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2005/11/30 mercoledi昨日今日と、nonの仕事が続いた。どっちもそんなに長い時間ではないのだが、昨日は夜だったこともあって、久しぶりに母子3人が泊まった。このところ、ha-もshuも風邪引きどうしだ。shuの方は鼻をいつまでもたらしているという状態だが、ha-は咳が酷い。熱もなく良くなったと思って幼稚園に行っても、はしゃぎすぎて咳き込み、吐いたりしたりしている。そして最近処方された薬がどうやら、喘息の薬。お世話になってる近くの小児科の先生は、ご自身小児喘息上がりで、今もポケットにメプチン忍ばせているという。まだ喘息と断定できないがと言いながら出された薬がザジテンとメプチンということ。昨夜も、お休みなさいと階下に降りてから、酷い咳がしばらく聞こえてた。nonが「クスリ、クスリ」と言いながら上がってきたと思ったら、しばらくして、咳が止んだ。そのまま朝まで眠れたようだ。喘息の薬が効くと言うことは・・・私も、近所の内科で咳止めといってもらう薬が全然効かず、呼吸器科に始めていって出されたテオドールで、あっけなく咳が止まったという経験を持っている。そして、それが咳喘息の診断の、1つの根拠にもなった。何せ、この子たちは、両親のどちらもが小児喘息の妹を持っている。おまけにおばあちゃん(私)までが喘息になっちゃった。nonはtamの喘息を見て育ってるわけで、前々から子ども2人とも気管支弱そうだと覚悟はしてるみたいだけど、一病息災という言葉も昔からあって、全く無知の病を抱えるよりいいサ!shuも生まれた時、直前に母親が風邪を引き、熱のある中の出産で、呼吸がおかしいからと、保育器に入れられた。お陰で、母子同室の新館に入れると楽しみにしていたnonは、ガッカリだった。このときのトラブルが後に引くことはないと、言われているけれど、やっぱり風邪を引くとホクナリンテープなんか貼っている。
2005年11月30日
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2005/11/29 martediどのルートで病院に行こうか、毎日頭を悩ませている。今日はまた、歯医者の帰りに廻るつもりなので、別バージョンだ。戻って、いつもの方から行こうか、それともぐるっと目白を廻っていこうかなど考えていたが、そう言えば随分長いこと、開かずの踏切を通っていなかったことを思い出した。開かずの踏切ったって、ラッシュ時ではないんだし、特に急ぐわけでもないのだから、ゆっくり待つつもりでいればいい。電車が目の前をゴーって通っていくのを見るのは好き。ホームで、通過電車を見送るのは、とても恐いのに、何故だろう。あの黄色と黒の段だらの棒が1本あるだけで、何か違うのだろうか。開かずの踏切を越えて、細い道を行くと、ライトの明日館がある。これも私の好きな建物。そこで、先月、チェンバロの製作過程を描いた映画と、演奏があって、是非行きたいと思っていたのに、行けなかった。その前を通って、くねくねとした道を病院に向かえばいい。そう思って電チャリを走らせていた。踏切がない!ポツンと四角い箱があり、1人の若い女性が、その中に自転車を引いて入っていった。エレベーターが出来ていたのだ。な~んだ、ラクチン!下りる向こう側に行って、真ん中に自転車用のスロープの付いた階段もあることに気が付いた。上った方にも当然あるだろうに。自動車はどこ通る?考えても見なかった。それほど、開かずの踏切が無くなってたのが衝撃か~?ほんのしばらく通らなかった間にこんなもの出来て、その為に、周りの土地をそれほど侵略しているようにも思えない。彼方此方で問題になってる開かずの踏切をどうしてなくすことが出来ないのか、不思議に思えてきた。まあ、私なんぞの思い及ばないわけがあるのだろうけれど、何人もの死者まで出しているのだから、何とかしなくちゃね。
2005年11月29日
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2005/11/28 lunedi8:45に病室を出て、手術に向かうことになっているので、それに間に合うように少しでも早くと家を出た。「昨夜から、酷い目に会ってるの」私の顔を見るなり訴える88歳。どうも、この2日程また怪しくなっていた。自分の居るところがまるで分かってないし、お茶を配る話が、バージョン変えて再三登場する。「手術の前だもの、いろいろしなきゃならないことがあるでしょ~よ」1階のIC室という謎の部屋で待っていると、11時過ぎになって、先生が説明に来た。手術は、何の問題もなく終わったこと。やはりかなり骨はもろくなっているので、予定より1本多く入れて、1カ所多く止めたこと。ぼ~っとした骨の中で、入れた金属がくっきりと映った写真で説明してくれた。その時にはもうすでに88歳は病室に戻っており、ベッドの位置が変わっていた。1番入り口に近く、まるで駅ホームのキオスクほどしかない、隣接のナースステーションからもろ見える。最初2人部屋にいたのに、目の届く大部屋に替わりましょうと言ってくれたのは、こういうことだったのか。反対側の壁から、空中を酸素の管が渡っている。傍らに置いてある点滴スタンドだって、いまどき?と思う代物。看護師さんが腕時計見て落ちる速度測り、終わりそうになったら、誰かが知らせなければならない奴。ところが、私がそろそろかな~と思っている頃に、次のパック持って、ちゃんと看護師さんやって来て取り替えていった。とにかく、完璧な完全看護で、傍にいても私はすること何もない。本人はまだ夢かうつつかの世界で、時々何かブツブツ喋りながら空に何かを描いていたりするけれど、時々目が覚めて、私が居ること確認しているのかいないのか?狭い病室で、看護師さんが血圧測ったり、手術跡を見に来たりする度に、私は退かなくてはならない。術後最初の食事まで、見届けるつもりでいたけれど、咳が出てきた。風邪ではないけど、病院で咳はマズイ。ここは整形だけしかないから、発作になったらマズイ。とりあえずシュッなどして見たが、そろそろ限界かな?という感じ。看護師さんも、「病院の中は、空気がよどんでますから・・・後はお任せください」というので、退散することに。外に出て、ブラブラ歩いていくと、隣の大学の正門あたりに何やら人だかり。「間もなく、イルミネーションの点灯式が始まります」門を入って直ぐ両脇のヒマラヤスギに毎年飾られるクリスマスイルミネーション。今年は彼方此方、青色発色ダイオードが流行のようだが、ここのは赤や青の丸い玉で、とても可愛くて好きなのだ。一休みしながら見ていこう、と思っているうちに、きれいなハンドベルの音。点灯式なるものが始まった。ただいっせいにせ~の!と点けるだけかと思ったら、ハンドベルの演奏に続いて聖歌、実行委員長の挨拶、チャプレンのお話しと続く。このチャプレンの声、話し方、もしかしたらと人をかき分け近くに行く。間違いないと思いながらも、何しろ何年もお会いしてないし、この暗闇の中だ。傍らの腕章付けた学生に確認。やはり2000年大聖書展で同じ委員会で働いた先生だった。企画がどんどん膨らみ、次々と様々な問題が発生してくる中で、お若いながら見事な指導力と行動力を見せてくれた、宗派を超えて心から信頼できる宗教家だった。点灯式の終わったところで、また学生に声を掛けて貰う。「わ~、お久しぶりです」「カクカク然々で、毎日この前を通ってます」「ワタシ何かご連絡したいと思ってたのに、アドレス分からなくなっちゃってたんですよね。チャペルの向こうがワタシの部屋ですので、是非お寄りください」気紛れに足を止めなければ、出会うことはなかった。いつの間にか待降節に入っている。なにかいいことが・・・
2005年11月28日
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2005/11/27 domenicatu-&a-のピアノ発表会。ソロでは初めて、しかも、会場は近くのスタジオというので、楽しみにしていた。こんな時の、親の悩みは、ちゃんと出来るだろうかという心配の他に、どんなものを着せたらいいだろうということがある。第1の心配は、本人以外には解決できないが、2番目の心配は他に振ることが出来る。そして、振られた方は・・・といえば、半分楽しみでもあるのだが、tu-&a-の場合は、時によって難しい。ママに訊く。先ず、お揃いでいいのか?ーーーからかわれたりするので、本人たちは、最近はあんまりだけど、構わない。よその人には、同じ子が2回出てきたと思われないか?ーーー髪型違うから大丈夫だと思う。普段は殆どお揃いということがないので、たまには着せたい。と思っても、さて、探す段になると先ずこれが1度で揃わないのだ。今回もごく普通のタータンチェックのスカートに、色を合わせたTシャツを選んだのだが、同サイズ2枚ずつどころか、Tシャツはサイズ違いしかなかった。これが1枚でいいのなら、違う色で我慢したかも知れないが、どうせ、他店を探して取り寄せて貰わなくてはならないのだから、希望の色を頼んだ。当日会場で、チョット地味だったかな?と思ったが、当人たちも、親もいいと言うし、何より、派手な衣装の子が上手いというわけでもないのだ。むしろ逆?なんて思えたりもするから、よかったか・・・弾いた曲は「キラキラ星変奏曲」と「星に願いを」。プログラムに並んだ曲は、パパやnonが習ってた頃とは随分変わっている。新しい曲が多いのだろう、かつてのピアノ発表会の定番「人形の夢と目覚め」や「トルコ行進曲」などは聴かれなかった。気になった曲が1つ。「踏まれた猫の逆襲」作曲者は平吉毅州。楽譜はないかなと、帰って調べてみたら、収録されている本も、CDもあるようだ。でも、1冊まるごとはいらないな~。
2005年11月27日
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2005/11/26 sabato月曜日の手術の説明が先生からあるので3時頃までに病院に来てくれと言われていた。さ~て、こんな週末、駅周辺の混雑を想像すると、どうやって行ったものか考える。普通なら、地下鉄で2駅、至って楽なのだが、今の私には、あの地下鉄の階段がとんでもない難所。我が家の最寄り駅の最寄りの階段は、改札階から地上まで、50段はあろうというもの。それも決して蹴上げが低いわけでなく、急いだつもりはなくても、地上に出た時にはもう苦しくて、胸も痛かったりして、しばらく動けなくなる。最近は極力避けている。1番いいのは電チャリなのだが、JRの線路をどう越えるかだ。ガードをくぐる階段の端には、自転車の車輪を載せるだけの巾で、スロープが付いている。あろう事か、これを堂々と自転車用道路として案内板がでている。ところがこれも決して楽ではない。スロープの上に自転車を乗せて引きながら自分は階段を歩くわけだ。下りはブレーキで早さを調節しながら何とか行けるが、上りが重い。やっぱり、無事平地に着いた時には、一休みしなくてはならない。もう一つ、全く反対側に、線路をくぐる地下道があり、ここは人と同じスロープを通るのでいい。ところが、この辺りはまた1段と人の多いところで、スロープにたどり着くまで、そして、スロープを出てからも人混みの中をかき分けて引いて行かなくてはならないので、それもやっかいだ。で、結局とりあえず、帰りのことは棚上げにして、地下鉄で行くことにした。向こうの降りる駅の方は、改札を出てからかなり地上に近いところまで、エスカレーターがある。これもまた、何故そんな中途半端なことをするのか、とっても謎なのだけれど。この病院は、看護師さんたちも、部屋にやってくるリハビリの理療士さんたちも、若い先生も明るくて感じがいいのだけれど、なんてったって、古めかしい建物と医療器械と院長先生の風体。何処か立派な調度など備えた部屋に呼ばれ、神妙にお話しを受け賜る。明後日はどうぞよろしくお願いしますとなにがしか包んで渡す。直前にそんな風景が脳裏をよぎって、勿論何の準備もない私は一瞬焦る。だが現実は、手術の説明といったって、入院当日に説明されたのと変わらない。それも、88歳のベッドの脇に、先ず手術室の看護師さんが来て、その後先生が来て話していった。「さっき貰った紙見せて!」「紙なんて貰ってないわよ」「ここで何か書いてたじゃない!」「それは看護師さんが書いてたんでしょ」「それでいいから見せてよ!」「看護師さんが持ってったからないわよ」「私の手術なんだから、私だって見たいのに、どうしてそう内緒にするんだろうね~」《そういわれても・・・何も貰ってないってば》こっちの言うこと全く信じてない。さっきもこんなことが、「いつも、私がお茶のお当番してて、今日は何人ですって誰かが言うから、その数だけ頼んでみんなに渡していたんだけど、出来なくなっちゃったから、適当な人を選んでやって貰うように電話をしてちょうだい」「・・・・・・」「ここのお店の人達、こんなに大勢いるのに何もしてくれないのよ」「ここはお店じゃなくて、病院よ」「ホントに病院かしらね~」《じゃあどこだ?》昨日までは、お見舞いに来てくれたグループホームのスタッフとしっかりした話していたのに、また以前に戻ってしまったのだろうか。病棟の看護師さんからも、また明日説明があるそうだ。
2005年11月26日
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2005/11/25 venerdi2年ぶりで、オーチャードホールに綾戸智絵を聴きに行ってきた。年に1度は、アヤドのライブとイタリア行きというのが私の活力と思っていたのに、去年はどっちも外してしまった。今年は絶対決行と思っていたのに、88歳の急変でイタリア行きは無理、せめてもう一つはと強引にチケットを買った。見通しの立たない何ヶ月も前のことだったが、まさかこんな風に、病院で手術を待ってる状況になるなど考えていなかった。今の私の体調で、いつかのように、雑踏の中を走れるとは思えなかったので、早めに行こうと思いながら、結局またもギリギリに着いた。何しろ、遅れて入ろうものなら、舞台上から声かけられるのは必至。アヤドさんとのやりとりをシミュレーションしながら走らなくてはならない。いつものように、白いブラウスに黒のパンツ姿の弾き語りで幕が開く。テネシーワルツを終えたところで、お喋りが始まった。これがまた底抜けに楽しい。途中で、超個性的なトリオが参加して、更に盛り上げる。初めて聴く曲も楽しくて、あっという間になが~いアンコールに入った。最後のアンコールはまた1人でI Love You。オリジナルはなんか暗い感じで、決して好きではないが、これもまた、全く違った曲になってる。単に歌詞が英語だからというのではない。アヤドの手に掛かると、何か伝わるものが違うのだ。最近アルバムが出てないと思っていたら、自分で新しく会社を作って出したのだそうだ。何かで、このタイトルを見て、先日来レコード屋で探していたのだが見つからなかった。まだ販売ルートがないので、コンサート会場限定という。終わって混雑のロビーで買ったら、何やら番号振った小さなピンクの紙を整理券だと言って渡された。何か景品?と思いながら、2階まで続いた行列に加わる。「CDを、ビニールの袋から出してお持ちください」というアナウンスで、どうやらサインをしてくれるらしいと分かる。ま、1枚くらいサイン入りがあってもいいか。ここまで長時間のサービスが、オーチャードだけでも今年は4日間。全国ツアーだなんて、病歴有りの身体は大丈夫?お陰で、すっかり遅くなり、渋谷はそろそろ危険地域に化しつつある。安全地帯のデパートの上階の中華やに入って焼きそばを食べて帰った。ラストオーダーギリギリだったけど、同じ店でも、池袋の方が美味しかった。
2005年11月25日
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2005/11/24 giovedi朝7時前に電話が鳴る。グループホームのケアマネさんからだ。88歳が、トイレに行こうとしてベッドから降り損ね、痛がっている。足の開き方、足の長さから見てどうも骨折しているのではないかと思うので、今から救急車を呼びます。提携病院は、整形外科の当直がいないので断られてしまい、他も当たりましたが見つからないので、救急隊に任せようと思いますがいいでしょうか?搬送先が決まったらまたお電話しますので、そちらにいらして下さい。とうとう来るべき時が来たのか。折角あんなに楽しそうにGHで過ごしていたのに・・・我が家にいた時とは見違えるように明るくなってたのに・・・まだ入所して40日しか経ってない。単なる捻挫くらいであってくれればいいのだが、プロが見てのことなので、やっぱり折れてるのだろう。どこまで回復するだろう。認知症はどの程度進むだろう。GHには戻れるだろうか。いろいろ考えながら、連絡受けた病院に向かった。責任者のOさんが付き添ってくれていた。整形の専門病院で、この辺りでは名の知れた病院だが、小さいし、建物も古い。先生方の肩書きは立派だ。院長の説明を聞く段になって、見せられたレントゲン写真が、いつも他の病院で見ているのより一回り小さい。機材も古いのか?しかも1枚だけしかない。いや、もっと撮したけど、見せてくれたのが1枚だけだったのか?しかし、説明も至って簡単。「ここがね、スパッと折れてます。手術して金具でここを止めます」《オワリ》病室に行ってしばらくしたら、若い先生がやってきて、丁寧に説明してくれた。大腿骨転子部骨折と言うらしい。赤い線が折れてるところで、青が固定金具。予想される合併症は、認知症の進行・下肢静脈血栓・感染・偽関節などで、それについても1つ1つ、確率何%くらいと言うことも含めて説明してくれた。こちらも大して予備知識のないことなので、改めて訊くこともない。ただただ早く回復して欲しいのだ。しかしそれも、本人がどれだけ一生懸命リハビリをやってくれるか何だけど、なんたって認知症が~~~義母は、ほんの小さな脳内出血だったのに、リハビリやってる意味が分からず、とうとう寝たきりになってしまったのだ。GHの人達は、大丈夫だと言ってくれるけど、入所前の我が家でのメチャクチャぶりが復活するのではないかと、怖ろしい。それにしても、平和な時は束の間だったな。あれだけ絶えず動き回っていれば、そして、多少なりともパーキソニズムがあるとすれば起こりうることだったのだけれど。
2005年11月24日
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2005/11/23 mercoledi「文化と創造都市宣言のイベントに動員されて行かなくちゃなんないの」「動員だなんて、懐かしい言葉だね~」と、関白は笑う。「3時からなんだけどね~、祝辞だとか、来賓の挨拶とか表彰とかが延々とあって、私の見たい狂言や、聴きたい講演はずっと後なんだけど、最初から行かなくちゃダメかな~」「当たり前だ!動員とはそういうもんだ」そりゃそうだ。別に名簿チェックはないといってたから、いいんだけど、あんまり遅く行くのも目立つから、中抜けすればいいと思って、ほぼ時間通りに出掛けた。あまかった~。受付には顔見知りの課長が、中に入ったら直ぐ脇にいたのは、エポック10の所長。もう逃げられない。諦めて壇上をよく見たら、オヤオヤ、今日の来賓の最前列には有名人が並んでる。芸術劇場の小田島雄志氏は勿論、後で講演のある文化庁長官や、ベテラン女優、先の選挙で刺客として我が選挙区に送られた女性議員も本人が来てる。で、ここでは何とか気が紛れたが、その後の表彰式には参った。53人もいるのだ。おまけに何故かこのときまで、会場は満員。所長が、こっそり「私たち随分いろんな方面に声かけたから」というのだけれど、じゃ、この人たち全部動員だってわけ?狂言の準備の間に人は引き、ほどよい人数になって、私も無事に座れた。狂言の演目は「鐘の音」主が金の値を訊いてこいといったのを鐘の音を聴いてこいと思った家来が、いろんな寺の鐘の音を真似して報告するという話。その後の、文化庁長官の講演は、自分の本職は文化と何の関係もないが、とカウンセラーとしての話を少ししたあと、学生時代にやったまま放り出していたフルートを、還暦少し前から再び習い始め、文化庁の中で、仲間を募って演奏を楽しんでいると、若い女性の部下3人(フルート2人・ピアノ)を従えて、演奏をご披露。曲目は、フルート3本のための曲などそうそうないのだろう、童謡をメロディーにしたものなど、どうやら長官の為に庁内の人がアレンジしてくれたらしい。まあ、こちらもそれなりに楽しめたからいいけど。
2005年11月23日
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2005/11/22 martedi前期は移転して再出発というようなことがあったので、運営委員会も回数が多かったが、今期は、元の回数に減らすという話だったエポック10。そもそも、引き受けた時の話では、年に3・4回だからという筈だった。そして、今期第一回目の時に、次は12月と決めた。なのに、1月始めに区庁ロビーでパネル展をやるのでと、今日の招集が掛かった。《どうしてこう話が変わっちゃうんだろ~》行ってみたら、原案が示され、10枚のうちの1枚エポック10の紹介を委員会で作って欲しいそうだ。ここで、いろいろ議論というか話し合いになるわけだが、委員同士の温度差が大きくてどうにもならない。たびたび軌道修正するのだが、時間ばかり掛かってしまう。職員側から提示されたものが、堅くてどうしようもないので、1枚くらい視覚的なものにしようということになり、つい隠し刀を。数年前、区の企画で、北イタリアに旅行した時の報告会で使ったパネルが数枚我が家に残っている。私のものは1枚だけで、後は預かりものなのだが、とっといて!といわれてるのは1枚だけで、後の人には適当に処分して!といわれたまま放置していたもの。そのパネルを提供することで、少し目先の変わったものが出来そうな感じがする。日頃、不要なものは潔く処分して、少しでもスリムな生活を、と願っているけれど、およそ反対のことをしている。だからこんな何年も前のものが我が家にあったわけだけど、そして今回役に立ちそうなんだけど、これはあくまで例外。滅多にあることではない。肝に銘じておこう。
2005年11月22日
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2005/11/21 lunediグループホームに入ってからの88歳の薬は、私がお医者から貰ってきて、届ける。近所の主治医(介護保険のために必ず決める必要がある)からでる内科系のものと、江東高齢者医療センターのメンタル系のものとある。メンタル系の方は、大きい病院なので、長期に出して貰えるが、近所の開業医は2週間分しか出して貰えない。この2週間というのは結構直ぐ来てしまうから、気を付けているのだが、もう一方は、さて、いつだっけ?88歳が家にいた頃と違って、手元に現物がないので、忘れてしまう。先週、そろそろと思って、予約票を取りだしてみたら、なんて事か!記入がない。次は本人を連れて行くつもりで、様子を見て、お電話しますとか言ってきたんだろうか?ところが、金曜日に予約入れるつもりで電話したら、すでに21日に入っているという。「何時ですか?」なんて、間の抜けたことを訊いてしまったが、先生の記入忘れ。電話して良かった!うっかり、歯医者の予約を入れてしまってあったけど、私1人で行くなら何とか間に合いそうな時間に終わった。地下鉄を降りると、辺りは、我が家の周辺とはまるで雰囲気が違ういかにも新しい街。駅から病院までの約5分は、公園の中を歩くのだが、木々の背丈は皆まだ低く、支えを付けている。もうすっかり秋の色になっている。枯れなんとする木々の中で、白い花をいっぱい付けてる気が・・・周辺に見える建物は中層のマンションばかり。古いものは何もない。その向こうはおそらく、海だろう。東京0メートル地帯というのだろうか。東京湾を埋め立てた地域だ。そもそも江戸時代には、銀座あたりまで海で、運河の街だったのよね~。私が子どもの頃には、まだ、水上生活者がいるような話もあった。こういう新しい街に住みたいとは思わないけど、ここの病院に入院くらいしてもいいかな?なんて思う。上の方なら海が見えるかも・・・それに、毎晩TDLの花火が楽しめるってことだし・・・
2005年11月21日
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2005/11/20 domenica昨日の午後、FAXで今年3回目のみかん(我が家用15?)の注文をした。その時、ついでに贈答用10?を2軒に送ってもらうよう頼んだ。午後も結構遅い時間だったし、どうせ着くのは週明けだから、今日にも送り先に葉書を書こう・・・なんて思ってた。夕方買い物から帰ってみると、ポストに不在配達票、そして留守電2件。それが、どちらも、「みかんありがとう」のメッセージ。では、不在票もみかんか?いや~早いな!流石シーズン。頼んでから手紙書こうなんて思ってちゃダメなんだ。ともかく、留守電に入ってた亡父の弟とその息子(従兄弟)にこちらから電話する。そもそもこの2人、88歳が仕事辞めて、こっちに来たと言ったら、夏頃お見舞いと称して、それぞれお菓子の大きな詰め合わせを贈ってきた。さ~て困った!身体無事で、脳内だけが異常をきたしており、当人も自分が病気だなんて、さらさら思っていない。いえいえ、戴くわけには参りませんと送り返すわけにもいかず、病気だとは思ってない88歳にお見舞いを戴いたと言うことも出来ず、ただの遅れたお中元みたいなふりして食べた。なので、快気祝いというわけにもいかず、ずっと気になっていたので、ここでみかんを思いついて贈ったというわけ。電話で、2人に88歳の近況を話したのだが、叔父は更にお姉さんのお好きな干し柿も、12月中旬には届くと思いますからと言うではないか。・・・・・・?干し柿が好きだなんて聞いたことないけど。どちらかというとあんまり・・・だったと思うけど。頂き物には調子のいいお礼言ってたから?それとも最近好みが変わったから?まあ、いいけど。
2005年11月20日
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2005/11/19 sabatotu-&a-の学芸会。「9時始まりで、3番目です~」と聞いていた。ところが、プログラムを見ると、「はじめのあいさつ」をいれての3番目。前日には、みんな行きそうなこと言ってたのに、土曜日のそんな早い朝、結局我が家で、行けたのは私だけ。3年生は全員で、「たんば太郎」という昔話の劇をやったのだが、子供たちがなれない京都弁(まがい)の台詞を喋るのがおかしい。何故、地元のものをやらない!?などと、密かにむくれてみたりするが、子供たちが知らない土地の言葉を知るチャンスになるのもいいかな?・・・と気を取り直す。午後88歳のところに薬と毛布を届ける。丁度おやつの時間で、今日は88歳がいつも「仲良しなの」とか「親友なの」とか紹介してくれるSさんのお誕生日で、苺たっぷりの立派なショートケーキを食べてるところだった。後で聴いたら、スタッフの手作りだという。誰かのお誕生日は、夕食も五目寿司と決まっているらしく、そのスタッフはもう台所に入って牛蒡のささがきなんか作って準備している。かんぴょうと高野豆腐がボールの水の中に入っており、何だかいろいろ具が入る様子でおいしそう。土曜日で、家族も大勢来ており、賑やかだ。どれが誰の家族か分からない。帰宅願望だった2人も、今はもう落ち着いている。そのうちの1人は、「ママ賑やかだからいいでしょ、なんて言って一月も軽井沢行っちゃってるから、誰も来ないのよ」なんて私に話してくれる。が、6人目が最近入ったらしく、ウロウロしている。自分の部屋が分からないのか、他人の部屋を覗こうとしたりするので、1人が付いて歩いて世話を焼いている。「お夕飯をまだ食べていないって盛んに言うのよ」とみんなのところに報告。すると聞いた1人が「アタシもまだ食べてないような気がする」「そうよね~」と賛同者。《でも皆さん、今おやつ食べたばかりでしょう~。台所で、今お夕飯作ってるところじゃありませんか~》
2005年11月19日
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2005/11/18 venerdi動詞です。ミャーミャー鳴くという意味です。当然、他の動詞と同じように人称・単数複数で変化します。ミャゴラ・ミャゴリ・ミャゴロミャゴリアーモ・ミャゴラーテ・ミャゴラノてなぐあいです。1人称はあまり使わないかも・・・童話とか、SFでは使うかも知れません。教室ではみんなで大笑いしました。家で、tamに話したらこれも大ウケです。関係代名詞の勉強中で、Mc先生が書いた間違い例文がまた振るってました。 Il gatto e' del nonno che miagolo.これでは、ミャーミャー鳴いているのはnonnno(おじいさん)てことになっちゃいます。我が家の2猫はミャーミャー鳴きません。うめは、無口です。歳をとって、更に無口になった、というより殆ど寝てますから。声を出すのは、ベランダに出たい時か、ご飯の催促で、んにゃ~~~あこまは、お喋りです。歩きながらでも絶えずなんか言ってます。このときはまるで、人間の言葉かと思うようなお喋りです。更に甘ったれですから、絶えず人を呼びます。なうなうなうなう~んどうやらmiagolareという動詞は、どちらにも、あまりふさわしくないようです。イタリアの猫にはなれないってことでしょうか。あ、お喋りなのは♂で、無口が♀ですよ!人間と同じです。念のため!
2005年11月18日
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2005/11/17 giovedi昨日電話のあった、校正テープを取りに図書館に行くと、丁度デイジー班が集まっていた。以前会長にデイジーを手伝って欲しいと言われていたこともあって、いろいろ訊いてみる。ソフトがwindowsしかダメなことに加えて、PCを専用にしなくてはならないというリスクがある。何故、そこまで?というのが私の疑問だったのだが、*ウィルス感染*中身の流出を防ぐということらしい。つまり、ネット環境を作ってはいけないということ?今の私にしてみれば、なんだかPCの機能を半分どころか90%くらい殺してしまうような気がして、ちょっと面白くない。他にも、断片的に聞く話が、イマイチ納得できてない。そもそも、私にとってはまだ、デイジーそのものについては、白紙状態と思って良い。そしたら、12月上旬に日本図書館協会主催で、講習会があるという。それに出てみれば全体的なことが掴めるかも知れないと、まだ空きがあるかどうか図書館に調べてえ貰うよう頼んできた。費用は、ひかり文庫で出るんじゃないか?と言われたけど、私のことだ。体調によっては、ドタキャンとか、途中逃亡とかにもなりかねないので、自費でと言ってある。ただ、図書館協力者2名の枠に入れて貰えれば、受講費の割引があるので・・・世の中全体の流れとして、録音図書のデジタル化を盛んに急がせている。確かに、作る方も、利用者も、そして何より保存が、テープよりずっと楽になる。が、設備も人も、何より利用者はなかなか切り替えが難しかろう。まして点字を知らない中途失明者にとっては、録音図書は必須のものであり、しかも大概結構な年になっていて、テープレコーダーの操作が精一杯。代わって操作してくれる家族やボランティアが、いつでも傍にいてくれるわけでもあるまい。テープ録音のためのデッキも、盲人用テープレコーダーも、もう生産中止したというけれど、いいのかホントに!このところ、体調が上向いてきているとはいえ、この寒さだ。油断は出来ないと自分に言い聞かせる。それでも、随分逃げ上手になったものだと思っているのだけれど。
2005年11月17日
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2005/11/16 mercolediこの頃マッサージの予約が取りにくくなった。夏に模様替えして、7人が同時に出来る広さになったのだけれど、新人以外は、いつも入っているから繁盛していると言うこと。私がずっと担当して貰っているSgさんも、以前はその日でも入れることが多かったのだが、今はもう2日前くらいでないとダメ。今回も、一昨日体調良さそうだったので、電話したのだ。ホントは調子悪い時の方が、背中などカチンカチンになっていて、ほぐして貰いたいと思うのだが、発作誘発するかも知れないと思うとできない。或いは、効果無く無駄になるかも知れないし。ここはトレーナー協会所属のマッサージなので、施術中に耳に入ってくる、私の周辺にいない、所謂体育会系の人達の会話が面白い。今日も、新人2人が、手の空いてる間に備品などの買い物に出されるところだった。「お前ら、サボりたくないか?」「・・・・・・」「自転車貸してやるから、買ってこい。40分には帰って来いよ!」2人が出ていった後、残った人達での会話。「俺だったら丁度まで帰ってこないな」「やっちゃイランね~ョ、とか言いながら、2人でコーヒー飲んでくるよな」「今のヤツら、ホント、サボり方知らないんだから」「それで、やることダラダラやっててさ」「わかんね~」私から見れば、みんなまだ十分若い人達なんだけど・・・「今日はこの前より随分イイですよ」終わってから言われた。やっぱり、気管支の状態と、身体の特に背中の凝り方って関係してるよ。喘息の診断受ける前から酷くて、Sgさんになる前の担当の人から「私の患者さんの中で、ワースト3に入りますよ」と言われてたけど、あれは、図面描きの所為ばかりではなかったんだと今になって思う。胸の辺りが何かおかしいと訴えても、喘鳴はないし、聴診器で呼吸器の音を聞き分けられない医者では診断が出なかった。杉花粉症のあるものが喘息になる可能性なんてことも、全く語られなかった。というより、小児喘息と違って成人喘息についての情報がまるでなかったということなのだろうか?数年前までは、今とは比較にならない程、深刻な病気だったにもかかわらず。
2005年11月16日
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2005/11/15 martedi先週はとびこみで、今日はその前からの予約。終わって廻りたいところがあったので、少し早めに行くと、予約時間帯の2番目だった。ところが、呼吸器科のボードにはずっと後の番号が表示されている。なんじゃ~?と思って見ていると看護師さんに呼ばれた。「次ぐらいにお呼びできると思いますから中でお待ちください」「あの番号は・・・?」「あああれは、医師のところでは患者さんの名前も見られるようになっているものですから、N医師が何方がいらしてるか確認しているうちに戻せなくなっちゃったんです(^_^)。皆さん、今日は走って来るんじゃないかと・・・」「それにしても随分早いですね」「何か今日はトントントンと進んでます」中待ちに入っていると、ほぼ時間通りに先生が顔を出し、「ああ、今日は良さそうですね」中に入ってグラフを渡しながら、「お陰様で、かなり上向いてきて、昨夜はいよいよ大台に近づいたと思ったのに、今朝はまたどうしたわけかストンと落ちて・・・ムニャムニャムニャムニャ」「イイ、イイ、気にしない、気にしない。全体的なところを見れば、明らかに良くなっているんだから」指パッチンもモシモシも「ン、いいよ~」で、この前の血液検査の結果について、「あれ、まだだっけ?」「診察の後に、ほら、プロジェクト室で採ったから・・・」「ああ、別にどうでも良かったんだけど・・・説明に時間掛かったでしょ?」「ビデオはパスして貰いました」「へ~、ビデオもあるんだ」プリントアウトをくれて、「テオフィリンが見たかったんだけど、いいね~。多いと頭痛くなったり副作用が出て来るし、少なすぎると効いてないってことなんだけど、丁度いい数字だね」薬は、いつもの+プレドニンの補充くらいなんだけど、骨粗鬆症のリスクがあるから、薬を飲んでみないかと言われる。まあ、女性ホルモンも欠落して、この前の検査の数値もギリギリというところだったから、呑んでもイイか。「1番よく効くといわれているのが、朝起きたら、コップ1杯の水で飲んで、後30分は、横にならない・飲食しないっていうのなんだけど、どう?ダメなら他のビタミン系のにするけど」朝、ベッドから出ちゃえばもう寝るなんてことないし、食べるのだってもっと遅いし・・・っていうより起きるの早いから、全然問題ない。それに何より、新しい物って、何でも試してみたい私。会計出して、スタバで、ホットサンド食べて戻ると計算も薬も出来ていた。思ったより早く、次の病院へ。と言っても今度はハトコDr.のお見舞い。先月末、自転車での自損事故で、信じられない顔面大怪我。彼の次姉Dr.に言わせると、「誰かに一発張って貰えば治りそう」に歪んだ顔の手術をして、丁度1週間。四肢健在であるまじき行動に出るDr.患者のために、家族総動員で監視体制。連れ合いが仕事から帰るまで、彼の長姉が詰めているところだった。私「大変なことになっちゃったわね~」患「みっともないね。山なら良かったんだけど」《良くないョ》今日から流動食になったそうだ。看護師さんが入ってきて、看「どうですか?食欲ありますか?」患「あります、あります」看「どんなもの食べたいですか?」患「焼き肉」(即答)本気なのか、冗談なのか・・・
2005年11月15日
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2005/11/14 lunediやっと右下6番の歯の治療が終わった。今の歯医者は、けやき並木に入る手前にこの春引っ越した。以前あったところが、新しい道路になるからだ。良くもまあと思うくらい、それまでン十年かかっていたところと治療が違うのに驚く。何より、時間が掛かる。前のところは、1回が長くて15~20分。それもせいぜい2~3回で、一本の治療が終わる。それが今は、酷いと2時間くらい掛かるし、回数も倍以上かかる。合計の治療時間を計算すると、10倍くらいにはなろうかと・・・とにかく、歯根の掃除だけでも何回も通わされる。今度なんかは途中でx線まで撮って、レーザーも使ってトコトンやる。これが長かった。やっと型を取れば、出来るまでの1週間は変わらない。いや、どうかして空きが出来ると、予約日前に来られないか電話が掛かって来たりする。最後の、調整もまた丁寧で、「はい、ガチガチ」「はい、ギリギリ」というのを何回もさせられる。お陰で、今のところ後の調子はどれもイイ。それにしても、紹介してくれた耳鼻科の先生が「特に歯科は、日進月歩だからね」と言ってたけど・・・前の歯医者はもう70代後半になろうって歳で、削る手がいつ滑るんじゃないかと心配になるし、何てったって抜歯などと言う体力いることはしたくないようだった。やたら抜くのも良くないことは分かるけど、使えない歯を残して、その為にしょっちゅう歯茎が痛くなって通うのもね~。でもね~、長年お世話になってると、替えるのって難しいのですよ。そう言えば前回は、帰りにこのけやき並木で、テレビ朝日の取材に出くわしたけど、あれはいったい何だったんだろう?「江戸時代、ここが大変賑わっていたって知ってますか?」「ええ、鬼平何か読むと出てきますよね」「よく知ってますね」《失礼な!》ってな具合で、アナウンサーだか、レポーターだか分からないが、見たことのある顔だったから、そんなぺーぺーではなさそうなのに、もうちっと実のあること訊いてよ!「この辺、いいところだと思いますか?」「勿論!」帰って、tamに話したら、「ヒルズよりよっぽどイイって言ってやれば良かったのに!」そうだよ、テレ朝は六本木だったわ。
2005年11月14日
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2005/11/13 domenica先々週に続いて、また親戚の法事。それもこの間は暖かい静岡だったけど、今日は寒い信州。私は学齢期を暖かいところで過ごしたので、寒いのは苦手。日帰りで退散だ。大叔父の一三回忌と、大叔母の七回忌の法要なのだが、私はこの一家の東京の家しか知らない。もともとは88歳がいつも行ってたのだが、流石に前回から私が行くようになった。お墓は多摩辺りにあると聞いているのに、何故か、法事は先祖代々のお墓のある信州でやる。来るのは地元の人が多いから?と思ったが、イヤイヤ、ほとんどこっちから行った顔見知りばかりだ。菩提寺はなかなか歴史があるようで、この本堂も、1792年の建立とあった。後ろの方で、目下平成の大改修工事とやらをやっているようだが、全体の伽藍配置は分からぬ。そもそも直ぐ裏は山で、そこの結構上ったところにお墓があり、行ける人だけというので、行ってみたけれど、パンツにローファーで良かったわ!周りはもうすっかり紅葉。我が家の近くの銀杏はまだ青々と空いているというのに、きれいに色づき、辺りには、あの独特の臭いが・・・朝9:00発の「梓」に乗って行ったが、途中車窓からの景色も素晴らしかった。色とりどりの林の向こうに、八ヶ岳がもう雪をかぶっていた。何人かは前泊したのにもう1泊して・・・紅葉狩り。それもいいな~。
2005年11月13日
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2005/11/12 sabatoバブルの終わりに、それまで重宝していた知り合いの時計卸屋がダメになり、義母の遺品の指輪をサイズ変更するのに困っていた時、宝石鑑定士の資格を持つ友人が紹介してくれた店が下町にある。名前も○○ジェーリー。「ジュエリーじゃないの?」と誰もが言うが、新しくなるまでは丸の内ビルヂングだったし、あの近辺には未だにそのまま△△ビルヂングを名乗っているところが幾つもある。何かその建物の歴史を感じさせて好きだ。このジェーリーも、そんな頃からの店なんだろうと、勝手に想像する。そこから年に2回、新作発表と称して、セールの案内が来る。いつもいつも行けるものではないが、今回は、友達のお嬢さんにプレゼントを考えていたので出掛けた。帰りにお土産に貰ったのがうさぎやのどらやき。これがとびきり美味しい。先ず、被っているビニールを剥ぐと皮の何とも言えない香り。あんは粒あんだが、それも微妙にトロッとしてる。ウ~ン、これも下町の老舗の味。
2005年11月12日
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2005/11/11 venerdiイタリア語教室で今やってるところがとっても難しい(私だけ?)のに、先週また休んでしまったので、不安。おまけに今日は、senza dizionario(辞書を使わないで!)のMt先生だ。11月11日は、サン・マルティーノの日だそうな。そして、こんな諺。San Martino,ogni mosto e' vino聖マルティーノ(マルティヌス)の祝日には、葡萄のしぼり汁もワインになるイアタリアのボジョレ・ヌーヴォーってわけ?つまり、イタリア・ヌーヴォー(日本語っていうより造語)?やっぱり、南だから1週間早い?ボジョレ・ヌーヴォーが、早くから予約しないと買えなかったり、その辺のスーパーでまで売るようになっているのに、この日は全然話題になってないよね。どっかのイタメシ屋とか、イタリアワインの輸入元とかが、宣伝しないのだろうか?イタリア好きが集まったこの教室、中には相当なワイン好きもいるのに、みんな初耳。そもそも、出来たてワインなんて、ホントのワイン好きが愛でるものではなく、販売作戦が成功してのボジョレ・ヌーヴォー人気なんだろうね~。それにしても、代名詞Pronomi難しすぎ。終わってから誰かが「イタリア語ってこんなに難しいと思わなかった!」「でもこの間、トリノにいってきたYkさんが、文法メチャクチャでも通じたって、Cr先生に言ったら笑ってた」「そうよね~」大体、動詞に代名詞がくっついちゃうなんて無茶だ。それも、単・複・人称で変わるんだから~~~。次から関係代名詞に入る。これも日本語にはないけど、英語でやってるから、まだマシかな?
2005年11月11日
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2005/11/10 giovedi我が家の夕飯メニューは、その日に私が食べたいと思ったものに決まる。作る人の特権だと思っている。したがって、私の嫌いなもの(ゲテモノ以外殆どない)、食べてはいけないもの(鯖)は食卓に上らない。それで、何処からも文句でないのだからイイ。ところが困るのは、その肝心の私が食べたいものがどうしても思い浮かばない日。今日もそれで思い悩んで、本をパラパラしていたらロールにならないロールキャベツというのが目に付いた。ロールキャベツは誰もが好きで、作れば大歓迎される。しかし、今のキャベツは小ぶりで、私の闘志を呼び覚まさない。何てったって、春のどでかい葉っぱに包むのが楽しい。じゃ、このロールにならないってのは何なんだ?読んでみたら、何のことはない、キャベツをちぎって挽肉や玉葱のみじん切りと一緒に煮込むというだけ。お腹に入ってしまえば、ロールキャベツを食べたのと同じことになる?フン(○`ε´○)と思ったが、いつもの我が家のロールキャベツはマギーブイヨンのスープ味。この本のはトマトピューレに赤ワイン。そういえば、この間開けたもらい物の国産赤ワインが半分まだ残ってた。使わなきゃ!作ってみたら・・・なにやら懐かしい味???な~んだ、ミートソースではないか。煮返すとキャベツがくたくたになって、更にミートソースっぽくなってきた。随分長いこと作ってないので、すっかり忘れてたこの味。そもそも、あの頃はスパゲッティと言えば、ミートソースか、ナポリタンだったのだ。ソースは多めに作っておくと、翌日ヘンな時間にお腹の空いた子どもがご飯にかけてミートソースご飯って、喜んで食べていた。それにしても、もうちっとミバ良くならないか、この料理。
2005年11月10日
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2005/11/09 mercoledi驚いたことに、関白が熊手を片手にたこ焼きぶら下げて帰ってきた。「お酉様やってたから」通勤に使っている駅までいく途中に、大鳥神社がある。浅草の鷲神社とは較べものにならないが、それでも11月には市が立つ。この辺はは、10月のお会式で大騒ぎするので、お酉様は何だかかすんでいる。なんて思っているのは私だけで、というのも、地元の商店などは店先に大きな熊手が飾ってあったりするから、それなりに賑わっているのだろう。でも関白がそんなとこ覗いてくるなんて初めて。tam曰くオヤジも楽しみ見つけることが出来るようになったね~でも熊手は会社に持って行くんだそうだ。そういえば、数日前、縁日好きのtamが「今年のお酉様何日だろう?」って言うので、家中のカレンダー調べたけれど、あろうことか、干支の入ったカレンダーが1つもない。「でもまだみたいだから、今年はきっと二の酉までだね」なんて話してた。今日が一の酉だったなら、二の酉は21日だ。実は私、30年以上この地に住んで、ここのお酉様に行ったことがない。浅草の鷲神社には友達に誘われて繰り出したことがあるのだが・・・一度行ってみようか?今年は酉年の酉の日ってことで、何か特別なことでもあるかも?それにしても、三の酉まである年は、火事が多いって言われてるようだけど何故?それよりも、今年も残り少なくなってると思い起こさせてくれるのがお酉様。
2005年11月09日
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2005/11/08 martediいや~参った!ここまで書きますか!そりゃ、お色気で売ってるタレントさんだと言うことは知っていましたよ!でもね~、こういうもの書いてたんですか・・・それにしても、私の大好きな北原亞以子の「慶次郎縁側日記」などを掲載している「小説新潮」さんが、このような作品も載せるのですね~。いくら特集「官能大図鑑」といってもね~。いや~参った!放送禁止用語どころか、まあ、普通の人が人前で口に出来ないような単語がバンバン出て来るのですよ。それを声を出して読む。長さにして68分。目の前に人がいるところで読むわけではないし、何処の何方がお聞きになるのか分からない。勿論、向こうもどんな奴が読んでいるのか分からないんだと思うから、頑張って録音するのですがね~。いや~参った!たまたま当番で、1巻目を担当したので、特集小説の最初の作品を読むことになってしまったのだけれど、まさかこれ程のものとは・・・前にも似たような特集に出会ったことがあったけど、それなりに格調高いものだったように思うけど、今度のはもう~。幸か不幸か、体調良くないので、声も思うように出ない。トーンが揃わないので、ブツブツやり直しになったりもする。何とか間違えずに、少しでも聞き取りやすく、ということにだけに神経使ってたので、入り込む余裕がなかったのが助かった。ふう~明日の校正は、誰が担当してくれるのですか?ご苦労様で~す!
2005年11月08日
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2005/11/07 lunediこの前、マーフィーの法則だか何だかで、直し損ねたTV、今日再び来て貰うことにした。ホントにあの日だけまともに映って、翌日のお昼頃にはやっぱりダメだったのだ。以来ず~っと、日曜祭日関係なしの昼間は見えない。11:00歯医者の予約入れてたので、午後2時以降に来て貰うようにした。この前、折角来てくれるという時に断ってしまったので、「今日は、朝から確認して、確かに症状でてますから・・・」なんて言ったのだが、まるで関係ないように「レベル見れば分かりますから」《レベルって・・・?》「ああ、やっぱり1chだけ異常に低いですね」電波の強さが局によってまちまちで、来年になると統一されて強くなるから大丈夫になる。《それまで我慢?》我が家は、アナログのケーブルでとっているので、チューナーをデジタルに換えればいい。《お金かかるし、改めて、ケーブルTV頼むの面倒》ええ~っ、良く分かんない。なぜ~?1chだけのことなのに~。「後ろが、何だかややこしくなってますけど、念のため見せてもらって良いですか?」で、見つけた犯人はこれ→古~いビデオデッキとTVを繋いでいたケーブル。この片方のジャックが、錆びてるというのか?腐食しているというのか?要するのボロになってる。それを取り替えたところ、あっさりキレイに映るようになった。「多分これだと思います。念のため、また明日の朝電話入れますから、どんな状態か教えてください」だが、分からん!こんなものが電波を受けるのに、どう関係しているのか?あれは、ビデオデッキとTVとの間だけのことではないのか?分からん!あ、もしかして、その腐食したところが電波を妨害してるってこと?でも、やっぱりヘンだ。どうして昼間だけで、夜は何ともなかったのか?分からん!機械が進歩するのは嬉しいけど、分からないことがどんどん増えていくのは不安。
2005年11月07日
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2005/11/06 domenica今日は朝から調子悪い。昨日は結構元気でいられたのに、歩くの勘弁して!って感じ。地下鉄の階段なんて、とんでもないっ!全国区の喘息先生の講演が3時から神田である。行きたいけど・・・我が家は地下鉄の駅2つのほぼ中間にある。どちらにも、徒歩10分弱という微妙な距離。元気な時は何でもない。行こうと思う方向、降りる駅の改札の位置などで、使い分ける。ところが、今日みたいな時は、どっちも問題があるのだ。一方は、ホーム・改札間はエレベーターがあるのに、そっから地上まで、30段の階段。これが辛い!もう一方の駅は、地上に出てから我が家まで、ひたすら上り坂を歩かなくてはならない。これも苦しい!車で行くしかないのだが、会場の駐車場は、ネットで調べたら主催者用のみ、とある。近所の100円パーキングでも空いていればな~、と先ずは教会帰りに偵察のつもりで廻った。ところが何と、100パーどころか、路上のパーキングメーターが、結構空いてるではないか。早めに来てたむろってると言ってた人達のところにチョット顔を出し、再び、パーキングスペース捜し。なかったら、諦めてそのまま帰るつもりだった。が、流石に靖国通り寄りはいっぱいだが、チョット離れると何カ所も空いていて、会場の真ん前に止められた。5分間の個人面談?(学校じゃない、就職でもないから面接っていうのも?なんて言えばイイ?)がまだ空いているというので、入れて貰った。使っている薬を並べ立て、ストレスフルな生活で悪化させたのでは?と話したら、「今こうして話しているだけでも、コントロールが上手くいってないと思うけど、5分じゃどうしようもないから、ピークフロー値と、薬をFAXしてくれれば、もっとアドバイスできる」と言ってくれた。1時間の講演聴いて帰ってきてしまったが、その後質疑応答だの、親睦会だのと続く。喘息患者の集まりだというのに、こんな長丁場、良く保つな~とビックリ。外は大雨になっていた。車にして良かった。
2005年11月06日
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2005/11/05 sabato年上の人達の集まりに参加するのは、気が楽だ。勿論、人柄によるのだろうが、今日のメンバーの年に1度の食事会は楽しみなのだ。1ヶ月ほど前、「○月●日空けといてください。場所は××か、△△で検討中です」という電話が入る。やがて、封書で、ちゃんとした案内が、会場のパンフレットと共に届く。私は何もしない。当日時間までに行けばよい。何だか私、だんだん横着になっている。今日の会場はパークハイアット東京の52Fニューヨーク・グリル。42Fまでは行ったことあるけど、ここは初めて。エレベーターを乗り換えて、52Fに降り立ったら、眼下にかの都庁舎がすっぽり見える。こんな風に丸ごと見えるとこって他にもあるのだろうか?チョット嬉しい。待てよ!計算済みの設計なの?新しい建物が出来ると、その中にどんな機能が備わっているか?ということが話題になるが、建物そのものをじっと眺め続けていられるってものは少ないし、話題にもならない。丹下健三という建築家は、決して好きではない、いやむしろ嫌いな時期もあった作家だが、この都庁舎や東京カテドラルには魅了される。そう言えば、ベンチに寝そべって都庁舎を見上げてたら、警備員がやってきて、ベンチに寝てはいけないと追い立てられたという話を、新聞のコラムで読んだことがある。彼も、あの建物がとても好きだと書いていた。
2005年11月05日
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2005/11/04 martedi自分の体調がイマイチで、88歳の内科の薬を切らしたままだった。朝、ケアマネさんから電話が来た。多分、一昨日あたりから切れていたと思うんだけど、急にどうこうという薬ではない。1人でいた時は、ろくに呑んでいなかったらしく、おっきいクッキー缶2つにいっぱい溜め込んでた。でも、今日はイタリア語休んでお医者に行って、午後届けに行った。いの1番に入所した88歳。今日は5人になっていた。そのうち2人がどうやら帰宅願望が強いようだ。1人は前に会った時、鞄を持って、玄関と部屋を行ったり来たりしていた。今日は、作ったご飯を持って帰るのだといって、台所に入っている。初めてあったもう1人の帰宅願望さんは、ステキな黒い帽子を被り、コートを着て、オストリッチのバッグを提げ、何処から見てもレディのお出かけ。「そういつまでもお世話になるわけにいきませんから、そろそろ帰りますね」丁度何かの用事で居合わせた、ネクタイ締めたここのお偉いさん(?)が、そのオストリッチのバッグを褒めた。「これはね~、ニューヨークに行った時・・・」と嬉しそうに話し始め、ひととき帰宅願望を忘れる。しばらくするとまた「アラ、こんなコトしてるわけにはいかないわ、帰らなくちゃ」今度は台所から「お夕飯の支度するんだから、一寸手伝ってよ~」「え~っ、私これから家に帰ってお夕飯作らなくちゃいけないのよ~」「そんなこと言わないで、お米だけでも洗って~」スタッフが代わる代わる声を掛けては帰宅願望を忘れさせる。こんなこと、毎日やってるのだろうか? そんな合間に、ギター片手の若い男性がやってきた。テーブル囲んで俄ライブがはじまった。「浅草○○」と「お嫁においで」の2曲を弾き語りして帰っていった。彼もスタッフ?88歳は何をしているかと言えば、台所覗いて、「今日のおかずは何?」と訊いてみたり、朝から具合が悪いと部屋で寝ている仲良しさんを見に行ったり、相変わらず落ち着かない。「ここには、自由がないのよ」と言いながらも、我が家にいた時よりずっと穏やかだ。私が帰ると言ったら、あの帰宅願望さん、私の方見てニッコリ笑い、「私も一緒に帰ろうかしら」慌てて「私、自転車ですから・・・」
2005年11月04日
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2005/11/03 giovedi「替えズボン買わなくちゃ!」この間から、私の傍で、呟いている関白。いい加減五月蠅くなってきた。以前のように、靴まで買ってこいとは言わなくなったけど、なかなか1人で買い物に行こうとしない。しかも、車でなくてはいけないのだ。こんな祭日、駐車場に入れるまで、どれほど待つことになるのか?だけど五月蠅い!「行くなら早く出ないと・・・」と言ったら速攻で支度した。最近は、もっぱら同乗者、それも88歳だのチャイルドシートのチビタチだのが一緒なので、めっきりMINIに乗る機会が減っている。久しぶりのMINIは泥んこで、葉っぱをいろいろ乗せている。構わず走りながらミラーを直したり、洗剤出して、ワイパーでフロントガラス擦ったり。デパートの駐車場に入るのに、込んでる時は一旦ガードをくぐって、向こう側から列に並ばなくてはならない。その為に、矢印の看板を持った制服のおじさんがそこここに立つのだが、その方々を密かにあっち行けおじさんと呼んでいる。週末やこんな休みの日は、必ず立っているものだが、何故か今日はいなかった。シメシメと順調に入って、ついでに洗車も3時間ぐらいだというので頼んだ。関白の買い物といえば、ただ歩き回ってちっとも決まらない。何しろウィンドーショッピングということをしないのだからこういう時困る。常に買い物は、ぶっつけ本番で、一寸怖ろしいものがある。おまけに今の私には、歩き回るのは流石に辛い。せめて、買う店だけでも決めてくれれば、私はそこの椅子でゆっくり待たせて貰うのに。「そっちは買い物ないの?」見たいものはないではないけどもう歩きたくない。洗車が出来るまで時間があるので、列に並んで中華のお昼を食べ、地下のスーパーによって帰った。帰りのMINIは久しぶりにピッカピカだ~い。
2005年11月03日
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2005/11/02 mercolediどうも昨日の病院の帰りから、更に下降気味。昨日の朝300超えたのは何だったんだろう?と思うほど。今日は、コンビニで牛乳を買いに行けば、他には特に出掛ける用事も無さそうだから・・・と思うと、またもやついつい家の中のことが気になり出す。いつもやってないところのお掃除を始めたり、壁の時計の位置を変えて、88歳の家にあった何だか分からない油絵を掛けてみたり。この何だか分からない代物が、あっちの家に幾つかあって困る。関東大震災と、戦災で、2度も丸裸になったはずの一家に、まさかお宝?と言うほどのものがあるとは思えないけど、一応気になって、処分し難い物もないではない。最早、当人に訊いても明快な答えは返ってこない。この間行ってみて、夏中締め切っていた家の中は当然ながらカビ、カビ、カビ。冬物の衣類をとりにいったのだが、使える物は幾つもなく、却ってさっぱり処分できてよい様な・・・後はキリのいいところで、専門業者を頼むだけ。しかし、現在住んでいる我が家はそうもいかず、88歳の混乱に巻き込まれて、当座のことに追われていた間に、後手後手になってしまっていること片づけなくてはと気になる。で、今日も少しでもと思ったのだが、結局やってることはまた別の、新たに思いついたことだったりして、それもまた疲れて中途半端に終わって、先送りになる。ああ、どうしよう~。今日のところは、忘れよう!
2005年11月02日
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2005/11/01 martediもういつでも病院に行ける状態になったので、良かったらパスして構わないという条件付き予約を今日入れてくれてある。そして、今朝のPF値が久しぶりで300超えたので、シメシメ(何が?)と思って、行かなきゃならない銀行とか買い物とかに行こうと出掛けたら、歩いているうちに何だか苦しい。なになに・・・?やっぱ病院だ~!予約表を渡す時、看護師さんが指パッチンしたら97。大体苦しい時でも、これくらいはある。救急外来入った時は、流石に94とかだったけど、しばらくじっとしているうちに97になった。そういえば、88歳は救急車の中で、100だったな~。でも、もう酸素入れ始めてた時だったかな?診察でも、胸はいつものところで、呼気の最後で一寸鳴るくらいといわれた。とにかく、上向いてきているからと、インフルエンザ予防注射もやって貰う。「そういえば、この前総合診で、こちらで血液検査をしてもらって!と言われたのですが・・・」と、思い出して言ったところ、「これは、chiaraさんには何の得にもならないことなんですが、一応お話しするように言われているので・・・」もう1年以上も前から、玄関に張り出され、売店に行く時目に入る奥の方に特別な部屋が用意されているのが気になっていたオーダーメイド医療実現化プロジェクトの話だった。薬の効き目や副作用の出方が、遺伝子に関係しているので、ということで始まった研究らしいが、私としては、喘息に限らず、ある病気になりやすい体質というものが遺伝されているということは日頃実感しているおり、そんなことにも役に立ったらいいな、と思う。実は私、興味津々だったのだ。でも、先生いつも大勢待っているのに、時間をとるのも何だかな~、だったし、その医療プロジェクト室に寄って帰りが遅くなるのもな~、でスルーしてきた。一般的に、遺伝情報というものにも興味があるのだけれど、大手製薬会社で、長く開発の仕事をしていた同級生が、「外国のように、ボランティア精神で、協力してくれる人が少ないから、いい薬は日本ではなかなか出来ない」と言ってたのが、ずっと引っ掛かっていたのだ。必要なのは、通常の検査の採血の他に、7cc*2本の採血をするということだけ。もう献血も出来ないことだし、それくらいと思うけど、これまで先生から何も言われなかったのは、やはり名乗り出る人がなかなかいなくて、集まらないので今になって、ということなのだろうか。で、左手にインフルエンザ予防注射、右手に採血の絆創膏で帰ってきた。
2005年11月01日
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