.     47歳今まで中途半端に生きてきたけど,この歳になって「今から医者になる」と決意しました

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2007年10月31日
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カテゴリ: 追憶


とりあえず、続きだけ書いて終わりにします。




今でこそ、私の甥っ子、姪っ子たちに囲まれて

「おばあちゃん」の顔をしている母ですが、

父存命の頃は、相当に苦労をしたと思います。


傍目には、「茶目っ気のある、豪気なお父さん」だったようですが、

家の中では「ちゃぶ台返し」は、当たり前。

まるで忍法のような「タタミ引っ剥がし」や

「茶碗かじり」などの必殺技が炸裂していました。

  ※お茶碗が並び、おかずが用意されてるのに

   いつまでも「ご飯」を盛らないと

   「今日のメシはこれかあ!?!?」と言いながら

   ご飯の茶碗を バリバリ とやるのです。

   イヤミなんですねえ。

生きることには貪欲で、免許が無くなった後でも、

あちこちの人間に話を付けて、何だかよくわかりませんが

「金属」のブローカーをやったり、

夏は安いトウモロコシ、冬はミカンを仕入れてきて

地方に売りに行かせたりして「利ザヤ」を稼いでました。

稼いだ金は、即座に「投資」します。

競輪 です。

ほとんど回収した事は有りません。

「飲む」「打つ」「買う」三拍子でした。


   飲む・・・毎日1升酒+ビール沢山 でした。

   打つ・・・自宅で「コイコイ(花札バクチ)」競輪などなど

   買う・・・息子の立場としては「ノーコメント」でお願いします。



片や母親も・・・



三拍子揃ってました。

   飲む・・・よく「胃薬」を飲んでました。

   打つ・・・「鬱」状態の時が時々有りました。

   買う・・・夜中に酒屋をたたき起こすように言われて

        酒を買いに行ってました。


私の「偽装離婚届偽造」によって

少しは平穏を取り戻した我が家ですが、

素行不良を改めない父を家からたたき出したのも私です。

母や、弟二人の為の苦渋の決断でした。

その後、私の大学合格の時に、

夜中に私の離れの勉強部屋にこっそりと

「10万円」の封筒が投げ込まれました。

暗闇の中で、私が見たのは、

久しぶりに見た、我が父の後姿でした。

足早に去っていく姿は、今でも脳裏に焼きついています。



後、父は心を入れ替えたようで

無免許運転や、パチもんを売ったり・・・

相変わらずインチキなことばかりしていたようですが、

「投資」をやめて貯金していたようです。

贅沢三昧な生活の頃は、100kg程あった体重も

最後に会った頃は68kgのベストウェイトでした。




父の危篤を知らされたのは、私が23歳の時です。

私は、お金を貯めるために高校卒業後2年間バイトをしていたので

この時は、大学3年生の1月でした。



「浜松聖霊病院」という見知らぬ土地の病院へ

夜中に駆けつけた時は、既に昏睡状態で

その2時間後に臨終を迎えました。



・・・一番下の弟が、今、母と同居して

弟の嫁さんと子供二人と住んでいます。

母にとって、ようやく孫に囲まれた平穏な日々が来ています。

時折、遊びに行ってメシをご馳走になる時に

真っ先に親父の仏壇にご飯を供える母を見ると

あの時の自分の判断が正しかったのか否か・・・

今でも核心は持てませんが、

親父の位牌を愛しそうに見つめる母の姿を見ると

あの頃の苦労を、果たして「苦労」と思っていたのかどうか

わからなくなっています。



私の嫁様に、時折父の事を話しますが、

  「いっぺん会って見たかった」と言います。

  「あほか?あんなのが生きてたら、

   おまえなんか一日も持たんわ!」と言ってやります。


最近になって、ようやく父親の墓参りに行ける様になりました。

母親は、

「あんたも、大人になったなぁ」

と言いますが、私は

「ヤツには、相当辛い目に会わされたからなあ

だけど、一番辛かったのは、オカンやんけ」

と言いたいのですが・・・オカンには言えません。


何が幸せで、何が不幸なのか・・・

よくわかりませんが、




しあわせは

   いつも じぶんの心が 決める



いつも、そう思って生きています。


オカンは、

「私は、結婚する前は、お嬢様やったし、

 結婚してからも不幸な事は、な~んにもなかった。

 今も、おつりが来るぐらい幸せやねえ。」と言います。



   あの頃のあんたが幸せだったんなら、

   どんな人でも幸せになれる。

と、私は思っています。

公の目に触れるこのブログでは、詳細は綴れませんが、

ここには、書けないほどの、凄まじい事が

私の母には有りました。

それでも、「私は幸せ」と言うオカンを誇りに思います。




また、あれだけの人生を送りながら

好き勝手して、早々に死んでしまったくせに

自分の嫁に、

「私は幸せ」と、言わせているオトンもあっぱれなのかな?







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最終更新日  2007年11月01日 02時25分58秒
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