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2005/06/30 giovedi自分の知り合いが誰も来なくて寂しい。することなくておかしくなりそう。なんて言ってる87歳、1度だけ体験に行ったままになっているデイ・ケアに行ったらということになって、今日夕方、ケアマネさんと、デイの方に来て貰った。当人はまだ、自分はそこに教えに行くのだと思っている。そこは、プロに任せて、上手に話を進めてくれる。この間も、やはり父上をデイに通わせてる友達が、「来週は月末で忙しいから断ってきたと言うのよ。別に何にもすることないのに~」と言ってたけど、同じだ。長い間やって来たことって、忘れられないのですね。脇で私が何枚もの契約書の説明を受けているのに、何の関心もない。あれほど知りたがり屋で、何でも口を突っ込んできて、TVなどで耳にした新しい言葉を訊いてきて、私も知らないと言えば、何故調べないと怒っていたのが嘘のよう。早速来週から火木に通うことになった。ホントは金曜日に入れて貰えると、私は心おきなくイタリア語に行けるのだが、人数の関係、お風呂に入れないとかで、木曜になった。そうなのだ、我が家のお風呂が深い・ぬるいと言って、風邪っぽい・疲れたからとだんだん入らなくなっている。いつか強く勧めたら、自分を汚いとか臭いとか思っているのだろうとえらい剣幕で怒られたので、ついつい言うがママになって気になってるところなのだ。どうも、何事も身内より他人に言って貰った方が素直に聞く。曜日もまた変えて貰えるようだし、今日のところはこんなことで。10数年前、関白の母の頃とは随分変わってきた。介護保険制度の不満もいろいろ出ているが、こういう事がこんなに簡単に運んでいくと言うだけでも、当事者には有り難い。
2005年06月30日
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2005/06/29 mercoledi我が家には、うめ・こま・ゆうたという家族もいる。泊まりがけで出掛ける時は、誰かに留守番を頼まなくてはならない。その昔、ペットホテルなるものに頼んだこともあったが、何だか可哀想で、しかも3っつも頼むと費用もバカにならない。最近はもっぱら、近所に住んでおり、小さな子供を抱えて身動き難しいnonや、yokさんに頼むことになる。この間のいとこ会の時も、non母子に泊まりにきて貰っていた。そして、日曜日帰って来るなり「さっきまで大騒動だったのよ~」なんと、ha-が10円玉を呑み込んでしまって、病院に行ってきたところだという。X線で所在を確認。自然に排出されるのを待つのだそうだ。そして昨日再び、病院に行ったのだけれど、全く同じ胃の中にとどまったまま。しかも、便秘していて、腸が動かないらしい。また金曜日に、と言われて帰ってきた。病院では、2週間くらいは様子看ると言われているという。しかし10円玉って、銅でしょう?大丈夫なの~?と言うのが家族の心配。ハトコの何でも医、実は小児科医のKkちゃんに、87歳の報告かねて相談メールした。何かいい方法はないものでしょ うか。放っておいてOKです。とがった3cmくらいの釘でも必ず出てきます。胃酸で解ける可能性のある電池だけは心配ですが、その他のものは大丈夫です。それにしても5歳にもなって口の中に入れるなんて!実は、姉も小学生のときに10円玉を飲み込んでいます。寝ながらお金をいじっていて飲み込んだようです。今日、届け物があってnonの家に行ったtam。「貯金箱ちゃんて呼んだらha-ちゃんに大泣きされた!一瞬分からなかったみたいだけど、わあ~って泣き出した。貯金箱って言っちゃダメ~って」
2005年06月29日
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2005/06/28 martediケルン在住の高校時代の友達(現代音楽作曲家)が招待作家として呼ばれるからというので、他の友達が上京してきた。その中の一人は、関西に住んでいて、40年くらい会ってない。いわゆる男子校だったので、女子は20/380名しかおらず、イヤでも密度の高いつきあいだったのに、卒業したらそれぞれ分散して、滅多に会えない状態になっていた。しかし、2年前にはその中の一人が急死し、男子の方の訃報もちょくちょく耳にするようになると、「これからは、少し無理をしても会おうね~」コンサートは錦糸町だったので、早く行けたら両国で、シルクロード展を観たいし、銀座に出る時間もあったら、隣の瓦屋さんのグループの展覧会も行きたいと思っていたけれど、みんなで食事するレストランに駆けつけたのが精一杯。4人で、ドイツから来た彼女はいなかったけれど、ドイツ鍋なんてものを頼んでみた。土鍋に、アイスバインとソーセージ、キャベツ、ジャガ芋がはいったスープ仕立て。最後にご飯を入れておじやにするなど、きわめて日本的な食べ方で美味しかった。年月の隔たりは忘れても、話題は現年齢から離れられない。近況途絶えた友の消息、それぞれの体調、親の介護、そして結婚しない子供たち。昔なら、ここで、お見合い話に進展したりということがあったのだろうけど、そうはならない。コンサートは勿論初めて聴くものばかり。そもそも、彼女の曲が演奏されるのだということだけしか聞かされておらず、行ってみて、初めて、バイオリンのコンサートだったと知った有様。現代音楽といっても、彼女の作品は何度か聴いていたので不安はなかったが、8人の作曲家の小品を並べられると、単調すぎてただ寝てしまうものとか、早く止めて欲しいと思うものとかいろいろで、作った方はそれぞれいいたいこともあるのだろうし、ある程度の評価は受けてるのかも知れないが、感動のないものは私にとって芸術ではないと思ってしまう。それにしても、自身作曲家でもあるらしいMC が煩かった。ウザイ!理屈は止めてくれ~。聴いてる素人に、技術的な話は無意味。素人には結果だけでよい。
2005年06月28日
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2005/06/27 lunedi熱海に着いた夜、荒唐無稽な話を大々的にご披露したあと、一緒に向こうに帰るつもりだった従姉妹達を追うこともなく、87歳はあっさり帰京した。さぞ疲れて、夜には荒れるのではないかと懸念したが、それもなく、ただ、今朝からは、MOA美術館の延々と続くエスカレーターがいかに恐かったかということを繰り返し言っている。もう2度と行かない!と。あれほど盗られた盗られたと言ってたのも、私が何でも忘れちゃうからと、探してくれと言ってくる。いったい何があったのだろう?あのMOAの売店の前のベンチで、86歳の従姉妹と2人で随分長く一緒にいた。そこで、どんな話をしてたのか?何か思い直すことでもあったのか?午前中近医に行って、診察と薬を貰って来た後、着る物を買いに行きたいという。一月前は、一人で、バスに乗ってどんどん行ったのに、付いてきてくれと言う。「不安なの?」と聞けば、「一緒に見て貰いたいのよ」という。まだまだ、白旗あげる気はないのかも知れないが、以前のような突っかかるような口調ではなくなった。手頃なTシャツ、スカート、レースのカーデガンと帽子を買って、ひ孫達が来た時のためにとお菓子を買い、スタバでお茶飲んで帰った。それも以前のように、バスに乗せて、一人で帰すこと出来ず、かといって、疲れたというので、お夕飯の為などこっちの買い物に付き合わせることも出来ず、私は夕方もう1度出直し。この前治療して貰った奥の歯茎がまた痛い。疲れだろうか?とりあえず、残っている痛み止めを呑んでおくことにする。
2005年06月27日
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2005/06/26 domenica朝食後、恒例の写真を撮って、タクシーでMOA美術館へ。べつに世界救世教の信者がいるわけではない。それどころか、みんな、この宗教に知人はいないという。しかし、梅の季節でもなければ、熱海というところは何も観るものがない。まさかゾロゾロお宮の松に繰り出してもしょうがない。長い長い長い長い長い長~いエスカレーターで天辺まで行ったら先ずは黄金の茶室。能楽堂なども観たが、初めて見た時のような驚きはまるでなく、まして使用されてない状態のこのようなものを観て感動などあるわけはない。ただ、財力を見せつけられてると感じるのはひがみ?展示品も、中国の陶器類が多く、私には分からないし、馴染みの西洋絵画も、相変わらず「モネの睡蓮」「レンブラントの自画像」くらい。企画の「ミニチュア展」も、ただ小さいものを集めたというのか、よく分からない。やはり、中国の陶器類が多いのだが、中で目に付いたのが、やっぱりイタリアもの。ウンブリアから出たという、いかにも、その後のイタリアのデザインセンスを思わせる小さな像と、「ミオフィオーリ」と名付けられた、小花模様の可愛いお皿。あっという間に館内見終わって、あまりの暑さに外に出る気にならず、売店の前のベンチで休んでいたが、どうにも時間がつぶせないので、結局、87歳残して外に行った。復元された光琳邸につづいて、茶処があったけれど、コーヒーと「クリームしるこ」とかいういかにも超甘そうなものしか無く、茶室の方で、薄~い「おうす」に干菓子525円で涼んできた。茶室内のあれこれも、何やら説明が付いていたが、浅学の私には、魯山人しか聞いた名前はなく、茶室の造りも生けられてる花も、わびさびからは遠い。急斜面の竹林の中に咲いたあじさいが、遠目に可愛く見えたが、今の私にはこの暑さの中、階段上がって戻ってくることを考えると近寄るのを諦めてしまう。館内のレストランで、自然食品の定食をみんなで食べて解散。来る前日まで、向こうの親戚と一緒に帰ると言い張ってた87歳が、何も言わずに私たちと同じ車に乗って一安心。
2005年06月26日
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2005/06/25 sabato関白の従姉妹の49日忌。葬儀は、お寺だったが、実は檀家でも何でもなく、故人の息子の同僚が住職なので借りただけで、あの時のお経は弔辞代わりだったのだそうだ。今日の会場は日比谷公園の中の老舗レストラン。あとの予定はあるし、留守番のnon親子が到着したりバタバタしていて、おまけに日比谷というのは思ったより遠くて、少し遅れて到着。故人の発病からの経過が語られていた。80歳にして癌の告知をしっかり受け止め、自ら治療の選択をし、家族がそれを支えた話に感動を受ける。彼女のいつも変わらないあの優しさは、そんなしっかりした意志の力があってこそのものだったと思い知らされた。古くから名前は知っていたけれど、樺美智子さんに献花して以来、無意識に避けていたような日比谷公園だったから、立ち寄ることがなかった老舗レストランに初めて入った。外観はどおってことないけれど、中はなかなかイイ。決して大きな建物ではなく、特に豪華というのでもなく、何気ない古さを感じさせてるだけなのだが。明治のものはもう殆ど使われていないけれど、大正から昭和の初期に建てられた洋風建築が最近とても良く思える。洋風というのはあくまでも洋風なのであって、西洋建築そのものではない。そこが好き。その建物の中での日本人の暮らしが、何となく感じとられる、というよりホントは今も使われているという方がもっと嬉しいのだ。玄関入ってからの案内ひとつ、わざとらしくない丁寧さがある。テーブルに付けば、そこにはちゃんとしたシルバーのカトラリーがあるべき数だけある。近頃はステンレスのガチャガチャしたものでも、シルバーと言ってるのを耳にするので、私はちょっと気になっているのだ。食器もこれまた、金の縁取りの白。義父が何とかの宮様から戴いたとかで、我が家の飾り棚に迷い込んでるものと同じよう。出てきたお料理は、これまたフォアグラのテリーヌから始まる正統派西洋料理のコース。奇をてらったり、最近の風潮に乗った飾り付けも、これっぽっちもない。これぞ日本の西洋料理よね~と言いながら、白ワインも赤ワインもしっかり飲んできた。久しぶりに見る顔も、故人の思い出と共に話に花が咲き、早めに失礼しようなどと関白と相談していたのも忘れてしまって終わって慌ててタクシー飛ばして帰った。折から、tu-・a-一家も来ており、勢揃いのひ孫に囲まれていた87歳連れて、tamと4人、私の方の親戚の集まり「いとこ会」で熱海に向かった。これまた遅刻で、すでに宴は始まっていた。今年も26名の参加。
2005年06月25日
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2005/06/24 venerdi昨日新幹線で往復したのが、かなり応えている。しかも、明日明後日のいとこ会が終わったらそのまま向こうに帰るつもりでいる87歳を、何とか引き留めなくてはとあれこれ考えるので、精神的にも疲れる。そして、またイタリア語を休んでしまった。楽しみを削るということは決していいことではないと思うのだが、明日の過密スケジュールを考えると仕方ない。男女共同参画週間のイベントもいよいよ明日からだというのに、前日の準備の手伝いどころか、実行委員会も最近はずっと出ていない。FAXで報告は受けていても、さっぱりイメージがわかない。ホントは、明日オープニングだけには出てから出掛けるつもりだったのに、4月末に亡くなった従姉妹の偲ぶ会が12時からということで、全く顔もだせないことになった。夜になって、87歳の「向こうに帰る」がまた激しくなった。「約束したからみんなが待っている」という。《みんなって誰よ!》子供が何かを買って貰いたい時によく使うセリフ「みんなが持っているから」を思い出す。確かにこの1週間、いろいろな人が来て、お世話になっていたらしい。しかし、それが誰々なのか分からない。こういう風に、名前が出てこなくなっちゃうのが私の病気なのね。歳取れば誰でもそうなのよケロッとしている。一人だけは、たまたま私が電話した時に出てくれたので分かった。が、その人もあと2人くらいは見当付くけど・・・というくらいのことしか分からない。お鍋は、その人がいた時に届いたというので、買ったことは間違いなさそうだ。《私には買ったのはお茶碗、といってたけど》ガスの火を使われるのは困ると思ったので、点火用の電池も抜いてあったのに、昨日行ったら、ちゃんと新しいのが入っていてショックだった。それも誰が入れてくれたのか分からない。火がつかない理由など分からなかったはずだから、誰かに訴えたのだろう。幸い、こっちに来る前日にお鍋が届いたので、使う機会はなかったと思われるから、それは良かったのだけれど。こんな具合では、やっぱり帰すわけにはいかないと思う。ホントに、私たちと一緒にいるのがイヤならば、向こうでしっかりサポート体制を作ることが必要になってくるのだけれど・・・果たしてそれがホントにいいのか?実際の生活の拠点を半世紀も置いていながら、その土地の人間になろうとしなかったのに・・・
2005年06月24日
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2005/06/23 giovedi朝、目が覚めたら4時。直ぐにTVを入れたら、もう1点入れられている。え~っ、メチャ負けするんならみたくないなぁと思っていたら、俊輔の胸のすくようなミドルシュートが決まった。この1本ですっかり気分が変わって、久しぶりに、サッカーをまともにみたという感じ。しかも新しい液晶TVは、ピッチの隅から隅までくっきり見せてくれる。大きさはたいして変わりないと思ってたけど、ボールの行方をしっかり追える画像は間近にみている気分にさせてくれる。最近はブラウン管を上回る売れ行きだというけど、これからW杯に向けてますます売れるのだろうな。そして、ケルンのスタジアムがイイ。どうイイか?と言えば私好みのデザインだということなのだけれど、初めて、現地に行ってみたいと思った。高校時代の友達もいることだし、あそこの大聖堂も観てみたいし・・・それにしても、中継アナは酷かった。あの素晴らしいシュートが決まった時「ジーコはやっぱり日本代表の監督でした!喜んでます!」って何よ。随分失礼じゃない!他にも語彙の貧しさ、表現の幼稚さ、黙って見せてくれ~と思ってしまう。最後のインタビューで、ジーコが盛んに「加地の1点が・・・」と言ってたのが気になった。どうやら、私がまだ見てない時にシュートしたのが、オフサイドで無効になったのを悔しがってたようだ。オフサイドの判定って、ホントに1瞬のことだから、私なんて見てても分からないことが多い。しかも、オフサイドポジションにいた選手が、そのプレイに関係してたかどうかなんて、主審の判断だものな~と思うけど、やっぱ残念。でも、あと1年が楽しみになった。ホントのところドイツ大会は行けないんじゃないかと思ってもの。
2005年06月23日
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2005/06/22 mercoledi昨夕、病院から帰ったら、87歳からメッセージのない留守電が3回入っていた。早速電話してみたが、お話中。しばらくしたら、かの86歳の従姉妹から電話、「何だかフラフラするって電話来たんだけど、今誰もいなくて行ってあげられないんだけど・・・」こっちからの電話が繋がって、訊いてみるとやはり、フラフラして歩けないとか言っている。が、一方で、おかずを持ってきてくれると言ったてた人がまだ来ないなんて事も言う。ホントに具合が悪いのか?待ちきれなくて変になってるのか?ともかくも、同業の友達が見に行ってくれるというので、もしホントに具合悪いようだったら病院に送り込んでくれるように頼んで、こっちは最終の新幹線になっても行かなくてはと薬やら着替えやら用意してた。結局、おかずを持ってきてくれるというのは日にちを間違えてたことが分かり、フラフラも良くなってきたので病院にも行かないということになった。そして今朝、昨日のことがあるからと早々電話したらもう治った!お昼頃また電話してみたら、違う人が出て「朝からまだ電話が来ないって盛んに仰ってましたよ」《今朝したよ~》何だか、毎日のように誰か来てくれてるみたいな話。確か、一昨日あたり誰も顔見せないって怒ってたよな。まさか、それで、呼びつけたんじゃないだろうね!心配になる。おまけに、誰が来てくれたの?と訊いても「その名前が思い出せないのよ。これが私の病気なのね」と澄ましたもの。困っちゃうな~~~早くこっちに戻って貰わなくては。夜また「明日迎えに行くから」と念には念を入れて電話したら、「あたしの病気のこと話したかしら」「病気?」「昨日のドキドキ」フラフラじゃなくてドキドキだったの?
2005年06月22日
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2005/06/21 martedi喘息の通院は、通常4週間毎に組んである。待ってる時の他の人の様子では、2ヶ月ごとというのを良く耳にするので、回数多い方なのか?と思っている。ところが、前回点滴なんかになっちゃって、しかも終わった後も残ってるとかで、プレドニン4日追加して、2週間後に勝手に予約入れられた。私が「パスしてもイイ?」って聞いたのに、主治医返事しなかった。その後PEFRは回復して、まあまあと思っていたので、今日は行かないつもりだった。で、歯医者の予約入れてあったのだけれど、結局そこまでの自信はなくキャンセル。代わりに、「お陰様でここまで良くなりました」とPEFRのグラフ見せに喘息先生に行った。お薬も4週間単位で貰ってあるし、さっさと帰ってこられると思ってた。が、「背中で音してるよ~」「え~っ!」《プレドニンはもうイヤ》「プレドニン呑むと、絶対胃に来るから、気持ち悪くてしょうがない」(牽制)「あっちで、タケプロンとセルベックスでてるから出さなかったんだけど」「いいんです。体重落とせるから」「そんな~」「吸入だけしてって。肩で息してるわけでもないから、点滴まではしなくていいから」「あ~あ、いつになったら薬減らせるんだろう」思わずぼやいたら、背中の鳴る位置書き込んでた先生、キッとこっち向いて「焦らないでいきましょ~。本当はchiaraさんに今1番必要なのは休養なんですけどね~」分かってるんですけどね~。
2005年06月21日
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2005/06/20 lunedi向こうに行って、電話の様子では、落ち着いている。しかし、私に「いつ来るの?」と聞く。こっちにまた連れてきて、87歳にとって不本意な生活を強いるのがホントにいいのか?考えてしまう。もしこのまま、向こうで生活するとしたら介護保険はどうなる?区の支援センターに行ってみた。こっちの介護保険を向こうで使うことは出来るらしい。ただ、向こうの方が高いレベルのサービスが用意されている場合とか、長期になるようならば住民票を移した方がイイし、また移すように勧められるだろう。本来住民票なんてものは気軽に何処へでも、行くところ行くところに移せばいいものだということは分かっているが、87歳の場合、恩給の受け取り場所が同時に変わることになるからやっかいなのだ。最近は金融機関も煩くなり、口座開くにも自署を要求される。これが、もうかなり難しいことになってしまっているのだ。字そのものが書けないと言うことではなく、書くのがイヤなのだ。何でこんなもの書かなきゃいけないのか?何故代わりに書いてくれないのか?理屈も何もない。私を困らせようとしている。と言い出す。それに、更に重大なことになってくれば、イヤでもこちらに連れてくることになるわけで、それは案外早い時期に来てしまうかも知れないと思うと、今移していいものか?第一、半世紀以上も住んでいながら、彼の地の人間ではないと言い続けて、出生地への思いはますます強くなっているのに、今更移すなんて、承知しそうもない。相談員といろいろ話し、その後介護保険課でも相談してみたが(こういう時って、同じ話を2度しなきゃならないのね)、やはり、もっとも難しいケースだといわれる。認知症の大変なところは、自分がおかしいという自覚が全くないこと。分かれば、認知症ではないわけで、疲れもストレスも感じないから、ますます元気になって、自分では何の問題もないと思っている。5月の調査で、要介護1になったわけだけど、今は更に進んでいると思うとも言われた。少なくともあの時点では、妄想はなかった。介護サービスを受けるとしても、被害妄想が酷ければ、ヘルパーさんに家のことを頼むことは出来ないし、グループホームなどに入る事も難しい。結局、当人にとっては、長く住んでいたところがいいわけで、事故など起きないよう気を配りながら、もうしばらくはこのまま置いておくしかない。何かあれば、その都度対応を考えていくしかないようだ。介護保険制度の谷間でもあるといわれてしまった。向こうのご近所、親戚、そして交番など、いろんな方に迷惑かけ、お世話になることになる。
2005年06月20日
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2005/06/19 domenica今日にも、87歳迎えに行かなくてはならないかと思っていたが、どうやらそれなりに落ち着いているようだ。ただ、いろんなものがなくなっていると盛んに電話してくる。それは、引き上げるについて処分したものだったり、自分が単に見失ってるものなのだが、それらをすべて盗られたと言う。昨日見にいってくれた老人メンタルの医者も、何も言ってこないので、しばらくこのまま様子見だ。「あなたはいつ来るの?」「こっちに帰る気になったらいつでも迎えに行くわよ!」「あら、そうなの」関白の久しぶりの出張を送って、ゆっくり本屋に行く。いつも寄るデパートの中の本屋は、改装中で、文庫本のところが見難いったらない。それでも時間つぶしの本を3冊買って、となりで、DVDを見る。TVが新しくなって、流石に画面がきれいで、これなら映画を見るのもイイかな?と探したが、買ってもいいと思えるものはなかなか無い。かといって、レンタルやは近くに皆無だし、ネットで借りることを考えてみよう。でもいざとなったら、見てる時間あるのかな?いつか貰った大きな山芋がまだ半分新聞紙にくるんだまま台所に放置してある。おそらく、黒くなったりしたとこ削って、使える部分はかなり少なくなっているだろう。tamと2人ならまあいいか、と山かけにしたのだが、どうしてどうして、切り口だけが、何やらおぞましい様相だっただけで、殆ど丸々健在。お陰で、大量のトロロになった。そういえば、1月に行った時忘れ物をして、それを送ってくれた時に入っていた割引券を使って、トロロ屋で数日前食べたばかり。余った分は、冷凍しとけばいいと、すり鉢に残しておいたのも、結局食べてしまった。
2005年06月19日
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2005/06/18 sabato昨夜泊まったというホテルに電話してみたら、もうチェックアウトしたとのこと。ヤレヤレ無事に古家に帰ったかと思っていたら、××交番から電話。「昨日○○交番に紹介されたホテルが、怪しいホテルだったと言いいにみえたのですが、ちゃんとしたビジネスホテルなので、ご了解戴きたい」後で、どうして、怪しいと思ったのか聞いてみたら、トイレとお風呂が一緒だったからと言う。前日まで泊まってた老舗のホテルだってそうだったじゃないですか?そりゃもっと狭かったかも知れないけれど。しかもよく聞いてみたら、1度家に帰っており、お向かいの奥さんがついて、ホテルの近くの××交番まで歩いて行ったらしい。それも、当人にいわせると何処までも付いて来ちゃって、煩くて煩くて。もう近所の人に何も言わない方がいいわね!なんて事になってしまうので、親切にして下さる方にホントに申し訳ないばかり。一昨日私たちが訪ねた86歳の従姉妹が心配して、丁度来ていた、息子で老人メンタルの医者と一緒に行ってくれた。87歳は、「お鍋を買いに行く」と出掛けるところだったので、デパートまで送って呉れたそうだ。もう此処では生活できないというので、この前来た時、鍋釜全部処分した。その上、念のため点火用の電池も抜いたので、ガスコンロは使えないはず。なのにお鍋を買うのか?まさか、親切な何方かが、使えるようにして下さったのでは・・・?チョット心配になった。が、夜の電話では「お茶碗のいいのがあったから、届けて貰うことにした」と言っており、果たして、お鍋→お茶碗なのか?(お鍋を買いに行ったんだということを忘れた)お鍋→お鍋+お茶碗なのか?届いてみないと分からない。しかも、その頃には、買ったこともすっかり忘れてしまってるのでは?
2005年06月18日
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2005/06/17 venerdiやはり、昨日家に戻ってみて、すっかり東京に帰る気をなくしてしまった87歳。どうしても残るという。でも、一人ではコワイから、無事家の中にはいるのを見届けて欲しいなどと言う。《コワイなら諦めてよ!》と思うがそれはまた別のことのようだ。とにかくチェックアウトを済ませて3人で行くだけ行ったのだが、鍵がない。《ここで諦めてよ!》87歳がずうっと持っていた鍵束は、とっくに盗られた(行方不明)ことになっており、昨日は、私が以前から預かっていた鍵でとりあえず入った。しかし、その鍵を渡してしまうわけにはいかないので、知らん顔いていると、交番に行って相談してくるそれとも消防かしら?なんてこと言ってると思ったら、さっさと町内の組長さんの所に行って、鍵屋を呼びに行って貰ったという。慌てて私が行ってみたら、ご主人はもうすでにバイクで出て行ってしまった後で、奥さんに事情説明した。「私は誘拐されたんですって言ってましたよ」「え~~~!!!」確かに、拉致でもしなくては連れて帰れない状況ではある。鍵屋は出張に出ていて、3時頃でないと来られないという。《ここで諦めてよ!》しかし、組長さんも親切の固まりで、いろいろ困ったことはお世話しますから・・・などと言ってくれる。3時まで時間を潰すという87歳を連れて、商店街をブラブラ。お店を何軒か覗き、お昼を食べながら、何とか気が変わってくれないものかと思うのだが、駄目。そろそろ時間だからと別れて、こちらは駅前交番に行って、事情を話し、担当地域の交番にも連絡先を知らせておいて貰うように頼んだ。あと何をしといたらいいのだろう?ライフラインは生きているけど、ガスコンロは点火用の電池を抜いてあるので使えないようにしてある。火を出されると言うことが1番心配なので。最近は殆ど調理した形跡はなく、デパ地下などでお総菜を買ってくることをひたすら楽しみにしているようだったので、困ることはないだろう。電気の調理具は使えるわけだけど、時に使い方を忘れてしまうことがあったりするので、どうなることか?とにかく、端から忘れる。が、何故かいつまでも覚えていることもある。その区別は何か?知ってる者は笑ってしまうが、知らない人は信じてしまう虚言・妄想もそれと関係あるのか?少し前まで、幼児の頭の中を覗いてみたいと思っていたが、今は87歳のも見てみたいと思う。サブルーチンだけで動いてるんだという話もあるが・・・ともかく白旗あげたら直ぐに迎えに行くことにして、私とtamは夕方の新幹線で東京に戻った。関白呼び出して食事をしているところに携帯が鳴った。「○○交番ですが、先程電気もガスもつかなくて、寒くていられないので、ホテルを紹介して欲しいと来られましたので、紹介して、今無事にチェックインしたこと確認しましたのでご安心下さい」チョ、チョ、チョ、チョット・・・これって安心してていいことですか?
2005年06月17日
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2005/06/16 giovedi朝、友達に電話で確認している。「今日は3時からだったかしら?・・・1時?」あんなに何遍も12時と言ってあるし、自分でも彼方此方に書いていたのに~。その前に美容院に行くという。会場は、87歳初めてのところのようなので、私が確実に送り届けると約束したこともあって、美容院終わった頃にその近くで待ち合わせることにした。だが案の定、いない!美容院に確かめたら、もう随分前に終わって、ブラブラ時間潰してるんじゃないですかという。そういえば、遠くから来る人分からないだろうから・・・《自分だって分かってないようだったが》いつも商店街のあの辺に何となく集まって一緒に行くから・・・てなこと言ってたけど、と彼方此方探してみるがいない。時間も迫ってきたので、会場に電話を入れてみる。着いてた。チョット距離あるところなのに歩いていったらしく、しかも傘がちゃんとさせてなかったのか、身体半分ビショ濡れで、今拭いたりしているところだという。終わったら携帯に連絡貰うことにして、私たちは別行動。娘達旅行中で、一人で留守番している86歳になった母の従姉妹を陣中見舞い。昨年大腿部骨折したのに、ますます元気。「もう杖無しで歩けるのよ」話してる最中に電話が掛かってきたり、玄関に人が来たりしても、動きが、反応が我が家の87歳とは全然違う。終わってホテルでお茶していると言うところに迎えに行った。「どうしてもお教室を見たいと仰るので、今お連れしようとしているところ」あ~~~~昨日は、私たちとこのまま東京に帰るつもりになっていたのに~~~
2005年06月16日
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2005/06/15 mercoledi朝から雨。梅雨だから・・・かなり酷い降り。以前なら、こんなに降ってイヤになるとか何とかうるさいはずの87歳、家の中からではその酷さが分からないようだ。そして、待ちに待った日の筈なのに、黙ってじーっと待っているだけ。もともと今日は現地に行くだけで、何も予定がないので、ホントは午前中、私はひかり文庫の勉強会に出るつもりだったのだけれど・・・tamは明け方まで、何かごとごとやっており、当分起きてこないと思うと、こんな87歳一人残して出にくい。昨夜の「打ち合わせ」は何?もうすっかり忘れているのか、虚しくなっているのか、書き付けたはずのノートも見ようとしない。早く行こうという催促もない。ところが2時過ぎて、こっちがバタバタしたく始めたら「あら、今日行くの?あしたでいいでしょ!」と言いだした。酷い雨に気が付いたのか、これでは着くのがうんと遅くなると思ったのか。明日の12時に集まりがあるので、明日ならよほど朝早く出なくてはならないのだからと説得する。昨日は新幹線に3時間も乗らなくてはならないと思っていたはずなのに、今日はどのくらい?と思っているのか・・・謎。東京駅までのタクシーの中でホテルの予約入れる。いの1番で向こうの家に行きたいだろうし、家で寝たいだろうと思って聞いてみたが、「あそこなら美味しいから」一緒に泊まるという。余程、そこの食事が気に入っているのか?着いてからも、いろいろ食べなきゃ!夕食(和食)を食べながらも中華も食べなきゃならないから、食べ過ぎないようにしとかなきゃ!思わず「これ、今日のお夕飯よ!中華は明日ね!」
2005年06月15日
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2005/06/14 martediお夕飯の後、筆記用具を持って現れた87歳。「明日の予定を相談しましょう」「???」「先ず、参加者は?」「明後日の会のことは、私は何にも聞いてないけど」「そうじゃなくて、明日こっちから行く人は誰?」「それは、あなたと私とtamよ!」「じゃあ、3人ね。どうして4人じゃないの?」「???」「この前私行った時、12時・・・にI駅乗ったの」《イエイエお友達の教えてくれたのはその時間だったけど、もっと早~くお出になりましたから、もっと早いのに乗って行きましたよ》「そこは新幹線通ってないけど」「そうだった、何処かで乗り換えたんだわ。それから向こうまで3時間掛かるから・・・」「1時間で着くわよ」「そ~お?でもあんまり遅くなると帰って来れないから・・・ホテルに泊まればいいんだけど」《あれ~日帰りのつもり?そのまま向こうで一人暮らしするんじゃなかった~?》そこを何とか、一緒に帰ってくるようにし向けるのにどうしたらいいか?ここのとこず~っと頭を悩ませているというのに。あっさり戻って来てくれるのですか?「明後日の集まりにでるのは誰?」「それはお仕事の集まりなんだから、あなただけでしょ」「う~ん、そういうの見てみたいと思わない?」「部外者が行くわけには・・・」《面白いイベントがあるわけでもないだろうし、7・8人のおばあさん達がお昼を食べながらお喋りするだけじゃないのかな~。べつに見たいとは・・・》「じゃあ、それに行くのは私だけってことね」「会場の前までは送ってあげるからね」その後、誰かに電話している様子。そして、その相手から電話。私が出ると「今、16日の会に、娘さんと生徒さんも参加なさるというお電話頂いたんですけど・・・」「・・・・・・・・・・・」たった今、自分だけと確認したばかり。ノートにはなんて書いたんだ~?それに生徒さんとは・・・誰?
2005年06月14日
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2005/06/13 lunedi昨夜からとってもまともな87歳。ふと、壊れてないんじゃないかと思うほど。周期とかあるのだろうか?2週間ぶりに主治医の所に行った。前回の血液検査の結果は素晴らしい。マーク一つも付いてない。血圧も理想的と言われる。(136/60)もっとも薬でコントロールされているということもあるが、いつか聞いたように認知症が進むとストレスなくなるからという方が本当かも知れないと思ったりする。それにしてもバッタリ出掛けなくなった。果物を食べたいというので、近くのスーパーまで引っ張り出す。いつも利用しているバス停に近く、ついこの間まで何も言わなかったのに、遠いという。それでも帰り道、私がぶら下げている買い物の袋を持とうか?なんていう。「向こうにはこんな大きなスーパーないわ~」この手の言葉が最近よくでる。だからといって、こっちで暮らそうというつもりにはなっていかない。夕方私一人で買い物に出た間に、保育園帰りのyamが寄ったらしい。「何にもなかったから、おやつ入れの中の物ぜ~んぶあげちゃったわよ!」まさか、食べかけの変なものなんか~?と思って慌ててメールした。[美味しい雷おこしとオレンジ戴きました]ヤレヤレ・・・続いて[今日は急いでいたので、またゆっくり寄りますねと言ったら、明日か明後日には帰るから、もう会えないわねと言われました]
2005年06月13日
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2005/06/12 domenica昨日の夕方からの87歳のスネスネの大荒れが、今朝も続いている。私は私で、お腹の調子がおかしく、昨年の入院騒ぎを思い出させられ焦る。やっぱり、プレ服用中の歯の治療というのはまずかったのだろうか。熱も少し出てきているが、午後には、どうしてもtamの日舞勉強会には行きたいので、ひたすら布団を被って体力温存。「私は帰ります。もうここには来ません」傍に来て何度も言うけれど、出て行く気配なし。そのうち「お昼どうするの?」あるものかき集めて、軽く済まして、こちらも出掛ける支度。「私たち出掛けるけど・・・」「じゃ、あたしも・・・」結局付いてきた。後は忘れたように、楽しんでいた。勉強会はおさらいと違って衣装も鬘も無し。演目も好きなものを出すので、30番のうち、6番が藤娘なんてことになっている。長いものは途中省略だったり、途中までだったり。でも古い先輩や、お師匠さんも踊るのだからホントに勉強になると思う。tamは「清元招き猫」毎日こまと暮らしていればね~今更って感じもするけれど、踊る方も見ている方も楽しいのがイイってことで。ブチ柄の浴衣をこのためにネットで見つけた師匠というのも・・・異色?日舞の会にしては、ここは若い子いっぱいです。古典芸能といえども楽しければ、若い子達も興味持ちます。
2005年06月12日
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2005/06/11 sabatoケアマネさんの上手なお誘いで、デイケア初体験。7時過ぎには朝食を済ませ、バッグを手元に時々ウトウトしながら11時のお迎えを待っている。10分前くらいから、「まだ来ない。遅い」と言い出したので、表に出たら丁度車が来た。何しろ、分かりにくいとろで、いずれにしろ迎えに出た方がいいとは思っていたが、目印の場所より我が家に近いところで、捕まえることが出来た。お昼を食べて、予定通り2時には送られてきた。義母の頃は、幹線道路までしかバスが来なかったから、その場所まで送っていったり迎えに出たりしたものだが、ドアtoドアになってたすかる。玄関入っての第一声「ヨウチエン行ってきました!」ドキッ!!!《まあ。みんな始めはこんなこと言うらしいから・・・》「とっても広くてきれいなところだったわ。みんな感じのいい人ばかりで、イヤな人は一人もいなかった。でもやさしすぎる。」「ああいうところの人はみんな優しいでしょ!」「そうじゃないの、やることが易しすぎるの!」何をやって来たのか分からないが、糸と針を使う作業などもあったらしい。「みんなに頼られちゃって~」夕方ケアマネさんから電話。糸と針を使う作業は、何とか継続して通わせたい彼女が指示したことでもあるらしい。何回か部屋を覗いて様子を見てくれたらしいが、顔を覚えてないようだったという。初めて調査に来て貰ってからまだ僅かひと月。誰が見ても、進行が早い。環境の変化による1時的なものとは言えなくなってきているようだ。緊張の糸が切れたのか?とても気に入った様子には喜んでくれたが、何しろ、「また来て欲しいようなことを言っていたけど、遠くから足代かけて行くわけにはいかないからね~」相変わらず、此処に居を移したという認識はない。疲れたのだろう、二時間ほどソファで爆睡していたのだが、夕方になってまた大荒れ。
2005年06月11日
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2005/06/10 venerdi昨日から歯が痛い。それも治療中のところとは別で、右下の1番奥。こんな日に限って休診日なのだ。夜とても寝られそうもなかったので、ロキソニン呑んだ。最近は、11時ぐらいに寝ても、2時半とか3時に目が覚め、それから再び寝ることが出来なかったのに、点滴後は睡眠時間が延びたし、寝直しも出来るようになったので、また寝られなくなるなんて冗談じゃない。今朝になってまた痛み出したので、もう1度ロキソニン呑んだ。今日の午後には歯医者の予約入っている。87歳は、昨日出掛けて疲れているはずだし、お天気も台風だというから大丈夫だろうと、午前中はイタリア語に行った。駅降りたら、Stさんが今日の先生Mcに捕まっている。彼女はいつも自転車なので、知らないだろうが、あの時間1番前のドアに乗るときっと捕まるのだ。私は2番目のドアに乗る。とっさに話しかけられてもなかなか話せないし、後になって、あの時は・・・ああいえば良かったとか、あんなこと訊けば良かったとか悔やむに決まっている。ホントはこんなこと言ってちゃ語学は上達しないんだろうけど。予約の歯はともかく、先ず、痛んでいる歯を治療してくれるように頼んだ。ところがこれが歯肉に問題があったので、結構大事になってしまい、ロキソニン呑み続けるのがヤダったにもかかわらず、痛み止めだけでなく新たに化膿止めの薬まで出てしまった。プレドニンも明日までは呑むことになっているし、まあ大変な薬の数である。しかも胃に悪い薬ばかり。でも痩せるどころか、困ったことに、プレには食欲増進させる副作用がある。気を付けねば・・・あ!もしかして、プレで抵抗力落ちてて、歯茎に炎症起こしたのだろうか・・・?
2005年06月10日
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2005/06/09 giovediホントは、1日ごろごろしてた方がいいのかも知れないと思いながら、最近ピタッと外出しなくなった87歳を鬼子母神に誘った。何処まで歩けるか?何処でもダウンしたらそこからタクシー拾えばいいからと思って出掛けたのだが・・・都電線路の周辺は、道路と地下鉄の工事で回り道。足下危なくない路地を選んでやっとけやきの参道に出た。お会式の時には、こんな狭いところ両側に縁日が並び、その間を万灯行列が練るのだ。何でもないこんな日にこの道を通ることはあまりない。もう2度と来ることないと思うから写真を撮ってくれと言う。もう2度と来ることないと思うからすすきみみずくを買わなくてはと言う。本殿の横では、唐組が紅テントを作っていた。明日から公演があるらしい。そんなに広い場所でもないのに、何人くらいの観客が来るのだろう。老舗の駄菓子やの前で駄菓子好きのtamにメール〈何か買ってく?〉直ぐに返事が来た。〈みつあんず たくさん〉30個入り一箱に、酢昆布3つ買って、700円なんぼ。いつの間にか写真家になって、この辺の写真集なんか出しているtamの友達のお母さんにバッタリ。「よく知った人に会うわね~」「地元だもん!」裏の割烹でお昼と思ったら、そっちはやってなくて、系列の食堂の方に入った。丁度お昼時で、近所のサラリーマンでいっぱい。相席なんかで、87歳「いろどり御膳」私「お刺身御膳」。ご飯少しにして!と言ったけどまだ多い。同じ会社の上司と部下みたいな人達が別のテーブルに前後して入ってきて交わす会話など聞きながら、「珍しいわね。男の人ばっかりで」いつも行くような所と違う雰囲気を楽しんでいる。コーヒーでも飲みたいと言うので、そのままブラブラ池袋まで歩いてしまった。すすきみみずくのお店がお休みで、買えなかったけれど、とても楽しそうに機嫌よくしてたのに・・・夜になったら大荒れ。お風呂の用意している間も一人になるとコワイ。そうかと思うと何故そうつきまとう。自分の家で一人で暮らしたいのに、どうして送ってってくれない。来週は1度行くことになっているのにもう待てないこの2・3日出なかった言葉が一気に出てきた。調子に乗って歩かせ過ぎちゃったのかな~~~?
2005年06月09日
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2005/06/08 mercoledi昨日の点滴の効果は、はっきり自覚症状に出ている。空気もっと欲しいよ~と言う苦しさがなくなっており、痰が常に絡まっている感じもない。こんなにスッキリしたのはいつ以来だろうと考える。雑誌テープ校正のお当番だった。すんでの所で忘れるところ。今月は「歴史読本」の方なので、2人で組む。その相方が、盛んにエヘンエヘンやっている。そういえばいつか「私も喘息なの。風邪引くと咳止まらなくて~」と言ってたけど、治療は?検査は?とちょっと気になる。今日の読み手は、雑誌デビューの新人さんで、ワー大変。トライアルテープを聴いた人からも、技術的な問題点を指摘されてるが、一番やっかいなのは、意識を変えて貰うこと。すべてのボランティアに共通することだが、他人のためになることをしてあげてるのだ気持ちを先ず捨てないと!私たちが少しでもレベルの高いものを提供することが、利用者に敬意を払うことであり、共に生きていくことの絶対条件だ。私たちが絶対に敵わない彼らの感性と記憶力を忘れるわけにはいかない。途中で、当人が顔を出したので、聴いて貰いながら、耳障りな口中音のことを話したが、案の定、重大なことと思っていないようだった。日頃のしゃべり方がそもそも問題と言うこともあるが、部屋に入ってきた時にプ~ンと臭ったたばこが気になる。脂で口の中が粘ってるなんてことはないのだろうか?とにかく、自覚して努力して消して貰うしかないのだけれど・・・途中図書館の食堂で、月見うどん320円を食べて、3時まで掛かってしまった。昨日の苦しさは嘘のよう。【点滴+プレドニン】効果はやっぱり凄い。今週いっぱいはプレドニンを続けることになっているのだが、ホントはこの間なるべくごろごろしているように言われているのに、家でそれが出来ない状態というのが辛い。PF値も、今夕になって、久しぶりに高数値を取り戻した。
2005年06月08日
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2005/06/07 martediプレドニン20ミリ3日で、PF値が全く改善しないどころか、自覚症状はますます酷くなってくる。上り坂や階段はとにかく避けるし、平地を歩いていてもとても他の人のペースについて行けない。声を出すのも辛くて、話しかけられたくない。久しぶりの1時予約で、3番目。呼ばれた時、ソファの背もたれにクタッとなっていたので、「あ、具合悪い?」そそくさと招じ入れられて、手にしてたグラフを差し出す。「プレドニン3日呑んでもPF値上がらないんです」直ぐに指パッチンされ、洋服の上から聴診器。「酸素はイイみたいだけど、動くと息苦しい?」「(・・)(。。)(・・)(。。)」酸素飽和度98,喘鳴無し。これで長い間見逃されてきた。しかし、長い間にわたって呼吸筋が鍛えられていて、また苦しいのに慣れてもいて、喘鳴の出にくい状態になっている・・・ということだったのではないか。2年前この病院でアストグラフやった時だって、予想以上にデータが悪くて「苦しかったら途中で止めてもいいですよ!」と何度も声かけられたけど、最後までやった。我慢強いんだ私は!と思った。「吸入して点滴しよう。終わったらレントゲン1枚撮ってきて」処置室でネブライザー終わって、そのまま椅子で、生殖100ミリに、ソルメドロール、ネオフィリン約1時間の点滴。横になると咳き込んだり、却って苦しいので大概椅子で、シーズン(?)だと何人か並んで点滴してるの見てる。今日は、途中隣に来た人は、パルミコートの吸い方チェックで、点滴は私一人でだった。終わった時には嘘のように楽になって、声も出せるようになって、レントゲンが出来るまでの間に総合診で薬の処方を頼む。これまで、近所の医院で貰ってたものも、87歳のことで思うように行かれなくなりそうなので、ここにまとめることにした。2週間分ずつだったのが呼吸器にあわせて4週間分ずつ出して貰うだけでも助かる。戻って、レントゲンの結果は前回と変わりない。もう1度、今度は念入りにモシモシ。「ウ~ン、まだ残っているな。プレドニンあと4日呑んで、まだ駄目だったらまた来て。予約も2週間後と4週間後に入れとくけど、その時具合悪かったら言って。先に診ても喘息の患者さん文句言わないから・・・糖尿の患者さん言うみたいだけど。何だったんだろうな?」「疲れ、疲れですよ。ストレス!」「もうすぐ梅雨だし・・・」「台風来てるし・・・」「そうそう、4号だよね。PF忘れても薬忘れないでね!」キチンキチンと欠かさずPF付けてるの余程気になるらしい。データ録るの好きなんだってば・・・
2005年06月07日
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2005/06/06 lunedi11時にケアマネージャーさんが来る。昨日から何回も確認する87歳、「それじゃ今日は仕方ないけど、明日はどうしても帰らなくちゃ」ケアマネさんと話しているところを傍で聞いていると、「向こうには、友達も親戚も、生徒もいっぱい居て、そういう人達がみんな、私が行方不明になったといって大騒ぎしているらしいですよ。そんな電話が彼方此方から掛かってくるんですよ」《・・・・・・それって???》ケアマネさんは何とか、デイ・ホームに引っ張り出そうと、自分のところで、これまでやって来たことを生かして、何かやってくださいと話を持っていくと、乗り気になるものの、「それには先ず、どんな設備があったらよいか、私のところを見に来て下さいよ!」「向こうまでですか~?そ、そ、それはチョット難しいかも。そこまでは出張費でないと思いますよ~」「そ~お?交通費3000円くらいでしょう?」《イエイエ、万以上掛かります》それでも何とか、土曜日に体験行くことは決まったけど、その予定を相談するのにも、「火曜日と金曜日は仕事がありますから、他の曜日なら」《仕事モード入ってますね・・・???》夕方になって、ますます私の体調悪く、3日間のプレ投入に何の効果も見えない。明日は検診日なのだけれど、いよいよ点滴か?「明日はあなたは何か予定があるの?」何故か大概毎晩聞かれる。「午後から病院なんだけど、チョット調子悪いから帰り遅くなるかもよ」軽い気持ちで言ったのがいけなかった。87歳の頭の中で、これは直ちに入院と変換されてしまったから大変!あなたがそんな酷い病気とは知らなかった《喘息だってことは咳するたんびに言っている》子供たちが帰ってきたら相談しなくては《此処に帰ってくる子供はtamだけ》何にも知らないだろうから《勿論知ってる》向こうの家を売ってあなたの治療費にして頂戴《治療費以外にも使わせて貰います》私はここにいても、何にも出来ないから、向こうに帰ります《家売ったら帰れない》どうやら不安の坩堝に陥れてしまったらしい。入院はないと繰り返しながら、今後もないとは言い切れない、こちらも不安に駆られる。
2005年06月06日
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2005/06/05 domenica何だか知らないが関白がいつも楽しみにしている近所の電気屋さんの展示会に行ってきた。本当なら、87歳もそういった変わったところへ連れていくのが、少しは刺激になっていいのかも知れないが、このところ急に強くなった猜疑心。その場で何を言い出すか?後でどんな風に記憶されるのか?恐ろしくて連れて行けない。家電製品を量販店で安く買うというのも、若いうちだ。チョットした故障にもいやがらず直ぐ来てくれ、メーカーのサービスに頼むようなことでも、こちら側に立って、いろいろ言ってくれて、場合によっては無償にするよう話してくれたりする。近所の高齢者の家などは、故障したというので行ってみれば、コンセントが抜けてただけなんて事もよくあるらしいが、我が家もやがてそうなるかも?と思えば有り難い。同年配でも、家族中が電気苦手といううちもある。ビリッとくるとコワイからなんていう。そんな家は、天井の蛍光灯の玉取換えまで、頼むらしい。近くのホテルで開かれる、こういった展示会は、小売店同士の集客競争にもなっているのではないかとも思うので、声掛けられればなるべく行くようにはしているのだが、買い換え時と一致するとは限らず、何も注文しないことが多い。しかし、我が家の91年前期製の洗濯機。しかも、K家が同居していた4年間ぐらいベランダに放り出されて雨晒しになってた。もう駄目かもう駄目かと思いながらそれでもよく働いているのだが、流石に最近は異様な音を出し、脱水時など、いつバラバラに吹っ飛ぶやらと、近付きたくないような時がある。そんなもの検討材料に出掛けてのだが・・・関白が液晶TV買おうと言い出した。そりゃ~今のTVは、私の食事の席からはスーパー読めない。DVDで映画も、物足りない大きさだ。しかし、いずれは、スクリーンで、プロジェクターでなんて思ってて、TVを買い換えたいとは思っていなかったのだが、TVっ子の関白が欲しいというなら・・・僅かながら、まだボーナスも出ることだし。高齢者介護のストレスで、突然ブランド狂いになるとか、高額の買い物しまくる奥さんとか聞くけれど、もしかして・・・?
2005年06月05日
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2005/06/04 sabato新しく見つけた喘息サイト寄稿集。もう2年以上も更新されてない様子だが、ピークフロー値と吸入ステロイドに関する記述が、具体的で分かり易い。入院は勿論、点滴さえ未経験の私が、限界という量の薬を処方されてる事に、主治医の説明で納得しているつもりながらも、裏付けが得られずにいた。そして、喘鳴がないことも、単に咳喘息という定義で片づけられないように思っていたし、それから気管支喘息に移行したのだというのも、診断を貰う前からの自覚症状を思い出すと違うように思えてしまう。長い間にわたって喘息だったために呼吸筋が鍛えられていて、また苦しいのに慣れてもいて、喘鳴の出にくい状態になっているのだと思います。いわゆる無音喘息ですね。そういう例はたくさんあるのです。 階段上るのが大変だったり、人と話していて息が足りなくなり声が枯れ疲れてくるなど、私だけのことかと思ったり、大きな発作にならなければ、この程度は仕方がないんだと思ったりもしてたけど、それはコントロールが十分でないということで、発作にいつ繋がっても不思議はないということ。主治医の注意を大袈裟と笑っていてはいけないらしい。吸入ステロイドがあくまでもコントロールの基本だが、細くなってる気道には届きにくいので、短期でステロイドを服用して、気道を広げて届くようにするのだ、という説明もきわめて分かり易い。ピークフローメーターを記録しながら、全身性ステロイドを一定期間使用しある程度気道を開き、吸入ステロイドを効かせるようにする。これが、発作はないが気道炎症からくる“日常生活制限”のある状態から脱する方法と考えている。そういったことはピークフローを朝夕測りながらの自己管理になっているわけだが、副作用だの依存症だのということを聞くとステロイドの服用はどうしても1日延ばしにしてしまう。しかしこのところの不調。朝のPF値より夕方が下がるというパターンは明らかに疲れで、翌朝回復してまた夕方下がる。しかも考えてみれば、以前より早く寝付く(完璧な夜型だった)ものの、3時くらいには目が覚めてしまうので、実質睡眠時間は4・5時間しかとれていない。そしてとうとう今朝はPF値の回復がなかった。おそらく、昨日の想定外の騒動が響いていると思うのだが、つまり僅かずつだが下降を続けているわけで、今朝から20ミリ服用することに。これで、何とか次の受診日7日まで、維持できるか?我慢はいけない早めの受診をと言われてはいるのだけれど・・・
2005年06月04日
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2005/06/03 venerdi今日こそ87歳が新幹線で帰ってしまうのではないかと戦々恐々の日々。とにかく夜になると、様々な理由で明日帰らなければならないと言い出す。が、朝になれば毎日様々な理由で取りやめになる。またイタリア語を休まなくてはならないかも知れないと思うと、宿題にも気が入らない。幸い今週は宿題少なかったし、朝になってみれば遠出はしないようなことを言っているので、tamも午前中は居ることだしと思い出掛けた。先週の宿題を終えたが、先々週のぶんがまだ終わってなかった。条件法の箇所なので、「夢」についてのこと。もしも3億ユーロ当たったら?約400億円くらいになるのだろうか。とうてい想像も付かない額。Mt先生曰く「Mc(出した先生)夢見すぎ!」みんな必死でいろいろ考えて来ているが、やっぱりイタリアがらみが多い。「Comprarei La Rotonda」「La Rotonda?」Mtにビックリされた。「無理?」「無理、無理」「やっぱりな~」ひとしきりパッラーディオについて話すが、教室の殆どは、知らない様子。Mtの話しぶりからは、パッラーディオが、向こうではどんなに大事な人か分かるというものだ。一方、これほどイタリア人気が高まって、大勢の人が旅行しているのに、日本ではあまり知られていない。私にしたって、マドンナ先生との旅行がなかったら、これほど興味を持たなかっただろうと思う。実際、本屋で探してみても、なかなかまとまったものがない。しかし、昨日、そのマドンナ先生から自身の翻訳になる「完璧な家」というパッラーディオについて書かれた新装本が贈られてきた。チョット気合いを入れて読まなくてはという立派なものだけど、ワクワクする。そんなこともあって、思わず言ってしまったのだ。授業が終わる寸前になって、携帯が何度もブルブルした。メールが緊急といっている。外へ出た電話をしたら、想定外の87歳の行動を知らされた。
2005年06月03日
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2005/06/02 giovedi「いつでもいいわよ~」といってくれる友に誘われて、チョット贅沢なお茶。もはや梅雨空を思わせる灰色の空だが、周辺の街を一望するゆったりとした静かな空間。とりとめのない会話で、あっという間に3時間が経過。シフォンケーキの生クリームを抜いて貰ったせいか、ブルーベリーソースがたっぷり。しかもそのブルーベリーはまるまるとしていて美味しい。往復のMINIも思ったほどの渋滞に遭わず快適。最近は、毎朝ビクビクだ。毎晩のように87歳が「明日は向こうに帰ります」と言うから。この間のように、一人で時間が掛かりながらも、無事着くことは出来るかも知れない。しかし、一人で暮らすことはもう無理ということが分かって貰えない。何十年も一人で暮らして来たのだから大丈夫だという。この前2日居ただけで、「お売りになるそうですけど」「貸すことにしたと言ってこられたのですが」「おばあさんに内装工事を頼むとお電話頂いた者ですが」と、中を見たいとやって来たり、電話がかってきたりしている。勿論本人はそんなこと頼んでないという。頼んだことを忘れているのか?それとも、頼んでも居ないのに、そういってくるのだとすれば更に恐ろしい。騙された高齢者のニュースが他人事ではなくなってくる。今日はお天気が悪いと言うことで、早々に出掛けることを諦めている。おかげでこちらは久しぶりにゆっくりした時間を過ごすことが出来た。
2005年06月02日
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2005/06/01 mercolediこの界隈の古い建物などで、先日来、何かイベントをやってるらしい。彼方此方に八つ手の実のようなマークが貼られているのが気になっていた。とりあえずどんな物か?、1番近くの会場宣教師館に87歳連れ出して行ってみる。区の保存文化財になっており、時々庭でコンサートをやったりしているけど、なかなか行く機会がなく、中に入るの何年ぶりか?常設の展示物も、以前より充実して、小さいながらも地域の歴史を知ることが出来る。2階の1室が、今回のイベント会場のようだった。スタッフが一人詰めていて、説明してくれたが、八つ手の実と思ったのは、江戸時代歌麿の絵などに描かれていたこの辺の独特な風車で、それを復活させようとしているらしい。これまた小さいながらも、大木から草花まで良く整えられた庭を一巡りして、お昼を食べに坂を下る。商店街に出て、1000円の松花堂を食べてnonの同級生の八百屋さんに久しぶりで寄ったら、相変わらず品揃えがいいので、トウモロコシやら、重い果物を2・3種買ってしまった。この間から何遍も買い忘れている87歳のためのオブラートも買って、最近はおせんべや以外は足の遠のいてる古い商店街が、これまた小さいながらも整っていると、実感して帰ってきた。「お地蔵さんのところと雰囲気が似ている」と言ったけど、地方都市に拡がっているというシャッター通りにならないで欲しいとつくづく思う。
2005年06月01日
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