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2007.05.09
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(8)置き去りにされた幼子たち 4

久々に私の目の前に姿をあらわした母は、私の顔を
見るなり床に突っ伏した。むせぶような嗚咽が聞こえる。
人生初の衝撃的なガムを噛んでいた私は、そのおかげか
冷静にその状況を眺めていた。

「おかあちゃん、帰ろ」
私は言った。親切で色白の、美人のおねえさんが
私の様子を見て言った。
「◯◯さん(母の名前)、きょうは一緒に帰ってあげ。
あとは私らで何とかなるから、今後のことは、
後で考えよ」
母は少し顔を上げ、おねえさんの顔を見て、姿勢を
正した。
「うん。ありがとう」
後ろめたそうな表情をしながら、母は再び奥に消えた。

次に母が姿をあらわしたときは、見慣れた洋服(とは
いえ、いわゆる“よそいき”というカテゴリーで大切に
保管されていた、少し高級な服。家出するときに
着て出た服装なのだろう)を来た母があらわれた。
私としては、紫の制服の着物の方がよかったのだが。

〈桃の木〉から駅までは1km以上あった。母と私は終始
無言で歩いた。意味があったわけではない。
意味がないから話さなかったまでだ。電車に乗るときも、
乗ってからも、電車を降りてからも、母の口から言葉が
出ることはなかった。私としても、学校のことを
聞かれたり、おやじや兄のことを非難されたり、
家出していた間の母の生活のことを聞かされたりしたら、
どんな反応をしていたか知れない。しかし、母は黙って
いた。それゆえ助かった。

家に着いた。
家には珍しくおやじがいた。母の霊感がおやじを
呼び寄せたのかもしれない。おやじは兄とテレビを
見ていた。

私は玄関に入っておやじの存在を確認し、玄関の外に
いる母に言った。
「ここで待ってて」
私は靴を脱ぎ、玄関のたたきに正座して、奥の部屋で
テレビを見ているおやじに向かって大声で言った。
「おとうちゃん、おかあちゃんを連れて帰ってきました。
上がります」
どんな言葉が返ってくるか、戦々恐々としていた。すると
「おう」
おやじはそう言っただけでテレビの画面を見ている。

「おかあちゃん」
振り向いて言うと、
「ありがとう」
母はそう言うとすっと家に入り、荷物を置いて台所へ。
男ども二人が汚した食器を洗う音をさせながら、
自分の存在を肯定していた。

どうしても気になったので、後日母に聞いた。
「〈桃の木〉はおばあちゃんの紹介?」
「ちがうよ、求人のチラシを見て、おかあちゃんが
勝手に面接に言った。おばあちゃんはやめとき、って
言うたけど、やけくそやったから何でもよかったんや」
と言った。

祖母は、母が働くということにこの上ない心配を
していたようで、母が家出をして“働きたい”というたびに、
家に戻るようにと強く説得してくれていたそうだ。
いずれ倒れるか、母自身がいやになるか、雇用主が
いやになるか、他の従業員と不和を起こすか……。
いずれにしても祖母は、母が働くということに関しては
かなり厳しい考え方を持っていたようだった。

ゆえに、祖母が〈桃の木〉を紹介することはなかった
だろう。

としたら、なぜ母は、こんな職場を選んだのだろう。
理論的には、「母(祖母)の家に近いから」というのが
ベースで、「時給がいいから」「食事にありつけるから」
というのが必要条件だったのだろう。

もう一つ、あの、ソーダガムをくれた優しいおねえさんが
いたから、と言ってもらいたい。

私にとって、母より頼りになり、初体験のガムをもらって
うれしくなり、ありがたいと思った経験は、そのころには
なかったことで、親以上に大きな存在になったおねえさんは、
以後、私の心を和ませてくれる存在になった。

紫の着物、朱色の帯、純白の襦袢……。
それらの整合性は取れないと思うのだが、男女の仲もまた
整合性が取れないものが多い。それを旅館勤めの間に
母が知り、彼女なりに直感的結論を見つけたのかもしれない。
家出から戻った母から、〈男と女は不毛〉ということを
見せつけられたような気持ちになった。

「不毛」は男女にとっていい状態だと思っている。
早計な結論を回避し、諦めの境地を誘い、人生の不条理を
肯定して受け入れる姿勢を生む。
少なくとも我が家の両親にとっては。
金婚式を迎えたいまでさえ、不毛な議論を日夜続けている
哀しき清貧一家の両親である。






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Last updated  2007.05.10 10:16:27
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