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年末に、「年が越せない!」と焦った熱発事件から、抗がん剤治療をしていない。熱の上限は38.3℃だったのだが、予定外の下痢の襲来で、脱水症状がひどく、加えて、抗がん剤を抜針したばかりの副作用満々の状態だったため、6日間、未曾有のひどい状況に陥った。脱水症状は、経口で水分や食べ物を入れるとさらに下痢症状がひどくなり、口にしたものが出てくるまでの時間がどんどん短くなっていたので、できるだけ経口摂取を控えるしかなかった(トイレに行く回数を減らしたい)。抗がん剤の副作用として、最も困ったのは「しびれ」。全身に『シックスパッド』を装着しているかのような筋肉の収縮が起こり、ずっと力が入っている状態。さらに、手足が冷たく、なかなか温まらない。38℃以上の熱発なのに、だ。胃が痛い。これも副作用。食道が痛い。これは副作用かどうかわからない。が、胃痛と同時に出現する症状なので、怖い主治医には話していた。が、対処法も教えてもらえず、薬剤も処方されていない。心臓(背中)が痛い。これも副作用。こんな状態で12時間過ごし、病院に相談の電話を入れるも、システマチックな対応をしてもらえず、さらに体力を消耗しつつ、15分ほどの時間を耐えたのだが、結局「もう少し様子を見て、症状が重くなったら、また午後にお電話いただけますか?」だった。「症状が重くなったら」とはどういうことか。救急車を依頼するしかないほどの状態だろう。自分で病院に出向けるギリギリのラインで電話をした。救急車を依頼するには準備が必要だ。玄関のロックを解除できるか、チェーン錠を外せるか、保険証等の必要物を用意できるか──「死ぬか、生きるかの境界を彷徨うことになる」と覚悟した。いまでも、怖い主治医の判断は間違っていると思っている。生きながらえたことは、奇跡に近い状況だった。年が改まった1回目の診察の時、「この熱の原因が何か、どう対処したらいいかわからない。治療によってまた熱が出たら、今度は死んでしまうかもしれない」と言ってその日の治療は断った。その日の治療は。しかし、それから1ヵ月経ったいまでも治療をしていない。次の診察は3月。3ヵ月近くもも治療を休んで大丈夫なのか?(計算がややこしい。最後の治療は12月20日。年明けの診察・治療予定日は1月10日)しかも、そのことは、虫けらは一度も了承していない。進言も、命令も、相談もなしに、怖い主治医が判断・実行したことだ。一度、造影剤CTも撮った。予想通り、がんは大きくなっていた。が、約3ヵ月間は治療を中止するということになっているようだ。どういうことか、虫けらには理解できていない。しかしながら、この状況に対して、虫けらは一言も質問や苦情を言っていない。それが答えだと、怖い主治医は考えているのかもしれない。楽だ。ずっとこうあってほしい。なんて言っているが、来月には、また胃が痛くなるような攻防をすることになるのだろう。内科で別の診察があった。まだ2度目の診察の医師で、元の主治医が転勤(もしくは退職)したせいで、バトンタッチとなった。水曜日の診察のみで、病院のシステムを余り知らないことから、常勤ではないのかもしれないと思っている。ま、そんなことはどうでもいい。足の爪が剥がれそうになっている。抗がん剤の副作用と見られるので、本来なら、怖い主治医に依頼しないといけないのだが、前回の診察の時に、他のこともひっくるめてペンディングになったものが幾つかあったので、ごちゃごちゃして言いそびれれた。で、「先生、全く関係ないお願いなので、ダメだったらお断りください。抗がん剤の副作用で、足の爪が危ない状況なので、皮膚科を紹介してほしいんですが…」とお願いしてみた。「わかりました。皮膚科は予約が入りにくいから、思うように受診できないかもしれませんが、こちらから所見を回しておきますので、トライしてみてください」と快く引き受けてくれた。皮膚科に行って予約を入れようとすると、受付「明日なら11時に…」墓参りの予定があったので、虫「明日は予定があって。その次に予約が入るのは?」受付「来月ですね」え、来月?爪が剥がれそうなんですけど。抗がん剤の副作用で皮膚科に回されるなら、優先してくれるんじゃないの?受付「初診で受付を通してもらって、来ていただけるなら、いつでも構いませんが」内科の先生に紹介状を作ってもらった意味がない。が、仕方ない。明日、行ってこよう。何時間待たされるかわからないが、今朝、出血していたので、そう時間を置くことはできまい。なんて病院だ。で、現在の副作用の状態。手の指先。「末梢神経障害」。長い間、洗濯バサミで指を挟んでいて、血流がなくなったところで外したような感じ。「しびれ」ではないが、「違和感」を24時間感じている。が、指先の動きに問題はなく、フレイルのような状態にもなっていない。髪の毛。発毛して来た。12月には、2割ほどを残して脱毛していたが、抗がん剤を休んでいる2ヵ月ほどの間に、ベースに髪が生えて黒くなってきた。12月には、「オランウータンの赤ちゃんか!」という悲惨な見た目だったが、いまでは全体が黒くなっていて、ある程度の長さになるのに3ヵ月くらいかかるかな、と思っている。こんなにかわいくはないけれど。皮膚。12月が一番ひどかったのだが、乾燥して、乾燥して、保湿剤を何度塗ってもカサカサになっていた。顔、特に目の周りは、眠っている間の乾燥がひどく、気がついたら、保湿剤を塗り足さねばならぬほどだった。が、2週間ほど前から、乾燥がひどくカサカサになっていた部分の皮膚が取れてきた。怖い主治医から、「粉(こな)吹いてきた?」と問われたが、虫「いえ、うっすーい膜みたいなものがファッサーッと取れるというか、脱皮してる感じというか」怖「ま、脱皮みたいなもんやな」ほんまか! わかってるんか!私は初めて見たわい。粉や消しゴムのカスみたいなもんじゃなく、うっすーい膜(石鹸を薄く削ったみたいなもの)が体のあちこちから出てくるんやぞ! 結構衝撃的やで、あれは。というわけで、肌はツルツルに戻った。眉毛とまつ毛のクルクルはそのまま。気持ち悪い。眉毛も撮影しなきゃ。どうなるのか心配。抜けたら困る。このままでもいやな感じ。胃痛。薬を飲んでいるので、大したことはないが、胸焼けや痛みを感じることはある。飲んでいるのは潰瘍の薬なので、だいぶ悪いのかもしれない。食道痛は余り出ない。全く出ないわけではないが、以前の出現頻度とは比べものにならない程度。いまのところ、抗がん剤のない生活は快適。あと3週間の間、この生活を満喫しよう。あ、そうだ。先々週の週末から先週にかけて、高熱が出た。39℃を超えたのだが、下痢がなく、熱以外の症状がなかったので、安静にして過ごした。金曜日に熱が出だして、水曜日の朝にはどうにか36℃台に落ちたのだが、営業許可申請の関係で、役所から店の現調に係員がやってくるので、吹雪の吹く中、店に向かった。これがいけなかった。再び37℃台に上がり、金曜日(1週間)まで続いた。と、およそ1週間の発熱のように書いているが、実は、年末からずっと、微熱が続いている。気にならないときは測らないので、平熱か微熱かわからないが、多分、ずっと微熱が続いていると踏んでいる。37.0℃から37.9℃までと、大変律儀な発熱である。微熱があっても、いつもどおり生活しているし、仕事もし、食事も制限なく摂っている。しかし、何かがあって微熱が出ているのだと思っている。がんが活発に動いているのかもしれないし、他の病気が発生しているのかもしれない。この年になったら、どこかに病気があるのが普通だ。気にしない。熱以外の症状が現れたら、仕方なく対症療法を考えるとする。という毎日。ブログの更新が途絶えがちだったのは、そういう理由があったわけで。そうそう。検査が重なったりして、病院通いが頻繁だったのもあるし、店の予約がたくさん入ったりしたのもあって、熱があっても休めない日々。毎日外に出ることがあった。先週は雪が続いたので、できれば出たくなかったのだが、毎日出ていたなぁ。というわけで、微熱はまだまだ続くだろう。明日は、皮膚科に行って、その後、仕入れと営業。金曜の夜は遅くなるのが必至。頑張ろう。 精 進
2025.02.14
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「みっともない」について。「格好よく生きる」を心がけた24歳の虫けらは、細かなことはさておき、3つのことを頑なに守った。ひとつは「金払い」。単語で表現すると、何とも商売臭い語彙だが、つまりは、約束した支払いは違(たが)えないということ。こちらの予算を披瀝し、仕事の内容、イレギュラーな動きの対応、こちらの仕事の範囲、協力先に任せる仕事の範疇など細かな打ち合わせの後に決めた金額(予算)は、互いが仕事をする上での共通の数字になっている。ところが、仕事が終わり、請求の段になって、「1〜2割まけてほしい」「勉強してや」「次に手当てするから、今回は…」と値切る輩がいる。虫けらは絶対にこれをしなかった。クライアントからは、上記のような交渉があることも多い。もちろん交渉はするが、致し方なく値引きをする場合がある。そのときには、自分の利益から持ち出すことにして、協力会社に付け替えることはしなかった。何なら、「今回は、きちんと予算が取れているから」と、上乗せして支払うこともあった。こういう姿勢で仕事をしていれば、万が一、値切らねばならない場面があったとしても、「虫けらさんは、いつもきちんと支払ってくれてるから」と快く受け入れてくれるのだ。わずかな利益を我が物にしたいがために、協力会社に「あの人、金に汚いなぁ」と思われたら、信頼関係が脆くも崩れる。そして、「約束を守る」ということ。まずは納期。虫けらの仕事は、「企画」「構成」「コピー」という、制作物の初っ端の部分である。虫けらの納期がいい加減だと、その後の「グラフィックデザイン」「撮影」「イラスト制作」「製版」「印刷」「製本」「断裁」といった工程の全てに影響を与える。しかも、虫けらの会社は制作全般を受注することが通例なので、自分が組んだスケジュールを端から崩してどうする!ということだ。27歳のときに、最初から納期のない仕事だとわかって受注し、9日間徹夜したことがあった。もちろん、少しの時間ウトウトすることはあったが、本当に9日間布団で眠ることができなかった。9日間完徹明けに納品に出向き、「ランチ、一緒に」と、デザイン事務所の担当者が言ってくれたので、久々にまともな食事ができると喜んでレストラン(本当は居酒屋)で、何かの定食を注文した。味噌汁を持ち上げたとき、異様な睡魔が押し寄せ、味噌汁のお椀を持つ手の感覚が消えた。「いかん!」意識を取り戻し、食事を急いで済ませて事務所に戻って少し眠ろうと思ったが、そうすると眠ることができない。9日間の徹夜は、人の体を壊すのに十分な時間だった。その日の夜はテンションがおかしく、穏やかな睡眠時間を得ることが難しかった。が、次の日には、通常の就寝時間に眠り、通常の睡眠時間を確保できた。すると、体調が完全に復調し、それ以後は通常業務に戻れたし、仕事量もいつもどおりにこなした。40歳を超えたら、2日間の徹夜も無理になったし、よしんば徹夜できても、1週間ほど体調が戻らなかった。若いというのは素晴らしいことだ。そして、「時間」。打ち合わせ、待ち合わせ、出張、イベント立会い…。さまざまな場面で「時間」の制約が付きまとう。これらに「遅れる」という失態は、一度も犯していない。どう考えても、先方の指定した時間に到着することができないと判明したら、すぐに手当の方法を考える。もちろん、あらかじめ指定時間以前の予定を告げ、遅れる可能性があるなら、「何分くらい」と余裕をもたせた時間を提示し、相手が了承すれば、予定決行。難色を示せば、こちらの指定する時間に変更か、予定をバラす。虫けらの忙しさは尋常ではなかったので、得意先も虫けらの示す条件を飲まなければ、虫けらへの発注がままならないという状況は、理解できていた。という、虫けら優位の環境を徐々に醸成してはいたが、それでも「約束」は「約束」。約束は必ず守ったし、「あの人は、約束を違えない人」という周囲の認識を揺るぎないものにしていた。そして、これが最も大切にしていたこと、それが「自分を利用しない」。20代の女は、それだけで価値がある。ブスでもきれいだし、華がある。少しの化粧や、少しのおめかしで、見栄えのする存在になる。しかし、それを利用してはならない、ということ。女は、30代にもなれば、40代にもなる。20代という最も利用価値の高いときに自分を利用すれば、それ以後、全く利用価値のない生き物と化してしまうのだ。20代のとき、さまざまな誘いがあった。簡単なものだと、「妾(今では使わないか)になってくれ」とか、「彼女になってくれ」(もちろん不倫)など。ちやほやされている間はいい。30代、40代になって、関係を解消されたら、もうどうにもならない。給与交渉という物理的な方法や、相手の奥方をちらつかせることなど仕事の関係を壊さないように注意しながら、修羅場をくぐり抜けてきた。自分の「発注側」という立場を利用して、仕事を回してくる人間もいたが、きちんと仕事で返し、それ以外の付き合いをしないことで事なきを得た。もちろん、プロジェクトチームの中に味方をつくり、手練手管から逃れる算段を手伝ってもらったりした。そうこうして、自分を利用せずに生きてこられた。「もったいない」という人もいた。多分、それが真理だと思う。利用できるときに利用しなければ、もったいないのだ。どうなったかわからない。「妾」と言ったのは、建築会社の社長だった。正確には、「妾」は虫けらが言った。社長は「東京支社長になってほしい」という言葉を使った。大阪本社には、役員として奥方がデーンと構えていた。「彼女になってほしい」と言ったのは、自分の病院(4階建ての立派なもの)を開院する前の医師だった。虫けらは、開院に関するパンフ作りなどを手伝っていた。どちらも長く重用してくれたかもしれない。悠々自適の生活を与えてくれたかもしれないと思うこともある。しかし!人生、そう甘くない。そんな、楽でふわふわした時間は人生にそう長く存在しないのだ。結局、人は一人で生きていかねばならない。虫けらは、自分を甘く見る癖がなかったのだ。振り返ってみると、虫けらは、いつも一人で、自分の道を自分で決めて生きてきた。そうして、いま、思う。「利用しなくてよかった」と。「24歳・女」を他人がどう見るかではなく、自分がどう見て、どう向き合って生きるか──、それが、独立して最初に突き当たった課題であり、「格好よく生きる」の基本になっているように思う。いま、虫けらが死んだら、誰一人として、「あの人、みっともない生き方してたよなぁ」とは言わないと思う。「格好いい生き方」「いい人」「素晴らしい人」「人格者」などという賞賛はないだろうが、絶対「みっともない」とは言われないと断言できる。(……言い過ぎかな……)生まれも、育ちも、経歴も、容姿も「格好よくない」人間だから、「みっともない」と言われたくない、というもの。24歳のときに、心に決めた生き方はできたのではないかと思う。次は、ここにはかけなかったエピソードなどを……。to be continued……
2025.02.10
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