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「霊魂論」神秘学183 バラモン教とヒンドゥー教の相違にかんして答弁するのは実は簡単にはいきません。抑々(そもそも)名付けたのがインド古代の宗教にヨーロッパ人が便宜的につけた名称で、仏教興起以前のヒンドゥー教カースト制度を築き上げたアーリア民族が、インド大陸の先住民を征服して、拡大発展するに連れインダス文明の担い手とされる先住民ドラヴィダ人の宗教を政略上の関連からも数多(あまた)其の侵略に際して組み入れて、元来が自然崇拝、日本の大和朝廷が征服国の信仰を巧みに組み入れたのと同様にです。そのうちの最古の段階をヒンドゥー教の原型「ベーダの宗教」と呼び、アーリア人の司祭でカースト制度の最高位であるバラモン(Brahman)が祭りを司る儀式と「ヴェーダ(神々への賛歌)」を中心とするのでバラモン教と称してしています。謂わば時代的な流れで区分されるもので宗祖が違うとか「神」が相違するとかは多少は時代的に相応するために変化が見られるものの基本の底流にはバラモン教とヒンドゥー教は名前は違えども共通します。紀元前1500年頃に北インドに進入したアーリア人の宗教が、先住民族の様々な宗教の要素を吸収しながら発展した宗教であり、アーリア人がインダス川上流地方に侵入し,先住民を征服してこの地方に定住,発展する間に次第に形成された信仰なのです。彼らは自然現象を神々として畏敬し,供犠によって神を祭ることで災厄を免れ,幸福がもたらされると信じていたのは事実です。アーリア人の宗教が、先住民族の様々な宗教の要素を吸収しながら発展した宗教であり、「ヒンドゥー」はもともとインダス川やその流域を表すペルシャ語でのちには「インドの人々」を指すようになったものです。狭義のヒンドゥー教は仏教やジャイナ教が都市部を中心に勢力を拡大し始めた紀元前4世紀ころ、バラモン教の勢力巻き返し策の結果として現代に続くヒンドゥー教が成立したとする説が有力です。哲学・思想ランキング
2018年09月30日
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「霊魂論」神秘学182 舎利弗と目連にことを記述する前に、其の背景にある印度の宗教及び思想の底流を眺めるのも、或る意味で印度大陸の思想史上最も輝いたともいえる紀元前500年頃のシッダルタのや自由思想家の輩出を知ることには意義があるかもしれません。先ずは、印度の社会制度の骨格とされたバラモン教、バラモンを社会階級の筆頭とするカースト制度の成立、アーリア民族の神々の「万神殿(Pantheon/パンティオン)」を中心とする神学は数千年かかって形成されて内容も多岐に亘ります。多くの矛盾を内包するが、其れを数多(あまた)の聖者を取り込み崇拝するところから、矛盾を回避しています。ヒンドゥー教の原型は、アーリア人の司祭(バラモン)の儀式と「ヴェーダ(神々への賛歌)」を中心とするバラモン教と呼ばれるものですが、紀元前1500年頃に北インドに進入したアーリア人の宗教が、先住民族の様々な宗教の要素を吸収しながら発展した宗教ですが「ヒンドゥー」とは語源はインダス川やその流域を表すペルシャ語で「HINDI」は「インドの人々」を指しています。ヒンドゥー教には、創始者も共通の明確な教義や儀礼も存在せず、地域や階層によってその内容は異なります。仏教やジャイナ教が都市部を中心に勢力を拡大し始めた紀元前4世紀ころに、バラモン教の勢力巻き返し策の結果としてヒンドゥー教が成立しています。バラモン教のカースト制度の維持、勢力巻き返し策の結果としてヒンドゥー教が権勢維持に必要に迫られて成立しまていす。哲学・思想ランキング
2018年09月29日
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「霊魂論」神秘学181 アサジと出会った事実こそが奇跡であり因縁で、舎利弗は釈迦の弟子になる事を決意した。其の釈迦の「縁起」論と対角にあるのが古代インドの思想家で、アージービカ派の主導者。釈迦(しゃか)と同時代の人で、六師外道の一人。遍歴者を両親として牛舎の一隅に生まれ、ジャイナ教の開祖マハービーラとは一時期、修行をともにしたと伝えられる無因論者、世界の在り方には如何なる因果関係も認め認めず,現象は原因も条件もなしに生起するというマッカリ・ゴーサーラの説があります。一種の運命論とは云うもののマッカリ・ゴーサーラはこの主張は闇雲な混沌を意味するものではなく、天意からの構成から成された在り方であり、現象は原因も条件もなしに生起する。存在するものが業によって規定されるという釈迦の因縁を否定して、流転するものはすべて天命の運命・環境・天性に支配されるとするという一種の運命論、悪徳の是非による報いや、善の行為による報償を物質論からも偶然説と因果関係、相互依存関係代わりに天命の定めを規定したことに特徴があります。人間運命論を存在一般に拡張したことには疑問は残るものの、因果関係、相互依存関係の代わりに天命の定めを規定したことは「諦念」に継ながります。「人間運命論」では釈迦の救済論が否定され、人生虚しゅうとする人生観が浮上します。私的な観想には「諦念哲学」と見做して差し支えないと映ります。偶然説と因果関係、相互依存関係を否定して、流転するものはすべて天命の運命・環境・天性に支配されるというのは一種の運命論ではあるものの人間が関われないものとして諦観的であり救いが見えません。哲学・思想ランキング
2018年09月28日
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「霊魂論」神秘学180 ときに、舎利弗と目連が住居する地では「山頂祭」、日本の愛宕詣での様なものでしょうが、着飾って次々に登ってくる大勢の人たちを見て、舎利弗は「百年後には此れ等の人々も一人も生きていない。人はすべて死に、跡形もなってしまう。」と呟きます。其の言葉には目連も答える事が出来得ず黙っていると、舎利弗は今のバラモンの教えではこの事を解決できない。近くにサンジャヤという高名な師がいるという。サンジャヤの弟子になろうと思う。六師外道の自由思想がバラモンに浸透していたことが伺わせる言動です。すべての物が疑わしいものであるという懐疑論を唱えていたサンジャヤの弟子となった舎利弗と目連は瞬く間に、サンジャヤの説を習得し、サンジャヤの百五十人の弟子たちにサンジャヤに代って教えを説くまでになりますが、二人は共に山頂祭の時に抱いた死に対する疑問は解けません。その時も時、舎利弗はラージャグリハの町でにアサジという釈迦の弟子出会い何のの苦も背負っていないような様子に疑問を投げ掛けます。アサジはその言葉に対して一つの詩で答えます。「もろもろのことは因ありて生ずる。仏陀はその因を説きたもう。もろもろのことの滅びについてもまたかくの如く説きたもう。」釈迦はすべてのものが因があって生ずる。この世のあらゆる事物、事象は相互に関連しあっていて、何一つ独立独歩のものは無いとお教えになられていますと、短い詩で舎利弗に答えたのです。此れこそが釈迦の唱えた縁起の思想であり、此のたった一節の短い詩で舎利弗は釈迦の弟子になる事を決意します。舎利弗が短い詩ひとつで、釈迦に帰依したのは舎利弗がすでに、バラモンの経典に精通していたからでもあろうが、バラモンの教えに満ち足りないものを感じていたからです。此の人物舎利弗こそが釈迦の最も信頼していた五人のクシャトリア、インド社会のカーストの第2の種姓。元来は王族や武士の階級であった。王のもとに統率され,軍事や国防を専門に司り,一般人民の保護にあたった階級で,共同社会もその平和を維持するの任にある五人のクシャトリアの中でも舎利弗は輝きます。其の舎利弗が偶然にしろ学問に精通していたアサジと出会った事実こそが奇跡であり因縁であったとも云えましょう。哲学・思想ランキング
2018年09月27日
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「霊魂論」神秘学179 舎利弗と並び称せられる「目連」の人物像はというと舎利弗と同時期、前5世紀頃の人とされますが生没年不詳です。大目(乾)連と漢訳表記されますが、和訳的には目連と略称されます。中部インドは紀元前5-6世紀頃、ガンジス河中流地域のマガダ地方。仏典上での摩訶陀国。紀元前800年頃までにはこの地域にもアーリア系の住民が浸透、インド文明が鉄器時代が始まった時期だったこと、当時インド最大の鉄鉱石の産地で、且つガンジス川を介した水運と森林資源が存在したマガダ地域は急激に変化発達をみせ商業が盛んとなり自由思想が拡(ひろ)まります。。ガンジス川上流域地方のバラモンなどの知識人からは、マガダ地域を身分制度の乱れを批判され軽蔑される程の身分制度が緩い地域であり、伝統的なバラモン教の習慣や権威の影響力が小さかったことから自由思想家が活躍した奇しくもアガダ国の生れでバラモンの出身であることは皮肉でしょう。はじめは六師外道の一人、不可知論を唱えた懐疑論者「サンジャヤ・ベーラッティプッタ(散若夷毘羅梨沸)に師事しますが、親友である舎利弗(しやりほつ)の紹介で釈迦に帰依し,直ぐに高弟となりそ教化活動を補佐し六通、 六つの超人的な能力。神足通・天眼てんげん通・天耳てんに通・宿命しゆくみよう通・他心通・漏尽ろじん通を得て神通第一と称されて。中国では西晋の竺法護訳と伝えられる「仏説盂蘭盆経」が世にが出て,目連が餓鬼道に堕(お)ちた母を救う話が説かれてより,盂蘭盆会(うらぼんえ)の行事が始まったと云われる程の人物になります。哲学・思想ランキング
2018年09月26日
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「霊魂論」神秘学178 「有部破僧事」では舎利弗と目連が地獄に彼を訪ねたとして名を挙げられた舎利弗と目連は、「六師外道}に関してひと時は中座しても意義ある程の人物であり、仏教に関し視点が違った面から考察する要素が多分にあるので此処では詳細を吟味しています。釈尊の舎利弗と目連に対する信頼がどれ程に厚かったかを鑑みれば、プーラナ・カッサパを舎利弗と目連が地獄に彼を訪ねたとされる記述が意味を持ちます。「舎利弗」はラージャグリハの近く、と呼称される山嶺の麓のナーラカ村に前5世紀頃に舎利弗はバラモンの子として誕生しています。父の名はヴァンガンダ、母の名はルーパサーリーと称します、当時のインドでは子供の名を母親の名から取る習慣があったので舎利弗はシャーリ(サーリー)ブッタと呼ばれたと伝え及びます。ブッタとは悟りを開いた人という意味でありシッダルタの「天上天下唯我独尊」に負けじ劣らずの逸材です。幼児より父にバラモンの経典を学び、近隣に俊才は響き渡っていました。奇しくも同様に俊才名を馳せる目連がいました。二人は巡り合うもライバルとしてよりは、相互に励まし合い遊び学び相照らす友として何時も過ごしています。哲学・思想ランキング
2018年09月25日
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「霊魂論」神秘学177 プーラナ・カッサパ(purana kassapa、漢訳音写では不蘭那若しくは不蘭)迦葉)は、六師外道のインドの道徳否定論者で勇名を馳せます、六師外道の一人としては典型であり。迦葉((カッサパ)姓は古代インドのバラモンの姓名で、母方の姓名では、飲光(おんこう或いは、いんこう)と訳しています。不蘭(プーラナ)は彼の実名で、漢名では満(まん)とも表されます。カースト制度が興味深いのは、奴隷にも姓名を与えていたことであり、西洋など他世界では性を与えられることは稀です。彼は奴隷の子として生まれたが、のちに逃亡して裸の行者になったとも伝えられます。インダス文明の思考を引き継ぐスリランカやミャンマー、タイ、カンボジア、ラオスに広まり、パーリ語仏典を受持する上座部仏教は、南伝仏教とも呼ばれ、パーリ語の三蔵を伝えていることからもパーリ仏教といわれますが、其の南伝仏典には釈迦が舎衛城で神変力を示して、外道を尽く打ち破ったが、プーラナ・カッサパは其の彼の外護者、真相は不解ですが彼の外護者たるものの与えた壷(kuta)と綱(yottam)を取って川に身を投じて自殺したとも伝えています。「有部破僧事」では舎利弗と目連が地獄に彼を訪ねたとあります。哲学・思想ランキング
2018年09月24日
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「霊魂論」神秘学176 仏教教団から見た釈尊在世当時に活躍した6人の代表的なインドの自由思想家たちを、教団は「六師外道」と蔑称します。彼等は当時、王権が次第に拡張し、旧来のバラモンの威信が全盛期を終えており、更には貨幣経済の発展により、商業活動が活発化し新たな層の物質的生活が豊かになったことも。自由な風潮を促し、このような時代背景の中に6人の代表的なインドの自由思想家たち現れます。彼ら自由思想家は「つとめる人(沙門)」と総称され、紀元前5-6世紀頃、ガンジス河中流地域のマガダ地方。仏典上での摩訶陀国。紀元前800年頃までにはこの地域にもアーリア系の住民が浸透していましたが、インド文明が鉄器時代が始まった時期だったこともあり、当時インド最大の鉄鉱石の産地であり、且つガンジス川を介した水運と森林資源が存在したマガダ地域は急激に変化発達をみせます。ガンジス川上流域地方のバラモンなどの知識人達からは、マガダ地域を身分制度の乱れを批判され軽蔑される程の身分制度が緩い地域であり、伝統的なバラモン教の習慣や権威の影響力が小さかったことから自由思想家が活躍します。道徳否定論を説いた道徳否定論を説いた「プーラナ・カッサパ(不蘭迦葉)」、7種の要素で人間の個体が成立していると説く。無因論的な感覚論者「パクダ・カッチャーヤナ(婆浮提伽旃那)、 輪廻の生存は無因無縁であるとした決定論を説いた。宿命論的自然論者「アジタ・ケーサカンバラ(阿耆多翅舎欽婆羅)」、快楽論者で唯物論を主張した「サンジャヤ・ベーラッティプッタ(散若夷毘羅梨沸)」、不可知論を唱えた懐疑論者「サンジャヤ・ベーラッティプッタ(散若夷毘羅梨沸)、ジャイナ教の開祖で、自己制御説を説いた「ジャイナ教の開祖で、自己制御説を説いた「ニガンタ・ナータプッタ(尼乾子)/マハーヴィーラと呼称されることが多い等々の「六師外道}の呼称が許されざる程の人材が輩出しています。漢名を見れば解かるように其々が「仏」の意を持つ程の思想家なのです。哲学・思想ランキング
2018年09月23日
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「霊魂論」神秘学175 原始仏典には、ブッダと同時代の思想家たちの説がさまざまなかたちで伝えられている。そのうち、「沙門果経」には、当時の代表的な六人の自由思想家たち、プーラナ・カッサパ、マッカリ・ゴーサーラ、アジタ・ケーサカンバリン、パクダ・カッチャーヤナ、ニガンタ・ナータプッタ、サンジャヤ・ベーラッティプッタの思想が紹介されている。いずれもが婆羅門とは異なる沙門の思想で、仏教が成立したころの古代インドの思想状況を反映しています。六人のうち、プーラナ・カッサパ、マッカリ・ゴーサーラ、パクダ・カッチャーヤナの三人はアージーヴィカ派の思想家と考えられています。「六師外道」というのはあくまで仏教側からの表現であり他宗では、異なった視点で区別しており、結果として同一の思想家が全く異なった位置づけになっている場合があるのは盲目の人間が象を初めて触ったときの如く見解は変幻します。例えばヒンドゥー教においては、仏教も含めたこれらヴェーダの権威を否定する諸派閥を、そのなかでもとりわけ仏教とジャイナ教のほうを「ナースティカ」(非正統派, 異端)と呼び、それに対し六派哲学(シャド・ダルシャナ)を「アースティカ」(正統派)と呼び区別しているのは前述の通りです。バラモンから見ればシッダルタ自身は外道であったのですが後世のヒンズー教は第48番目の地位神としては認めていますが、ジャイナ教の信者から見ればマハーヴィーラ(尊称。本名ヴァルダマーナ)は外道の儘ですが、勿論のこと信者から見ればマハーヴィーラ(尊称。本名ヴァルダマーナ)は教団の開祖です。哲学・思想ランキング
2018年09月22日
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「霊魂論」神秘学174 印度大陸にも商業都市の成立に伴って自由な風潮が拡まり、其れまでの位階制の担い手であった婆羅門以外にも多くの異相の自由思想家たちが現れます。彼らは婆羅門(ブラーフマナ)に対し沙門(シュラマナ/ 努める人々・修行者)と呼称されます。自身では仏とは称しないものの「正覚」を得て、教団からは生前にして牟尼仏と成り仏教の開祖とされたとされるシッダルタ、ジャイナ教のマハーヴィーラも、共々に沙門(シュラマナ)のなかの衆人の中から現れています。原始仏典には、仏陀と同時代の思想家たちの説が種々左様に伝えられていますが、仏典「沙門果経」では「六師外道(ろくしげどう)」とされるものの、異なった視点では思想的には様々に捉えられており、結果として同一の思想家が全く異なった位置づけになっている場合がありえます。。例えばヒンドゥー教においては、仏教も含めたこれらヴェーダの権威を否定する諸派閥、なかでもとりわけ仏教とジャイナ教のほうを「ナースティカ」(非正統派, 異端)と呼び、それに対し六派哲学(シャド・ダルシャナ)を「アースティカ」(正統派)と呼び区別しているいることから「外道」の語彙及びは見解の立ち位置により解釈が異なります。哲学・思想ランキング
2018年09月21日
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「霊魂論」神秘学173 仏教が誕生した頃というのは、北方からの侵入で大いな勢力を誇っていたアーリヤ人とドラヴィダ語系統の言語を使っていたインダス文明の末裔の可能性を持つかもしれないインド先住民族との混血化が進んでいます。更には混血化の進行と共に商工業の発達等によって広大な国家からしてそれぞれの地域特性からも文化価値観も多様化、 此の新しい時代の潮流から、それまでの権威を認めない様々な思想家たちが誕生しています。当時は、仏教はアーリア民族の血を引くとされるゴータマ・シッダールタを開祖とする仏教も其れ等のひとつであると認識されます。それまでのバラモン・ヒンズー教の権威を認めない様々な思想家たちには、ゴータマ・シッダールタを開祖とする仏教を含めて沙門果経(しゃもんかきょう)という仏典に取り上げられた仏教以外の六人の思想家、上座仏教ではを「六師外道(ろくしげどう)」と蔑称されますが「仏」が壇上に上がっています。それが「沙門果経(しゃもんかきょう)」いう仏典で仏教以外の六人の思想家を「六師外道」(ろくしげどう)と呼び、仏としては認証されはするものの「仏教の正覚」を外れたものとして扱っています。彼らの「六師外道」思想は上座仏教の外道呼ばわりはもとより、今日現代の視点から分類しても、唯物論、 決定論(もしくは運命論)、懐疑論、快楽主義、苦行主義、虚無主義などというレッテルが貼られています。「六師外道」は皆が仏の尊称を持ち現代的な意味での思想家とは意を異にますが、 複数の考え方に跨るようなものもありますので、論や主義という語句では一括りにすることはできません。但し其の思考は、釈尊の「正覚」には及ばないものの霊魂論から考慮すれば興味津々たるものを内有します。哲学・思想ランキング
2018年09月20日
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「霊魂論」神秘学172 インド大陸へのアーリア人の侵攻以来のアーリア系民族信仰の伝統を引き継いだ系統のバラモンでは或る種、一神教である旧約聖書の「初めに神ありき」の神格性の存在、神憑り的な神秘主義が先行し、宗教としての論理や倫理はヒンズー教の誕生を待たなければなりませんでした。其の事をもってしても「初めに神ありき」の神格を持った存在は、全き「無」ではなく{有」ありきとしての存在、神格が世界を創造しています。此の初めに神ありきで物事が始まるのは多神教のバラモンにしても同様です。神格性をもったものに疑問を抱くことは許されざることであるのは両者共通していますが、唯物主観からは到底受け入れ難い思考であり論理です。此れ等に対してヨーガや仏教は人間の深奥に眠る精神が世界の理法に組み入られている以上、何らかの共通基盤を持つ筈だとの人間中心思考から生まれた哲学思想の唯識・唯心論だとも捉えられます。其れ故に、唯識論では人間が想像した乃至はその創造神格性をやみくもには否定はしていません。其のことの素因は「神」を人間の深奥の精神の奥底の感受性が体験したことから来ていることが要因です。然し乍ら、人間が想像し将又創造した以上其の想像神格像には各々に違いが見られます。従って其の神格には滅び、神々の争いが付き纏います。此の思考経緯は、ヨーガや仏教の唯心論から、西洋ではスピノザの絶対者の演繹論理からも解読できそうです。哲学・思想ランキング
2018年09月19日
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「霊魂論」神秘学171 仏教は今から約2500年前である紀元前500年頃に北インドでアーリア系の小国釈迦族の王位継承者である王子ゴータマ・シッダールタが解脱し説諭したものをその弟子たちの中でも取り分けシッダールタの覚醒を信奉する上座仏教が教団としてシッダールタを釈迦牟尼仏と尊称し「仏/覚者(ブッダ・仏陀)」に、より以上の存在者として、生前からの霊性が目覚めた生前成仏「牟尼仏」として身の滅び後も「釈迦牟尼仏」扱うことから宗教教団として印度大陸に定着します。然し乍ら、シッダールタは覚醒により解脱しとしてたことは自認してはいますが、其の悟りは言葉を以って説諭するには甚だ難儀であり「はてな=?」の言語化に解脱後は修養し更なる座禅を繰り返します。シッダルタ自身は正覚は自認しても所謂「神」と同視されることを自称してはいません。仏教は世界三大宗教の中では最も歴史が古い、キリスト教が紀元後まもなく,イスラム教が7世紀前半に誕生したとすると其の特徴は人間精神のリアルティに基づいた世界理法を追求したことです。此のことは大乗哲学の創始者「龍樹」の中論の序文に書かれた「正覚者に感謝する」の言に意が尽くされています。キリスト教が紀元後間も無くイスラム教が7世紀前半に誕生したとすると、仏教は三大宗教の中では最も 歴史が古いということになります。キリスト教の名前が「神の子キリスト(神の現世分身)の教え」に由来するように,仏教も「仏(ほとけ)の教え」に由来します。「ほとけ」 とは,仏教を開いたゴータマ・シッダールタのことを指しますが、所謂、絶対者や絶対存在、大霊や現人神、三位一体でもなければ肉身(にくみ)を持っての復活も約束しません。釈迦が臨んだのは現世に故なく苦しむ良民の救済を探求することを修行法ヨーガ等々で良民の煩悩を霧消する大鐘になることです。哲学・思想ランキング
2018年09月18日
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「霊魂論」神秘学170 マウリヤ朝第3代のアショーカ王(在位は紀元前268年頃-紀元前232年頃)は、マウリヤ朝の全盛期を築き、全インド大陸の略(ほぼ)全体を支配したマケドニアのアレグザンダー・マコール・スミスを彷彿とさせる英傑。強国カリンガ、カリンガ文字はドラヴィダ語系統の言語を使っていたようですからインダス文明の末裔かもしれませんが、何(いず)れにしても此れを征服した際、数十万人の犠牲者を出したことを深く後悔して、征服戦争ではなく、ダルマ(法)に基づく政治を行うことを決意。これと前後して仏教に帰依した。ダルマの政治の内容を詔勅しょうちょくとして発布し、各地の岩石に刻ませた。マウリア朝のアショーカ王の宗教保護政策により勢力をゴータマ・ブッダ在世当時に活躍した6人の代表的なインドの権勢にとらわれない自由思想の哲学家が現れます。王権が伸張して旧来のバラモンの威信が次第に衰え,また貨幣経済が発展し、物質的生活が豊かになっていった時代を背景に現れた思想家ですが,彼らを総称して「つとめる人」 沙門 と称するのはシッダルタの出家にも適用されています。これらのなかで「六師外道」と呼ばれる思想家たちは,道徳否定論を説いたプーラナ・カッサパ、7種の要素をもって人間の個体の成立を説いたパクダ・カッチャーヤナ、輪廻の生存は無因無縁であるとし決定論を説いたマッカリ・ゴーサーラ、唯物論を主張したアジタ・ケーサカンバラ、不可知論を唱えたサンジャヤ・ベーラッティプッタ、ジャイナ教の祖師であるニガンタ・ナータプッタ即ちマハービーラ )です。それぞれの主張のうち,共通するものは,祭祀,供犠を否定して,反バラモン的態度を明らかにした点にあり,それらはインド思想史における変革期をもたらした功績は認めざるを得ません。バーリー語で書かれたことからバーリー経典と呼称され大乗からは小乗と蔑称される上座仏教ですが資料的には釈尊の説いた言を再来させる努力が見られる書を多く残し、記録的には大いに価値在る書巻です。此処に出てくる「六師外道」の「外道」とは我々現代人が通常使用する悪の要素を含んだ「外道めが」とは多少意味合いが違っており本筋と異相の思考程度に取ったほうが無難でしょう。哲学・思想ランキング
2018年09月17日
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「霊魂論」神秘学169 マハーヴィーラの教団は、教祖の出身地の毘舎離(びしゃり/Vaishali)、古代インドの十六大国の1つヴァッジ国内にあった商業都市。吠舎離とも表示される地に拠点を置いています。自治制・共和制がしかれ、通商貿易が盛んで、自由を尊ぶ精神的雰囲気があったとも云われ、此の地域に発生した商工業者の同業組合や共和制を意味する言葉る「サンガ(僧伽)」は仏教教団自体の組織構成にも強い影響を与え仏教僧団がこの名で呼ばれるようになった経緯があります。初期仏教教団における特異な在家信徒で後に出家した遊女アンバパーリーが住んでいたことや、仏教経典の第2回結集が行われたことでも有名なマハーヴィーラの出身地でマハーヴィーラの入滅後は、マウリア朝のアショーカ王の宗教保護政策により勢力を仏教(サンガ)、パーリ経典に登場する沙門 である六師外道のアージーヴィカ派と同じく並んでマハーヴィーラのニガンタ派も勢力を得ています。其の後(のち)飢饉の時、一部が南インドに移住した時点から衣の着用をめぐっての解釈が対立分離し、白衣の着用を認めた北インドの教団は「白衣派」、保守的な立場を取った南インドの教団は「空衣派」と呼ばれるに至ります。この分裂は、紀元後1世紀頃には完全なものとなり現代に至ります。今日でも、インドの総人口の 0.48%余りがジャイナ教徒であるが、その多くは商業に従事する傾向が見られます。其の因は毘舎離は元来が自治制・共和制を敷く商業都市であったことも手伝い商業以外の職業では、不殺生の制戒を保つことが困難であるからとされることから来ているとされます。哲学・思想ランキング
2018年09月16日
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「霊魂論」神秘学168 マハーヴィーラのヨーガは修行者の修養法を仏教の実践についての基本的な考え方以上に、仏法上の倫理上の対立または矛盾しあう論理の両極端の立場を離れ、両極端の何(いず)れにもも偏らない中正な立場を殊さらにに厳正に突き詰めています。仏陀が苦行と快楽を離れた中正な立ち位置「苦楽中道」によって悟りに到達し、それを具体化するために八正道を説き、後世には龍樹の大乗仏教の哲学でこの考えを深められ、有(う)・無(む)、生(しょう)・滅(めつ)等々に代表される日常的な観念やことばを超えたところに究極的な真理があり、それに達するために「すべてのものは空(くう)である」とみることが中道としたものを、仏教の「中道」をマハーヴィーラが一貫して苦行を続けたことに倣って、只管(ひたすら)試練に耐えることが重んじ、苦行は超自然的な験力を生み、霊魂に穢(けが)れとして付着し宿業を払い落とす効果があるとします。取り分け断食が重視され、最終解脱には断食により身体を放棄することが必要とされたことは、此の例では日本の仏道上による各地に見られる即身成仏、現実世界の自(おの)が身の儘に直(す)ぐに仏になる即身成仏。特に真言宗で強調する父母から生じた身体の儘に大悟の位に上り得(う)るとして,手に印を結び口に真言を称し意を三摩地 (さんまじ) に統一する三密瑜伽を浸透修練させ,仏の法身を自内証して成仏すると説く高野山の聖「空海」の例を挙げるまでもなく朗らかです。日本密教は上座仏教より更に厳格なヨーガの修養法を実践していたのだとも云えましょう。哲学・思想ランキング
2018年09月15日
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「霊魂論」神秘学167 ニガンダ・ナーダプッタ(マハーヴィーラ)は、パーサ(パールシュヴァ)が開いたジャイナ教の「4戒」を「4戒」を見直し不殺生・真実語・不盗・不淫・無所有の五つの制戒に改め、これに懺悔を伴わせてパーサ(パールシュヴァ)が開いたジャイナ教ニガンタ派の教義を改革します。真実語・不盗・不淫のうちの真実語は釈迦の「方便」を或る意味では除いて仏法と同様ですが、「無所有」を説く程度では仏則の「業」の禁則よりも、更に厳しく徹底しています。所有は欲求であり、欲求は行為を導く。行為すれば必ず殺生することになり、殺生は最大の罪で束縛の原因である。そのため「すべて、恐らくは欲求の全て」」を捨てることが求められる。其の「すべて」に含まれるのは、ものだけではなく、家族や親類などの人間関係、社会的欲求などの精神的なものまで、修行に不必要なものが「すべて」であるとします。其のこと故に、衣服を用いない裸形がジャイナの修行の理想とされるのです。此の例ではシッダルタの城門ごとに身に着けていた宝飾や衣服を、門番が当然に見たことがない次期王の資格者たるシッタルダ賄賂として投げ与えたものを受け入れ、城門をくぐるごとに宝飾・衣服を与え最後の門を出た時点で日本で言う褌、バラモンでは或る種の位階が与えられた乞食に請われ最後の衣を与え、流石に身を隠し身一つで明け方を待ち、明け方に畑の糞尿溜まりで糞尿で塗(まみ)れた布切れ、誰の所有をも離れたものを水流で洗い流し、布を解(ほぐ)して糸として木に穴を開けた木針で「衣(袈裟/糞掃衣(ふんぞうえ)/糞尿衣)」、印度の禅僧達磨大師が最後として伝え現代では消息不明な其れを身に纏い沙弥の道を歩んでいますから、シッダルタ自身はニガンダ・ナーダプッタ以上の修行を実践したと言っても非難はされることはないでしょう。哲学・思想ランキング
2018年09月14日
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「霊魂論」神秘学166 ジャイナ教では倫理的な生活をおくることによって心を汚れから守ることを説く点は仏教と同じ傾向を示しますが、仏法よりは更に禁欲的で厳格な実践が求められます。とりわけ不殺生と無所有の実行が重視されるのに特徴があります。ジャイナ教の不殺生戒は、仏教よりも徹底していますが、すべて生きものは苦を厭い憎むので、殺せば必ずその憎しみが殺害者にふりかかり束縛の原因となるとする点では共通しますが、ジャイナ教においては「生き物」は六生類として分別されます。地(土)・水・火・風(空気)・植物・動物の6種を説きます。通常に我々が生き物とするものよりは遥かに範囲が広い。器いっぱいの水は、器いっぱいの蟻に等しい。ともに生命あるものとされるのです顕微鏡のない時代に土中や水や火中、此れは溶岩流を思い浮かべれば納得行くかもしれません。更には風に象徴される空気、植物、動物です。其れ故、器いっぱいの水は、器いっぱいの蟻に等しい相互共に生命あるものとします。其のジャイナ教の「不殺生戒」の徹底ぶりは、仏法僧の比ではありません。ジャイナ修行僧にとっては水中の微生物を除くための水を濾す袋・空気中の微生物を誤って吸い込まないための口を覆う布・道行く時に踏んで殺さないよう虫たちを追い払うための鈴のついた杖、仏道では払子(ほっす)等々が修行僧のなくてはならない生活の必需品として使用される程です。哲学・思想ランキング
2018年09月12日
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「霊魂論」神秘学165 ジャイナ教にしろ仏教にしろ、共にヨーガの思想や思考法及び修養法を蔑(ないがし)ろにしては語れません。ヨーガの思考体系には印度土着とも云えるインダス文明の担い手、北部からのアーリヤ人の侵入で南方印度、パミール高原(Pamir Plateau)以南からセイロン島に追いやられた民族の血脈を流れる思考が読み取れます。アーリア人の血を引くとされる正覚者であり仏教の世祖釈尊の「輪廻転生」断ち切る「涅槃」、人が生命または肉体をもつかぎり完全な涅槃の状態は達成されないとして,これを「有余 (依) 涅槃」とし,死後に実現される完全な状態を「無余 (依) 涅槃」と呼び,釈尊の死を涅槃に入るというようになったとの論もありますが生前成仏した釈尊は「無余 (依) 涅槃」を成していた可能性があります。またジャイナ教では仏教と同様に永遠の安楽な世界,ベーダーンタ哲学ではブラフマンとの合一を意味し、共にインダス文明から発祥したとされるヨーガの思考の延長発展性が垣間見られ、ジャイナ教や仏教にしろ、突如として「涅槃」や大乗哲学理論の「空」論が初見される訳ではなく、其の系統がインダス文明の血脈に沿っていることが推察されます。哲学・思想ランキング
2018年09月11日
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「霊魂論」神秘学164 仏典で釈迦に逆らう「六師外道」の一人に数えられる「ニガンダ・ナーダプッタ(マハーヴィーラ)」は、マハーヴィーラの200年から250年前の人とされるパーサ(パールシュヴァ)が開いたジャイナ教を改革発展系を思想に導入しています。即ち、パーサの「4戒」をの「4戒」を不殺生・真実語・不盗・不淫・無所有の五つの制戒に改め、これに懺悔を伴わせてパーサ(パールシュヴァ)が開いたジャイナ教ニガンタ派の教義を改革します。倫理的な生活をおくることによって心を汚れから守ることを説く点は仏教と傾向はを同じ傾向を示しますが、仏則よりも更に禁欲的で厳格な実践が求められています。取り分け際立つのが不殺生と無所有の実行の重視でしょう。此の面で釈尊の教団が緩慢だったことは提婆達多の釈尊への糾弾と追放が顕著に現れた例でしょう。ジャイナ教の仏教教団に対する立場はキリスト教のアメリカ合衆国のペンシルベニア州・中西部などやカナダ・オンタリオ州などに居住するドイツ系移民(ペンシルベニア・ダッチも含まれる)の宗教集団であるアーミッシュ(Amish)が相似します。哲学・思想ランキング
2018年09月10日
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「霊魂論」神秘学163 釈迦と世代を共にする苦行者たちには、仏典では「ニガンダ・ナーダプッタ(マハーヴィーラ)」、訳してニガンダ教派のナータ族の出家者として知られる釈迦に逆らう「六師外道」の一人に数えられる人物、伝説によればマハーヴィーラの200年から250年前の人とされるパーサ(パールシュヴァ)が開いた宗教を改革したジャイナ教です。ジャイナ教の伝説は、マハーヴィーラ以前に23人のティッタンカラ、和訳して「輪廻の激流を渡り彼岸に到達するための渡し場を作った人を意味し、パーサはその23代目、マハーヴィーラは24代目とされています。これがジャイナ教といわれるのは、マハーヴィーラをジナ(勝利者)と呼ぶことに基づきます。マハーヴィーラは、ジャイナ教団の伝統説によれば、前599年チャイトラ白月13日、ヴァイシャーリー近郊のクンダプラで、父シッダールタと母トゥリシャラーの間に生まれた。ナータ(ジュニャートリ)族出身であることからナータプッタ(ナータ族の子)と呼称されるとしています。その生涯もシッダルタと非常に似通っています。マハーヴィーラの思想はパーサ(パールシュヴァナータ)に基づきます、ジャイナ教の23人目のティールタンカラ、22人目までのティールタンカラが歴史上の人物とは考えられないのに対し、パールシュヴァはおそらく実在のしたと想定されています。其の生涯はシッダルタを元王国の王子でありシッダルタを彷彿とさせます。図像学的には大蛇若しくは大龍(ナーガ)を象徴物とするのは印度文化の古来伝承の意味有りげで、ナーガールジュナの光背の意味が解けます。 の「4戒」を不殺生・真実語・不盗・不淫・無所有の五つの制戒に改め、これに懺悔を伴わせてニガンタ派の教義を改革しています。哲学・思想ランキング
2018年09月09日
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「霊魂論」神秘学162 釈迦と世代を共にする苦行者たちに前6世紀の頃のインドでの思考を苦行によって探求実践する修行者は、バラモンの伝統に忠実な者たちばかりではなく、釈迦を含めて、様々な様体を行動する「異端者」たちがいたことは此の時代の特異なところです。。苦行者将又遍歴の修行者、ヨーガの実践行者、果ては呪術師、弁証家など多数に及びます。ある者は輪廻を成り立たせる業(カルマ)なるものを克服しようと極端な苦行に励み、ある者はヨーガの究極の目的人間を超えた絶対者との合一,通常の自己からは絶対的に他なるものとの合一,必然的に自己からの脱却,自己という枠の突破を通してのみ現成する神との合一(Union with God)であり同時に脱自であり,脱我,忘我に入り、其処から真の自己に目覚めるのであるエクスタシーを追求しました。極度の抽象的な思考に走る者、極端なニヒリズムや唯物思想を抱く者たちもいたのも事実です。苦行を積んで前世を想い出そうとしたり、世界の無限性「有」を認める者がいるかと思えば、世界にはなんの原因も存在しないと考える「無因説」を唱える者や、全ては不可解だとする不可知論者もいたように、思想史上には興味津々の時代であり今現代に生きる人間が信教に頼らず或いは其の不条理を頼まないならば、一応に参照してみれば至宝の真実をあなたに与えてくれる可能性を秘めています。哲学・思想ランキング
2018年09月08日
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「霊魂論」神秘学161 釈迦が生存した前6世紀の頃のインドでは釈迦を筆頭にしてアーリア民族の血脈からのバラモンの伝統に忠実な者たちばかりではなく、バラモンから見ればのは様々なタイプの「異端者」たちがいたのも事実です。なかでも釈迦はバラモンの発展系であるヒンズー教を否定したことは歪めません。人間霊性の有りどころを認知し、ヒンズー教の神々を限りある寿命を与え滅びがあることを説いています。彼シッダルタは人間の生活のみならず人生観としての輪廻転生の苦渋を払拭することを悲願として「覚り」を得んとした苦行、自らの身を断食は勿論のこと水断ち・塩断ちを含めて天理に答えを求めています。其処には「絶対神」なる神格は認められませんでした。然し乍ら、人間には何の様(どのよう)にあっても否定し難い或る種の「見えざる力」、此れは西洋の存在論の偉大な思想家ハイデガーの「見えざる手」を彷彿させる「空」理論を編み出します。将に「空」は有りて無し、無して有りの人間の虚空に在るとも云える或る種の「無記」以上のものであり、釈迦は其処にヨーガの修行の結果を結実させています。哲学・思想ランキング
2018年09月07日
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「霊魂論」神秘学160 釈迦は人生問題の解決に直接役だたない形而上学的課題を「無記」として説法に於いては、問われても回答を中断していますが、釈迦がシッダルタとしてヨーガの修養法を以って苦行に励んでいた時期には、おそらく推測するには、人生問題の解決に直接役だたない形而上学的な「理(ことわり)」こそが最重要課題であった筈です。何故なら、世界理法が人間夫々の人生の行く末には興味を持つ筈もないことは重々承知しつつ、人間の霊性が組み上げた神々の存在をば否定はしないからです。釈迦の世界観では神々の存在は敢くまで世界内存在であり且つ滅びを持つ存在であり、其れ故に、神々を寿命ある存在として受け入れています。釈迦が仮に「無記」を全面否定していたならば虚無主義に陥ります。「無記」をヨーガの修養法を以って苦行に励んだことからこそ、人間存在の輪廻転生や苦行の解決が可能が「天命」ではなく、人間実存に関与していることを識り、世界の理法が人間の不条理は人間を基底を異にしており、別段に「絶対神」を置くことなく解決でき得ることを示唆します。霊性が人間存在を成さしめる存在であり、認識世界を物理世界とは別段として取り扱うことは神秘学宗教とは異なり、世界の理法を経験主義や実証主義に立ち位置を置く西洋哲学とは一線を画します。哲学・思想ランキング
2018年09月06日
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「霊魂論」神秘学159 シッダルタが釈迦として「覚り」を得た後は、人心に問うては極めて実務的に人生を捉え、衆生の人生の悩みや問題の解決に直接役立たない世界の有限・無限とか、世界の創造因とかの人間生活其のものには直接影響しない形而上の思考については問われても「無記」と表現されるように回答を述べず問手に判断するような舌答(ぜつとう)を中断若しくは中止しています。逆説的には、現代の仏法僧の彼(あの)世の判断を拒否しているとも取れます。此のことからして釈迦は我々人間が今、現在時に苦しむ人間の救済を本願として説法をしていると云えますます。自らの立場を病いに応じて薬を施す医者に喩えている程ですが、其の真意は人間精神の深層にある霊性に完璧は難しく、玉に瑕あることが平常なので予防医お意味しているんかもしれません。決して、現代医療に於ける終末医療(End-of-life care)を意味することに本意はないでしょう。本来的には現代にも僧侶には終末医療に最も参与すべき任があるのですが、其れも期待値でしかないのが現状です。現在求められるのはヨーガのちからを須らく「覚り」に用いたシッダルタの修養法を顧みるときが訪れています。哲学・思想ランキング
2018年09月05日
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「霊魂論」神秘学158 釈迦は一方にあっては自然的欲望に身をまかせる是々非々的な快楽主義の御都合を否定し,他面では自らの苦行を体験した上で悟道の遠回りの苦行を取捨します。苦楽の両極端を離れた中道こそが正道と称しています。此処に若干の疑問が湧きます。只、中道をわきまえた人間が覚りに達することが成し得る可能性があるかということです。其の可能性は生誕から持ち前の精神の奥底に眠る霊性の大小の相があり、所謂、釈迦は生誕時に「天上天下唯我独尊」と発声したと誇張される程の素性があり、悟道への修養法である苦行は自らの霊性の確認に過ぎないからだと想定することも可能です。通常の霊性を持ち得た人間がヨーガ等々の苦行によって自らの精神を鍛え深奥の霊性を高めなければ、「覚り」は「夢幻夢有」となって雲散霧消します。世の思想家に「中道・中庸」を薦める思想家は検討すれば結論から始まっている感は拭えません。己自身の精神と肉体の鍛錬・制御によってしか聖人の言葉には関わらず、霊的真相の存在を肯(がえ)んずくことが出来な得ない「性(さが)」でしかない人間は、自力に於いてはヨーガ等の苦行、さもなくば、釈迦や聖人の論諭の言(げん)を信じる信教に傾くしか得ません。哲学・思想ランキング
2018年09月03日
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