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2005/10/31 lunedi昨夜は、ハトコのAkちゃんちに泊めて貰い、一緒に 草薙の湯に行った。ウ~ン、やっぱり温泉だ~。「うちの隣に欲しいね!」「じゃあ、隣に家建てればいいんだ!」と、Akちゃんの旦那さん。今朝は早くから、Sgおばさん、Kkちゃんも一緒に私の友達の家に向かう。鈴木紀子フランス刺繍教室(静岡)の、初めての作品展。紀子さんの作品は東京でも見ているのだが、この静岡のお教室には、小学校時代の友達も通っており、彼女たちの作品を見るのは初めて。しかも、その会場に選んだのが、母上が亡くなって、今は住む人のない彼女の実家。これが素晴らしい。何かことがある時には、直ちに広い空間を用意することが出来る、日本家屋ならではのこと。フランス刺繍が見事にマッチしている。是非保存を!と願っている建物だ。周辺は今や住宅が建ち並び、アプローチはイマイチだが、長屋門の手前には水が流れ、コンクリートの橋が渡されている。かつては、何処でも見られた風景だ。長屋門をくぐると正面が玄関、左手には、煉瓦造りの米倉がある。何でも、最近どなたかが、床を踏み抜いたそうな。シロアリがいるのではないかと心配している。 このきれいな襖の手。全部で幾つくらいあるのか・・・柄や色は皆同じなのだろうか・・・住み続けていた家の保存はいい。調べなくてはならないことがいっぱいありそうだ。別室は急遽お茶室に用意され、そこで一休み。と言っても、学生時代にほんのチョットお稽古しただけで、お茶会などの機会のない私は内心オロオロ。みんなで、正客を譲りっこしているところに、丁度よくご夫妻のお客がみえた。こんな時はもう、男女共同参画など忘れよう。どうぞどうぞ、と正客を男性に譲ってホッ。
2005年10月31日
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2005/10/30 domenica9:06のひかりで、Njのおじさんの1周忌に行く。88歳の従姉妹のおつれあいで、去年は勿論一緒に送ったのだが、今度は、案内状が来た時には行くつもりだったようだが、あっという間に、返信用の葉書もなくし、最早、すっかり忘れている。連れていって、また彼の地に自分だけ残ると言われても困るなあと思っていたのだが、グループホームに入ってからは、「もうあっちに行くこともないわね」とあっさりしたもんだ。お寺は江戸時代からの歴史のある禅寺らしいが、いまは市営墓地のまわりに集まった寺町の一角。小さくて質素な寺だが、ここの和尚がなかなかイイ。どうやら父親の先代が故人と友達だったらしいが、話もお経もほどほどでイイ。「今日は観音経というお経を読みますが、途中で○○○グーと言いますから、そうしたらお焼香始めてください。眠っていたら分かりませんよ」な~に、最初の親族だけ寝なきゃいいんだ、なんて思ったけれど、これはそれとなくお経はちゃんと聞けよ!と言ってるわけだ。「この後皆さんで、お食事して、それで法要が完結するのです」そ~か、食卓を囲む意味を持つミサと同じではないか。で、バスで、焼津グランドホテルへ。私の知る範囲では、何処のホテルより美味しいものを食べさせてくれる。お天気のよい日には、富士山から伊豆半島まで、一望出来、今年の1月にはtamと88歳を連れて泊まったのに、と思い出す。
2005年10月30日
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2005/10/29 sabatoha-の初めてのバイオリン発表会。演奏する曲は勿論お定まりのキラキラ星変奏曲。4つのパートに別れたバイオリン+チェロで一応オーケストラ形式。指揮は先生。総練習の日が幼稚園の運動会と重なり、行けなかったha-、直前の練習日も雨で1週間延びたお芋掘り遠足とぶつかって、ぶっつけ本番状態。しかも本人言うことにゃ、「みんなで弾くから、アタシの音聞こえないと思うよ!」こんなチビ達、どうやって、指揮者を見ること教えるのかと思ったら、終わって見せて貰った譜面の所々に眼鏡マーク\○-○/が付いており、そこで、先生を見なさいということなのだそうな。日頃からお稽古の様子を聞いているといると、先生もきっと小さい時、こんな風に習っていたんだろうな?と思うことがよくある。「あいつ、アガルってことないのかな~」と関白は言うけれど、それはもう少し大きくなってからでしょうと思う。そして、そんな意識の芽生えないうちから、こうして大勢の前で演奏するというような、本来緊張するような場面を体験させておくことが出来るというのが、小さいうちにお稽古事をさせる1番の意味があると私は思っている。実際、幼児の頃から、日舞や三味線のお稽古をして、後年大店の女将さんになった友達が言っていた。おさらいのお陰で、度胸が付いて、どんな偉いお客さんが来ても、税務署行っても怖いものナシよ!
2005年10月29日
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2005/10/28 venerdi「元気そうになったわね~」2カ所でいわれてしまった。イタリア語教室の仲間と、美容院と。美容院では、「もう、この前は、chiaraさんどうかなっちゃうんじゃないかと思いましたよ」とまで。いや~そんなに酷かったんだ私。確かに、グループホームに88歳を預けた時は、ギリギリだったかも知れない。こっちがステロイドの内服と点滴でなんとか動いているというのに、あんな意識障害っていうか、眠り姫になっちゃったりするんだもの。ま、とにかく今は向こうもGHで落ち着いててくれるから・・・私が行くといつも初めて来たみたいに言われるのは心外だけど、この間は他の家族の人が「私が証人になってあげる」なんて言ってくれたし・・・イタリア語は2週続けて休むとかなり空白が出来てしまう。宿題だけは教えてくれる人がいるのでいいけれど、それも今度は問題集の方だけで、UNITAが進んだわけではなかったからよかったが、やってみたものの自信が全くない。今日は4人も休みで、おまけにMc先生が酷い風邪を引いており、誰かに替わって貰おうとしたらしいが、誰もいなくて・・・という状態で、頻繁にscusateと言いながら、鼻をかむのが気の毒。それでも休憩もいつも通りだし、時間いっぱい、いや、その後質問までしちゃった人もいるけどイヤな顔せず。ホント、ここのイタリア人先生たちは、日本人より時間守るし、よく働くよ!また今やってるところは大変なんだ。代名詞のlo・le・laと、定冠詞のlo・le・laが、1つの文章に一緒に出て来るから、ゴチャゴチャになっちゃう。質問されて、そこんとこでみんな一瞬言い淀むものだから何回も似たような質問で練習させられて大汗。ホントは、帰ってその日のうちに復習した方がいいんだろうけどな~。
2005年10月28日
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2005/10/27 giovediなんてこと!TVがまた!それも、今朝から土砂降りで、お昼過ぎにすっかり晴れて、ニュースもスタパーもそっちのけで、アメリカの野球を中継しているときから。なんてこと!もしかして、空の雲の所為?確かに、BS見ているときの雷は確実に影響する。でもそれよりはるかに酷いジャン!しかも地上波の1chだけ。なじぇ~~~~~~~?別に野球が見たいわけでもなかったけど、不愉快なので、家を出てお昼を食べにおそば屋に入った。丁度食べ始めた頃、カメラマンとその助手らしき女性、とても1流とは思えないモデルらしい女の子が入ってきた。そしてやおら斜め前のテーブルに、レフなどセッティング始め、露出など決めるのか?器械を置いてピカピカやり出した。メニューの写真を撮るのか、広告用なのか、はたまたWeb用なのか。 斜め前ったって、人1人通れるくらいしか離れてない!こっちは昼とはいえ食事中!私の隣のテーブルには老夫婦とおぼしき2人も。デパートの中の出店とはいえ、麻布の有名蕎麦屋。外では待ってる人もいるというこんな時間に、何の断りもなくだ!何だか美味しくなくなって、残して出てきてしまった。
2005年10月27日
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2005/10/26 mercoledi我が家のメインTVが、何故か昼間だけこの状態。しかもNHK総合だけ。他のチャンネルは何ともない。他の部屋のTVは何ともない。明らかになんかの電波障害だと思うのだけれど、なぜこれだけ?しかもケーブルよ。心当たりは、3軒先で建て替えをしており、住宅メーカーが重機をいれてたことが何日かあった。その頃私はそれを犯人と決めつけ、脇を通るときは密かに睨み付け(人ではなく機械をね)、メーカーに妨害電波を出さない奴に取り替えろと言ってやろうか?と思ったり、大した工事じゃないのだから直ぐ終わると思ったりしていた。ところがそこの重機が消えてもまだ直らない。お昼休みと思える時間帯も、いやこの間の日曜日もダメだった。朝と夜は何ともないので、1度何時から何にまでなのか監視しなくては・・・なんてことも考えたが、ついでがあったので、電器屋に話したら、今日メーカーから調べに来てくれる。それによってはNHKに言った方がいいかも知れないと言われた。で、今日メーカーが来ることになってた。ところが、まあ、なんて事でしょう。キレイに映ってるじゃないですか!なじぇ~~~~~~~?こういう日に限ってなじぇ~~~~~~~?これって、マーフィーの法則?メーカーの修理さん電話で断りながら、いろいろ訊いた。やはり私の知らない近くで、工事をしているに違いない。症状の出るのはデジタルだけで、アナログのものは出ない。(謎)来年になれば強くなるから大丈夫。明日行きますとかいってくれたけど、また症状でないかも知れないから、また連絡すると言っといた。お天気悪くて工事してないのか?といっても、午前中はまだ降ってはいなかったのだけど・・・電波障害出す機械使う工事は終わったのか?
2005年10月26日
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2005/10/25 martedi今日も朝からステキな秋晴れ。なのに、今の私は、とにかくやっと戻ったPFのグリーンゾーンをキープしなくちゃと、行動を自粛。なのに、今朝はまた、がくんと数値が落ちている。何故だ~~~~?実際、角までゴミを出しに行っただけで、息が切れた。何故だ?睡眠だってたりてるぞ~。今朝なんて危うく寝過ごすところだった。それも、以前なら、3時半とか4時に目が覚めたらもう絶対に寝られなかったのに、今日は2度寝してしまった挙げ句の朝寝坊。そのうえ、昼日中だってやたらと眠くなる。ホント!こんなことは随分久しくなかったこと。この間うちは風邪薬の所為だと思っていたけど、今はもう呑んでない。何となくグダグダ校正テープを聴いたり、CD鳴らしたりして1日過ごしていたけれど、関白出張で帰ってこないし・・・夜になって思い立って、友達のシャンソニエに行くことにした。もう2年以上行ってない。今日火曜日は、ゲスト歌手の日だから聴くだけ、と思っていったのに、何だか様子が違う。「楽譜持って来なかったの?」「火曜日だからと思ったモン」「何かその辺にあるわよ!」「ず~っと声出してないし、キーも分かんないし・・・」「キーは私が考えとく!」で、【マンチェスターとリバプール】【今夜は帰らない】を歌ってきた。ひで~っ(^-^;でもまた歌いたくなっちゃったな~。
2005年10月25日
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2005/10/24 lunedi夜久しぶりで、BSの映画を観た。懐かしい「太陽がいっぱい」いったい私はいつ見たんだろう?高校生か?大学に入ってからか?その後もあのニーノ・ロータの曲は忘れることなかったから、何だか映画も何回も観ている気がしてた。でも今日観て驚いた。映画そのものに驚いたのではなく、舞台がイタリアだったことに!もう、てっきりフランス映画だ(どうやら仏伊合作らしい)と思っていたし、だから南仏の海だとばかり思っていた。なのに、始まるやいなや、イタリア語がぽんぽん飛び交ってる。何と、イケメンフランス俳優の代表みたいなアラン・ドロンまでがイタリア語を喋っている。以前は、あのホニョホニョしたフランス語の音色も好きだったが、街中で飛び交う会話はやっぱりイタリア語がイイ。それにしても、アラン・ドロンは若くて、かわいい。見ていた私も可愛かった・・・筈なんだけど(^_^;こうして見直してみるといろいろ勘違いしてたことあるもので、最後の台詞もあのカミュの「異邦人」を連想させる《もしかして私だけ?》「太陽がいっぱい」とばかり思っていたら、「Signor Ripley!・・・Telefona!」
2005年10月24日
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2005/10/23 domenicaようやく秋晴れ。でも、何だか風邪引いたっぽい。先週初め、ha-が風邪で幼稚園休んでた。昨日はyamとママが風邪だと言ってた。そして、一昨日預かったshunが鼻を出してたと思ったら帰った後熱出したという。私自身もこの間の診察日に喉が痛かったから風邪薬貰ってきたのだけれど、呑んだら1日中眠いようなだるいようななので止めてしまってたんだっけ。流行ってるの?風邪。今日は1日出たくないと思っていたのだけれど、関白は、隣駅の駐輪場に置きっ放しの自転車を取りに行きたいから車出せ!nonは、昨日我が家に置いてった自転車を取りに行きたいけど、shunが39度も熱出してるから留守番に来て!隣駅で関白落として、思ったほど長い列ではなかったので、デパートの駐車場に車を入れて、nonのところに行く。熱があるといったって、チビはいつもと変わらず、「あぽぶ?あぽぱない?」(遊ぶ?遊ばない?)と誘ってくれる。戻る途中で、いつもなら絶対に日曜日など近寄らない本屋に寄る。この間見つからなかった本が気になるのだ。家に帰ってもう1度検索したけれど、確かに残り僅少1冊とあるのだ。しかし今日も指定された老人医学の棚にはない。訊いたら、他の所に入っているのかも知れないというので、サイトをプリントアウトしたもの見せて探して貰う。あった。 そして平積みの中からつい。森博嗣のシリーズは追いかけているのだが、今のところ文庫主義をキープしてたのだが・・・これは小説ではないし、なんか面白そうな写真もいっぱいなのでつい。また積ん読?が増えた。
2005年10月23日
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2005/10/22 sabato雑誌、「小説新潮」の録音当番。殆ど調査もないし、新作読むの楽しみだし・・・オットットット大当たり!今月は特集[官能大図鑑]でした。年に何回かこの手の特集があるのです。何も全巻音訳するわけではなく、90分テープ4本に収まるだけを抜粋するのですが、特集は必ず幾つか入れるお約束。「chiaraさん1巻お願いします」1巻目には、収録されてる作品の目次、特集の最初の作品を入れるというのがまあ常道。今月の第1作は、タレント杉本彩さんの作品です。この方が小説を書いてるなんてち~っとも知りませんでした。確か、この間、ウッチャンだかナンチャンだかの番組で、イギリス行ってダンス踊ってたの《違ったかな?》、この人では・・・なんて、私の記憶も知識も怪しいものです。「ゴーストライターがいるんじゃないの?」誰かが言ったけど、何だか他にも幾つか書いてるみたいだし、仮にもこんなれっきとした文芸誌だもの、ただのタレント本とは違うでしょっ。ともかく、あの超露出の衣装で、お色気たっぷりのダンス踊ってた女優さんはどんなお話を書いてくれているのか楽しみ。でも、こういうジャンルのものは、声に出して読むの一寸ね~(^_^;初めてこういった作品に当たったのは、たしか「コキュ伯爵夫人の艶事」(藤本ひとみ著)だった。一生懸命、いつもと変わらないように読んだつもりが、聴いてみたら、何故か声を潜めているように聞こえて、慌てて始めから入れ直したという経験がある。若かったんだわ~。ひかり文庫に入ってもう15年だもの、若かったのよ。(そうでもない?)
2005年10月22日
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2005/10/21 venerdiイタリア語休んで、どっぷり孫との1日。nonがほぼ3年ぶりで仕事。朝ha-を幼稚園に送っていき、shunを我が家に連れて帰る。ママが持たせたお弁当を食べて、また、ha-を迎えに幼稚園に。2人とも我が家で、ママの帰りを待つという段取り。私の世代の祖母族ではよくあるパターン。保育園は親の帰宅までは預かって貰えず、祖父母宅は、第2保育園となっている。何かの集まりでも、「お迎えの時間だから」と早めに帰ったり、欠席理由が「孫が熱出した休んでいるから」だったりというのが珍しくない。私たちの子育ての頃に較べて、出産年齢が高くなっている分、当然ながら祖父母年齢も高くなってるわけで、よくやるな~といつも感心している。nonの仕事は、始まりは10時と言っても、何時に解放されるのか分からない。丸々1日子守を覚悟で買い物も昨日のうちに済ませておいた。「ママおてぃごと」と、ひたすら部屋中車を走らせて遊んでいるshun。「怖い!?」と言いながら、「白雪姫」のビデオを見ているha-。我が家にあるビデオは皆字幕なので、台詞は分からない筈なのに、そんなことにはお構いなく見入っている。ただ、どうやら7人のこびとが何か分からないようで、盛んに訊いてくる。6歳児の頭の中は、まだ、お伽の世界が現実と分離されてないのだろうか。88歳の頭の中も怪しいけど・・・ともかく、子供たちは勝手に時間のつぶし方を知っている。それをいいことに私は、また、気になっていた家の中のあれこれを始めてしまった。今日の目的は、棚を1つ空けて、録音機を置くとこ作ること。それは何とか確保できたが、その為に退かしたものの整理が・・・台風が去ったとはいえ、まだまだ本調子ではないこと知らされ・・・(。.ヾ。
2005年10月21日
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2005/10/20 giovedi10時にマッサージ予約。Sgさん、どんどん忙しくなってるようだ。一昨日電話したら、昨日はダメ、今日もこんな早い時間しか空いてないという。10分遅れたけれど、2時間バッチリ。「肩凄いですよ。何やったんですか?」「パソコンかな~?」「肩、ずいぶん前に入ってますよ」何となく分かるんだけど・・・やっと、近くにTSUTAYAが近々開店というチラシが入った。ビデオやDVDやCDを借りることが出来るというのが、や~ホントに羨ましかった。近くに建設中の巨大マンションのモデルルームを見に行ったとき、TSUTAYAは入らないんですか?と訊いたもんだ。開店までまだ1ヶ月近くあるというのに、早速登録に行ってきた。分厚い映画のカタログが楽しみだったのだが・・・私の見たいものが載ってない!一寸ガッカリだけど、ま、いいことにしよう。本屋に廻って、レビー小体型痴呆について書いてある本を探したが、ほんの添え物のようにか書かれているものばかり。ネットで見た論文の参考文献にあげられている本が、[老人医学]の棚に1冊あるとなっていたのでアテにしていたのだがなかった。今読みかけの「ローマ人の物語」(文庫版)の続きと、大沢在昌の新シリーズ(これも文庫版)を買う。帰り道、いつも気になっているのに、なぜか開いてない中国茶の店に電気がついて、[OPEN]の看板。そもそも、お茶を売ってるのか?飲ませるのか?点心ぐらいは食べられるのか?全く不明。両側にずらっと提灯(?)の置かれた階段を上ると、棚に茶具が並べられてるだけの、ろくに装飾もない狭い部屋。窓際の壁沿いに棚状のテーブルと木の丸椅子で、女性2人と離れて男性1人の客。部屋の真ん中に小さな丸テーブル2つ。1つにはノートパソコンが乗って何やら作業の途中の様子。もう一つで、1人の女性がもう1人にお茶を入れてるところ。そのお茶を入れてる女性が主だった。訊いてみると喫茶ですという。とりあえず、お勧めのお茶を頼んで、一休み。何だか、味も素っ気もない店だと思ったけど、窓の外を眺めたり本を読んだりしながら、何回も差しは注ぎ差しては注ぎしているとゆったりした気分になって来るのは中国茶の効用?何となく、アールグレイに似た香り、と思ったそのお茶の名を訊いてくるの、忘れた!
2005年10月20日
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2005/10/19 mercolediお向かいの家のおじさんが亡くなった。83歳、1ヶ月半ほど前に入院したと聞いていた。それまで、朝のゴミ出しと夕方物干しで洗濯物を取り込んでいるのをよく見かけていた。入院してからは、癌が彼方此方に幾つも見つかって、手術も出来ないまま亡くなった。散歩コースだったという護国寺でお葬式。木々が色づき始めて、静かな佇まいの中を送った。急に肌寒くなったので、一寸厚手のカーデガンを届けたいし、薬の補充もあるので、88歳のところに行こうと思っていたが、お焼香の煙ですっかり調子悪くなってしまった。ようやく3時近くになって出掛けた。「お地蔵さんに行ってきて、丁度今帰ったところ」と言って、何だかすっかり落ち着いた感じ。丁度入居2号のおじいさんも家族と散歩から帰ってきた。脳梗塞の後遺症なのか、手に麻痺があるようだ。ソファに座ったものの、寝てるのか起きてるのかという状態。それでも始めは返事をしていたが、そのうち完全に眠ってしまった。「仕事を辞めたら直ぐにこうなってしまって」と家族の方が嘆く。88歳のように、仕事をしててもこうなってしまうのだけど・・・「同じお湯のみがここにもあると思ったら、持ってきてたのね」入居の時、早く自分の家と思って貰うために、それまで使っていたお茶碗やお箸を持ってきて欲しいと言われたのだ。それにしても、我が家にいたときは、「自分のではない」と言われていたお湯のみもやっと認めて貰えたって訳だ。通院中という3号さんにはお目にかかれなかった。88歳とは違うタイプの賑やかな方だと聞く。帰宅願望が強いという4号さんは、いつ入居なのだろうか。
2005年10月19日
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2005/10/18 martedi毎年10月18日夜7時~8時、明治通り池袋・千登世橋間を通ると、万灯が20以上も延々と練っているのが見る事が出来る。この後千登世橋から目白通りに出て、表参道に入る。やはり、人数も増え、盛り上がるのはその頃で、笛や太鼓を鳴らして佳境にはいる。基本リズムはテンツク テンツク テンテンだが、いろんなバージョンがあるらしくて面白い。この辺りでは、お会式から寒くなると言うのが定説になったいるが、大雨の後の今日はホント!寒い!病院は今日も2:00の予約。表示はどうやら30分遅れ。しかも何だか、私の先生の患者が1番多い日らしい。まだ当分待つつもりでいたら、予約表を看護師さんに渡して直ぐに呼ばれた。「どう?よくなった?」この間、救急外来で点滴してからのこと訊いてるらしいが、直ぐに答えられないでいると「よくなるわけないよな~」グラフ見て、「あ、今日が1番いいジャン」「台風、沖縄から動いたし、母預けましたから・・・」「どれくらい?」「ずっと。レビーらしいです」「そっか~、脳内××(聞き取れず)なんだ。余計なこというようだけど、面会に行ってあげてね」優しいね、先生。「胸の音まだ残っているから、2週間毎4週間後に入れとくね。今までこられなかったから仕方ないけど、やっぱり点滴が1番早いから」一昨日から喉痛いので、風邪薬もお願いして、今日は総合診パスして帰ってきた。
2005年10月18日
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2005/10/17 lunedi朝、GHから電話があり、よく寝てるし落ち着いてる様子。「寒くなってきましたので、外に出るときに羽織る物を何か・・・」「タンスの引き出しに、ジャケットと、レインコートが入ってますけど、もう少し厚手の物が必要なら届けます」「あ、そうでしたか。まだタンスの引き出しチェックしてなかったので」初めて聞く名前だった。今はデイの方に行ってると言うし、いろんな人にお世話になるのだろうな?と思う。近所の主治医に、入所の報告と、薬を貰いに行く。午後は、21日に予約入れていた江東行きを今日に変更したので、それもメンタルだけ私1人で行く。今日も大雨だ。台風20号は動かない。帰りにお茶の水に廻る?or明日が診察日だから我慢する?最悪、江東で点滴?なんて考えながら、地下鉄の中で、本を読む気力もない。なんと、サルタノールも忘れてきたみたい!それでも、1人道中なので助かる。いつもは先にメモを渡してしまうのだが、本人がいないので、私がメモを見ながら前回以後の報告。改めて見ると、先月末辺りから夕方寝込むことが多くなっている。これは確かにレビーの症状らしいが、救急の時のように、ホッペタ叩いても起きないような寝方は、リスパダールの影響ではないか?と言う。確かに、あの日の先生も「リスパダールの蓄積」かも?ということを言ってた。今日の説明では、一旦代謝されたものが、10日から2週間位してまた効いてくるようなことがあるので、日数からして丁度そんな時期になるということのようだ。とにかく、薬の効きすぎというのもレビーの兆候。レビーの精神面に効果があると言われているアリセプトを、認知症の進行を遅らせるということでなく、試してみてもいいけど・・・「GHで環境変わって、症状出難くなるかも知れないから様子みましょう」結局、腸の動きをよくする薬を増やして終わり。メモは没収。「見えたもの」いろいろ書いてあるから、笑えますよ、先生っ!FAXコーナーから処方箋送って、駅前の薬局では待たずに受け取ると言う技も初めて使ってみた。台風が動き始めたのだろうか?帰りはずいぶん楽になっている。しかし・・・喉が痛い!風邪引いた?
2005年10月17日
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2005/10/16 domenica昨日、GHから帰って、ソファにひっくり返ったら、あっという間に眠ってしまった。大して長い時間ではなかったが、「寝た~」というすっきり感が残った。夜ベッドに入って、心配してメールをくれてた友達に携帯メールを打っているうちに、途中で眠ってしまった。私の睡眠時間は大体5~6時間が普通。4時頃に目が覚めたが、眠気はない。とにかくここしばらくは、グダグダ過ごすことにしようと決めた。確かに!88歳の部屋を少し片づけよう。処分するもの、洗ってとっておくもの、仕舞い込んでいる郵便物などもよく見ないと、支払いなどあるかも知れないし・・・ついでに、いじられると困るので避難した物で、物置状態になっている私の部屋も何とかしなくては・・・行ったり来たり、上がったり降りたりしているうちにだんだん動きが悪くなり、息苦しくなってきた。ヤバ~イ・・・(__;)piano piano 少しずつ
2005年10月16日
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2005/10/15 sabatoグループホームに入る日。関白に一緒に行ってもらって、3時頃着いた。オープンしたばかりで、88歳が1番乗り。始め、誰もいないところに入るのは嫌がるかと思ったが、迎えてくれるスタッフも、これまでお世話になってたケアマネさんも、はたまた、88歳をよく知る人達こぞって、すでに誰かのいるところに行くより、先に入った方が本人にとってイイという。要するに、人に仕切られるのはいや!な性格なのだ。待っていてくれたのは、すでにお馴染みのGHの責任者Ogさんと、ケアマネージャーStさん、それに初めて会う、どうやら賄いなど手伝ってくれるらしいKnさん。今日のところは、3人がかりで、1人の面倒を見てくれると言うことになる。第1号ならではの贅沢!「大変なことがあったんですよ~」爆睡入院の顛末を話す。「レビーは派手よ~。何でもアリよ~」と言われたこと話す。動じない。にこにこして聞いてくれる。「ここではレビーでなくても何でもアリですから」そうなのか!私は結構慌てましたよ。でも今になっては、救急車を呼ぶほどのことはなかったんじゃ~?と思うけど、それはそれで良かったと言ってくれる。お陰で、高齢者医療センターの ID貰えて、今後何かあったときには、病院の選択肢が1つ増えたことになる訳だし。当人は点滴で出来た手首の痣を「いつぶつけたのか、全然覚えてないのよ」と会う人毎に説明している。眠っていたのだから覚えてないのは仕方ない。なのに、誰かがホッペタぴしゃぴしゃ叩いていたのは覚えている、と言う。それは、私だ~。「こんな懐かしい土地に住めるなんて、夢みたい。でもずいぶん変わったわね~」そりゃね、88歳がよく来ていたのは、ざっと数えてみてもう半世紀はおろか、3/4世紀前のことではなかろうか?「Sgちゃんに言っといてね!すっ飛んでくるわよ」かつてこの辺りにすんでいた、2歳下の従姉妹は、一昨年の大腿骨骨折から見事に復活したとはいえ、すっ飛んでなど来られません。そのうちきっと娘たちが面会に連れて来てくれると言ってたけど。あくまでも自分は1人、誰にも邪魔されず、思うままの生活をしたいと主張してきたが、最近は、自分が何でもかんでも直ぐ忘れてしまうことを自覚するときがあり、他の人が出来てることが自分は出来ないことに気付き、この家にいると劣等感の固まりになるとまで言った。88歳にとって、デイホームは会社であり、学校であり、ショートステイでお世話になった特養は働く場で、生き甲斐を感じると言っていた。同じ認知症同志の共同生活で、どんな出逢いが待っているやら。新しいもの好き、何にでも興味を持つ好奇心の強い性格が、この際、幸いしてくれるといいのだが・・・ケアマネージャーのStさんと今後の細かい打ち合わせをする。私が手を焼いてたことにも、次々と対策案が出て来る。プロだから。経験者からいろいろ聞かされてはいたけれど、家族では出来ないことがあるのだ。特に88歳の性格では、家族に世話になることが、屈辱でさえあった時がある。家族が1番と思うのは、思い上がり、自己満足でしかなかったかも知れない。今夜は彼女が泊まってくれるそうだ。
2005年10月15日
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2005/10/14 venerdiホントにもう限界って感じになってきた。宿題やったけど、イタリア語教室休みます。来週も休まなくてはならないので、2週抜けになりますけど休みます。明日はいよいよ88歳がグループホームに入所。持っていく物をチェックしないと・・・買いに行かなくてはならないものも幾つかあるし・・・洗濯もしなくては・・・なるべく使い慣れたものを持ってきて下さいと向こうは言うのだけれど、心機一転新しい生活になるのだから、全部捨てて新しい物を持っていくなどと当人は言って、「忙しくて、ちっとも買い物に行かれない」とボヤキながら毎日デイの迎えの車に乗ってる。今日もぐずぐず言ってたけど、最後だからと言ったら、デイホームそのもの(時により学校とか、会社とかのつもり)が終わりになるので、何かセレモニーでもあるのかと思ったらしい。そうでなくて、あなたがやめるのだと言ったら《言わなくてもよかった?》挨拶は誰と誰にすればいいのか?どうしたらいいか?みんなに何か持って行かなくては・・・GHは何てったて近いので、後から届ければいいから買う物も最小限にして、そうだ、初めての年金支給日だったと、信用金庫に寄る。今までいつも通っている道なのに気が付いたことなかったが、「年金の日」と紺地に白抜きののれんが掛かり、入ると直ぐに法被のオジサンがいる。その日に記帳に行くとお土産が貰えると、引き替えのカードを渡されていたのだが、嵩張るものだったらイヤだな?と横目で見ながら先ずATM に。金額はもう分かっていることだし、まだ仕事しているので、僅かなのでワクワクするものではないが、お土産って?恐る恐るカードを差し出したら「味噌おでんでございます」なるほど!流石信用金庫だ!庶民路線を行く?何とか買い物を済ませて、88歳の帰りを待つ。送ってきたスタッフにも挨拶できた。「また遊びにいらしてくださいね」僅か3ヶ月ほどだったが、どれほど助かったことか。当人の頭の中では、どんな風に記憶されるのか?記憶されないのか・・・
2005年10月14日
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2005/10/13 giovediお昼過ぎ、88歳を迎えに行く。夜中の1時くらいには目が覚めて、とってもお元気で点滴引っこ抜いたりベッドから降りようとするので、拘束しているという電話を今朝早く貰った。勿論十分想像の付くことで、昨夜同意書を書いている。12時間くらい経っているのだから、もう少しはっきり醒めているのかと思ってたら、まだまだ夢の中だ。目は開いているのだけれど、何やらしゃべり続けに喋っている。「見て頂戴この天井、アスベストよ。これほどの騒ぎになってるのに、ここは、とんでもない会社だわ」《ここは会社じゃなくて、病院です。天井もアスベストではありません》「アタシは初めてのところに来たんだから、彼方此方見学したいのに、縛り付けて。早くほどいて頂戴」《歩き回られちゃ困るから、拘束されているのでしょう。でもそれじゃ、昨夜了解求められた腕のバンドは何のため?病院内で行方不明になったときのためだったんじゃ~。チョット疑問涌く》「あっちの方で、何か出し物がある見たいなんだけど、誰か有名人でも来てるの?」《いや~、ホントにお祭り好きなのね》それにしてもこの病院、ずいぶん大勢スタッフがいるように思えるけど、なかなかことが進まない。医事課にしても、ナースにしても、患者に対しているよりも、スタッフ同志で何やら会話している場面がやたら多い気がする。行く時間言ってあったのに会計ができてないし、貰った説明書と違うとこに先に行けって言うし、昨夜の手続きの時だって、明らかにアルバイトの男の子2人。何やら時々声だけ聞こえる男の人のところに、紙を運んでいるだけ。書くだけ書かせて、何も支持してくれないから、えらい時間待たされた。救急車に乗ってきたから、帰り道分からず、受付のオジサンに訊いたけど、地図を見せながら、要領得ない説明してくれた。門の前にタクシー止まっていたから手を挙げたのに、動かない。運転手、寝てるのか?諦めて、駅まで歩いたが、苦しいのに改札入ってから跨線橋渡らされた。こんなとこにいたら、こっちまで妄想起きそう。でも、昨日の先生は、よかった。レビーのこともよく説明してくれて、覚悟みたいなもの少し出来たし・・・お会式が間近だ。街のそこここに出来上がった万灯が待機している。お祭り好きの88歳はとうとう見る機会がなかった。毎年誘っても「仕事が忙しいから」と、どうしても出てこなかった。最早あの雑踏の中に連れていくことは出来ないし、関心もあるのかないのか・・・
2005年10月13日
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2005/10/12 mercoledi最近デイから帰ってから、お夕飯までの時間、寝ることが多くなった88歳。週4日は疲れるのかな?とも思ったりするのだが、朝起きるととても張り切って、うきうきと出掛けていくので、これまで、疲れたからと休んだことはない。今日はデイはない日だったのに、お昼を食べてしばらく何故か1chanだけ電波障害みたいな画面が続くので、気になってみていた私(ちょっとヘン)に付き合って傍にいたが、眠くなったと部屋に入った。「出掛けるときは言ってってよ!」といつも言うので、買い物に行くからと言いに行くと、爆睡中。またしばらくして行って見てもまだ返事もしないので、テーブルに書き置きして、大急ぎで買い物に出た。帰ったら怒るだろうな?と思ったのに、まだ寝てる。ご飯が出来て、呼びに行ってもまだ寝てる。姿勢はそのたんびに変わっているので、大丈夫なのだろうけど、チョット心配。「ご飯だけど・・・」返事がない。「まだ眠いの?」頷いたので、もう少しそのままにしていた。それでもこれ以上お夕飯が遅くなってもと思い、またすぐ呼びに行ったら、もう頷くこともしない。呼吸は確かにしている。が、ほっぺた叩いてみても全然起きない。どうしちゃったんだろう?頭の血管でも詰まったか?切れたか?こんな時は、悪い方へ、悪い方へ、と想像するものだ。で・・・119番しちゃった。はじめCTが撮れる○▲病院に行きましょうといったのだが、認知症ということで断られたのか?老人医療センターに向かった。いつも行ってる江東は、高齢者医療センターなのだけれど、こっちは老人なんだ!そんなこと感心している場合ではないのだけれど、救急車の中でも、血圧、脈拍、バイタル正常。瞳孔もしっかり反応してるらしいし、酸素を繋いだばっかりでもうちゃんと100を示している。救急隊員も盛んに呼びかけたり叩いたりしているが目を覚まさない。時々、瞼をぴくぴくさせるだけなので、首を傾げている。救急処置室に行って、これまでのこと薬のこと説明。「レビーだとこういうことあるのよ」「え~、そうなんですか?」「そうよ、何しろ派手なんだから。何でもありよ~!」「どのくらい寝るんでしょう?」「5日間寝っぱなしって人もいたわよ。眠り姫ね。いくら調べても何処も悪くないのよ」泊まったホテルが、おそらく行ったこともない(あるのか?)ラブホテルだったり、人を集めて芝居をしたり、この間は小人と一緒に寝たみたいだし、とうとう眠り姫になったわけ。もうどんなお伽噺も、SFも、十二国記もアリだと思ってしまう。勿論CTも異常なし。だんだんに目覚め始めて、返事をするようになったけれど、とても連れて帰れる状態じゃない。先生は、幻覚があるので、目覚めたときに危ないから、ここにいるとどうしても拘束しなくちゃならなくて可哀想だから、起きたところで連れて帰った方がいいといわれたけど、プレドニンで動いている私の方が心配で、一晩泊めて貰うことに。ホント、ここでまた点滴か?と思ったもの。帰り道、駅で電車を待ってる間、何か温かい飲み物が欲しいと思った。「つめた~い」の自販機の中に「ポッカポカ○○○」を見つけて買ったら、やっぱりポッカポカではなかった。冷たい「ポッカポカ○○○」は美味しくない。ホームの中頃に今度はコーヒー系の自販機見つけて、今度こそ暖かいココアでもと思ったら、「エスプレッソチョコ」何なんだこれは。コーヒーなのか?ココアなのか?やっぱり、どっちでもあるような、ないような・・・味だった。
2005年10月12日
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2005/10/11 martedi走った。走れた、朝は。引っ越しの買い物に行かなくてはならないので、デイを休みたいと盛んに言っていたのに、朝ご飯を食べたら、お迎えをまだかまだかと待っている。「表で待っているから」「まだ1時間近くあるわよ」「下で待ってます」「まだ30分あるのよ」な~んてやりとりしているうちに、エポック10の所長から電話が来て話していると、「じゃあ、行きます」「外に出ないで待っててよ!車が入ってくるかも知れないんだから」「うちの前にいます」事情を話して、こちらからかけ直すからと電話を断って、後を追った。が、いない!丁度向こうからお迎えの人がこっちに向かって来るところだった。「いないんです~」ほんのチョットの間だったので、直ぐ見つかるかと2人で駆け回った、いない。角の工事の交通整理のオジサンに訊いたら、向こうに行ったよ、と言うので、もしかして、諦めたはずの買い物に行ってしまったかと、いつも利用しているバス停まで見に行った。途中で追いつくかと思ったのだが見あたらない。バスは滅多に来ないのだが、もし幸運に恵まれて、乗ってっちゃったのなら、諦めよう。今まで帰ってこなかったことはないのだから・・・でも、お金持っているかしら?なんて考えながら戻ったら、すましてもう1人のお婆さんと並んで座ってるではないか。細い路地をぐるっと回って来ただけのようだが、やはり目が離せないこと肝に銘じておく。夕方食事の支度をしているうちに何だか苦しくなってくる。サルタノールしてみるが、ほんの一時しのぎ。それでも何とか用意して、88歳が食べ始めた頃、珍しく早く関白とtamが相次いで帰ってきた。「9時から電話会議だ」という関白が書斎に入ってしまったので、tamに後を頼んで家を出た。タクシーを拾うまでの道で、やっと歩きながら電話。街灯の明かりで、ID番号をつげると、「呼吸器当直の○○です。救急外来でお待ちしてます。30分以内で来られますね」待っててくれたのは、初対面のM先生。火曜日なので、昼間に行けたらいつものN先生だったのだけど・・・着くと1番最近に撮った胸のX線写真が用意されていて、早速聴診。ひとつひとつ「ウン」「ウン」と頷きながら胸の音を聞いている。新しい先生に見て頂く度に、「私、自分で喘鳴聞こえないんです」と言わなくてはならない。苦しくても、聴診器でも聞こえないと彼方此方の医者に言われてきた期間が長く、技量の問題か?聴診器が悪かったのか?今思えば、ずいぶん以前から症状があったのに、と思うことが多いのだ。「何か思い当たることある?」「台風が・・・沖縄あたりに・・・」「そう言う人多いね!」とにかくネプライザーと点滴。することは決まっているけれど、その為に来たようなものだから・・・イイ。この苦しさじゃ、とても寝られそうもないし、そうすれば明日はもっと悪くなりそうだもの。[研修医]の札を下げた、またまたカワイコちゃん先生が現れて、ゴムバンドをギリギリ締める。《この病院、ホント、カワイコちゃん女医さんが多いのだ。採用条件に、もしかして「容姿端麗」?》必要以上に痛いんじゃない?と思ったら、今度は腕をバシバシ2・3発叩く。《オイオイ、私叩かれたことないんだけど~》ともかく無事点滴繋いで、もう一方の手で同時に吸入。吸入終わったところで、ベッドに移動。その頃にはもう、横になることが出来、しばらくウトウトしたようだ。小1時間で終わって、も一度モシモシ。「ウン、音は消えてるね。ただ一時的だからね。最近プレドニンは?」「もう1ヶ月ぐらい使ってません。1週間続けたらあとが辛くなっちゃって」「そうだね。じゃあ、帰ったら今夜呑んで、明日はお昼に呑んで、次から朝。火・水・木・金・土と5日でスパッとやめて、日月抜いて、火曜日にN先生の診察受けて!」そして帰りは元気!ヨシヨシ。往きと帰りとタクシー代同額って不思議。通った道、違うのに。
2005年10月11日
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22005/10/10 lunedi晴天率が1番高いから、東京オリンピックの開会式の日に選ばれたという日なのに、雨。ha-の幼稚園は、隣接する私立男子校のグランドを、雨の場合は体育館を借りることが、何十年も前から続いており、延期にはならない。そして、年長組の最後の運動会はパラバルーン→ダンス→組体操と言うのも何年も変わらない。しかもこのときの音楽もダンスもその年に流行っているものを使うので、去年は「まつけんサンバ」だった。今年はSMAPの「BANG!BANG!バカンス」に「マイヤヒー」←子どもたちは中←今度は先生が中←最後はドミノ倒しそれから、ダンス、組体操。今日は、体育館の中だったので、風に影響されることもなく、バルーンもいつもよりキレイに出来たかも知れないし、子供たちにとっては、組体操もグランドよりやりやすかったかも知れない。雨もイイもんだ!幸い終わる頃には殆ど雨も上がっていて、閉会式が終わってからグランドに出て、これまたン十年続いている風船とばし。ウ~ン、完璧。
2005年10月10日
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2005/10/09 domenica土日とデイのない日が続くと必ずヘンテコになる88歳。先週のような、大袈裟なドラマは聞かせて貰えなかったけど、朝からエプロンなどして、やけに張り切って部屋を片づけている。新しい雑巾が欲しいというので、古タオルを渡したら、私の目の前の、ほんの1メートル四方のところを唐突に一所懸命雑巾掛けしている。何かそこだけ汚れているように見えたのだろうか?訊いてみようかと思ったけど、怖ろしいので、やめといた。グループホームに早く行きたいと盛んに言う。何か勘違いして夢見ているんじゃないかという気もするが、これも深く詮索はしないことにする。ともかく早いとこ、ベッドだけでも用意しとかなくてはと、お昼前にMUJIに行って頼んできた。14日に向こうに届くというので、この週末から来週頭には引っ越せるだろう。あとは、持ってく衣類などをピックアップして、買い足したりしなくては・・・ああ、彼の地に置きっぱなしの冬物衣類も何とかしなくては・・・口に出していえば、自分が取りに行くというに決まっている。昨日も、2歳下の従姉妹に、「私は何処も悪いとこないのよ。お医者さんは機械で見ていろいろ言うけど、間違いだと思う」と電話で話してた。何処も悪いとこないので、勿論1人で新幹線にも乗れるし、荷物も持って帰ってこられると確信しているのだ。夕方食事の支度をしていると「お昼に買ってきて貰ったのり巻きや、この食費なんかは誰が出してるの?」「・・・それはうちの家計ってことで・・・」「誰かお金がある人が出してるのね。それで、何処からも文句でないの?」「・・・まあ、家族だからね~」「家族っていっても・・・?」「とにかく心配しないでイイから」寝る前目薬を差すときになって、お世話になってる眼科のKn先生との出逢いからのいきさつを、私相手に蕩々と話始めた。《これは初めてではないぞ、確か》「最初の時から、いつも私と一緒に行ったんだけど」「あら、それはごめんなさい。私すっかり忘れちゃって!あなたに一緒に行って貰ったんだったわね。私すっかり忘れて、ホントにごめんなさい」《そんなことより》「私誰だか分かってる?」「そりゃ分かるわよ。名前は今ちょっと出てこないけど、そういう病気だから」「じゃ、どういう人?」「とっても優秀な私の生徒よ!そして今お世話になってる人」劣等生ではないらしいからイイってことにしとく!?
2005年10月09日
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2005/10/08 sabato珍しく2日続けて、ひかり文庫通い。第1金曜日にある運営委員会は、いつもイタリア語のために休んでいたのだが、昨日はみんなに聞いておきたいことがあったので、遅れるの承知で、帰りにまわった。そして今日は、雑誌の校正。10時ギリギリに着いたらもう1番ビリ。2人で組む「歴読」担当3組と、「小説新潮」は1人1巻担当なので4人、合計7カ所必要なのだけれど、録音室は4室しかなく、その1室が空いていてラッキー。「小説新潮」の第4巻を持って録音室Bに籠もる。読み手は、入って直ぐ出産のため休んでいて、今年になって復帰したので、まだ新人。活舌がまだまだだが、今後の課題としておく。小説1本と総目次で納めてくれていたので、わりと早く終わるかと思ったが、どうもこのところの不安定な気候で、私の体調余りよろしくない。2度ほど中断したが、それでも2人で組む「歴読」よりは早く終わった。それにしても、2日続けて図書館に行っているのに、返さなきゃいけない本をまた持ってくるの忘れてる私って!88歳は、もうデイのみんなに近々引っ越すからもう来ないと言ってきたらしい。今日はもともと行く日ではないのに、朝迎えに来たら困ると何回も家の外まで見に行ったりしていた。おまけに、引っ越しに備えて買う物がいろいろあるので出掛けると言っていた。関白は出掛けられないように玄関を閉めておくとか何とか騒いでいたが、今まで出掛けてもちゃんと帰ってきていたし、《あんなに変テコでも、こういうところは不思議》出掛けちゃったら出掛けちゃったでイイからと言っておいた。結局、昼食のことと、八百屋さんのことを頼んだので、non親子がやってきて、88歳の外出はないことになった。明日こそと思っているらしいが・・・
2005年10月08日
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2005/10/07 venerdi今日から一応新学期。クラスが1ランク上がったってことだけど、1人の新入生を除いて、同じメンバーだし、先生も変わらずどーってことない。でも、テキストは新しいUNITA命令法に入った。ホントの命令だけなら、相手は目の前にいる2人称だけでいいのに、頼んだり、誘ったりにも使う形なので、3人称や複数の形もある。それがまた動詞の語尾で変化の仕方が違い、その他に不規則な変化をする動詞もありで、これでまた何週間もかかりそうだ。どうも最近、テキストの問題も、作文的なものが多くなっている。今日のところも、3枚の写真があって、こんな時どういう?ってな問題が載っている。1枚目はトンネルの手前で渋滞に嵌ってるとこ。*待つしかないジャン。せめて音楽でも聴きながら・・・2枚目は、風邪引いて、ティシュ握ってまさにクシャミしてる男の人。*医者行け!医者!*とっとと寝ろ!3枚目は、2人で食事をしている1人が赤ワインをこぼして、テーブルや相手の白いブラウスをビショビショにしちゃった。*とりあえずcameriereウェイターを呼んで、テーブル取り替えて貰ったら?私なんかが思いつくのはこんなことぐらい。でも、1人1人に訊くからみんな一生懸命いろんなことひねり出す。一応みんな、フンフンというということばかりだが、最後にMcが、cameriereを呼んで、Viavaを持ってきて貰うというので、我々一斉にキョト~ン。それ見て、Mcが一所懸命説明するところによるとどうやら、スプレーの染み抜きみたいなものらしい。それでもみんなが、知らないようだと分かったのだろう。部屋からでてったと思ったら、赤いスプレー缶Viavaを手に戻ってきた。イタリアでは、トマトソース洋服に付けちゃったりは珍しいことではないので、何処のレストランでもこれは置いてあるから、頼めば良いという。そういえば、 小麦粉を持ってきて、直ぐに吸い取らせてくれた なんて話も何処かで読んだか、聞いたかしたような?それにしてもそんな便利なもの日本でも買えるものなら欲しいと思って検索したが、 このスプレーはイタリアでは常識らしく、ほとんどどのレストランでも常備されているとか。 もし服に何かこぼしたら「スプレーある?」と聞いてみてください。 多分ジェスチャーですぐ解ってくれると思います。 またスーパーで購入できますよ。1000円ぐらいです。[(m_m)無断引用]
2005年10月07日
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2005/10/06 giovedi決まっていた校正者が、右手を骨折。急に暇してる(ひかり文庫のの中では)私に廻ってきた音訳テープ90分*11巻。まあ、軽そうな本だし、どこぞでブックレビューなんぞ書いてる著者のようなので、本の情報に期待した。こんなボランティア、ひかり文庫だけで15年もやっており、他ではもっと前からやっているので、随分長いことになる。何で続いているかと言えば、生来の活字好きながら、自分で選ぶものは偏りが酷いので、こういうことやって多少の是正になるか?と。この本だって、おそらく自分から本屋で手に取ることはないだろう。いくら500ページ2段組だといっても、「クアトロ・ラガッツィ」のような充実した読後感は期待できないし・・・お金を払う気にならない。要するに、自分の好みでない書物に触れる機会が与えられるので、またそこで、新たな興味も生まれるかも知れないというのが、何となくダラダラと足を洗えずにいる理由かも知れない。今回も、早速余録があった。この作者、何と!自分の体脂肪率を公開しているのだ。それも半端じゃない数字。体重もおおよそ予測がつくもンだ。おまけに、その日に食べたものを克明に、時にはレシピまで付けて書き込んでいる。つまり、こういう物を食べてる人が、こういう体脂肪率になるのだ!とよ~く分からせてくれる。ここんとこ、しっかり肝に銘じなければと、いつの間にか意識しながら聴く(読む)ことになった。勿論、かなりの量の書評も掲載されているのだが、私の興味を引くものは少なく、どうでもいいって感じになってる。
2005年10月06日
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2005/10/05 mercolediグループホームの人が夕方面接に来るというので、88歳は朝から「まだかまだか」と待っている。時間もよく分からなくなってきているので、「こんなに遅くなって。もう今日は来ないわね」「まだ約束の時間には早いわよ」今お世話になっているケアマネさんのお陰で、随分早くに情報を得て、見学も早めに出来て、入居希望を伝えてあったのだが、先週の内覧会は相当盛況だったと言うし、何より私が見た他のGHとの差は明らか。希望者も多いことが予想されて、最終的に今日の面談で決まることになるのだろう。あらかじめ記入して、今日渡すことになっていた書類が、どういう訳か、やっと昨日着いたのだが、まあ、細々と、A47枚にも及んだ。こんなに書かせておいて、断るンかい?と思いながら昨夜書いたのだが、向こうの意図と違うこと書いてンじゃないか?とか自分で思うところが出てきたり、返信用の封筒も入っていたりするので、後から送ればいいか!と書き残しがあるまま。ほぼ時間通りにGHの責任者OさんとケアマネのSさんが到着。見学の時に案内してくれた2人でもうお馴染み。88歳は主にSさんと、私はOさんと話すという形になった。以前は、傍で何やら創作混じりの話をされていると、そっちが気になって仕方がなかったのに、私も随分慣れたもので、もう平気でこっちの話を進められる。レビー小体型痴呆という疑いが出てきたので、受け入れてくれるかどうか?という一抹の不安があったが、しっかり理解のあるところを確認できたので一安心。書類の不完全なままの書き込みも、これから私たちで書き足していくものなので・・・と言ってくれて、持ち帰ってくれた。あとは、契約書の説明を受け、本格的に入居の準備にかかることになる。主治医にも、「もうご家庭では無理かも知れませんねぇ」と言われてしまったことだし、話をしてみると、やはりプロに託すのがイイと思えてきた。
2005年10月05日
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2005/10/04 martedi劇団の創始者の1人でもある長老が、8月に亡くなって、旅に出ていた一行が帰ったところで、今日お別れ会をするというので、久しぶりに、ha-のお迎えに幼稚園に行った。入ったばかりの頃は、shunが生まれたばかりで、殆ど毎日行っていたのだが、雨で車を出す時も、中まではいることはなく、行事以外では、年長組になって初めて・・・かな?「うちのクラスのお母さんたち並ばないから」と言ってたけど並んでた。列は短かったけれど。もう、子供たちも幼稚園の主みたいなもので、お迎えを待ちこがれてる様子もなく、桜の古木の下のブランコのところにたむろして座り込んでいる。先生にさよならしてから、傘を忘れたからと教室に戻り、shunと2人連れて、教会の事務所に寄り、やっと88歳の転出証明を届けた。そうそう、あとで読もうと思ってべつにしといた新聞をうっかり廃品回収に出してしまったけど、バックナンバーないかしら?と売店に寄ってみる。見つけて¥158払おうと思ったらお金がない。お財布は、今朝関白の出張送っていった時、車の中で中身抜かれたまま空っぽ。いつも持ってる小銭入れは・・・?と思ったら、昨日お魚やさんに行く時小さなバッグに入れたままだ。諦めて、次来た時の幸運に掛けようかと思ったら、お取り置きしといてくれるという。なんか¥158ぽっちのもの、恥ずかしいような気がしたけれど、お願いした。明日、nonに取ってきてもらっても良いのだが、呆れられるだろうな~。そんなこと思いながら、車走り出したらha-が「絵本袋忘れてきた!」「さっき、ブランコの下に座り込んでた時そばにあったじゃない」どうやらそのまま置いて来ちゃったようだが、明日でもイイというので戻らず帰ってきてしまった。あ~やっぱり、うちの子だ!
2005年10月04日
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2005/10/03 lunedi昨日の朝早く、88歳が居間の方で、何かブツブツ言っているので行ってみると「私の部屋にいる10人ばかりの若い子たち、こんなお休みの日には、何処かへ連れて行った方がいいのかしらねえ。それとも?朝ご飯食べさせる?」「そんな子達がいるの?いつから?」「昨夜から一緒に寝てたの。ちょっと見に来て頂戴」付いて部屋にいくと、自分のベッドを指し、「ここでみんなで寝たのよ」と言うが、ごく普通サイズ100*205のベッドにどう考えても10人も寝られるわけがないのだけれど・・・勿論居るわけなく、ベッドの上に投げ出してあるバッグを上から叩いてみたり、中に手を突っ込んで探してる様子。どうも最近、ものの大小が分からなくて、どう見ても入りそうにない物をバッグに無理矢理突っ込もうとしているのを見たりはするが、10人もの人がそんな中に入るんかい。「小人なの?」と訊いたら、そこで覚醒したらしい。「そうねえ、変ねえ」その後、1人で買い物に行きたかったのに、出そびれた。明日は、デイを休んで、主治医の先生のところに、健康診断を受けに行くからといって、床についたのだが、それからも不安定で何回も起こされた。「フリフ(何じゃそれ?)という服を着るようにと言われたけれど、それは何かしら」『だれに?』「女の人が来て」なにか夢でも見たのでしょう。まだ夜だから、と宥めて部屋に戻すが、しばらくして「フリフ(前と同じ)という服を着るように命令が来たけれど、これでいいわね。退職する側なんだから」『・・・?誰から命令がきたの?』「紙に書いて枕元に置いてあったの」『じゃ、それ見せて!』「もう誰かが持ってっちゃってない」寝た時はパジャマに着替えていたはずなのに、その度に着ている物が変わっている。壁紙を誰かがビリビリ剥がしているだとか、不安そうなこともいっていたので、リスパダール0.5を更に半分にして呑ませてみたが、何の効果もなかった。主治医にこの顛末を話し、この間メンタルの先生にレビー小体型痴呆かもと言われたこと話したら、「ウ~ン、それだけ幻視がはっきりしていると、ただのアルツハイマーではないかも知れないね~」
2005年10月03日
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2005/10/02 domenica10月だというのにこの暑さ!運動会日和もいいけど、暑過ぎ!朝から、88歳が一際ヘンテコ。一時下火になった幻覚が・・・なのに、買い物に行くというので、目が離せない。しかしtu-&a-の運動会はどうしても行きたい。関白は仕事抱えて部屋に閉じこもってるし、tamは出勤。出掛けるといったって、捜し物ばかりで、ちっとも支度が調わない様子。1つ見つかれば、さっきまであったものがないといって探してる。その繰り返しのうちに、お昼になった。「こんなに暑くなっちゃ、もう出掛けられないじゃない」ヤレヤレ!そこで、こっちは飛び出した。何とか間に合いそうだ。当然駐輪できると思ってチャリ飛ばして行ったら、ダメだという。門の前に立ってる旗持ったおじさんが「あっちおいといて!」何だか変!?入り口の脇に場所が十分あるように見えるのに、駐輪禁止の貼り紙いっぱいして、よそンち置けッてどうよ。なんてったって、tu-&a-たち三年生は、近年の運動会の華、一輪車だ。見逃すわけに行かない。運動会見ていつも困るのは、みんな全く同じ服装になってしまうので、見分けがなかなかつかないことだ。競技によっては、探しているうちに終わってしまったりする。背の高い2人は、車がみんなより一回り大きいのに乗っていたので、きょうは直ぐ分かった。ところが、2人が一緒になるわけではなく、あっちとこっちと両極の位置になったりするから、傍でビデオを構えたtunが「頼むから離さないでくれ~」間違いなく息も合うのだから、気の利いた演出をしてくれたら良さそうなもの。公立校の平等主義がこんなところにも災いしてる?なんて考え過ぎ・・・
2005年10月02日
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2005/10/01 sabatoおお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオ?(中略)私の敵といっても、それはあなたのお名前だけ、モンタギューの名をすてても、あなたはあなた。モンタギューってなに?手でも足でもない、腕でも顔でもない、人間のからだのなかのどの部分でもない、だから別のお名前に。名前ってなに?バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま。だからロミオというお名前をやめたところであの非のうちどころのないお姿は、呼び名はなくてもそのままのはず。[ロミオとジュリエット 小田島雄志訳]シェイクスピアのこのセリフ、ここで、しかも訳者本人の朗読で聴こうとは!私は誰かの舞台を思い出すわけではなく、ベローナの、ジュリエットの家のバルコニーを思い出して聴いていた。しかも、この日の小田島氏の話は、演劇の話ではなく、この、名前そのものに意味があるのではなく、中身が問題なのだという話の例として持ち出されたものだ。「例えば、刺客と呼ばれた人達が、チルドレンと呼ばれるようになっても変わらないように」セレモニーというものは、大概、退屈で無駄な時間になる。役所絡みはことさらだろうと思う。案の定、最初に聞かされた弦楽四重奏は酷かった。アマチュアだから我慢、と思っても、なら、余り知られてない選曲をした方がアラが目立たないと思うのだが、「アイネクライネ・・・」から始まって、サンサーンスの「白鳥」なんか演奏してくれるから、困った。それだけに、30分強の小田島氏の話は印象に残った。シェイクスピア研究の第1人者も、ただの芝居好きのオジサンという風に見えるが、雑談のようで、中身の濃い話。訥弁のようで、人を引きつける話術。何回か、テアトル・エコーの100人チョットしか入らない小さな劇場で見かけたことがあったが、話を聴くのは初めて。シェイクスピアのなかでもっともポピュラーな「ロミオとジュリエット」の、もっとも有名なバルコニーの場面の台詞も、血肉になっているからこそ、こんなセレモニーでも活かせるのだ。さすが、年間370本ぐらい見るという芝居好きなればこそ。それにしても、○○議員と呼ばれる人達の話のつまらないこと!どうして、こんな底の浅い話しかできないのに、当選するのだろう?謎!!!
2005年10月01日
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