全31件 (31件中 1-31件目)
1

「霊魂論」エチカ詳解9 才知と好奇心に満ちたレウエンフークの御手製の顕微鏡が見せる世界が、人間身体の組成の探求へと向かうのは理の当然だと云えましょう。イギリス人のロバート・フック(1635~1703)がコルクの死んだ細胞の小片を観察して、そこに無数の小室を観察し認めたのに始まり、現代のIT時代に盛んに用いられるセル(cell)と呼ぶのものが実証されるのが「実態細胞」学の始まりです。但し、コルクの小片ゆえに細胞の死に殻が観測されたのであって、勿論のことながら、活性した細胞質は見ていません。レウエンフークの御手の顕微鏡が液体の中を泳ぎまわっている「精虫」を発見したときには流石(さすが)に驚いたことでしょう。此処から彼は人間の個体発生においては受精卵中に成体の諸器官が縮小された形で備わっていて発生と共に展開していくという前成説を唱えます。然し乍ら、其の後の世界は卵胞の発見や単為生殖の発見が繰り返され、卵原説が説かれます。18世紀から19世紀前半にかけての発生学研究が進歩や胚葉の発見などにより後成説が正しいことが解ってきますが、レウエンフークが液体の中を泳ぎまわっている顕微鏡世界の「おたまじゃくし」の発見時には驚異以外の何ものをも思い付かなっかた筈です。その驚きは「人間身体」の古い概念を突き崩したに違いありません。「人間身体」はスピノザには特別な概念があります。旧約では「神は自らに似せて人間を作り給うた」とあり肉体のみならず霊魂も吹き込んでいるとする言には明確には反論しません。然し乍ら、「神は自らに似せて人間を作り給うた」とは神に「神格性」を付与、乃至は人格性に近いものを与えます。だからこそ「人間身体は、本性を異にするきわめて多くの個体、その各々が亦きわめて複雑な組織の組成から組織されている。」というスピノザの言葉 に、レウエンフークこは深く頷いたのではないでしょうか。哲学・思想ランキング
2018年10月31日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解8 スピノザとレンズ繋がりのレウエンフークの家業は呉服商であり、教育機関で科学の教育など受けたことのない商人です。趣味にしたスピノザの生業のレンズ磨きを趣味にしたことが、顕微鏡の自作に継(つなが)ります。此の経緯が彼をして原生動物や細菌の存在を発見。赤血球、勿論の事に精虫もレウエンフークの発見です。さすがに、細菌を病気と関係づけると頃までには至っていませんでしたが医学の分野を此れを機に追求したことは想像でき得ます。レウエンフークとスピノザは奇(く)しくもの因縁で巡り合わされたような共通項を持ち合わせています。まずは、二人共に同じ1632年におなじオランダで生まれていること。二人は共にオランダの他分野にも類稀なる才能を発揮した商人であり、スピノザは後半生をレウエンフークのいた街デルフトのごく近くで過ごした土地で生活しています。デンハーグ近郊のフォールブルフはレウエンフークのいた街デルフトのごく近くです。それだけではなく、スピノザの伝記によれば、彼は家業の貿易商をやめたあと、レンズ磨きをもって収入を得ていたのです。レウエンフークがレンズ磨きであったように、スピノザも同じレンズ磨きです。想像を高めれば、この二人が同じ作業台の上でレンズを磨いたり、一緒に顕微鏡を覗いたりしている光景が見えます。レウエンフー クが次々に見つける微生物を、スピノザが一つずつ読み解く様子が思い浮かび上がるのです。哲学・思想ランキング
2018年10月30日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解7 スピノザに「細胞」の概念を与えたアントーニ・ファン・レーウェンフック(Antonie van Leeuwenhoek/1632-1723)はスピノザと同様にオランダの商人ですが、17世紀のオランダと云えば、正式には日本語ではネーデルランド、蘭語でNederlanden、英語ではNetherlandsで「低地の地域」を意味しますが、其れを日本では「オランダ」(Holland)というのが一般化しています。オランダの正式名は正しくは「ホラント」で国名ではなく、ネーデルラントの中心にある州の名前です。日本に最初に来たヨーロッパ人であるポルトガル人が、ネーデルラント連邦共和国をオランダと呼んでいたのが日本で定着し現在に及んでいるのです。17世紀のオランダはまさに海洋商業国家として世界に羽ばたかんとして羽ばたいた時期です。ネーデルラントは商業国家であり移民を受け容れる寛容国家でもありました。当時のアムステルダムは世界屈指の港湾都市で世界の海洋商業は此処に通じる状況を生みます。船舶業は重要であり其の用途に供される熟練工は重要であり他地域から移民を受け入れています。レンズ磨きのスピノザの称号「レンズ磨きの神(God of lens polishing)」とは、単に職人に与えられる称号にとどまらず、創意工夫に対する賞賛の意を含んでいます。哲学・思想ランキング
2018年10月29日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解6 スピノザは生涯をかけた主著「エチカ」のなかで細胞に関して述べます「人間身体は、本性を異にするきわめて多くの個体から成る。其の夫々各々の個体が亦きわめて繊細で複雑な組織の一片から組織されている。人間身体を組織するもののうち、あるものは流動的であり、あるものは軟らかく、最後にあるものは硬い。人間身体を組織する個体の質を以って人間の身体自身が、肉体外部の外界物体からきわめて多様な仕方で刺激される。更には人間身体は 自らを維持をするためにはきわめて多くの他の物体を要し、此れ等の物体から絶えず更生されている。」と「エチカ」第二部である「精神の本性および起源について」で語っています。此の言は現代科学の眼でみても間違いのない人間身体の叙述と云えます。流動的なものとは血液や胆汁などを指しており、軟らかいというのは筋肉や内臓、そして硬いのは勿論、骨格や爪や歯のことを指すのでしょう。 自らを維持をするためにはきわめて多くの他の物体を要し、此れ等の物体から絶えず更生されている。」とは現代言語では新陳代謝です。スピノザに「細胞」の概念を与えたのはアントーニ・ファン・レーウェンフックに他なりません。哲学・思想ランキング
2018年10月28日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解5 レンズ磨きの神と讃えられたスピノザの生業(なりわい)であるレンズは不思議な縁で商業が本来的な職であったスピノザに「エチカ」の完成期に、レンズ磨きのレンズ絡みで、顕微鏡の改良につとめていたイギリスのロバート・フック(1635~1703)がコルクの小片を観察して、そこに無数の小室を観察し認め、現代IT時代に盛んに用いられるセルcellとよんだのものが実証されます。「細胞」学のはじまりです。コルクの小片ゆえに細胞の死に殻が見えたのであって、勿論のこと、未だに細胞質は見ていません。今度は更にもう一人、レンズから進んだ顕微鏡絡みでレウエンフーが登場します。細胞の殻が見えたのであって、もちろん細胞質は見ていません。生きた細胞ではなかったのですか ら、これが生命の基本単位であると読むことはできませんでした。ですからロバート・フックのcellから、スピノザが「細胞」の概念を得たとは思われません。だがここにもうひとり、顕微鏡にまつわる重要人物がいます。アントーニ・ファン・レーウェンフックです。彼はやはりオランダの商人であり、科学者でもあります。歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物を観察し、「微生物学の父」とも称せられる人物でした。彼の出現でスピノザの細胞学の哲学への導入が主著「エチカ」によって行われます。哲学・思想ランキング
2018年10月27日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解4 スピノザの思考形成は「神即自然」の汎神論を唯一の実体としますが、此れは日本の西田幾多郎にも共通しています、世界そのものの成り立ちが、或る種の思考を推し進めてみても人間の思考の想定外で、無理やり言語化し得ても、具体的に述べられものなど無い不可視性を特徴とするということが要です、スピノザとともに西田幾多郎の「直感」思考を紐解くための共通の注意点です。信教の母体である宗教界の権威スピノザのみならず、当時の実存主義的な思考のアカデミーの権威からも圧力を受けます。しかしスピノザはそれでも自分の考えを曲げなかった。この一貫性こそが彼の偉人たる所以である。自然の全てが神であり、誰でも神になれるという考えを絵空事でなく、実際に証明して見せることを決意し、始めたのがレンズ磨きであった。レンズ磨きと聞けば現代人間には職人芸と映るかもしれませんが、当時のレンズを磨くことには其れ相応の思考と工夫が重要視されレンズ磨きは思考と工夫が出来得る思考家の多くが参与しています。何故、レンズ磨きに打ち込んだのかは、事程左様に、よくは分からないのですが、ドイツ人のフリードリヒ・シェリングは、ありのままの姿を映すレンズを磨くことで、真実を探求する思想家としての自分を研鑚しようとしていたのではないかと指摘しています。スピノザのレンズ磨きは、社会的に異端視され、社会の迷い子になってしまったスピノザが生計を立てるための資金を捻出する為のよすがともなりますが、 レンズ磨きに恪勤する内に彼の思考と器用さは練磨され、やがて熟練のレンズ磨きとしての地位を不動のものとし、其の名声はレンズに限らず思考の実際性の工夫がヨーロッパ中を席巻します。そして人々は彼に「レンズ磨きの神(God of lens polishing)」と礼賛する名誉を与えています。哲学・思想ランキング
2018年10月26日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解3 スピノザがエチカを書き綴った頃の初期の題名は「我が哲学」とする目論見であったらしいが、書き進めるうちに哲学なかに正義の定義に重きを置く傾向が強く持ち込まれたこともあり、論理より倫理学を強調する「エチカ(Ethica)」が選択されたと想われます。然し乍ら、其の内容たるや倫理学にはとどまらず「神即自然」を唯一の実体とした汎神論、知的直観による至福の獲得を目指す体系を、幾何学的方法により演繹的に論証するものであり、一の倫理書の範疇には収めきれません。1675年には五部からなるエチカの形態が整いますが、友人であるとともに保護者であったアラン・ドロンの「黒いチューリップ」で有名なオランダの大政治家ヨハン・デ・ウィット(Johan(Jan) de Witt,)民衆による虐殺が起こり、珍しくスピノザが激怒した虐殺で「エチカ」の出版は困難となり、出版地を変更したものの其処にも弾圧は及び結果は死後出版でしか日の目を見ることはありませんでした。哲学・思想ランキング
2018年10月25日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解2 汎神論で知られるオランダのラテン語名でベネディクトゥ・デ・スピノザ、英語名ではバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza/1632年11月24-1677年2月21日)の主著「エチカ」は題目は倫理学とされていますが、内容はスピノザの思考体系の一切、彼の形而上哲学の立ち位置、自然哲学的には認識論であり感情の分析でもあり、倫理学であるのはもとより宗教観をも織り込んだ現代人間にも人生に希望を与える大著です。彼の主著「エチカ」の前触れは1660年頃に成立したと想われる「神・人間及び其の幸福に関する短論文」でスピノザの哲学体系へ挑戦が始まりますが、一体系を目指すも体系的に不備があり、其の内容の欠損拡充に努めます。彼が神・人間及び其の幸福に関する方法論として「知性改善論」を草稿するときには後半で自己の形而上哲学を盛り込もうとした経緯が見とれますが、もはや、彼自身の論理思考の成長には追い付かず実現しませんでした。其の要因は、既に彼が数学的幾何学に興味を寄せ信頼を抱いたこととは切り離されません。彼は此れを機に数学の幾何学と演繹法を以って形而上学を構成することを試みます。彼の主著「エチカ」は倫理学の書名とは一部は含有するものの構成的には「神・人間の公理や定義」「世界存在の定義」など多肢多彩に亘ります。哲学・思想ランキング
2018年10月24日
コメント(0)

「霊魂論」エチカ詳解1 不生不滅とは、世の中のあらゆる物事は、勝手々に自ずから初めて始まるものもなければこともない、勝手に自ずで滅するものもなければこともないとするのが私見です。不生不滅の言語の語彙自体は仏教から取り込み入れられていますが、仏世界の思想を一旦離れて俯瞰してみればスピノザの世界に対する倫理視観が頭をよぎり見えて来ます。世界に根拠が在るとすれば其の成り立ちの基底にある物理的根拠、其れを思考する人間の倫理とは何ものか、其の思考は何を基底にしているののかを探索して補足し、一応一般的に恒常とされる世界を捉えるために此の題目を置き進捗させます。古代唯物論やギリシァ形而上哲学はもとより世界思想史には「もの(在る)」を否定したものは皆無です。喩え「空あるところに実在なし」としたところで、恒常無比の「有」は否定し得ても物質的な全くの根拠を全面否定するものではありません。人間の定義にしたところで、人間は二足歩行をする動物である。人間は話す動物である、人間は笑う動物である等が現代生物学的には正当性を疑われ、残るのは「人間は理性的存在」としてあるに行き尽きます。世界を精神的に俯瞰し数学上の演繹法を以って人間の定義を史上見られなかった観点から再構築した思考した体系がベネディクトゥ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza)の大著「エチカ」です。哲学・思想ランキング
2018年10月23日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学205最終章 古今東西を通じて、宗教はもとより形而上哲学や古史に於ける唯物観は霊魂を何某等の創造原因を否定するものではありません。創造原因を否定するものでは、虚無主義即ち世界存在其のものが人間の夢想であり、況んや行き尽くす処、夢想する其の主体の実在を否定します。実在を観相するのは「何もの」かの干渉以外のなにものでもなく実体・実在はない。其の「何もの」も他の干渉によろ虚実とすれば実体・実在さえ虚実の連鎖を遡及して繰り返し「虚無」が虚相として観える。謂わば、虚無を実体的な仮想無として取り扱うことにより、自己を納得させています。自己の肉体存在の否定はともかくも外環境全てを否定することが虚無主義の典型と言えます。夢想する架空世界の自分が儚くの夢想する世界に生きてると誤謬していることになります。此れは全くの破天荒な思考かと云えば問題は此処で決着しますが、近年に話題になったTVシリーズ「マトリックス」を多層化してみれば此の思考も、まんざら、虚無ならん虚無主義の実相かとも読み取れますが、記している記者自体が脳機能を平常に戻すのに多大な努力が必要とされています。人間のみならずありと汎ゆるものの「存在の否定」の確証を得るためには見掛け上の自己の身体或いは精神を抹消してみるしか方策はありません。虚無主義はサタンの誘惑です。哲学・思想ランキング
2018年10月22日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学204 現代の通常一般にして合理的だとする或いは打算的・是々非々的な傾向を持つ人間は、往々にして霊魂を否定し、人間は死すれば何もかも灰燼に化すとして霊魂の存在を否定し、一面的思考により現代的な科学を自己解釈で合理的なものとし捉え、妥当性の真否に疑問を抱くこともなく自己判断に信憑性を抱くのは「信教の自由」を標榜を旗頭とする国家の教育機関で育った人間には当然なる帰結なのです。然し乍ら、其の立ち位置では、典型的な二つの形態が浮上します。霊魂の不生不滅を説いて、人間が何の様(どのよう)な行為をしても善にも悪にならないとして、因縁や業を否定し無道徳を説いた。自ら行為をなし、他をして行為をなさしめ、手足を切断し、また切断せしめ、罰し罰せしめ、苦しめ苦しましめ、戦慄させ戦慄せしめ、殺し盗み、追剥をなしても悪をおこなったことにはならず、祭祀や慈善を行っても善をなしたことにはならない。また善悪の行為の報いもないという見解「非業論」、人には永遠の魂があり、たとえ人が死んでも魂がなくなることはない、したがって、行為自体は魂に影響を与えず、どのような行為をとってしまってとしても魂は永久に存在し続けることを、道徳無用論を主張する宗教的体裁を持つもの、反対軸には、精神も肉体に付随するから肉体の滅亡は精神の根幹の霊魂をも滅久させるという心身合一論です。但し、何がしらの生存の燃え滓が残ることまでは否定していません。何れの立ち位置に立っても「人間生きているときが華」と結論付けられ倫理観に外れた人間行動を呼び覚ますことにより反社会的な行動をとることも稀ではありません。いい意味で現れた顕著な例は。自らの集団のみの権益を守る旧体制の権力を悉く打破した織田の吉法師改め信長でしょう。彼自身は宗教を信じていなかったからこそ、旧体制の硬化した仏教を抑えんがためにキリスト教の布教を認可し社会を梗塞する網を取り払います。此処で気付かされるのは自己を是々非々で合理化する人生投げやりな姿勢は自殺を含めて犯罪性向を呼び込みます。哲学・思想ランキング
2018年10月21日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学203 釈迦の舎利弗と目連に対する信頼が厚かった証として、竹林精舎の修行僧の中に舎利弗と目連では、どちら学問が深いのだろうという噂が持ち上がります。此の噂を漏れ聞いた釈迦は舎利弗と目連を前にして言います。釈迦は舎利弗と目連をを友として呼び掛けます。「友よ、昔、二人の絵師があり、王の命で宮殿の向かい合い、東西の壁面に壁画を描くことになった。期限の半年がたったので、王は期待をもってその作品の前に立った。東の壁面は王の期待以上の秀作である。しかし、西の壁面には一つの点も一本の線も描かれていない。半年前の白壁のままであった。王は不満に思い西壁を担当した絵師の怠慢を責めると、その絵師は、いま王の立っている位置から数歩後退して鑑賞して欲しいと言う。王は絵師の言うままに移動して改めて西壁を眺めた。その時、王は驚きの声を上げた。なんという立派な壁画であろう。」。「友よ、この意味が解るだろうか。西壁の絵師は絵筆を持たずに、黙々として西壁の壁面を半年間磨き続けたのであった。絵師に丹精込めて磨かれた西壁には、東壁の壁画が映りだされ、何とも言い表せない奥深い、薄衣を隔てて眺めるような趣きで、東の壁画が一段と輝いて見えたのであった。もし東壁の壁画が美しくなかったら、西壁を必死に磨いた絵師の努力は無となる。二人の絵師は互いにその技量を争うのではなく、互いに相手の技量を認めて二人で一対の立派な壁画を作ったのである。友よ、この寓話が解るか。王とは私であり東の壁画を書いたのは目連であり、西の壁画を書いたのは舎利佛である。よき友を得ることは、良き師を得る事である。」と答えています。鏡面相照らす仲の二人を表す即妙の答えです。哲学・思想ランキング
2018年10月20日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学202 一度は釈迦は目連の願いを異界の餓鬼道に陥ってる目連の母の救済方法を拒否するそぶりを見せ「お前の母が犯した罪は重く、貪りの心も強かった。お前の孝心が幾ら篤くても、ひと一人の力ではどうする事も出来ない。」と答弁しますが、諦めきれない状況の可愛良い愛弟子の目連に鑑み、一の解決方法を教示します。其処では釈迦は目連に言います。「多くの僧が懺悔僧が夏?(げ)?の期間、外出せずに一所にこもって修行をする夏籠もり。夏行?(げぎょう)?で安居のために集う七月十五日に、御飯と出来る限りの御馳走及び香油や燈明と敷物を用意して、お母さんの代りに隔てなく皆に供養しなさい。」七月十五日、目連が設えた(しつら)えた供養の場には大勢の仏法僧の喜びの声が満ち溢れて目連の悲しみ嘆く声はかき消され、此の日を境に目連の母が餓鬼の苦しみから逃れます。餓鬼道の責め苦から逃れた目連母子が抱き合い、小躍りして地面を踏み叩き踊ります。伝承では此れが今日現代の日本の盆踊りの発祥だとする説も有力です。否、空也の大仏寄進の旅三昧の念仏踊りこそが日本の盆踊りの発祥だとする説を唱えるむきもありますが、金を叩いて踊るのは念仏踊りの六斎念仏ですので、現代の日本の盆踊りの趣とは異なります。六斎とは月のうち、 月に六度日を定めておき、定期的に事を行う仏事のことで直接的には盆踊りに結び付かず、其の所作が盆踊りに組み入れられたものでしょう。哲学・思想ランキング
2018年10月19日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学201 目連は釈迦の教団のなかで神通第一と釈迦から賞賛されていたと云います。然し乍ら、其の言はあくまでも人間の分際での神通第一であり、目連が菩薩道や仏道を極めたことをば意味はしません。但し、粗方の神通力を得ていたことには、後世の大乗の祖「龍樹菩薩」が生まれながらの叡智とバラモンの鬼才をもって自身と友人と共に透明化し、王宮の王妃を拐かした神通力を得ていたバラモンの超力とは相当か同様以上の能力は獲得していたのでしょう。目連の神通力をヨーガや仏教、を多少齧ったものが、生半可に利用すると世間はもとより自己の精神崩壊さえ起こしかねません。「六神通」のその神通力は霊魂の正しい浄化が伴ってこそ要請される能力だからです。目連は死んだ母に会いたいと天眼通を使い死後の母の姿を見ます。ところが、こともあろうか、其処では母は餓鬼道に落ちて、食べ物は一切口に出来ず、骨と皮ばかりにやせ衰えていました。嘆き悲しんだ目連は、すぐさま鉢に御飯を盛り、一の神足通(じんそくつう)でもって餓鬼道に飛んで行き、それを母に差し出しますが、母はそのご飯を食べようとすると、それは口に入らないうちに炎となり、水を差し出せば、その水は沸騰して喉には通らない。神通第一を唄われる流石(さすが)の目連も大声で泣き叫んで、異界からこの世に戻って釈迦に一部始終を話します。その言葉を聞いた釈迦は諭します。其の解決法を授けたのです。哲学・思想ランキング
2018年10月18日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学200 上座仏教に著される「六神通」は、現代にIT時代を迎えても、今だに且つ、人々に魅惑を放つ能力を失ってはいません。其の根底にあるのは、自覚意識が生まれたときからの「何故(なぜ)」が要因でしょう。「何故、鳥さんは飛べるのに私は飛べないの。何故、猫ちゃんは暗闇で物にぶつからずに動けるの等々の幼児期の刷り込みが成長期に深奥げ動機として与えられ、絶えず精神に働きがけ赤児が母の乳を欲するが如く其の人間の精神を志向させていきます。結果が現代IT技術開発も先端に立つ者さえ「六神通」の虜となり、ヨーガに夢中する傾向があり、信仰教団の格付け拡大のための狙い目ともされています。上座仏教の経典には釈尊の言質を解釈する文言が多く納められていますが、インド大陸全域の共通のされるまでには徹底しておらず生半解です。注目すべきは、修学歴や知識の優劣に関係なく幼児意識は願望「Infant desire」として強く働きかけることに要点があることでしょう。哲学・思想ランキング
2018年10月17日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学199 六神通の最後の第六は漏尽通力です。漏尽の語彙は、漏れなく尽くすと語彙も表意漢字其のものです。漏尽通力とは、人間の大凡の問題点、なかでも苦しみを漏れなく尽くして解決し幸いに導く能力を言い、其の「願(がん)」は「たとい我、仏を得んに、国の中の人天、もし想念を起こして、身を貪計せば、正覚を取らじ。覚を取らじ。」尽きて、生まれ変わる必要がないときに得られる能力で、悟りの境地に達した者だけが会得出来る能力です。煩悩が溢れて漏れてくる者には、漏尽通の能力を得ることは出来得ないのはもとよりです。漏れてくる煩悩がなく、煩悩が尽きているから漏尽通と言うのであって、この能力により世の理のすべてを認識することが出来るとされます。六神通(ろくじんずうの)第一位に位置する、煩悩ぼんのうを打ち消して悟りの境地に至っていることを知る超人的能力。 あらゆる神通力の最高峰が漏尽(ろじん)通力です。漏尽通力は、人間に逗まらず生命全般が苦しんでいるという事実を、只々言い当てるというだけではなく、具体的にそれらの苦しみを解決することが出来得る能力です。勇気を持って乗り越える。あるいは、慰めや叡智をもって乗り越えるべく、具体的な救済力を発揮して苦しみと煩悩を解決することが出来得る能力であり、仏を目指し、先ずは自己救済の段階にある菩薩は、漏尽通を得るには他者救済までに自己を高めねばなりません。とはいえ、寺社仏閣で見かける菩薩は、未来に仏と成ることが約束された勝利の証の像なのです。哲学・思想ランキング
2018年10月16日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学198 六神通の第五の宿命(しゅくみょう)通の其の願とは、「たとい我、仏を得んに、国の中の人天、宿命を識らず、百千億那由他の諸劫の事を知らざるに至らば、正覚を取らじ。」とした自他の過去世に於ける生存の状態を悉く知る力を云います。前世における自他の生存の一切の状態を、自在に知る神通力です。釈尊は輪廻転生を決して否定していないことが此れで解ります。釈尊は輪廻転生を断ち切ることが出来得るとして永年浄土を持ち出したのであって、霊魂の変遷は否定していないことが重要です。自己のみならず他者の過去の前世の出来事がすべてわかる能力です。現世の過去どころか、前世さえも読み取れ、輪廻転生に関するすべてを知ることが出来る能力です。此の能力を自己のものとして獲得し得た者は、霊魂の不滅と転生を否定すること能わず、現世の「業」の浄化に努めます。哲学・思想ランキング
2018年10月15日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学197 六神通の第四の他心通(たしんつう)とは、他人の心の中をすべて読み取る能力のなかでも最たる通力を云います。相手が何を考えているのか、心の奥底に抱く気持ちが手に取るようにわかります。自分のことばかりに気が捉われていると、他者の心は読めないものです。無心であるからこそ、発揮できる驚異的な能力であると言えます。とは云え、自分のことさえ奥底で何を考えているのかを気付かされるのも稀です。例えば、壁の等身大の姿見のミラーに写る自分の逆像に話しかけてみれば、如何に自分が自己の実像を知らないことに驚かされるでしょう。ましてや、他人の心を知悉するとは先ずは自らの心の奥底を知り、心の、蟠(わだかま)リをなくし澄み浄んだ鏡面を用意できなければ他人の心の中をすべて読み取ることなどは不可能事です。「無我の我」を手中にしたものだけが出来得る境涯です。哲学・思想ランキング
2018年10月14日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学196 六神通の第三の天耳通(てんにつう)は世の中のあらゆることを悉(ことごと)く聞きうる力とされます。世界のあらゆる音を聞き取ることが出来る能力です。普通は聞こえないほど小さな音でも、ハッキリと聞くことができる超人的な耳と云えます。眼に障害のある人々は此の能力は人並み以上ですが敏感さ故の誤謬も起こりがちです。仮に世の中のあらゆることが悉く同時に聞こえるならば常任では発狂しか未来には残されません。此処では、天耳通を手中にし得た神通者が自己の注意・関心を向けた音韻を聞き取る能力だと解釈すべきでしょう。日本の厩戸前にて出生したので厩戸(うまやど・うまやと)と命名されたとの伝説がある厩戸皇子が豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)と呼ばれたのは、厩戸皇子が人々の請願を聞く機会があった折、我先にと口を開いた請願者の数は10人にも上ったが、皇子は全ての人が発した言葉を一語も漏らさず一度で理解し、的確な答えを返したという。この故事に因み、以降、皇子は豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)とも呼ばれるようになったという逸話は、彼が「天耳通」に恵まれていた証(あかし)でしょう。哲学・思想ランキング
2018年10月13日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学195 六神通の第二の天眼通(てんげんつう/てんがんつう」は、通常の人が見ることのできない事象の実際をに見ることができるとする超人的な眼力の能力の持ち主の神通を指します、更に其れにはとどまらず、天眼通に見合う修行を積んだ者が、「過去・現在・未来」のすべてを見通すことのできる能力ともされています。煩悩が尽きて、輪廻転生を脱し生まれ変わる必要がないときに得られる能力で、悟りの境地に達した者だけが会得出来る能力です。一般には巷に云う遠隔透視能力といわれていますが、此れは印度北伝系の仏教の間違いであって、実際には南伝仏教のいう「死生智(ししょうち)」のことを指していると思われます。死生智とは自己のカルマ「過去(世)での行為は、良い行為にせよ、悪い行為にせよ、いずれ必ず自己に環ってくる。」という因果応報の法則を考察してどのような来世が形成されるかを理解する能力のことですが、天眼通は此方の定義が妥当だと想われます。哲学・思想ランキング
2018年10月12日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学194 釈迦が神通第一と称賛する目連の神通とは仏道に云う五神通(ごじんずう)に漏尽通(ろじんつう)を加えたものを六神通を意味するものと想われます。仏・菩薩などが有する、次の5種類の神通力(じんずうりき。自由自在な超人的能力)を目連が所有してるというのです。五神通(ごじんずう)とは、仏・菩薩などが有する、次の5種類の神通力(じんずうりき)で自由自在な超人的能力)を言います。神足通(じんそくつう)機に応じて自在に身を現わし、思うままに山海を飛行し得るなどの通力(『広辞苑』)。思いどおりのところに至り、思いどおりに姿を変え、思いどおりに外界のものを変えることのできる力六神通。禅定を修習しているうちに得られる不思議な通力を神通というと仏道では定義されます。一の神足通(じんそくつう)は禅定はもとより印度のヨーガの修養法を修習している経緯で適った能力を得たものが獲得したものを云います。神足通とは、思いのままに行きたいところに行けたり、姿を変えることができたり,更には外環境を変えることの出来得(う)る神通力を指します。空を飛びと、身を隠すなど、意のままの行動が自由にできる能力もあります。どのような障害があっても先に進める力で、たとえば水の上を歩き、空を飛び、壁をすり抜けることも可能な能力であるとされています。まさに神の足を持って行動出来るほどの超能力です。中国カンフーや剣聖のムービー及び韓国の歴史上のものを映画化しているものには此の神足通を取り入れる作品が多いのは六神通の影響があることは否定し難いものがあります。此の能力を得たとする人間がいたとすれば生身の人間ではなく「神族」に等(ひと)しい者と成りますが目連が実際に空をでいる目撃談はありません。日本では「役行者(えんのぎょうじゃ)が空を飛んでいる目撃談は記録されていますが如何(いか)がなものでしょう。哲学・思想ランキング
2018年10月11日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学193 目連は釈迦の持つ言葉を釈迦から称賛されたように時点や空間を離れて言葉をを解すると云われます。目連は王舎城にいた時、舎衛城にいた釈迦と神通力で会話します。「釈迦が、舎利弗は智慧と戒をよく知ることと、心の平静さに於いて最高のものであると誉めておられた」と、訪ねてきた舎利弗に伝えるぐらいに神通力に優れていた。釈迦が神通第一と称賛する目連の神通とは「仏教語大辞典」ではと「仏、菩薩などの具備する六つの不思議な力」と定義しています。仏・菩薩などの具備する六つの不思議な力の「仏」は生身の人間で生前成仏を成し得たシッダルタ、「菩薩」は自らに菩提(ぼだい)を求める一方、衆生(しゅじょう)を導き、仏道を成就させようとする行者(ぎょうじゃ)モッガラーナこと目連を指しているとも云えます。仏は勿論、菩薩の具備する六つの不思議な力即ち六神通、菩薩に備わる六種の超人的な能力。神足通・天眼(てんげん)通・天耳(てんに)通・他心通・宿命(しゅくみょう)通・漏尽(ろじん)通を目連が習得していることを釈尊自身が神通で知っていたことになります。哲学・思想ランキング
2018年10月10日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学192 舎利弗に比べて目連は経典にはあまり登場しない。それは、舎利弗が釈迦の側近として教団の地位を高めたのに対して、目連は釈迦の持つ言葉の意味を知ってを守り、人里離れた山中で、黙々と一人で隠忍自重の修行を続けたからです。釈迦は弟子たちに各地で布教をするように勧め、仏教を布教するばかりでなく布教そのものが修行であることを説諭しています。布教する者は自らを清めるために身に糞掃衣を纏い、托鉢で日々の糧を手にしなければならない。加えて更に重要なのは、バラモン教や他の宗派の僧たちと問答をして、其れ等の問答を通じて更なる悟りを得る段階に到ることに努めなければならない。其れ故、覚りの常道として「角をふりたてて広野を歩む犀のように一人歩め。」がと語られます。舎利弗に比して目連が遅れを取っていることはなかったのは神通第一と釈迦から賞賛されていたことからも判かるように、常人には想像だにし得ない特殊能力があったことは事実だとされています。目連の名はモッガラーナであり、幼名はコーリタと名乗っています。舎利弗の住むマガタ国ナーラカ村の隣村クーリカ村に誕生、学問及び見識共に優れたバラモンの血統を引き継ぎます。父の薫陶を受けて幼い頃から頭角を表わし舎利弗とともに15-16歳から近隣に名を馳せています。哲学・思想ランキング
2018年10月09日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学191 釈迦の入滅後五百年経ってから著されたとされる経典「般若心経」ですが、入滅の際に直弟子の耳元で囁いた遺言(いごん)だとする説も有力です。謂わば釈迦の「正覚」の集大成であり、釈迦の喩えを使っての説諭更には嘘も方便を駆使した説諭ではなく、通常尋常では判解すること能わずの菩薩道に入った者だけがある程度は悟る「仏」の真髄が凝縮されているとも云え、難解なること甚だしきは当然です。真に所謂「釈迦牟尼仏」の境地に立った者が史上には確認されない以上は、此の経典としては一番短い解釈をめぐって宗派が乱立するのも無理もありません。其れより兎も角も舎利弗が舎利子の別名で登場していることは意味深長です。舎利子は未だ「仏」には至らず「菩薩」の段階であるが「仏語」を理解するとして登場するとするのが、仏弟子中智慧第一の舎利弗として釈迦が語りかけるに名を成す意味合いかもしれません。ところで、「舎利弗」を仏陀に至った者とされる方を見かけますが、もとは「ウパティッサ(Upatissa)と称した彼が名変したのは何時(いつ)とは問えませんが、舎利弗(しゃりほつ)の舎利は当時の習俗なのでしょうか母親の名前のシャーリーから名付けられ、舎利弗(しゃりほつ)の弗は息子を意味するため、漢訳では舎利子(しゃりし)とも表現されているように、本人が名乗るに「舎利・弗」仏・聖者の遺骨を塔におさめてまつる「舎利」と仏としての「弗」は漢音訳の巧みさか、語彙の捉え方に誤謬が或るのです。釈尊に弟子入りに際して自分と釈尊は同位置にあるとする意味合いは考慮の余地がないからです。然し乍ら、上座仏教に占める位置は社会上かもしれません。哲学・思想ランキング
2018年10月08日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学190 舎利弗は更には釈迦の生前涅槃ではなく、入滅即ち最後の最後の説諭として「般若心経」があります。釈迦の経典としては一番短く、なお且つ一番難解な「経」でもあるのですが、釈迦の今はの際の遺言の言葉とされています。釈迦の死後既に五百年経ってから著された経典が、本当に釈迦の遺言であるのかは兎も角として、釈迦の経典としては一番短く、なお且つ一番難解な「経」でもあるものが何故に現代の仏法典の最高位として在るのでしょうか。其れは旧約聖書の神エホバの言の如くに人間の言葉としてではなく「仏」の言として著されているからです。謂わばエホバの言の如く通常では通辞出来得ない言語が含まれているからです。其のこと故に其の解釈をめぐって多くの宗派が誕生するほどです。原文の漢文表記は「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五 蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不 異色色即是空空即是色受想行識亦復如 是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄 不増不減是故空中無色無受想行識無眼 耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至 無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死 亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無 所得故菩提薩捶依般若波羅蜜多故心無 罫礙無罫礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢 想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三貌三菩提故知般若波羅蜜 多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等 呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶般若心経」となりますが、此のなかに重要な疑問は舎利弗が「舍利子」の名前を以って幾たびも登場していることです。此処に釈迦の最後の説諭を般若心経だとすることには無理があります。但し、最後尾の文句或いは呪文は釈迦の「佛護を以ての遺言」である可能性があります。仏教の宗派には仏を守護する呪文が数多く見られるからです。ある程度は其れ等には般若心経の最後尾の「ギャーテーギャーテーハーラーギャーテーハラソーギャーテーボージーソワカ。」は意味深に捉えることは間違いではなく良いのですが、呪文は意味深に捉えると場違いの誤謬を犯す恐れもあります。
2018年10月07日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学189 釈尊の十大弟子のうちで最も有力かつ智慧第一と称され、亦、釈迦の直弟子、其のなかでも高位のものは仏道の守り手としての阿羅漢であるとされ、舎利弗(しやりほつ)を第一に・目連(もくれん)・迦葉(かしよう)等がいます。後世には十六羅漢や五百羅漢に対する信仰も生じています。小乗仏教においては,阿羅漢は仏弟子の到達する最高の階位とされ,これ以上修すべきものがないという意味で「無学」ともいうことがあります。其の舎利弗(しゃりほつ)の舎利は当時の習俗なのでしょうか母親の名前のシャーリーから名付けられ、舎利弗(しゃりほつ)の弗は息子を意味するため、漢訳では舎利子(しゃりし)とも表されています。但しバラモンの家柄で本名はウパティッサです。シッダルタが成道して最初に教えを説いた五比丘の一人アッサジ(阿説示)比丘と出会い、其の会話で彼は預流果(よるか)、悟りの初門に入った聖者をいう預流果に達したといいます。預流果は殺生(せっしょう)・偸盗(ちゅうとう)・邪淫(じゃいん)・妄語・飲酒(おんじゅ)の五つ五戒を不犯(ふぼん)はもとよりのこと、死後には天界へ転生すること14度(たび)、釈迦の境地「涅槃」が約束されたものであり、舎利弗は智慧第一ばかりではなく、仏道の身の処置方に置いても教団第一とされ、教団への影響力は釈尊を凌ぐばかりです。釈迦よりも年長とされ、目連と共に仏教教団の後継者と目されていましたが、晩年に重い病に罹ると、釈迦の許しを得て侍者チュンダとともに出身地のナーラカ村に帰郷し母に看取られながら釈迦の生前に病没しています。哲学・思想ランキング
2018年10月06日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学188 信奉する其の教団に釈迦が求める布教とは、本来的な目的としては布教を通して自らの精神の浄化の修めること。精神の我執を離脱することが修養の基本であり、人間が命を孕む以上は菩薩を目指すことにあります。生前成仏を成し得たとする釈迦の「正覚」は、もはや、尋常の思想・哲学を飛躍しているために其の真髄は「同じ道を二人で行く事なかれ。角を振り立てて広野を歩む犀のように一人歩め」という言葉に溢れ出ています。自らの成仏だけでなく他の人間の救済を目指すことは、当然に其の修業は生半可では出来得ない修養法を身に付けなければなりません。釈迦の唱えた仏教は、一人で悟りを開くという考えに立脚し、一人になり、一人で修行して、初めて「正覚」を得たのです。釈迦が舎利弗や目連に言った「同じ道を二人で行く事なかれ。角を振り立てて広野を歩む犀のように一人歩め」とは、此の才に溢れる舎利弗と目連の親友同士が協調して修行に励むのではなく、舎利弗は舎利弗、目連は目連で印度犀のように角を振り立てて、一人で修業せよと釈迦は命じているのです。事実、其の後の二人は、教団内部で大きな力を持つようになった舎利弗と、人里離れた山嶺で黙々と修行に励んだ目連と二人の修養法は別道しています。哲学・思想ランキング
2018年10月05日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学187 サンジャヤ・ベーラッティプッタは、インドの懐疑論者で六師外道の一人であり、日本では近年には世間を擾乱せしめた新興宗教にも影響があるので名が知られています。 霊魂の存在・来世の存在・善悪の行為の報いの存在など形而上学的な重要問題に対して曖昧な回答をしていることに特徴があります。一時はクシャトリアの階層でサンジャヤの弟子となった舎利弗と目連は其の思想に不足を感じ、其の舎利弗と目連を支持する弟子達150人がアサジと共に釈迦の下に赴き跪きます。此の事を伝え聞いた導師サンジャヤは悶絶死していることは意味深です。此の事実から解かるのは、釈迦の教団に占めるサンジャヤの弟子達の占める人数により一定の評価を得たこと、クシャトリアの階層である権威を持った弟子の獲得で時代の評価を得ることに成功したたことを意味します。共にカーストのの上位バラモンとクシャトリヤの出自を持つ舎利弗と目連は、以降、釈迦が最も信頼する側近となります。「祇園精舎」を実際に建設したのは舎利弗です。現代の経典にも舎利弗の名は、釈迦の最後を看取ったアーナンダと並んで、いやそれ以上に多くの文献や画像等に出覧されています。釈迦の息子であるラフラが出家した際には、釈迦は舎利弗にその指導の託している程ですす。釈迦は弟子たちに各地で布教をすることを勧めます。それは、単に仏教を布教するばかりでなく、布教そのものが修行であり釈迦の教えを解釈する手段だからです。布教する者は糞掃衣をまとい、托鉢で日々の糧を手にしなければならない。更には各地でバラモン教や他の宗派の僧たちと問答し、その問答を通じて更なる悟りを得る事が出来ると考えたの勧めです。その為には布教は一人で行わねばならない。釈迦は舎利弗、目連達と新たな弟子たちに言います。「同じ道を二人で行く事なかれ。角を振り立てて広野を歩む犀のように一人歩め」と。哲学・思想ランキング
2018年10月04日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学186 さしもの印度の古代文明の担い手と云うよりは権勢維持に取り込まれ最高位にバラモンを名目上では権勢維持の必要上から最高位に置いたカースト制度にも釈尊が生きていた紀元前5世紀頃のインドの情勢は、アーリア人とドラヴィダ人の混血が進みバラモンの間においてもドラヴィダの宗教観念が入りこみます。即ち、ヨーガの浸透です。其のヨーガの修養法からシッダルタが釈尊に、仏教からは六師外道とされるも信奉者からは仏とされた自由思想家が興起してバラモン制度は史上続いた政治制度とともに権力機構及び宗教機構を刷新します。農業の生産力が向上し、商工業も発達して都市文明も発展しつつあった。かかる状況下において各地で共和制の国家や王政の国家などが登場し相互に競合していたが、次第に強力な軍事力と豊かな経済力を誇る専制的な王国が強大化してゆき、周囲の弱小国家を次々と併呑したマウリヤ朝第3代のアショーカ王(在位は紀元前268年頃-紀元前232年頃)が、マウリヤ朝の全盛期を築き、全インド大陸の略(ほぼ)全体を支配ます。マケドニアのアレグザンダー・マコール・スミスを彷彿とさせる英傑であり、釈尊だけではなく六師外道の思想も尊重したことから古代バラモンのヒンドゥー教は変革せざるを得ない段階を迎え伝統的なカースト制の階層が揺らぎ、背景にしていた聖典「ヴェーダの宗教的権威はそのままでは通用しづらくなりつつあることから、現代に一般化したヒンドゥー教が生じます。クシャトリヤやヴァイシャが力を有する様になり、伝統的なカースト制の階層が揺らぐ様になる原理的にはバラモンの思想を引き継ぐ釈迦を含めた自由思想家が闊歩することになると、バラモン教と云われた古代バラモンのヒンドゥー教は宗旨を変換せざるを得ない段階に到ります。哲学・思想ランキング
2018年10月03日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学185 バラモンが司祭し指導した自然現象を神々として畏敬し,供犠によって神を祭ることで災厄を免れ幸福がもたらされると信じ、古代カースト制度を築き上げた民族は、インド大陸の先住民を征服して、拡大発展するに連れインダス文明の担い手とされる先住民ドラヴィダ人の宗教を組み入れて元来が自然崇拝、日本の大和朝廷が征服国の信仰を巧みに組み入れて古事記・風土記を完成したかの如く開祖の在る信教ではなく一種の地方信仰を権力機構のカースト制度を維持するために編み出された宗教が古代バラモンのヒンドゥー教であり「バラモン教」です。其れ故に、極東日本の国造り同様に「八百万(やおよろず)の神」のオンパレードでした。此のバラモンを最高位とし王族 (クシャトリヤ) を第2階級に、農工商人 (バイシャ) を第3階級に、被征服民の奴隷 (シュードラ) を最下位とするカースト、天意の宿命論のカースト制度に噛みついたのがクシャトリヤやバイシャの信者を仏教やジャイナ教に奪われ始めたことをきっかけに、それまで社会の構成員とは認めていなかった様々な先住民族を次々と認め、彼らの宗教の要素をバラモン教に取り入れる戦略を採った。そこに新たなヒンドゥー教が成立することになります。ヒンドゥー教の古代教義が、ガンジス川上・中流へ広がっていく間に,祭祀中心主義への反省批判が起り,自然現象の背後にあって現象を動かす原理としての梵 (ブラフマン) と,自己の内奥にある純粋無垢の我 (アートマン) とが融合する梵我一如の境地を追求する思想が出現。此の時点から祭祀にとらわれない自由思想家群が現れ,このなかからブッダやマハービーラが出て,仏教やジャイナ教を説いた。他方,一般の人々に対しては現象を動かす原理である梵を神とし,この在り方である「有」神ブラフマーを唯一最高神とする信仰を説くこととなりますが、このような最高神として,バラモン以来の融通性がほかにシバ神やビシュヌ神崇拝が出現し釈迦をも神として取り扱い現在のヒンドゥー教です。 ヒンドゥー教はカースト制度を除いては日本の神信仰にかなり近似します。哲学・思想ランキング
2018年10月02日
コメント(0)

「霊魂論」神秘学184 強(し)いてバラモン教とヒンドゥー教の区分けして相違を掲げれば、時代的な状況に比例して宗旨の変化がある程度は見られます。バラモン教の多神教を特徴としたバラモンの教え。アーリア民族の神々のパンティオンを中心とする神学。数千年かかって形成され、内容も多岐にわたる。多くの矛盾を内包するが、あまたの聖者を崇拝するところから、矛盾は吸収され教義上ではまったく問題とされなかった経緯があり、輪廻転生の鎖から誰も逃れられなという思想傾向が「バラモン教」です。バラモン教を前提に体系化したものの、汎インド教を目し、非アーリア系のドラヴィダ語系統の言語を使っていたインダス文明の末裔の可能性を持つかもしれないインド先住民族土着信仰をも包摂する。ベーダの神々の恩恵を拡大するもバラモンの祭祀中心主義への反省批判が起り,自然現象の背後にあって現象を動かす原理としての梵 (ブラフマン) と、自己の内奥にある純粋無垢の我 (アートマン) とが融合する梵我一如の境地を追求する思想が出現。ここから祭祀にとらわれない自由思想家群が現れ,このなかからブッダやマハービーラが出て,仏教やジャイナ教を説いたことを起因として、一般の人々に対しては現象を動かす原理である梵(世界原理)を神とし,此の「神(ブラフマー)」を唯一最高神とする信仰を説くこととなり,このような最高神として,ほかにシバ神やビシュヌ神崇拝が出現し取り入れたのが現代に続くヒンドゥー教となり、輪廻転生の鎖から逃れる方法があというのが「ヒンドゥー教」でありとするのが相違論といえば其れなりに解釈は可能です。「ヒンドゥー教」とは強靭なカースト制度を背景とするよりは印度の民間信教の種々の宗教の総合体系と捉えることも可能です。哲学・思想ランキング
2018年10月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1