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「霊魂論」エチカ詳解37 「人間」が理知を獲得して史上の記録に現れた以降、人間は情念と共に自分を取り巻く外環境と自己の内精神の矛盾に幾度(いくたび)か遭遇します。其処から、一つには自然其々に意思を纏った霊性である祖神や自然的人格神を夢想や偶然の奇跡から神を表象します。人間が神に寄り添ったのは此の時期でしょう。人間の知性が「不可思議」に巡り合ったときの反応だとも云えます。人間以外の生物ならば自己の身の生命反応としての受諾か忌避かの行動だけでしょう。何れにしろ世界で神を論じるのは人間に授かった、或いは生物学的特性及び生命遺伝形質が関与しているのかも知れません。何れにしろ、人間は自己の内精神に神を宿したのです。其の神ですが人間夫々の捉え方は古今東西・時代や民族性・地域環境其々により大きく相異します。人間が観想する若しくは観相する「神」とは何の様(どのよう)なものなのか、「神」の語彙自体の定義は甚だ人間社会では混沌としており、詳細な説明が必要でしょう。哲学のみならず、宗教や国家・個人のあり方にまで影響を及ぼす「神の定義」は其々に分析して見なければ、自分が真実と捉える「神の実相」は混沌の儘(まま)でしかありません。哲学・思想ランキング
2018年11月30日
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「霊魂論」エチカ詳解36 スピノザの「神即自然」の思想をめぐる「汎神論論争」、英語のpantheism(pan〈汎〉+theos〈神〉に由来する「汎神論」は、東洋の哲学を西洋に知らしめた「善の研究」で知られる西田幾多郎がスピノザの「神即自然」の思想を取り入れています。存在するものの総体である世界・宇宙・自然の総体は一に帰着し、且つ此処で云う一者は神であるとする思想をいいます。「一にして全(遍・界・般)」「梵我一如(ぼんがいちにょ)」「神即自然」などが標語として用いられること多々です。世界の在り方そのものが神であるとすることから、有神論のように世界の外にあるとした「神と被造的世界」との絶対的対立を認めず、すべて汎ゆるものは神の現象であり、あるいは神に内在するものとして、創造以後は神は被造物に干渉しないとする理神論とはもとより異なります。神を世界を統一する普遍的原理、法則性として考える点で合理的側面をもつようにも想われますが、その反面には自我の神への帰入、主観と客観との絶対的合一を説いて形而上哲学を離れて神秘主義に至りやい面があり、神秘主義其のものを主張する傾向もあります。神と世界とについて明確な概念が形成された後で登場するのが普通でしょう。ウパニシャッドや古代ギリシアの一部の思想に最初にみられた思考傾向です。兎にも角にも西欧近世以降のジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno/1548?1600)、イタリア出身の哲学者にしてドミニコ会の修道士。それまでは有限と考えられていた宇宙を無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護し、異端であるとの判決を受けてもなお決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられた。思想の自由に殉じた殉教者やスピノザ、ドイツ観念論とその周辺の思想家たちの汎神論的思想は、宗教の非合理性を排して、近代自然科学と調和させようという意図で築かれたものであることは現代にまで生きている汎神論的哲学の完成度を示すものだと云えましょう。哲学・思想ランキング
2018年11月29日
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「霊魂論」エチカ詳解35 近代哲学の芽生えの1665年、スピノザの「我が哲学」を原名と目した筈の「エチカ」でしたが、倫理学的側面が左程御仕着せがませではなく、倫理学を毛嫌いする方にも抵抗感がなく読め好感が持てます。一般に道徳・倫理といえば何がしらの精神面での自由への拘束感が歪められないからです。スピノザの「エチカ」とは、概要は神と存在全体であると看ます。宇宙・世界・自然とを同一視する思想体系の構想を基本としていると云えましょう。「エチカ」は神と世界を一元的に理解、両者の質的対立を認めない点で有神論とは異なります。哲学のみならず歴史的諸宗教においても、其々に神秘的側面を理論化する際には表われる体系化の一つの型でもあります。自然や世界に働く統一的原理としての神を構想するギリシア思想や人間が「造物する神」は認定するものの世界の「有無」を支える存在を匂わせる仏教のようなタイプ。神が万物に遍在すること及び自我と神との一致を主張するヴェーダ(Veda)とは、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてインドで編纂された一連の宗教文書の総称で「知識」の意を持ったバラモン教のようなタイプがありますが、共にスピノザの亜細亜思想の博識を匂わせ人間の内面性と神秘的生活と宇宙の調和を強調する「自然の理」が、理論構成としてとして数学の演繹法を駆使した論理を一段一段とば、結果的に踏み締めれば「スピノザが問う神」があなたの精神の深奥に隠された「神の真実在」を明らかにする筈です。哲学・思想ランキング
2018年11月28日
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「霊魂論」エチカ詳解34 スピノザの神概念の意義を明らかにするアプローチとしては、カルヴァン派やオランダ・デカルト主義との論争のなかに身を置きおき、自然法則や啓示概念といった側面から分析することが必要でしょう。スピノザには政治を論じた著作が二つあるのでえが、一つは「神学論」であり、彼の生前に刊行された唯一の体系的著作であることには意義があります。其の後のスピノザの著作の刊行に政治・信教両面からの圧力を受けじゅんさいに立ち回れなかったことは、逆に彼が信教者の学論者でないことを証明するものです。二つ目は「政治論」ですが、これは「エチカ」執筆後に書かれおり、死後に遺作集のなかに収められます。「神学論」と同じく政治を論じており、思想的な内容には共通するものですが、構成や問題提起の面で多少の相違がみられ、スピノザに理解を持っていた政治家、ヨハン(若しくはヤン)・デ・ウィット(Johan(Jan) de Witt/ 1625年-1672年)は、オランダ共和国(正式名はネーデルラント連邦共和国)の政治指導者で、ホラント州の法律顧問(raadspensionaris:1653年 - 1672年)であり、英蘭戦争では共和国を率いたが、兄のコルネリス・デ・ウィットと共に民衆に虐殺されます。スピノザのヤン・デ・ウィット対する傾倒は他には類を見ない程で其の憤慨は尋常ではなかった。カルヴァン派と結びついたオランイェ公の一派と、ヤン・デ・ウィットを中心とする州会派との間で、熾烈な勢力争いが彼を「神学・政治論」に取り組みさせます。ヤン・デ・ウィットはきわめて自由主義的な思想を持っており、政教分離、教会に対する国家の優位を主張していました。これに対してカルヴァン派は、イギリスにおける清教徒革命の影響もあって、政治と宗教との融合を目指し、カルヴィニズムに基づく政治のあり方を追求しており対立が険悪となりデ・ウィットの進める自由主義的な政治を擁護するために「政治論」を書き上げたのです。スピノザは個人の自由の確保こそ政治の最大の使命であるとした。自由を確保された個人が、自分の内面生活のなかで、哲学を追求できるような体制、それこそが政治の究極のあり方だと、そのように考えていたからの行動であり著述です。哲学・思想ランキング
2018年11月27日
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「霊魂論」エチカ詳解33 スピノザには或る意味で共有・共振する程の思考を持つソクラテスですが、ソクラテスがみせた真実に身を捨てる程の行動は彼には見られません。無論、軍務経験を経歴に持つ「悪法も法なり」と言い放ったソクラテスの言明に比してですが、{神学・政治論」の批判派に対する彼の行動には不足感は否めません。此れはスピノザの思想がソクラテスを理解するプラトンの国家論との相似性ではなく、真実の神の真相と人間が描く神の実相の相異に価値判断の基準が求められた所以です。彼に信仰の証を求めるのは無粋であり、世界の真相を求めることが本意であり神の由縁なのです、必定、神の定義こそが重要であり「エチカ」の中断には歯ぎしりする思いだったでしょう。スピノザの神の概念には、アウグスティヌス以来の神に仕える哲学が終焉を迎えんとした状況で、アリストテレスの神の概念を数学・幾何学概念をもって一歩前進させたこと、延長を神の属性とみとめるラディカルな概念を持ち込んだことに意義があります。其の結果は世界の真相に「啓示との整合性を必要としない自然主義的な「理(神)」を主張したことに成果を見せます。神と存在全体である宇宙・世界・自然)とを同一視する思想体系。両者を一元的に理解し,両者の質的対立を認めない点で有神論とは異なるスピノザの神概念の意義を明らかにするのは「エチカ」を以てしか考えられないのです。哲学・思想ランキング
2018年11月26日
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「霊魂論」エチカ詳解32 17世紀の海洋商業国家の伝統や習慣にとらわれないリベラルな共和国オランダで、 宗教改革の思想家ジャン・カルヴァンにちなんでカルヴァン主義を奉じるカルバン派から、何故にスピノザの思想は「無神論者」と糾弾されたのかは誰しも疑問を感じるのが当然でしょう。スピノザの交友関係にして宗教的寛容と自由統治の共和派が圧力を受けるようになった情勢のなかで、宗教的寛容と自由統治の共和派後者に理論的支持を与えるために書かれています。しかも彼は「聖書は真理を語る」という当時の社会規範としての大前提に疑問にぶつけています。聖書特に旧約に登場するの預言者は無知であったし、人々各々が其々の異なった神の姿を想像しようと構わない。何故なら(なぜなら)聖書は「敬虔」、一般的には深く敬って態度を慎むさまを言いますが、聖書での「敬虔」は神に対して敬虔な態度を執る人間は、神を敬い、神に感謝を表し、神の戒めに従う。 情報や 態度だけではなく行動においても示す実践が必要があります。ギリシアの毒杯を煽ったソクラテスが何ゆえに「悪法も法なり」として判決に従ったことは「無知の知」の信託に見るように無神論者ではなく敬虔な敬虔の情にも欠けることはありません。ただ、彼の神が多神教的ではなく形而上哲学を基盤にした「ロゴス」、対比にある「ミュトス」近代では神話とワンパターンに捉えられますが、原義としては人が語る物語全般を指すのであり、ギリシャ悲劇や喜劇、伝説的な古代ギリシャの寓話作家で紀元前六世紀前半頃の人。奴隷の身分であったというアイソーポス(イソップ/Aesop)の寓話の題材もミュトスです。このミュトスに対して、ロゴスはある。「空想」に対して「理性」があり、「物語る言葉」に対して「論証する言葉」がある。此の論理的「理」を神と成したのがソクラテスそのものの思考です。スピノザが「神学政治論」が通じて取り組む問題は、ソクラテスそのものの思考形態の影響が見られ、神学と哲学の分離、不敬虔、旧約聖書の解釈といった点から解説し、著者スピノザの自説が展開されたことはソクラテスに比肩されましたが自身の身そのものの命脈を断たれる危険をも併せ持ったのです。哲学・思想ランキング
2018年11月25日
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「霊魂論」エチカ詳解31 スピノザの{神学・政治論」は執筆中の「エティカ」を中断して着手され1670年出版され、オランダ国内で「キリスト教綱要」をはじめとして、宗教改革運動に多大な貢献をなす。正統カルバン派の力が強大になるなか、宗教的寛容と自由統治の共和派が圧力を受けるようになった情勢のなかで共和派に理論的支持を与えるために書かれた政治色の強いものであり。旧約聖書に基づく政治論、取り分け全20章の前半部、特に7-10章では、旧約聖書の成立年代や作者について史的批判を加えて近代聖書学に礎石をおいた記述をしています。著者スピノザは思想と発言の自由を守るために、無神論者という非難を退け、聖書は不寛容を教えているのではないとして、此の立場を尊重することが思想・発言の自由を守ることと一致すると言明しています。本書は、教会に対する国家の優位を前提にして、思想・言論の自由の確立を目ざした徹底した聖書批判を展開します。其の論法は聖書を一個の史論として扱い、自然研究と同様に、外生活には囚われない精神、詰まりは理性による解釈すら排して、聖書を聖書然としたものから解放して解釈しようとするものでした。預言や預言者選民・神の法・奇蹟(きせき)等々聖書全般に対して検討を加え、従来の諸説を偏見ときめつける革命的な内容であったために、著者名を隠匿し、出版地・発行人を偽って公刊せざるを得なかった程に慎重に振る舞ったにしては、人々は容易に真の著者を探り当てて糾弾し、1672年には権威は本書を禁書に指定します。スピノザは「無神論者」と非難され続け、無神論者の汚名の除去という実践上の意図は、もののみごとに挫折(ざせつ)しますが、聖書批判の方法論としては、後世から現代を通じて一般には受け入れられています。なお、本書の政治論は「国家論」を敷衍(ふえん)するものと位置づけられていました。スピノザ本来の哲学とは相容れない面も見られ「霊魂論」には参考にはなるも、一部肯んぜられない面もあります。哲学・思想ランキング
2018年11月24日
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「霊魂論」エチカ詳解30 スピノザの「エチカ」の完成に5年もの月日を費やさせた{神学・政治論」を此処では問題とします。スピノザ(Baruch de Spinoza/1632-1677)におけるスピノザの信仰理解について考察したいからです。スピノザによれば、信仰とは啓示的認識においてのみ問題となる事柄であり、またそれは「神に従順であること」を意味する。そして彼は『神学・政治論』において信仰と行いが循環の関係にあることを主張する。つまり行いを成立させているのは信仰であるが、信仰は行いを媒介とすることによってのみ証しされる。スピノザに従えば、この信仰と行いの循環の関係は、或る人間が救済を得るためには、その人間によって、絶えず新たに産み出されなければならないことである。人間たちがその循環を生きるための起動力こそ、「自己で有り続けようとする努力」であるコーナートゥス(Conatus)に他ならない。またスピノザが提示する信仰の根拠は人間たちに対する神の愛であり、その対象は神である。要するに信仰を証示するための行いの根源は、神に由来するコーナートウスです。「コナトゥス」とも和訳される此の語彙は、生物の本能的な「生きる意志」を指したり、運動と慣性に関する様々な形而上学的理論を指したりもし、屡々、此の概念は汎神論者の自然観では神の意志と結びつけて考えられています。此の概念は定義が精神と肉体に分割されたり、遠心力と慣性について議論する際に分割されたりするときにも表現されますが、現在では明確で普遍的に受け入れられた定義を持たない術語となっており、スピノザの{神学・政治論」は「霊魂論」からすれば左程の重要性は置けないと考えます。cap-hiroのプロフィール
2018年11月23日
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「霊魂論」エチカ詳解29 スピノザの主著「エチカ」は和訳で倫理学とされますが、倫理とはギリシア語のエートス(Ethos/習俗・性格)、アリストテレス倫理学で、人間が行為の反復によって獲得する持続的な性格・習性に由来し,個人的にはよきエートスの実現、社会的には人間関係を規定する規範の原理の確立を目的とする学問と規定されます。反対にアリストテレス倫理学では欲情・怒り・恐怖・喜び・憎しみ・哀?(かな)?しみなどの快楽や苦痛を伴う一時的な感情状態である情念をハトス(pathos)外界を受容して内面に生まれる心的状態であり、感情・感動・情熱等々。無記・無方向であることから知性(ロゴス)と対比され、特に一時的であることから持続的習性(エートス)と対比されますが。 倫理は目的的には普遍が望ましいのですがロゴスとは異なり時代の変遷や社会変遷に伴ってにより多種多様に立場に分れ主張されます。古史ではエピクロス学派にみられるように道徳の規範を利己の主観に求める傾向や,またこれに隣接して実存の主体的なあり方を問題とする実存哲学の倫理学があります。対して道徳の規範を先駆的なものに求める傾向はカントに代表される哲学。さらにギリシアの懐疑主義に始る懐疑主義的傾向,現代では論理実証主義の場合のように,倫理学の命題そのものの成立の可否を問い,それを情緒的な表白として把握する立場もあります。東洋では仏教思想。老荘の無の思想、孔孟の仁の思想などを中心に倫理思想の展開がみられますが、「倫理」を命題とする倫理思想とはなにか。単純に云えば人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるものでしょう。スピノザの「エチカ」の初期に名付けようとした「我が哲学」が本書の内容としては相応しいでしょう。著述の中に世界の理である「神」を定義する文言が信教的にではなく論理として述べられているからです。著者はスピノザに人間の規範的生き方より「世界の理」を求め、人間倫理は自ずと其処から湧き出すと信ずるから「エチカ」を神の実存・実在論と捉えます。哲学・思想ランキング
2018年11月22日
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「霊魂論」エチカ詳解28 スピノザは経験主義や実証主義が謳歌される只中で、神秘主義的とも云えような世界の理を追求します。世界に理(ことわり)は在るのか無いのか、在れば世界は理が支配します。無ければ各種天体を構成する小宇宙を含む「大宇宙世界」、言い換えれば我々人間が観想する「世界」は不条理を「理」とした混沌の支配する世界となります。世界に混沌を持ち込むことは「世界」そのものが世界ではなくなり矛盾が生じます。「世界」が「理」を持つものかどうかの捉え方でで人間の世界観のみならず人生観は大きく左右に変わります。人間の意識行動行動のすべてが「世界の理」への理解の存否であること、社会的に人生を左右することは、非道な犯罪者の言動を参照すれば答弁する必要もないでしょう。実際的に人格性を与えられた「神格神」たる神が常時大宇宙である世界のみならず生命一般を監視・観相しているとすれば、事前に犯罪を制御する筈なのですが、どのような事実の視点からも其れは確認できません。「神」が「居るのか居ないのか」或いは「在るのか不在なのか」且つ「有か無」将又「人間だけが描く夢想」であるしかないのか、スピノザは人間が最も正当性を納得し理解し易い数学・幾何学の定義や公理・定理を駆使した演繹法を以って世界と人間の「理」、スピノザ的な「神」を描き「人間倫理」をエチカに託します。哲学・思想ランキング
2018年11月21日
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「霊魂論」エチカ詳解27 ウイルス(ラテン語ではvirus)は、他生物の細胞を利用して自己を再生複製させる極めて微小な伝搬感染的性質を持った構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなります。生命の最小単位である単細胞をすらをもたないので、生命存在としての非生物と分類されるされることすらある存在です。ウイルスは様々な点で一般的な生物と大きく異なり、非細胞性で細胞質などは持たない。基本的にはタンパク質と核酸からなる粒子であると定義されます。大凡(おおよそ)、生物は細胞内部にDNAとRNAの両方の核酸が持ち存在しますが、ウイルス粒子内には基本的に其のどちらか一方、片方だけしか存在しません。単細胞が持つ細胞質すら持たない粒子、大部分の生物は細胞内部にDNAとRNAの両方の核酸が存在するが、ウイルス粒子内には基本的にどちらか片方だけしかない単細胞生物でもない、或る種の「命」を持った粒子です。他の生物は基本的に多くは2の陪乗で指数関数的に増殖するのに対し、其の一段階上の数倍する比較級数的な勢いで増大・変化し続け増殖します。将又、ウイルスは見かけ上は消えてしまう細胞にウイルスを接種後、感染細胞内にウイルス粒子が検出できなくなる期間。エクリプス、陰性期、暗黒現象とも呼ばれる「暗黒期(あんこくき、英:eclipse period)」、ウイルス粒子は脱殻を行い、ウイルスタンパク質や核酸の合成を行ない、再び、子孫ウイルスの出現により再びウイルス粒子の検出が可能となる特異な存在です。感染後に子孫ウイルスが細胞外に放出されるまでの期間を潜伏期と呼び、細胞膜表面で成熟して放出されるウイルスの暗黒期は潜伏期と一致しています。分裂により増殖する生物ではその形態が観察できなくなる期間はなく、暗黒期の存在はウイルスをリケッチアやクラミジアと分ける大きな特徴を持ちます。自らは代謝系を持たず、単独では増殖できない。他生物の細胞に寄生したときのみ増殖できる、自分自身でエネルギーを産生せず、宿主細胞の作るそれを利用する、マイクロをマクロ的に捉えれば「隠された神(理)」に対比される「隠された悪(不条理)」を感じます。とは云え、ウイルス粒子は人間をはじめとして生物一般には現在では有害とされるものの太極の見地から観想すれば何らかのバランスを保つ役割を担っているのかも知れません。旧約エデンの園でサタンが知恵の林檎を授けたように。哲学・思想ランキング
2018年11月20日
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「霊魂論」エチカ詳解26 著者自身が取り分け「前成説」をエチカ詳解で取り上げているのは単細胞生命や或る意味では生命細胞とも決定付けられないウイルスが環境変化に対応して変異する事実です。其れ等には当然に自身にはない「意思若しくは意志」の働く要素はなく、何らかの図り知れない隠された外部の「意志」が予想されます。此のような事実は何も生命に関わった問題に限らず天体運行の精緻さを観てもアインシュタイン博士を持ち出すまでもなく予想されています。世界は原因なしに有る。原因のないのが「時空間の有無を問えない世界自然」である。此のような見えないものうお観想しない。考察するだけ無駄だという思考に関しては、見えない「隠された意思」を探求するスピノザのエチカに「前成説」は多少なりとも理解する上で一助にはなります。なかでも生命を問う上でウイルスの存在は神秘に満ちています。ウイルスが何の進化段階であるのかどうかは別にして、細菌や菌類などは主として細胞の形態学的特徴などが、近代迄は植物として扱われて来ていますが、専らに有機物質に頼るという生存律は現代科学に照らして植物的とは云えません。さりとて全体的な様相は動物的でもなく、進化の経緯からみても動物・植物の何れかに含めるのは難があり、今日現代では「第三の生物」といわれる菌類として菌界(Mycota)なるグループが設定されています。更には、ビールスやバイラスなどとも発音されるウイルス(virus)、核酸(DNAもしくはRNA)とタンパク質からなる,細菌よりも小さな一群の病原体。遺伝情報を担う核酸がタンパク質の外被に覆われた構造をもち、それぞれの種のウイルスに特有の宿主となる細菌や生物の細胞に寄生し、宿主のタンパク質合成能やエネルギーを利用して自己増殖を行うウイルスは、その大きさが数十から数百nmときわめて小さく単純であること、単独では生物としての要件である自己増殖能をもたず、寄生してこそ初めて自己増殖を行うことから、史的にも、屡々、生物と無生物の間にあるものと表現されることからしても進化意思は見られません。在るとすれば図り知り得ない「自然の理」の意思としか判別できません。スピノザの出番です。哲学・思想ランキング
2018年11月19日
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「霊魂論」エチカ詳解25 細胞説の成立とともに19世紀初頭に一旦は沈黙させられた「前成説」が、同じ19世紀には物理化学分野の進歩から、生物学にも機械論的風潮の高まりとともに発生学に反映、新たな前成説論争が引き起こされます。アウグスト・ヴァイスマンはデテルミナントという粒子によって遺伝と発生を論じた。これはこの粒子が発生の段階で分割されて行くことで最終的に各部分の分化が決定するというもので、思考経緯は「前成説」と捉えきれるものです。ヴィルヘルム・ルーはカエルの二細胞期に一方の細胞を熱した針で焼き殺すことを行い、そのまま育てたところ片側半身だけの胚を得ることに成果を得ます。結果はヴァイスマンの説を支持するものとされ、「ヴァイスマン・ルーの前成説」と呼称されます。粒子が発生の段階で分割されて行くことで最終的に各部分の分化が決定するという論は現代においては否認されますが、実験発生学はこれを実証しようとして大きな発展を見せます。初期の胚を分割すると、分割に応じた不完全な胚しか成長しないというもので、明らかに前成説的な現象を示している。また、動物極と植物極の間に見られる、所謂、極性も発生に重要な役割を演じています。誘導現象にせよ、その誘因因子やその元になる要素が卵細胞の中に不均等に分布することなどに由来が求められ、行きつく処、発生を遺伝子に含まれる情報が展開する過程と見なし、これを前成説的と見る向きもある程です。発生を遺伝子に含まれる情報が展開する過程と見なし、これを前成説的と見る向きもあります。哲学・思想ランキング
2018年11月18日
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「霊魂論」エチカ詳解24 結果的にはヴァイスマンが示したのは獲得形質遺伝説に信頼できる証拠がないということに目論見があり、ラマルキズム(Lamarckism)即ち個体が後天的に身につけた形質が子孫に遺伝し、進化の推進力になるとする獲得形質を唱えるものであるのを完全に否定し去った訳ではない。然し乍ら、生殖細胞と体細胞、個体発生と進化を区別するヴァイスマンのアイディアは総合説に基づく現在の進化生物学でも一般的にも受け入れられています。生殖質説はまた変異の起源にも関与します。ヴァイスマンは当初変異の源を「用不用説」、所謂、ギリシア時代のヒポクラテスやアリストテレスもこれに関連した議論をし、下って18~19世紀のJ.B.deラマルクは彼の進化論を展開するにあたって獲得形質遺伝を肯定しては、キリンの首の長い理由を説明する際に採用した使用する器官は発達し、不使用器官は退化する。19世紀のC・ダーウィンやE・H・ヘッケルも肯定的立場にあった「用不用説」を放棄し、代案として提案した様々な遺伝物質デテルミナント、ビオフォア、イドを仮定します。しかし表現型の生殖質への影響は否定し続けたものの、環境の影響によってデテルミナントの方向性が変化すると述べたこの仮定は矛盾に満ちた誤謬でした。然し乍ら、ヴァイスマンの研究はメンデルの法則の再発見よりも先に行われ、ヴァイスマン自身はメンデル遺伝学の受容に消極的でしたが、後世の遺伝学者がヴァイスマンとメンデル両方の理論を受け入れたことは「生殖質説」は遺伝学に一定の役割を担います。哲学・思想ランキング
2018年11月17日
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「霊魂論」エチカ詳解23 アウグスト・ヴァイスマンは1883年に生殖質説を提唱し論じます。単細胞のいわゆる分裂によって増殖する生物とは相違して、多細胞生物では遺伝には生殖細胞によってのみ引き起こされるとヴァイスマンは語ります。なかでも、彼がソーマ細胞と呼んだそれ以外の体細胞は遺伝には関係しないとします。ソーマ細胞とは生殖質の連続性に関与します。ソーマ細胞以外の体細胞は遺伝には関係しないし、生殖質の連続性は一方通行であるとします。すなわち生殖細胞は多くの生殖細胞と体細胞を作るが、生殖細胞は体細胞がその生涯で得たいかなる変化からも影響を受けない。遺伝情報は体から生殖細胞に伝わることはなく、従って次世代に受け継がれることはない。これをヴァイスマンバリアと呼称しています。仮にヴァイスマンバリアが正しければ、ブルボン朝から復古王政にかけての19世紀の著名な博物学者であり、biology(生物学)という語を、現代の意味で初めて使った人物の一人であるジャン=バティスト・ピエール・アントワーヌ・ド・モネ、シュヴァリエ・ド・ラマルク(Jean-Baptiste Pierre Antoine de Monet Chevalier de Lamarck/1744-1829)によって提案され、進化論のダーウィン自身もあり得ると考えていた獲得形質遺伝説は棄却されることになります。此れにはヴァイスマンは実証的な実験が必要だと考えていますが。彼はもちろん、複雑で高度な現代遺伝学のことは全く知らなかったが、体質からは生殖細胞系列に情報の伝達が行われないことを実験で示そうと試みます。此のような考察論を生殖質説と呼びます。哲学・思想ランキング
2018年11月16日
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「霊魂論」エチカ詳解22 前成説の生物の形態が卵子や精子にあるとの古典的・宗教的な思考論は衰微しても、子の形態は見えない、生殖細胞に子供の構造そのものが観察できないとは云え、因子として何らかの成長構造のようなものがあり、それが発生に影響を与えるとすれば、ある意味で多細胞生物は前成説的であるとは言える筈です。その場合、直接に子の体の元になる卵細胞の因子が問題になります。19世紀には物理化学分野での進歩から、哲学のみならず生物科学にも機械論的傾向の風潮が強まります。其の機械論が生物発生学に反映した形が、新たな前成説論争の基を築きます。ここにフリードリヒ・レオポルト・アウグスト・ヴァイスマン(Friedrich Leopold August Weismann/1834年-1914年)ドイツの動物学者。オーギュスト・ワイスマンなどとも表記されています。フライブルク大学動物学研究所所長の職位を得、専門は生物の発生学・遺伝学を専門とします。エルンスト・マイアは彼をチャールズ・ダーウィンに次いで19世紀で2番目に重要な進化理論家であり、同時に自然選択を実験的に検証しようとした最初の一人であり、熱烈なナチュラリストでもあったアウグスト・ヴァイスマンはデテルミナントという粒子によって遺伝と発生を論じます。此の論は彼の言う「粒子」が発生の段階で分割されて行くことで最終的に各部分の分化が決定するというものであり、一種の前成説であるとも云えます。これを実証的に検証するために、ヴィルヘルム・ルーはカエルの二細胞期に一方の細胞を熱した針で焼き殺すことを数多く行い、そのまま育てたところ片側半身だけの胚を得ました。結果はヴァイスマンの説を裏付けるものとして受け入れられます。そのため、これをヴァイスマン・ルーの前成説と呼称されることにもなります。哲学・思想ランキング
2018年11月15日
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「霊魂論」エチカ詳解21 前成説は元来的に宗教的な影響が強く、実際的考察には足枷となったことも衰退に拍車が掛けます。純粋科学には宗教を持ち込むことは許されません。それ故、経験主義的な観測実験学が隆盛するに連れて前成説を支持する事実は以降には出てこず、19世紀初頭にはほぼ消滅しています。前成説は否定されてよかったのかどうか。基本的に前成説には宗教的なニュアンスがあり、ドイツ国内の学会権威者もこれには反発する傾向が濃厚でした。其れ故に「後成説」次第に強固になるのに対しても前成説を支持する新たな検察や事実は出てこず、19世紀初頭にはほぼ消滅しています。其れに拍車をかけるのが細胞説の成立です。生物取り分け多細胞生物の発生の過程のより正確な観察や理解が可能となり多細胞生物が細胞の組み合わせでその形が出来ている以上、前成説に見られるようなやたらと小さい構造を想定するのは難が伴います。蛹や種子が卵にあたるとの論も卵子や精子が単一の細胞であることが確認され、蛹や種子が卵にあたるとの論が否定されたことも前成説を一旦は沈黙させます。哲学・思想ランキング
2018年11月14日
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「霊魂論」エチカ詳解20 医学者カスパール・フリードリヒ・ヴォルフが1759年に「発生論」に著わした記述で、ニワトリ卵の中に器官の原基が小さい球体として生じる詳細を提供説明して、最初から器官の形が存在する訳ではないとしたことは、彼(か)のコペルニクスの「それでも地球は回っている」に比肩する事実的な思考論理です。なぜなら、前成説には宗教的解釈から正教会等の宗教的権威の支持母体があり、此れに反する後成説には圧力がかかることは当然の理だったからです。それでも、天動説同様に観測及び実験科学が反論を許すまじ程の段階に入り、学会権威と宗教的権威の圧力は19世紀初頭には衰勢に追い込まれ「後世説」が大勢を占めていきます。また、その後の細胞説の成立が「後世説」勢いをあと押ししていきます。顕微鏡のレンズ磨きの技術の発達とメカニカルな面での発展は細胞の発生の過程に、より以上に増して正確な観察や理解を可能としました。前成説の基本は単細胞に全ての因子の素因を求めることになるのでウイルスやアメーバなどを除いては、多細胞生物の受精が意味をなしません。况んや、卵や精子が単一の細胞であることが確認されたことから、昆虫の蛹や植物の種子が卵にあたるとの誤解もなくなり、前成説の裏付けが消失します。とはいえ、生殖細胞に子供の構造そのものが無いとは云え、何らかの構成体がある筈だとする説は根強く、かくして遺伝子工学(Genetic engineering)が浮上します。哲学・思想ランキング
2018年11月13日
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「霊魂論」エチカ詳解19 前成説全般にわたっての難点は、卵子と精子のどちらかに子供の形態因子である元型が含まれているのとするのであれば、子の形象はそのどちらかによって予め決定されてしまうことになることです。此れは我々が通常一般では常識的及び体験的観測から推測すれば実際の遺伝現象では両親の影響が見て取れることから不明朗です。これが我々の生活一般からの経験則から大きく乖離したものとして矛盾を感じさせるのです。精子と卵子其々の単細胞の観測化が進み、ここから後成説の台頭が目立ちはじめ、そして前成説に取って代わられます。前成説にに関連して、奇形の原因に関する論議がエティエンヌ・ジョフロワ・サンティレール(Etienne Geoffroy Saint-Hilair/1772年-1844年)を代表的論者とする説明がなされています。その奇形の原因原因が後天的なものとの見方から発生段階で様々な刺激を与えて奇形の発生を観測する実験を行ったのです。ある意味では現代の実験発生学に先行する実験でした。1759年にはスパール・フリードリヒ・ヴォルフ(Caspar Friedrich Wolff/1733-1794)が、著作「発生論」を公開し、その論述の中でニワトリ卵の中に器官の原基が小さい球体として生じる詳細を説明し、最初から器官の形が存在する訳ではないことを明確に述べ、当時の学会にも受け入れられています。以後、子供の形態因子は後成説が有力となり其の後の方向性が定まりました。人気ブログランキングへ
2018年11月12日
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「霊魂論」エチカ詳解18 予めに子供の形態が用意されているのだととすれば、恐竜の子孫と云われる鳥類を筆頭として先(ま)ずは卵であると考えられるのが尋常でしょう。ところが、精子が発見されると、その起源を精子に求める考え方が提起されます。精子の発見は誕生する子が卵子と精子の何(いず)れの雛型を因子にしているかの課題を提供しました。此の思考の判断は受精発生からの発展経緯の顕微鏡等の実験科学により詳細が明らかになるにつれて、子供の形態は後天的に次第に形態が作られて行くという後成説に取って代わられていきます。然し乍ら、生殖細胞のなんらかの構造、例えば「遺伝子が発生の過程を決める」というい意味の前成説は現代も一定の役割を担っています。更に付け加えれば、この時代には昆虫の蛹(さなぎ/Pupa)が卵と同一視されており、それによる混乱する事実もありました。スワンメルダムは昆虫の蛹を調べて、その内部に成体の器官があることを確かめましたが、彼はこれを根拠に卵子論を主張する誤謬を犯しています。前成説全般に亘っての難点としては遺伝現象での問題もあります。詰まるところ、卵か精子のどちらかに元の形態因子が含まれているのであれば、子の形態は其の何方(どちら)かによって決定されてしまう理屈になります。こと実際の遺伝現象では、両親の影響が見て取れる例も多いからして、これは大きな矛盾であることになるのは疑いを挟めません。人気ブログランキングへ
2018年11月10日
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「霊魂論」エチカ詳解17 マルチェロ・マルピーギは血液の動脈から静脈への移行を観察して血液循環論を完成したことで名を馳せますが、腎小体を彼の名を冠したマルピーギ小体と呼称する等に彼の名が解剖学用語として現在でも使われます。昆虫のマルピーギ管なども発見。植物の導管、蚕の変態、鶏の発生などの研究でも知られ「鶏が先か卵が先か」つまり卵から鶏か、鶏から卵かの様相に似て、前成説(ぜんせいせつ)は、生命体、特に動物の発生に関する古い仮説であり、卵などの内部に生まれてくる子の構造が既に存在しているという考え方のことです。古くは支配的であった思考ですがが、18世紀にほぼ否定されるも、より広い見方からは現在においても一定の重要性が認められるとされています。例えば、癌ウイルスや原生生物のアメーバなどは卵生を経ない分裂増殖型で変態は見られるものの前成説そのものの典型だと云えます。前成説が主流を占める折、顕微鏡下で精子が発見されると、卵と精子のどちらに雛型が入っているかの判断が分かれますが、発生の詳細が明らかになるにつれてて、次第に形態が作られて行くという後成説に取って代わられていきます。然し乍ら、生殖細胞のなんらかの構造が発生の過程を決めるというような広い意味の前成説は現代も一定の役割を担っていることには疑いを挟めません。哲学・思想ランキング
2018年11月09日
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「霊魂論」エチカ詳解16 生物科学の進展は更に一歩先を歩まんとしますが、此処に大きな難関が待ち構えます。前成説が長く支持された原因の一つには、キリスト教における伝説と一致する共通点の多さが挙げられます。例えば、イヴの胎内に最初に作られた入れ子になった小人即ち後のノア等々の代々の因子の数を論じるといったこと。前成説を無造作に当て嵌めると、生物の体には卵が入っているし、その中には子供の体が入っており、その中にも卵があるから、子々孫々代々のすべての雛型が入れ子構造になっているという構造になる理屈です。微生物が初めて発見された頃は、曾孫の代くらいまでの入れ子構造を確認したと公開報告するものもいたぐらいに論理的にも受け入れられた時代もあります。予め(あらかじめ)子供の形が用意されていたとするならば、常識的には、まずは卵であると考えられるのですが、精子が発見されると、此方の方にその起源を求める考えも出されます。卵に子供の形態の素子素因があるとするのが卵子論、解剖学者マルピーギに至っては顕微鏡でごく初期の胚を観察し、其処に小さなニワトリの初期発生(胚(はい))の途上でエラの痕跡(こんせき)が出現することの発見は特筆されます。此処から人間の胎盤内での成長経過で鰓(えら)の発現も予想されるものとなります。哲学・思想ランキング
2018年11月08日
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「霊魂論」エチカ詳解15 古(いにしえ)の遠い過去の人間が生物の「卵」、当時は顕微鏡なるものは無きにしてあらず、目で卵を確認し難き類(たぐい)であった蛆(うじ)なるものは「湧く」と表現された程ですが、其の眼前の卵を見て、其処からいずれは生まれるであろうものを時を経て現実に見た場合、其れが卵から以降の形態になる起源を不思議に思うであろうことはことは、誰しもが疑問を持ち、幼児にも思いつく疑問です。此の疑問とは生命発生学の基本中の基本であるとも云えます。その仕組みについて想像した場合に浮上する最初のもので最も分かりやすいのは「見えないくらい小さい子供が卵の中に入っている」というものでしょう。前成説はこれを基(もとい)にしています。其の思考の発祥は古代ギリシャに遡(さかのぼ)るとされ、生命の発生に関する実証的な研究は古代ギリシャ時代から継続しており、17世紀以降ではレウエンフークから始まる顕微鏡が活用されます。例えば、鶏の卵の発生に関しては、現在でも医学部の卒業式などで朗読されている医師の倫理を説いた「ヒポクラテスの誓い」で有名な医聖といわれる古代ギリシアの医師(前460頃-前377頃)ヒポクラテス(Hippocrates)は、中国は後漢の医師、外科手術の名手とされ、麻酔薬を用い、一種の体操療法である五禽戯(ごきんぎ)を考案し、関羽の毒矢の感染を治療したという華陀や後世に医聖とされる張仲景に劣らず、現代西洋医学の元祖であるヒポクラテスは、ニワトリの卵の内部を産卵後一日毎に調べたと云われます。イタリアの解剖学者ジェローラモ・ファブリツィオ(Girolamo Fabrizio/1537-1619)はその発生から胎児の発達を記載して「発生学の祖」と称されていますが、更に。イタリアの医師であり生物学者。顕微鏡を用いての生体の微細構造研究の先駆者は、それまでには不可能であったごく初期の胚発生をも観察します。しかし、このマルピーギも前成説の信奉者であり、前成説は根強く現代にも影響を及ぼしています。哲学・思想ランキング
2018年11月06日
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「霊魂論」エチカ詳解14 生命を発祥した生物、なかでも動物の発生・継続に関する原因及び其の経緯については種々の学論があり決定打はなく現代までに持ち越された課題です。「生物の発生において、生殖細胞の中に予め(あらかじめ)決められた構造があり、これに基づいて発生が行われる。」という考えを前成説(preformation theory)といいます。前成説のうちでも最も素朴な疑問思考は、所謂、鳥類・爬虫類等の「卵」の中には子供の形の雛型が入っており、次第にそれが展開するのが発生の過程だというものです。此の辺りの考え方は極々古くから存在しており、18世紀頃まででは其の道の関連専門家にも広く支持されていたことです。レウエンフークから始まる顕微鏡が生物研究に応用されるようになると、これも初期は前成説に利用されます。精子が発見されると、卵と精子のどちらにひな型が入っているかの問題が発露し判断が分かれてきます。其の発生の詳細が顕微鏡のレンズの技術の進展と撮影技術のに明らかになるにつれて、生命系列の段階を踏み次第に形態が作られて行くという後成説に取って代わられました。然し乍ら、生殖細胞のなんらかの構造因子が発生の過程を決定付けるのは否定出来ないことであり前成説は解釈に変化は見られるものの、依然として動物の発生・継続に関する原因及び其の経緯についての重要な要素であることには違いありません。哲学・思想ランキング
2018年11月05日
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「霊魂論」エチカ詳解13 スピノザとレウエンフークを驚愕させたであろうと推測される精虫とは何ものか、一体全体、彼等はどう認識したのであろうかは興味津々の課題と目されます。当時は未だに受精そのものの活動と経緯が確認されておらず、その生命学的活動の意味も理解されていなかったから、精子が子供の形成に重要な役割を果たすものではないとの判断も併存する状態でした。 当時の学会では精虫論が否定され、精子を精の寄生虫とも見なす判断も出たと程だといいます。 発生の根本的な詳細が明らかにされれば、この説は支持できないものであることは理の当然ですが、実際には疑問がもたれる課題でした。しかしそれで精子を精の寄生虫とも見なす論者がいなくなった訳ではなく、18世紀後半まで散発しています。たとえば遺伝子理論で有名なチャールズ・ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィン(Erasmus Darwin)もその一人です。 且つまた、哺乳類については1827年に卵子が発見されるまでは精虫論が否定しがたかったことも事実としてあります。哲学・思想ランキング
2018年11月04日
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「霊魂論」エチカ詳解12 人間個々の肉体並びに精神は一個の「人間身体」を構成しています。スピノザはレンズを通(とお)して人間の肉体を構築している細胞を眺め判断します。あるものは流動的で活動としての動きがあり、あるものは軟らかく滑らかで、またあるものは硬い歯や骨となっていると語っています。事実、其れ等をクローズアップすれば、其々の分担する役割に応じた個性を見い出します。其の豊かな個性には誰しもが驚愕を感ぜざるを得ません。心臓の筋細胞、脳を構成する細胞、硬くも柔軟な骨格細胞、人体の部位の中では最も硬い歯を構成する細胞、人間の肉体の補正を絶えずする免疫細胞、彼等は相互に関連して活動し其のバランスを保っています。然し乍ら、此れ等の細胞の活動はスピノザとレウエンフークの顕微鏡では精虫を例外として細胞たちの動きはレンズを覗くだけでは捉えら切れません。精子は顕微鏡(Microscope)のプレパラートで盛んに動き回っていますが他の細胞の動きはあまりにも緩慢で、スピノザ当時の顕微鏡では静止しているように見えたでしょう。現代顕微鏡は微速度撮影という時間圧縮技術を用いて活動を眺められますが、静止しているように感ずるのも致し方ないと申せます。しかし其処に観られるのは、あまりにまでに協調した細胞群です。人体を人間社会に喩え見習えば、差別や争いとは無縁の世界も夢ではありません。哲学・思想ランキング
2018年11月03日
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「霊魂論」エチカ詳解11 顕微鏡が人間身体の組成を解明せんとする時期に、此れを巧妙に理論付けしたのが全体主義のイデオロギーです。細胞の組成構造体は「人間態体系」という全体を構成する一員であり、個々のの細胞は身体を構成するためにあり、其の役割を果たす限りにおいて存在する意義があるのだと説き勢力を伸長させます。但し、此の論理が通用するのは、それこそ個々の細胞を個性のない均一な群集とみる限りにおいてです。スピノザが「本性を異にする」を強調したように、個々の細胞の個性に眼を止め、個々の細胞其々が「人間身体」のなかで巧みに共存している姿を見れば、全体主義のイデオロギーとは違う、個人と社会の関係があるはずだと思われますが、スピノザの思想体系は想いも及ばず、出生地はオーストリア=ハンガリー帝国オーバーエスターライヒ州(Upper Austria)、国籍はドイツ人ではなくオーストリア人であったが、現在のオーストリア国民の大多数がそうであるようにドイツ民族に属するとされ、1932年はにブラウンシュヴァイク州のベルリン駐在州公使館付参事官に任ぜられてからはドイツ国籍を取得し、ドイツ国の国民となりスピノザの思想体系に接触します。芸術肌のヒトラーはスピノザの神秘学的とも云える或る種の論理が展開される思想には興味を示していますが、恐らく対面した曉には互いに背中を向ける二人であったでしょう。個々の細胞は身体を構成するためにあり、その役割を果たす限りにおいて存在する意義があるのだと叫ばれています。だがこの論理が通用するのは、それこそ個々の細胞を個性のない均一な群集とみる限りにおいてです。スピノザが「本性を異にする」と強調したように、個々の細胞の個性に眼をとめ、それが「人間身体」のなかで巧みに共存している姿を見れば、全体主義のイデオロギーとはまた違った違う個人と社会の関係が浮上します。哲学・思想ランキング
2018年11月02日
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「霊魂論」エチカ詳解10 スピノザとレウエンフーク、奇しくも共通点が多い二人が肩を寄せ合い、顕微鏡を覗くとの有り様は私見なのですが、其れ程にレンズ磨きをはじめとして彼等多くの共通項を持ちあわせています。レンズを媒介として視る世界はレウエンフークよりはすこし前ですが、イタリアのガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei/1564-1642)が自作の望遠鏡を天空向け月面の火山、木星の衛星、銀河の星たちを夜空に眺めます。其のときに彼が認識したのは人類が屡々(しばしば)唱えてきた天空には神の世界は存在しないことでした。此処に、科学的意味での正教会の天動説が崩され地動説が始まります。同様の事が、レウエンフークの顕微鏡についても起こります。レウエンフークの顕微鏡が「人間身体」に向けられたときに解かったのは、人間と動物には境界線がないということです。望遠鏡が神と人間の境界線を消してしまったように、顕微鏡は人間と動物の境を取り払います。神学・宗教や奴隷制を受け入れた西洋哲学等々、其れまでに信じられていた差別的階層が消滅する期待を与えたのです。統べからく同じ一つの基盤に置かれる可能性が見えてきました。然し乍ら、古代の記史の記述に見るように体制は宗教・民族絡みで圧倒的権威と圧力をもって此れを押さえ込みます。理想とされたギリシアポリスの民主国家は奴隷製があっての特権市民の自由国家体制であり、真の民主制は現代に持ち込され理想にはほど遠く解決されていません。哲学・思想ランキング
2018年11月01日
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