられていた警戒レベルは「深刻(シビア)」に引き下げられた。ーーーつまり『危機的』な、警戒レベルは【CRITICAL】『深刻』な、警戒レベルは【SEVERE】言い換えればCRITICALは、警戒レベル 5SEVEREは、 警戒レベル 4かな? ーーー ◇ ーーー私は、プレスリー世代でビートルズ万歳、と言う人間では無いがビートルズの曲で好きなものがある● and I love herただ、この曲、ホセ・フェリシアーののギター演奏が好きなのだ● フェリシアーノの歌で好きなのは寂しげなところがいい● ビートルズ、そのものでは無いがジョージ・ハリソンのMy Sweat Lordこの曲、大好きだ知っての通り、この曲は盗作騒ぎになり米国の黒人女性四人組のヒット作とメロディーが同じという事でジョージは、数千万円の賠償金を支払っている聞き比べてみると、確かに、メロディーは同じと言えるレベルただ、黒人女性グループの曲がノー天気などうでもいいモータウン調の曲なのに比べてジョージの方は、まさしく、心を打つ名曲の域に達している当時、心酔していたインド哲学の流れで書いた曲であり例え、主よ Lord と呼んでもそれは、キリスト教の神では無いだろうそれにジョージは変な顔ばかりのビートルズの他のメンバーと違いただ一人、ハンサムであり控えめでシャイだと思われるそういえば差し障りがあるが(笑)スマップもキムタク以外は、よく見れば、ちょっと変な顔揃いでしょ?そのキムタク、私は嫌いだがそれから、欧米では天気予報士は、odd people おかしな人達と呼ばれている一風、変わった人達がそろっている ーーー ◇ ーーー福田峰之氏この人、すごいね~(笑)小選挙区では三回連続落選!自民党からそれでも比例に入れてもらって議員を拝命特に今回は副大臣まで拝命しておきながら恩を仇で返すそんなにも自民党が厚遇するからにはおそらく東大法学部卒!高級官僚!というすごい経歴かと思って念のためにウィキをひいてみたらただの立教大学社会学部「ただの」は、余計だが(笑)ここは東大法学部より高学歴とされるところなのかな?(笑)なんだか、よくわからないわ(笑) ーーー ◇ ーーー
2017.09.26
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これは某ブログに関して書くのだが事情を知る人にはわかる話でも知らない人にはさっぱり分からない話だろうそれでもいいから、勝手に書く(笑) ーーー 私の意見 ーーーCさんがあのブログで新ルール的なものを主張したが私からいわせればあの主張はきれい事であって「世界平和を謳う国連憲章」みたいな「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と言う日本の世界に誇る崇高な平和憲法(笑)の前文のようなものつまり、建前としては立派だが現実にそぐわない事を持ち出しても解決にならない早い話が、もし、それを実行すればその結果、そのブログは死んでしまうだろうそもそも今まで、あのブログでさんざん論争を重ねてきた人間達にとっては論争が習性になっているし(笑)まるで平和憲法よろしくまるで交戦権を否定するような(笑)そんな提案にしたがっては論争好きな書き手達は、戦意喪失してしまうではないか?(笑)あまりコメントも来なくなりそうあのNブログではN氏自身が政治ネタ(左翼路線)をあえて持ち出しブログ内で、論戦になることを意図している少なくとも覚悟しているに違いなくその自然の、当然の結果としての、「討論」であるそれにもし仮に、の話だが理路整然とした非好戦的な理論の提示が行き過ぎて正反対の思想の意見同士が空しく自分の主張を展示し合うだけそんな静粛なお行儀の良い展示会のような(笑)そういうブログそんなブログを読む人が居るとは思えないましては、Nさんはあのブログで論争が起きるのが、そういやでは無いあまり自分が攻撃されるのは、もちろん、いやだし自分では、それほど理論的な反論は出来ないが自分のブログで盛んな論戦があり人々の注目を浴びることは歓迎の様子それに、なんと言っても読者が提示されたいろいろな主張の価値に関して審判を下す、と言ってもそれは、実りの無い結果になる事必然なぜならば読者の判定?は、第三者が判定を書き込まない限りブログに反映されないだれもそれを知る由も無いつまり、フェードバックが得られないのだ結果として完結の無い垂れ流し記事の羅列となるまあ、論争をあれだけやってもブログ主が充分に論理的なレスをしなければ完結性って、もともと無いんだけれどね(笑)
2017.09.26
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この記事には私の感想など不要だろうそのまま引用する ーーー 記事 ーーー雲行きが怪しくなってきた北朝鮮情勢 JBpress織田 邦男 9月3日、北朝鮮は国際社会の警告を無視して6回目の核実験を強行した。国連安全保障理事会は11日、新たな制裁決議を全会一致で採択した。厳しい制裁に慎重な姿勢を示してきた中国やロシアも賛成に回った。 当初の制裁決議案には、北朝鮮への石油輸出の全面禁止や最高指導者の金正恩朝鮮労働党委員長の資産凍結を含む厳しい内容が含まれていたが、中国、ロシアの反対により米国が譲歩したという。 この7月、2度にわたる大陸間弾道ミサイル「火星14型」の試験発射を受け、8月5日に鉄鉱石、石炭の輸出禁止を含むこれまでにない強い国連制裁決議がなされたばかりである。経済制裁は今回で9回目となるが、まさに「暖簾に腕押し」状態である。 米国国防省情報局(DIA)が7月28日に公表した情報では、「北朝鮮はICBM級を含む弾道ミサイルで運搬する核弾頭を生産した」「核爆弾の数を最大60発と推定」「小型化、軽量化、多種化された、より打撃力の高い核弾頭を必要なだけ生産できるようになった」とある。グアム島を射程に入れた北朝鮮 今回の核実験は水爆実験だと北朝鮮は主張しているが、もはや弾道ミサイルに搭載できるまで「小型化、軽量化」は完成したとみるべきだろう。 9月11日の国連制裁決議にもかかわらず、15日には北朝鮮は中距離弾道ミサイル「火星12型」を再度発射し、グアム島を射程に入れる3700キロを飛行させた。 この「火星12型」は8月29日に発射したものと同じであり、この時も日本上空を通過させた後、太平洋に着弾させている。だが、この発射では2700キロの飛行距離に留まった。 これについては、拙稿「ミサイル発射、Jアラートで嘘八百を垂れ流したテレビ」(9月4日)で書いたので詳しくは省略する。 ただし、「今回の火星12型の発射は飛距離が2700キロしかなく、筆者は試験発射に失敗したとみている」とし、「グアム方向の射撃は米国の反発でやめたが、2700キロではグアムをいつでも攻撃できるというメッセージにはなり得ない」ので「今後も成功するまで火星12型のミニマム・エナジー軌道発射試験は続くと思われる」と書いた。 不幸にも予想が的中してしまったが、先述のDIA情報と合わせて考えれば、初めて米国領土に届く北朝鮮の核搭載弾道ミサイルが完成したことになる。 この事実に米国は衝撃を受けたようだ。 これまでドナルド・トランプ米大統領は、「これ以上、米国にいかなる脅しもかけるべきでない。北朝鮮は炎と怒りに見舞われるだろう」(8月8日) 「誰も見たことのない事態が北朝鮮で起きるだろう」(8月10日)と述べ、軍事力行使も辞さない強い意志を示していた。 だが実態は、軍事的「手詰まり」状態であり、現配備兵力ではとても軍事力行使はできない状況にある。 今年の4月7日、化学兵器を使用したシリアに対し、米国は59発の巡航ミサイルを撃ちこんだ。北朝鮮に対しては、このような「ちょっとだけ攻撃」して「お仕置きを」というわけにはいかない。 この状況を見透かして金正恩は挑戦的行動を繰り返してきた。拙稿「北朝鮮の核保有を認めざるを得ない米国」(9月7日)でも詳しく述べたので省略するが、簡単に言えばこうだ。チャンスはたったの1回 ソウル周辺には北朝鮮の火砲の射程圏に約2000万人が住んでおり、言わば約2000万人が人質状態にある。軍事力行使で核やミサイル施設を破壊するには、同時に38度線に配置された約1万門とも言われる火砲を奇襲的に一挙に無力化しなければならない。 これを実行するには、海空軍の航空戦力の大規模増派が必要である。だがこれにはロジスティックも含めると最低1~2か月はかかり、奇襲性が失われるというジレンマがある。 また、この作戦を実行する場合、反撃による犠牲は日本、韓国にも及ぶ危険性が高い。従って両国政府の事前承諾は欠かせないが、特に文在寅韓国大統領は北朝鮮攻撃には強硬な反対姿勢を示しており、承諾を得るのは難しい。 小規模軍事作戦で「斬首作戦」という選択肢もなくはないが、リアルタイム情報(ヒュミント情報)が決定的に不足している。また「ポスト金正恩」の出口戦略もない。この作戦の特徴は、チャンスが1回しかないということだ。 しかも金正恩の死を検証できる攻撃でなければならない。(死体が確認できないような攻撃は失敗)失敗すれば反撃の口実を与えることになり、ソウルが「火の海」になる危険性が高い。 この「手詰まり」状態を最もよく理解しているのはジェームズ・マティス米国防長官である。彼は軍事力行使の可能性も示唆しながらも極めて慎重な発言に終始してきた。 8月5日の国連制裁決議後、翌6日にはトランプ大統領の「炎と怒り」発言があり、9日には北朝鮮の「グアム包囲攻撃予告」、そして10日には再びトランプ大統領の「誰も見たことのない事態が北朝鮮で起きるだろう」発言があった。 まさにチキンゲームが過熱するなか、8月13日、ティラーソン国務長官、マティス国防長官はウォール・ストリート・ジャーナルに連名で寄稿して火消しを図った。 今後の北朝鮮対応として①「戦略的忍耐」は失敗であり、今後は軍事的手段に支えられた外交的努力を主とする②目的は朝鮮半島の非核化であり、北朝鮮の体制変換は求めず(斬首作戦の否定)、朝鮮半島の統一も求めない③交渉を優先する。そのためには北朝鮮がシグナルを送らねばならないというものであった。 トランプ大統領の激しい言辞とは違い、やや宥和的とも言える両長官の主張であった。だが、これに対する「北朝鮮のシグナル」が9月3日の6度目の核実験だった。逃げ道を用意したマティス国防長官 北朝鮮の核実験を受け、ホワイトハウスでの緊急会合後、マティス長官は制服組トップのジョゼフ・ダンフォード統合参謀本部議長と共に報道陣の前に現れ、さすがに厳しく北朝鮮に警告している。 「米国やグアムを含む米領、そして同盟国に対するいかなる脅威も、大規模な軍事的対応、効果的かつ圧倒的な対応に直面するだろう」「殲滅は考えていないが、そうできる数多くの選択肢がある」 注目点は「米国やグアムを含む米領、そして同盟国に対するいかなる脅威」であり「いかなる攻撃」でないところ、つまり「大規模な軍事的対応」のハードルを一段下げたところだろう。だが「殲滅は考えていない」ということで金正恩を袋小路に追い込んではいない。 だがその後、この警告を無視するだけでなく、11日の国連制裁決議を歯牙にもかけない15日の「火星12型」の発射だった。米国領であるグアム島を射程圏内の収める弾道弾ミサイル発射の成功は、どうやら米国の姿勢を大きく変えたようだ。 5月以降、4つの「NO」、つまり ①政権交代は求めない②政権崩壊させない③半島統一を加速化させない④米軍は38度線越えないとの主張を続けてきたティラーソン国務長官も17日、「平和的解決を目指している」としつつ「外交的努力が失敗した場合、残されるのは軍事的選択肢のみとなる」と述べた。 同日、ニッキー・ヘイリー米国国連大使は「私たちの誰もそうしたいと思っていないし、 戦争は望まない」としつつも「北朝鮮が無謀な行動を続け、米国が自国や同盟国を防衛する必要があるなら、北朝鮮は壊滅する」と警告し、「現時点で、安保理でできることは全てやり尽くした」「外交的手段が尽きればマティス将軍が後を引き受ける」と述べている。 彼女の言辞は昭和16年11月26日、ハル・ノートを野村・来栖両大使に手交したコーデル・ハル国務長官が、「私はこの件(日米交渉)から手を引いた。後はあなたとノックス海軍長官の出番だ」とスティムソン陸軍長官に報告したのに酷似している。 これらの発言からキーパーソンであるマティス長官の発言が注目されていたが、18日、彼は意外にも次のように述べた。 「ソウルを重大な危険にさらさずに、北朝鮮に対して軍事的な対応が可能だ」 これには筆者も大変驚いた。先述のとおりソウルの2000万人人質状態が軍事力行使の「手詰まり」状態を生んでいるはずだが、これが解決できるとマティス長官が述べたからだ。ソウルを火の海にしない方法 8月18日に解任されたスティーブン・バノン主席戦略官も軍事力行使には反対し続けていた。解任される2日前、彼は次のように語っている。 「通常兵器による攻撃の最初の30分でソウルの1000万人が死なない、という方程式の一部を誰かが解くまでは軍事的解決はない」 彼もアナポリス(海軍士官学校)出身の元軍人である。軍人であればこの深刻な「手詰まり」はよく理解できる。だからこそ軍事力行使に反対し続けていたのだ。 このマティス発言に驚いているのは筆者だけではない。方程式はどう解くのだろう。まさにマジシャンがステージで帽子から鳩を出すようなもので、軍事関係者からはいろいろと憶測が飛んでいる。 6回目の核実験直後に実施されたギャラップ社の米国世論調査では、北朝鮮の 核・ミサイル問題で平和的解決が不可能な場合、米国民の58% が軍事力行使を支持(2003年調査では47%)している。 共和党支持者では87%、民主党支持者でも37%が支持しており、無党派層も56%が軍事力行使を支持している。 今後、北朝鮮が国連制裁を無視し続けて、ハワイが射程圏内に入る「火星14型」、そしてワシントンDCまで届く「火星13型」の開発を続ければ、米国民は、平和的解決への取り組みは無駄と判断し、軍事力行使を支持する声はますます上るだろう。 9月19日におけるトランプ大統領の国連演説はこういう情勢を反映したものに違いない。相変わらず激しく、挑戦的とも言える言葉で北朝鮮を非難している。 「米国は強大な力と忍耐力を持ち合わせているが、米国自身、もしくは米国の同盟国を守る必要に迫られた場合、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢はなくなる」 金正恩朝鮮労働党委員長を「ロケットマン」と呼び、「『ロケットマン』は自身、および自身の体制に対する自爆任務に就いている」北朝鮮を制圧する方法とは 問題はその方程式の「解」である。筆者はマティス長官が導き出した「解」であれば、やはり大規模な軍事力行使、つまり正攻法である湾岸戦争型、あるいはイラク戦争型の対応であろうとみている。 北朝鮮が次に何らかの挑発行動を起こした場合、国連で武力行使容認を取りつける根回しを開始する。同時に米国本土や世界各地に展開する米海空軍の航空戦力を日本、韓国、ハワイ、グアムに増派し攻撃作戦準備を開始する。 北朝鮮への軍事力行使はシリアとは状況は全く異なる。ヒル元米国務次官補も「韓国には、北朝鮮の大砲の射程に約2000万人が住んでいる」と述べている。 38度線に集中する約1万の火砲(多連装ロケット砲や長射程火砲など)はソウルを向いており、開戦初頭でこれらを一挙に壊滅させる態勢を確保しなければならない。 そのための作戦準備である。米本土から三沢、横田、嘉手納に攻撃戦闘機が続々と展開する。グアムのアンダーセン基地やハワイのヒッカム基地からも爆撃機、空中給油機、電子偵察機、大型輸送機等など来援するだろう。 同時に米国民へ朝鮮半島への渡航中止措置を実施し、NEO(Non-combatant Evacuation Operation)、つまり「非戦闘員退避作戦」を開始する。 韓国には現在、観光客を含め米国市民や軍人家族(軍人を除く)が24万人所在していると言われる。これらの米国民の退避は米国にとっては最優先事項である。日本人も韓国に5万7000人所在するため同様な措置が必要となる。 こういった作戦準備に最低1~2か月かかり、その間、中国、ロシア、そして韓国、日本への武力行使容認を取り付けようとするだろう。もちろんそれは容易ではない。 中国、ロシア、韓国は反対を崩さないだろうし、日本でも事前協議をめぐって反対運動が起きるだろう。 北朝鮮の攻撃がない限り、湾岸戦争のように国連から白紙委任状を取りつけるのは不可能だろう。イラク戦争のように国連でお墨つきが得られないまま、攻撃に至る可能性もある。クラウゼヴィッツを信奉するマティス国防長官 こういった一連の作戦準備で金正恩はようやく米国の覚悟を悟り、交渉に応ずるかもしれない。 「流血を覚悟して、初めて流血無き勝利が得られる」と言ったのは、クラウゼウィツである。マティス長官はクラウゼウィッツを愛読しているという。彼はこういうシナリオを考えているのではなかろうか。 マティス長官は最後の最後まで戦争を起こしたくないと考えていると思う。戦争の悲惨さは戦場で戦った者が一番よく知っている。これまでの彼の言辞の端々からそれは伺える。 ただ戦争というのはちょっとした錯誤、誤解、読み違いで起きる。戦争になれば日本も被害は避けられない。ミサイルは日本にも当然降り注ぐ。「Jアラート」が「狼少年現象」を引き起こすからダメだなんて牧歌的なことを言っていられないだろう。 実のところマティス長官の「方程式の解」が何だかいまだ分からない。だが、どんな「解」にせよ、日本は無縁ではいられないことは確かだ。日本人に覚悟と当事者意識が求められている。 日本ではのんびりと解散風が吹き始めた。一度解散ムードが起きると止められないという。解散するのであれば、次の内閣はひょっとして「戦時内閣」になる可能性もある。このことを自覚したうえで日本国民も選挙に臨まねばならない。
2017.09.26
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この頃、ある左翼ブロッガーを巡って論争があり私も巻き込まれ、自分の記事が書けない今日この頃であった(笑)書きたいことがたまったのでどんどん消化して行こう下記の引用記事は「かんべえ」こと、日商岩井出身の経済評論家吉崎氏の記事である私も同感なのだEV(電気自動車)ブームへの疑問<9月23日>(土)○別段クルマや技術のことに詳しいわけではないのですが、最近の「EV礼賛論」はちょっと異常じゃないかと思う。ヨーロッパも中国もそっちを向いているようですが、最近のEVって、バブルなんじゃないでしょうか。○以下、ワシが感じている疑問。この人は、いつも自分のことを「ワシ」という(笑)私は、自分のことをワシと自称したことは無い一体、同様つもりでワシというのか?(笑)くだけたつもりなのか?1.自動車という商品は、常に「買い替え需要」である。仮に内燃自動車が作られなくなっても、ガソリンエンジンがなくなるのはそれから10年以上先のことであろう。2.夜中に充電して昼間に走ることを想定しているのであろうが、戸建ての住人はいいけれども、集合住宅の住人はどうするの?充電器って、そんなに普及しますかね。3.世界中のクルマが全部EVに入れ替わるとして、電池の材料となるリチウムなどの金属って地球上にそんなに存在するのか?4.ガソリンエンジンは用済みになったらつぶせば鉄塊だが、電池はどこへ捨てるつもり?ホントに再利用できる?厄介な仕事になりそうな気がするぞ。5.EVが普及するとして、その発電を今の日本のように化石燃料ばかりに頼っていたら、CO2は全然減らないのでは?まあ、NOxが減る分だけいい、という見方はできるけど・・・。○個人的には5年物のハイブリットカーに乗っていて、走行距離がやっと1万キロというドライバーなんですが、これをEVに替えるという理由がまったくわからない。「日本企業はEVで出遅れている!」などと騒ぐ人もいるけれども、慌てなさんな。世界で一番EVを作っているのは日産ですって。○何より不安を覚えるのが、EVを礼賛して旗を振っているのが「地球温暖化を憂える善意の人々」であることだ。特にヨーロッパの人たちが中心だというところが危うい。あの人たちの「善意」が今までにどんな結果を生み出してきたことか。難民の受け入れから通貨ユーロやギリシャ問題まで、碌なことがないではありませんか。○ということで、善意を語る人々に対する最良の方策は、benign neglectだと考えるものであります。benign neglectの意味は傍観すること慇懃に(笑)無視することもっと悪意で解釈すると放っておくこと(笑)放置プレー(笑)かな?
2017.09.26
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動画 改憲 櫻井よしこ vs 福島瑞穂https://www.youtube.com/watch?v=5u39a7FzQJo
2017.09.25
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どうでもいいような記事だがちょっと、感想を書いてみようかとこういうお気軽なテーマは、楽でいい(笑) ーーー 記事 ーーー“偏差値32”のロンブー淳が青学受験に挑戦ORICON NEWS お笑い芸人・ロンドンブーツ1号2号の田村淳(43)が23日、AbemaTVの特別番組『田村淳(ロンドンブーツ1号2号)緊急重大発表・生放送』に出演し、青山学院大学の受験に挑戦することを発表した。 黒スーツとネクタイで登場した淳は「本気の表れだと受け取って欲しい。僕の人生にとっての重大発表」と位置づけ「来年の春に本気で青山学院大学に合格することを目指します」と宣言。 発表後には、スーツから学ランに着替え、番組名も『偏差値32の田村淳が100日で青学一直線~学歴リベンジ~』に変更。淳も本気で合格を目指すため、大学受験が決まってからは“夜型人間”から“朝方人間”となり「毎日朝8時に起きて勉強をスタートさせていおります」と本気であることを伝えた。 また、受験理由については、中学校で英語の勉強を放棄し、ほかの勉強も放棄してきたという学生時代を振り返って上で「もうすぐ44歳になるんですけど、勉強したいという欲がとても沸いた。それをスタッフに言ったら受験のお話を頂いた」と説明した。 志望校を青山学院大学にしたことには、上京した当時、原宿から表参道を上がったTSUTAYAでバイトしていたといい「同じ歳ぐらいの人が青山学院の方からよく来てました。その時に『この人たちは東京の大学生なんだ、なんてキラキラしてるんだろう。頭も良さそうだし、ファッションセンスも良いし…』と、僕にとって青山学院の人たちは、ものすごくキラキラしたように見えました。なので、今回あのとき憧れだった青山学院を目指すことになりました」と明かした。 「自分の力がどこまで通用するからわかりませんが、とにかく行ってみたいと思いました。100日間、全力で勉強して青山学院大学への受験目指したいと思います」と意気込んだ淳。 合格した際には「きちんと青山学院大学に通学して、学位をとって卒業して、自分の人生にとって少しでもプラスになるよなことを学んで、社会貢献にいかしていきたいと思います」と誓い「年齢とか関係なく、いつからでも『学べるんだ』ということを僕自身の身をもって体現して、より多くの人が『大学で学ぶっておもしろいことだな』『何歳になっても学べるんだ』ということを伝えていけたらと思います」とメッセージした。 芸能人では、2015年に当時73歳のタレント・萩本欽一が駒沢大学(世田谷区)の社会人入試制度で仏教学部に合格したほか、お笑い芸人のエド・はるみ(53)が、15年に慶應義塾大学大学院の修士課程に合格した。また、最終学歴は日本大学商学部卒業というお笑いコンビ・オードリーの春日俊彰(38)が現在、東京大学の受験に挑戦するため、20年ぶりの受験勉強に励んでいる。 ーーー 私の感想 ーーーロンドンブーツの、えらそうなことをいう方(笑)田村淳彼は大卒では無かったのか・・まあ、向上意欲のある人間には見える私も、学生時代には、まったく勉強をしなかった人間だった勉強自体に興味が無かったのだしかるべき指導者と会っていれば興味のある分野、と言うものが分かったとは思うのだが私は、中学生時代から山に登り始めて、大学まで山関係のクラブに入っていただから、強いていえば、京大のフィールド研究などには興味が持てたはずまあ、京大には入れなかったが(笑)商社に入社して本を非常に良く読む人間、毎月数万円を本代に使う人間として社内誌に紹介された事があるが(笑)その読書は、勉強とはつながっていなかった知識の蓄積にはなったと思うがそれに、社内で、同僚達との間で仕事以外の話題が出ることも無かった社会的関心が少なかった社畜だったのだ(笑)何しろ、日本経済新聞と共に「あの」朝日新聞を、何の疑問も無く購読していたのだから(笑)父親の代からの、固定朝日購読者だったのだ40過ぎから、ようやく、意識的な知識欲が出て来ただから、田村氏の、この気持ちは理解できるーーーただ、田村氏の決断なのだが● 青山学院でいいのか?(笑)まあ、彼の若い頃の憧れであれば、それでもいいが私の先入観になってしまうが青山とか立教とか、クリスチャン大学はかっこいい、と言う評判はあるがそれ故に、地道な地味な、勉学・研究というイメージと結びつかないのだしかし、上智という例外もあるか?いや、上智でも、語学限定のイメージが私の偏見だが● 何を勉強したいのか?もう、青山でもいいのだが(笑)青山で(どの学部で何を勉強したいのか?「なんとなく大学生」「それで幸せ」と言う意識で40歳を過ぎてからの一般的・全般的勉強ではちょっと、方向性・専門性が不足だ社会的、政治的発言も多い田村氏だから早稲田なんかの方がいいんじゃ無いか?政経は入試が難しい看板学部だから、他の学部とか私の経験から、早稲田はオープンで楽しい人間が多い(と思う)私のような(コレコレ)最近、早稲田の国際学部に短期来ていた知人の息子(外国人)在学中のカナダの大学を卒業したら早稲田の大学院に入りたい、と言ってきたなぜなら、早稲田の学生達が楽しくて大好きで、日本も大好きだとただ、私は、どうも、彼が見せてくれた写真から判断して付き合っていた可愛い女子学生と、また会いたいそれに、日本が好きなのは、寿司が好きだからなのでは?とも思っているのだが田村氏話題に戻るがそれに、早稲田なら、業界に、OB、先輩の人脈がある私の場合、実力のみの商社だったから、人脈など関係無かったが田村氏のように政治社会的発言をする人間なら早稲田卒なら、ジャーナリズト中心に大量の(笑)人脈の恩恵を受けることが出来るのでは?メディア関係では、石を投げれば早稲田卒に当たると、言われていそうな、気がするのだが(笑)ーーー勝手な母校愛を発露してしまって申し訳ない(笑)青山学院の邪魔をして申し訳なかった(笑)青山学院は、いい大学です!
2017.09.25
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ブログの世界に足を踏み入れて(笑)ROMとして静かに読むだけの世界もいいが思い切ってコメントを書き入れてみるとブログ主達との直の交流もできて世界が変わると思うよ私は外国生活から日本に帰ってきてブログの世界、とやらを覗いてみよういや、その次のステップとしてコメントを入れてみようそういうことをやってみたがそのおかげで私の生活は、人生は知的な世界になった私なりにそういう実体験がある今、酔っ払っているから書けることかもしれないが
2017.09.24
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久しぶりのTHE JAPAN TIMES そのタイトルだがなんだか従来の日式英語(笑)からネイティブ的なものに代わっているような気がするのだがどうだろうか? ーーー ◇ ーーーNational / Politics Abe urges U.N. states to wage blockade against North, time for dialogue is overJapan prime minister asks U.N. member states to act collectively against North Korea, which has ‘no intention’ of abandoning its nuclear program. 20 hours ago National / Politics Opposition lawmakers slam timing of Abe's snap poll plans as abuse of powerby Reiji YoshidaAbe’s plan to force a snap election by closing an extraordinary Diet session the same day it opens has opposition lawmakers crying foul. 7 hours ago World 50 signatories ink U.N. nuclear ban treaty opposed by major powersA historic treaty to ban nuclear weapons is signed by dozens of countries, but major powers say the pact is counterproductive and only serves to embolden ‘bad actors’. 11 hours ago National / Social Issues Reported child abuse in Japan exceeds 30,000 cases in the first halfCases of reported child abuse rise to a record high in the first six months of 2017 amid heightened public awareness. 9 hours ago Asia PacificIslamists lure youngsters in the Philippines with payments, promise of paradiseWhen he saw his commander holding the severed head of one of his neighbors, teenage Islamist fighter Jalil knew it was time to escape from Marawi. Churches and homes had been ransacked, people had been ... VR attractions to take center stage at Tokyo Game Show Business / TechVR attractions to take center stage at Tokyo Game ShowWith the debut of high-end virtual reality gaming systems for home use, 2016 was heralded as the dawn of the VR era. But while the technology basked in the spotlight, some questioned whether there ... NationalU.S. colleges still attract international students despite country's racial tensions: USC presidentby Alex MartinDespite the heightened state of racial tensions in the United States, interest in the nation's higher education system remains strong among international students, the president of the oldest private university in California said. Speaking to ... DigitalDangen Entertainment hopes to help overseas developers find their way in Japan's gaming worldby Jason CoskreyThe group that would soon be known as Dangen Entertainment sat around Ben Judd's house this past April, making plans and bouncing ideas off each other over pizza and drinks. Judd had an idea ... J-pop diva Namie Amuro plans to exit show biz next September after 25-year career Entertainment NewsJ-pop diva Namie Amuro plans to exit show biz next September after 25-year careerPopular singer Namie Amuro, who has a strong fan base in Asia, said Wednesday she will quit show business next September. "I, Namie Amuro, would like to take this opportunity to inform all of my ... World / PoliticsRussia issues warning to U.S. of special forces in Syria, ready to retaliate if provoked3 hours ago National / Science & HealthDiabetes continues to trend up in Japan with 10 million suspected adult cases4 hours ago BusinessTPP negotiators work to revise trade deal after U.S. withdrawalNational / PoliticsIshigaki mayor to propose official name change of disputed islands in OkinawaBusiness / Financial Markets | TSE DATA & REPORTNikkei renews two-year high on yen's drop after Fed decision6 hours ago
2017.09.22
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Mドングリさんが佐藤優の本を紹介している佐藤優著「日本にテロが起こる日」>冷戦とは、共産主義対資本主義というイデオロギーに基くブロック間の対立だからです。ーーーー佐藤優も所詮、ステロタイプな見方しか出来ない今や、二番煎じの本を書きまくる売文家私の考え方を書く● イデオロギーソ連は、特に末期のソ連の共産主義イデオロギーは形骸化していてソ連は、単なる独裁帝国主義国であったに過ぎない● ブロック1 少なくともウクライナの東部は、ロシアブロックと見なしてもいい2 イラン・トルコなどと組んでの一種の緩いブロック化という現実が進行している3 ロシアが旧ソ連件の東欧諸国を再び勢力下におこうという野心を抱いており、東欧各国が強い警戒心を抱いている例えば、バルト三国、ポーランドなどこれは将来のブロック再形成に発展する可能性と言える佐藤優本ともあればせめてこれぐらいは書かないと凡庸過ぎる私がゴーストライターとして代わりに書いてやろうか?印税は折半でいいから(笑)
2017.09.22
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そもそもブログとは その由来 ブログ (blog) は、狭義にはWorld Wide Web上のウェブページのURLとともに覚え書きや論評などを加えて記録(ログ)しているウェブサイトの一種である。「WebをLogする」という意味でウェブログ (weblog) と名付けられ、それが略されてブログ(Blog)と呼ばれるようになった[1]。その執筆者はブロガー (blogger)、個別記事はブログエントリーと呼ばれる。目次 [非表示] 1 概要2 分類3 ブログとRSS4 日本における普及5 アフィリエイト広告とFlog6 選挙活動7 中国語圏における普及8 ブログを公開するための主なソフトウェア/サービス 8.1 サーバソフトウェア8.2 ポータルブログ構築ASP8.3 サービスサイト8.4 ソフトウェア型8.5 ブログ検索エンジン9 ブログパーツ10 ブログを扱ったテレビ・ラジオ番組11 脚注12 関連項目13 外部リンク概要[編集]始まりは、自分が気になったニュースやサイトなどのURLを、寸評つきで紹介した英語のウェブサイトとされる。その後、Blogger、Movable Typeなどのブログ用のツールが出現し、本格的な拡大が始まった。イラク戦争の際にはバグダッド在住のイラク人女性リヴァーベンドが発するブログ『Baghdad Burning』(バグダッド炎上)が話題となり、その知名度を大きく引き上げる結果となった。現在、より頻繁に用いられている広義には作者の個人的な体験や日記、特定のトピックに関する必ずしもウェブに限定されない話題などのような、時系列で比較的頻繁に記録される情報についてのウェブサイト全般を含めて呼称したり、このようなウェブサイトの作成機能を提供するソフトウェアやサービスなどを指して呼ぶ場合もある。その他にもSNSや口コミサイトを総称してCGMと呼ぶこともある。ウェブサイトとしての体裁は、主として管理者が記事を投稿する私的ニュースサイト、あるいは公開日記である。特定の投稿方法に限定はされないが、ブログ向けのソフトウェアやウェブスペースがあり、それをダウンロードやレンタルして使えば、HTMLを知らなくても、自身のブログとしてウェブブラウザから手軽に情報の発信・更新ができる。レンタルのものには、パソコン以外に携帯電話などモバイル通信端末のインターネット機能を用い、外出先などからの手軽な更新が可能な仕様のものも多い。それぞれの項目にはタイトルの付与が可能で、時間軸やカテゴリで投稿を整理、分類する構造となっている。用途は幅広く、個人の日記的なものから、手軽な意見表明の場として、時事問題などについて論説するものがある。また、企業やクリエイター集団が、対外的な活動日誌などという位置づけで、自社公式サイト内で公開している事も多い。自身のブログでの発言や投稿した写真が、世間に対し影響を及ぼすブロガーのことを、近年では『インフルエンサー』と呼ぶ。分類[編集]ミニブログ、マイクロブログ、つぶやきブログ短文の投稿が中心詳細は「ミニブログ」を参照モブログ (moblog)主に携帯電話などのモバイル通信端末を使用しメールを送信して更新するフォトログ (photolog, fotolog)写真画像を主体として更新されるブイログ(ないしヴログもしくはビデオログとも)(Vlog)ビデオコンテンツの配信を主体とするエログ (elog, erog)アダルトコンテンツを扱うノベログ (novelog)、ブログ小説自作の小説を話数ごとに分けて更新するものブログメディアおもに法人が、ビジネス目的に複数人で組織として運営するもの。「双方向性」という特性を利用しつつ、専門性に特化した内容を発信する。ブログのように時系列を逆順に記事が並ぶサイトを指し、雑誌メディアをも置換しうる新メディアとも捉えられている。ブログとRSS[編集]多くのブログシステム(サービス)はRSSフィードやAtom(以降、特に断りがなければRSSとはこれら2つを指す)を使って更新を自動通知したり、トラックバック機能を使用して、他のブログからの引用やリンクを自動で行えるなどの充実した編集機能が備わっている。RSSによるXMLを使った定型での情報配信は、それぞれのブログから配信されるRSSを自動巡回サービスで取りまとめて、更新があったときにユーザに通知するサービスを生み出した。また、データ配信の形が定まっているため、ニュース配信も容易で、大手のマスコミがニュースをRSSで配信し始めるようになった。日本における普及[編集]日本ではブログよりも先に、「2ちゃんねる」や、「スラッシュドット日本語版」などといったウェブサイトがコミュニケーションの目的で浸透していたほか、Web日記、個人ニュースサイトといったウェブサイト、さらにそれらに付随するコミュニティも存在したことから、当初は日本での普及には懐疑的な見方もあった。しかしながら、実際にはサービスツールの日本語化などによって2002年(平成14年)頃から急速に普及し、2006年(平成18年)3月末の時点においては日本国内での利用者数が2,539万人に達していることが総務省から発表された[2]。また、2005年(平成17年)から翌年にかけての利用者数の増加が特に顕著であり、この間に2倍以上に増加したことによって2,000万人を超えたという調査報道もなされた[3]。日本におけるブログは、各ブログの投稿数が多いことを特徴としており、その結果として、2006年(平成18年)の第4四半期には全世界のブログ投稿の約37%を日本語によるものが占め、英語や中国語を上回る第1位となっていた[4]。また、日本独自のブログ形態として、携帯電話からの写真付投稿等に対応したブログ、「モブログ[5]」がある。日本で市民権を得たブログは、個人のほか、人気タレントや政治家、その他著名人などによっても作成されるようになり、角界においてもブログ開設が盛んである。アフィリエイト広告とFlog[編集]最近では、アフィリエイト広告などを貼り収入を得ているブログ利用者も多く増えてきている。最近では企業も宣伝目的に利用するケースも増えており、利用者に対し企業が商品を提供し宣伝を書いてもらう広告なども存在している。アメリカでは、企業が個人になりすまして商品の宣伝広告を記事にする一種の偽ブログを製作していた事(ステルスマーケティング)が判明し、2006年12月、やらせサイトやブログに関して規制する法案が連邦取引委員会に提出されるまでの騒ぎとなった。現状州法での規制がなされている。日本では、NHKがニュース番組でこのことに触れ、企業が商品を提供し宣伝を書くことがあると伝えたところ、2ちゃんねるでは「企業がサクラを雇っている」と取られてしまい、NHKが取材したブログが炎上する結果となってしまった。ウィキペディア英語版によると、英語圏では「やらせブログ」のことをFlog (Fake blog, Flipped blog) と表現するという。選挙活動[編集]2004年のアメリカ大統領選挙ではハワード・ディーンを始めとする民主党陣営が積極的にブログを活用した。日本では2005年に行われた第44回衆議院議員総選挙において、有効活用の動き(ネット選挙)があったものの、ブログを含めたウェブページは「(新たな)文書図画の頒布による選挙運動」と見なされ、公職選挙法によって候補者のウェブサイトは選挙告示以降の更新が停止されるという問題があり、あまり活用はされなかった。この点については2007年現在、解禁されるべきかどうか議論が行われており、また現行法の枠内でも投票を呼びかけなければ(つまり選挙に関係ない一般的な話題であれば)更新してもよいのではという意見もある。中国語圏における普及[編集]中国語では「博客」または「網誌」などと訳され、中国においては、一般サイトと同様ネット検閲されており、中国政府の厳しい統制下に置かれている(詳細は中国のネット検閲を参照)が、インターネットの普及とともに増え始めた利用者数は2007年には1億人を越すものとみられている。中国の主なブログサービスサイト搜狐博客新浪博客(中国語版)[1]东洋俱乐部天涯博客网易博客腾讯博客(中国語版)[2]博客网(中国語版)[3]东方财富博客一方、中華民国(台湾)ではその発音を転写して部落格と呼ばれている。台湾でも流行しており、特に若年層は利用は多い。ブログサービスサイトも数多く、元祖といえる無名小站は一時650万人を超える多数の利用者を獲得したが、2009年頃からFacebookやTwitterなど新規のSNSにユーザーが流出し、2013年12月でサービスを停止した[6]。台湾の主なブログサービスサイト無名小站[4] - 2013年12月26日でサービス終了。PIXNET(中国語版)[5]ヤフーブログ[6]ブログを公開するための主なソフトウェア/サービス[編集]サーバソフトウェア[編集]自分でサーバ上に設置するもの。低いレイヤ(OSの管理者特権を持っていればそのチューニングまで可能)でのカスタマイズができる。使用されている言語はPerlやPHP、Java Servletなど多岐にわたる。しょぼしょぼ日記システム - Perlの日本製ツール。tDiary同様「Web日記」であるハイパー日記システム - 「Web日記」のルーツとも言える古くからあるツール。日本製Apache Roller - サン・マイクロシステムズのデーヴ・ジョンソンらが開発している、オープンソースのJava製ツール。データベースにはMySQLを主に使うが、PostgreSQLなどもサポートされている。Apache公式プロダクトのひとつである。b2 - WordPress、b2evolutionなどの元になった。b2evolution - PHP + MySQL。複数人で記述できる。Blogn(ぶろぐん)BlognPlus(ぶろぐん+)blojsom - blosxomから派生したオープンソースのJava製ツール。blosxom - オープンソースのPerl製ツール。Drupal - PHPで書かれたオープンソースのWebアプリケーションフレームワークIBM Lotus Connections - ソーシャル・ソフトウェアとして提供され、ブログ機能もその中のひとつ。LifeTypeMicrosoft SharePoint - Microsoft Office SharePoint Server 2007よりブログサイト構築機能を実装。製品の性質上、企業内ブログとして運用されることが多い。Movable Type - シックス・アパート社が開発。Perl/PHP + 各種DB製。今ではWordPressにトップの座を奪われているものの主に日本で普及している。Nooto (Ruby on Rails)Nucleus CMS - オープンソースPyBlosxom - Pythonで書かれたblosxom派生ブログ。Serene Bach - 日本製ツール。TattertoolstDiary - Rubyの日本製ツール。厳密には「Web日記」としている。WebFrog Blog - PHPで書かれたツール。DB不要。インストールが簡単なのが特徴。WordPress - 世界で最も普及しているオープンソースのPHP + MySQL製ツール。再構築の手間がかからない点が利点。Web Diary Professional - Web Libertyにて開発されたCGIツール。すべてのセットアップをブラウザ上で行うことができるため、人気が高い。また、スキンを編集すれば様々な表示ができる。言語はPerl。whblog - Perlの日本製ツール。データベースにはSQLiteを使う。Textpatternhabariポータルブログ構築ASP[編集]ブログのポータルサイトを構築するASPパッケージ。単一のブログではなく、複数のブログを設置し、参加者を募るサイトを運営できる。一般的なLAMP環境で開発されている例が多い。PowerBlog - CATWALK社が販売するブログエンジン。希望に合わせた細かいカスタマイズ(有料)が可能。@Blog(アットブログ) - ライトアップ社が販売する納入方のブログエンジン。近くASP版の提供も予定している。CORESIS - かっぺ社製ブログポータルASP。ブログマーケティング活用や希望にあわせたオーダーメイド開発も可能。サービスサイト[編集]Webサービス型。特にサーバソフトの設置をする必要はない。カスタマイズはサービスとして提供されているものに限られる。日本国外のものBloggerLiveJournalTumblrWordPress.com(英語版) (WordPress) を参照。日本のものウィキペディアに記事があるものアメーバブログ(サイバーエージェント)イビジェカフェウェブリブログ(NECビッグローブ)エキサイトブログ(エキサイト)エリアブログココログ(ニフティ)ダイエット☆マメグラフはてなダイアリー(はてな)はてなブログ(同上)楽天ブログ(楽天)忍者ブログFC2ブログgooブログJUGEMlivedoor BlogSeesaaブログSo-net blogYahoo!ブログ (Yahoo! JAPAN)yaplog!TypePadBitLogスタ☆ブロ(終了、オリコン、芸能人のみ)マグネット(終了、NTTデータ・サンリオ)CURURU(終了、NHN Japan)daletto blog(終了、カプコン・ドワンゴ)maglog(終了)Windows Live Spaces(終了、マイクロソフト)au one ブログ(終了、au one・KDDI)ラフブロ(終了)企業項目などが存在するものCROOZブログ [7](クルーズ)ロリポブログ(ロリポップ!、GMOペパボ)Autopage(teacup、GMOメディア)pixivブログ (pixiv)ブログ人(OCN、NTTコミュニケーションズ、終了)いずれもないものエムブロ! [8]すくすくブログ [9]ソフトウェア型[編集]iWebThingamablogWordPressブログ検索エンジン[編集]ブログ検索に特化した検索エンジン。RSSないしトラックバックPING収集型が多い。gooブログ検索(「gooブログ」サービスに限らない)皆声.jpRitiWebブログ検索各ブログサービスが行うもの終了Googleブログ検索テクノラティSHOOTIなど。
2017.09.19
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We were wrong — worst effects of climate change can be avoided, say expertsScientists admit that world is warming more slowly than predictedBen Webster, Environment EditorSeptember 19 2017, 12:01am, The TimesThe new assessment is good news for small island states, such as Tuvalu, which could be inundated by rising seas if the average temperature rose by more than 1.5CThe new assessment is good news for small island states, such as Tuvalu, which could be inundated by rising seas if the average temperature rose by more than 1.5CAFP/Getty ImagesThe worst impacts of climate change can still be avoided, senior scientists have said after revising their previous predictions.The world has warmed more slowly than had been forecast by computer models, which were “on the hot side” and overstated the impact of emissions, a new study has found. Its projections suggest that the world has a better chance than previously claimed of meeting the goal set by the Paris agreement on climate change to limit warming to 1.5C above pre-industrial levels.The study, published in the journal Nature Geoscience, makes clear that rapid reductions in emissions will still be required but suggests that the world has more time to make the changes.Michael Grubb, professor of international energy and climate change at University College London and one of the study’s authors, admitted that his past prediction had been wrong.He stated during the climate summit in Paris in December 2015: “All the evidence from the past 15 years leads me to conclude that actually delivering 1.5C is simply incompatible with democracy.”Professor Grubb told The Times yesterday: “When the facts change, I change my mind, as [John Maynard] Keynes said. It’s still likely to be very difficult to achieve these kind of changes quickly enough but we are in a better place than I thought.”The latest study found that a group of computer models used by the Intergovernmental Panel on Climate Change had predicted a more rapid temperature increase than had taken place. Global average temperature has risen by about 0.9C since pre-industrial times but there was a slowdown in the rate of warming for 15 years before 2014.Myles Allen, professor of geosystem science at the University of Oxford and another author, said: “We haven’t seen that rapid acceleration in warming after 2000 that we see in the models. We haven’t seen that in the observations.”He added that the group of about a dozen computer models, produced by government institutes and universities around the world, had been assembled a decade ago “so it’s not that surprising that it’s starting to divert a little bit from observations”. Too many of the models used “were on the hot side”, meaning they forecast too much warming.According to the models, keeping the average temperature increase below 1.5C would mean that the world could emit only about 70 billion tonnes of carbon after 2015. At the present rate of emissions, this “carbon budget” would be used up in three to five years. Under the new assessment, the world can emit another 240 billion tonnes and still have a reasonable chance of keeping the temperature increase below 1.5C.“That’s about 20 years of emissions before temperatures are likely to cross 1.5C,” Professor Allen said. “It’s the difference between being not doable and being just doable.”Professor Grubb said that the fresh assessment was good news for island states in the Pacific, such as the Marshall Islands and Tuvalu, which could be inundated by rising seas if the average temperature rose by more than 1.5C.Other factors pointed to more optimism on climate change, including China reducing its growth in emissions much faster than predicted and the cost of offshore windfarms falling steeply in Britain.Professor Grubb called on governments to commit themselves to steeper cuts in emissions than they had pledged under the Paris agreement to keep warming below 1.5C. He added: “We’re in the midst of an energy revolution and it’s happening faster than we thought, which makes it much more credible for governments to tighten the offer they put on the table at Paris.”The Met Office acknowledged yesterday a 15-year slowdown in the rise in average temperature but said that this pause had ended in 2014, the first of three record warm years. The slowing had been caused by the Pacific Decadal Oscillation, a pattern of warm and cool phases in Pacific sea-surface temperature, it said.AnalysisWhen 194 nations met in Paris in 2015 and agreed to try to limit the increase in global average temperature to 1.5C, many scientists dismissed the goal as unattainable (Ben Webster writes).They said it would be politically and economically impossible to cut emissions fast enough and that the world would have to prepare for worse droughts and heatwaves and islands disappearing beneath rising seas.Now it turns out the scientists were being too pessimistic and had been led astray by computer models.Other factors have also contributed to the new, more optimistic assessment, including the cost of renewable energy and China’s emissions growth both falling faster than almost anyone had predicted.Computer models remain the best way to work out how quickly we need to cut emissions to avoid climate change, but scientists could be nimbler at revising them when actual readings diverge from predictions.
2017.09.19
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ーーー 健康情報 ーーーコーヒーを多く飲む人 欧州でも死亡リスク低下を確認https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170919-00000008-nikkeisty-hlth
2017.09.19
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● 解散の大義解散には大義が無い、と朝日・毎日、それに今や、毎朝以上の極左になった東京新聞等が大合唱しているが森友・家計問題でもめたし北朝鮮の脅威は本もにになってきているしこの辺で、仕切り直しという意味合いも込めて解散で民意を問うそのどこがおかしいか?選挙結果が、すなわち、大義では無いのか?● 豊田議員本人が涙ながらに謝罪しているのドブに落ちた犬を叩くがごとく安全な場所からトヨタたたきをする人間が多いが私は、豊田議員が特別責められるべきとも思わないハゲはハゲなんだし(笑)それに、あのうすのろ秘書高速を間違えて逆走したそうでそれで豊田議員が逆上したというあの言葉の中にも「間違えてうんぬん」と言う部分もあった高速を逆走って生命の危険、じゃないか?議員が秘書を罵倒そんなのどうでもよろしい!白い猫でも黒い猫でも、ネズミを捕るのが良い猫だ豊田議員は、学歴エリートでポテンシャルがあるのだからこれをきっかけに、開き直って、活躍して欲しいこれぐらいで泣いて謝罪だなんてあのトランプを見習え!(笑)攻撃非難をむしろエネルギーにして頑張っているあいつには、頑張って欲しくは無いのだが(笑)● 広島優勝 掛布解任不愉快な事が重なる(笑)広島は、あと、四・五年は、大丈夫だな選手が若いし、層が厚いハードトレーニングを旨とする金本が掛布の自主路線に不満で解任を首脳部に迫ったらしい原因は、果たしてそれだけなのかな?金本の組閣は、ハッキリ言えば在日で固めている在日コネクションであるただでさえ在日が多い阪神だが金本阪神のコーチ陣は、ほとんど在日実力・指導力よりも、金本のやりやすい、結束しやすい人材を集めている投手コーチに、同期の下柳などが入るかと思ったが結果は、元巨人の香田どういう人脈だ?(笑)私が下柳が好きだから、八つ当たりかもしれないが日本人じゃダメなのか?(笑)私は現役時代の桧山選手のファンだったが彼も在日三世帰化はしないとキッパリ断言しているだが、私はファンであり続けた別に在日だからファンにならないなんて事は無いただ、在日ならではの組閣、というのはちょっと違うと思う桧山選手が、あるインタビューで語っていたが日本のプロ野球の大物選手のほとんどは、実は在日であると言うまあ、そうだろうな今の阪神の選手達も金田・張本から始まって、長島?数え切れない王は台湾人だがトップ選手のほとんどは、実は在日であるいけないとは言わないが、日本人としてはもっと日本人に頑張って欲しいところである阪神タイガーズは半島タイガースなのだ(笑)阪神の選手の中でも私は、純粋日本人(らしい)選手を応援してしまうこれ、差別かな?(笑)でも、感情の部分は、コントロールできないよあ、中谷が、20号ホームランを達成した来季は、35本ぐらい、頼むよ!しかし、噂では、阪神は、日ハム中田のタメに用意した20億円でゲレーロの獲得を狙うというもしそうなれば、来季の阪神の外野は● 糸井● 福留は、確定枠として残りの1枠を● 中谷● 俊介● 高山その他・・・等で争うことになるこれは、厳しい生存競争だ中谷、がんばれよ!まず、その、のんきな顔つきから直せ!(笑)
2017.09.19
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ベトナム戦争に派兵された韓国兵士の女性暴行 「韓国政府に謝罪要求」英国で団体設立、混血児問題で像制作 産経新聞 【歴史戦】ベトナム戦争に派兵された韓国兵士の女性暴行「韓国政府に謝罪要求」英国で団体設立、混血児問題で像制作: 団体設立イベントで披露された「ライダイハン像」(岡部伸撮影)© 産経新聞 提供 団体設立イベントで披露された「ライダイハン像」(岡部伸撮影) 【ロンドン=岡部伸】ベトナム戦争に派兵された韓国軍兵士がベトナム女性を性的暴行するなどして「ライダイハン」と呼ばれる混血児が生まれた問題で「暴行の犠牲者になった人たちを救おう」と、英国の民間団体「ライダイハンのための正義」が12日、正式に設立された。 団体の設立を呼びかけたのは、英国の市民活動家、ピーター・キャロル氏。同氏は「ベトナムで韓国軍兵士の性的暴行に遭った女性たちが苛酷な人生を送っていることを多くの人たちに知ってほしい」と訴えた。 ロンドン市内で開かれた設立イベントにはブレア、ブラウン両政権下で司法相や外相などを務めた労働党の重鎮、ジャック・ストロー氏も参加。同氏は基調講演の中で、「ベトナムで韓国兵が行った性的暴行は重大な人権問題だ。被害女性が求めているのは賠償ではなく謝罪。韓国政府は女性たちに謝罪すべきだ。人権重視の英国から被害実態を調査することを国際社会に求めたい」と述べた。 一方、同団体のメンバーで英国人フリージャーナリスト、シャロン・ヘンドリーさんは、ライダイハンを育てたというベトナム女性7人から被害実態を聞いた。韓国兵は多くのベトナム女性に性的暴行を加えたり、慰安婦として強制的に慰安所で働かせていたりしたと指摘した。 その上で、ヘンドリーさんは「人間として恥ずべき行為がベトナムで行われた。国際社会が被害女性と子供たちを救うため立ち上がるべきだ」と話した。事実関係究明のため、英国議会に調査委員会設置を求める考えも表明した。 同団体のメンバーで、設立イベントに参加した英国人彫刻家、レベッカ・ホーキンスさんは被害女性とその子供たちのために制作した約40センチの「ライダイハン像」を披露。同団体では等身大のライダイハン像を制作し、在ベトナム韓国大使館前などに設置し世論喚起することを検討している。 同団体によると、韓国の朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領はのべ約30万人以上の韓国兵をベトナムに派兵。韓国兵は13、14歳の少女を含むベトナム女性数千人に対し性的暴行を行い、その結果生まれたライダイハンは5千〜3万人いるとされるが正確な人数は明らかでない。 ライダイハンの父親は、韓国兵のほか韓国の建設会社などから派遣された民間人や軍属の韓国人男性らだ。1973年に結ばれたパリ和平協定による韓国軍撤退などで韓国人男性らは帰国し、ライダイハンは置き去りにされた。 75年にベトナム戦争が終結した後、南ベトナム政府の崩壊により、共産党政権下でライダイハンは「敵国の子」として迫害され、差別されてきたという。 ーーー 私の意見 ーーー私は、以前から、このブログで、このライダイハン問題を書いてきたが日本では、この問題は、一部のジャーナリスムで、語られるのみで極めて不満である私自身は、かのベトナム戦争当時南ベトナム政府の首都であるサイゴン(現在はホーチミンと改名)に商社の駐在員として滞在したが当時のベトナム人達からすでに『米国兵士はまだしも、韓国兵は、恐ろしく残酷凶暴である」と言う話を聞かされていた私の知り合いのベトナム人歌手も、韓国の新聞記者と同棲子供を一人、もうけていたが、北による統一の際その女性歌手とその子供の運命はどうなったのだろう?ーーーー言うまでも無く韓国人という国民は、我々の常識では考えられない言動をする自分たちは、● 本国釜山に国連軍兵士向けの慰安所を設置(その慰安所背働いていた韓国人の元慰安婦が韓国政府に賠償を求めているがその決着がついたという話は寡聞にして聞かない)● ベトナム戦争当時、サイゴンに慰安所を設置ベトナム女性を慰安婦として、主に韓国兵が利用していたつまり慰安婦に関しては韓国も堂々の実績を誇っているのである(笑)それに加え釜山で働いた元慰安婦が、韓国政府に金を要求している韓国人が、その問題を知らないはずが無いそれなのに恥を知らない韓国人達はあたかも自分たちだけが被害者だと言うがごとく日本を執拗に攻撃してくる ーーー ◇ ーーーただ、その彼らが主張する慰安婦は日本軍兵士に拉致されて慰安所に放り込まれたと言う主張を裏付ける証拠は彼らの必死の作業にもかかわらず出て来ていない済州島で『強制拉致」があったと例の吉田証言を大々的に売り込んだ売国朝日新聞だがその後の第三者的調査では済州島で、そういう事実は全くなかったと判明済州島のジャーナリズムも、そのことには同意見であった ーーー ◇ ーーー拉致されて強制的に慰安婦にさせられたと言う前提が崩れれば具体的な証拠が出てこなければ慰安婦達は、ただの、日本軍兵士相手の売春婦である給料も、当時の日本軍兵士の月給の平均である一円の、何十倍も収入があったと言われる ーーー ◇ ーーーいずれにしても、今回のライダイハン問題の追及はベトナム側がやらなければならなかったことだがなぜか?英国の団体が取り上げることになったこれは、日本も、慰安婦問題に対抗してやってもいいことだと私は、思うのだが韓国人が驚異的に執拗で身勝手な国民である一方日本人は、総じて、腰抜け国民である事も事実だと思う ーーー ◇ ーーー>同団体では等身大のライダイハン像を制作し、在ベトナム韓国大使館前などに設置し世論喚起することを検討している。在日韓国大使館前にも設置して欲しいものであるそれに、日本で募金を募ってライダイハン像をバンバン制作して世界中に設置してはどうか?(笑)
2017.09.19
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正直言って、この記事は、あまり読む価値が無いだろう、と思っていたしかし、読んでみたら、この記事の内容に納得したこの記事における意外な発見は(言われてみれば、その通りなのだが)日本で外食すると海外での外食とは違って● コストが安く● バラえっティーに富んだそういう外食が可能な、希有な国である、と言うことであるこのことは● 海外生活が非常に長く● 独身生活が長く、従って外食の経験豊富(笑)である私が、保証する従って、日本の外食者は、非常に恵まれているのであるしかしだからといって、外食オンリーでいいのか?その点は、以下の記事を読んで欲しい極めて納得のアドバイスが最後に提示されている ーーー 記事 ーーー外食と自炊はどちらがコスパに優れているか?に決着をつける2017年09月18日 06:00こんにちは!肥後庵の黒坂です。何気なく「外食 自炊」というキーワードで検索するとその中に「コスパ」という検索候補キーワードが出てきました。この検索候補が出てくるということは「外食と、自炊はどちらが安く済むか?コスパがいいか?」を調べようとしている検索ユーザーがかなりの数いることを表しています。実はこれ、日本以外の先進国では出てこないガラパゴス思考だということをご存知でしょうか?今回は「外食と自炊はどちらがコスパに優れているか?」と多くの人が持っている疑問に対する答えを出したいと思います!コスパの定義は「経済性・味・栄養・継続・満腹感」で考えるさて、この議論を始めるにあたり、まずは「食事におけるコスパ」という言葉の定義を考えましょう。「コスパがいい食事」ってなんでしょうか?「いかに安い金額でお腹が膨れるか」でしょうか?いえいえ、これは明らかに違いますよね。このように定義するとお米だけひたすら食べ続けることが最もコスパがいいということになってしまいますが、お米だけを食べるのでは十分な栄養を得ることができないので健康を維持できません。私が考えるコスパのいい食事とは、次のように複数の条件を満たすものです。● 健康を維持できる。● 味がおいしい。● お腹が膨れる。● 経済的に優れている。これらのポイントを満たす食事を「コスパがいい食事」と考えることにしましょう。「外食オンリー=コスパのいい食事」は無理上記のポイントを満たすコスパのいい食事について、結論から先にいうと外食オンリーでは「理論上可能ですが、現実的に難しい」と私は考えます。この話をすると「都会に住んでいるならお店はたくさんあるし楽勝じゃない?」「いやいやこれ読んでいる自分は外食のみだけど?」といった声が聞こえてきそうですね。まず外食では「安く、味がおいしい食事」は結構簡単です。でも「安くて健康的に」という条件はダウト!例えば外食でワンコインランチのお店で野菜炒めを注文すると、食材は大抵海外産で、使用されている野菜の量もそれほど多くはありません。さらに外食は味付けが濃いものが多く、使用されている油も健康的なごま油などではお店側に採算が取れなくなってしまうので、安価なサラダ油やラードが使用されている事が多いでしょう。健康的なお店もありますが、そうしたお店は割高となるために自炊に比べてコスパがいいとはいえず「自炊以上に安くて健康的な外食」は難しいと私は思いますね!日本はおいしい外食を安くできる国このように「毎日の食事を外食だけで健康的かつ安い価格に押さえる」という外食をすることは難しいのですが、「おいしくて値段の安い外食」はとても簡単です。特に日本は海外に比べておいしい外食を安くできる国なんですよね。私はアメリカに住んでいた時期があったのですが、基本的にほぼ自炊でした。なぜかという外食でおいしいレストランは日本ほど安くはなく、「おいしい!」と心から思えるお店は最低でも3,000円くらいするからです。ファーストフードは安いですが、毎日食べていたらあっという間に健康を害してしまいますし、おいしいと思わないので選択肢に入りません。アメリカで生活をしていた時は「自炊とどちらがコスパに優れているか?」なんて比較する余地もありませんでした。アメリカでは健康的な食事をしたければ「自炊」しか選択肢がないのです。ヨーロッパも概して外食が高い国が多く、フランスのパリなどはアメリカ以上の金額ですね。ランチでも3,000円は出さないとおいいしお店は見つけられません。こういう事情もあって、パリに住んでいる知り合いによるとパリジャンはめったに外食をしないといっていましたね。誕生日とか、何かの記念日とか1年に数回レストランへ行くくらいだということです。華やかなイメージのあるパリの生活ですが、実態は日本ほど気軽に外食が出来ないために意外と質素だということです。じゃあ日本はどうでしょうか?先程いった通り、毎日食べて健康面をしっかりカバーする外食となると話は別ですが、「おいしくて値段の安い外食」は簡単に見つけることができます。東京だと、ランチは1,000円出せるなら美味しい中華料理の店もあります。本格イタリアンのランチで2,000円以下のお店なんて山ほどあります。これほどまでに外食が安い先進国は日本を除いて他にはないと思うんですよね。自炊と外食のいいとこ取りをする自炊に比べて、安く健康的な外食は難しいのですが、外食には「自分で作る手間がいらない」という自炊にはないとてつもないメリットがあります。例えばラーメンを考えてみてください。あれを自宅で作ろうと思ったら大変じゃないですか?グツグツと長時間煮込んでだしをとって、麺をこねて…なんてする手間を考えたらラーメン屋へいって800円も出せばおいしいものが出てくるのですから、こんなにありがたいことはないと思うわけです。食べたい時にふらりと立ち寄れば準備や調理をしなくてもサッとおいしい食事が出てくる、これこそが外食の最大のメリットです。それに対して、自炊は手間がかかりますがその最大のメリットはズバリ、安くて健康的な食事です。買ってきた野菜を水で洗って包丁で切れば健康的な生野菜が出来ますし、鍋でグツグツ煮込んでうどんでも入れればあっという間に健康鍋の完成です。薄味にすれば健康的ですし、油で炒めるにしてもオリーブオイルやごま油を使えば健康的な野菜炒めが作れます。外食は手間や時間から解放してくれ、自炊は健康で安全な食材を安価で得られる手段です。ですので自炊か?外食か?という考えではなく、「自炊と外食のいいとこ取りをしましょう」という提案をしたいですね!という発想で、豊かな食生活をエンジョイするようにしましょう!! ーーー 私の意見 ーーーこういう風にスマートに結論が出ているようだが果たして、それだけだろうか?私は、● 独身生活が長く● 海外生活も長く外食と自炊のメリット・ディメリットを論じるにはかなりの資格がある人間だと思うその上で言わせていただくが(笑)[外食は簡単だ]という前提でこの記事は書かれているが経験豊富な私から言わせれば実はそうでも無いのだまず● 外出して、それなりのレストランに入るからにはある程度の服装をしていかなければならない● 次に、自宅またはアパートから、レストランまでの道程は(笑)必ずしも短いとも限らない車であれば別かもしれないが外国では列車の便が悪く、なかなか、簡単にはたどり着けない場合が多い● 外食と言っても、バラエティーのある食事を望んでも簡単に望みの料理・メニューがあるレストランは、あるようで無いいや、無い(笑)もし、そういう望み通りのレストランがあってもかなりの遠出をしなければならないかもしれないこれが、実は、非常に面倒なのである● バラエティーという面では、外食では、限度がある下手でも、自炊の方が、自分好みのマイナーなメニューを自炊出来る家庭の味、お袋の味、などであるとか地方の味とかそういうケースが多い● それに、外食は、所詮、他人が作ったもの外食の味である味も望みの通りでも無いし、濃いし、決まり切ったメニューにそのうちに飽きてくるーーーー● それに比べて自炊はのんびりと、自宅で、チンタラ、テレビでも見ながら作っていればいいのだ何も、立派な服装に着替える面倒も無い寒い、または、熱い、外に出る必要も無い下着姿で・・・、何ならフルチンで(これはいけない!)と言っても、いけないという人が居ない(笑)● 味も、濃くも薄くも調節できる調味料もバンバン使える● たまには、一点豪華主義で、ある程度高価な食材で典型的な男の料理とか、本場のカレーとか満足の行く料理を作れる私は、外国で、牛の舌を買ってきて、塩味で煮て・・おいしかった日本でも紀伊國屋で買ってやってみたが豚の腸を煮込んだ料理も作ったが、これも絶品そのほか、いろいろな料理をやってみたこれも自炊ならでは● 料理も、そのうちに、それなりに上達する外食では望むべくもないモノも作れることもある● 必要に応じて、お惣菜や、気の利いた食材を買っておけば自炊と言っても、簡単な作業・工程で済む場合が多い自炊と言っても、何も、グラスルーツで、何から何まで、自分で調理する必要も無いのである買った食材とのミックスでもいいのであるその方が、外食より、ずっとバラエティーが増す● まあ、何よりも安い!一緒に飲む酒も、何も手を加えていないただの酒なのに外食ではどうしても原価の二倍ぐらいぼったくられるが自分で買ってくれば、確実に、原価レベルのコストである気兼ねなく思い切り飲める● それに、アパートなどであれば隣人と鍋などをやれば、楽しいし、コストは安くなるし● まあ、一番いいのは、彼女に出張願って料理してもらうことだろう裸エプロンだと味はどうでもいいかも今夜はこれくらいにしといたるわ
2017.09.18
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封印を解かれた「キリストの墓」の新事実イエスはどこに眠るか――キリスト教最大の謎に科学が迫る(national geographoc)http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/110200415/
2017.09.18
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今日は敬老の日であるらしいが人口推計によると● 100歳以上が、史上最多の6万7824人● その88%が女性だと!● 90歳以上が200万人● 65歳以上が、これまた史上最多の3514万人!● 男女とも、世界最高齢者は、日本人になりそうだとのことこんな長寿国になると社会福祉費が膨張してパンクするのも必然私以外の高齢者は、これ以上の長生きを遠慮して欲しい(コレコレ)ーーーーそれにつけてもこの頃、少々気にかかることなのだがネット社会では● 長幼の序● 年上の人への敬意なんてものは、全く感じられないそれに文句をつけようというのでも無いがそれに、相手の年齢もわからない状況が多いとは思うが少しは、そういうものがあってもいいのでは無いか?とも思うのだがまあ、これは、実社会においてもそういう現象が強まっては居るがネットで、私が浴びる罵声の典型的なものの一つは『ジジイ!』というものであるがこの言葉の前提として自分が若者であって若いことはいいことだと信じ切っているらしい、事があると思う今、現在、彼らが若いことは事実ではあるが若いからすべてにおいて、いい、等、あるはずが無い一般論ではあるが少なくとも、経験が浅いから、人生の知恵において老人に劣るそれに、姿が見えないネット上ということもあるだろうがなんともマナーが悪く、痴的な奴が多いこれは、ネット上だからであって実社会では、若者はマナーが良くて頭がいいと言う意見もあるかもしれないが姿が見えないネットであるからこそ真の姿が見えるのでは無いか?どうでもいいことを根拠を示さず書いたが「私は、若者が嫌いである」と言い切ってみると、気持ちがいい何事も、悪口は楽しいものである(笑)今日は敬老の日にちなんで小言幸兵衛になってみた
2017.09.18
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まだこの記事の内容はよく読んでいないのだが高齢者の一人として気にかかる記事なので朝日の記事ではあるが(笑)ここにコピペしておく後で、よく読んでおこう高齢者に迫る「大負担増時代」 じわり拡大、全体見えず朝日新聞デジタル>編集委員・清川卓史2017年9月18日05時00分 65歳以上の高齢者人口が推計で3500万人を超えた。医療や介護といった社会保障制度は見直しを迫られ、支払い能力に応じて高齢者にも負担を求める流れが続く。さまざまな負担が積み重なる「大負担増時代」を迎え、高齢者の家計はどんな影響を受けるのか。丁寧な検証が欠かせない。(編集委員・清川卓史) 高齢者の負担増は、医療や介護で今年度から来年度にかけて段階的に進んでいく。今回の制度見直しがほぼ実施される来年8月時点の負担は、今年3月時点と比べてどうなるのか。 東京都内で一人暮らし、年金収入が年211万円ある78歳の男性。こんなモデルを想定してみる。 持病があって通院を繰り返し、さらに急病で入院。医療費が月60万円かかったとする。自己負担割合は1割だが、「高額療養費」の制度で負担する月額の上限は決まっている。この男性の所得と年齢では、今年8月に4万4400円から5万7600円に上がった。 75歳以上が対象の後期高齢者医療制度の保険料も中程度の所得層で段階的に上がっている。この男性の所得なら月2千円以上の値上げに。医療費と合わせ、負担月額は計1万5千円以上増える計算だ。 医療だけでなく、介護の負担も増す。 次に、年金収入が年290万円で82歳の夫と年80万円で80歳の妻の夫婦世帯のモデルを想定する。 夫は訪問介護や通所介護などのサービスを月25万円分利用。自己負担割合は2割だが、「高額介護サービス費」で月額に上限がある。この上限も今年8月に見直され、この夫の所得なら3万7200円から4万4400円に上昇した。 妻はこの月、体調を崩して複数の病院に通い、20万円の医療費がかかった。自己負担の月額上限は1万2千円から段階的に1万8千円になる。夫婦では、合計約1万3千円の負担増だ。 これらは社会保険労務士の井戸美枝さんの協力を得て試算した結果だ。いずれのモデルも中程度以上の所得層。医療や介護の負担が長期間にわたり重くなった場合、さらに軽減する仕組みもある。それでも月1万円余りの負担増は軽視できない。 井戸さんは「制度の見直しがトータルで家計に与える影響は、専門家でもとらえにくい。特に年金から天引きされる社会保険料は上がり続け、手取りの生活費が減る。将来の負担増が見えず、不安が広がってしまう」と指摘する。 負担感は社会保障以外にも広がる。消費税率は引き上げの途上だ。水道料金は上昇が続き、人口減などの影響で今後30年間で約6割の値上げが必要という日本政策投資銀行の試算もある。一方、年金は長期的に目減りしていく。 負担増がじわりと広がり、高齢者の家計に低温やけどのような深刻な打撃を与える恐れがある。■負担増、中間層にも 負担増が押し寄せるのは、医療費や介護費が膨張し、今の税収や保険料で財源を賄いきれなくなっていることが背景にある。 1人あたりの医療や介護の費用が多くなる75歳以上は急増。2025年には「団塊の世代」がすべて含まれ、全人口の18%を占めることに。社会保障の給付費は25年度で150兆円に迫る見込みで、12年度と比べて介護は2・3倍、医療は1・5倍に増える。 保険料や税金を多く負担する現役世代は減っていく。だから、負担能力がある高齢者に応分の負担を求めることは避けられない。 ただ、高齢者の負担増は「一定の所得がある」とみなされた中間層にも広がっている。介護サービスの自己負担割合は、15年8月から単身で年金のみの収入が年280万円以上あれば1割から2割に。年344万円以上なら来年8月から3割負担になる。 介護保険の電話相談などを受けている市民福祉情報オフィス・ハスカップの小竹雅子さんは「2割負担を導入したとき、『毎月の負担に上限額があるから影響は抑えられる』と国は説明した。だが、今年8月からその上限額自体が引き上げられた。時間差攻撃のようなものだ」と懸念する。 今後も75歳以上の患者の窓口負担など、さらなる負担増が検討されている。 東海地方の50代の女性は、要介護5の認知症の母親の介護のため仕事に就いていなかった。母親の医療や介護の保険料は払っていたが、自らの国民健康保険料は滞納。子宮肉腫の受診が遅れ、亡くなった。 約1800の病院や診療所などでつくる全日本民主医療機関連合会がまとめた16年の「経済的事由による手遅れ死亡事例調査」に記された事例の一つだ。 介護保険料滞納のペナルティーとして自己負担割合が1割から3割になった人は15年度で1万人を超す。社会保障の安全網からこぼれ落ちる事例は今後、中間層にも広がりかねない。 政府は13年、年齢を問わない「能力に応じた負担」の理念を明確に打ち出した。この理念に基づく制度見直しの影響が顕在化し始めた今こそ、その痛みの検証も真剣に考えるときだ。 今年5月には国会で、介護の2割負担の影響分析を求める付帯決議がなされた。介護にとどめず、制度の枠を超えた多面的な分析が必要だ。「一定の所得」による線引きも含め、負担増の影響を専門に検証する常設組織を設けてもよい。 その上で、まず障害福祉や保育も含めた社会保障の自己負担総額に上限を設ける「総合合算制度」を導入してはどうか。消費増税に伴い検討され、立ち消えになったが、制度ごとに縦割りの負担増を抑制できる仕組みの一つになる。 それでも苦境に追い込まれる人は出てくる。「最後の安全網」である生活保護は、より柔軟に利用しやすくしなければならない。 多重負担が避けられない時代だからこそ、こうした取り組みが不可欠だ。それを抜きには、老後破綻(はたん)への不安は抑えられない。
2017.09.18
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糖質制限が、ダイエットに、健康に、良いとは聞いているがこういう記事を読んだので私も、実行してみよう今週受けた健康診断では、脂肪肝だと言われたジーンズも、ベルトがかろうじて止められる程度私の史上最高の肥満状態だ食べたいだけ食べて、飲みたいだけ飲んでいる飲むのは焼酎日本酒は、血糖値に良くないので飲まないとりあえず、肥満ストップ(笑)スポーツジムにも通う予定完全な糖質制限は出来ないのでこの人のように『緩い糖質制限」としたい ーーー 記事 ーーー「ゆるい糖質制限」を半年続けたら健康診断の結果がスゴイことに2017年09月17日 11:30内藤 忍ゆるい糖質制限を始めてから半年になりますが、体重が減っただけではなく健康面でも良い影響が出ているようです。最近、定期健康診断を受けたところ、昨年末に比べて各検査項目の数値が大きく改善していました。例えば、こんな具合です(カッコ内は基準値の上限)。中性脂肪 192→69(149) 総コレステロール 206→167(219) 血糖値 156→97(109)ガンマGTP 67→32(79)昨年末の血液検査では血糖値、中性脂肪などが基準値を超えていたのですが、今回は全てが正常と判断されました。また、体重も約4キロ落ちて、体が軽くなった気がしています。腰回りはジーンズが緩くなるくらいスリムになりました。この間の食生活の変化と言えば、1.日本酒やワインを控え、ハイボールを好きなだけ飲むようにしたこと(飲酒量はむしろ増えているかもしれません)2.パスタ、うどん、パンを極力控え、ご飯を食べる時も小盛りで注文。出来るだけ残すようにする。3.逆に肉や野菜、フルーツは我慢しないで好きなだけ食べる4.間食したいときは、アーモンドやクルミなどのナッツやチーズを食べる といったことです。食事は外食がほとんどですが、和食を食べる機会が減り、イタリアンやフレンチも少なめ。食べる機会が増えたのは韓国料理です。食生活が変わったことによる、苦痛や苦労の実感はありません。どうしても、ラーメンが食べたければ我慢しないで食べるようにしていますし、うなぎを食べる時はご飯もしっかり食べます。ストイックにやることより、継続できることを優先しています。こんなゆるい方法なら、何とか続けることができます。しかし、その程度の毎日の生活の小さな変化の積み重ねが、短期間でも大きな変化につながることが実感できる今回の結果でした。日本人の食生活の基本は、和食。健康食と思われていますが、実は糖質と塩の組み合わせです。ご飯のでんぷんを噛むことで得られる糖質と、漬物やお味噌汁といった塩分の組み合わせですが、実は体に良くないと思っています。私は医学の専門家ではありませんが、これまでの「人体実験」の結果から考えると、この伝統的な日本人の食生活習慣から抜け出した方が、少なくとも健康診断の数値的には健康になれるのではないかと思っています。
2017.09.17
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ミヤンマーの軍隊による少数民族、ロヒンギャに対する攻撃が問題になっているロヒンギャは、大量に脱出を試みているようだがシリア難民同様、死亡者も多いこの問題については、下記の良質な記事があるが私の懸念している点があるすでに同じイスラム教徒と言うことで● アルカイーダ● チェチェンのグループが、関心を寄せていて将来、戦闘に参加する可能性ガルISにとっても好機かもしれないこのことによってまた、東南アジアにイスラムゲリラの拠点が構築され拡大する危険性がある心配である ーーー 記事 ーーーロヒンギャ問題とは何か:民主化後のミャンマーで変わったこと、変わらないこと六辻彰二 | 国際政治学者 2/27(月) 9:35 2月3日、国連人権理事会はミャンマー軍が「暴動」や「テロ」を理由にロヒンギャの人々(子どもを含む)を組織的に殺害しているうえ、集団レイプや強制移住などが横行する様子を「破滅的な残虐行為」と非難しました。これを受けて、ミャンマー政府の事実上のトップであるアウン・サン・スー・チー氏は2月16日、ミャンマー軍の行動を停止させると発表しました。ロヒンギャは、そのほとんどがムスリムで、人口は130万人以上とみられます。仏教徒が圧倒的多数を占めるミャンマーで、ロヒンギャはかねてから差別や迫害の対象となってきましたが、近年では、先述のように、ミャンマー軍による人道問題が深刻化。その結果、約15万人のロヒンギャが国際機関などからの支援を受けており、ミャンマー軍の活動は「民族浄化」や「虐殺」とも報じられています。これと並行して、ボートに乗って逃れたロヒンギャがベンガル湾を漂流する事態も多発。それにともない、人身取引が横行しているだけでなく、多くのロヒンギャが周辺諸国から難民として受け入れられず、たらい回しにされる状況も生まれています。2015年選挙で政権交代が実現し、ミャンマーは民主的な国としての一歩を踏み出しました。それと前後して、日本を含む各国からは投資が相次いでおり、ミャンマーは「東南アジア最後のフロンティア」とも呼ばれます。そのなかで深刻化するロヒンギャ問題は、ミャンマーを取り巻く闇を浮き彫りにしているといえます。ロヒンギャとは誰かロヒンギャとは、バングラデシュとの国境ラカイン州の北西部に主に居住するムスリムの総称です。その語源は、この地にあった仏教王朝のアラカン王国(1430~1785)の王都ロハンに由来するといわれ、当時から仏教徒に混じってムスリムが暮らしていたことは確認されていますが、彼らが自らの呼称として「ロヒンギャ」を名乗り始めたのは、ビルマが独立して間もない1950年とみられています。逆に言うと、それ以前、この地で暮らすムスリムは、公式には「名なし」だったといえます。この地のムスリムが、いわば「最近」になって自らの呼称を定めたのは、ビルマ(1988年にクーデタで権力を奪取した軍事政権は「ミャンマー」に国名を変更した)という国家が成立したことと無関係ではありません。「一つの国家が一つの国民で構成される」という観念は、近代西欧で生まれました。それ以前の世界では、ローマ帝国や中国の歴代王朝がそうであったように、異なる宗派や民族が一つの政治的権威のもとに統べられることが一般的で、イスラーム圏や東南アジアも、その例外ではありませんでした。「帝国」の語には抑圧的なイメージがありますが、異なる属性の者を排除する傾向は、むしろ「一つの国民」イメージを強要する近代国家の方が強いのです。実際、ヨーロッパにおけるユダヤ人迫害は、キリスト教が絶対的な影響力を持っていた中世より、「国民の一体性」を前提とする近代になって、激しくなりました。そのため、近代以降のどの国でも、ほとんどの人々は社会的に「一人前」と扱われるために、「主流」の文化に吸収・同化されていきました(フランスで各地の少数言語が加速度的に消滅していったのは、それまでヴェルサイユやパリの周辺で主に話されていた「フランス語」が、革命後に各地の小学校で強制されて以降)。しかし、なかには「国民」としての立場と自らの文化の両立を目指す人々もありました。ロヒンギャは、その一つの例といえます。植民地支配から解放され、ビルマが国家として独立したことで、それまでいなかった「ビルマ国民」を作り出す必要が発生しました。そのなかで、人口のほぼ7割を占め、その多くが仏教徒でビルマ語を話すビルマ人が、暗黙のうちに「ビルマ国民」のイメージとなったことは、不思議でありません。一方、ラカイン州には、アラカン王国時代だけでなく、19世紀からの英領植民地時代や太平洋戦争前後の時期に、やはり英国植民地だったベンガル(現バングラデシュ)から、多くのムスリムが流入していました。そのため、彼ら自身が強調するほど、「ロヒンギャ」のルーツは定かでありません。しかし、そうであるがゆえに、多数派の仏教徒ビルマ人から「外国人」と扱われてしまえば、教育や居住など様々な面で「国民」としての権利は保護されなくなります。こうしてみたとき、近代国家の誕生は、それまで「名なし」で差し支えなかったこの地のムスリムに、ビルマ人が圧倒的多数の社会で「一人前」と扱わせ、自分たちを「(外国人ではなく)ビルマ国民のうちの一部の集団」と認めさせる必要に直面させたといえるでしょう。これが「ロヒンギャ」誕生の転機となったのです。 人道危機の連鎖反応独立後のビルマでは、ロヒンギャ出身議員が誕生するなど、両者の共存の道が開けたかにみえました。しかし、1962年に軍が政権を握り、「ビルマ式社会主義」を推し進めるなか、ビルマ人優遇策が強化され、それと並行して少数民族への圧迫も強まっていったのです。このなかには、沿岸部で暮らすロヒンギャだけでなく、タイや中国との国境沿いの山岳地帯に暮らす、キリスト教徒中心のカチンやカレンなども含まれます。分離独立を求めるカチンやカレンの強硬派は、麻薬取引で軍資金を調達し、ミャンマー軍との戦闘を激化させました。ビルマ人とそれ以外の少数民族の間には、歴史的な不信感があります。それは植民地時代に英国が、この地の大多数を占める仏教徒ビルマ人を支配するために、インド系をはじめとするムスリムを商人層として、キリスト教に改宗させた山岳系を兵士や警官として、それぞれ利用したことによります。この関係は、独立後に逆転。人口で圧倒するビルマ人が少数民族を支配する構図に入れ替わったのです。植民地時代に生み出された遺恨が、その後の民族間の対立に発展した事例は、大虐殺で知られるルワンダをはじめとするアフリカと同様、スリランカなどアジアでもみられ、ミャンマーもその一例といえます。ともあれ、ロヒンギャなど少数民族への弾圧は、1988年に再びクーデタで権力を握った軍事政権のもとで、一気に加速。軍事政権は「ビルマ化」政策を推し進め、特に山岳地帯の少数民族を排除しながら、ビルマ人の移住を奨励しました。弾圧の矛先はロヒンギャにも向かい、1990年代初頭には25万人以上のロヒンギャがバングラデシュに脱出。現在でもバングラデシュでは、公設の難民キャンプだけで、約3万人のロヒンギャがいるとみられます。しかし、これによってバングラデシュとミャンマーの双方の出入国管理が厳格化され、陸路での逃亡が困難になるなか、多くのロヒンギャはボートに乗ってベンガル湾へと漕ぎ出し始めました。ところが、人が何かを求める際に、そこに利益を見出す者が現れるのは人の世の常で、国外に避難しようとするロヒンギャたちは、相次いで悪質な難民斡旋業者に引っかかることになったのです。この手の業者はシリアやソマリアの周辺でも多く確認されていますが、ロヒンギャの場合、人身取引業者はタイやマレーシアなどを拠点に活動しています。そのなかには、避難先のロヒンギャ男性と結婚することを条件にマレーシアに売られてきた少女も多く、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は2015年の報告書で、マレーシアだけで120人の子どもの花嫁がいると報告していますが、そのうち何人が人身取引の犠牲者かは不明です。 「 ロヒンギャなど『いない』」深刻化する人道危機に、当初周辺国は無関心を装い、漂着したロヒンギャを本国に送還するなどの措置を取っていました。「母国で迫害を受け、国外への逃亡を余儀なくされた人々」の保護を定めた難民条約を批准している東南アジアの国は、カンボジアとフィリピンだけ。バングラデシュやインドも非加盟です。つまり、これらの国に難民を保護しなければならない法的義務はないのです。さらに、東南アジア諸国は国際的な発言力を確保するために相互の結束を重視しており、そのためにも「内政不干渉」が優先されがちです。その結果、東南アジア諸国の間には「お互いに口を出さない」傾向が強くあります。しかし、難民が増えるにつれ、徐々にミャンマーへの風当たりは強くなりました。UNHCRによると、2015年6月年現在で、過去5年間にミャンマーを逃れた難民は約90万人にのぼり、これは世界第9位。これは内戦が激しいイエメン(42万人)やリビア(37万人)の2倍以上で、ロシアと欧米の対立が顕著なウクライナ(107万人)に迫る規模です。ミャンマーからの難民のなかには、カチンなどの山岳系も含まれますが、ロヒンギャ問題が国際的な関心を集めるにつれ、そしてその増加によって自らの負担が増えるにつれ、周辺国はミャンマー政府に事態の改善を求め始めました。2016年12月、マレーシア政府がASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会合でロヒンギャ問題を取り上げ、ミャンマーの加盟国としての要件にまで言及したことは、その象徴です。ところが、これらの批判をミャンマー政府は真っ向から反論。「『虐殺』の証拠はない」と強調したうえ、「ロヒンギャなどいない」という立場を崩していません。ミャンマー政府は「ロヒンギャ」を民族として、あるいは自国民として認めておらず、「ベンガル人」、「バングラデシュなどからの不法移民」と位置付けているのです。つまり、「『違法に定住している外国人』を追い出しているのだから問題ない」という主張です。そのため、ASEANの場で「ロヒンギャ」の語が用いられることさえ拒絶しています。ミャンマー政府の論理に従えば、「『母国』で迫害を受けたわけでない」ロヒンギャは、難民としての認定すら受けられないことになります。それは周辺国がロヒンギャの入国を拒絶することを、少なくとも法的に、より容易にしています。「合法的であること」と「正当であること」は常に一致すると限りませんが、これはその典型例といえるでしょう。アウン・サン・スー・チーはなぜ無力かミャンマーでは2011年に複数政党制に基づく選挙が実施され、2015年選挙ではアウン・サン・スー・チー氏率いるNLD(国民民主連盟)が約6割の議席を獲得。外国人の配偶者がいる者は大統領になれないという憲法条項によって、英国人の夫をもつスー・チー氏は公職につけていないものの、基本的には民主的な政権が樹立されたといえます。しかし、スー・チー氏が実質的な責任者になってからも、ミャンマーではロヒンギャをはじめとする少数民族への迫害がなくなりません。むしろ、スー・チー氏には、少数民族に対する軍の行動を制止するより、それを擁護することの方が目立ちます。その結果、2016年12月に国連は、「事態は沈静化している」と強調するスー・チー氏に、自ら現地視察を行うことを要求。さらに、南アフリカのツツ大主教やバングラデシュのグラミン銀行設立者ムハマド・ユヌス氏など、歴代のノーベル平和賞受賞者13名が連名でスー・チー氏に「不満」を伝える公開書簡を送っています。軍事政権を批判し、民主化を主導したことが評価され、スー・チー氏は1990年にノーベル平和賞を受賞しました。その功績だけでなく、京都大学に留学経験もある知日派として、日本では彼女を一種のヒロインとして持ち上げる傾向が目につきます。そうであるがゆえに、ロヒンギャをはじめとする少数民族問題に関する、彼女の冷淡とさえいえる態度に、違和感をもつひともいるかもしれません。とはいえ、この点において彼女を擁護する気は全くありませんが、その権力構造に鑑みれば、スー・チー氏の対応は、少なくとも不思議ではありません。そこには、大きく二つのポイントがあります。第1に、軍隊の影響力の大きさです。現在の憲法は、2011年の体制転換の直前に、軍事政権が自らの力を温存させることを念頭に作ったものです。その結果、議席の四分の一は軍人に割り当てられるなど、軍の意向が通りやすい状態にあります。政治の実権を手放した軍からすると、これまでの経緯から決して友好的といえないNLD政権に対して、自らの存在感を保つ必要があります。さらに、ミャンマーでは5,141万人の人口に対して、兵士の数は約40万人にのぼります。人口に対して約0.8パーセントというその比率は、やはり軍の影響力が大きい米国(0.4パーセント)や中国(0.1パーセント)と比較しても高く、軍に雇用される人間の数が多いことは、その発言力の大きさを象徴します。一言でいえば、シビリアンコントロールが「絵に描いた餅」になりやすいミャンマーで、軍を無理に抑えることは、スー・チー氏にとって、かなり大きな国内政治上のリスクがあるのです。第2に、国内世論です。民主化によってミャンマーでは言論の自由が保障されましたが、それにともない、以前よりも少数民族の排斥を叫ぶ声、つまりヘイトスピーチも出やすくなりました。先述のように、植民地時代からの因縁から、個人差があるにせよ、ビルマ人の間には少数民族への反感があります。そして、民主的な政府ほど、内容の善し悪しにかかわらず、有権者の要望から無縁ではいられません。ミャンマー政府は2016年5月にヘイトスピーチを規制する法律を成立させ、ロヒンギャ排斥運動の中心にいる仏教僧の活動家らに警告を発していますが、これを積極的に取り締まる様子はみられません。ビルマ人の間で表面化する少数民族への反感が、自らもビルマ人で、ビルマ人を主たる支持基盤にするスー・チー氏に大きく影響することは、想像に難くありません。この点においても、スー・チー氏にロヒンギャ問題をはじめとする少数民族問題に消極的な態度が目立つことは、不思議でないのです。アウン・サン・スー・チーはネルソン・マンデラになれるかただし、国内政治上の理由から、スー・チー氏が少数民族の弾圧に「寛容な」姿勢を保ち続けることが、海外からの批判を招くだけでなく、ミャンマーの不安定要因になることは確かです。現代では、トランプ現象に象徴されるように、「民主主義の原理」と「多様性の共存」の衝突が目につきますが、ミャンマーの事例はそのギャップが大きいものの一例といえるでしょう。しかし、「民主主義の原理」と「多様性の共存」は、困難であっても、リーダー次第では不可能でなくなります。南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領は、その好例といえます。マンデラ氏はかつて、白人による人種差別体制(アパルトヘイト)を打倒する運動の先頭に立ち、20年間の投獄生活を経て、1994年に初の黒人大統領に就任。新生南アフリカ政府は、基本的には大多数を占める黒人の支持に基づき、その利益の拡大に努めながらも、それまで黒人を虐げていた白人の財産や権利を保護し、人種間の融和を黒人にも説き続けました。現代でも南アフリカには格差をはじめとする問題が山積しており、決して理想郷が実現したわけではありません。しかし、アパルトヘイト崩壊後の南アフリカでは、少なくとも民主主義の理念が「多数派の暴政」をともなう偏狭な人種主義に傾くことはありませんでした。そこには、民主主義と多様性を両立させることの価値を粘り強く国民に語りかけ続けた理想家としての、そして社会の安定のための現実的な判断を下した政治家としての、マンデラ氏の功績があったといえます。南アフリカと異なりミャンマーでは、体制転換を経ても支配する側(ビルマ人)とされる側(少数民族)の関係はひっくり返っておらず、民主化が前者の後者に対する抑圧を強めた側面があります。また、軍をはじめとする旧体制派の影響力も、アパルトヘイト崩壊後の南アフリカより大きいといえます。このような「条件の悪さ」を勘案すれば、民主化を求め、後に一国を率いる立場に立ったノーベル平和賞受賞者という点で共通するとはいえ、マンデラ氏と比較されるのは、スー・チー氏にとってフェアでないかもしれません。 しかし、ただ「有権者の要求」を実行するだけなら、少なくとも有能な政治家と呼べないことも確かです。「国民の代表」という観念は、政府が自らの支持者の声のみを聞くことや、選挙が個別の利益の切り売りに終始することを、避けるためにあります。スー・チー氏は今、活動家としてではなく政治家として、大きな試練に直面しているといえるでしょう。辻彰二 国際政治学者 博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、米中関係から食糧問題、宗教対立に至るまで、分野にとらわれず、国際情勢を幅広く、深く、分かりやすく解説します。 MUTSUJI_Shoji official site国際政治とアフリカ研究のサイト 国際政治学者・六辻彰二
2017.09.16
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ソニー モニターヘッドフォン 使用感購入してかなりの日数が経ったが使用感を記しておく購入直後は、音が荒く、耳に痛い時もあったが今は、エイジングされたせいか?音がまろやかになり解像度は申し分なしクラシック音楽を鑑賞しても、申し分なしこれは、買って良かった大げさなスピーカーなどは不要
2017.09.16
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KJ法をもう一度某通販サイトでのレビユーKJ法は以下の4つのステップから成る.'@カード作成:1つのデータ(情報)を1枚のカードに要約して記述する.'Aグループ化:多数のカードの中から,似通ったもの同士をグループ化し,見出しを付ける.'B図解化(KJ法A型):グループ同士の意味関係を図解する.'C叙述化(KJ法B型):図解を文章に落とす. ーーー ◇ ーーーKJ法とは、議論から抽出したキーワードを、理念重視により論旨の大枠を捕らえる手法であり、本書はKJ法の原著である。KJ法は、論理より理念を重視すること、定義を非厳密化することにより、総意を捉える。そのためKJ法は、伝統的な定性調査を補完する。 KJ法は、図解作成に留まらず、図解から読み取れる知見を文章として論述する。KJ法は、カード作成、グループ作成、図解作成、文章作成の順に行なう。特に重要なのは文章作成であり、一般的なKJ法の使用法が、図解作成に留まり、十分に消化していないことが多い点を指摘している。 ーーー ◇ ーーー発想法の続編として出されていますが、KJ法の内容はなんとなくわかっているつもりでも、本当の実践としてどのように行うかを詳しく、示したものです。ポストイットを使って、言葉を短く、簡潔にまとめたパーツを作り、類型化し、整理する。都合のよいようにストーリーをつかってはいけないし、時間もかけて何回も繰り返さなければならない。そうしないと問題の本質はつかめない。と。 俳句の要領で、モノことを575にまとめるのは要約する能力を養う。そして物事の本質を見極めるために、繰り返す。言葉による会議ではALL or Nothingが通常であるため、Nothingの人は不満が残る。KJ法では、採用される場合も、されない場合も出てくる。全員が共通意識を持ち、モチベーションが上がってくる等の効用を聞く。最近あまりKJ法を聞かなくなっているのは、本質は何打のだろうか?やはり時間がかなりかかるのが一番大変なのでしょう。仕事や調査内容もKJ法の視点で組み立ててみると問題の本質が見えてくるかもしれない。 ーーー ◇ ーーーKJ法という技法を、ビジネスの世界などで広く応用するためには、どうしたら良いのだろうか? これは、地理学者の川喜田二郎さんが、『発想法』(中公新書刊)や、『「知」の探検学』(講談社現代新書刊)と同じく、長年の経験から編み出したKJ法のエッセンスを新書という形で一般向けに公開するものであるが、「応用編」に当たるこの本では、KJ法をビジネスの世界などで応用するために必要なことを、詳しく説いていると言える。 だが、私が特に凄いと思ったのは、情報の整理術よりも、多様な考え方(特に少数意見)を完全に反映出来てしまう所である。実際に、この本ではブレインストーミングによって得られた意見を、図や文章にする(なお、この本ではA型図解化と、B型文章化という表現を使っていた)方法が詳しく書かれていたが、これらの方法は、どれも非常に画期的なものばかりである。 しかも、もっと驚いたのは、著者の川喜田さんがこの本の第6章で、KJ法が政治不信根絶の切り札として使えるか、挑戦していた所にある。特に、現代の日本では主流派と全く異なる意見が出る(例えば、日本共産党が法人税率の引き上げを訴える)と、主流派(特に、『しんぶん赤旗』以外の全国紙など)が数の力を利用して、これらの意見をバッサリと切り捨ててしまう(特に、社説などで「国際的な潮流に逆行する」と一蹴してしまう)傾向が非常に強いが、KJ法の場合は、このような問題まで克服することが出来る。これを考えると、KJ法は非常に凄い技法だと思う。 ただ残念ながら、著者の川喜田さんは2009年に亡くなってしまったが、川喜田さんの編み出したKJ法は、ビジネスの世界だけでなく、政治などの幅広い分野で応用することが出来るはずである。 だから、私はこの本を組織の活性化を図るためのテキストとして、存分に活用して欲しいと思う。それと同時に、関連書籍である『続・発想法』と、『「知」の探検学』も併せて読むことで、川喜田さんの編み出したKJ法の極意を思いっきり堪能して欲しいと思う。 ーーー ◇ ーーー 発想法の続編として出されていますが、KJ法の内容はなんとなくわかっているつもりでも、本当の実践としてどのように行うかを詳しく、示したものです。ポストイットを使って、言葉を短く、簡潔にまとめたパーツを作り、類型化し、整理する。都合のよいようにストーリーをつかってはいけないし、時間もかけて何回も繰り返さなければならない。そうしないと問題の本質はつかめない。と。 俳句の要領で、モノことを575にまとめるのは要約する能力を養う。そして物事の本質を見極めるために、繰り返す。言葉による会議ではALL or Nothingが通常であるため、Nothingの人は不満が残る。KJ法では、採用される場合も、されない場合も出てくる。全員が共通意識を持ち、モチベーションが上がってくる等の効用を聞く。最近あまりKJ法を聞かなくなっているのは、本質は何打のだろうか?やはり時間がかなりかかるのが一番大変なのでしょう。仕事や調査内容もKJ法の視点で組み立ててみると問題の本質が見えてくるかもしれない。投稿者オジー2009年10月21日形式: 新書書名からは前作『発想法』の続編のような雰囲気が漂ってくるが,内容は前作の改訂増補版といったところである.前作ではKJ法A型,B型というのが,きちんと定義されず,説明も不足気味であったが,その点は十分に改善されている.また具体例を使って非常に分かりやすく説明されているので,すぐにでも実践してみようという気にさせてくれる.そもそもKJ法とは,著者がフィールドワークを主体とする科学者であったことから,膨大な収集データの整理を行うために開発された手法である.その後,著者自身の手により,情報整理だけでなく,ひらめきを促す手法(発想法)へと拡張された.KJ法は以下の4つのステップから成る.'@カード作成:1つのデータ(情報)を1枚のカードに要約して記述する.'Aグループ化:多数のカードの中から,似通ったもの同士をグループ化し,見出しを付ける.'B図解化(KJ法A型):グループ同士の意味関係を図解する.'C叙述化(KJ法B型):図解を文章に落とす.本書は科学者のみならず,新しい商品の開発から商店街の活性化のアイディア創出まで,幅広く利用できる手法と言える.情報整理が苦手な人やアイデア創出に興味がある人は,一読の価値があると思う. ーーー ◇ ーーーKJ法という技法を、ビジネスの世界などで広く応用するためには、どうしたら良いのだろうか? これは、地理学者の川喜田二郎さんが、『発想法』(中公新書刊)や、『「知」の探検学』(講談社現代新書刊)と同じく、長年の経験から編み出したKJ法のエッセンスを新書という形で一般向けに公開するものであるが、「応用編」に当たるこの本では、KJ法をビジネスの世界などで応用するために必要なことを、詳しく説いていると言える。 だが、私が特に凄いと思ったのは、情報の整理術よりも、多様な考え方(特に少数意見)を完全に反映出来てしまう所である。実際に、この本ではブレインストーミングによって得られた意見を、図や文章にする(なお、この本ではA型図解化と、B型文章化という表現を使っていた)方法が詳しく書かれていたが、これらの方法は、どれも非常に画期的なものばかりである。 しかも、もっと驚いたのは、著者の川喜田さんがこの本の第6章で、KJ法が政治不信根絶の切り札として使えるか、挑戦していた所にある。特に、現代の日本では主流派と全く異なる意見が出る(例えば、日本共産党が法人税率の引き上げを訴える)と、主流派(特に、『しんぶん赤旗』以外の全国紙など)が数の力を利用して、これらの意見をバッサリと切り捨ててしまう(特に、社説などで「国際的な潮流に逆行する」と一蹴してしまう)傾向が非常に強いが、KJ法の場合は、このような問題まで克服することが出来る。これを考えると、KJ法は非常に凄い技法だと思う。 ただ残念ながら、著者の川喜田さんは2009年に亡くなってしまったが、川喜田さんの編み出したKJ法は、ビジネスの世界だけでなく、政治などの幅広い分野で応用することが出来るはずである。 だから、私はこの本を組織の活性化を図るためのテキストとして、存分に活用して欲しいと思う。それと同時に、関連書籍である『続・発想法』と、『「知」の探検学』も併せて読むことで、川喜田さんの編み出したKJ法の極意を思いっきり堪能して欲しいと思う。 ーーー ◇ ーーー 発想法の続編として出されていますが、KJ法の内容はなんとなくわかっているつもりでも、本当の実践としてどのように行うかを詳しく、示したものです。ポストイットを使って、言葉を短く、簡潔にまとめたパーツを作り、類型化し、整理する。都合のよいようにストーリーをつかってはいけないし、時間もかけて何回も繰り返さなければならない。そうしないと問題の本質はつかめない。と。 俳句の要領で、モノことを575にまとめるのは要約する能力を養う。そして物事の本質を見極めるために、繰り返す。言葉による会議ではALL or Nothingが通常であるため、Nothingの人は不満が残る。KJ法では、採用される場合も、されない場合も出てくる。全員が共通意識を持ち、モチベーションが上がってくる等の効用を聞く。最近あまりKJ法を聞かなくなっているのは、本質は何打のだろうか?やはり時間がかなりかかるのが一番大変なのでしょう。仕事や調査内容もKJ法の視点で組み立ててみると問題の本質が見えてくるかもしれない。 ーーー ◇ ーーー 書名からは前作『発想法』の続編のような雰囲気が漂ってくるが,内容は前作の改訂増補版といったところである.前作ではKJ法A型,B型というのが,きちんと定義されず,説明も不足気味であったが,その点は十分に改善されている.また具体例を使って非常に分かりやすく説明されているので,すぐにでも実践してみようという気にさせてくれる.そもそもKJ法とは,著者がフィールドワークを主体とする科学者であったことから,膨大な収集データの整理を行うために開発された手法である.その後,著者自身の手により,情報整理だけでなく,ひらめきを促す手法(発想法)へと拡張された.KJ法は以下の4つのステップから成る.'@カード作成:1つのデータ(情報)を1枚のカードに要約して記述する.'Aグループ化:多数のカードの中から,似通ったもの同士をグループ化し,見出しを付ける.'B図解化(KJ法A型):グループ同士の意味関係を図解する.'C叙述化(KJ法B型):図解を文章に落とす.本書は科学者のみならず,新しい商品の開発から商店街の活性化のアイディア創出まで,幅広く利用できる手法と言える.情報整理が苦手な人やアイデア創出に興味がある人は,一読の価値があると思う.
2017.09.16
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トレーラーハウスに住むのが夢しかし、日本では、車中泊がせいぜいか?(笑)先日、あるテレビ番組で米国の老カップル達が集団でトレーラーハウスを駆って、メキシコへの長い旅をすると言うものであるトレーラーと言っても広大な米国では、日本のリムジンバス並みの大型のもの引退後は、家屋を売却し、そういう長大なトレーラーを購入し全国を遊覧しながら生活を楽しむと言う人々が米国には多い開拓期の「GO WEST!」の幌馬車対のDNAがあるのだろうところで、この老カップルかなり傷んでいる人達が多い(笑)おまけに奥さんの方は、みな、ビヤ樽体型美人は見当たらない(笑)この点は、うらやましくない(笑)それにしても、車で集団移動というのは案外、トラブルがあるものだとわかった老人達の体調もあるししかし、大きな広場を見つけるとインディアンの襲撃をふっせぐ幌馬車隊よろしく円形に陣を取る所などこれまた、DNA実は、私は、こういうトレーラーハウスでの老後が夢しかし、狭い、道も細い日本ではあのような長大なトレーラーハウスは、モビリティーにおいて極めて困難 ーーー ◇ ーーー日本でも、大分前からいわゆるキャンピングカーや車中泊がブームになっているしかし、いかにも日本らしく、軽自動車のキャンピングカーらしきものまである軽で、車中泊がこんなに容易!と言う広告も多いなんと、米国と事情の異なること(笑)我が家でも、車を買うか?と言う話が出ている家内がゴルフが趣味なのだが(私は目が悪くなって諦めた)車が無いと他人様に載せてもらわなければゴルフに行けないそこで車を買おうかという話が出ているのだが問題は、免許である私は、目が悪くなって免許を失効させた家内は本国の免許だけで、日本の免許期まだ切り替えていないそれに→ハンドルは未経験だし長い間運転をしていないので切り替えても自動車学校でかなり指導を受けなければならない家内一人の運転では厳しいので、私も免許を取り直そうかとも考えているしかし、私も日本での運転の経験は、ほんの少しである車の購入があるとしてもそういう免許問題をクリアしなければならない次に、車種であるが私は、車中泊のことも考えて(笑)ステーションワゴンがいい、と思うのだが見栄っ張りの家内は、いい顔をしない車を買うのなら、メルセデスかBMWだとも言う私の推奨するトヨタハイエース長尺キャンピングカー(笑)は残念ながら、とんでもないと一蹴されたそれはそうかもしれない(笑)山岳部出身のバンカラな私とは、出発点から発想が違う(笑)今は「メルセデスのワゴンなどは、欧州でおしゃれな車とされている」「セレブの間で人気だ」と言うことを吹き込もうとしているが実は、セレブ達にとって、ワゴンは、最初の車では無く何台も持っている車のうちの一台でレジャー用のお遊びの車であると言う事はまだ、教えていない(笑)私が、メルセデスかMBWのワゴン車で憧れの車中泊できる時は来るのか?(笑)高級車で車中泊とは、貧乏くさいのは認めるが(笑)まあ、いずれにしても、先の話である
2017.09.16
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記事 PCでメモはコピー 手書きメモは編集作業PCでメモ 手書きでメモ どちらがいいか?この二つの方法私の場合は手書きメモであるその1 で、いろいろな記事で言われているようにPCで、楽々とメモをとるのもいいがPCだと、ほとんどすべて逐語的に、リニアに、タイプしてしまう立ち止まって、キーワードがどれだ、とか、いろいろな知的さ行が出来ないままメモろうと思う対象がだ~~っと、PCのキーボードを叩けばいいという「そのままメモ」であればそれは、言い換えれば、PCでコピーしているだけのことなのであるそんな場合は、PCでその部分をカーソルで反転させてコピーしてファイルに入れておけばいいのであるメモという行為はコピーでは無いのであるとすればもっと意味のある対象にもっと意味のある方法で発動(笑)されるべきだと思うつまり私に言わせれば手書きは、PCでのそれと違っていわば手書きしながら、コピーでは無く対象を『編集』しているのであるここが決定的に違うのである手書きしながら「あっ!ここ重要だな!」と『キーワード』としてアンダーラインを引いたり丸で囲んだりするさらには、コーワード同士を線で結んで関係性を強調したりするPCでは、こんな多様性のある創造的な、編集は出来ないただただ、リニアーア(直線)的に、逐語メモをするだけであるアクセントもつけにくい強弱もつけにくい関係語同士を線でつなぐなんて芸当は、さらに出来ないつまり、● 関係性● 重要性の程度● 3D的な、立体的な理解等が出来ないままなのであるを意識できないまま、なのであるこれじゃ、役に立たないはずだ ーーー ◇ ーーー私は、従来の「情報カードにメモ」と言う行為を主流にこの頃は、まとまったメモ対象の記事には「方眼ノートに、構造的な、図式的なメモをする」と言う方法を採用しているもともと私は、昔、大いに流行った「KJ法」(川喜多二郎氏発案)の信奉者なので● 情報を細分化● それを再配置● 図式での説明も採用と言う頭脳の持ち主(笑)なのだPCでは● キーワードを自由に入れ替えることは事実上、なかなか難しいしましてや● 図を描く、などという芸当は特殊ソフトを使わないと出来ないこれが、万能のように見えるパソコンの致命的な欠陥なのだがそれに気づかない人間が、パソコンでメモる、などという馬鹿なことをする(笑) ーーー ◇ ーーーこれと似た問題なのだが皆さんは、予定をPCやスマホで立てているだろうそれ、間違い!(笑)言っておきたいことがある(笑)予定表・Scheduler は、手書きに限る昔ながらの手帳に(黒革の手帳で無くてもいい)(笑)鉛筆をなめながら記入するのがベストスマホだと、予定の変更による助 schedule の訂正は手間がかかって実用レベルから遙かに遠いところが、これがもし、黒革の手帳なら(笑)消しゴムで消すか?二重線で消して追記しておけばいいだけであるデジタルが何でも万能だ、なんて考えるのは馬鹿(笑)もっとも、今は、大学生にとっては、講義を聴きながらこのパソコンでメモる、と言う事が常態になっているようだが何もわかっていないな~ーーーーPCで文字化するという行程はローマ字入力となるからこころならずも● 思考・概念をいったんアルファベット化すると言うことになる漢字は、手書きの場合と違って平仮名での読みがわかっていれば自動的に打ち出されるのであるまたは、変換候補の中から選択するという作業になる手書きの場合は、まず、適切な漢字を思い出す行為があるそれから、手書きで一画一画、描いて行く漢字は、象形文字であるから、書いているとその中身が頭に無理なく溶け込んでくるこの記事に先立って引用した、いろんなキーボードか? 手書きか?と言う記事はどれもこれもその辺の深い掘り下げが全然無いアメリカの大学での調査では、こうだった、とか人任せの分析なのであるたいした分析をしていない私の方が、よほど、優秀だな(笑)ーーーー方眼ノート、と構えてみたが使ってみてわかったことだがいや、別に、方眼である必要も無い細かい木目の方眼を使う発想って、それはまた、別にあるのだろうが設計図じゃあるまいし私レベルの発想では、それは、煩わしいし、意味が少ないとなると何も高価な方眼紙を購入しなくても良いホームセンターで、「コピー用紙」を買ってくればいいこうなってしまった!まあ、せっかく買った方眼紙達だからせいぜい、使ってやらなければいけないが ーーー ◇ ーーー「情報カードでメモる」と言うことを最近ずっとやってきたが小さな 5X3 カードの欠点は● 思考が小さな世界の限定され、セグメント化され、分断される● キーワード同士の関係性が一覧できない● キーワードを線で結んで意外な関係性を発見する と言うことが出来ない● キーワードをグループ別にグルーピングできない カードだと、これは、カードをすべて書き終えた後の作業になる● 要するにKJ法的な技法が使えない● 従って、創造的な発想が出にくい● これは、書き終えたカードを大きなベッドや畳の上に広げ 作業すればいいのだが、そういうスペースの確保は難しい● キーワードから、別のキーワードが派生的にポップアップしてくる そういうことも少ない ーーー ◇ ーーーこの記事は重複して書いたので整合性の無い、繰り返しの多い文章になってしまったただ、まあ、私の言いたいことはわかってもらえるのでは無いかと思う
2017.09.15
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喫茶店 コメダコーヒー ルノアール近所に、コメダ珈琲(以下 コメダ)が開店したというので、昼食の帰途、入店してみた何でもコメダは名古屋発祥で老人がたむろして長居をしても追い立てないのだそうだ名古屋独特のモーニングセット他サンドイッチなどのメニューも充実しているという入ってみたドアが、北欧のように二重になっているドアを上げて入ったら、股ドアがある、と言うわけであるこの狙いは、北欧のような寒さや吹き込む雪を防ぐという意図では無く防音効果なのだろうか?コンビニが撤退した後を改装してもの室内は、各席がアメリカのファミレスのようにコテッジ風に白木のついたてで囲まれている開店間もないせいか?客席はほぼ満席である入り口で、すぐ、通路が二股になっており喫煙室と禁煙室に分かれている禁煙室の方がスペースが広いメニューは、要するにコーヒーとサンドイッチ類であるよく見ると、味噌さん怒鳴るものがあってさすがに名古屋出自、と感心する料金は、まあ、リーズナブルでは無かろうか?お得(であろう)昼セットの一つを選択するコーヒー+サンドイッチ(サンドウィッチと発音した方がいいのかもしれないが)(笑)見渡したところ、特に老人が目立つと言うことも無い老人が来るのは、主にモーニングセットタイムだと聞いている私の仕切りで囲まれたコンパートメントの中は私と家内が座った四人掛けの石と、もう一つ二人掛けの小さなテーブルもあるそこで、女学生がレポート用紙を広げて試験勉強?を、しているそれ自体は、いいのだが、どうも、彼女が気にかかると言うのも、勉強をやったり、やめたり、ぼんやりしたり集中が見られないのである学生が勉強をする姿勢を見せながらなんとも、集中の美しさを見せないこれが、私をして、イライラさせる(笑)ところで、この店白木でコンパートメントを作っているのだがそれで、プライバシーは、普通の喫茶店より、ある、と思われるのだが私は、このコンパートメント方式囲い込み二、やや、圧迫感を受けた米国のファミレスもコンパートメントではあるがそのコンパートメントは、列車の中のそれのように並んでいて中央に廊下が通っているしかし、その廊下が広いので閉塞感を生まないそのために閉塞感が無いしかし、コメダでは、閉塞感がある、様に私には思われた広いアメリカと、土地代が高い日本(家賃は19万円出ると聞いた)とでは、違うのが当然ではあるのだが私は、昔、東京で、ルノアール、と言う喫茶店に入ったことがあるが今も、チェーンで存在しているようだがあの喫茶店は、独特でこの狭い土地代の高い日本なのになお、コメダの店員のサービスは、非常に良かった店内で、テーブル椅子を詰めないで間隔を置いてスペースを贅沢に使ってしかも、特に決まった配列など無く自由な配置になっている椅子・ソファー類も、いかにもルノアールの絵画の色使いを思わせるようなパステルカラーだったと思う私は、あのルノアールが気に入っていてコメダは、ちょっと、という感じである比較的高い仕切りが、私の共感を呼ばない(笑)
2017.09.15
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記事 PCでメモ? 紙と鉛筆でメモ? 何でも、この頃の大学では、学生達が講義を聴きながらPCでメモをとるというだから、教室中に、カタカタというキーボードを叩く音が響くのだというメモをとるにに、あなたは● PCのキーボードを叩居てメモをとる● 紙に鉛筆などの筆記用語でメモをとるこのどちらだろうか?このテーマについて私の意見は、別の記事で語るとしてここでは、このテーマに関する様々な意見を集めてみた太字(bold)部分は、私が重要と判断した部分 ーーー 1 ーーーまず最初の記事は親父世代や議員達は演歌好きの馬鹿ばかりだから、死んでしまえ!と主張していた立派なブログ主さんである(笑)彼はまあ、ああいうおかしな事を言う反面得意の分野である言葉遣いや日本語に関するう蘊蓄は、なかなかのものがあるので、この問題にも、持論を展開しているしかし、この記事では深い考察や、独自の分析は、ほとんど見受けられない(笑)ただの「らしい」と言う話に終わっている残念である2017/09/07手書きの重要性現代は PC などのデジタル機器で作成した文書が全盛で、このブログもほとんどは MacBook Pro (以前は Windows マシンだったが) のキーボードを叩いて作成している。世の中の会議や研修会と称する集まりで、ごく稀に手書きのレジュメなんかが配布されることがあるが、結構上手な字でも読みにくく感じて、「人に読ませるテキストは、PC で打ってよね」 と言いたくなってしまう。170907「ああ、若いうちに快速でタッチ・タイピングができる技術を身につけておいてよかった」 と、しみじみ思う。一時期はメモを取るにもキーボードを使っていて、サラリーマンをしていた頃は、会議終了後 1分以内に議事録をプリントして、参加者に持ち帰ってもらえるというのを 「ウリ」 にしていたこともある。「ワープロ専用機」 というのが世に出始めた頃、業界の大先輩が定年を迎えるに当たって、最新型のワープロを購入し、「定年後はキーボードを打ちまくって、脳が衰えないようにする。指先を使うと、脳が活性化するというからね」 と話していたのを思い出す。しかし実は、キーボードを使ってテキストを入力するという作業では、脳はそんなに活性化しないんだそうだ。手書きの方がずっと頭が働くらしい。ウェブを検索すると、それについて論じた記事がいくつも見つかる。その中から 2つの記事へのリンクを挙げておこう。あなどれない「手書き」の学習効果 「書く」というプロセスが情報を記憶に深く焼き付ける手書きとキーボード、脳の働きに違い?上記の 2つの記事はいずれも、キーボード入力よりも手書きの方が脳を活性化させ、学習効果が高いとしている。米国の大学での研究では、「パソコンに打ち込むより、手書きでノートを取る学生の方が総じて成績が良い」 と報告されており、少なくとも手書きの方がずっと記憶に残りやすいらしい。これを知って私は 「メモは手書きに切り替えてよかった!」 と安心している。20年ぐらい前に、どういうきっかけだったか忘れたが、メモを取るにあたってはキーボードを一切止めて、手書きに切り替えたのだ。幸いなことに私は業界紙の記者をしていたこともあって、手書きもかなり速い。字はメチャクチャだが。手書きでメモした内容をもとにして、PC に向って記事原稿にするという作業を考えると、キーボードで打ち込んだものをカット・アンド・ペーストを繰り返しつつ編集していくよりも、深みのある原稿が書けるという実感がある。手書きという作業を通じて、自分の中で内容が消化されているんだろうと思う。手書きメモに問題があるとすれば、速く書きすぎてぐちゃぐちゃになってしまい、自分の字が自分で判読できなくなることがあるということぐらいだろう。最近は手書きはメモにしか使わないので、きちんとした楷書で書くことができない体になってしまった。「あなたの字は読めない」 とよく言われるが、自分で読めないことがあるのだから、他人に読みにくいのは当然だろう。これでは昨日の記事で触れた看板をどうこう言えないかも知れないが、まあ、基本的にメモは他人に読ませるものじゃないからね。最近はノートにメモを取ったり、考えを整理したりする時には、3色ボールペンで、黒、青、赤の文字や印を使い分けている。重要事項を赤い丸で囲んだり、線でつないで考えをまとめたりするのは、PC でもできないことはないが、手書きの手軽さとダイナミズムには遠く及ばない。タブレットにスタイラスペンで書き付けても、手書き同様の効果が期待できるといわれるが、紙にボールペンで書く方がしっくりくる。これは慣れの問題あるだろうが、とりあえず、そこまでタブレットに頼ろうという気はない。そんなわけで、最近は必需品のボールペンをどこかに置き忘れても平気なように、バッグの中に常に 4〜5本の 3色ボールペンを忍ばせている。オススメはゼブラの "Clip-on Slim" という定番品だ。ちょうどいい太さで書きやすいし、クリップが破損しにくい。 ーーー 2 ーーーあなどれない「手書き」の学習効果「書く」というプロセスが情報を記憶に深く焼き付ける 手書きで講義ノートを取る学生の成績は、パソコンに打ち込む学生よりも良いことが判明した(英語音声、英語字幕あり)By ROBERT LEE HOTZ 2016 年 4 月 6 日 15:04 JST ノートパソコン(PC)や仕事効率化アプリのおかげで、紙と鉛筆は時代遅れになったように見える。ただ、新たな研究からキーボードではできない学習効果が示されたことで、学校では手書きにあらためて注目が集まっているようだ。 米プリンストン大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究者により、パソコンに打ち込むより手書きでノートを取る学生の方が総じて成績が良いことが判明した。同じくノートの取り方を比較した別の研究者の実験でも、タイピングよりも手で書く人の方が飲み込みが良く、情報を長く記憶し、新しいアイデアを理解するのにもたけていることが分かった。 ネブラスカ大学リンカーン校で教育心理学を専門とするケネス・キウラ氏は「手書きメモの方がタイピングよりも自分の考えをうまく表現できる」と話した。これは非常に重大なポイントだと思う私が思うにタイピングだと、発想がリニアになるだけだが手書きであれば、頭の中でキーワードをいろいろ操作して無駄を排し、本質を煮詰め、3Dの作文が可能になると言う実感がある 古代の書記官が初めて葦(あし)ペンを手にしてパピルスに文字を記して以降、筆記は学習の効果を高める役割を果たしてきた。見聞きしたものを信頼できる記録として残し、後の研究や回想に役立てられたからだ。実際、何かを書き留めると脳を活性化させることが脳画像検査で示されている。 ほぼ1世紀にわたり、研究者らはノートの取り方についての戦略を論じてきた。ただ最近になって、情報を把握するために使う道具によって生じる差異に焦点が当てられるようになった。 17世紀に初めて大量生産された鉛筆でノートを取ろうが、万年筆(特許取得は1827年)を使おうが、ボールペン(同1888年)であろうが、フェルトペン(同1910年)であろうが、大きな違いはない。 だが、いまや大学生のほぼ全員が持ち運び可能なコンピューターを持っている。教育の主な伝達手段は講義で、高等教育の講義にはノートを取るためのキーボードをカタカタ鳴らす音がつきものになっている。 研究者によると、ノートパソコンで授業のノートを取る学生は鉛筆やペンを走らせる学生よりも多くの量を記録し、容易に講義についていける場合が多い。パソコンを使う大学生はおよそ1分間に約33ワードのペースで講義ノートを取れるからだ。一方、手書きの学生は約22ワードがせいぜいだ。これは、米国の例なので、「ワード」は、英語の単語での話である これは短期間ならば効果を上げる。(中略) ただ、こうした優位性は一時的だ。複数の研究によると、パソコンを使っていた学生は24時間後には記録した内容を忘れてしまうことが多かった。また、大量のノートを見返しても記憶を呼び戻すのにあまり有効ではなかった。それが非常に表面的だったからだ。 対照的に、手書きでノートを取った学生は講義内容を長く記憶でき、1週間後でも講義で示された概要をよく覚えていた。専門家らは、書くというプロセスがより深く情報を記憶に焼き付けると指摘する。また、手書きのノートはよく整理されているため、復習にもより大きな効果を発揮する。 ともに心理学者であるプリンストン大学のパム・A・ミュラー氏とUCLAのダニエル・オッペンハイマー氏は、2014年に行った3回の実験で、学生にアルゴリズムからコウモリまで幅広い話題を聞かせ、キーボードか手書きでノートを取ってもらった。学生にはノートを見て復習する機会を与え、講義直後と1週間後に67人にテストを実施した。 両氏は心理科学の専門誌で、手書きでノートを取った学生が記録したワード数は少なかったものの、書く時に題材をより集中して考えたもようで、耳にしたことをより深く吸収したようだと述べた。 半面、パソコンを使う学生は機械的にノートを取り、聞いたことを一語一句そのまま打ち込んでいた。 問題はパソコンを使う人には逐語的にノートを取る傾向があることだ。キウラ氏は「皮肉なことに、速くノートを取れることこそが、ノートパソコンを使って記録取ることの魅力だが、逆にそのことが学習(効果)を台無しにしている」と述べた。教室でよくある事だが先生の講義内容を逐語的にノートする生徒が居る女子学生に多いような気がする(笑)試験前に、こういう逐語的ノートを借りて書き写すと言う生徒が多いそうだが、効率が悪いだろうと思うそれよりも、字が汚くて判読ガヤや難しい場合もあるだろうが手書きのノートの方が講義を● キーワードを浮き彫りしたノート● 構造的なノート取り● 無駄が少ない● 要点を強調されていると言う点で、ずっと、実践的だろうと思う私自身は、他人のノートを借りた等という経験は無いので、それ以上は言わない(笑) ーーー 3 ーーー 風のたより:「手書き」と脳 リンク ちょうど読み終わった本のあとがきに、こんな一文があった。 《書く行為そのものが人間の本質と進化に関係がある。(中略)「文をつくるという同じ目的を、パソコンでより簡単に、より良く達成するから、いいじゃないか」という意見もあろうが、漢字を直接手で書かなくなれば、間違いなくなにか能力を失っていく。漢字を忘れるのは当然だが、言語的刺激が減って脳の機能にも悪い影響が出る可能性はきわめて高い。書くことをもっと増やす必要性が絶対にある。》(樋口健夫『できる人のノート術』243ページ)このあとがきを読んで、去年(2006年)の11月頃に放送されていたNHK『クローズアップ現代』で見た実験のことを思い出した。 途中から見たので最初の部分などはよく分からず、タイトルも知らないのだが、私が見始めたところは、同じ文章を「手書き」する場合と、「ケータイ」でピコピコと入力する場合と、脳の活動がどれくらい違うか、電極をたくさん頭につけて画像で見せてくれていた。その脳の画像はビックリするほどの違いをはっきりと映し出していた。その違いは言うまでもあるまい。そうなのだ。「手書き」では真っ赤になっていた脳が「ケータイ」で入力しているときは、ほとんど赤くならない、つまり、「ケータイ」で入力しているとき、ひとの脳はほとんど活動していない、ということなのだ。 同じ文章なのに、どうしてこんなにも歴然とした違いが生まれるのか。ワープロの漢字変換に頼るようになって漢字を忘れた、という声は昔からよく聞くし、実際そういうことはあるだろう。そして、その程度の問題としか考えていない。キーボードで入力することが多い人は(私も含めて)、「手書き」か「キーボード入力」かに本質的な違いは感じていない。キーボードのほうがスピードが速く、「手書き」のようなまどろっこしさがない、という程度の違いくらいに考えている。だが、それは単にそう感じているだけで、最新の脳科学はまったく別の事実を指し示していることになる。 最初に紹介した本の著者や、石川九楊が繰り返し警鐘を鳴らしている問題が、まったくその危惧の通りであることが証明されてきたということだ。 何しろ「ケータイ」で文章を書いているとき、脳は活発には働いていないのだから、脳を活発に活動させないで「書く」文章とはなにか、ということになる。考えてみると、私もこのブログはPCで書いているしかも、かなり高速タイピングであるたかがネットなので(笑)当然だが、手書きで原稿を書く方が頭が働くのだと言っても、現実的に、ブログの文章まで手書きは、・・・出来ない(笑)まあ、ブログ記事を書くそれ以前に、深遠な思考(笑)を巡らして記事のネタを作っているのだから、ブログを書く段階は、頭の中の思索のをタイプするだけと言うことなのでこの場合、手書きまたはPCという問題は発生しない 「ケータイ」でそうなら「キーボード」でも大して違いはあるまい。つまり「文字キー」を選んで叩くのと、筆記具を手に持って紙に文字を「手書き」するのとでは、大して違いは無いどころか、脳の働きには雲泥の差があるらしいのだ。つまり、PCで字を書くと言うことは、「文字キー」を選択するだけの単純作業なのだこれに対して、手書きは、漢字の再認という記憶の喚起から始まる複雑な作業を必要とするのだしかし、よく考えてみれば当たり前なのかもしれない。 例えば「憂鬱」の「鬱」という漢字を、「キーボード」で入力するときには「う・つ」もしくは「U・T・U」という位置のキーを叩いて、変換された漢字のうちから正しいものを選べばいいだけであるのに対して、手で書くとなると(もちろん私は書けないが…)その漢字に関する記憶を総動員して、筆順なども考えて手を動かさなければならないのだから、脳の活動に歴然とした差が生じるのは当然なのだろう。 番組では、社内で漢字検定をやっている企業が取り上げられ、社員の漢字能力を高める努力をしているところもあるらしい。とりわけ「ケータイ世代」とも言うべき若い世代ほど、脳の活動にとって必要な訓練が不十分になっているということだろう。つまり、若い世代は、PCで文章を書くから、語彙が少なかったり、文章が下手だったり、教養を感じられないのは、そういうことか!納得だ 脳の活動が不活発になるということは、単に漢字が思い出せないとか、国語力が低下するというような問題にはとどまらない。ある程度のインプットが終わった大人にとっても重大なことだが、まだインプットも十分ではない子どもたちが大人以上にケータイをピコピコと長時間打ち続けることは脳そのものの発達にとって甚大な影響が考えられるのかもしれない。早い話が子供には、PCより、「手書き」をさせろ!その方が、脳が発達する、と言うことだなぜ脳の働きにそれほどの「違い」が出るのか、これからさらに研究が進んでいくのだろうが、科学的データをみるまでもなく直感的に「違い」に気づく書道家や手書きノートをたくさん書いてきた人がいるということだろう。 書道家・石川九楊は、ただ「手で書く」ことだけでなく、「縦に書く」ことと「横に書く」ことの間にも大きな違いがある、と書いている。(2005年9月17日号 リンク )同じあとがきで樋口はこうも書いている。 《ノートの場合、紙面に書いたときの直接の感触が脳に伝わっているのだろう。紙の弾力性や、こすれの摩擦の振動にも、脳は即座に反応する。鉛筆のこすりつけるような感触ばかりでなく、毛筆の柔らかく滑らかな感触も、脳を楽しませる。最近のボールペンは進化して、かすれることのない筆記具合を楽しめるようになった。指先に脳の小さな出張所があるのではないかと考えたくなるほどである。》(244〜245ページ)この感覚は分かる。鉛筆や筆やボールペンを使うときには限らない。 万年筆のインクの流れや、紙によって吸い込まれていくスピードや滲み方が違うことや、同じ水性ペンでもメーカーによって微妙に違うことや紙との相性、色鉛筆やコンテもメーカーだけでなく国によっても微妙な差があること、水彩絵具もそうだし、紙によって発色が違う点などなど…、デジタルでは逆立ちしてもかなわない独特の世界がある。 「手で書く」ということには、デジタルには及びもつかない深い脳の活動が関係しているに違いない。 ーーー 4 ーーー手書きメモはPDFで保存 OneNote併用で検索もできる 2017年06月20日http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/coltop/15/118183/061500089/以前、このコラムで、手書きのノートはすぐにスキャンすること、スキャンするのに適したノートやメモ帳、アプリについて取り上げた(関連記事:メモ書きは即スキャン 仕事が早まるデジタル化の極意)。今回はその保存方法や活用方法を紹介したい。 さて、僕は手書きのメモをスキャンするなり、スマートフォンで撮影するなりした後、PDF形式に変換してパソコンの「手書きノート」というフォルダーに保存している。以前は、スキャンしたメモを「Evernote」に直接転送し、画像として「ノート」に添付する形で保存していたのだが、あるときノートからスキャンしたメモだけを取り出すのが大変なことに気付いたのだ。 Evernoteでは、ノートを選択して「ノートをエクスポート」し、「単一のHTML Webページファイル」として書き出すと、ノートに添付した画像だけ取り出せる。ただ、このひと手間が面倒だ。しかも、iPhoneで撮影したメモの画像は、Evernoteに保存した後で取り出すとPNG型式になってしまう。 使用するアプリを乗り換えるときもやっかいだと気づいた。僕は最近、メインで使うノートアプリをEvernoteからOneNoteに乗り換えようとしたのだが、専用のツールを使っても移行作業がいまいち上手くいかない。大量のノートが溜まってから取り出せないと大変すぎる。そんなこともあって、手書きのメモを保存する際は、すべてPDF形式のファイルにしておくことにしたわけだ。私は、Evernote に興味はあるのだがまだ、学習していないだから、これ以上は何も言えない ーーー 5 ーーーなぜ、手書きのメモはノートPCに勝るのか2015年11月05日 マギー・マグロイン 『ハーバード・ビジネス・レビュー』の編集インターン会議中、ノートPCやタブレットでメモを打ち込むのが当たり前となった。しかし、これは記憶への定着と内容理解の両方において、手書きに劣ることが実験で示された。 HBRの編集インターンである私は、オフィスに通うようになって日が浅いが、会議にペンとノートを持ってくる人をごく稀にしか目にしない。かつて毎週の会議ではリングノートとペンが主流だったそうだが、時とともにノートPCや薄いタブレットに取って代わられたという。 至極当然であろう。テクノロジーを駆使することが強く求められる今日、ミーティングの最中であっても、リンクを送ったり、オンラインで資料へのアクセスや会話をしたりすることが当然とされている。即座に達成感を得たい私たちはもはや、会議後に自分のデスクに戻ってから資料を送るという悠長なやり方には耐えられないのだ。それにはデジタルでメモを取るほうが便利なはずだ。 では、手書きは滅んでしまったのだろうか。会議にペンと紙を持って行くのは恥ずかしいことなのか。 この問いについて探ったところ、プリンストン大学のパム・A・ミューラーとUCLAのダニエル・M・オッペンハイマーによる研究では、答えはノーであるようだ。研究結果によれば、ノートPCだけでメモを取ると、新しい知識を吸収しづらくなるという。何も考えないまま、ただ逐語的に入力する傾向が強くなることが主な原因だ(英語論文)。「ノートPCでメモを取る行為は、全般的な概念理解および新情報の記憶に悪影響を与えるか」 ミューラーとオッペンハイマーは、この問いに対して3つの異なる実験を行った。 最初の実験では、プリンストン大学の学生たちを一室に集めTEDの講演映像を何本か見てもらった。参加者には、講演を視聴しながらデジタルでも手書きでもよいので「授業でいつも自分がやっている方法でメモを取る」よう指示した。その後、講演内容について「事実関係を思い出させる質問と、概念の理解度を試す質問の両方に回答」してもらった。 学生たちの得点は、手書きのグループとデジタルのグループで大幅に異なっていた。ノートPCを使った学生たちは、講演のあいだ「書き起こしに近い」長文のメモを取る傾向が見受けられた。しかし概念理解に関する質問では、手書きのグループのほうが有意に高い得点を取ったのである(事実関係のテストでは有意の差はなし)。ミューラーとオッペンハイマーは、ノートPCによる「逐語的な書き取り」が記憶の低下を招いたのではないかと考えた。 だがPCでメモを取ることの弊害は、すべての言葉を捕らえようとしてしまうことに留まらないのではないか。そう2人は推測した。そこで第2の実験では、PCでメモを取る新たなグループに対し、講演を一字一句記録するのは避けるようにと指示した。「自分自身の言葉でメモを取ってください。話し手の言葉をそのまま入力するのではなく」と告げたのである。 参加者たちは今回も講演の映像を見て、それぞれメモを取り、その後テストを受けた。 逐語的なメモは避けるように、という指示は「まったく効果がなかった」。ノートPCを使った学生は、自分の言葉ではなく、やはり「書き起こしに近い」方法でメモを取ったのである。前回同様、逐語的なメモと低い成績の全般的な相関関係は変わらなかったという。研究者らは第3の実験で、別の可変要素に着目した。PCを使った学生は、手書きの学生よりもメモの語数が格段に多い。そこで2人は考えた。「より多くの内容を外部記憶装置に収めているのだから、自分のメモを復習する機会を与えれば、テストの成績が上がるのではないか」。PCを用いれば、直後には内容を思い出しにくくても、時間が経過すれば詳しいメモが役立つことになるかもしれない。 この実験では、参加者にノートPCか筆記用具のいずれかを与えて、講演のメモを取らせたあとで、「来週、講演についてのテストを受けに来てもらいます」と告げた。翌週、テスト前に10分の時間を与え、参加者らに自分のメモを復習させた。 PCを使用した学生は、やはりメモの分量が多かった。だがテストの結果は、概念理解と事実関係の両方で、手書きの学生のほうがよい成績を上げたのである。 この最後のテストで明らかになったのは、PCを使うと逐語的にメモを取る傾向が強まる結果、学習が妨げられてしまうという可能性だ。「メモの分量が多いことには、ある程度のメリットがある。しかし、何も考えないまま単に言葉を書き連ねるやり方をすると(これは手書きではなくPCを使ったときに起こりがちだ)、そのメリットも消えてしまう」とミューラーとオッペンハイマーは述べている。 読者の皆さんは、詰め込み式のテスト勉強をする機会はもうないかもしれないが、会議で出てきたフレーズや日付、統計データなどを、その後に思い出す必要はあるだろう。私たちが会議でメモを取るのはそのためだ。デジタルツールでスマートに仕事をする方法が多々あるのは事実だが、ノートPCやタブレットを机に残し、ノートとペンを持参するようにすれば、より多くのことが頭に入るかもしれない。 メモを取る方法に加えて、書く「内容」にも十分に注意を払おう。スライドを書き写すことばかりに気を取られて、話し手の言葉に耳を傾けることがおろそかになってはいないだろうか。メモは自分の言葉で書こう。そうすれば、ただコピーするのではなく内容を咀嚼し、要約しやすくなるはずだ。 もちろん、会議のタイプはさまざまなので、出席する会議に応じた判断が必要だ。いくつかの日程やTo Doリストを書き留めるだけ、あるいはインターネット上の資料にアクセスする必要があるときは、ノートPCやタブレットを持参すればいい。しかし、プレゼンテーションや進捗報告、業績評価のような会議では、記憶にしっかり留めるべき情報がある。デジタルデバイスを手放してノートとペンを手に参加することで、自分の記憶力が活躍してくれるかもしれないのだ。HBR.ORG原文:What You Miss When You Take Notes on Your Laptop July 31, 2015■こちらの記事もおすすめしますGEがリーダーの資質として最重視する、「聞く力」クエーカー教徒に学ぶ、究極の「聞く技術」 この記事は、まったく、太字で強調するような部分が無い、駄文であった(笑)
2017.09.15
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ーーー 記事 ーーー「トランプ大統領でも頼らざるをえない日本」 特殊な状況に着目する英米紙Sep 6 2017 北朝鮮が8月29日早朝に発射した弾道ミサイルは、北海道・襟裳岬上空を通過して同岬の東方約1180kmの太平洋上に落下した。これにより、全国瞬時警報システム(Jアラート)が配信され、一般市民も北のミサイルの恐怖を実感することとなった。これでさすがに多くの日本人が「平和ボケ」から目覚めたと信じたいが、一方で、「しょせんはアメリカ頼み」と自分で自分の身を守ることに対するあきらめの声も聞こえてくる。 海外メディアはこうした日本の市民感情を踏まえ、「平和憲法による軍事的制約下にある」という日本の特殊事情に着目している。ワシントン・ポスト紙(WP)は「日本は混乱を極めるトランプ政権であっても、アメリカに従うほかに選択肢はない」と指摘。英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、8月17日の小野寺五典防衛相と河野太郎外相の訪米を受け、アメリカは「ドナルド・トランプ就任以来、28回目の日本防衛のコミットメント(関与)」を再確認させられたと報じた。いずれも、憲法改正を経て自立を目指す安倍晋三首相の野望とは裏腹に、北朝鮮危機により日本の現実が浮き彫りになったという論調だ。◆トランプ政権に28回目の再確認 もともとトランプ政権に批判的な論調が目立つWPは、8月27日付のオピニオン記事で、トランプ氏を「混乱し続ける予測不能な大統領」と表現。一部のヨーロッパ諸国はそんな危うい今のアメリカと距離を置きつつあるが、日本はそうしたくてもできない状況にあると見る。「目の前の北朝鮮の脅威に直面すると同時に、台頭する中国から長期的な挑戦を受けている日本」は、「混乱中のワシントンに自身を委ねざるを得ない状況」であり、日本政府は新任の小野寺・河野両大臣を派遣して「日米同盟に倍賭け」したとしている。 小野寺・河野両大臣は8月17日、ワシントンで米側のジム・マティス国防長官とレックス・ティラーソン国務大臣と安全保障協議委員会(2プラス2)を開いた。日本側のおもな狙いは米側の「核の傘」の提供を含む日本防衛へのアメリカのコミットメントの再確認だったというのが、WPやFTの見方だ。ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)も、「平和憲法によって長年軍事力が制限されてきた日本は、特に安全保障の面でアメリカとの関係を弱めるつもりはない」として、「朝鮮半島情勢が緊迫する中、両国の同盟をしっかりと固めた」と2プラス2の成果を評価している。 いつでもミサイルを打ち込めると脅してくる相手に対し、それがいざ実行されるという段階で、軍事力の行使が制限されている日本が自力でできることは少ない。トランプ政権がいかに気まぐれであっても、目の前にある危機に対しては、「アメリカ頼み」しかオプションはないというのが、WP、FT、NYTの一致した見方だ。直接的な被害が十分に懸念される日本にとって、「北朝鮮の核開発は根絶されなければならない。そこに一切の議論の余地はない」と、河野外相は2プラス2終了後にWPに語ったという。同紙はこの発言を受け、「日本はそれを実現するために、アメリカに頼り続けている」と書く。◆「アメリカ頼み」の他に選択肢がない 河野外相はまた、「アメリカと同盟国は、経済制裁などの外交努力を支援するために、軍事力による効果的な圧力を加え続けなければならない」という考えをWPに示したという。これについて、WPは、「金正恩氏がグアムへのミサイル攻撃を取り下げる意志を示した後、トランプ氏は北朝鮮と話し合いのテーブルに着く可能性を示唆した。しかし、日本にとってはそれでは不十分だ。日本はトランプ氏に、北朝鮮に対して核実験を中止するだけでなく、現在保有している核とミサイルを廃棄することを要求するよう、求めている」と、日米の温度差を指摘している。 NYTは、安倍首相について、「トランプ大統領を支持する姿勢は揺らいだことがないようだ」と書く。さらに、「彼はトランプ氏の自国での政治的混乱について、めったに批判はおろかコメントすらしない数少ない世界のリーダーの一人だ」とし、その背景に「個人的な心情と同時に、不安定な地域における最大の庇護者として、日本はアメリカを必要としているという強い自覚」があると見ている。 政治コンサルタント会社、テネオ・インテリジェンスの日本アナリスト、トビアス・ハリス氏も、日本が移り気のトランプ政権に粘り強く追随し、繰り返し庇護の確約を求めるのは「単純に、現実的に他の選択肢がないからだ」と語る。朝鮮半島、あるいは尖閣諸島という「裏庭」での膠着状態を打破するためには、アメリカの関与が必要不可欠だと同氏はNYTに解説している。◆日本のジレンマの根源は「アメリカ」そのもの 目の前の現実とは対照的に、安倍首相の長期的な展望は憲法改正・自主独立にあるというのも、各メディアの一致した見方だ。WPは、「念のため言っておくが、日本が今現在トランプ政権に従っているのは、それ以上に良い選択肢がないからだ。(将来的には)日米両国とも日本がより自主独立し、地域でより大きな役割を担う同盟国に進化することを望んでいる」と書く。また、FTは、日本の世論の一部に、トランプ政権に対する安全保障上の懸念があると指摘する。その一つは、前オバマ政権の政策のほとんどを否定するトランプ政権が、オバマ氏が掲げた「アジア基軸戦略」による北朝鮮・中国の封じ込め政策も捨てるのではないかという懸念だ。また、「アメリカ・ファースト」のスタンスが、「ある特定のタイプのアメリカ大統領は、いざその時になったら日本人の命のためにアメリカ人の命をリスクにさらすことに対して、尻込みするのではないか」という日米同盟の背後に綿々とあり続けてきた懸念を強めているとFTは指摘する。 同紙は、日本と同じく北朝鮮の脅威にさらされている韓国は、「軍事的・外交的計算に基づいてアメリカとの関係を築いている」と見ている。一方、「アメリカによって書かれた平和憲法によって軍事的制約を受けている」日本は、アメリカに対して韓国のようにある意味で他人行儀なドライな関係を築けず、親子のような一蓮托生な関係にあると指摘。日本のジレンマの根源は、平和憲法を書き上げたアメリカそのものである、とFTは結論づけている。 ーーー 私の感想 ーーーこの記事、と言うか、米国側の日本の立場の読みだが実に、踏み込んで、正鵠を得ているこれを読めば、如何に安倍首相が、ならぬ堪忍をしているかがわかるはずなのだがまさに韓信の股くぐり心ない売国左翼と左翼メディアは、容赦なく安倍首相を叩くその一方勝手と言えば勝手だが某ブログは相変わらず重箱の隅をつつくような些事ばかり語って古いかもしれないが男子として生まれたからには自分自身は例え木偶の坊であっても一応は、天下国家を語るべきでは無いか?それが本来はブログのはずだゴミダメに捨ててもいいようなどうでもいいことは語るな!と、今晩は私、青臭いな
2017.09.13
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「酒を飲むと創造性がアップする」実は、私は、以前から、このことに気づいていた今はそういうことはしていないのだが昔は、酒を飲みながらこのブログ記事を書いていたのだ(笑)昔は、楽天ブログのブログ主同士の交流が楽天独特のリンク・システムという助けもあってまた、読んだもののコメントを書き込まないで去ると「読み逃げ(笑)」とされて時によっては、そのブログ主が追っかけてきて(笑)「読み逃げはしないでください 何かコメントを書いていってください」と脅迫する(笑)事もあったのだがま、そういうこともあって、楽天同士の交流が盛んで記事をアップするとすぐに大勢が押し寄せてきて(笑)わいわいガヤガヤと楽しかったのだがその時私に、酒が入っていると自分で言うのも何だが(笑)当意即妙の受け答えが出来たり我ながら、洒落たひねりがきいたユーモアを発揮したり(笑)要するに、しらふでは出てこない種類の軽妙洒脱なレスが書けていたのだ昔と違って今の私の記事の内容は、国際情勢などを生意気に論じたものなど主流であまりユーモアとは関係の無いものになっているがそれに第一、コメントが全く来ない(笑)少数の友人達を除いてまあ、言いたいのは、酒が適度に入ると、発想が豊かになると言う体験的なことであるこの記事を読むと「なるほど なるほど 槽だよな~!】と、うなずいてしまう ーーー 記事 ーーーお酒を飲むと創造性がアップする 飲みすぎると逆効果 研究結果Sep 3 2017 David Tadevosian/shutterstock.com. 仕事でなにもアイデアが浮かばないとき、少々のアルコールがあなたのクリエイティビティを活性化させてくれるかもしれない。最新の研究でアルコールにより人間の創造的認知に好影響をもたらすことが発表されたのだ。◆三つのテスト オーストリアのグラーツ大学の研究チームは、アルコールが創造的認知にどういった影響を与えるのかを調査した。研究チームが実施した実験では、19-32歳からなる70人を対象に、ビールでアルコールをほどほどに摂取するグループと、ノンアルコールビールを摂取するグループに分けられた。アルコールを摂取するグループのビールの量は、血中アルコール濃度がUS BACで0.03%になるように、対象者の性別や体重、年齢を考慮して調整された。 そして参加者は実務能力、創造的な問題解決能力、様々な観点を関連づける能力である発散的思考力の三つの能力が測られた。 1つ目の実務能力を計測するテストでは、アルファベットを一文字ずつランダムに画面に写し、画面に表示された文字が2つ前に表示された文字と一緒のときを判断させた。2つ目の創造的な問題解決能力を測るテストでは、関連性のない三つの単語を見て一つの言葉を連想させた。そして発散的思考力を測るテストでは、傘や靴などのある物に対して、どのような使い道があるか独創的な答えを求めさせた。 結果は、アルコールを飲んだ者には実務能力が低下する一方で、創造的な問題解決能力には向上が確認された。一方で発散的思考力についてはアルコールの影響は観測されなかったという。◆独特である創造的な問題解決能力 アルコールを飲んだらなぜ創造的な問題解決能力が向上するのか。その鍵は創造的認識力がその他の認識活動とは一線を画するものであることが関係しているようだ。創造的認識力とは、一般的に自分の意識下で行なうものと、自分のうちから思わず出てくる自発的なものの相互作用から成り立つものである。他の思考においては有効な認知的制御だが、無意識にとってあだとなってしまうことがある。アルコールを飲むと、一点に集中してしまいがちな人間の視野を広げ、前述の相互作用を促すことでより創造的な思考プロセスを行いやすくなるとのことだ。◆飲み過ぎには注意 ただクリエイティブになりたければ、どんどんお酒を飲めばよいのではないかと考えるのは禁物だ。人間のクリエイティビティにとって有益な効果は、ほんの少しのアルコール量だけで到達できるものであり、それ以上の摂取はむしろ創造性を損なうものなのだという。 また、アルコールによってあらゆる面でクリエイティブになれるわけでもないようだ。アルコールは、一点集中型の思考プロセスだけでは解決できない創造的な思考プロセスを行なう際には有効である。その一方で、アイデアを評価したり実行するための思考の際には高い認知的制御が必要となるので、それを弱めるアルコールは悪影響とのことだ。 我々が思考する際には、理路整然としすぎて独創性を欠くときもある。これが理路整然としすぎている私の悩みだオイオイお酒が体質的に弱い人には当てはまらないだろうが、もう少し創造的な思考がしたい時には一缶のビールが有効となるのかもしれない。
2017.09.13
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ーーー 記事 ーーー「電磁パルス」と「火星13」 北朝鮮が目論む次の挑発AERA dot. 北朝鮮の“挑発”が止まらない。日本上空を飛んだ中距離弾道ミサイルに続き、9月3日には6回目の核実験を強行した。 核実験の爆発規模は過去最大で、160キロトンに上った。実に広島に投下された原爆の10.7倍のエネルギーだ。北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)搭載型の水爆実験に成功した可能性がきわめて高い。 軍事評論家の田岡俊次氏が指摘する。「広島原爆の熱線による被害は爆心地から半径3キロでしたが、160キロトンの水爆だと半径6.6キロにまで広がります。万一、東京に水爆が落とされたら、私が試算したところでは死者数は約200万人に上ります」 建国記念日に続き、10月10日には朝鮮労働党創建記念日を迎え、今後も急ピッチに弾道ミサイル発射実験や核実験をくりかえすと見られている。韓国在住のジャーナリスト、ベヨンホン氏が言う。「咸鏡北道豊渓里(ハムギョンブクトプンゲリ)の地下核実験場は四つの坑道があり、今回の実験を行ったのは2番坑道です。2番坑道は崩壊しましたが、同時進行で3番坑道を完成させ、4番坑道も現在建設中です。ということは、近いうちに少なくとも2度の核実験を立て続けに実施するはずです。金正恩氏はさらに爆発の威力の増大にこだわり、核弾頭の小型化も含めて精度を上げていくことに腐心するでしょう」 水爆実験の成功は、北朝鮮が米国を威嚇し、軍事攻撃を抑止するための選択肢が増えたことを意味する。核実験に合わせて北朝鮮が初めて言及したのが、EMP(電磁パルス)弾の開発だ。EMP攻撃は高度数百キロの上空で核爆発を起こし、強力な電磁波を発生させて電気・電子機器を損壊する。兵器など軍事施設を麻痺させるばかりか、大規模停電が起こり、生活基盤となる社会インフラをも破壊することになる。しかも完全復旧には年単位の時間がかかるというから、ターゲットにされた国は尋常ではない被害を受けることになる。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の李鍾元(リージョンウォン)教授が解説する。「核爆発させる高度によって異なるでしょうが、半径数百キロから1千キロに及び、日本本土がすっぽり入ります。アメリカの上空で爆発させても、広範なエリアの都市が機能不全状態に陥ることになる。現時点で北朝鮮のICBMは数が限られているし、命中精度や誘導能力も十分ではない。しかし、EMP攻撃ならば命中力は精密でなくてもいいし、大気圏再突入技術も必要ない。米国への威嚇として、金正恩氏はEMP攻撃のような使い方もあるのだぞ、と誇示しているのです」 さらには、未知なる新型ICBM「火星13」の存在が米国を脅かす。7月に高角度のロフテッド軌道で発射した「火星14」の射程は5千~1万キロとされ、米西海岸のロサンゼルスや北部のシカゴまで届くとされている。ところが、2段式で液体燃料の「火星14」に対し、「火星13」は3段式で固体燃料を使うと見られている。飛距離をさらに延ばし、東海岸のワシントンDCやニューヨークなども射程圏内に収めるという。「現時点では届かないが、米東海岸まで約1万1千キロですから、あと半年もあれば完成させてしまうのではないか」(前出・田岡氏) もちろん、米国の圧倒的軍事力を前に、北朝鮮が本気で戦争を仕掛けるとは、通常は考えにくい。北朝鮮の目標は、弾道ミサイルの脅威を極限まで高めて、米国を直接交渉の席に着かせることだろう。そのうえで金正恩体制維持の保障と、事実上の核保有国として認めさせるというのが、北朝鮮の描くシナリオだ。 それでも不測の事態は起きる可能性がある。前出の李教授が警鐘を鳴らす。「北朝鮮は情報収集能力も低く、本音では米国に対して怯えている。米国がグアムに配備している戦略爆撃機B−1Bなどを近くまで展開すれば、圧迫行為のつもりでも、不安に駆られた北朝鮮は本当に攻撃に来たと誤認して戦争への触発となる恐れがある」 戦争を回避するにしても北朝鮮の交渉相手は日本でも韓国でもなく、あくまで米国なのだ。「北朝鮮に『通米封南』という言葉があります。米国との直接交渉により韓国を封じ、抑え込むという意味です。ICBMの開発の放棄と引き換えに、在韓米軍の撤退が最終目標です。それは中ロの望むところでもある。そうなると北朝鮮と中ロ、米国と韓国に日本を巻き込んだ形で新たな緊張状態が生じる可能性もあります」(前出・ベヨンホン氏)(本誌・亀井洋志、上田耕司、直木詩帆、太田サトル/岸本貞司)※週刊朝日 2017年9月22日号 ーーー 私の意見 ーーー「北朝鮮の挑発」と、誰もが言うが私は、この表現は間違いだと思う挑発は、本気では無いが、脅かしている、と言う意味合いになるしかし、北朝鮮は、本気で必死に開発している米国を、必要とあれば、壊滅に近い打撃を与える武器すなわち● 核、特に水爆● 米国東海岸を射程内とするICBM● EMPを、一瀉千里に開発中そのために● ICBM発射● 核実験を繰り返すが、これは挑発などでは無く、目的達成への必要な過程なのだメディアの言辞には、ごまかしが多い北朝鮮は、上記の武器を実戦配備して初めて米国と対等の交渉(国体の保持が必須条件)をしようとしている明々白々では無いか?米国はともかく(笑)日本は、米国よりさらに数段深刻な危機に直面しているしかも日本国民は、それを実感として感じていないさらに売国左翼が跳梁跋扈している● 水爆● EMP共に、一発で、日本を壊滅させる威力があるさらに、ICBMで無ければ到達しない米国と異なり日本は、すでに、とっくの昔に北朝鮮が数百も保有していると言われる短距離・中距離ミサイルの完全な射程に入っているのだこのミサイルに水爆またはEMPが搭載され鱈と思うと地球最後の日、ではないが日本最後の日、が、いつの日にか到来する可能性が現実にあるのだ特に、日本には、北朝鮮が怖がる在日米軍基地がある格好の目標であるさりとて、売国左翼のように【米軍は日本から出て行け」などとなれば日本は、北朝鮮に対する抑止力を持たない、丸腰の獲物、になってしまうしかし、売国左翼は、日本を● 戦力も軍隊も無い● 抑止力の無い● 米軍との集団的自衛権も無いそういう日本に従っているそれはいいとして(笑)日本が壊滅したら、売国左翼どもはどうするのだ?まだ、平和憲法護持を叫ぶのか?(笑)誠に、日本の売国左翼は、世界の珍獣であるそろそろ【貴方は人生最後の食事に、何を食べたいですか?】等という質問に対する答えを考え始めなければ(笑)と言っても、ミサイルは突然飛来する食べたい食べ物の調達をする暇も無いだろう(笑)あらかじめ、買いそろえておくか?(笑)最後の食事の備蓄、である(笑)しかし、待てよ!本土を遠く離れた離島などに引っ越したら北朝鮮の脅威からは逃れることが出来るかもしれないしかし、沖縄は、一番やばい(笑)しかし、尖閣まで行くと、行き過ぎ(笑)小笠原諸島などがいいかもしれないな一応、東京都だし(笑)そこまで行かなくても八丈島あたりもいいかも一度行ったことがあるが島民はみなのんびりした人達だった帰りの飛行機の出発の時間が迫っているのに民宿のお母さんは、朝食をのんびり準備して(笑)黒糖の焼酎がうまかった航空機はYS-11だった
2017.09.13
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以下は、私自身のためのメモ的コピペ私自身もまだ読み終わっていない「自己本位」と「則天去私」 ―漱石における自己への態度―(一)'Jikohoni' and 'Sokutenkyoshi': Attitudes towards the self in NATSUME Soseki's life and works(Ⅰ) 武 田 充 啓 はじめに 「自己本位」と「則天去私」は、いずれも夏目漱石にまつわる言葉としては、かなり有名なものです。漱石の生活やその作品のうちに窺うことのできる思想のうちでも、とりわけ大きな二つの核になる思想といってよいものだと思われます。ではこの「自己本位」、あるいは「則天去私」とは、それぞれどのようなことを意味するのでしょうか。 最初に「自己本位」ですが、漱石は『私の個人主義』*1で「自己本位」をたいへん肯定的に述べます。あとでくわしく見るように、そこにいたるまでの過程がたいへん重要なのですが、「自己本位」の一般的な意味としては、判断や行動の基準を自己に置く。他人に動かされず、自ら動く。自分の考えに自信をもち、自己を手放さない、くらいのところでしょうか。「自己中心主義」といっても違いはないのかもしれません。漱石のいう「自己本位」も、ほぼ同じ意味と考えてよいでしょう。ただし漱石自身、他人にも自己があり、他人は他人でまたその自己を本位にしてよい、と認めることになるのですが、彼の「自己本位」は自身の「自己」だけでなく、他者の「自己」もまた尊重する思想へと時間をかけて鍛えあげられたものであるということは、確認しておきたいと思います。 もう一つの「則天去私」は、最晩年における漱石の心境あるいは覚悟のようなものとして伝えられてきた言葉です。小論では、晩年に限らない漱石の理想とする境地あるいは態度・姿勢・方法としてとらえ、「去私」を中心に扱うことにします。「天」を詳しく吟味するということは、それだけでも大仕事で、ここでは扱いきれませんし、また、そのように「天」を明確化する以前の考察としては、「則天去私」を、たとえば「悟り」という語が示すような、宗教的な悟達の境位、あるいはすべてを見通してしまう明澄で透徹した認識を可能にする超越的な境位といったものから、とりあえずは遠ざけておきたい、という思いもあるからです。そこで「(則天)去私」の意味ですが、これは「自己本位」とは逆に、自分を(「天」のような大きなものに比べて)小さいものと考え、「私が」「俺が」という自覚心の強い自己を、あるいは利に聡く探偵的になりがちな自己を、離れること。自分の感情や欲望などにこだわらず、そこからいったん距離を置いて、そして自分を含めた世界をより冷静に客観的に眺める、くらいの意味でしょうか。この姿勢もまた、たんなる精神衛生上の態度といったものから、「自己」の認識を深める方法としてのそれへと進化していくことになります。 自分を大切にするということと、自分を捨て去るということ。この二つの考えは、一見するとちょうど正反対の方向に向かっているように見えます。たとえば、自己を中心に考えるべきというのは、西洋的な価値観のようだし、他方、自分というものから離れてみようというのは、東洋的な智恵のようだ、というふうにです。しかし、二つともまちがいなく漱石が大事にしていた考えです。 さて、ではどういうかたちで漱石は、この一見相反するように見える二つの考えを、自らのうちに共存させることができるようになったのでしょうか。小論は、作家以前の頃からその最晩年に至るまでに漱石によって書かれたもの(小説作品以外のものも含めた)全般を対象としつつ、この問題をめぐって考察するものになります。 一 欲学葛藤文字技(出発点としての漢文学) 「元来僕は漢学が好で随分興味を有つて漢籍は沢山読んだものである」(談話『落第―「名士の中学時代」』「中学文芸」明治三十九年六月)。かつて二松学舎に学んだ漱石の教養の基礎には漢学があります。むろん漢文を読むというだけでなく、すでに二十三歳の頃には、正岡子規の『七艸集』と互いにとり交わし批評しあった『木屑録』(明治二十二年)のような漢詩文集をものするだけの力がありました。英国に留学する以前から、漱石の表現手段の一つに漢詩があったのです。 松岡謙は、漱石が「英語に転向」したのち「潔く漢詩文を捨てたと自分で書いている」にもかかわらず、「その実、捨て切れず、詩友を得ると忽ち詩の贈答をおっ始める」と述べて、次のように続けています。「つまり漢詩は生涯彼の『三つ児の魂』であったので、専門の詩人たる事はその時限りあきらめたが、何かに触発されると、この魂が忽然として目覚め、活発に働き出した。殊に歿年の『明暗』時代に放たれた数ヵ月にわたるまばゆいばかりの光芒のすさまじさ、すばらしさ」*2。漱石の漢詩といえば、松岡氏も指摘するように、やはり『明暗』執筆時期のものがよく取りあげられます。それからいわゆる修善寺の大患以後に書かれたものに詩境のいちだんの深まりを見て評価する向きも多いのですが、ここでは留学前の時期に作られた漢詩に注目したいと思います。 後に初期の小説において自ら引用することになる、たとえば『草枕』(明治三十九年)(十二)に主人公の画工の作として載せられている「三十我欲老/韶光猶依依/逍遥随物化/悠然対芬菲(三十 我(われ)老いんと欲し/韶光(しょうこう) 猶(な)お依依(いい)たり/逍遥(しょうよう)して 物化(ぶっか)に随(いたが)い/悠然(ゆうぜん)として 芬菲(ふんぴ)に対す)」と結ばれる五言古詩「春興」(明治三十一年)*3、あるいは『虞美人草』(明治四十年)(十二)に、甲野さんの日記に「一聯が律にも絶句にもならず」に残されていると、その一部が紹介されている「鳥入雲無迹/魚行水自流/人間固無事/白雲自悠悠(鳥入りて 雲迹(あと)無く/魚(うお)行きて 水自(おのずか)ら流る/人間(じんかん) 固(もと)より無事(ぶじ)/白雲 自(おのずか)ら悠悠)」と結ばれる五言古詩〔無題〕(明治三十二年)*4のように、老荘の影響を大きく受けた陶淵明ばりの、出世間的な境地を詠った詩が、この頃の作にもあります。 松岡氏が、『草枕』に引かれたシェレー(シェリー)の詩を参看することを促しながら「漢詩には珍しい大胆な表現」「全詩中、最も異色ある吟詠」*5と評した五言古詩「菜花黄(さいかこう)」(明治三十一年三月)*6を見てみましょう。 菜花黄朝暾 菜花 朝暾(ちょうとん)に黄に 菜花黄夕陽 菜花 夕陽(せきよう)に黄なり 菜花黄裏人 菜花 黄裏(こうり)の人 晨昏喜欲狂 晨昏(しんこん) 喜びて狂わんと欲す 曠懐随雲雀 曠懐(こうかい) 雲雀に随い 沖融入彼蒼 沖融(ちゅうゆう) 彼の蒼に入る 縹渺近天都 縹渺(ひょうびょう)として 天都に近く 迢逓凌塵郷 迢逓(ちょうてい)として 塵郷(じんきょう)を凌(しの)ぐ 斯心不可道 斯(こ)の心 道(い)う可からず 厥楽自黄洋 厥(そ)の楽しみ 自(おのずか)ら黄洋(こうよう)たり 恨未化為鳥 恨(うら)むらくは 未(いま)だ化して鳥と為(な)り 啼尽菜花黄 菜花の黄を啼(な)き尽(つ)くさざるを 「晨昏」の句に「狂」の字が見えますが、それがそのまま「迢逓」の句の「凌」の勢いにつながっているように思えます。喜びに気が狂いそうなほど菜の花の黄色一色に染まった世界で、ひろびろとした気持ちがひばりに連れしたがって、おだやかな気分が天にまで昇っていきます。それでもまだこの喜びは歌い切れていない、と作者はこぼします。しかし詩人はこのとき、間違いなく俗世間からはるか高くに抜けだし、それを遠くに眺める境地にいます。もう少し正確にいえば、そうした境地にいる人間を詩のうちに仮構し、それに同一化している、ということになるでしょうか。 明治三十一年といえば、漱石が九州は熊本の第五高等学校で教鞭を執っていた時代にあたります。東京師範学校を辞して赴いた松山中学でしたが、わずか一年で見切りをつけて、さらに西へと移動を重ねていたのでした。この頃までにすでに、義父中根重一に教職以外の働き口の周旋を頼んでみたり、現状への不満が募っていて、子規宛ての書簡(明治三十年)*7にも、教師を辞めて文学的な生活を送りたいと洩らしたりしています。やはり本当に親しい友に対しては素直になれるのでしょうか、この頃の漢詩の中でも、子規宛てのものには、漱石の正直な気持ちがまっすぐに現れているように思います。 たとえば、五言律詩〔無題〕(明治三十年十二月)*8の後半、頸聯と尾聯には「秋風吹落日/大野絶行人/索寞乾坤黒/蒼冥哀雁頻(秋風 落日を吹き/大野(だいや) 行人(こうじん)を絶(た)つ/索寞(さくばく)として 乾坤(けんこん)黒(くろ)く/蒼冥(そうめい) 哀雁(あいがん)頻(しきり)なり)」とあり、秋風に夕暮れて、行きかう旅人の人影も消えた黒く広大な天地に、雁がかなしげに鳴く情景が歌われているのですが、一海知義が引いている吉川幸次郎による「哀雁」の訳注に「雁はつれだって飛ぶのを原則とし、むれを離れて飛ぶ『哀雁』は、友に別れた人への連想をもつ」とあるように、また一海氏自身の訳注に「雁は群れをなすが、『哀雁』は友と別れて一羽飛ぶ雁。自らの境遇を象徴する」とあるとおり、たとえ望んで田舎に逃れてきたにせよ、理想の境地とはまた別に、漱石が寂寞とした現実を孤独に生きざるを得なかったことも事実そうだったに違いありません。そしてそうした孤絶の感覚は、向けどころを見つけられないままに滾るばかりの情熱をその胸に秘めていればこそ、いや増しに増したものと思われます。 「吾心若有苦/吾(わ)が心 苦しみ有るが若(ごと)し」と始まる五言古詩〔失題〕(明治三十一年三月)*9は、全部で十六句からなる詩で、第八句「意気軽功名(意気 功名(こうみょう)を軽(かろ)んず)」、あるいは第十二句「孤剣匣底鳴(孤剣(こけん) 匣底(こうてい)に鳴(な)くを)」といった言葉からも窺えるのですが、その結びの四句には「慨然振衣起/登楼望前程/前程望不見/漠漠愁雲横(慨然(がいぜん)として 衣(ころも)を振(ふる)って起(た)ち/楼(ろう)に登りて 前程(ぜんてい)を望む/前程 望めども見えず/漠漠(ばくばく)として 愁雲(しゅううん)横(よこ)たわる)」とあり、そこで描かれている、心を高ぶらせ意を決して立ち上がる、しかし前途は高殿に登って望んでも見えはしない、そういう姿からもまた、作者の、何ものに向けたものかは判然としないながらも、尋常ではない強度をもったその意気込みと、それだけにまた一層深くならざるを得ない憂いとが同時に、ひしひしと伝わってきます。 しかし漱石がどのような思いで英国に留学したかについては、次の七言律詩〔無題〕(明治三十三年)*10に明らかでしょう。 生死因縁無了期 生死因縁(しょうじいんねん) 了期(りょうき)無く色相世界現狂痴 色相(しきそう)世界 狂痴(きょうち)を現(げん)ず屯亶僂校塵中滞 屯亶(ちゅうてん) 校(かせ)を僂(つ)けて 塵中(じんちゅう)に滞(とどま)り迢逓正冠天外之 迢逓(ちょうてい) 冠(かんむり)を正(ただ)して 天外(てんがい)に之(ゆ)く得失忘懐当是仏 得失(とくしつ)に懐(おも)いを忘るるは 当(まさ)に是(こ)れ仏(ほとけ)なるべく江山満目悉吾師 江山の目に満(み)つる 悉(ことごと)く吾(わ)が師前程浩蕩八千里 前程(ぜんてい) 浩蕩(こうとう) 八千里欲学葛藤文字技 学ばんと欲す 葛藤(かっとう)文字の技(わざ) 吉川氏の訳注によれば、第三句と第四句は「しかし」でつながります。すなわち、ぐずついて行きなやみ「靴にかせをはめられたように『塵の中に滞る』のがこれまでのおのれであった。しかし今度はおのれも海外に留学する」*11のだと。それでも、いま冠を正して、はるか天外の地ロンドンで学ぼうとしているのが「葛藤文字」、すなわち人事を描いて滅多にその人事から離れることのないあの英文学の「技」なのですから、天外とまで呼ばれた彼の地もまた一つの「塵中」にほかならない、ということにもなるでしょうか。 吉川氏は、同じ詩の「正冠」の訳注で、孔子の弟子、子路が死にあたって「冠のひもをむすび直し」た故事にふれ「この故事が先生の意識にあったとすれば、先生の留学は、命がけであった」と記しています。漱石に雄飛の気概があったことに疑いはありません。彼なりの「功名」の念もあったことでしょう。しかしこの句のなかでのように消極的な意味で「塵中に滞(とどま)」るのではなく、自覚的に世俗にまみれる決意でいたことがわかります。そこに漱石の「自己」が垣間見える気がします。 しかし、こうして見てきますと、漱石の漢詩の世界には「自己本位」どころか、まずは「自己」というものが描かれきっていない、という印象を受けます。たとえば、五言古詩「春日静坐」(明治三十一年三月)*12の結びの四句「会得一日静/正知百年忙/遐懐寄何処/緬貌白雲郷(会(たま)たま一日の静(せい)を得て/正に知る 百年の忙(ぼう)/遐懐(かかい) 何(いず)れの処にか寄せん/緬貌(めんぼく)たり 白雲の郷(きょう))」にある「遐懐」の句(はるかなる思いを何れの処に寄せようか)に強い情念とでもいうべきものがあることは瞭然としています。しかしそれをもつ主体がさてどのような人間であるか、その輪郭が不明瞭なのです。あるいは、先に挙げた五言古詩「無題」には「江山満目悉吾師」のように「吾」が出てきます。しかし「吾」その人のいわば「顔」が、くっきりとは浮かびあがってこないのです。 感慨はあります。気概も見えます。しかし漱石の漢詩の(あるいは手紙の)直接の受け取り手でもない、間接的な「読者」にすぎないものとしては、そこに個性をもったひとりの人間を見ることは難しいのです。それはこの時期の漱石の漢詩が、俳句同様、贈答しあうものとしての、コミュニケーションの手段という性格が強いものだからなのか、それともそもそも漢詩という形式そのものが、「自己」といったものの表現には適合しないもの(むしろ「自己」から距離をとることによって可能になる表現)だからなのでしょうか。いずれにせよ、そこに「自己」がないならば、「自己本位」などありえない、そういうことになります。 では、「(則天)去私」的な態度あるいは境地についてはどうでしょうか。もちろん、この時期の漱石の漢詩にも、そのような姿勢が窺えます(詩に人物の「顔」がみえにくいのも、「去私」の効果としてそうであるのかもしれません)、しかしそれは自在にとれる姿勢や自由に出入できる境地といったものでは、けっしてなかったようですし、「自己」についての認識を深めるための「去私」的方法といったものにも、まだまだなっていなかったように思われます。 俗世の塵芥にまみれて、その憂愁が深まれば深まるほど、憧憬し希求してしまう避難所のようなものとして、どうやら「去私」の世界はあったようなのですが、それは実際には「私」を去ることができない、「自己」を棄てられないということの裏返しでもあるでしょう。そうした「自己」をうまく盛る器は、まだ見つけられてはいません。しかし「去私」への憧れと同時に、また漱石には当時から「塵中に滞(とどま)」ろうとする覚悟もしっかりとあったということは、あらためて確認しておきたいと思います。それがあったからこそ、彼の「自己」は、それを「本位」とすることができるような、より明確な「自己」へと鍛えあげられることになっただろうからです。 二 何となく英文学に欺かれたるが如き不安の念(英国留学) 漱石の英国留学(明治三十三年九月~同三十六年一月、西暦一九○○年~一九○三年)の成果の一つとして、その『文学論』があります。二年余りの英国留学から帰ってまもなく、漱石は学年途中の四月に帝大講師となり、のちに『英文学形式論』にまとめられる講義を三ヶ月行います。その後、新学年から本格的に行った最初の講義が、やがて『文学論』として書物になります。明治三十六年九月から明治三十八年六月まで、「英文学概説」と題して帝国大学文科大学英文学科で行った日本人による最初の英文学講義がそれで、「文学的内容の形式は(F+f)なることを要す。」という有名な一文で始まります。明治四十年五月に出版された『文学論』には「序」があり、それは前年の明治三十九年十一月に書かれています。 「序」で漱石は、何故このようなものを書くことになったのか、その経緯を説明しています。大意を取ると、『文学論』は、実際には十年計画の書であるが、二年に縮めた未成品・未完品である。しかし多忙極まりない自分の身辺の状況が一変しない限り、今後も完成の見込みはない。それで版行することにした。後生の向上に路を示すことができていればよしとしたい、くらいになるでしょうか。じつはここにも、東洋的なものと西洋的なものとのぶつかり合いがあります。有名なところですが、読んでおきましょう。 翻つて思ふに余は漢籍において左程(さほど)根底ある学力あるにあらず、しかも余は充分之を味ひ得るものと自信す。余が英語に於ける知識は無論深しと云ふ可からざるも、漢籍に於けるそれに劣れりとは思はず。学力は同程度として好悪のかく迄岐(わ)かるゝは両者の性質のそれ程に異なるが為めならずんばあらず、換言すれば漢学に所謂(いわゆる)文学と英語に所謂文学とは到底同定義の下に一括し得べからざる異種類のものたらざる可からず。 漢文学と英文学とは、同じ「文学」という名が付いているけれども、それらは異種類のものである、そう考えるほかにない。それほど漱石はその違いに困惑しました。そうして「文学」というものの正体を自らの手でつかもうと決意します。そこで漱石が試みたのは文学書を捨てることでした。 余が此時始めて、こゝに気が付きたるは恥辱ながら事実なり。余はこゝに於て根本的に文学とは如何なるものぞと云へる問題を解釈せんと決心したり。……/余は下宿に立て籠りたり。一切の文学書を行李の底に収めたり。文学書を読んで文学の如何なるものなるかを知らんとするは血を以て血を洗ふが如き手段たるを信じたればなり。 文学を知るために文学を離れる。この方法は、自己を知るためにむしろその自己を離れる、という「去私」の姿勢に通じます。しかし漱石が文学を知ろうとして文学を離れねばならなかったのは、あるいはまた「大学の聴講は三四ヶ月にして已め」「下宿に立て籠」らなければならなかったのは、彼自身の「知識」や「学力」の偏向や不足のせいではなく、時代の制約のためでもありました。 英文学者の亀井俊介によると、設立当初の英文科の事情は次のようなものでした。明治二十(一八八七)年に帝国大学文科大学に英文科ができます。第一回入学生は一人もいませんでした。翌明治二十一年に一名、立花政樹*13が入学。この年は文科大学全体で入学者が八名でした。明治二十二年も入学生がなく、明治二十三(一八九○)年に一名、これが漱石(第二回生にあたる)で、当時の英文科は文学を教えるのではなく、語学教師の養成を中心とする方針であったようです*14。 同じく英文学者の大橋洋一によると、英国における英文学周辺の事情は次のようなものでした。当時ケンブリッジ大学やオクスフォード大学には「英文学(史)」の講義はありませんでした。一九○四年、ウォルター・ローリーがオクスフォード大学の英文学教授に就任します。それ以前にも英文学教授の席はあったのですが、なり手がなく、ローリーが最初の人でした。彼はインドの大学で英文学の教授をしていました。英国で英文学科とか英文学教授の職ができる前に、植民地であるインドの大学で英文学科や教授職ができていたのです。 自分の国の人間に自国の文化や文学をわざわざ教える必要はありません。しかし外国の人間には教える必要があります。植民地となればなおさらです。そして英語を教えるだけでなくイギリスの文化を教えようとすると英文学という科目が必要になりますし、あるとたいへん便利です。英国本土ではそういう必要性はとくに認められなかったのですが、植民地では事情がちがいました。 つまり英文学は植民地で生まれたのです。インドの他、カナダやスコットランドでも十九世紀にはすでに誕生していました。それ以前は、イギリスの大学で研究に値するのは、ギリシアやローマの古典文学であり、自国の文学などは娯楽や教養として好き勝手に読んでおけばよかったのです。ところが植民地で英文学が教えられるようになり、それが逆輸入される形で、本国でも英文学を研究するようになったのです。 大橋氏は続けて概ね次のように述べています。文学教育はおもに宗主国の文化や伝統がいかにすばらしいかを教える目的を持っていました。たとえば、植民地の読者の教養を高め文明化することで、教養ある労働者なり兵士なりがつくられます。彼らは教養があるので、やみくもにお上に逆らったりせず、説得すれば体制側に懐柔できました。植民地における民族意識の高揚に対して、イギリス本国がいかにすばらしいところであるかを知らしめ、肝に銘じさせるために本国の文学が教えられたのです。 しかし自国内にも「原住民」たちがいました。それは労働者と女性たちです。彼らは素直に言うことをきかない連中でもありました。帝国主義国家の体制から見ると彼らは一種の異民族だったのです。どうやって彼らを体制側に組み込むか。十九世紀においては、もはや宗教に力はありません。そこで自国の文学をネタにして教育が庶民レベルで始まりました。大学における科目としての自国の「文学(史)」はその後から、それを追いかける形でようやく始まったのでした*15。 長い紹介になりましたが、英文学がむしろ植民地で先に誕生し、いちばん最後に本国で始まったという事情は示唆的です。というのも、「自己本位」にしても、その「自己」というものが、そもそもどのようにしてできあがるのか、という問題があります。この「自己」もまた、ちょうど英文学の成立がそうだったように、他者との関係のなかではじめてできあがってくるものだからです。したがって、これからいくつかの漱石の作品その他を読むことになりますが、その中で「他者の他者」としての「自己」が、その関係ともども、きちんと描かれていないかぎり、そこに「本位」にすべき「自己」などありようがないということにもなります。 さて、漱石が「報告書の不十分なる為め文部省より譴責を受け」たという明治三十四年七月二十二日付「英国留学申報書(一)」には「修業所教師学科目等」として「クレイグ氏 W.J.Craig ニ就キ近世英文学ヲ研究ス」、「入学金授業料」として「一回毎々五シリングヲ払ウ(一週二回)」とだけ書かれています。後の明治三十六年一月三日付「英国留学申報書(二)」にも「修業所教師学科目等」として「英語研究ノ外文芸ノ起原発達及其理論等ヲ研究ス 但シ自修」とだけ記されています。やっと明治三十六年一月二十六日付「英国留学始末書」において初めて、漱石は「明治三十三年十一月十日英国倫敦ユニヴハーシチ、コレヂニ入リ教師カー氏ニ従ヒ翌年迄左ノ学科ヲ研修ス/近代英文学史」と大学での、実際には二ヶ月にも満たない「修学状況」にふれるのです。 始末書にある「教師カー氏」とは、ケア教授のこと*16で、漱石がロンドン大学で聴講したと思われる科目の時間割は手帳に表にして残されており、高宮利行および岡三郎の調査によって表中の省略記号の表す講義題目も明らかになっています。それらは、ケア教授による十四世紀後半の英文学史(シニアクラス)、十五世紀の英文学史(ハイヤーシニアクラス)、英文学史概説(ジュニアクラス)、十九世紀前半の英文学史(ジュニアクラス)、T・グレゴリー・フォスター助教授によるドイツ哲学入門(ハイヤーシニアクラス)、古英語研究入門(ジュニアクラス)などです。 当時のロンドン大学には英文学史の講義がなかったわけではないのです。ベドフォード学寮(コレッジ)の女子学生も受講できる共通のクラスもありました。しかしこれらの講義対象を含めた科目名や受講料(ハイヤーシニアクラスでは三学期あるうちの一学期分だけでも二科目で三ポンド十三シリング余り(当時の換算率を一ポンド十円として三十七円くらい))を見ますと、留学期間を二年ばかりに限られ、月額百五十円分の給付金だけを頼りに、しかも三十代も半ばにさしかかろうとする漱石がのちに「大学の聴講は三四ヶ月にして已めたり。予期の興味も智識をも得る能はざりしが為めなり」と記さざるを得なかった事情が、それだけからでもうっすら浮かんでくるような気がします*17。 たとえば、後に談話「テニスンに就て」*18において、漱石がコールリッジの詩を「面白く聴いた」とするケア教授の講義について「講義としては初学者に遣るやうな講義であつた」と述べているのは、十九世紀前半の英文学史(ジュニアクラス)に限ってのことなのかもしれません。いずれにせよ、漱石が大学での聴講を諦めたのは、費用(あるいは時間)対効果をいちばんに考慮しなければならなかった当時の彼の経済事情や研究事情が大きく原因してのことでしょう。聴講の意義を評価するのは彼の「自己」に違いありませんが、その「自己」はまた、彼の「事情」次第で変化するものでもあります。幸か不幸か、その結果として漱石はのちに「文芸ノ起原発達及其理論等」を研究し「文学」の根本義をとらえようとする「頗る大にして且つ新らしき」企てを起こすことになります。聴講を続けていたらまた別の結果が生まれたでしょうが、大学での修業は漱石の意気込み(あるいは焦り)に応えるには十分なものではなかったのだろうと推測されるのです。漱石はここですでに彼の「自己本位」をはじめているのかもしれません。しかしその「自己」は、それを取りまく環境が作りあげるものでもあったのです。 三 生涯の事業(学者から創作家へ) 『文学論』序の結びのところで漱石は、彼の書物の読者にはまずなりそうにない英国人に対して生真面目に言い訳をしています。 倫敦に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあつて狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。倫敦の人口は五百万と聞く。五百万粒の油のなかに、一滴の水となつて辛うじて露命を繋げるは余が当時の状態なり……。清らかに洗ひ濯げる白シヤツに一点の墨汁を落としたる時、持ち主は定めて心よからざらん。……、英国紳士の為めに大に気の毒なる心地なり。……。個人の意志よりもより大なる意志に支配せられて、……。去れど官命なるが故に行きたる者は、自己の意志を以て行きたるにあらず。 無垢で真っ白なものに一点のシミ、というところは、『こゝろ』(大正三年)にも似た言葉があり、書き手の倫理観を示す表現がすでに現れている点で非常に興味深いのですが*19、ここでいわれている「個人の意志よりも大なる意志」というのは、つまりは「官命」のことです。注目したいのはこちらです。漱石は命じられて仕方なく行ったのだから、自分という「個人」に責任はないのだと、もはや再び会うこともないだろう人たちに対して本気で申し開きをしているのです。次の箇所と比較してみましょう。 帰朝後の三年有半も亦不愉快の三年有半なり。去れども余は日本の臣民なり。不愉快なるが故に日本を去るの理由を認め得ず。日本の臣民たるの光栄と権利を有する余は、五千万人中に生息して、少くとも五千万分の一の光栄と権利を支持せんと欲す。此光栄と権利を五千万分の一以下に切り詰められたる時、余は余が存在を否定し、若(もし)くは余が本国を去るの挙に出づる能はず、寧(むし)ろ力の継く限り、之を五千万分の一に回復せん事を努むべし。是れ余が微小なる意志にあらず。余が意志以上の意志なり。余が意志以上の意志は、余の意志を以て如何ともする能はざるなり。余の意志以上の意志は余に命じて、日本臣民たるの光栄と権利を支持する為めに、如何なる不愉快をも避くるなかれと云ふ。 今度は同胞である自国の人々に対して、弁明ではなく、むしろ開き直りとでもいうべきものを見せています。漱石はここで、ロンドンでは五百万分の一でもたいへん申し訳なかった、日本ではさらに小さくて、ほんの五千万分の一の存在にすぎないけれども、自分は日本を逃げだしたりはしないですよ、遠慮せずに、五千万分の一だけの空気は吸わせてもらいますよ、といってるわけです。ではここで「五千万分の一」のおのれを死守せよと命ずる「余が意志以上の意志」とは、いったい何を意味しているのでしょうか。 漱石は「臣民たるの光栄と権利」と書いています。それをいまかりに「臣の光栄」と「民の権利」というように二つに分けて考えてみると、とくに「民の権利」として、のちになって日本国憲法がはじめて保障するような基本的な人権、あるいは生存権とでもいうようなものを、ここで漱石は主張しているようにも読めます。その叫びの真っ当さを保障する「天」のようなものを望み見ているというか、人間界の「公平」や「平等」といった理想の実現を見届けるはずの超越的存在を要請しているかのような、そんな強く切実な感じもどこかにあります。しかしその底から聞こえてくるのは、たとえそんなものがなくっても、自分はここに居続けてみせる、「自己」はここにあるのだ、という「個人」としての叫びではないでしょうか。 こうして見てくると、漱石の英国留学のいちばんの成果は、学問的な研究上のあれこれといったもの以上に、「自己本位」を手に入れたことだったのかもしれません。実際、漱石はのちに学習院で、若い聴衆たちに向かって自分の過去を振り返って、次のように述べています。 私は此自己本位といふ言葉を自分の手に握つてから大変強くなりました。……。/自白すれば私は其四字から新たに出立したのであります。さうして今の様にたゞ人の尻馬にばかり乗つて空騒ぎをしてゐるやうでは甚だ心元ない事だから、さう西洋人ぶらないでも好いといふ動かすべからざる理由を立派に彼等の前に投げ出してみたら、自分も嘸愉快だろう、人も嘸喜ぶだらうと思つて、著書其他の手段によつて、それを成就するのを私の生涯の事業としやうと考へたのです。(『私の個人主義』(大正三年)) 漱石の「自己本位」は、書物を「読む」という理解・鑑賞の受動的な姿勢から「著書其他の手段によつて」、すなわち「書く」という表現・創作の能動的な態度への転換において、つかまれたものでした。「自己」を本位にして「書く」ことを「生涯の事業としやう」と。しかし「本国へ立ち帰つた後、立派に始末をつけやう」とした『文学論』は、結果的には失敗に終わりました。『文学論』の序を書いてから七年以上過ぎた大正三年になってもやはり、漱石は言い訳しています。右の引用のあとに続く部分です。 所が帰るや否や私は衣食の為に奔走する義務が早速起りました。……。最後に下らない創作などを雑誌に載せなければならない仕儀に陥りました。色々の事情で、私は私の企てた事業を半途で中止してしまひました。私の著はした文学論はその記念といふよりも寧ろ失敗の亡骸です。然も畸形児の亡骸です。或は立派に建設されないうちに地震で倒された未成市街の廃墟のやうなものです。/然しながら自己本位といふ其時得た私の考は依然としてつゞいてゐます。……其時確かに握つた自己が主で、他は賓であるといふ信念は、今日の私に非常の自信と安心を与へて呉れました。私は其引続きとして、今日猶生きてゐられるやうな心持がします。(同) 漱石はここでは「下らない創作など」と謙遜してみせていますが、『文学論』の序においては、「創作」にこそ自己の存在理由があるのだと、ほとんど宣言に近い表明をしていたのでした。 帰朝後の余も依然として神経衰弱にして兼狂人のよしなり。親戚のものすら、之を是認するに似たり。親戚のものすら、之を是認する以上は本人たる余の弁解を費やす余地なきを知る。たゞ神経衰弱にして狂人なるが為め、「猫」を草し「漾虚集(ようきょしゅう)」を出し、又「鶉籠(うずらかご)」を公けにすることを得たりと思へば、余は此神経衰弱と狂気とに対して深く感謝の意を表するの至当なるを信ず。(『文学論』序) 漱石自身がそういうように「神経衰弱にして狂人」が原因で「創作」が結果したのかもしれません。しかしまたその「創作」が原因した結果、彼は「神経衰弱」にも「狂人」にも陥りきることがなかったともいえるのではないでしょうか。人間の心理程解し難いものはない。此主人の今の心は怒つて居るのだか、浮かれて居るのだか、又は哲人の遺書に一道の慰安を求めつゝあるのか、ちつとも分らない。世の中を冷笑して居るのか、世の中へ交りたいのだか、くだらぬ事に肝癪を起して居るのか、物外に超然として居るのだか薩張ぱり見当が付かぬ。(『吾輩は猫である』(二)) その処女作(明治三十八年)において、自分の主人である珍野苦沙弥について、猫にこんなふうにいわせている漱石ですが、実際のところ、苦沙弥先生は「裏表のある人間」(同)どころか、彼の「自己」をこの通りいくつにも分裂させてしまっているのかもしれません。それが作者漱石の「自己」のありようと無関係なはずはありません。明治三十八・九年と推定される『断片』に「世界向後の趨勢は人間はみな自殺するものであると云ふ命題が事実に証明せらるゝ時期に到底する」と書いた漱石です。『坊つちやん』(明治三十九年)の世界もその基底には自殺への願望のようなものが窺えます。主人公の「おれ」もまた自己への執着と自己からの解放という正反対の二つの方向に引き裂かれてしまった人間ですし、ただ孤独なだけでなく、ああ見えてたいへん受動的で非主体的な人物でもあるのです。作者は彼の「無闇」や「乱暴」を許されるべき「自然」として描くために、彼の「自己」を無理にも虚しいものとする必要があったからです*20。 これらの作品では、「自己」を本位とする主人公の姿が肯定的に描かれることはありません。むしろ「自己」に拘ることの苦しさや「自己本位」を実践することの困難さのほうが描かれます。そして、名前のない猫という自由で自在な存在による視点やその設定がそもそもそうであるように「去私」的な位置取りや態度こそが奨励されているのです。 四 打死をする覚悟(桃源郷の画工から維新の志士へ) 漱石の初期の作品では、利害得失に敏感という意味で、あまりにも自覚的にすぎる「自己」からは距離をとって、それを相対化する「去私」的な姿勢を「自然」に近いものとして評価し、主題的にも方法的にもそちらにより重点が置かれています。その代表作は、やはり『草枕』(明治三十九年)でしょうか。 苦しんだり、怒つたり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それを仕通して、飽々(あきあき)した。飽き々々した上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞する様なものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である。いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少からう。どこ迄も世間を出る事が出来ぬのが彼等の特色である。ことに西洋の詩になると、人事が根本になるから所謂詩歌の純粋なるものも此境(きょう)を解脱する事を知らぬ。どこ迄も同情だとか、愛だとか、正義だとか、自由だとか、浮世の勧工場(かんこうば)にあるものだけで用を弁じて居る。いくら詩的になつても地面の上を馳けあるいて、銭の勘定を忘れるひまがない。シエレーが雲雀(ひばり)を聞いて嘆息したのも無理もない。(一) 本文は「うれしい事に東洋の詩歌はそこを解脱(げだつ)したのがある」と続きます。そして陶淵明や王維の詩が紹介され、これらの詩が建立している世界の「功徳は『不如帰(ほととぎす)』や『金色夜叉』の功徳ではない。汽船、汽車権利、義務、道徳、礼義で疲れ果てた後、凡てを忘却してぐつすり寝込む様な功徳である」とされるのです。 『草枕』は三十歳の画工が主人公、那古井の温泉場が舞台、漱石が熊本時代に実際に訪れたことのある小天温泉(長崎、雲仙地方)がモデルで、現代の桃源郷のようなところとして設定されています。そこで画工は、那美さんという離婚して実家の温泉宿に戻ってきている女性と出会います。この女性、夜中に盛装して廊下を歩き回ったりするちょっと変わった女性なんですが、温泉で画工と混浴することになっても全然動じない肝の据わった女性でもあります、画工はその強烈な個性と奔放な言動に圧倒されます。 舞台は桃源郷のように自然の豊かなところです、金儲けや出世のためにあくせくする俗世間の塵芥を遠く離れています。そこで画工は悲人情の旅をもくろんで漢詩を作ったり俳句をひねったりするのですが、画家が本業なのにその絵が描けません。那美さんを絵にしたいのですが、どうしても描けないのです。椿の花がぽたりぽたりと際限なく落ちる、そんな古池に絶世の美女が浮いている、そういう構図だけは頭の中にできているのですが、なかなか描けないわけです。そしてそれはなぜかというと、その女の表情が定まらないからなのです。現実の那美さんの顔は、持ち前の勝ち気が前に出すぎています。それでは絵にならないのです。 しかし小説の最後になって、那美さんは従弟が出征するのを見送ります。そのとき画工は、現実世界に連れ戻されたような気になります。川に船を出して皆で山を下るのですが、その行き先には汽車が待っています。いよいよ駅での別れの場面です。戦争に行く従弟の久一さんを乗せた列車の窓から、昔別れた、今は零落して満州に行くことになった元夫が突然顔を出します。小説では「野武士」としか表現されず、名前の与えられていない男で、少し前に那美さんがこの男と会ってこっそり短刀を渡していたのを画工は目撃しています。このたびは偶然に現れた元夫の顔に出会して、那美さんに表情が浮かびます。あ、と思った那美さんの顔に画工が描きたかった「憐れ」がでるのです。画工はそれだ、と叫んで自分の絵が出来たといって、それで終わる話です。 「憐れ」そのものは人情です。ですがそれを一歩離れて「美」として眺める画家は「非人情」を貫いている、というわけです。それでないと絵は描けない、絵にならない。「憐れ」の感情の中に自分までのみこまれてはならないのです。そこから距離をとって冷静に眺める。この態度は、「自己」自身に対しても同じであるべきものとして推奨されているのです。 漱石は、自作についてふれた『余が「草枕」』(「文章世界」、明治三十九年)に「私の『草枕』は、この世間普通にいふ小説とは全く反対の意味で書いたのである。唯一種の感じ――美しい感じが読者の頭に残りさへすればよい。それ以外に何も特別な目的があるのではない」と書きました。しかしこれもまた周知のことですが、島崎藤村の『破戒』(明治三十九年)に衝撃を受けたことなどもあってのことでしょう、漱石は自身の文学に対する一面の姿勢に対して、他方で大いに不満を感じてもいました。ここではそれを二つの書簡のうちに確認しておこうと思います。 「……世の中は僕一人でどうもなり様はない。ないからして僕は打死をする覚悟である。打死をしても自分が天分を尽くして死んだといふ慰藉があればそれで結構である。実を云ふと僕は自分で自分がどの位の事が出来て、どの位な事に堪へるのか見当がつかない。只尤も烈しい世の中に立つて(自分の為め、家族の為めは暫らく措く)どの位人が自分の感化を受けて、どの位自分が社会的分子となつて未来の青年の肉や血となつて生存し得るかをためして見たい……」(明治三十九年十月二十三日付狩野亨吉宛書簡*21) 「……苟(いやしく)も文学を以て生命とするものならば単に美という丈では満足が出来ない。丁度維新の当士〔志士〕勤王家が困苦をなめた様な了見にならなくては駄目だらうと思う。間違つたら神経衰弱でも気違でも入牢でも何でもする了見でなくては文学者になれまいと思ふ。……。僕は一面に於て俳諧的文学に出入すると同時に一面に於て死ぬか生きるか、命のやりとりをする樣な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見たい。それでないと何だか難をすてゝ易につき劇を厭ふて閑に走る所謂腰拔文学者の樣な氣がしてならん……」(明治三十九年十月二十六日付鈴木三重吉宛書簡同日第二信*22) 「去私」的であることは必ずしも「難をすてゝ易につき劇を厭ふて閑に走る」ことではありません。しかし「俳諧的文学」はたとえ美的ではあっても、得てして社会的には無責任な「腰抜」の位置に陥りがちではあります。趣味や教養で言葉遊びをするのでなく、現実に向きあい社会と切り結ぶ文学。そういう文学をやることで社会を、あるいは自分自身を、変えていけないだろうか。変わらなければ文学をやる意味はないのではないか。漱石は自分を近代の文学者としてあらためて位置づけ直そうとしていたのかもしれません。その「死ぬか生きるか」の意気込みをほとんど直に注ぎ込んで生まれたのが『野分』(明治三十九年)でしょう。 『野分』という小説は「白井道也は文学者である」という宣言めいた一文で始まります。この文学者白井道也の言動が、文学者志望の青年高柳周作を「感化」することになる、という物語です。 世が容れぬなら何故こちらから世に容れられやうとはせぬ? 世に容れられ様とする刹那に道也は奇麗に消滅して仕舞ふからである。道也は人格に於て流俗より高いと自信して居る。流俗より高ければ高い程、低いものゝ手を引いて、高い方へ導いてやるのが責任である。高いと知りながらも低きに就くのは、自から多年の教育を受けながら、此の教育の結果がもたらした財宝を床下に埋むる様なものである。自分の人格を他に及ぼさぬ以上は、折角に築き上げた人格は、築き上げぬ昔と同じく無功力で、築き上げた労力丈を徒費した訳になる。(一) この「学者としての道也」「志士としての道也」「道を守り俗に抗する道也」の「高さ」を作者は最後まで擁護し続けます。資本家を批判する道也の言論活動を封殺しようとする兄も労苦をともにしてきたはずの妻も、道也に拮抗する人物たりえません。道也を相対化しようとする人物たちは、そのことによってむしろ道也より「低い」存在であることが確認されるだけに終わります。どうやら漱石には、道也に矛盾を突きつけたり、その自己を相対化させ、そこから自己変革に向けて歩を進めさせる気など最初からないようなのです。 『野分』から先の手紙をふり返ってみると、そこにある漱石の相当な自負にあらためて気づかされます。「低いものゝ手を引いて、高い方へ導いてやる」ことは、漱石自身が自分の責任の取り方として考えていたことで、彼は道也先生という人物を借りて自己の思想とその実現に向けた方法を語っていると見てよいでしょう。しかし『野分』を小説として読むときには、作者の意図がどうあれ、一義的な解釈を押しつけられることはありません。確かに道也は真摯です。ひたすら「真面目」にその「自己」を社会や他者に働きかけます。そしてその切迫感は伝わります。しかし作者にその「人格」の「高さ」を守られ、自ら疑うことのない「自己」に安住した人物の「自己本位」は、彼が真面目で真剣であればあるほど、かえって現実性を失い、滑稽な笑劇にさえ見えてきます。 『野分』の評価の鍵は、結びに置かれた道也の『人格論』の出版と借金に関わってやりとりされる百円がめぐる回路をどう捉え、どう解釈するかにかかってきます。零落し結核になった高柳は、自分とは正反対に「余裕」のある裕福な友人中野に百円の金を借りて転地療養することになるのですが、暇乞いに道也を訪ねると、借金取りが来ていて、百円の金の取り立てをしています。高柳は、ちょうど中野に借りたばかりの手元にある百円で、道也の『人格論』の原稿を買い取り、それを自分の著作の「代り」として中野に届けようと「暗き夜の中に紛れ去」ります。中野は(しかしこれは、実際には気位の高い高柳に金を受け取らせるための方便だったかもしれないのですが)、療養費を負担する代わりに、高柳の「一大傑作」をもらい受け、それを「世間へ」出すという契約を申し出ていたのです。 この小説の結末は、読みようによっては道也がまったくの道化であったということにもなりかねません。道也の『人格論』はこのあと、中野の手元に置かれて日の目を見ないままになるのでしょうか、それとも中野が出版してしまうのでしょうか。いずれにしても中野という青年は、道也の兄が勤める会社の社主の息子であり、そんな男に窮状を救われたということだけでなく、場合によってはさらに自分の本の出版までされてしまうことにもなりかねないのです。「君丈」が「僕の知己ですね」と打ち明けた男に「先生、私はあなたの弟子です」と青年は応えます。『人格論』を高柳に預けた道也こそは真の「文学者」であり、それをまさに自分自身の「一大傑作」として受け取った高柳もまた真の「文学者」である、そういうことなのかもしれません。しかし道也から高柳への「感化」は確かにあったとはいえ、それはまもなく訪れるだろう彼の死と中野の金によってはじめて可能になったものともいえるのです。 弱点や矛盾を抱えた自身にも、自分の傍らにいる人間にも目を向けることなく、ただ「高さ」のうちにその「自己」を維持しようとすることは、「去私」とはまるで反対の態度です。そこからは「感化」をもたらすようなどんな真実も生まれてはこないでしょう。おそらく「感化」は高いところから見下ろしたり低いところから仰ぎ見たりすることによっては成立しません。師弟のような上下の関係においてよりは、むしろ夫婦や友人といった水平の間柄にある個人と個人とのあいだにこそ成り立つものではないでしょうか。そして真の「感化」とは、理性が伴ってこそ、すなわち認識による裏打ちがあってはじめて、可能になるものなのかもしれません。 白井道也が小説家だったら、『野分』はまったく違った世界になっていたかもしれません。漱石はすでに創作家でもありましたが、まだまだ『人格論』を書いてしまうような学者でもあり、その意味では小説家にはなりきっていなかったのです。『野分』は、「自己」から解放されつつ、同時にその自己を「本位」にできる「自己」へと鍛えあげていくことの難しさ、道也の文章の題名にあった「解脱と拘泥」でいえば、漱石が自身の「自己」に「拘泥」する姿のほうが、より前面に出ている作品といえるでしょうか。(この稿つづく) 注1 大正三年十一月二十五日に学習院輔仁会で行った講演筆記に補筆したもの。2 松岡譲『漱石の漢詩』「まえがき」(朝日新聞社、一九六六年)3 『漱石全集』第十八巻(岩波書店、一九九五年)、漢詩65「春興」。漢詩の本文、訓読は一海知義による。以下同様4 前掲書第十八巻、漢詩70〔無題〕。「白雲」は、一海氏による別詩同語の訳注に「現実の白雲であるとともに、俗世間から隔絶した境界・理想郷の象徴」とある。別詩とは『木屑録』にある詩(同書、漢詩23〔其六〕)。また漱石の漢詩(二○八)のうち「十六例を数える」ともある。芳賀徹は「漱石の東洋」(芳賀徹ほか『漱石を読む』、岩波書店、一九九四年、所収)でこの漢詩を取りあげ、「こういう陶淵明にも李白にも通じるような世界に、いま自分はいる、というよりは、いつかはたどり着きたいと思っているというのでしょう」と評している。『虞美人草』では「鳥入雲無迹/魚行水有紋」と改められている。5 松岡譲前掲書、八七頁。6 前掲書第十八巻、漢詩68「菜花黄」。7 明治三十年四月二十三日付書簡には「単に希望を臚列するならば教師をやめて単に文学的の生活を送りたきなり換言すれば文学三昧にて消光したきなり」とある。8 前掲書第十八巻、漢詩64〔無題〕。熊本から東京の子規に宛てた書簡(明治三十年十二月十二日付)に前書きとともに記されたもの。9 前掲書第十八巻、漢詩66〔失題〕。この詩を添削した漢詩人で五高の同僚でもあった長尾雨山の評には「不覚斂襟」の文字がある。一海氏注に「覚(おぼ)えず襟(えり)を斂(おさ)む」「『斂襟』は襟を正す」。10 前掲書第十八巻、漢詩74〔無題〕。一海氏注にもあるように、首聯の二句は『虞美人草』(四)に甲野さんの日記の一節として載せられている。同注に「明治三十七年七月十八日付菅虎雄宛書簡に『此詩は僕が洋行する時に作つた傑作で書と共に後世に伝ふるに足るから君に進呈する』として、墨書したこの詩を封入する」。11 吉川幸次郎『漱石詩注』(岩波文庫、二○○二年、百頁)。12 前掲書第十八巻、漢詩67「春日静坐」。この詩も『草枕』(六)に主人公である画工の作として出てくる。13 立花政樹(1865-1937)。日本で最初の英文科卒業生。福岡県立尋常中学伝習館長、第二高等学校教授などを歴任。のちに漱石は「満韓ところどころ」(明治四十二年)で当時大連の税関長をしていた「政樹(まさき)公」を訪ねた話を書いている。14 亀井俊介「漱石の西洋」(前掲『漱石を読む』所収)。15 大橋洋一『新文学入門』(岩波書店、一九九五年、六四~六七頁)16Ker, William Paton(1855-1923)。カーディフ大学教授を経て、一八八九年ロンドン大学教授就任。中世研究の権威。漱石は一九○○年十一月から十二月まで(三学期制の第一学期の終わりまで)聴講し、またその著書にも接し、中世文学一般に対する学識を深めたことが、『幻影の盾』や『薤露行』のような作品を生む契機となったとされる(『漱石全集』第十三巻、二七一16の注解参照)。17 『漱石全集』第十九巻(日記・断片 上)(岩波書店、一九九五年)、四○頁「断片六B〔手帳②99-98天地逆〕」。聴講は実際には二ヶ月足らず。高宮利行(『英語青年』、一九八三年八月)と岡三郎(『英語青年』、一九八四年八月)の調査による。高宮氏は漱石の「十分な英語力」を認めた上で、聴講をやめた理由の背後に「後に顕在化するあの自閉症的な衝動」が作用したとする。岡氏は漱石が「持ち前の負けじ魂」のために若い学生たちと机を並べることを潔しとしなかったのではないかと推測している。18 『国民新聞』明治四十二年八月六日。19 『こゝろ』(下五十二)には「たゞ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかつた」「純白なものに一雫の印気でも容赦なく振り掛けるのは、私にとつて大変な苦痛だつた」とある。『坊つちやん』でいえば、作者は「純白」な「おれ」に「暗黒な一点を印するに忍びなかつた」ということになる。「自然」とみなされるものは善悪の彼岸に置かれ、対して「人為」は「魂胆」であり悪である、とする漱石の倫理観は、『文学論』から『こゝろ』まで一貫している。20 拙論「夏目漱石『坊つちやん』の「乱暴者」」(奈良工業高等専門学校研究紀要第三十四号、一九八九年)は、この問題を論じる。21 『漱石全集』第二十二巻(岩波書店、一九九六年)、書簡690 22 前掲書第二十二巻、書簡695付記 小論は、平成二十年度奈良工業高等専門学校公開講座「日本文学講座」第三回「夏目漱石を読む」(八月八日実施)における講演をもとに大幅に加筆・修正したものです。漱石の「自己」に対する態度について、あらためて考える場を与えて下さった参加者の皆様に感謝いたします。
2017.09.12
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どこからコピーした記事であったか失念してしまったのだがとにかく、下記のような記事が手元にあるただ、これも、記事の一部分だけを切り取ったものなのだが要旨は、冒頭にあるように1日7分でいいので自分を振り返る時間を持てと言うもの具体的には、日報=日記を書け、というものなるほどこれは、私に抜け落ちていた部分かもしれないブログで、いろいろな、主に時事問題などを取り上げているが時々は、自省のようなことを書いてみたりしては居るが毎日、定点観測的に自分を見つめては来ていない簡単な記録としての日記はつけている毎日、カードにメモした主な出来事を日記帳に転記しているしかし、自省と言ったものでは無い自己を見つめるには座禅や瞑想がいいのでは無いかと思ったりしたがそれも習慣にはなっていない女性達は、毎日、何回か、鏡で自分を見つめて「鏡よ、鏡 世界中で一番きれいな女性は・・・」等と話しかけているらしいが(笑)7分、と言う時間にするかどうかは、私に任せてもらいたいが(笑)これからは、記録としての日記とは別に自省としての日記を書いてみよう多少、面倒かな? ーーー ◇ ーーー思い立ったが吉日!、と自省用の日記帳を買おうと思い立ったが・・・考えてみたら私は、三冊も日記帳を持っているのだ1 石原10年日記2 博文館 横線当用日記 NO.10 20173 高橋書店 手帳 DESK DIARY 商品 NO.66 20172。3。は、気に入っていて、毎年、同じものを買っている1.も、毎年、買っている・・・わけ無いか(笑)当用日記 2。は、1ページ一日実際の所、1ページは、少々持て余している高橋書店デスクダイアリー 3。は、左側のページが一週間で、右側のページが空白、となっている3これは、実際は、日記帳としてでは無く「スケジューラー・予定表」として使っている大判のDESK DIARY なのに、高橋書店は、手帳と称している手帳抜きでググっても出てこない(笑)ーーー今思いついたが● この10年日記を、記録日記として● 当用日記を自省日記にしようこれで新しい日記を買わなくて良くなった(そういうことじゃないんだけどね)(笑) ーーー 記事 ーーーこの本の筆者が提案しているのは、1日7分でいいので自分を振り返る時間を持てとのことです。多くの人が7分でよいのかと考えるかもしれないが、時間が長いと人間続けようと思わないし、そもそも人間の集中力はそれ程長く続かないのでむしろ7分程度で切り上げる方が適切とのことです。1日7分で何も変わりっこないと考える人は、ソフトバンクの孫社長が1日わずか5分発明の時間を持とうと決めたことが、自動翻訳機の発明を生み、ソフトバンク起業の際の基盤となった事をよく考えるべきとも書かれています。まずこの本を読んで行うべきは、日報を付けることだと思います。本書に書かれているその後の記載も書いた人が読んで初めて実感として落ちるものと思います。私も読み終わってから1週間日報を付けることを始めていますが、少なくとも仕事終了後に頭がすっきりしているのは実感として感じています。 .
2017.09.12
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下記の記事は以前、在韓米軍に所属し対北朝鮮軍事演習のシナリオ策定に携わった軍事プロが描く朝鮮有事のリアルなシナリオ私も、ほぼこのようなことを書いてきたしこの予測通りだろうとは思うのだがそれにしても極めて恐ろしい予測である戦慄を禁じ得ない ーーー 記事 ーーー「米朝軍事衝突なら朝鮮半島はほぼ壊滅する!」 元在韓米軍大尉が分析 ソウルは灰燼に帰す 日本にミサイル飛来も 産経新聞 【ワシントン=黒瀬悦成】北朝鮮と米国との緊張が臨界点に達し、軍事衝突が起きたとき、何が起きるのか。在韓米軍で対北朝鮮軍事演習のシナリオ策定に携わったチェタン・ペダッダ退役陸軍大尉は米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」(電子版)への寄稿で、「北朝鮮は間違いなく敗北するが、朝鮮半島の大半が壊滅する」と警告する。米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」と言えば最高に権威のある専門誌である 寄稿で描かれた想定では金正恩体制は国際社会の制裁で危機に陥り、体制の維持が困難になったと判断した場合、「韓国への奇襲攻撃」で活路を見いだそうとする。ただ、北朝鮮軍は弾薬や食糧不足などから戦闘能力は「数日間」しか持続せず、一気に決着をつけようと、北朝鮮軍には戦車等への石油が致命的に不足しているのでこの点からも、戦闘能力は、数日間に限定される最初の数時間で● 南北非武装地帯周辺や● 在韓米軍駐屯地● 日本の海空防衛施設にミサイルで集中攻撃をかけてくるとみられる。北朝鮮は、2500~3000トンの● サリンやVXガス等の化学兵器● 炭疽菌などの生物兵器を保有しこれらをミサイルに搭載して米艦の空軍基地や補給ルートに撃ち込み米艦の作戦遂行や、兵力の移動能力の減衰を図ると言う可能性が高い 同時に北朝鮮のサイバー部隊121局が米韓の銀行や韓国の送電施設にサイバー攻撃を展開。停電や通信遮断による社会混乱への対処で米韓軍や警察が人員を割かれる状況となる。 北朝鮮による攻撃開始から数時間で死者は数万人に達し、ソウルの大半が灰燼(かいじん)に帰する。数百万人が国内避難民と化すとみられる。 在韓米軍は初日で数百人〜数千人が犠牲になるが反撃。米軍は日本や豪州、米本土から増援部隊を数日以内に送り込む一方、航空機や巡航ミサイルで非武装地帯周辺の砲兵部隊や北朝鮮全土の空海軍基地を攻撃。数時間後、北朝鮮の陸海空軍は事実上壊滅する。 しかし、北朝鮮は沖合の潜水艦から特殊部隊を韓国沿岸に上陸させ、非武装地帯に掘られた地下トンネルを通じて部隊を韓国領内に侵入させる。トンネルは一時間に8千人を移動させることが可能とされる。 韓国潜伏の北朝鮮工作員が韓国政府要人暗殺やサボタージュなどのゲリラ戦術も展開。ここには書かれていないが北朝鮮のゲリラ戦術は、日本においても展開されるそれは、昨日も書いた事だが● 北朝鮮が密かに日本に潜入させている北朝鮮工作員● 拉致事件で北朝鮮拉致実行犯を助けて活躍した在日の北朝鮮シンパこういう集団が「スリーパー」として普段は一般市民として生活しながら半島有事ともなれば北朝鮮からの指示または、あらかじめ用意されたシナリオに沿って一斉蜂起して、ゲリラ+テロ活動を行う攻撃目標はソフトターゲット(日本はソフトターゲットだらけである)予定であるこれらに限らないが、例えば● 原発● 新幹線・鉄道・地下鉄● 大都市の繁華街● 水力発電ダム● 発電所・変電所● 上水道の水源● 飛行場● 港湾● 高架の高速道路● 東京都庁ビル(小池が人質に)(笑)● 国会議事堂● 生物化学兵器の散布おそらく、たいした抵抗もなく破壊に成功するだろう対抗する自衛隊の隊員数は、25万人しかいないがこれでは十分な警護は不可能だしゲリラやテロにおいては攻撃開始時には、攻撃側が有利使用するものは● 爆薬● 金正男を毒殺したサリン、それに天然痘菌などの生物化学兵器最後は、米韓軍に撃退され金正恩体制も崩壊するが死者は、数十万人に達することが確実視される私は、「死者数十万人」というのはウソだと思う影響を考えて思い切り過少申告している北朝鮮の38度線沿いの長距離砲やロケットの攻撃だけでソウルは火の海になって、少なくとも数十万人は死ぬこの砲列は、一気にすべてを破壊しなければならないがそれは、いかに方法を尽くしても、できないなぜならば、これらは何十年もかけて構築された人工的な丘やシェルターやカモフラージュや防空壕に守られていてそこから発砲・発射してくるからである米軍は、これらの情報をデータベースに蓄積してはいるがすべてを把握することは出来ないしすべてを破壊する事は出来ない「戦術的(小型)原爆」を38度線に使用すれば別だが中国に難民が流入し、中国は、これを嫌がっているのであるおそらく、数万人ではきかない日米は南北から大量の受け入れを強いられる。朝鮮半島の復興には数十年かかる。半島の復興に数十年かかるという事が意味するものは直接的、間接的に、日本経済にも、数十年間、巨大な影響が及ぶ、ということであり膨大な援助費の支出を強いられ日本の財政は未曾有の危機を迎える円ドルの為替は、どうなるか?見当もつかないこういう有事には、貯蓄は「金」である中国も、とてつもない影響を受ける難民流入にとどまらず北朝鮮がやけっぱちでミサイルを撃ち込む可能性も大きいしとりあえず、北朝鮮の後継政権を傀儡政権として樹立したいそのためには、陣取り競争的に、半島に進出しかし、ゲリラ化した北朝鮮軍残党との局地的戦争がしばらく続くまた、傀儡政権を樹立する条件としては壊滅状態の半島を援助しなければならないこれにより、中国経済も瀕死の常態になる可能性がある ーーー ◇ ーーー これは北朝鮮が核兵器使用に踏み切らない場合のシナリオで、日本や米西海岸に核弾頭搭載の弾道ミサイルを撃ち込んだ場合、被害は桁違いに増大する。米国はともかく日本および在日米軍基地が核ミサイル攻撃を受けた場合これは、まさしく、桁違いの状況が展開する日本は、広島・長崎に次ぐ被爆を経験することになるのだがこのシナリオは、恐ろしくて、書けないできれば不幸中の幸いとして● 日米安保反対● 沖縄からの米軍撤退● 改憲反対などを主張し、国民を亡国の道に誘導しようとする売国左翼および売国左翼メディアがこの核によって、真っ先に、選別的に(笑)灰燼となって欲しいがさすがに彼らも、死ぬ直前は、己の売国的行為を後悔するだろう要するにこの危機は北朝鮮が● 核弾頭● ICBMの双方を実戦段階にまで持ってきたことから発生している逆に言えばここに至る前の段階でなんとか食い止めるべきだった
2017.09.10
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民進は幹事長に山尾志桜里氏を起用する内定人事を撤回。山尾氏は週刊文春が報じたダブル不倫疑惑を否定するも、離党した。こうした騒動の中、前原氏は幹事長に大島敦氏を起用し、新たに8日付で辻元清美氏を幹事長代行に任命した。 ーーー 私の感想 ーーー山尾志桜里さんやるな~(笑)思い出すのは、米国の O.J.SIMPSON 裁判私は、あの頃米国に住んでいたのだがこの裁判は、毎日、わくわくしながらTVで見ていたこの裁判では、美人の女性検察官がいてO.J.側を尋問するその点でも、わくわくした元検事の山尾さんも、国会で安倍さんをガンガン責める姿は(本当は「攻める」という言葉が適切なのだが「責める」にした方が楽しい)(笑)Sタイプの(また!)(笑)キツイ性格の美人としてなかなか楽しめたその山尾さんが、実は不倫をしていたなんて・・・いけないことをしていたんだ(笑)相手がうらやましい(コレコレ)不倫行為も、責められるより責める方、だったんだろうか?その辺を、くわしく!(笑)ーーーーしかし、前原さんは、賢明だあの辻元清美さんを起用するとは辻元さんは、山尾さんと違って、大丈夫ですよ辻元さんなら、不倫など、絶対にしない絶対にしないと言うのも・・・不倫のお相手をしたい! という男性がいるはずが無い(オイオイ)
2017.09.10
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ーーー 記事 ーーー北朝鮮の水爆は「山手線の内側を壊滅させられるだけの威力」 核保有容認なら、アメリカの"核の傘"も在日もなくなる? 6度目の核実験を強行した北朝鮮。今週土曜の建国記念日に向け、さらなる挑発的行動も懸念され、国際社会の緊張感が高まっている。4日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、専門家を招き、北朝鮮の核保有の脅威と、今後のシナリオについて話を聞いた。 国際安全保障が専門で核抑止にも詳しい神保謙・慶大准教授は「今回の核実験は出力が桁違いに大きい。広島型原爆が15キロトン、長崎型が20キロトンだったことを考えると、その数倍の威力の爆発実験を成功させた。具体的には山手線内くらいをほぼ壊滅させることができるくらいの大きさものだ。そういうことを覚悟してこの事態に臨まなければならない。と言うことはもし、北朝鮮の水素爆弾を核弾頭としたミサイルが東京の中心を直撃したら日本は、事実上、終了すると言うことだ北朝鮮危機は、そういう事態に直結しかねないものなのだ集団的自衛権・安保法制に反対し改憲に反対するメディアと丸腰志向の日本国民(笑)あなた方は、近い将来、すべてを失って後悔するかも(笑)alex99インド、パキスタン、フランスも最初の実験から10年というスパンで計6回の実験を行ない、核の小型化に成功した。今回、水爆実験に成功したとすると、これに相当の目処がつき、ミサイルの弾頭に核兵器が搭載できる段階になったということを証明したかったのだろう」と指摘する。 神保氏は今後想定される最悪のシナリオとして「トランプ大統領とマティス国防長官が軍事オプションを洗いざらい検討したと報じられた。北朝鮮には反撃能力があるため選択しづらいが、一つは軍事的オプションというシナリオ。もう一つは、アメリカが北朝鮮を核保有国として認めるシナリオだ」と話す。 「イラク戦争当時のフセイン政権は核開発を終えていなかった。リビアのカダフィ政権はアメリカ・イギリスとの交渉によって、体制保証と経済援助を条件に核放棄をした結果、アラブの春で倒されてしまった。つまり北朝鮮の側からこの問題を捉えると、この2国は核開発をちゃんとやらなかったからああいう結果になってしまった、自分たちは同じことを繰り返さないぞ、ということになる。しかし北朝鮮が完全な核保有に至ると、五大国プラス、パキスタン、インド、イスラエルに次いで世界で9番目の保有国となる。本来、世界の秩序は五大国以外の核保有を認めないことが前提となっているが、事実上勝手に核開発をした国の保有が認められてしまっている状態。ここに北朝鮮まで認めてしまえば他の国も持とうかと思うだろうし、国際社会に悪影響が出るのは確実だ」(神保氏) さらに神保氏は、北朝鮮の核保有容認による日本への影響も避けられないと指摘する。 「冷戦期のフランスでは、本当にアメリカはワシントン、ニューヨークを犠牲にしてパリを守るのかという議論があった。その中から、フランスも自分たちで核武装しなければいけないという考えに至った。北朝鮮の核がアメリカ本土を確実に攻撃できる状態だとわかっていて、アメリカは日本をに核の傘を差し続けるだろうか。アメリカが怯んだらそこで日本にとっての核の傘は終わりになる。韓国では、すでに、韓国核武装論が世論だという日本も、米国依存以外に、独自の抑止力を求めて、少なくとも、議論を始めなければいけないと思うさらに北朝鮮はアメリカに対して、1953年の休戦協定を恒久的な平和保障協定に変えましょうと言ってくるだろう。そうなれば在韓米軍、在日米軍は撤退を迫られることになるだろう」(神保氏) 横田めぐみさんの拉致事件を取材、広く世に知らしめた元朝日放送プロデューサーでジャーナリストの石高健次氏も「核実験をやったと聞いて、えらく強気だなという印象を持った。1953年以来、朝鮮戦争はずっと"戦争状態"で、韓国・アメリカとは休戦状態にある。しかし延坪島砲撃事件が起きたように、何かの拍子で理屈抜きに攻めて来るかもわからない。価値観の相違をすごく感じる」と指摘、「1994年のアメリカとのジュネーブ合意、その後の6者協議などの枠組みや話し合いの場を設けて押さえ込んでいたつもりが、実際はその裏で着々と開発をしていた。核戦争に至らずに、どう収めるかは難しい。トランプ大統領にしても、どうしたらいいのかがまだわからない路線にいる気がする」とした。 「アメリカが北朝鮮を攻撃した場合、最悪な事態としては、日本海側の原発がミサイルや船からのロケット砲によって破壊されるようなことがあり得る。韓国の場合、軍と連携をして守っているが、日本の場合は防御をしてこなかった。例えば、若狭湾の原発が破壊されて、膨大な放射性物質が拡散されて、それが琵琶湖に降る。そうなると水が飲めなくなる。などの危機があるだろう」(石高氏) 韓国国防省は4日、「北朝鮮が(新たな)弾道ミサイルの発射準備を進めていてICBM級の可能性がある」という新たな情報も入ってきている。 神保氏は「遅かれ早かれやるだろう。前回、非常に高高度に打ち上げて日本海に落とした火星14号について、一番遠くまで飛ばすためのテストをまだやっていない。北朝鮮は是非これをやりたいと思っているはずなので、来るべくしてきたもの。また、ちゃんとした軌道で大気圏に突入するデータも取りたい。そのデモンストレーションを核実験と組み合わせることで、技術的に核を搭載したミサイルがアメリカに届くということを伝えようとするだろう」と話した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
2017.09.09
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私は、このところ、同じような記事を書いているが下記の記事は、引用極めて正確な分析で参考になる北朝鮮と米国のチキンゲームの末路は? ーーー ある記事からの引用 ーーー今後の外交努力によって北朝鮮の非核化が達成できない場合、同盟国である日韓に及ぼす影響を慎重に考慮したとしても、「米国第一主義」を掲げるトランプ政権が軍事行動をためらう最終的な理由にはならないのである。 中露や北朝鮮に誤算があるとすれば、その点であろう。中露が支援して日米から突きつけられている北朝鮮に対するレッドラインを回避できたとしても、米国はすでに北朝鮮によってレッドラインを突きつけられている以上、軍事的選択肢を放棄することはできないのである。 その際、「朝鮮半島の非核化」が国連安保理事国の共通した目標であったとしても、米国による軍事攻撃は、北朝鮮が金王朝体制存続のために全面対決を躊躇(し)ない可能性が大きいことから、核ミサイル(およびその関連施設)だけを標的にした限定攻撃にとどめることはできない。 金正恩の斬首作戦による体制転覆はもちろんのこと、韓国の首都ソウルを火の海にすると豪語する軍事境界線沿いに配備された1万3600両といわれる大砲や多連装ロケット砲の一挙制圧、陸海空軍基地や地下に造られた攻撃拠点・兵器弾薬庫の破壊など、国土が消滅するくらいの全面攻撃になることは避けられないのではなかろうか。 その結果、中露は、米国が隣人となりかねない地政学的最悪の条件を受け入れるか、それとも、北朝鮮を支援して何らかの形で米国との軍事衝突に介入するかの重大な選択を迫られことになる。 つまり、中露の賢明な選択は、日米が要求する対北朝鮮石油禁輸を受け入れて、米朝両国がギリギリまで追い込まれる、正面からの「チキンゲーム」を成立させることである。 そのような段階に至れば、ようやく対話や交渉などによって問題の解決を図ろうとする外交の場に役割が移り、北朝鮮の非核化を平和的に解決し、金王朝の体制存続をも可能とする希望が生まれるというものである。それが国際政治を動かす現実である。 この「チキンゲーム」を通じて日本(そして韓国)に求められることは、「非合理の合理」を追求する北朝鮮が及ぼす自暴自棄的な軍事的リスクに敢然と対決する覚悟を決め、わが国およびアジア太平洋地域の安全保障を確保するうえで必要不可欠な日米同盟とその集団的自衛(相互防衛)の体制を堅持する立場をより明確にして、米国とともに対北強硬策を緩めないことであろう。サンクションと財政的限界から北朝鮮は通常戦力の整備増強を諦め米国にとって脅威となる核弾頭ICBMに軍事的な開発力を集中させている北朝鮮から核弾頭ICBMと言う未曾有の脅威を突きつけられている以上、米国としては軍事的な対応処置というオプションを放棄するわけには行かない
2017.09.09
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北朝鮮危機は、本当に危ないトランプと金正恩(KIM JONG UN)が、チキンゲームをエスカレートさせているが両者とも行き詰まっているトランプは、「SHOCK AND AWE」を与えると恫喝するがそれも「EMPTY ATTACK」にすぎないその上で、もし、軍事攻撃に至ればMASSIVE MILITARY ACTION を実施すると言うがまあ、口だけだもし、軍事行動を起こせば死を覚悟して、やけくそになるだろう金正恩の暴発・反撃によって● ソウルが火の海になるし● 日本および在日米軍基地がミサイル攻撃を受けるこれに対する解決策は、軍事的に難しいーーーー先日も指摘したが孤独な金正恩は、暗殺の可能性もあることだし現在、ストレズが極限状態だろうこのストレス状態は● さらにエスカレートするし● サンクションは、制裁は、さらに厳しくなり● 原油が全面的、に近い禁輸となるかもしれないそうなれば、金正恩は窮鼠猫をかむ、で、暴発する私は、その可能性が、日々、高まっていると思うどうせ北朝鮮はここ一・二年で米国東海岸にも到達する核弾頭ICBMを完成するそれから、じっくり、交渉だろうそれまでは、金正恩は、是が非でも、実験を継続する「挑発」であるとの見方は、見当違い安倍さんも、制裁一本槍は、再考した方がいい暴発への道程を進むだけ少しは、金正恩に、一息つかせてやらないとまた、記事が全面、黄色になってしまった(笑)
2017.09.09
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ーーー 記事 ーーー債務上限引き上げ成立=米 【ワシントン時事】米連邦政府の債務上限を12月8日まで撤廃する法律が8日、トランプ大統領の署名を受けて成立した。米国債がデフォルト(債務不履行)に陥る事態は当面なくなった。政府機関閉鎖を一時的に回避するつなぎ予算や、ハリケーン「ハービー」の水害復興支援費152億5000万ドル(約1兆6400億円)の措置も法律に盛り込まれている。 ーーー 私の感想 ーーーかんべえさんの予測通りハリケーン被害を支援しなければならないという特殊状況のためあっけなく、成立したーーーー私が思うにトランプという男は以外に運がいいかもしれない● ハリケーン被害● 北朝鮮危機四面楚歌ではあるもののこれらに救われるかもしれない
2017.09.09
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バレーボール グラチャン などグラチャンなどについて、何か書こうと思ったらこのようなニュースがあった ーーー 東レHP ーーー2017.09.07 Releaseリリース移籍選手の入団について.日頃より東レアローズ女子バレーボール部に対しまして、温かいご声援を賜りまして有難うございます。この度、移籍選手として井上奈々朱選手が入団することが決定いたしました。更なるチーム力の強化を図り、日本一奪還へ向け全員一丸となり取り組んでいきます。井上選手のプロフィールは以下の通りです。今後とも東レアローズ女子バレーボール部へ変わらぬ温かいご声援を宜しくお願い致します。名前:井上 奈々朱(いのうえ ななみ)選手生年月日:1989年6月19日背番号 :1番ポジション:ミドルブロッカー身長:179cm出身校:下北沢成徳高校出身地:東京都所属チーム歴 :デンソー(四国Eighty 8 Queen期間移籍)→日立リヴァーレコメント:この度、東レアローズに入団する事になりました。入団にあたり、沢山の方にお力添えをいただき、とても感謝しています。その感謝の気持ちを結果で返せるように、そしてチームの日本一に貢献出来るよう、自分らしく頑張ります!応援よろしくお願い致します! ーーー ◇ ーーーこれには、びっくりした他チームからの移籍など、原則、無かった東レなのにこれは、異例だ井上選手、日立を退団したと言うことはうっすらと記憶に残っている様に思うが日立は、選手がよく、集団脱走するチームだ(笑)井上選手は、私も、好感を持っていた選手(礼儀正しい)今の東レのMBの布陣● 大野● 伊藤望● 石川(実質はWS)● 林(可愛いらしいが)● 小川(黒後のライバルだった)と、数はいるのだが小川が進歩しているとは耳にしているのだがそこへ井上か菅野監督も、もちろん、了承しているのだろうまあ、プラスだな ーーー ◇ ーーーグラチャン● 合計、10分も見ていないのだがベテランがいなくなった小型ブラジルの弱いことびっくりした● しかし、日本も小型化(笑)新鍋と内瀬戸がエースって、すごいわ(笑)しかし、こんなチームで、よくやっている、とは言える● とにかく、華が無いのは否めない女子バレーで、美人がいないと言うことは普通、あり得ないことだがそれが実現できている(コレコレ)● 荒木さんが頑張っていることは偉いが例によって「ママさん選手 子供のために」なんて、安っぽいお涙ちょうだいは、よしてくれ!しかし、東京五輪を本気で見据えているとすれば東京では36歳になる荒木さんを使うっておかしい富永選手も、どうかな?● この前の記事でも書いたがー スピードが無いー コートを縦に使っていないー バックアタックが無いー エースアタッカーがいないー 華が無いという無い無い尽くしのチーム見ていて、少しも面白くないこんなので、女子バレー人気の方、大丈夫なの?● 長岡・古賀が負傷欠場だがこの二人は、守備が苦手復帰しても、攻撃力は増すかもしれないがプラマイ、ゼロかな?● こういう文章だけ書いているが実際には、ブラジル戦のテレビ中継も合計10分も観戦していないのだ● ただ、最終戦の中国戦では竹下・大林の大御所の解説に加えてリオがゲストに、なのだというリオ、普通のしゃべりは大丈夫だが「解説」なんて、出来るのかな?(笑)
2017.09.09
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意図していなかったのに手違いによってこの記事は全面黄色マーカーの記事になってしまった(笑)ま、しかし、これでいいのだ(笑)実際、日本も、以前から、核攻撃を受ける危機に直面しているのだ ーーー スリーパー ーーー昨日、ある番組で元自衛隊の三軍の最高幹部達が語っていたがその中で、北朝鮮のスリーパーについて語られていたスリーパーとは、敵地に潜入して一般人のふりをして長期生活しいざ鎌倉ともなれば本国の指令に従って在住地で、テロ活動をするスパイ達のことこの、元幹部によれば● すでに、日本には、相当数のスリーパーが虎視眈々と機会を待っている、と言う私も、以前から、この「事実」を指摘してきたが日本人は、こういうことには、全く無知そもそも拉致事件など深夜、潜水艦で北朝鮮から遠征してきた拉致実行者達だけが真っ暗闇の深夜(真っ暗闇は、そういう夜を選択したのだ)日本の砂浜に上陸し人目にもつかず移動し拉致しようという人間の住居を的確に探り当て秒殺で被害者の自由を奪いゴムボートで沖合に待機する潜水艦に到達などという芸当が日本内部の協力者(北の在日に間違いないが)の協力成しに実行できるわけが無いこの拉致協力者達が、スリーパーの一部拉致被害者は、総計、数百人いると推定されるから日本での協力者達は、協力の実行犯を含めて少なくとも、総計、数千人?いや、組織としては、それ以上だろう他に、テロ専門のスリーパーが、当然いるわけで ーーー ◇ ーーー以前、どの映画化は忘れたがあるアメリカ映画で、こういうシーンがあったある子供(黒人の子供だったと思うが)が街頭を行進している「KKK」、クー・クラックス・クラウン(黒人を虐殺する白人至上主義者の団体)の行進を眺めていた目の前を通り過ぎる団員は全身白い装束で正体を隠しているのだが靴だけはカバーされていないその行進の中である、くたびれた革靴を見た子供は驚いたその見慣れた革靴は、近所の黒人の子供にも優しい、靴屋のおじさん、のものこういう恐ろしい場面が象徴しているが日本に多数潜入しているスリーパー達普段は、あなた方の隣人として目につかず生活しかし、有事ともなれば日本の「ソフト・ターゲット」● 原発● 新幹線● 地下鉄● 野球場● 大都市などを、的確に、無慈悲に(笑)攻撃するだろう爆薬だけでは無く、サリンなど化学兵器も使用するだろう化学兵器は、貧者の原爆と言われているしこのスリーパーの存在は、私の妄想では決して無い自衛隊も公安当局も、最大減のアラートをしている、現実である繰り返すが拉致が北朝鮮から遠路来航暗闇の現場については、そもそも、右も左もわからない、知らない実行犯だけで見事に完全犯罪出来たか否か?それだけを考えてみれば、明らかだろう
2017.09.09
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