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取りあえず、今回トライの万華鏡の原型を作りました。4枚のミラーを平行四辺形に組んだタイプ。これだと、昨年好評だった試験管を使ったオイルワンドタイプにできる、昨年が円柱タイプだったところを四角くできる、鏡4枚の像と昨年の二等辺三角形の比較ができるということで。二等辺三角形の鋭角が2カ所あるような状態で、二つの華がひらく。して、その正体は。どんなもんでしょ?
2007.11.30
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なんの脈絡も御座いませんが、連想ゲームのように。活きのいい(粋な?)オジサン達 → ウォールワース総監とダーリントン卿なんでもないんです。ちょっと思い出しただけです。
2007.11.29
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昨日久しぶりに町へ出て、本屋で呼ばわる声がすると思ったら、平積みの山の中から波津彬子さんが呼んでいる。『ぼくの・稲荷山戦記』『夜の神話』『水の伝説』 たつみや章(講談社文庫)だってさ~、表紙の【月うさぎ】が可愛かったんだよぉ。あっという間に(午前中に)3冊読み終わってしまいましたとさ。 しまった、明日の車中本にするつもりだったのに。
2007.11.28
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昨日は、「1,2年生と地域の人で昔遊び」の日。盛り上がっていたのが、ゴム段。これは、児童よりも保護者と先生が盛り上がったりして。(若いなぁ、みんな)。私が担当したのはけん玉。なんと、子どもに教わって、剣先に玉を入れることができたりして。一、二年生、きみたち素直で可愛いぞ。
2007.11.27
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書きかけだったのに・・・・。消えた。ふう。気を取り直していこう。被災時の避難所且つ医療救護所として指定されている我が校の、避難所運営マニュアル作成の話しはなんどかしてきているけれど、再びその会合。副会長も同席せよって言うから、ムリ行って夜の会合に参加してもらったが、・・・必要ないじゃんヽ(`Д´)ノ?!お役に立てるような作業がありませんでした。昨年度先行して作業を行った某校のマニュアルをたたき台に、物理的、組織的現況をすりあわせ、読み合わせ。私も、お役に立ちません。PTAが支援者として期待されているのは「学校再開に向けて」であることを資料の上でも、行政の発言としても確認できたので、よしとしよう(それが最大の成果かも)。
2007.11.26
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集団下校って、どうして必要なの?という問いが繰り返されている。被災時だとか不審者がでて危険だとか、そういうときには学校側としては「完全引き取り」を実施する。だから、集団で下校するというチャンスはないはず。そういう見方が多勢。それでも、地区班は残す(これ、学校の強い意向)、強制的に(委員も児童も)全員が顔合わせができるのは集団下校の時をおいてないから、集団下校は・・・・。てな論議。本当は、もっと地区を積極的に活用したいのだけれど、難しい。保護者同士が顔を見知りあっておくこと、身近な場所について情報交換すること、それだけでも重要だと思っている(いざというとき手助けしあえる関係を作っておく)が、保護者対象とした地区班毎の親睦会も、いつも一部の同じ顔ぶれが顔合わせするだけになってしまう傾向にある。他校では、学級連絡よりも地区班連絡の方が優先される、○○当番も地区班単位でといった方式をとっているところもあるらしいが、そこまで大きな転換は難しいかも。で、地区班(で交流しつづけること)の意義って?と声高にいっても伝わらないから、交流会とか親睦会を楽しいものに → 企画者の負担 → 委員なり手の不在(おしつけあい) → 目的見失い → 集団下校などによる強制的に意義づけられた活動をもって目的の擬似的再確認 ・・・・と。そういう消極的必要論から集団下校が継続されていた節があるのだけれど。某校のご近所で平日昼間に火災発生。鎮火はしたけれど、周囲の通行は危険、などの理由から低学年は集団下校にて危険地域を迂回して下校することになったのだとか(上級生は、授業中)。全校に連絡網をまなし、地区委員(全員集合はできなかったが)と先生で交えて、児童一人一人を個別に送り届け、引き取り手のいない児童は再度学校へ連れ戻り。そうか、訓練って必要なのね、訓練通りでなくたって、訓練の経験があるから「いつものやりかたではダメだけれど、この方法でならできる」というアイディアも湧いてくるワケね。途方に暮れている時間がチトばかり短くて済むというものなのかも。
2007.11.25
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送ったメッセージが参照できるサービスがある。なんで、PC版にはないんだろうなぁ。ずーっと昔に送ったメッセージも参照できるんだけど。ちゃんと手元に保存してから送ればいいのだが>ぢぶん。
2007.11.24
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どこかのサイトで盛り上がっておりました「彩雲国物語」の怒濤のような波に飲み込まれてしまいました・・・・。ああ、これで年末の計画は決まりだな(大掃除手抜き確定)。で、本日予期せぬお越しの、ペルーのお守りなのですと。大きさは、座布団代わりの100円玉から御推測願います。これで、来年の幸も決まりだな。注:これは穴埋めしちゃいましたけれど、12/6の日記です。
2007.11.22
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なんのシーズンかというと、年賀状。これまで使っていた木版柄だが、12年前の子年のものが今ひとつ淋しいので、心機一転(?)ペン画にしようかと(挿絵描いたアレね)。ネズミだから大黒様でしょう、ということで早速絵を描いて、PCで彩色、試し刷りまでしたところで気がついた。あれ?大黒様って袋かつぐのが定番?袋すっかり忘れておりまして、どうやっても収まらない~。図像例を探して、袋を持たない大黒様がいらっしゃることに安心し、もいちど試し刷りを確認していたところ、夫曰く。これ、打ち出の小槌じゃなくて、ビアジョッキに見えない?(怒!)小槌よ、これは小槌なのっ!だれがなんと言おうと小槌なの!!といいつつ、脇に注釈付けちゃおうかと思っている気弱な私だったのでした。
2007.11.21
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市内の3校を市Pの面々で訪ねるツアー。同じ市内なのに、同じ公立学校なのに、違うものですねぇ(しみじみ)。うちの市は「手上げ」が基本。こんなモニター募集、こんな研究協力募集・・・。それぞれに手を挙げて、その結果残されるハード面の恩恵は大きい。もちろん、大事なのは研究であるから、ハードが欲しいからやっているというわけではない。もちろん、只でハードがもらえるというものでもない、それ以上の時間と労力と知恵を絞られての協力である。なんていうハード的相違もあれば、地域特性を活かしたカリキュラムの相違、学校方針など、ほんとうにいろんな学校があるのだなぁと。で、小中連携の進む中で、各校の独自性・特殊性と共通性をどうやってバランスとっていくのかが課題になるわけだ。特に、小小のバランスは難しい。考えれば考えるほど、面白いですワ。
2007.11.16
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朝から小雨模様、昼過ぎにしばらく日差し、のち、雷雨。 今見上げるのは久しぶりに見る(東京的に)満天の星。月もなく黒い空に、オリオン、シリウス、すばる。濡れた路面にまでその光をおとして。巡りくる季節。叔父に永い別れを告げ、甥っ子の誕生をむかえた日の夜。
2007.11.11
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漸く、当市でも冒険遊び場を常設させようという動きが本格化。草の根活動の実りというよりも、行政主導の感はあるけれど、それでも「行政は、このことはよく分からないので、市民の方々の力を貸して欲しい」と仰られ。「単純に遊ぶ」空間と時間と仲間を再構成する試みだと私は思っているけれど、さて、どこまで行けるやら。・・・・私の気力と体力が、ね。
2007.11.10
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読み逃げの日々が続いております。本日、某校周年行事に出席。学校色が出るものですねぇ。一旦帰宅して、再度市Pの皆々様と親睦会。みんな、酒が入っても熱い。単Pでは話のできないこと(愚痴というわけではない)、これからのPや学校に寄せる思いにひたすら盛り上がる。こういう人たちがいると分かったこと、その中に一緒に参加できると言うことは、とてもほっとするんだよね。刺激になるんだよね。降って湧いた単P会長職を立派に勤め上げられた昨年度某男性会長がそんな風に。
2007.11.09
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最近の新聞記事に、各地の合唱祭の話題?が取りあげてあり、その中で、最も感動的で子どもたちに歌いやすい合唱曲として『大地讃頌』が取りあげられておりました。スミマセン、うろ覚え出典です。そういえば、9日の周年行事でも(日記的に前後しております。ま、いっか)、生徒全員でこれを合唱しておりました。300人の合唱は、迫力有ります。しかも、自分も歌ったことがあるだけに、感慨ひとしお。大地讃頌ってなによ、という方に。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E8%AE%83%E9%A0%8Chttp://www.momo-mid.com/mu_title/daichi_sansyou.htm周年行事終了後、誰からともなく「あれ(大地讃頌のことだ)が、よかったねぇ・・・」となり、全員が頷くところを見ると、多少年齢の違いはあれど、皆『大地讃頌』経験者なのだろう。立派な文化だ。で、その晩のカラオケで、大地讃頌を歌おう!なんて話しが冗談にも真っ先に飛び出すのだな。そういうのもレパートリーに有ればいいのに(それなら歌える。もちろん、カラオケ無しでも歌える)、と思ったのであった。立派なタイトルの割に、どーでもいい日記でした。
2007.11.08
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ちょっとした不注意だった。こんなことになるとは思いもしなかった。何が起きたか、わからなかった。それがいったい何なのか、わからなかった。はじけ飛び、のたうち回る、それ。無惨なるその一部。吹き飛ばされて、抜け殻のよう。のこされた部分。見るも無惨にオーブンの中にありったけをぶちまけてのたくっていた、それ。正体は、大長茄子。だってさ~、だってさ~。八百屋のおねーさんが、「そのまんまオーブンで焼いたら、柔らかくて美味しいよ!」っていうから、そのまんまオーブンに・・・・。茄子の皮に切り込み入れるの忘れてました。ああ、大惨事。
2007.11.07
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金田一秀穂氏の講演会。親子のコミュニケーションとういうタイトルにどうやったら落ち着くんだろうか?と疑問符な1時間半。気軽に楽しませていただきました。印象に残っているのは、教育は100年の計であるということ。今の教育は100年後に結果が出てくるものだから、安易に「今日結果が出ないから、次の方法」とすることは愚かなこと。価値観をシフトしたなら、その価値観に基づいた評価が必要で、今「学力低下」といわれているのは、昔の価値観で物事を測っているからにすぎない、それはおかしなことだ、と。もひとつ、国語力というものにはいろんな力が含まれていて、「語彙・漢字知識」「語学力」「読解力」「表現力」「対人関係把握力」「論理力」など、複合的なものを国語力と総称されるが、テストで計れる国語力はそのほんの一部にすぎない。今課題であるのは「対人関係把握力」であり、見落とされがちなのが「論理力」と「論理に基づいた表現力」(つまり、遠藤周作氏の文章から作者の意図を見分ける力、ではなく、コンピューターのマニュアルが読めて、きちんとマニュアルが書ける力ね)。そういう「力の複合」として国語力を捉えないといかんよ、と。なるほどね。言葉を一つ、相手に理解できるような形で定義するというのは大変に難しい。相手の視線がわかる洞察力も必要となるし、こちらの言葉を相手の言葉に通訳することも難しい、けれどそういう手続きを忘れてしまうと、伝えたつもり、伝わったつもり、相手がわかってくれたつもり。となるのだな。悲劇の序章になることも。そういうのは、使用言語の相違に限らないのだな。だから、大切なのは単なる英語教育じゃなくて、日本語教育でもなくて、国語力なんだな。って、わかったつもり。
2007.11.06
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小中一貫準備委員会。教育目標を考えるアンケートの検討。
2007.11.05
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台風は行っちゃったぞー。で、○○公園まつりは、見事に晴れ。押し寄せた子どもの数1000人ばかり。この祭の特徴その1は、遊ぶのにお金がいらないというところ。出資が行政であるということが一つ。実際にまつりを運営する有志の会も「こどもたちに遊んでもらうためのまつりだから」と、遊び無料に意欲的(というか、それが最重要課題)。特徴その2は、「土と風と水」を感じて欲しいと思っていること。だから今年は どろんこ。他にも、笹舟作り、竹とんぼ作り、ドジョウつかみ・・・・。一日終わって、ヘロヘロです。どろんこコーナー、PRしなかったけれど大受けだったらしい。担当スタッフは相当の肉体労働だったらしい・・・・。追記:あうううう。これ、10/28の出来事でした。
2007.11.04
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サイクリング教室で、30分ほどの○○公園へ。ついでに、近くの古墳なども見学させていただき。
2007.11.03
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市P定例会。みんなで語る時間が欲しいね。
2007.11.01
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