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4年最後。子どものお別れ会。カレーパーティだったので、途中乱入を許してもらって念願の「ドライアイスクリーム」はい、卵一つ割ってぇはい、クリーム1パック入れてぇ、はい、砂糖60g入れてぇ、はい、ドライアイス(200gかき氷器で粉末に)入れてぇ。混ぜるっ!どわっとふくれあがる泡。子どもたちの雄叫び。はい、一瞬にして、ドライアイスクリーム。子どもらは、「ピリピリしてる~」なんていいながら、大好評。食べ過ぎで胃が張っちゃった、なんて猛者もいた(きみ、食べ過ぎ。炭酸なんだからね)。ま、最後に大賑わいでウケて良かったです。
2007.03.31
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たしかに、月曜日にここを通ったときには、黒々とした湿り気を帯びたような幹や枝ばかりだったはず。あれから3日。7分咲き。まるで舞台でも見ているようだ。すとんと幕がおとされると、そこに一面の桜。そして、その桜に浮かれるように、いつもは見かけぬ風体の人たちが町に溢れている。大人も子どももみんな何となく、浮かれるような顔をして。桜・化生誰の心をもこのようにざわつかせるのは、桜の妖力かも。
2007.03.29
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来年度新学期に配付するための資料づくりにとりかかっている。基本は昨年度までにそろえてあるが、内容の見直しやわかりにくいところのチェックなど、役員内MLでは鋭いご指摘轟々で、既に今晩一晩だけで30通のメールが飛び交っている。涙が出るほど有り難い!が、みんな体を労ってね。といいつつ、子どもクラブの資料作成とPTAの資料チェックで、こんな時間にブログ書き込んでいる私・・・。さすがに、ねよ。
2007.03.28
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代表者会議にて、行政による来年度の方針を伺った。基本路線は現状維持とのこと。で、次は中学生の居場所が課題、と。それ、ずいぶん前から言われている。部活所属率80%その他の20%の為の活動を・・・みたいな説明をされて ???「部活に入りたくない」の20%でしょ?それをお膳立てして囲い込んで、意味があるのだろうか?必要なのは、部活をしていてもしていなくても、その時の気分で「居ていい」場所が保証されていることの方じゃないだろうか?大人のお膳立て、中学生に対して、どこまで必要で、どんな形で必要なのか、ちゃんと考えていかないとね。んで、これ、小学生向け子どもクラブの会議なんですけど・・・。
2007.03.27
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そこここで、開花の話を聞くが、千鳥ヶ淵はまだ黒々とした枝が地を覆っている風情。でも、気がつけば公孫樹の木々に,柳の木々に、鮮やかな緑の萌え華やぎ。冬・・・ホントになかったね。
2007.03.26
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大きな地震がありましたそうな。ブログで知り合えた皆さんの処にも、両親の実家方面にも、とりあえず大きな被害は出ていないようで一安心ですが、被害に遭われた皆様を思うに、心痛む思いです。
2007.03.25
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昨日、カーナビのバージョンアップと、ETCのセットアップを行ったため、取りあえず高速走ろうと、子どもたちが行きたがっていた横浜ズーラシアへ。なんだか混んでるな~、とおもいつつ、はじめてのETCゲートをくぐり、「あ、ノンストップじゃん」と思ったとたん。ゲート抜けた先が大渋滞。ナンの為のETCじゃい。以後、延々と車は続き、眠くはなるし、腹は空くし、子どもたちは元気だし(やかましやいっつ!)無事動物園へ到着して、お目当てはなぜかゾウでもトラでもパンダ(いないけど)でもなく、「やぶいぬ」。6匹の犬たちが、お行儀良く一列に並んで、グラウンドをぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。何年か前に見たときは1匹だけだったけど、ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。可愛い奴らじゃ。あと、拾いモノとしては「ホッキョクグマのシンクロナイズドスイミング」。水中で揺れる毛皮と肉球が可愛いぞ。てなことで、帰ってくる路上も大混雑。第三京浜下りてから、環八を甲州街道に至るまでが延々2時間。遊び倒すはずの一日が、運転で終わってしまった・・・
2007.03.24
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卒業式、恙なく終了です。卒業証書授与の際には、一人一人が壇上で自分の夢を語ってゆく。パティシエ、女優、医者、プロスポーツ選手、幼稚園の先生・・・。「誰かのために生きること」そんな思いを口にするようになった子どもたちの姿に、すごいなぁ、と思っているうち、自分の挨拶の中身を忘れてしまった・・・。壇上に上がると、卒業生も保護者も顔が小さく見えますねぇ。教室ぐらいでならなんぼでも話せると思ってましたけど、さすがに本日緊張で。あがった瞬間に、真っ白であります。挨拶要旨皆さん、ご卒業おめでとうございます。校長先生、担任の先生はじめ、学校教職員の皆様、六年間有り難うございました。ご来賓の皆様、地域の方々、子どもたちを温かく見まもっていただき、本当に有り難うございます。保護者の皆様、お子様のご卒業をお祝いするとともに、六年間、保護者として、学校に子どもたちに関わりつづけていただいたことに、深く御礼申し上げます。さて、校長室には、いつもみんなが図工の時間に作った作品が掛けられています。先日お伺いしたとき、こんな作品が目に入りました。「野球は一人では出来ない、九人そろって野球が出来る・・」で始まる詩です(←これ、六年生の作品)。それを見たとき、「ああ、これを書いた子はきっと野球や、学校でのいろんな事を通して、一人一人が最善を尽くしながら、同時にみんなが支え合うこと」のすばらしさを見つけてきたんだなぁ、小学校の六年間で、一人一人のなかに、そういう体験がたくさん積み重ねられててきたんだなぁ、素晴らしいことだなぁと、とても嬉しく思いました。今日は卒業式。卒業式は、英語でCOMMENCEMENTといいます。始まりの式という意味だそうです。新しい世界への旅立ちに当たって、今までの体験にもう一つの視点を加えてみてください。野球は一人では出来ない、九人だけでも野球が出来ない。同じように真剣にグラウンドにあがる相手チーム。指導してくれるコーチ、先輩。自分の姿をじっと見つめる後輩達。応援してくれる人たち、そして、家族、友だち、見えないけれど、いつもグラウンドを整備してくれる人たちもいるでしょう。いろんな形で、いろんな人が一生懸命に関わり合うから、野球が出来る。野球が面白くなるのだとおもいます。卒業生の皆さん。傍らに、後ろに、陰に、自分を支えてくれるたくさんの人たちがいることを忘れないでください。同時に、あなた自身が、誰かを支える傍らの、後ろの、陰の力になってください。みんなが支え合うかけがえのなさを大事に、新しい世界への一歩を踏み出して下さい。ふぅぅ。これでようやく皆さんの挨拶文もじっくり読むことが出来そうです。前会長から、「いい話だったけど、なんであなたが野球の話題なの?」と笑われました。私は全く運動系にご縁がないもので・・・・。みなさんからも、「わかりやすくていい話だったよ」といわれ、私も木に登りそうですが「ちょっと、いつもとちがうねぇ。緊張してたでしょ」って言われて・・・はい、その通りです。入学式の挨拶・・・なくて良かったです。ほんと。おまけこれが知らない顔ばかりだったら、もう少し緊張せずに喋ってたはず。私って、そういうヤツよ。
2007.03.23
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先日、ムスメのクラスの最後のお楽しみ会、中学校の卒業式と重なって参加できませんでした。大道芸を期待してくれたみんな、ゴメンね。んで、22日の朝なら、読み聞かせぐらい出来ますよ、と担任の先生に声を掛け、快くご了承いただいて、本を選んで(ティラノサウルスシリーズの「ぼくにその愛を下さい」を用意)、学校にいそいそ出かけて気がついた。今日、終業式じゃん。先生と顔を見合わせて・・・「あれ?時間ありませんよねぇ」って。どっちも呆けとりましたね。恐縮される先生。受けちゃった私。子どもたちには、春休み中のお楽しみ会で「出し物」のお約束で納得してもらいました。う~ん。何しようかなぁ。ドライアイスクリームがいいかなっ?
2007.03.22
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仕事の締め切り迫っててサ、よお、遊びに行けませんでしたってさ。休みの日には仕事しないようにしてたんだけどなぁ。ゴメン。
2007.03.21
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来賓で行って参りました。ちっとばかり、手のかかった学年とのことですが。さて。卒業証書授与の際には、まあ、着衣がだらしないのがあったり、何人かのおふざけがあったり、待機している学生も何となくざわついたり・・・。こんなところでも、つっぱらかっているのかと。自分を見てよ!の声なきメッセージなのかと。発現形式が幼いと言えば幼いぞ。贈る言葉に別れの言葉と合唱と式が進むにつれて、なんだか彼等の表情から、突っ張った部分や照れの部分が禿げてきて、素直な稚い表情になってきた。あ、これが彼等の素顔なんだな。精一杯のメッセージ出して、かまって欲しいと訴えている。先生も、保護者も、きっと一生懸命に彼等に向き合ってこられたのだろうけれど、それでも届かぬ思いを抱きつづける15才。彼等の思いがこちらに届かない、彼等にこちらの思いが届かない。そんな葛藤を繰り返してきたのだろうけれど。いつか、気がついてくれるだろう。他の人の思いに。いつか気がついてくれるだろうその時のために、私たちはありったけの思いを発信しつづけよう。卒業おめでとう。
2007.03.20
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教育方針説明会の日の午後、芝生化を考える会も開催された。が、来ているのは校庭利用団体だけかい?芝生化について、いろんな聞きたいことがあったんじゃないの?いろんな、言いたいことがあったんじゃないの?誰がやるの、って、疑問に思わなかった?子どものために本当にいいことなの、って疑問に思わなかった?確かに、都内全校立学校の芝生化は都の方針よ。今更NOのチャンスはないかもしれないけれど、取りあえずNOならNOって、言ってみようよ。私はYesだけれど、課題はたくさんあると思っているからこうして話しを聞いている。課題が分かれば、課題を乗り越える方法も考えられるから。だけどね、「無関心」っていう課題ほど、空虚な課題もないんだよ。先生方だって、YesとNoの狭間で動いている。そりゃ困ったなって声を上げられずにいるのかもしれない。その先生方の声に耳を傾けることだって、学校の言い分に耳を傾けることだって、「私はあなたを見まもっています。行く先におおきな関心を寄せています。私たちの視線を無視することはできませんよ」っていう大事なメッセージになるはずなのに。なんでかなぁ。
2007.03.19
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塩山までイチゴ狩りに。ハウス内にはマルハナバチが放たれていて、母的には思わず可愛いぞ!覗きこむのだが、ムスコは、イチゴ食べたさとハチ怖さの間で完全に硬直している。で、写真でも撮ろうかな~、と思っていたら、携帯もカメラも忘れたことに気がついた .... orz。なにが、観察なんだか。近くに放光寺というお寺があり、ひな人形をたくさん飾ってあるというので、見に行った。子どもたちと神社仏閣を拝観するのははじめてかもしれない。「あ、この系図に牛若丸(義経ね)があるよ」、「これは釘隠」、「この板戸には昔、絵が描いてあったんだねぇ」なんて簡単且ついいかげんな脚色で説明をしながら歩く。平安時代といわれている仏像が3体。こういう静けさ、久しぶり。ひな人形は・・・つるし雛が可愛いが、古い人形はちっと・・・怖い。
2007.03.18
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学校が、来年度教育方針を説明するという。先生方が各教科毎に、狙いや目標について語る2時間スペシャル。したが、全世帯にあてた募集で、出席回答が4通とな。こんなことで、いいのか?前日の慰労会で、校長はひたすら地域の方々にもアピールしていたが、ホントにアピールすべきは「保護者」だよね。いや、本当に真剣にならなくちゃいかんのは「保護者」だよね。なのに、なんでかなぁ。そこかしこで「うちの子は・・・」と先生に掛け合っている風景を目にするのに、なんで「これからどうなる」に無関心でいられるの?あなたと、あなたの大事なお子様は、当事者なんですけど。
2007.03.17
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青少対のおつかれさま会合に参加させていただきました。なぜに、私の向かいは校長と主幹で、となりは副会長・・・?これじゃ学校と一緒じゃん。ま、青少対会長とも同じテーブルだからいいけど。呑めない私は、ひたすら料理に専念(スミマセン、気の利かない野郎で。)痩せないワケよね。その他の委員の方々にも今年一年の感謝を込めてご挨拶。ついでに来年もよろしくね(見捨てないでね)とアピール(私は、青少対のヒラ委員でもあるので)。皆さん、ほんとに有り難うございます。
2007.03.16
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はい、こちらは最終会にはまだ遠い(市P最終回は4月)。予算案と総会関係資料のとりまとめと、来年度活動方針のとりまとめ。来年度人事案・・・。残っている課題もたくさんあるけれど(正解なんてないからね)、この一年「(必要があれば)動かそう」がごく自然に出てくる市P活動だったと思っている。役員の誰しもが前例を踏襲することに汲々としなかった。これは譲れない一線これはやむを得ない一線そこがはっきりしていれば、あとは柔軟に組み替えていけばいい。無理に前例に倣うよりも、その方がもっと自由に呼吸できる。そういう姿勢を共有できたことを、とても嬉しく思っている。
2007.03.14
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最後の定例会。締めくくりをといわれて、委員の、係の、そして関わってくださった皆様に感謝を。役職について活動することだけがPTAじゃない。授業支援や読み聞かせのボランティアをすることも、学校やPTAの行事に参加することも、学校に足を運ぶことも、子どもたちのことちょっとでも考えることも、保護者会に来ることも。先生頑張ってとエールを送ることも、ちょっとヘンだよ、と警鐘を鳴らすことも。子どもたちと学校に思いを向けること、がすなわち保護者として一番大切な活動だから、出来るときには、できる形で、あなたの手を差し出して欲しい。出来るときには、できる形で、差し出された手を握り返して欲しい。私たちは、その仲介の機会と仕組みを、ささやかながら提供しているにすぎない。主人公はあくまでも、皆さん自身。これからも、顔を向け合い、手を繋ぎ合う関係でいて欲しい。そんな締めくくりとさせていただいた。あ、このネタ、祝辞に使える?
2007.03.13
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祝辞・・・・。ナンも考えてません。やっぱりぶっつけ本番かな。
2007.03.12
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庭先に、菫がまた顔を出した。いつからここら当たりに根付いたんだっけなぁ。
2007.03.11
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ムスコは鼻が出て、鼻の下が真っ赤だ。遠目に見ると、付け髭のようで・・・・笑える。なもんで、一日内にこもっておった。何かと騒がしいムスメは、とーちゃんをくっつけて散歩に追いやってしまった。ゆっくり読書三昧と思ったが、ふとムスコにつきあった囲碁で・・・負けた。
2007.03.10
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久々に何もない!何もないったら、何もない!ので、ユザワヤへ行き絵の具を入手した。4月になったら、子どもクラブで子どもたちにこいのぼりを作ってもらおうかと思って。うちの小学校、5月には、たくさんのこいのぼりを校庭の端から端へ掛ける行事がある。やってくださるのは、地区青少対の皆様で、なかには、齢40年、体長8mというこいのぼりも優雅に泳いでいる。しかし、中には激しい雨風に、開きになっちゃったり、切り身になっちゃったりするこいのぼりも出てくる。で、「お蔵に眠っているこいのぼりご寄付願います」のメッセージをいただいた。(この辺りじゃ、お蔵のある家、もうほとんどないんですけどぉ) あ、作ればいいじゃない てことで、早速交渉開始し、予算総額も決まっていないのにガッチリ自分の分の予算を確保し・・・、である。さああて、どんなこいのぼりにしようかな。で、ナンでタイトルが三昧境だったかというと、ここ数日、とある謀によって不眠を余儀なくされているのでありました。劫火にあぶられつつ、睡魔に襲われつつ、妖女の笑みに幻惑されつつ、果てもない妄想の棘にいたぶられつつ・・・・やめられないよ~。責任者、でてこいっ!
2007.03.09
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終鈴とともに会社を飛び出して、地域防災訓練の会議へ。会場到着は、会議開始の10分前(冷や汗)。えと、まてど暮らせど、だれも来ないんですけど~。私の他には3名だけ(代表者と他2名)。しかも、他2名のうち1名は、隣小PTA代表。私たち、何も分からないんですけど・・・。定時を過ぎることしばし。あちこちに招集の電話をかけられて、揃った人数が10名。構成員の半分。前回会議日程を決めるときにいらっしゃった皆さんは?しかも、会議の案内も文書で戴いておりますが。この人数では、話すべき事もはなせない。報告事項と意見交換で終わり。私の時間、返してください。ああ、非常時・・・。
2007.03.08
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本日学校運営連絡会最終回。思い切って、ある委員に相談事をした。彼は、現在高学年の保護者で、その学年では、親父たちが中心となって子どもたちを楽しませる活動を頻繁に行っている。で、相談事はというと、外泊したい。すなわち、学校の校庭にテントを張ったり、体育館に雑魚寝したり・・・そんな企画を実行に移したいが、協力者のアテがない、いいアイディアがないだろうか、おやじ連はどう考えるだろうか?ってこと。校長も同席していたので、許可は下りそう。校長的には、そこを親がお膳立てせず、子どもたちの中から声が上がってきたら、それを支援する形がいいよね、なのだが(全くごもっとも!)、子どもたちのなかにそんな経験がないので、「やってみよう」という機会も存在しない。だから、大人が、ちょっとばかり仕掛けを作ってみてはどうだろうか、というのが狙い。食いつきは、上々。それ、やりたかったんだよ~、みんなそう思っていたんだよ~。なのだそうである。形になるためには外的刺激が必要ってのは大人も子どももおんなじかも。さて、その後座をうつして酒席となってしまったので、後半の「やりたいねぇ」「やろうね」はどこまで実行力があるのか、その人一人だけの思いなのか全くわからないが、まあ、どちらの方向へか分からないが一歩、動き出すことは出来たと思っておこう。さて、鬼が出るか、蛇が出るか。本当に彼の口から、次が出てくるものか。大変手間のかかる、大がかりなことをやろうとしているのだと思う。自分一人の手には余る。失敗するかもしれない。でも、いいじゃない。何もしないで淡々と日々をこなしてゆくより、転んでも、倒れても、何かをつかんで起き上がることが出来るのならば。一回の失敗で崩壊するような保護者の連携なら、一旦壊れてしまったって。何かをつかんだと思った人たちが、新しく立ち上がってくれるかもしれないから。保護者をとりまとめ、安定化を図るべき立場にある私がこんな事ばかり指向しているのって・・・ダメ?
2007.03.07
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校庭芝生化・・・縁あって、2校の視察に参加してきた。一校は、児童数も敷地面積も2/3程度、古い町並みではあるけれど住宅密集度が高い(畑などの緑地が少ない)A小。もう1校は、比較的うちの小学校に児童数や敷地面積、周辺環境が似ているB小。B小は、都の環境課(?)が芝生ガイダンスを行うというので、A小へは、うちの学校長と一緒に(実際にはA小に行ったのが2週間前で、B小は昨日)。行った時期の差だろうか、行った時刻(日当たり具合)のせいだろうか、B小のほうが緑が多かった気がする。どちらの学校もまだ取り組みをはじめて2年目あたりなので、管理運営については試行錯誤中な印象を受けたが、いずれも「子どもたちがとり組むこと」「学校の芝生は使うもの(痛んだら補修する、補修しながら使う。)」と明言している。だから、雑草だって芝生のうちだし、禿げちゃうことも仕方ない。芝の養生と子どもたちの環境、上手いところで折り合いを付けていこうという姿勢であった。砂埃は減りました、って仰ってたなぁ。昨日のガイダンスでは、土の校庭であったときと芝に変わったときの児童の動線(遊びの種類と分布)みたいな説明もあり、如何にも芝生の時の方が、子どもたちが広い範囲で遊び、遊びの種類も多様化しているように仰られた。これ、他の要素もあるだろうから単純に「だから芝は」と行っちゃイカンだろうと思うが、「出来なくなったこと、制限を受けること(使用時間の制限とか補修の手間とか)を主張するより出来るようになったこと(遊びの種類が増えることとか、緑がより身近になって生物環境などが豊富になることとか)」を数えたい、というA小学校長の主張には、頷ける面がある。と、取りあえず備忘録でした。
2007.03.07
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小学校の卒業式のご招待状が届きました。挨拶して欲しいとかそんなことは一言も書かれていないので(結婚式だと、ご挨拶を・・・って添えてるあるけど)、おずおずと校長にご挨拶、なし・・・・?と尋ねてみたら、にっこりわらって、はい、よろしく!と言われました。当たり前か。祝辞って、どうやって書くの?前任者に倣え?確か、前会長もメモ書きだけで喋ってたなぁ。しばらく悩も。
2007.03.06
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あんまりにもタイムリーなポスターで、駅のコンコースで一人大笑いしました。(武道館へと流れゆく人々の不審な眼差し・・・)てことで、AZさんに捧げる一枚。
2007.03.05
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今朝ログインしようとしたら、見慣れぬ画面が出てきて、次へ進むも、スキップする、も全く反応なし・・・。焦りましたねぇ。あまりに強引な画面遷移で、そりゃないでしょー楽天さん、と思いました。正直、何かに感染した!と思いましたよ。ってことでお薦めリンクって何よ(自分は付けてませんが)って皆さんの処を眺めましたら、あ、楽天さんのお薦めリンクがトップページの目立つところに・・・。親切・・・余計なお世話・・・うーん、諸説あるでしょうね。とりあえずお願いだから、あんな画面遷移は勘弁!閑話休題自転車で走るのが心地よい一日でした。なのに、子どもたちは「自転車めんどくさーい」という(怒)本当は、昭和記念公園まで走りたかったんだけどなぁ。で、ふてくされて一人で自転車で走ってみましたら、目に飛び込んで参りました。辛夷思わずハンドル切りましたねぇ。このお庭の一角には、大きな辛夷の木が植えられており、樹高もあるので、遠くからでも、家々の屋根の向こうにでも望め、満開の時には、まるで盛大な白い営火のようです。辛夷の白、象牙のような白。凝ったような、厚みのある白。しばし我を忘れて見上げておりました。
2007.03.04
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なんだかもう、ズルズルズル・・・・っと、読書三昧。こんな事でいいのか?とーちゃんと子どもはどうした?!ということで、まさに鵯越のごとく、只今読みあさりモード。昨日まで某極悪園長の罠にはまっておりまして、脳内大錯乱状態を呈しておりましたが、ようやく混乱を乗り越えて、今日は再び上橋菜穂子氏へ復帰。ゆうやけぐもさんのところで読んだ『狐笛のかなた』は罠に堕ちる前に読了し、今日手にしたのは『獣の奏者』はいはい、結局、なんと言われようと、こういうのが好きなのよ。
2007.03.03
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1日の日記に、PTAに男性も女性も関われること等についてつらつらと書いた。確かに、男性も女性も関われたらいいと思う。関わりたい人が関われるような仕組みを作っていきたいと思う。が、一方で、誰でも関われる参加形態であるということと、誰にでも出来るということと、が一緒くたに語られているような現状がある。PTAという活動全体としては、誰にでも関われること、正しくは、より多くの人が、それぞれに相応しい形で関われることが望ましいと思う。しかし、特定の役職に目を向ければ、例えば行政との会合や地区との会合など対外交渉の多い会長が、フルタイムであれば昼間の行政会議や学校行事に関わっていくのは大変だし、子どもを置いて夜間の地区の会合に参加するのは大変だし、会長は主に外を担当と言っていても、内部のことに無関係ではいられないし、土日の地区の行事はたくさんだし・・・。という外的要因が多ければ「時間に都合が付けやすい」が重要な要件。自分や単P内で都合が付けられることではないので。「出来る範囲で(無理しない)」を優先にした結果「地域とのつきあい方が悪い(→無責任である)」とか「自己都合で欠席する(→身勝手である)」とか、そういう外部評価になるわけですね、母体単Pも会長個人も。さらには、残酷なことに、往々にして身内であるはずのP内部からもそういう烙印を押されてしまう。そういう意味で、覚悟の一年。忍耐の一年なわけだ。でも、例えば会長職にそうした覚悟を要件として掲げてしまえば、なり手は誰・・・? フルタイム勤務のなかで、月に何日も有給だの半休だのを認めていただけるほどご理解のある会社は、おそらく雀の涙。「所謂ボランティア活動」にそこまでの価値を認めるほどの社会でもなし。地域活動、保護者活動、ボランティア活動(並べちゃ拙い?)どれも生業になるワケではない。どうしたって、本業があって、その余力で関わるもの。だから、「どんな職務も誰にでも出来る」は不可能。 現在うちのPで執っている選出方法は、一歩間違えば、全員くじ引き選出。よほどの事情がない限り(事情を周囲に認めてもらえない限り)、問答無用な仕組み。問答無用で押しつけて、ほら、出来るでしょ・・・って、そういうあなた、出来ますか?推薦活動の行き詰まりから(推薦委員へのなり手すらなくなったので)こうした仕組みに方向転換してきたわけだが、結局は「公平な仕組み」という名目は、本来のPTA活動の意味を見失わせるものになっていくような気がしてならない。PTAの活動には、確かに事務処理な部分もある。そこは簡素化したり、見直したりすることで「誰にでも出来る仕事」とすることが出来るだろう。しかし、それ以外の部分を「誰にでも出来るように」とすることは、「問題を解決する」「己を見直す」「新しい動きを生み出す」といった力を失わせることになると危惧している。この仕組みが確定するのに足かけ4年(私が関わる前に基本方針は決まっていたわけで・・・)「公平に」これが皆の意志なのだと、そうおもって受け止めてはきたが、一方で、それじゃイカンと思っている。仕組みの見直しが続いたこの4年。ようやく皆、落ち着くことを期待しているところに、大きな方向転換は、混乱の原因となることが明らかだ(多分受け入れてももらえないだろう。ここ数年の彼等の方針を否定することにつながりかねないから)。となると、今できることは、仕組みはそのままにしながら、仕組みの利点は活かしながら、「それじゃイカンよ」な部分は個々人へのメッセージとして伝えていくことだけ(仕組みに頼ることは出来ない)。もし、鉦や太鼓でさがしても、該当者がいないのなら・・・・それは、だれにも学校に向き合う閑も関心も余力もないということ。PTAなんて不要ということになるだろう。そんな消極的PTA不要論は、・・・哀しい。仕組みはどうあれ、当事者として学校や地域に関われること、その権利と義務を一人でも多くの人と分かち合えるように訴えること、それが。ま、そういうことです。
2007.03.02
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市P定例会。行政関係の報告が少なかったため(議会中だしね)、時間に余裕有り。小・中にわかれての座談会を持つことが出来た。中学校は分科会があるが、小学校には分科会活動がないので、こうした場を設ける正規のきっかけがないのである。とはいえ、2年ほど前からこんな座談会(というより井戸端会議)は時折もたれていて、副会長時分に代理で定例会に出席した私は、当時抱えていた子どもクラブ問題でこの座談会に大変お世話になったのものだ(というか、いわゆる部外者の私が3番目ぐらいにうるさかったかもしれない。当時のうちの会長は忙しく、こうした座には加わっておられなかったとの事)。この座に加わりたいがために、喜んで代理出席していた節もある。昨年度は余りそういう機会がなかったらしい。で、今年。やっぱりやりましょうよ~。ということで、ペットボトルのお茶などすすりながら適当に机と椅子を並べて、希望者だけの座談会となった仕儀。子どもクラブの課題から役員選出のノウハウまで、盛り上がること1時間。会議室を追い出されるまで時間を忘れて、全員熱弁。会議じゃ、こんな風にはワイワイと展開できませんからねぇ(しみじみ)。その中で、役員選の話し。A氏♂曰く、「役員選出してると、男と女って違うものだと思うよね」と。曰く、女性は人間関係重視(○○さんとならヤル、××さんとはやりたくない)。男性はそんなこと気にしない。ん~。同席の女性会長ほとんどが「自分たちは、そんなこと気にしないけれど、多くの方がそういう傾向にあるのは頷ける」と。だから、ペアのある役職から埋まっていく傾向があって、その結果これ!と思う人がトップに据えられない、と。しょうがないから、そうなったら男性会長をお飾りに据える・・・なんてことになりかねないんだそうである(ここで、お飾りの女性会長を据えたら、無用な嫉妬・そねみ・陰口・非難の泥仕合になるのは自明)。でも、現在市内の多くの学校は女性会長であり、みんな「誰と組んでも、それなりにやっていけばいいじゃない(あるいは、ヤルしかないじゃない?)」と言っている。そういう人材は、ちゃんと居るのだ。数は少ないかもしれないけれど。それと同様に、男性会長陣も誰一人として「お飾り」ではない。学校の中のことは副会長以下に委ねているということはあるだろうけれど、保護者の代表として、市P委員として、果たすべき役割を前向きに果たしている。選出の方法はいろいろだ。うちは「公平」をお題目に立候補+推薦+くじ引きを併用しているが(もちろん課題有り)。被推薦者による互選方式もあれば、一本釣り方式もある。学校+地域のお沙汰がかんでいるところもあるらしい(そんなところは、この先何代も、会長予定者が決まっているとか)。どれも、一長一短有りと言うよりは、どれも課題有りというのが正しいだろう。正解はないんだねぇ、が正解かもしれない。いろんな悩みがあるものだ。うちは、くじ引きを導入して以降、推薦率が大幅に下がってきている。当事者意識がより希薄になっているのだろうと私は疑っている。一本釣りは、電話攻勢に苦渋の日々。互選会は、その公平性(公平=一律というのは違うと思うんだが)や公開性を問われる。立候補制では、やる気のある人=適任 という保証はない(私みたいなものだ)。運営はコミュニケーションだから。でも、やる気を抑圧もしたくない。役員任期や留任の既定があるおかげで、候補者が決められない場合もあれば(例えば、2年はやってね、というと誰もが引けちゃうとか)、そのせいで、続投して欲しい人が続投出来ない場合もある(勿体ないぞー)。ほんと、いろんな悩みがあるものだ。ただ、共通した認識は、推薦や選出活動が大変であることはわかっているが、それでも「とりあえず誰かを指名できれば選出委員のお役目終了」ではなく「自分たちの学校のために、この人に次を託したいと思える人を推して欲しい。そのためには相応の労苦も覚悟した方がイイ」。そういう仕組みと意識づくりが重要だという、これまた至極ごもっともなことなのだった。そしてもう一つ。みんなが出来るPTAを目指すということで、誰でも会長が出来ます!と組織見直しをしたり分掌見直ししたりするけれど(うちもやってますが)、それは主客転倒かもしれない。分権も、分掌の見直しも必要だけれど、誰でも出来ます、だからクジで選んでもOKです(選ばれたときに文句を言うな?)というのは全く違うことだと。その人の能力とか、そういう問題以前に、物理的・時間的に引き受けられるのかとか、責務を果たすために引き替えなくてはならないあれこれとか(掃除とか片付けとか?)、代表者という肩書に伴う有形無形の責務とか(保護者に対して好き嫌いで行動できないとか、一抜けたって言えないこととか、子どもの目の前で信号無視することを躊躇するとか、ちょっと違う?)とか、つまり、本人に責任を引き受ける覚悟がなければ、本人にも、周囲にとっても、よいことはないのである。そんな話しにもなったのでした(だから人選に時間をかけろっていう先の話に戻るんだけどね。)いずこも同じなんだなぁ。で、最後に件のA♂氏は、だから、役員会に男性が居るのと居ないのでは、ずいぶん雰囲気違うんじゃないのかな、って。それが良い、悪いは別にして、「仲良しクラブ(一転すると地獄図になってしまう可能性がある)」の緩衝材として、好き嫌いとは別の軸にいる男性の参加は効果があるんじゃないの、ってことなのでした。ん~。そういう目線で参加してくれる男性、どこかにいないかなぁ。
2007.03.01
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