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シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒すという計画は風前の灯火だと言えるだろう。シリア侵略勢力に属していた国々のうちイスラエルやトルコはすでにロシアへ接近、アメリカではロシアと手を組むべきだと主張するドナルド・トランプが次期大統領に選ばれている。バラク・オバマ米大統領やヒラリー・クリントンの周辺、あるいはサウジアラビアやカタールなどは窮地に陥った。中でもペルシャ湾岸の産油国は難しい局面に立たされたと言えるだろう。トランプの言動を考えると、サウジアラビアは2001年9月11日に実行された攻撃の責任が問われることも考えられる。 シリア侵攻の背後にはアメリカ、イギリス、フランス、サウジアラビア、カタール、トルコ、イスラエルなどの国々が存在、アル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)が手先として戦ってきた。こうした武装勢力の主力はサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団だ。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、ネオコンのポール・ウォルフォウィッツがイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしたのは1991年のこと。この年の1月16日にアメリカが主導する連合軍はイラクへ軍事侵攻、2月末に停戦するが、国防次官だったウォルフォウィッツはそれが気に入らなかった。 ウォルフォウィッツたちネオコン/シオニストは1980年代からサダム・フセインを排除したがっていたのだが、ジョージ・H・W・ブッシュ政権はフセインを排除せずに戦闘を終結させてしまい、ネオコンを激怒させたのである。そしてウォルフォウィッツの発言につながった。 1991年はソ連が消滅した年でもある。7月にイギリスのロンドンで開かれたG7の首脳会談で西側の首脳はソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領に対して新自由主義経済、いわゆる「ピノチェト・オプション」の実施を要求、それに難色を示したゴルバチョフは排除されることになる。 言うまでもなく、ピノチェトとは1973年9月11日にチリで民主的政権をクーデターで倒したオーグスト・ピノチェトを指している。その軍事クーデターはCIAが後ろ盾になっていたが、その作戦を背後からを操っていたのはヘンリー・キッシンジャーだ。 クーデター後、ピノチェトはシカゴ大学のミルトン・フリードマン教授の「マネタリズム」に基づく政策を導入、大企業/富裕層を優遇する政策を実施した。その政策を実際に実行したのがシカゴ大学のフリードマン教授やアーノルド・ハーバーガー教授といった経済学者の弟子たち、いわゆる「シカゴ・ボーイズ」である。 具体的な政策としては、賃金は引き下げ、労働者を保護する法律を廃止、労働組合を禁止、つまり労働環境を劣悪化、1979年には健康管理から年金、教育まで、全てを私有化しようと試みている。国有企業の私有化とは国民の資産を略奪することにほかならず、安倍晋三政権が執着しているTPP(環太平洋連携協定)と基本的に同じ。実際、安倍政権はその方向へ向かっている。 西側支配層はゴルバチョフに替わる選択肢を持っていた。ボリス・エリツィンだ。1991年7月に彼はロシアの大統領に就任する。 その一方、ゴルバチョフの政策をソ連解体の策謀と考えるグループは「国家非常事態委員会」を組織、8月に権力の奪還を狙うものの、失敗する。その目論見を利用して主導権をを奪うことに成功したのがエリツィン。1991年12月8日に彼はベラルーシにあるベロベーシの森で秘密会議を開き、国民に諮ることなくソ連からの離脱を決めた。いわゆる「ベロベーシ合意」だ。12月21日にはCIS(独立国家共同体)が発足、ソ連は消滅するのだが、この過程に国民の意思は反映されていない。 会議に出席したのはロシアからエリツィン大統領とゲンナジー・ブルブリス国務大臣、ウクライナからレオニード・クラフチュク大統領とビトルド・フォキン首相、ベラルーシのソビエト最高会議で議長を務めていたスタニスラフ・シュシケビッチとバツァスラフ・ケビッチ首相。会議を主導したのはロシアのブルブリスだと言われている。 ソ連の消滅によってアメリカの支配層はアメリカが唯一の超大国になり、その超大国を支配している自分たちが世界を支配するというストーリーを考える。そこで1992年2月に国防総省のDPGとして世界制覇プロジェクトを作成する。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンで、旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジアなどの潜在的なライバルを潰し、膨大な資源を抱える西南アジアを支配しようと計画している。 こうした計画はビル・クリントン政権で塩漬けになるが、本ブログで何度も書いているように、ヒラリー・クリントンが政権の内部に引き込んだマデリーン・オルブライトやビクトリア・ヌランドが軌道修正、つまり戦争へと導いていく。オルブライトはズビグネフ・ブレジンスキーの教え子であり、ヌランドはネオコンだ。 ビル・クリントン政権が侵略戦争へ進み始めるのはオルブライトが国連大使から国務長官へ異動した1997年1月。これは大きな節目だった。なお、ヌランドは国務副長官の首席補佐官を務めていた。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されると、ホワイトハウスでネオコンなど好戦派が主導権を握る。攻撃の10日後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国リストが作成され、そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたとクラーク元欧州連合軍は語っている。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いたレポートによると、アメリカ/NATO、ペルシャ湾岸産油国(サウジアラビアやカタール)、イスラエルは遅くとも2007年にシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を始めていた。その手先はサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団だ。 アル・カイダ系武装集団やダーイッシュが「独裁者に虐げられた人民」でないことはアメリカ支配層に属す人びとも認めている。例えば、2014年9月に空軍のトーマス・マッキナニー中将はアメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで発言、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、同年10月にはジョー・バイデン米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語り、2015年にはクラーク元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べている。 そして2015年8月、マイケル・フリン元DIA局長はアル・ジャジーラの番組へ出演した際、ダーイッシュが勢力を拡大できたのはバラク・オバマ政権の政策があったからだと指摘している。言うまでもなく、フリンはドナルド・トランプ大統領の安全保障担当補佐官に内定している。オバマ大統領、そしてオバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントンにとって嫌な人事だろう。 そうした中、サウジアラビアの責任を問う話が流された。例えば、今年1月には侵略戦争の旗振り役を演じてきたニューヨーク・タイムズ紙もサウジアラビアがシリアの反政府軍の資金源だとする記事を掲載した。9/11にサウジアラビアが関与しているという話も流れている。 アメリカの支配層がイスラエルの責任を問うとは考え難く、サウジアラビアは全ての責任を押しつけられる可能性もある。が、そうなると世界有数の油田国が不安定化してしまう。目先の個人的な利益を優先、アメリカの好戦派に従ってきた日本の支配層は日本を東アジアで孤立させ、破滅の瀬戸際に立たせた。
2016.11.30
シリアの要衝、アレッポの北部を政府軍が奪還、その東部も制圧しつつあるようだ。アメリカを後ろ盾とする侵略軍(アル・カイダ系武装勢力やダーイッシュなど)が崩れ始めたのを見て住民も立ち上がったという。ロシア国防省によると、侵略軍が住民に対して毒ガスのイペリット(マスタードガス)を使った証拠があるという。 その一方、国連はアレッポ東部を侵略軍の自治区に使用と提案してシリア政府から拒否され、アメリカのジョン・ケリー国務長官はロシア政府と接触してアレッポの侵略軍に対する包囲攻撃を止めさせようと画策していた。アレッポを政府軍が完全に抑えたなら、アメリカやサウジアラビアなどがバシャール・アル・アサド大統領を排除することは不可能だろう。 バラク・オバマ大統領はアサドを排除すべきだとしていたが、アメリカの政府、軍隊、情報機関などにはアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュなどを危険だと考える人びともいた。例えば、2014年8月7日までDIA(国防情報局)の局長だったマイケル・フリン中将、15年2月17日まで国防長官だったチャック・ヘーゲル、15年9月25日まで統合参謀本部議長だったマーティン・デンプシー大将らだ。これは本ブログで何度も指摘してきた。 デンプシーが議長の座から降りた5日後、ロシア軍はシリア政府の要請に基づいて空爆を開始、戦況を一変させてしまった。その後、アメリカ政府との交渉で紆余曲折はあったが、侵略軍は持ち直せなかった。 そして今年9月17日、アメリカ軍主導の連合軍がシリア北東部の都市デリゾールでF-16戦闘機2機とA-10対地攻撃機2機を使ってシリア政府軍を空爆、80名以上と言われる兵士を殺害、多くを負傷させる。政府軍はダーイッシュに対する大規模な攻勢の準備をしていている最中で、援軍も到着していた。この出来事で米露両政府の対立は決定的になった。 その2日後、支援物資を運んでいた国連の車列がアレッポで攻撃されて12名が死亡している。シリア軍が支配している地域から反政府軍の支配地へ入ったところだった。 まず、アメリカ国務省はシリア軍のヘリコプターが攻撃したと主張する。国防総省はロシア軍のSu-24攻撃機が2時間以上にわたって空爆したとするが、Su-24はこれだけの時間、戦闘を継続することはできないと言われている。つまり、アメリカ政府が偽情報を発信していたことは明らかだ。 この時、アメリカ側の主張を宣伝していた「人権団体」が「白いヘルメット」。この団体はイギリスで、元イギリス軍将校のジャームズ・ル・メシュリエによって創設された。この人物は傭兵会社のブラックウォーター(後にXe、さらにアカデミへ名称変更)で働いた経験がある。 2016年4月27日にアメリカ国務省の副スポークスパーソンのマーク・トナーは、白ヘルがUSAIDから2300万ドル受け取っていることを認めている。USAIDはCIAの資金を流すパイプ役で、白ヘルはCIAから資金を供給されていることになる。そのほか、投機家で旧ソ連圏の制圧を目指しているジョージ・ソロス、さらにオランダやイギリスの外務省も資金を提供している。住民をこのグループが救援する様子とされる映像が事実に基づかない演出だったことも発覚している。 デリゾールの攻撃から5日後、アレッポの攻撃から3日後の9月22日にジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長とアシュトン・カーター国防長官は上院軍事委員会に出席、その場でアレッポでの攻撃がロシア軍によるものだつする主張に裏付けがないことを認めている。 また、飛行禁止空域の設定について、そうしたことを強行すればロシアやシリアと戦争しなければならなくなるだろうとダンフォードは語っているのだが、ジョン・マケイン上院議員は戦争にならない方法はあるだろうと反論している。アレッポの侵略軍を守るためにはリビアのように制空権をアメリカが握る必要があると考えたのだろう。ヒラリー・クリントンもマケインと同じで飛行禁止空域の設定を支持、つまりロシアやシリアとの戦争も辞さないという姿勢だった。 しかし、この9月までに、「ユダヤ系」富豪の資金の流れはヒラリーからドナルド・トランプへ切り替わっていた可能性が高い。ロシアや中国と核戦争しようという狂気の戦略に支配層もついて行けなかったのだろう。
2016.11.29
欧米でヒラリー・クリントンを次期アメリカ大統領にしようと目論んでいた勢力が言論統制を強化しようとキャンペーンを展開している。その一環として自分たちのプロパガンダを台無しにしてきたインターネット上の情報源をロシアの手先だと攻撃する匿名性の高いサイトPropOrNotがワシントン・ポスト紙の中から生まれた。こうした動きをマッカーシズム的と表現する人もいるが、その通りだろう。 昔から情報機関は3種類のプロパガンダを使い分けると言われている。つまり、第1(白色)は発信源を明示したもの、第2(灰色)は発信源を明示しないもの、第3(黒色)は事実に反する発信源を示すもので、偽映像の制作も含まれている。人びとに信じさせるためには本当の情報の中に信じさせたい話を混ぜるのだが、ソ連消滅後、特に21世紀に入ってからはそうしたことすらしなくなった。それでもプロパガンダに操られている人がいるとするならば、それはカルトの信者と同じ思考回路ができあがっているのだろう。 言うまでもなくマッカーシズムとは1947年から57年まで上院議員を務めたジョセフ・マッカーシーの始めた「赤狩り」。その背後にはFBIのJ・エドガー・フーバー長官がいたと言われている。 その矛先はFBIのライバルだったCIAにも向けられたが、本ブログでは何度も指摘してきたように、CIAに君臨していたアレン・ダレス、その側近だったフランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムが中心になり、一般にモッキンバードと呼ばれている情報操作プロジェクトが実行されていた。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979) 1953年にドワイト・アイゼンハワーが大統領になるとジョン・フォスター・ダレスが国務長官に、その弟のアレン・ダレスがCIA長官に就任、マッカーシー上院議員は54年12月の上院における非難決議で影響力を失った。反撃されたということだ。この時期、すでにアレン・ダレスたちはソ連に対する先制核攻撃を計画中で、その勢力に「赤」というタグをつけるのは滑稽なのだが、事実を追求しているわけでなく、相手にダメージを与えることが目的の支配層にとってどうでもいいことだ。 現在、トランプを中傷、ロシアを悪魔化し、有力メディアの発信する偽情報を暴いている独立した情報発信源を攻撃している勢力を支えているのは金融資本、戦争ビジネス、ロシアから亡命してきた一族、ネオコン、ペルシャ湾岸産油国など。象徴的な人物は投機家のジョージ・ソロスだ。 トランプには軍や情報機関でロシアとの核戦争は回避すべきだと考えている人びとやイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に近いユダヤ系の富豪たち。象徴的な人物はカジノを経営しているシェルダン・アデルソン。 要するに権力抗争。有力メディアを動かしている勢力はソ連が消滅した直後に作成された世界制覇プロジェクトに執着、ロシアと中国を核戦争で脅し、屈服させようとしているのだが、その脅しは通用しない。つまり、ヒラリー・クリントンが大統領になればロシアとアメリカが核戦争を始める可能性が高まっていた。 勿論、トランプを批判することは容易い。フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディと全く違うことは明らかで、大統領に就任してから問題を起こすことも想像できる。が、アル・カイダ系武装勢力やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)は危険であり、ロシアとの戦争は回避すべきだと考えているマイケル・フリン元DIA局長をトランプが安全保障担当補佐官に指名したことは重要だ。 自分たちは何もせず、議員や大統領に丸投げする人びとが民主主義を享受できるはずはない。
2016.11.28
任期を終えようとしているバラク・オバマ米大統領は言論統制の必要性を訴えはじめました。11月17日にはドイツのアンゲラ・メルケル首相と共同記者会見を開き、オバマは偽報道を問題だと主張、「民主的自由」や「市場を基盤とした経済」にとって問題だと語っています。選挙を前にして窮地に陥っているメルケルは23日に「偽情報」を批判、同じ日にEU議会は「ロシアやイスラム系テロリスト・グループからの反EUプロパガンダ」に警鐘を鳴らす決議を採択しました。 しかし、こうした議論には大きな問題があります。アメリカ政府やドイツ政府が偽情報の発信源だということです。この事実から目を背け、偽報道、偽情報から出発して「正しい議論」を展開しても意味はありません。 これまで情報を支配してきた西側の支配層は自分たちの情報操作システムが機能しなくなっている現実に慌てています。資金力と情報の発信力で圧倒的な力を持つ西側の有力メディアですが、露骨な偽情報を発信し続けたこともあり、人びとから信頼されず、宣伝能力は大幅に低下しました。そこで言論統制を主張するようになったわけです。 支配層は事実を恐れています。彼らは自分たちにとって都合の良い幻影を人びとに信じさせようとしていますが、その先には破滅が待っています。未来を切り開くためには事実を知ることが必要であり、本ブログがその一助になればと願っています。 このブログは読者の方々によって支えられています。ブログを存続させるため、カンパ/寄付をお願い申し上げます。櫻井 春彦振込先巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦
2016.11.27
11月25日にキューバのフィデル・カストロが死亡したという。言うまでもなく、カストロはキューバ革命の英雄。アメリカ支配層の傀儡だったフルヘンシオ・バチスタ政権を倒すため、1953年7月26日に実行されたモンカダ兵営襲撃から革命は始まり、59年1月1日にバチスタがキューバを逃げ出し、8日にカストロがハバナ入りして終わった。アメリカでは1953年1月から61年1月までドワイト・アイゼンハワーが大統領を務めている。 この当時、アメリカ支配層の好戦派はソ連に対する先制攻撃を考えていた。この計画とキューバ情勢は深く結びついている。 第2次世界大戦で殺されたソ連人は2000万人以上、工業地帯の3分の2を含むソ連全土の3分の1が破壊されている。しかもソ連軍で装備が十分な部隊は3分の1にすぎず、残りの3分の1は部分的な装備しか持たず、残りは軍隊の体をなしていなかった。これはアメリカ支配層の中でも好戦派として知られている。ポール・ニッツェの分析だ。本ブログでは何度か指摘したように、アメリカ軍はドイツ軍とまともに戦っていない。 日本がポツダム宣言を受諾すると通告してから約1カ月後にはJCS(統合参謀本部)でソ連に対する先制攻撃を必要なら実行すると決められている。この決定はピンチャーという暗号名で呼ばれた。もっとも、この時点でアメリカが保有していた核兵器は2発にすぎないと言われているので、全面核戦争というわけではないだろう。 1948年後半になると、心理戦の専門家で特殊部隊の産みの親とされている「ロバート・マックルア将軍は、統合参謀本部に働きかけ、ソ連への核攻撃に続く全面的なゲリラ戦計画を承認させ」(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)、翌年に出されたJCSの研究報告では、ソ連の70都市へ133発の原爆(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)を落とすという内容が盛り込まれていた。1952年11月にアメリカは水爆実験に成功している。 この当時、原爆の輸送手段は爆撃機。その任務を負っていたのがSAC(戦略空軍総司令部)で、1948年から57年まで司令官を務めたのがカーティス・ルメイ中将だ。日本の諸都市で市民を焼夷弾で焼き殺し、広島や長崎に原爆を落とした責任者だ。 1954年になるとSACは600から750機の核爆弾をソ連に投下、2時間で破壊し、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという計画を作成した。この年の終わりにはヨーロッパへ核兵器を配備している。1957年の初頭になると、アメリカ軍はソ連への核攻撃を想定した「ドロップショット作戦」を作成、300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)1958年にアメリカが保有する核兵器の数は3000発に近づいた。 1960年の大統領選挙で共和党の候補者だったリチャード・ニクソンはアイゼンハワー政権の副大統領。そこで、軍事的にアメリカが圧倒していることを知っていた。それに対して民主党のジョン・F・ケネディ上院議員は1958年8月にソ連がミサイルで優位に立っていると主張、「ミサイル・ギャップ」なる用語を使って危機感を煽り、有権者の心をつかんだ。こうした話をケネディに吹き込んだのは、元空軍省長官のスチュアート・サイミントン上院議員だとされている。 もっとも、ケネディが好戦的だったと言うことは正しくない。例えば、1954年4月には議会でフランスがベトナムで行っている戦争を支持するアイゼンハワー大統領を批判、また57年7月には、アルジェリアの独立を潰すために戦争を始めたフランスの植民地主義に強く反対、60年の大統領選挙ではアイゼンハワーとジョン・フォスター・ダレス国務長官の好戦的な外交政策を批判している。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) 結局、選挙でケネディが勝利した。その段階で彼はジョン・フォスター・ダレスの弟でCIA長官だったアレン・ダレスやFBIのJ・エドガー・フーバーを解任するべきだと考えていたようだ。ケネディの父親、ジョセフ・ケネディも大統領の意思を無視して勝手に動くダレス兄弟が危険だということを話していたと言われている。 しかし、選挙結果が僅差での勝利だったことからケネディは両者を留任させ、国務長官にはCFR(外交問題評議会)やロックフェラー基金を通じてダレス兄弟と近い関係にあったディーン・ラスクを任命した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) ケネディが大統領に就任した3カ月後、1961年4月に亡命キューバ人の部隊がキューバへの軍事侵攻を目論んで失敗する。その背後にはCIAがいた。ダレスCIA長官など好戦派はそうした作戦の失敗を想定、アメリカ軍の本格的な軍事介入を予定していた可能性が高いと考えられている。実際、チャールズ・キャベルCIA副長官は航空母艦からアメリカ軍の戦闘機を出撃させようと大統領に進言したが、却下されてしまう。その後、キャベル副長官はアレン・ダレス長官やリチャード・ビッセル計画局長とともに解任された。(L. Fletcher Prouty, "JFK," Citadel Press, 1996) 7月になると、ケネディ大統領に対してライマン・レムニッツァーJCS議長をはじめとする軍の幹部が1963年後半にソ連を核攻撃するという計画を大統領に説明した。大統領から1962年の後半ならどうなのかと聞かれたレムニッツァーは使用できる十分なミサイルが不足していると答えたという。 レムニッツァーは大戦中の1944年からアレン・ダレスと面識がある。ふたりは秘密裏にナチスと接触し、降服に関してスイスで話し合っているのだ。その先にはナチスと手を組んでソ連と戦うという道筋ができていた。 キューバに対するアメリカ軍の侵攻を正当化するため、レムニッツァーたちは偽旗作戦を考えている。例えば、キューバのグアンタナモにあるアメリカ海軍の基地をキューバ側のエージェントを装って攻撃、マイアミを含むフロリダの都市やワシントンでの「テロ工作」も展開、アメリカ人が操縦するミグ・タイプの航空機で民間機を威嚇、船舶を攻撃、アメリカ軍の無人機を破壊したり、民間機のハイジャックを試みたり、キューバ側を装ってその周辺国を攻撃したりする計画もあった。 それだけでなく、民間旅客機がキューバ軍に撃墜されたように装う計画もあった。民間機のコピー機をフロリダ州にあるエグリン空軍基地で作り、本物は自動操縦できるように改造、空港から人を乗せたコピー機に離陸させ、途中で自動操縦の飛行機と入れ替え、それをキューバ近くで自爆させ、キューバ軍に撃墜されたように見せかけようとしていた。そのほか、4ないし5機のF101戦闘機をキューバに向かって発進させ、そのうち1機が撃墜されたように見せかける計画もあった。(Memorandum for the Secretary of Defense, 13 March 1962)この偽旗作戦をレムニッツァーは1962年3月にロバート・マクナマラ国防長官に長官のオフィスで説明しているが、拒否されている。(Thierry Meyssan, “9/11 The big lie”, Carnot Publishing, 2002) アメリカの好戦派、つまり疲弊したソ連を先制核攻撃で殲滅しようと考えていた勢力がキューバへの軍事侵攻に執着した理由は中距離ミサイルいよる反撃を恐れたからだと考えることができる。 アメリカがソ連に対する先制核攻撃を考えていることはソ連政府も知っていたはず。長距離爆撃機やICBM(大陸間弾道ミサイル)で対抗できなければ中距離ミサイルを使うしかない。アメリカもソ連もそう考え、両国はキューバに注目したのではないだろうか。 そして1962年8月、アメリカはソ連がキューバへミサイルを運び込んでいることに気づく。偵察機のU2がキューバで8カ所の対空ミサイルSA2の発射施設を発見、9月には3カ所の地対空ミサイル発射装置を確認したのだ。(Jeffrey T. Richelson, "The Wizards of Langley," Westview Press, 2001)ハバナの埠頭に停泊していたソ連の貨物船オムスクが中距離ミサイルを下ろし始め、別の船ボルタワがSS4を運び込んでいることも判明した。(Martin Walker, "The Cold War," Fourth Estate, 1993) こうした事態を受け、10月9日にケネディ大統領はJCSのメンバーと会談、ルメイを中心とするグループは運び込まれたミサイルを空爆で破壊すべきだと主張した。空爆してもソ連は手も足も出せないはずだというのだが、ケネディは同意していない。 ケネディ大統領は10月22日、キューバにミサイルが存在する事実をテレビで公表、海上封鎖を宣言した。戦略空軍はDEFCON3(通常より高度な防衛準備態勢)へ引き上げ、24日には一段階上のDEFCON2にする一方、ソ連を空爆する準備をしている。27日にはU2がキューバ上空で撃墜され、ニューヨークにいたソ連の外交官たちは機密文書の処分を始めたという。27日にはシベリア上空でU2がソ連のミグ戦闘機に要撃されている。この出来事を受け、マクナマラ国防長官はU2の飛行停止を命令したが、その後も別のU2が同じことを繰り返した。(Richard J. Aldrich, "The Hidden Hand," John Murray, 2001) それだけでなく、アメリカ海軍の空母「ランドルフ」はカリブ海で対潜爆雷を投下するが、その近くにはキューバへ向かう輸送船を警護していたソ連の潜水艦がいた。その副長は参謀へ連絡しようとするが失敗する。アメリカとソ連の戦争が始まったと判断して核魚雷の発射準備に同意するようふたりの将校に求めるが、政治将校が拒否して実行はされなかった。この日、カーティス・ルメイ空軍参謀長などJCSの強硬派は大統領に対し、即日ソ連を攻撃するべきだと詰め寄っていたという。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) 結局、10月28日にソ連のニキータ・フルシチョフ首相はミサイルの撤去を約束、海上封鎖は解除されて核戦争は避けられたのだが、ベトナム戦争の実態を内部告発したダニエル・エルズバーグによると、キューバ危機が外交的に解決された後、国防総省の内部ではクーデター的な雰囲気が広がっていたという。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015) 当時、マクナマラ長官はキューバへ軍事侵攻した場合のアメリカ側の戦死者数を4500名になると推測していたが、30年後、アメリカ人だけで10万人が死んだだろうと訂正している。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) その翌年、1963年6月10日にケネディ大統領はアメリカン大学の卒業式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行った。アメリカが軍事力で世界に押しつける「パックス・アメリカーナ(アメリカ支配による平和)」を否定することから演説は始まり、アメリカ市民は「まず内へ目を向けて、平和の可能性に対する、ソ連に対する、冷戦の経過に対する、また米国内の自由と平和に対する、自分自身の態度を検討しはじめるべき」(長谷川潔訳『英和対訳ケネディ大統領演説集』南雲堂、2007年)だと語りかけたのだ。ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのはその年の11月22日。当時のダラス市長はCIA副長官だったチャールズ・キャベルの弟、アール・キャベルだ。 ソ連に対する攻撃をアメリカの好戦派だけが考えていたわけではない。第2次世界大戦の終盤、1945年4月12日にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が急死、5月7日にドイツが降伏するが、その直後にウィンストン・チャーチル英首相はJPS(合同作戦本部)に対し、ソ連へ軍事侵攻するための作戦を立案するように命令、5月22日にアンシンカブル作戦が提出されている。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦は発動しなかったのは、参謀本部が5月31日に計画を拒否したからだ。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) もし、カストロたちの革命が成功せずキューバをアメリカが支配していたなら、ソ連に対する先制核攻撃が実行された可能性はかなり高くなるだろう。そうした戦争が始まったなら、沖縄をはじめ、日本は核兵器の発射基地になり、報復の対象になったはずだ。
2016.11.27
今年のアメリカ大統領選挙で「有力候補」とされたのは民主党のヒラリー・クリントンと共和党のドナルド・トランプだった。有力メディアはクリントン優勢を伝えていたものの、選ばれたのはトランプ。権力内の力関係に変化が起こった可能性がある。 この国では支配層につながる人物でなければ「有力候補」になることは困難で、両者ともそうした背景はある。クリントンはロッキード・マーチンの代理人とも呼ばれ、戦争ビジネスとの関係は深い。夫のビル・クリントンが大統領だった時には政府内へ友人を引き込んでいる。例えば、ズビグネフ・ブレジンスキーの教え子だったマデリン・オルブライトやネオコンのビクトリア・ヌランドだ。後に側近中の側近と言われるようになるムスリム同胞団と緊密な関係にあるヒューマ・アベディンと知り合ったのもその時である。 また、投機家でソ連/ロシアの体制転覆を目論んできたジョージ・ソロスのハッキングされた2011年1月24日付けの電子メールによって、国務長官時代のヒラリー・クリントンがアルバニア情勢に関してソロスからアドバイスを受け、その通りに動いたことが判明している。ソロスは巨大金融資本の手先であり、そうした勢力からクリントンは操られていると言える。 タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、トランプに対して最も多額の寄付をした人物はシェルドン・アデルソン。アメリカのラス・ベガスとペンシルベニア、東南アジアのマカオとシンガボールでカジノを経営、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にある。第2位はロシア系ユダヤ移民の息子であるバーナード・マーカスだ。 もっとも、クリントンにもユダヤ系の富豪から高額の寄付を受けている。上位5位まではユダヤ系だ。つまり、ドナルド・サスマン(2080万ドル)、JBとマリー・カトリン・プリッツカー(1500万ドル)、ハイムとチェリル・サバン(1250万ドル)、ジョージ・ソロス(1180万ドル)、そしてS・ダニエル・エイブラハム(960万ドル)だ。そのほかフィルムメーカーのスティーブン・スピルバーグ、ファッション・デザイナーのラルフ・ローレン、Facebookのダスティン・モスコビッツなども高額寄付者である。 しかし、ロシア外務省の広報担当を務めているマリア・ザハロワは11月13日に放送された番組の中で、アメリカの大統領選挙でトランプが勝利した理由をユダヤ人の資金だと語っている。9月にニューヨークで会ったユダヤ系の人物から、自分たちはヒラリー・クリントンに寄付しているが、その倍をトランプに提供していることを明らかにしたというのだ。 アデルソンと緊密な関係にあるネタニヤフの父親はポーランド生まれのベンシオン・ネタニヤフ。学生時代からゼエブ・ウラジミール・ジャボチンスキーの「修正主義シオニスト世界連合」で活動、後にジャボチンスキーの秘書になっている。1940年にジャボチンスキーは死亡したが、ベンシオンはその後もニューヨークで活動を続け、コーネル大学やヘブライ大学の名誉教授になった。ベンヤミンも父親と同じように、ジャボチンスキーの思想を受け継ぎ、「大イスラエル」を目指しているようだ。 トランプ政権で安全保障担当補佐官に就任する予定のマイケル・フリン中将がDIA局長だった2012年8月、DIAは反シリア政府軍の主力がサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIで、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとする報告書を作成している。 つまり、アメリカの政府やメディアが言うところの「穏健派」などは存在しないということ。「穏健派」の支援とはサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団を中心とする武装勢力を支援することを意味し、その勢力はシリア東部にサラフ主義の支配地を作りあげるとDIAは予測していた。実際、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実になっている。退役後、この問題をアル・ジャジーラの番組で問われたフリン中将は、ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策によると語っている。 シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒すとシリアはリビアのような破綻国家になり、「過激派」が支配するようになると懸念していたのはフリンだけでなく、統合参謀本部議長だったマーティン・デンプシーも含まれていた。 こうした軍人のオバマ大統領に対する反抗は2013年に始まっているようだが、11年10月にアル・カイダ系武装集団のLIFGとNATOが連携してリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制を破壊、カダフィを惨殺した直後から武器や戦闘員をアメリカ政府はシリアへ移動させている。カダフィ殺害をCBSのインタビュー中に知らされたヒラリーは「来た、見た、死んだ」と口にし、喜んでいた。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、輸送の拠点になったのはベンガジにあるCIAの施設。そうした事実をアメリカ国務省は黙認そ、輸送にはマークを消したNATOの輸送機が使われたとも伝えられている。運び出された武器/兵器の中に化学兵器も含まれていたようだ。こうしたことをDIAは熟知していただろう。 デンプシーらの反抗が始まる2013年の9月、ネタニヤフ首相の側近と言われているマイケル・オーレン駐米大使(当時)はアサド体制よりアル・カイダの方がましだとエルサレム・ポスト紙のインタビューで語っている。この時点ではイスラエル政府とデンプシーたちは対立関係にあった。 オバマ大統領の方針と対立したフリンは2014年8月にDIA局長を辞めざるをえなくなって退役、デンプシーは15年9月に議長の座を降りた。シーモア・ハーシュによると、デンプシーは退役の直前、8月に自分がロシアのワレリー・ゲラシモフ参謀総長と接触していたことを明らかにしている。シリア政府ともパイプがあったようだが、デンプシーの退役でこのパイプはなくなり、その直後にロシア軍はシリア政府の要請の基づいて空爆を始めた。 アメリカ軍の幹部には大まかに行って2種類のタイプが存在する。戦争ビジネスと結びつき、退役後に巨万の富を手に入れようとする人びとと、そうしたつながりを持とうとしない人びとだ。当然、富を求める軍人は支配層の意向に沿った言動をするわけだが、そういう軍人ばかりではない。デンプシーやフリンの背後にはそうした軍人や情報機関員が存在しているのだ。 そのフリンは今年、「ラディカル・イスラムとその同盟者」との戦いをテーマにした本を出しているのだが、共著者であるマイケル・リディーンを問題にしている人もいる。この人物はイスラエルの情報機関と緊密な関係にあると言われ、1970年代の半ばにイタリアのイル・ジョルナレ・ヌオボ紙でジャーナリストとして働いていた際には「アカの脅威」を盛んに宣伝していた。 当時、イタリアの情報機関SISMIのエージェントだったフランチェスコ・パチエンザとリディーンは親しくしていたが、そのパチエンザによると、リディーンもSISMIのエージェント。Z3という暗号名を持っていたという。1980年のアメリカ大統領選挙ではジミー・カーターの再選を阻止するため、盛んにスキャンダルを流していた。(Edward S. Herman & Noam Chomsky, "Manufacturing Consent," Pantheon, 1988) パチエンザは非公然結社P2と結びつき、グラディオと呼ばれるNATOの秘密部隊でも活動していた。1960年代から80年代にかけてグラディオは「極左」を装い、爆弾攻撃を繰り返していたことが知られている。この秘密部隊が存在することは1990年にイタリア政府も公式に認めている。 トランプの周辺を取り巻くイスラエル人脈はアデルソン、ネタニヤフ、リディーンだけではない。娘のイバンカ・トランプが結婚したジャレド・クシュナーの父親は不動産デベロッパー、つまりドナルド・トランプの同業者だが、ニューヨーク・オブザーバー紙の所有者でもある。この新聞は親イスラエル派として有名だ。 本ブログでは何度か指摘したが、イスラエルのネタニヤフ政権は今年に入ってアサド大統領を排除するという方針を止め、ロシアに接近しているように見える。その結果としてフリンともつながったのだろうが、イスラエル政府はデンプシーやフリンを取り込もうとしているとも考えられる。トランプが大統領に就任した後、ソロスたちはパープル革命を始める可能性があるが、政権内で対立が起こるかもしれない。
2016.11.26
ドナルド・トランプは大統領に就任する前から動き始めている。すでにTPP(環太平洋連携協定)から離脱することは表明しているが、それだけでなく、シリアでの戦争を終結させるために動き始めている。10月11日にはパリのリッツ・ホテルで約30名の政治家、実業家、外交官が集まってシリア情勢について話し合ったのだが、そこにはシリアの穏健な反対派(侵略勢力ではない)のランダ・カッシスやドナルド・トランプの長男、ドナルド・トランプ・ジュニアも含まれていた。 またイスラエルの情報機関と緊密な関係にあると言われているDEBKAfileによると、トランプ政権で安全保障担当補佐官に就任する予定のマイケル・フリン中将はロシア安全保障会議の議長、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領、ヨルダンのアブドラ国王などと秘密会談を行っているようだ。本ブログでも紹介したようにイスラエルはトルコやロシアと連携する動きを見せているが、ヨルダンとトルコがロシアやシリアと歩調を合わせたならば、侵略軍の兵站線は断たれ、勝負は決する。 しかし、この連携はすんなりと進まないかもしれない。シリアの北部ではトルコ軍とシリア軍が衝突しているのだ。アメリカの好戦派としては、こうした対立を利用してアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)に対する包囲網を壊したいところだろう。 アメリカ議会にはヒラリー・クリントン陣営と同じようにシリアを軍事的に破壊したいと願っている議員が少なくないようで、そうした勢力はトランプの大統領就任に会わせて「パープル革命」を目論んでいると見られている。その前にトランプは動き始めたと言えるだろう。 9月22日にジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長がアシュトン・カーター国防長官とアメリカ上院の軍事委員会に出席、そこで議員からシリアでの飛行禁止空域設定について質問され、そうしたことをすればアメリカはロシアやシリアと戦争になると回答、議員は絶句していた。ダンフォードの発言は常識的なものだが、その常識を議員は持ち合わせていなかった。 そうした好戦的な主張を広めている勢力はトランプを攻撃しようとしている。本ブログではすでに書いたことだが、ジョージ・ソロス、その息子のジョナサン・ソロス、あるいはトム・ステイアーを含む富豪たちが音頭を取り、11月13日からワシントンのマンダリン・オリエンタル・ホテルでトランプ対策を練る秘密会談が開かれている。その日、ベルギーのブリュッセルではイギリスとフランスを除くEUの外務大臣がトランプに関して話し合っていた。
2016.11.25
EU議会は11月23日、「ロシアやイスラム系テロリスト・グループからの反EUプロパガンダ」に警鐘を鳴らす決議を採択した。同じ日にドイツのアンゲラ・メルケル首相はインターネット上で流れている「偽情報」によって人びとの意見が操作されていると発言、そうした情報を規制する必要性を訴えたと伝えられている。 EU議会の議員やメルケルは自分たち、あるいはアメリカの支配層が認める情報だけが「正しい」のであり、それに反する情報は「偽物」だという前提で議論を展開している。すでにアメリカではバラク・オバマ大統領が「偽報道」を問題にし、有力メディアも大統領に同調して言論統制を強化しようとしている。こうしたアメリカ支配層の意向を受けてEU議会は決議を採択したのだろう。 アメリカやEUの支配層がこうした動きを見せている原因は自分たちの情報操作が機能しなくなってきたことにあると言える。本ブログでは何度も指摘しているように、アメリカ支配層は第2次世界大戦の前から有力メディアをプロパガンダ機関として利用、大戦後は操作をシステム化、ベトナム戦争後は統制を強め、21世紀に入ると有力メディアの流す「報道」の中から事実を探すことが難しい状況になってしまった。未だにアメリカあたりの有力メディアを信頼しているような人は信頼できないということでもある。 大戦後、アメリカの支配層が始めた情報操作プロジェクトは「モッキンバード」と呼ばれている。その中心にいたのはウォール街の大物弁護士で秘密工作の黒幕とも言うべきアレン・ダレス、その側近だったフランク・ウィズナーとリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだ。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979) ウィズナーはダレスと同じようにウォール街の弁護士で、同時に破壊工作機関のOPCの責任者になり、ヘルムズは後にCIA長官に就任する。フィリップ・グラハムの妻で後に社主となるキャサリンは世界銀行の初代総裁だったユージン・メイアーの娘である。 ワシントン・ポスト紙はウォーターゲート事件を追及してリチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込むが、その取材で中心になった若手記者がボブ・ウッドワードとカール・バーンスタイン。そのバーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。 それによると、400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。その背景にはモッキンバードがあったということだ。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) しかし、アメリカで報道統制が強化されるのはその後。ベトナム戦争でアメリカが敗北したのは国内で反戦運動のためだと好戦派は考え、運動を激しくした責任は戦場の実態を伝えるメディアにあると評価した。1970年代にはCIAの内部告発などで支配層にとって都合の悪い情報が漏れ、議会で追及されたということも報道統制に動いた一因。 日本のマスコミがアメリカ支配層に操作されていることは昔から囁かれているが、メルケルの国、ドイツも同じようだ。例えば、ドイツの有力紙とされるフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元編集者、ウド・ウルフコテによると、多くの国のジャーナリストがCIAに買収されているとしている。 彼がジャーナリストとして過ごした25年の間に教わったことは、嘘をつき、人びとに真実を知らせないこと。その結果、ヨーロッパの人びとはロシアとの戦争へと導かれ、引き返すことのできない地点にさしかかっているとしていた。そして2014年2月、この問題に関する本を出している。 ウルフコテの告発もあり、ドイツでは有力メディアに対する信頼度が大きく低下、それに比例してプロパガンダ機関としての力も低下してしまった。必然的に、人びとの目はインターネットへ向かい、21世紀に入ってからの報道内容からロシアのメディアに対する信頼度が上がっている。これは西側全域で言えることだ。そうした状況がメルケルの発言につながる。 勿論、EU議会がロシアと同列に扱ったイスラム系テロリスト、つまりアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を作り出したのはアメリカ、サウジアラビア、イスラエルを中心とする国々。EU加盟国も参加している。 アメリカやその「同盟国」がそうした「テロリスト」を作り出したという話は、本ブログでも繰り返し書いてきたが、ロシアだけでなくアメリカの軍人を含む西側支配層の中からも出ている。そうした軍人のひとりがドナルド・トランプ次期米大統領の安全保障担当補佐官に内定しているマイケル・フリン元DIA局長だ。 イスラエル政府はシリアのバシャール・アル・アサド政権よりアル・カイダ系武装集団の方がましだと公言してきたが、そうした武装集団と敵対関係にあるかのように装ってきたアメリカやEUの支配層にとってフリンの存在は恐ろしいだろう。トランプは2001年9月11日の攻撃についてもメスを入れかねない。そうした展開を好戦派は命がけで防ごうとするだろうが、必然的にトランプも命がけになる。トランプが本気なら、好戦派も本気になるしかない。
2016.11.24
最近は知らないが、以前はカネ絡みの怪しげな仕事を始めるとき、ネズミ講やマルチ商法などの会員名簿を入手するところから始めていた。「被害者」の名簿が「顧客」の名簿になるのだ。それほど欲望の力は強く、何度でも騙されるということ。同じことが報道の世界でも起こっていて、何度でも騙される人が少なくない。いまだにアメリカの有力メディアを信仰しているのだ。 かつて、西側の有力メディアは事実の中に嘘を混ぜて情報操作していたのだが、21世紀に入ると「報道」のほとんどが嘘になってしまった。日本のマスコミだけが「大本営発表」的なことを行っているわけではない。事実をチェックしていれば、そうしたことは誰でもわかるはずだ。 西側の支配層が情報操作に力を入れてきたことは本ブログで何度も指摘してきた。ベトナム戦争で報道統制を強化しなければならないと考えた彼らは1970年代の後半から内部告発しにくい仕組みを作り、気骨ある記者や編集者を排除、その一方で規制緩和を進めてメディアを寡占化させた。 ソ連が1991年12月に消滅した後、アメリカの支配層は残された「雑魚」を潰しにかかるのだが、その基本プランが1992年2月に国防総省のDPGとして作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリン。当時の国防長官はリチャード・チェイニー、次官がポール・ウォルフォウィッツ。そのウォルフォウィッツがネオコン仲間のI・ルイス・リビーやザルメイ・ハリルザドと一緒に書き上げたのだ。ちなみに安倍晋三や石原慎太郎のような日本の政治家を操っているのはリビーだと言われている。 日本の政策もウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づいて作られるようになるが、そのメッセンジャーとして働き、日本を戦争へと導いてきた人物がジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン、パトリック・クローニンたちだ。 アメリカの支配層は手始めに旧ソ連圏への影響力を強め、とりあえずユーゴスラビアを解体しようとする。そこで西側メディアは「人権」キャンペーンだ。侵略を破壊を正当化するために「人権」というタグ、御札を使っただけで、西側メディアが人権を尊重しているわけではない。このキャンペーンには広告会社が深く関与、偽情報を発信していたことは本ブログや拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』(三一書房)でも指摘した。 当初、ビル・クリントン政権はこうしたキャンペーンに動かされなかったが、クリントン大統領自身がスキャンダルで攻撃されて手足を縛られたような状態になり、2期目には戦争へと向かう。その象徴が1997年1月から国務長官を務めることになったマデリーン・オルブライト。この人事はヒラリー・クリントンの働きかけで実現したとされている。 ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した2001年の9月11日、ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、人びとは思考停止状態になる。そうした状況を利用し、ネオコンは国内のファシズム化を推進、国外では侵略戦争を始める。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、9/11から10日後までにドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国リストが作成されていた。そこに載っていた国は、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイラン。(3月、10月) 9/11の際、ブッシュ・ジュニア政権は「アル・カイダ」が実行したと宣伝したが、その証拠は示されていない。それどころか内部犯行説が支持者を増やしているようだ。ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺と似た展開だ。アフガニスタンやイラクも9/11には無関係だった。 そうしたこともあり、アメリカ政府はイラクを先制攻撃する口実として「大量破壊兵器」を持ち出し、すぐにでも核攻撃されるかのように宣伝していたが、これは攻撃前から嘘だと指摘されていた。 その後、2011年2月にリビアで始まった戦争ではアメリカ/NATO、ペルシャ湾岸産油国、イスラエルがアル・カイダ系武装集団のLIFGと連携していることが明確になり、シリアでも次々と西側の政府や有力メディアが主張していた話が嘘だと判明していく。ウクライナのクーデターでも偽情報が流されていたことは本ブログでも繰り返し、書いてきた。 侵略勢力はリビアを破壊して破綻国家にした後、シリアへの侵略戦争を続けている。その手先がアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)だということは本ブログでも指摘してきた。そのメンバーにはチェチェンや新疆ウイグル自治区などから来ている人もいるが、主力はサラフ主義者やムスリム同胞団。 バラク・オバマ政権や西側メディアはシリア侵略を正当化するため、侵略軍を民主化を求める人民軍として描く。これが嘘だということは現地からの情報ですぐに判明、現地を調査した東方カトリックの修道院長は反政府軍のサラフ主義者(ワッハーブ派)や外国人傭兵が実行したことを確認、その報告がローマ教皇庁系のメディアに掲載された。その中で、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と語っている。 侵略戦争が始まった翌年、2012年の8月にアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)はシリア情勢に関してオバマ政権へ報告しているが、その中でシリア政府軍と戦っている主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・ヌスラ)であり、西側、湾岸諸国、そしてトルコが支援していると書いている。アメリカ政府が方針を変えなければ、シリア東部にサラフ主義の支配地が作られるとも予測していた。DIAはアメリカ政府がサラフ主義者の勢力を拡大させてシリアを孤立させようとしていると見ている。この報告書が作成された当時のDIA局長がマイケル・フリンだ。 DIAの予測はダーイッシュという形で現実になった。退役後、2015年8月にフリン中将はアル・ジャジーラの番組へ出演、司会者からサラフ主義者の勢力拡大を見通していたのになぜ阻止しなかったのかと詰問される。それに対し、自分たちの役割は正確な情報を提供することであり、政策を決定はバラク・オバマ大統領が行うのだとフリンは答えた。オバマ政権の決定がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。 DIAが報告書を書いた2012年には、アメリカの情報機関や特殊部隊がヨルダンの北部に設置された秘密基地で戦闘員を軍事訓練、その中にはダーイッシュに参加する人も含まれていたとされている。 そしてダーイッシュは2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧した。モスル制圧の際にトヨタ製の真新しい小型トラックのハイラックスを連ねてパレード、その様子が撮影されて世界に配信されている。 アメリカ軍はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人からの情報などでダーイッシュの動きを把握していたはず。当然、ダーイッシュの部隊が小型トラックでパレードしていることを知っていただろうが、何もしていない。多くの人びとにダーイッシュの存在を知らせたかったのではないかと疑惑を持つ人は少なくないだろう。 こうした展開の中、フリンはオバマ政権と対立、2014年8月7日にDIA局長を辞め、退役している。ズビグネフ・ブレジンスキーが1970年代の終盤に編成、オバマ政権も育てたサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団を中心とする武装勢力を危険な存在だとマーチン・デンプシー統合参謀本部議長(2011年10月から15年9月)も認識、シーモア・ハーシュによると、デンプシーは2013年秋からアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに関する情報を独断でシリア政府へ伝え始めたという。デンプシーが議長を辞めた直後、ロシア軍はシリア政府の要請で空爆を始めている。 オバマ政権はアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュを手先として利用してきた。最近はアル・カイダ系武装勢力も「穏健派」扱いしているが、フリンはデンプシーと同じように、そうした武装集団を危険だと考えている。 ナチスを批判する人を反ドイツと呼ぶことが間違いであるとの同様、アル・カイダ系武装勢力やダーイッシュを敵視することが反イスラムを意味するわけでないことは言うまでもない。
2016.11.23
韓国の朴槿恵大統領が窮地に陥っている。父親の朴正煕が大統領の時代から親しくしている崔順実へ大統領府の情報を渡し、アドバイスを受けていたことも発覚、検察は11月20日に崔と安鍾範前大統領府政策調整首席秘書官らを職権乱用や公務上機密漏洩などの容疑で起訴、朴大統領も共犯だとして立件したようだ。崔のゴルフ仲間の義理の息子にあたる禹柄宇が大統領府民生首席秘書官だったことから、この禹が崔を守っていたのではないかという疑惑も囁かれている。 中央日報系列のJTBC(ケーブルテレビ総合編成チャンネル)が入手した崔順実のタブレット・パソコンに大統領の演説文も44件を含む約200件の文書が記録されていることが判明、その事実は10月24日、大統領が国会で施政方針演説を行った数時間後に公表されて大スキャンダルに発展した。その前、7月26日に中央日報系列のTV朝鮮は、文化支援財団のミル財団が設立2カ月で500億ウォン近い資金を財界から集めた際に安鍾範政策調整首席秘書官が深く関与していると報じている。 崔順実の父親、崔太敏は朴槿恵の父親である朴正煕大統領(1963年から79年)と関係のあったカルト教団の教祖。この事実は2007年にソウルのアメリカ大使から送られた通信文の中で指摘され、崔太敏につけられた「韓国のラスプーチン」という渾名も紹介されている。その当時、まだ崔太敏は若い朴槿恵を心身ともにコントロール、槿恵はその頃に崔順実と知り合う。 こうした関係をCIAが知らなかったはずはなく、協力者だった可能性もあるだろう。宗教団体、特にカルトは情報機関と親和性が高い。スキャンダルも熟知、つまりアメリカの支配層は朴槿恵の弱みをつかんでいた。 アメリカの支配層は朝鮮もコントロールしていると推測する人もいる。アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)によると、1991年11月末から翌月上旬にかけて統一協会の文鮮明教祖が朝鮮を訪問、その際に「4500億円」を寄付、93年にはアメリカのペンシルベニア州に保有していた不動産を売却して得た資金300万ドルを香港の韓国系企業を介して朝鮮へ送っている。そうした工作の直後、1994年7月に金日成が死亡して息子の金正日が引き継いだ。 本ブログでは何度も指摘しているように、1997年1月にマデリーン・オルブライトが国務長官に就任するとビル・クリントン政権は戦争へ向かいはじめ、99年3月にユーゴスラビアを先制攻撃する。これは、広告会社を使い、偽情報を大々的に流して戦争への道を整備するという手口が最初に使われた侵略戦争だと言える。 その間、1998年には朝鮮に対する先制攻撃、体制転覆、傀儡政権の樹立を目的とするOPLAN(作戦計画) 5027-98が作成された。その翌年には朝鮮の金体制が崩壊した場合を想定したCONPLAN(概念計画) 5029も作成され、黄海では朝鮮と韓国の艦船が交戦している。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されると、ジョージ・W・ブッシュ政権は攻撃と無関係なアフガニスタンとイラクを先制攻撃する。 イラクが攻撃された2003年、アメリカ軍は空母カール・ビンソンを中心とする艦隊を朝鮮半島に派遣、6機のF-117を韓国に移動させ、グアムにはB-1爆撃機とB-52爆撃機が配備させた。当時の盧武鉉政権やアメリカの一部支配層がブレーキをかけなければ、核戦争に発展していた可能性があるとも言われている。この年の7月には朝鮮の軍事施設700カ所を「ピンポイント」で攻撃するという「OPLAN 5026」が作成された。 なお、ブッシュ・ジュニア政権の攻撃計画の前に立ちはだかった盧大統領は2004年3月から5月にかけて盧大統領の権限が停止になり、08年2月には収賄容疑で辞任に追い込まれている。 2004年4月に金正日は龍川の大爆発に巻き込まれるところだったと噂されている。爆発の2週間前にインターネットのイスラエル系サイトで北京訪問の際の金正日暗殺が話題になり、総書記を乗せた列車が龍川を通過した数時間後に爆発が起こったと言われ、暗殺未遂の疑いがあるとされたのである。 2010年3月には、韓国と朝鮮で境界線の確定していない海域で韓国の哨戒艦「天安」が爆発して沈没する。米韓が合同軍事演習「フォール・イーグル」を実施している最中の出来事だった。この沈没に関して5月頃から韓国政府は朝鮮軍の攻撃で沈没したと主張し始めるのだが、CIAの元高官でジョージ・H・W・ブッシュと親しく、駐韓大使も務めたドナルド・グレッグはこの朝鮮犯行説に疑問を投げかけている。そして11月には問題の海域で軍事演習「ホグク(護国)」が実施され、アメリカの第31MEU(海兵隊遠征隊)や第7空軍が参加したと言われている。そして朝鮮軍の大延坪島砲撃につながる。 2011年12月には金正日が死亡、金正恩が後継者に決まった。その金正恩は1996年から2000年にかけてスイスに留学していたと言われている。 朝鮮のトップに据えられた2年後、叔父で国防委員会副委員長でを務めていた張成沢を反逆罪の容疑で逮捕、処刑させた。聯合ニュースによると、張が公開処刑された後、その姉、そして夫の全英鎮駐キューバ大使、甥の張勇哲駐マレーシア大使、そして張大使の息子ふたりは平壌で処刑され、張のふたりの兄や息子、娘、孫にいたるまで直系の親族は全員が殺されたという。張成沢の妻、つまり金日成の娘で金正日の妹である金敬姫朝鮮労働党中央委員会委員が毒殺されたとも言われている。 少なからぬ人が指摘しているのは、張成沢が中国に近かったということ。金正恩による粛清で朝鮮の中国人脈は大きなダメージを受けたはずだ。 中国との関係を強めていた韓国も朴槿恵になって軸足をアメリカへ移動させてきた。その象徴的な出来事がTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの韓国への配備決定。今年7月8日、アメリカ政府と韓国政府の間で決まったという。 朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対抗するためだとしているが、イランの脅威に対抗するためにロシアとの国境近くへ弾道ミサイル迎撃システムを配備するとう戯言よりも説得力がない。ICBMを打ち上げる技術を獲得したとしても、弾頭が再突入に耐えられるかどうかは別の話で、アメリカにしろ、日本にしろ、韓国にしろ朝鮮が脅威だとは思っていないだろう。とはいうものの、朝鮮が日米好戦派にとって絶妙のタイミングで行っている核実験やミサイル発射など軍事的なデモンストレーションは好戦的な雰囲気を作り出している。 ところで、韓国のラスプーチン、あるいはシャーマンとも言われている人物から韓国の大統領が大きな影響を受けていたことを日本人は笑えない。高島嘉右衛門だけではなく、大物の政治家や財界人が相談していた占い師は少なくない。 1837年から1901年までイギリスの女王だったビクトリアは心霊主義者として知られ、ナチスもカルトの影響を強く受けていた。アメリカで大きな影響力を持っているキリスト教系カルト(原理主義者、聖書根本主義者、福音派などとも呼ばれる)も似たようなものだ。 安倍晋三首相の場合、2006年に統一協会の関連団体UPF(天宙平和連合)が開催した集会に祝電を打って話題になったが、安倍の祖父にあたる岸信介は笹川良一や児玉誉士夫と同じように統一協会と親密な関係にある。ロナルド・レーガン政権時代に統一協会の教祖、文鮮明が脱税容疑でアメリカの当局に摘発された際、岸は中曽根康弘と一緒に恩赦をレーガン大統領に求めている。 日本で布教活動を始めるため、統一協会は1958年に宣教師として崔翔翼(日本名、西川勝)を密入国させた。その際、崔は密入国がばれて大村収容所に収容されたが、逃げ出している。その時に崔の身元保証人になったのが笹川良一だった。その後、この教団がアメリカや韓国の情報機関と連携していることが明らかになる。 1963年には立正佼成会の庭野日敬会長が自分の秘書だった久保木修已や小宮山嘉一らを統一協会へ送り込み、64年に統一協会は宗教法人として認められ、65年には久保木が会長に就任する。統一協会は石原慎太郎とも昵懇な間柄だ。
2016.11.22
バラク・オバマ大統領が「偽報道」を問題視、有力メディアもインターネットで伝えられている情報を攻撃している。勿論、インターネット上には怪しげな情報も少なくないのだが、オバマや有力メディアが意識しているのは自分たちの「報道」の効果をなくした情報、つまり事実だ。言論統制の強化を主張したと言える。 フランクリン・ルーズベルトが大統領に就任した直後にウォール街の大物たちが目論んだクーデター計画を議会で明らかにしたスメドリー・バトラー少将によると、クーデター派は新聞を自分たちのプロパガンダ機関だと認識、ルーズベルト攻撃に使うつもりだと話していたという。 第2次世界大戦が終わると情報操作は組織的になり、ウォール街の大物弁護士で秘密工作の黒幕とも言うべきアレン・ダレス、その側近でフランク・ウィズナーとリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムを中心にモッキンバードと呼ばれているプロジェクトがスタートする。ウィズナーはダレスと同じようにウォール街の弁護士で、同時に破壊工作機関のOPCの責任者になり、ヘルムズは後にCIA長官に就任する。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979) ヘルムズがCIA長官だった時期にウォーターゲート事件が起こり、ワシントン・ポスト紙が「大統領の犯罪」を追及する。その時の社主はキャサリン・グラハム。フィリップの妻で、世界銀行の初代総裁だったユージン・メイアーの娘だ。 同紙でこのスキャンダルを追いかけたのは若手記者のボブ・ウッドワードとカール・バーンスタイン。ウッドワードは「ディープスロート」という情報源を持っていたが、直前まで海軍の情報将校で記者としては素人に近い。実際の取材と執筆はバーンスタインが担当したようだ。 そのバーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。こうした記事を書くためには同紙を辞めねばならなかったのだろうが、それによると400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) しかし、アメリカで報道統制が強化されるのはその後。ベトナム戦争でアメリカが敗北したのは国内で反戦運動のためだと好戦派は考え、運動を盛り上げた責任は戦場の実態を伝えるメディアにあると評価した。1970年代にはCIAの内部告発などで支配層にとって都合の悪い情報が漏れ、議会で追及されたということも報道統制に動いた一因。 そこで内部告発が難しいルールを作り、気骨ある記者を排除、規制緩和でメディアを少数の巨大資本が支配できるようにした。こうした動きは日本にも及び、1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が襲撃されたことも影響してプロパガンダ機関化は進んだ。1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭、「ジャーナリズムはとうにくたばった」と、むのたけじは発言したという(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、その通りだ。つまり、今のマスコミはゾンビのようなもの。 報道統制はアメリカや日本以外の国々でも問題になっている。例えば、ドイツの有力紙とされるフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元編集者、ウド・ウルフコテによると、ジャーナリストとして過ごした25年の間に教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないこと。多くの国のジャーナリストがCIAに買収されているとしている。その結果、ヨーロッパの人びとはロシアとの戦争へと導かれ、引き返すことのできない地点にさしかかっているとしていた。そして2014年2月、この問題に関する本を出している。この危機感が日本では希薄だ。 このように西側の支配層はメディアを支配、自分たちにとって都合の良い情報、自分たちの計画に人びとを賛成させる情報を流す仕組みを作りあげた。本当に信じているのか、信じた振りをしているだけなのかは不明だが、日本に住む多くの人は支配層の思惑通りに発言し、動いている。「左翼」や「リベラル派」を自称している人びとも例外ではない。 ただ、日本以外の国々ではメディアに対する信頼度は急速に低下、有力メディアはソ連時代のプラウダやイズベスチヤのようになってしまった。そこで、オバマ大統領は言論統制の必要性を主張したわけだ。そこまでアメリカ帝国の腐食は進んでいるとも言える。
2016.11.21
ドナルド・トランプは主導権を維持しているようで、ヒラリー・クリントンを担いでいた勢力はカラー革命を目論んでいる可能性が高い。こうした勢力はトランプに「ネオ・ナチ」で白人至上主義者だというタグをつけ、ウラジミル・プーチン露大統領に対する敵視を隠していない。来年1月に予定されている大統領就任式を正常な形で行わせないようにしようという呼びかけもなされている。 クリントンを大統領に就任させようとしていた富豪、例えばジョージ・ソロス、その息子のジョナサン・ソロス、あるいはトム・ステイアーたちは11月13日から3日間、ワシントンDCのマンダリン・オリエンタル・ホテルで非公開の会議を開いた。トランプ政権を乗っ取る動きも見られるが、今のところ成功していないようで、旧ソ連圏で実行されてきた「カラー革命」や中東/北アフリカで展開された「アラブの春」と同じことをアメリカでも目論んでいるようだ。 ヒラリー・クリントンを担いでいた好戦派は1999年3月にNATO軍を使ってユーゴスラビアを先制攻撃、ひとつの国を破壊した。ビル・クリントン政権の2期目が始まった1997年1月に国務長官が戦争に消極的なウォーレン・クリストファーからズビグネフ・ブレジンスキーの教え子でヒラリー・クリントンと親しい好戦派のマデリーン・オルブライトに交代したことが攻撃の背景にある。 この時に国防副長官の首席補佐官だったビクトリア・ヌランドは2013年から14年にかけてウクライナでクーデターを現場で指揮していた。クーデターが始動したのは2013年11月21日。キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で約2000名の反ヤヌコビッチ派が集まったところから始まる。 それから間もない12月13日、ヌランドは米国ウクライナ基金の大会で演説、ソ連が消滅した1991年からウクライナへ50億ドルを投資したと発言している。その際、彼女の背後には巨大石油企業シェブロンのマークが飾られていた。 東部や南部で支持されて大統領に就任したビクトル・ヤヌコビッチの打倒をキエフ周辺の親EU派が目論んだのだが、EUは話し合いでの解決を模索する。そうした動きに怒ったのがヌランドで、ジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使との電話会談で「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」という言葉を口にしている。 この発言は何者かが盗聴、2月4日にインターネット上へアップロードされて発覚した。その会話の中でふたりは「次期政権」の閣僚人事について話し合っていた。政権の打倒が見通されている。ヌランドが高く評価していたアルセニー・ヤツェニュクはクーデターの後、首相に就任した。 その後、キエフはヌランド好みの暴力に支配される。広場ではネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)のメンバーが棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始め、2月中旬には2500丁以上の銃が持ち込まれ、狙撃も始まった。 それでもヤヌコビッチ大統領と反政府派の代表は一旦、平和協定の調印にこぎ着けるのだが、その直後に狙撃は激しくなり、「西側」の政府やメディアはヤヌコビッチ側が黒幕だと宣伝。そして23日の憲法を無視した解任につながる。 その2日後にキエフ入りしたエストニアのウルマス・パエト外相は反ヤヌコビッチ派で医師団のリーダー格だったオルガ・ボルゴメツなどから聞き取り調査をする。その結果を26日にEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話で報告したのだが、それによるとスナイパーは反ヤヌコビッチ派の中にいるというものだった。 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」としたうえで、「新連合はもはや信用できない」としている。それに対し、アシュトンは「議会を機能させなければならない」と応じた。つまり、事実を隠して嘘を突き通せということだ。 ウクライナをネオ・ナチが支配する3年前の春、リビアとシリアに対する侵略戦争が始まっている。その展開は本ブログで何度も書いてきたので、今回は割愛する。 リビアでムアンマル・アル・カダフィ政権が倒された翌年、2012年8月にアメリカ軍の情報機関DIAはシリア情勢に関してホワイトハウスに報告している。その中で、シリア政府軍と戦っている武装集団はサラフ主義者(ワッハーブ派)、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIが主力だとしている。西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとも伝えた。 その報告では、アメリカ政府が方針を変えなければ、シリア東部にサラフ主義の支配地が作られるとDIAは予測していたが、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実になる。 AQIにしろ、アル・ヌスラにしろ、アル・カイダ系武装集団の主力メンバーはサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団で、その背後にはサウジアラビア王室が存在している。このサウジアラビアがアメリカやイスラエルと手を組み、サラフ主義者やムスリム同胞団を使ってシリアやイランの政権やヒズボラを倒そうとしているとシーモア・ハーシュはニューヨーカー誌の2007年3月5日号に書いている。 リビアでNATO軍とアル・カイダ系武装集団との連携が伝えられたが、その後に新たなタグとしてダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)が登場してくる。そのダーイッシュを作る手助けをアメリカがしたと米空軍のトーマス・マッキナニー中将は2014年9月にテレビで発言した。 また、その年にマーティン・デンプシー統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、同年10月にはジョー・バイデン米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語り、2015年にはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べている。 トランプが安全保障担当補佐官に選んだマイケル・フリン中将は2012年7月から14年8月までDIA局長を務めていた。つまり、ダーイッシュの勢力拡大を予測していた報告が作成されたのはフリンが局長だった時代であり、オバマ政権とアル・カイダ系武装集団やダーイッシュとの関係を熟知しているはずだ。 フリンはデンプシー大将と同じようにアル・カイダ系武装集団やダーイッシュを危険であり、ロシアと連携すべきだと考えていた。今でも同じだろう。トランプの発言はそうした考え方と合致している。 逆にクリントンの周辺はアル・カイダ系武装集団/ダーイッシュやネオ・ナチを手先として使って破壊と殺戮を繰り返し、ロシアや中国を屈服させようと軍事的な圧力と強めて核戦争の危険性を高めている。 日本やアメリカのメディアなどではクリントンでなくトランプを強硬派だと表現する。クリントンの周辺にいる好戦派が手先として利用している武装集団に対する攻撃を強行する勢力だということなのだろう。
2016.11.20
11月13日に放送された番組の中でロシア外務省の広報担当者、マリア・ザハロバはアメリカの大統領選挙でドナルド・トランプが勝利した理由をユダヤ人の資金だと語ったという。9月にニューヨークで会ったユダヤ系の人物から、自分たちはヒラリー・クリントンに寄付しているが、その倍をトランプに提供していることを明らかにしたとしている。 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいカジノ経営者のシェルドン・アデルソンがトランプに多額の寄付をしているが、クリントンのスポンサーの中にもトランプへ寄付した人がいるということだろう。
2016.11.19
ドナルド・トランプはマイケル・フリン元DIA局長に対し、安全保障担当補佐官への就任を要請したとAPが伝えている。トランプはロシアとの関係修復を訴え、シリアではバシャール・アル・アサド体制の打倒ではなくアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)と戦うべきだと主張しているが、そうした判断はフリンのアドバイスに基づいている可能性が高い。そのフリンを重用できるなら、軍事的な緊張は緩和される可能性が高い。 マイケル・フリン中将は退役後にアル・ジャジーラの番組へ出演、自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、そうした情報に基づく政策の決定はバラク・オバマ大統領の役割だとしている。 何度も書いていることだが、DIAは2012年8月に作成した文書の中でシリアにおける反乱の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)だと指摘、バラク・オバマ政権が支援している「穏健派」は存在していないとしていた。 つまり、「穏健派」の支援とはサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)にほかならないということだ。アル・カイダ系武装集団の主力はサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団であり、アメリカ政府はアル・カイダ系武装集団を支援しているということになる。DIAの報告書ではシリア東部にサラフ主義者の国ができる可能性も警告していたが、これはダーイッシュという形で現実になった。 トランプ政権へ入るとも噂されているルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長は選挙期間中、「ヒラリー・クリントンはISISを創設したメンバーだと考えることができる」と口にしていた。オバマ同様、確かにクリントンもダーイッシュを操る勢力に属していると言えるだろう。 ところで、トランプへ最も多額の寄付をしたシェルドン・アデルソンはアメリカのラス・ベガスとペンシルベニア、東南アジアのマカオとシンガボールでカジノを経営している人物で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にある。 そのネタニヤフ首相は今年5月、アビグドル・リーバーマンを国防大臣に据えた。狂信的ユダヤ至上主義者として知られ、最近もテルアビブで数百人レベルのデモがあったのだが、その一方でロシアにパイプを持っているという側面もある。 ネタニヤフ自身も盛んにモスクワを訪問、6月7日にはプーチン大統領と会談した。つまり、遅くともこの段階でネタニヤフ政権はロシアへの接近を図っていた。イスラエルがアメリカやサウジアラビアと手を組み、サラフ主義者やムスリム同胞団を使って意に沿わぬ政権、つまりシリアやイランの現政権やヒズボラを倒そうとし始めていると調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2007年3月5日付けのニューヨーカー誌で書いている。 この3カ国は1970年代の終盤からサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団を利用して戦闘集団を編成、アフガニスタンでソ連軍と戦わせていた。その当時、サウジアラビアが戦闘員を雇い、武器/兵器の供給ルートになり、CIAが戦闘員を訓練していた。 CIAはソ連軍と戦わせるため、戦闘員に爆弾製造や破壊工作の方法を教え、都市ゲリラ戦の訓練もしている。勿論、武器/兵器も提供したが、それだけでなく、麻薬取引の仕組みも作り上げている。 そうした軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルがアル・カイダだとロビン・クック元英外相は2005年にガーディアン紙で書いた。この記事が出た翌月、クックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われ、59歳で急死する。 この3国同盟はその後も機能、2013年9月にマイケル・オーレン駐米イスラエル大使(当時)はシリアのアサド体制よりアル・カイダの方がましだと語っている。オーレンはベンヤミン・ネタニヤフ首相の側近であり、これはネタニヤフ政権の考え方だと言える。 また、今年1月には、INSS(国家安全保障研究所)で開かれた会議でモシェ・ヤーロン国防相がイランとISIS(IS、ISIL、ダーイッシュなどとも表記)ならば、ISISを私は選ぶと発言したと伝えられている。リーバーマンを国防大臣にした5月までの期間に状況が変化した可能性がある。 2月10日、興味深い出来事があった。ヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問してウラジミル・プーチン露大統領と会談、22日にはシリアで停戦の合意が成立したのだ。ヒラリー・クリントンなど好戦派はアサド政権の打倒を諦めず、停戦を戦闘態勢の立て直しに使っていた。 しかし、デイビッド・ロックフェラーと親しいズビグネフ・ブレジンスキーもアメリカが地球規模の帝国ではなくなったと認めているのが現状。ロシアや中国との核戦争も辞さないという姿勢は正気でなく、支持者は支配層の内部でも減っていただろう。 イスラエルより少し遅れてトルコもロシアとの関係修復に乗り出す。6月下旬にトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はイスラエルとの和解を発表、ロシアのウラジミル・プーチン大統領に対してロシア軍機の撃墜を謝罪した。7月13日にはトルコの首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆している。トルコでは武装蜂起があったのは7月15日。真相は不明だが、アメリカを黒幕とするトルコ軍の協力者が実行した可能性が高いと見られている。 今年の2月以降、アメリカ支配層の一部、イスラエル政府、そしてトルコがロシアに接近しているのだが、そうした中、フリンは本を出版している。興味深いのは内容でなく共著者。イスラエルと緊密な関係にあるマイケル・リディーンなのだ。 リディーンは1970年代の半ばにイタリアのイル・ジョルナレ・ヌオボ紙でジャーナリストとして働いていたが、その際、「アカの脅威」を盛んに宣伝していた。彼が親しくしていたフランチェスコ・パチエンザはイタリアの情報機関SISMIのエージェントで、非公然結社のP2とも結びついていた。パチエンザによると、リディーンはSISMIのエージェントで、Z3という暗号名を持っていたという。1980年のアメリカ大統領選挙ではジミー・カーターを激しく攻撃、スキャンダルを盛んに流していた。(Edward S. Herman & Noam Chomsky, "Manufacturing Consent," Pantheon, 1988) また、フリンは退役後、フリン・インテル・グループなるコンサルタント会社を設立、息子が経営しているようだ。当然、相当額の資本金が必要なわけで、それを提供する人がいたことになる。 フリンの周辺は支配層の親イスラエル派のネットワークが張り巡らされつつあるようだが、現在、イスラエル政府はロシアに接近、核戦争の可能性を小さくする方向へは動いている事実に変化はない。イスラエル同様、ロシアとの関係改善を目論んでいるトルコはフリン・インテル・グループとビジネス上の関係を結んだとも言われている。シリアへの侵略戦争も終わる可能性があるが、パレスチナ問題は残る。
2016.11.19
アメリカの次期政権の閣僚人事をめぐり、共和党内で「内紛」が勃発していると伝えられている。これが事実なら、ビル・クリントン政権の終盤から始まった軍事侵略、ジョージ・W・ブッシュ政権から始まったファシズム化という「2本柱」の政策が何らかの形で変化する可能性があるだろう。 勿論、ドナルド・トランプ次期大統領は支配層の一員であり、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にあるカジノの経営者シェルドン・アデルソンを最大のスポンサーにしているわけで、フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディのような政策を推進するはずはない。が、ヒラリー・クリントンならやりかねなかったロシアとの核戦争を避けることは期待できる。 1991年12月にソ連が消滅して以来、ネオコン/シオニストをはじめとするアメリカの好戦派は脅して屈服させるという戦術を続けてきた。かつてのライバルだったソ連の残映であるロシアの大統領はアメリカ巨大資本の傀儡であるボリス・エリツィンが君臨、アメリカは唯一の超大国になったという判断だったようだ。 そうした判断に基づき、1992年2月には国防総省のDPGという形で世界制覇プランを描き上げ、潜在的なライバルが実際のライバルに成長しないように手を打つことにする。そして1992年2月、国防総省のDPGという形で世界制覇プランが描かれた。 潜在的なライバルが実際のライバルに成長しないように手を打つということで、潜在的ライバルと想定されたのは旧ソ連、西ヨーロッパ、東アジアの国々。エネルギー資源が存在する南西アジアも注目地域だと考えられている。 旧ソ連から西ヨーロッパにかけての地域ではカラー革命で傀儡政権を樹立、ユーゴスラビアを先制攻撃で破壊したNATOは東へ向かって支配地域を広げ、ロシアとの国境は目と鼻の先。ミサイルを配備し、軍事的に圧力を加えている。 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官だったウェズリー・クラークによると、1991年にポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は、シリア、イラン、イラクを5年から10年で殲滅すると口にしたという。実際、2003年にイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒した。今でも破壊と殺戮は続いている。イラクを攻撃する際、アメリカ政府は「大量破壊兵器」を口実にしたが、これは嘘だった。 2001年9月11日にアメリカで世界貿易センターや国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたてから10日後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国のリストが作成されている。いずれの国も9月11日の攻撃とは無関係。その国とは、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランだ。 イラクを攻撃する際にはアメリカ軍が乗り出しているが、その後、傭兵を使い始める。1970年代の終盤、ズビグネフ・ブレジンスキー国家安全保障担当補佐官が考えた作戦に基づいて編成されたサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団を中心とする武装勢力をソ連軍と戦う傭兵部隊として使い始める。 イラクでの戦乱が続く中、2007年にシーモア・ハーシュはニューヨーカー誌で、アメリカ(ネオコン)、イスラエル、サウジアラビアは手を組み、シリアやイランをターゲットにした秘密工作を開始、ヒズボラが拠点にしているレバノンを攻撃すると書いている。さらに、イランにもアメリカの特殊部隊JSOCが潜入して活動中だとされている。 その秘密工作が顕在化したのが2011年春。北アフリカで発火した「アラブの春」だ。おそらく「プラハの春」をイメージとして取り入れたのだろうが、リビアやシリアではサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団、つまりアル・カイダ系武装集団を使った軍事侵略にほかならなかった。侵略の主体はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアだが、さらにフランス、イギリス、カタールといった国々が加わる。シリアではトルコやヨルダンも参加した。 このシステムはリビアのムアンマル・アル・カダフィ政権が倒されるまでは機能したのだが、シリアで躓く。リビアでNATOとアル・カイダ系武装集団の連携が明白になり、シリアではロシアがNATOの軍事介入を止めたのである。 本ブログでは何度も書いていうるように、2012年8月までにアメリカ軍の情報機関DIAはシリアの反政府軍がサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIを主力としているとホワイトハウスに報告、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとも伝えた。 その当時、バラク・オバマ政権はバシャール・アル・アサド政権の打倒を最優先、「穏健派」を助けるとしてアル・カイダ系武装集団を支援していた。自分たちが侵略に使っている傭兵なわけで当然だが。 アル・カイダ系武装集団のAQIにしろ、アル・ヌスラにしろ、ファテー・アル・シャム(レバント征服戦線)にしろ、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)にしろ、アメリカをはじめとする侵略勢力の傭兵にすぎないのだが、そうした傭兵部隊を危険だと考える人物がアメリカ軍の幹部や情報機関の内部に存在しているようだ。 例えば、2011年10月から15年9月まで統合参謀本部議長を務めたマーティン・デンプシー大将や12年7月から14年8月までDIA局長を務めたマイケル・フリン中将はそうした軍人であり、ヒラリー・クリントン関連の電子メールをリークしたのはNSAの人間ではないかとも言われている。 こうした人びと以外にも、ロシアとの核戦争も辞さないという狂気について行けないと考える人は増えているようだ。デンプシーの後任議長であるジョセフ・ダンフォードは交代当時、好戦派と見られていたのだが、クリントンらが主張していたシリアでの飛行禁止空域設定には消極的。ロシアとの核戦争に発展する可能性が強いからだ。 かつて、日本では「関東軍の暴走」で破壊と殺戮の泥沼から抜け出せなくなった。現在のアメリカにも関東軍と似た軍事組織が存在する。NATOだ。NATOの暴走はありえる。 フランクリン・ルーズベルトが1932年の大統領選で勝利した直後、JPモルガンをはじめとする巨大金融資本は反ニューディール派のクーデターを計画した。これは海兵隊のスメドリー・バトラー少将らの議会における証言で明らかにされた。現在の巨大資本が似たようなことを考えても不思議ではない。 このクーデター計画が失敗に終わった後、ルーズベルトは第2次世界大戦の終盤までウォール街にメスを入れることができなかった。ドイツの降伏が確定的になってからメスを入れようと動き始めたようだが、1945年4月にルーズベルトは急死、巨大資本がホワイトハウスで主導権を奪還している。 似た構造が現在のロシアにもある。アメリカの巨大資本とつながる新自由主義派が今でもロシアの経済部門を支配しているのだ。政府でも首相、金融相、経済開発相というポストをおさえていたのだが、アレクセイ・ウルカエフ経済開発相が逮捕され、ウラジミル・プーチン大統領によって解任された。この動きも西側支配層は恐れているだろう。
2016.11.18
ヨルダンにあるファイサル王子空軍基地の近くでアメリカの特殊部隊員3名がヨルダン兵に殺されたと報道されている。アメリカ兵は第5特殊部隊グループに所属、シリアで政府軍と戦う「穏健派」の戦闘員を訓練していたのだが、これはCIAの指揮下で行われていたという。 CIAと特殊部隊が共同で作戦を遂行することは珍しくない。例えば、1964年1月にスタートしたMACV-SOG(ベトナム軍事援助司令部・調査偵察グループ)。さまざまな秘密工作を実行するために編成され、メンバーは陸海空軍の特殊部隊やCIA、さらに海兵隊の偵察部隊も含まれていた。 MACVは1967年6月にICEXと名づけられた極秘プログラムをCIAと共同で開始、フェニックスと呼ばれるようになる。このプログラムを提案したのはNSC(国家安全保障会議)のロバート・コマーで、エバン・パーカーなる人物が指揮するようになる。このパーカーは第2次世界大戦ではOSSに所属、アメリカにおける破壊工作の源流とも言えるジェドバラのメンバーだった。このプログラムには暗殺を担当するチームも存在した。 CIAは実働部隊として、1967年7月にPRU(地域偵察部隊)という傭兵部隊を組織している。この部隊を構成していたのは殺人やレイプ、窃盗、暴行などで投獄されていた囚人たちが中心で、フェニックスは「ベトコンの村システムの基盤を崩壊させるため、注意深く計画されたプログラム」だ。 1968年3月にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で住民が虐殺される。これはフェニックス・プログラムの一環で、ウィリアム・カリー大尉の部隊が実行、犠牲者の数はアメリカ軍によるとミ・ライ地区だけで347人、ベトナム側の主張ではミ・ライ地区とミ・ケ地区を合わせて504人だという。 この虐殺は現場の上空にいたアメリカ軍にヘリコプターが下に降り、ヒュー・トンプソンという乗組員が農民を救出するまで続けられた。その際、トンプソンは同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) この事件が広く知られるようになったのは翌年。1969年11月にシーモア・ハーシュの記事をAPが流してからだ。その10日後、国防総省のウィリアム・ウエストモーランド陸軍参謀長は事件の調査をウィリアム・ピアーズ将軍に命令した。 ウエストモーランドは1968年3月までMACVの司令官で、ピアーズは情報機関と緊密な関係にあった。つまり、ピアーズは第2次世界大戦中、OSSに所属し、1950年代初頭にはCIAの台湾支局長を務めている。ウエストモーランドもピアーズも虐殺に深く関与しているわけで、適切な調査が行われるはずはなかった。 それでも報告書には事件の容疑者として30人の名前があがったが、実際に告発されたのは16人だけで、裁判を受けたのは4人。有罪判決を受けたのはカリー大尉だけだった。そのカリーもすぐに減刑されている。 また、MACV-SOGが逃亡兵を殺害するためにサリンを使用したとCNNは1998年6月に報道している。捕虜になり、北ベトナムに協力していたアメリカ兵を殺害することが目的だったという。 その作戦名はテイルウィンド(追い風)。最も重要な情報源は1970年7月から74年7月まで統合参謀本部議長を務めたトーマス・ムーラー提督で、作戦については部下からの報告で知っていたという。MACV-SOGの作戦は基本的にCIAのもので、正規軍のトップだったムーラーは関与していなかった。 この報道を「軍人組織」やライバルのメディアが激しく攻撃、CNN経営陣に依頼された弁護士は1カ月に満たない期間に報告書を作成、報道内容を否定してしまう。その中でムーラー提督を認知症の老人であるかのように表現しているが、ゴルフ場で普通にブレーし、別の事件で記者会見に登場するほどの健康体だった。番組を担当したプロデューサーのエイプリル・オリバーによると、放送では示されなかった重要な情報をCNNは隠しているという。(エイプリル・オリバーへの取材)つまり、報告書に説得力は全くない。 会社からの圧力に屈せず、報道を事実だ主張し続けた担当プロデューサーのジャック・スミスとエイプリル・オリバーは解雇されてしまう。その後、1999年にCNNはアメリカ陸軍の第4心理作戦群の隊員が2週間ほど本部で働かせ、アメリカがイラクを先制攻撃する際には政府の意向に沿った偽情報を発信しつづけた。今でも中東、北アフリカ、ウクライナ、東アジア、アフリカ、南アメリカなどへ破壊と殺戮を広げる手助けをしている。 MACV-SOGは1964年3月からダ・ナン沖のフェニックス島を拠点とし、北ベトナムに対する攻撃を始めた。同年7月に海軍特殊部隊のSEALに所属するふたりの隊員は20名の南ベトナム兵を率いてホン・メ島を襲撃、レーダー施設の破壊を試みている。 この作戦は失敗したのだが、北ベトナム軍は報復として8月2日に情報収集活動をしていた米海軍のマドックスを攻撃、アメリカ国内では米艦船に対して北ベトナムが先制攻撃したということにされ、好戦的な雰囲気を強めている。これがいわゆるトンキン湾事件だ。(Douglas Valentine, "The Phoenix Program," William Morrow, 1990) ちなみに、オリバー・ノース中佐やリチャード・アーミテージなどイラン・コントラ事件に登場する人びとはフェニックス・プログラムに関係している。コリン・パウエル元国務長官も当時、ベトナムで活動していた。 本ブログでは何度も書いているが、CIAや特殊部隊が武器/兵器を与え、軍事訓練している「穏健派」はアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)にほかならない。これは2012年8月にDIA(国防情報局)が作成、ホワイトハウスに提出された文書も指摘していた。 この報告によると、シリアにおける反乱の主力をサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)だとし、西側、湾岸諸国、そしてトルコからの支援を受けている。 その報告書が作成された当時のDIA局長、マイケル・フリン中将はアル・ジャジーラの番組で、自分たちの任務は確度の高い情報を提出することにあり、その情報に基づいて政策を決定するのは大統領の仕事だとしている。つまり、バラク・オバマ政権の決定がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。 オバマ大統領が育てた「テロリスト」を攻撃するためにロシア政府は重航空巡洋艦(空母)クズネツォフ提督を中心とする艦隊をシリア沖へ派遣したわけで、「テロリスト」が拠点にしてきたアレッポなどを攻撃するのは当然のこと。勿論、「トランプの反応を探っている」わけではない。 アメリカで大統領選挙が展開されていた時期、西側の有力メディアなどはロシア軍が学校や病院を攻撃して死傷者が出ていると宣伝していたが、その間、ロシア軍は攻撃を休んでいた。そのため、宣伝に迫力はなかった。これは「クリミアへのロシア軍侵攻」と似たバターン。「予定稿」に基づいて「報道」したが、ロシア軍が動かなかったということだろう。つまり、西側支配層の描くシナリオ通りに物事は進んでいない。 次期アメリカ大統領もこれまで主導権を握ってきた勢力の思惑とは違う人物になり、現在、閣僚人事などで政権乗っ取りを図っているようだ。フリン中将の動向に注目したい。
2016.11.17
ドナルド・トランプがアメリカの次期大統領に選ばれた後、アメリカ、EU、そしてロシアで興味深い動きが見られる。アメリカでは13日から3日間の予定でジョージ・ソロス、その息子のジョナサン・ソロス、あるいはトム・ステイアーを含む富豪たちが音頭を取り、トランプ対策を練る秘密会談をワシントンのマンダリン・オリエンタル・ホテルで開催、やはり13日にベルギーのブリュッセルではイギリスとフランスを除くEUの外務大臣がトランプに関して話し合っている。こうした会議以上に興味深いのはロシアで新自由主義者、つまりアメリカ巨大資本の傀儡グループ(いわゆる第5列)に属すと見られているアレクセイ・ウルカエフ経済開発相が汚職で逮捕された事実だ。 ウルカエフたちのグループには中央銀行総裁エリヴィラ・ナビウリナや新旧財務大臣のアントン・シルアノフとアレクセイ・クドリンも含まれ、ボリス・エリツィン時代のように、社会的な強者が富を独占する仕組みを復活させようと目論んでいる。 そのグループにおける中心的な存在がエリツィンの娘であるタチアナ。ボリスが大統領だった時代、飲んだくれで心臓病を抱える父親に代わり、クレムリン内外の腐敗勢力と手を組んでロシアを食い物にしていた。1996年にボリスはタチアナを個人的な顧問に据えたが、2000年にウラジミル・プーチンから解雇されている。 タチアナはウラル・エネルギーのCEOだったアレクセイ・ドゥヤチェンコと結婚していたが離婚、2001年にエリツィンの側近で広報担当だったバレンチン・ユマシェフと再婚した。 ユマシェフの娘であるポリナ・ユマシェバと結婚したオレグ・デリパスカはロシアのアルミニウム産業に君臨するイスラエル系オリガルヒで、ナット・ロスチャイルドから「アドバス」を受ける一方、ロスチャイルド系の情報会社ディリジェンスの助けで世界銀行から融資を受け、政治面でも西側との関係を強めている。 タチアナの利権仲間に属すひとり、アナトリー・チュバイスは1992年11月にエリツィンが経済政策の中心に据えた人物で、HIID(国際開発ハーバード研究所)なる研究所と連携していた。ここはCIAとの関係が深いUSAIDから資金を得ていた。言うまでもなくUSAIDはCIAが資金を流す際に使う機関だ。(Natylie Baldwin & Kermit Heartsong, “Ukraine,” Next Revelation Press, 2015) エリツィン時代のロシアで経済政策を作成していたのはジェフリー・サックスを含むシカゴ派の顧問団だが、ロスチャイルドとのつながりも目立つ。また、ソ連時代から現在のロシアに至るまで、この地域を支配しようとしてきたのがジョージ・ソロス。そうした西側支配層の配下のロシア人がウラジミル・プーチン体制になっても経済分野では主導権を握り、プーチン体制のアキレス腱とも言われている。 米英のロシア/ソ連制圧の計画は1904年にハルフォード・マッキンダーのハートランド理論として顕在化した。イギリスが日本の軍事力強化や対ロシア戦の戦費調達に協力した一因はそこにある。 当時、イギリスはライバルのフランス、ドイツ、ロシアに対抗するために約14万人の兵士が必要だと見ていたが、実際の兵力は7万人。その不足分を補うために目を付けられたのが日清戦争に勝利した日本だった。そして1902年、日英同盟協約が結ばれている。日露戦争でアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領が乗り出してきた理由も同じだろう。同じルーズベルトでもセオドアはフランクリンと違い、棍棒外交で有名な好戦派だ。 現在、米英支配層とロシアとの鍔迫り合いはシリアで行われている。ヒラリー・クリントンなどアメリカの好戦派はシリアをリビアと同じように破壊、戦闘員をカフカスなどロシア周辺へ移動させ、西側のウクライナではネオ・ナチを使ってロシアへ迫っていくつもりだったのだろう。NATOもロシアとの国境近くに部隊を配備、ロシアに対する軍事的な圧力を強めてきた。ちなみに、ウクライナのクーデターを現場で指揮していたネオコン、ビクトリア・ヌランド国務次官補はヒラリーと親しい仲だ。 ところが、シリアでは昨年9月末にロシア軍がシリア政府の要請に基づいて軍事介入、アル・カイダ系武装勢力やそこから派生したダーイッシュに対する攻撃を始めた。アメリカが主導する連合軍とは違い、本当に攻撃して侵略軍は大きなダメージを受けた。そこでアメリカの好戦派はリビアのように飛行禁止空域を設定するように要求する。ヒラリーもそうした首相をする仲間だ。 アメリカ上院の軍事委員会でジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長が語ったようにシリア上空をロシア軍やシリア軍の航空機が飛行することを禁止した場合、アメリカはロシアやシリアと戦争になる可能性が高く、世界大戦、つまり核戦争に発展する可能性が高い。アメリカなどがアル・カイダ系武装集団やダーイッシュなどを攻撃しているロシアやシリアの戦闘機や爆撃機を撃墜すれば、ロシアもアメリカなどの戦闘機や爆撃機を撃墜する。必然的に直接的な軍事衝突になるからだ。 好戦派と見なされているダンフォードでさえロシアとの戦争には消極的だが、軍の内部にもヒラリーの仲間はいる。例えば、陸軍のマーク・ミリー参謀総長はロシアに対し、かつて経験したことがないほど激しく叩きのめしてやる、つまりスターリングラードなど第2次世界大戦でソ連が受けた以上の打撃を加えてやると演説した。先制核攻撃すると言っているのに等しい。 それに対し、トランプはダーイッシュの打倒を最優先すべきだとしている。すでにトランプはプーチンと電話で話し合っているようだ。このまま進めばアメリカとロシアとの関係は修復される。ソロスたち「リベラル派」はそれを恐れている。
2016.11.15
バラク・オバマ大統領は国防総省に対し、シリアで政府軍と戦っているアル・カイダ系武装集団のリーダーを見つけ、殺すように命じたという。バシャール・アル・アサド政権の打倒を諦め、口封じを始めたのだろう。イギリスも似たことをしているようだ。 本ブログでは何度も書いてきたように、アル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアなど侵略勢力の手先だが、昨年9月末から始められたロシア軍の空爆で劣勢になった。ここにきて重航空巡洋艦(空母)クズネツォフ提督を中心とする艦隊がシリア沖に到着、しかもシリアやロシアとの戦争に消極的なドナルド・グレッグがアメリカの次期大統領に決まったことで「敗戦処理」を始めたようにも見える。 アメリカ政府にしてみると、用済みなので処分するということなのだろうが、殺害リストに載った戦闘集団の幹部たちにしてみるとアメリカ政府は裏切り者。報復に出る可能性もある。末端の戦闘員も「雇い止め」になる可能性が高いが、各国へ「難民」として流れ込むと面倒なことになる。難民の受け入れを規制する必要があるのだが、EUはそうしたことができない可能性がある。 1960年代から80年代にかけて、コミュニストが強かったイタリアでアメリカ主導の秘密部隊グラディオが「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返し、左翼叩きと治安体制の強化を推進したが、その時は攻撃部隊をコントロールできていた。アル・カイダ系武装集団に参加してEUへ逃げ込む人びとをアメリカやイギリスがコントロールできるのだろうか? 1970年代の終盤から自国の危険分子を戦闘員として外国へ送り出していたサウジアラビアにとっても危険な状態。すでにサウジアラビアは財政赤字で厳しい状況に陥っているわけで、戦闘員として戦っていた人びとが帰国した場合、王制が揺らぎ、石油の供給体制も揺らぐ可能性がある。中東に石油を依存している国にとっては深刻な事態だ。 サウジアラビアなどペルシャ湾岸の産油国が不安定化するとドルの循環が滞り、投機市場も動揺するだろう。すでにロシアや中国などではドルからの離脱を進めているが、その流れが加速してドルが基軸通貨の地位から陥落すると、アメリカを中心とした支配システムも倒れる公算大。すでにこのシステムは腐敗が進んでいたので倒壊は必然だが、倒れ方は問題。日米欧の支配層が自分たちの行ってきた「汚いこと」を隠そうとしたなら、事態はさらに悪くなる。おそらく、アメリカにとって最善の道はロシアや中国と手を組むことだが、世界制覇を目指していた勢力はそれを嫌うだろう。
2016.11.14
次期アメリカ大統領がドナルド・トランプに決まったことに伴い、次の副大統領はマイク・ペンスになった。この人物はトランプと違い、ロシアのウラジミル・プーチンを愚弄し、軍事力を行使する準備をするべきだと口にしていた。今回の大統領選挙が始まった当時、ペンスが応援していた候補はテッド・クルズで、両者はティー・パーティを支持している。 ティー・パーティーはロン・ポールが生み出したリバタリアン的な運動だが、後にサラ・ペイリンのような親イスラエルのキリスト教原理主義者(聖書根本主義派、あるいは福音派とも呼ばれている)が大きな影響力を持つようになった。クルズやペンスもペイリンと同じようにキリスト教原理主義の影響を受けている。 ペイリン派は大企業/富裕層に有利な政策を推進するべきだと主張、2008年の大統領選挙で共和党の候補だったジョン・マケインから副大統領候補として指名されている。マケインはネオコンの上院議員で、ウクライナのクーデターを支援、シリア侵略ではシリアへ不法入国して反バシャール・アル・アサド政権のリーダーたちと会談しているが、その中にはダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を率いるアブ・バクル・アル-バグダディも含まれていた。 ペイリンもそうだったが、トランプやペンスは「計算尽くの罵詈雑言」で人心を掌握しようとした。アメリカが衰退、庶民は貧困化、そういったものが原因で生じる不満を持つ人びとにそうした表現は響く。そうした表現に惑わされてはならないということでもある。 1991年12月にソ連が消滅した段階でネオコン/シオニストはアメリカが唯一の超大国になったと認識、服わぬ国々は脅し、それでも屈服しなければ軍事的に破壊してしまうという戦略を立てた。ソ連消滅の直前、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は5年から10年でイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしたという。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官の話だ。 2001年9月11日以降、アメリカではネオコンが主導権を奪い、ウォルフォウィッツたちが描いた世界制覇プランを推進していく。クラーク元司令官によると9/11の10日後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国リストが作成されていた。そこにはイラク、シリア、イランのほか、レバノン、リビア、ソマリア、スーダンが載っていたという。 ところが、21世紀に入るとロシアでウラジミル・プーチンを中心とするグループがロシアを再独立させ、ネオコンが描く世界制覇プランの前提条件が崩れてしまう。それでもプランを推し進めようとした結果、ロシアや中国を核戦争で脅すという事態になる。そうした動きの最前線にいたのがヒラリー・クリントンだ。 その一方、軍や情報機関の内部でもロシアとの核戦争は避けるべきだと考える人びとがいる。マーティン・デンプシー元統合参謀本部議長やマイケル・フリン元DIA局長はその典型例。クリントンの電子メールをリークした人物は電子情報機関NSAの内部にいると推測する人もいた。こうした人びとの存在はクリントンが大統領選で敗れた一因だろう。 しかし、クリントンを担いでいた勢力のネットワークは強力。すでにジョージ・ソロスはカラー(パープルらしい)革命を始めている。そうした人びとはロシアとの関係修復にも抵抗、場合によってはシリアへの本格的な軍事介入を強行するかもしれない。「アメリカの関東軍」であるNATOは懸念材料だ。 アメリカでは「トランプ暗殺」の噂も流れているが、実際に殺さなくても何らかの形で排除し、ペンス副大統領を昇格させるということは想定できる。これはアメリカ支配層の常套手段だ。そこで、ペンスが注目されている。
2016.11.14
アメリカの都市で反トランプの抗議活動が展開され、平和的とは言い難いことも行われていると伝えられている。ドナルド・トランプの主張が気に入らないということが抗議の理由らしいが、そうしたことを承知の上で有権者は投票、トランプが勝利したわけだ。大統領なり議員なりを投票で代表を決めるというルールを否定している。選挙直後、カラー革命を予想する人は少なくなかったが、現実のものになりつつある。これまで偽情報を発信して好戦的な雰囲気を広め、「トランプ敗北予想」を流してきたアメリカの有力メディアは「トランプ失脚願望」を伝え始めたようだ。 選挙結果が気に入らないので示威行動を使い、それをひっくり返すということは繰り返されてきた。例えば、2003年にジョージア(グルジア)で引き起こされたバラ革命、04年から05年にかけてウクライナであったオレンジ革命。いずれも背後には投機家のジョージ・ソロスが存在、新自由主義を広めることを目的にしていた。2013年11月から14年2月にかけてウクライナで実行されたネオ・ナチによるクーデターも構造は同じだった。ネオ・ナチを動かしていたのはアメリカのネオコンだ。 今回の抗議活動を仕掛けたMoveOnなる団体は1998年に創設されて以来、民主党の候補者に対して数百万ドルを寄付してきたという。2004年にはソロスから146万ドルを受け取ったとされている。 トランプに対する反発はEUからも聞こえてくる。ドイツの有力誌、シュピーゲルではトランプを愚かで危険な大統領だと愚弄する記事が掲載された。未熟で人種差別主義者だとしているが、ロシアとの核戦争を避けようとしていることには触れていない。 2011年10月から15年9月まで統合参謀本部議長を務めたマーティン・デンプシー大将だけでなく、好戦派と見られている現議長のジョセフ・ダンフォードもロシアとの戦争は望んでいないのだが、NATOは部隊をロシアとの国境近くへ配備、クレムリンを挑発してきた。ロシアとの関係を修復したいとしているトランプに対し、ロシア政府がそうした部隊を問題にするのは当然だろう。 1990年に東西ドイツが統一される際、アメリカのジェームズ・ベイカー国務長官はソ連のエドゥアルド・シュワルナゼ外務大臣に対し、統一後のドイツはNATOにとどまるものの、東へは拡大させないと約束していた。これは記録に残されているのだが、その約束をアメリカは守らなかった。そして現在、ロシアとの国境は目と鼻の先だ。 NATOの軍隊をロシアとの国境近くから離れるように求めるのは当然のことだが、これはロシアとの核戦争も視野に入れている「アメリカの関東軍」とも言うべきNATOにとっては受け入れがたいことだろう。 ヒラリー・クリントンがソロスの指示に従って動いていたことはハッキングされた電子メールで明らかにされたが、ソロスの背後に真の黒幕が存在している。そうした勢力はNATOも動かしているはずだ。そうした勢力とトランプは対峙することになる。
2016.11.14
ロシア海軍の重航空巡洋艦(空母)クズネツォフ提督を中心とする艦隊がシリア沖に到着した。戦闘の準備が整い、すでにミグ29やスホイ33といった戦闘機が偵察飛行を開始しているようだ。 攻撃のターゲットはシリアを侵略しているアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ。トルコはクルド勢力を攻撃するとしてシリアを侵略しているが、トルコから伸びている侵略軍の兵站線をトルコが閉鎖するという噂もある。これが事実なら、侵略戦争は終わるだろう。 この侵略部隊をバラク・オバマ政権は「過激派」と「穏健派」に分け、支援の口実にしているが、これは単なるタグにすぎない。2011年3月に戦闘が始まって以来、「穏健派」と呼べるような戦闘集団は存在しない。アメリカ/NATO、サウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国、イスラエル、トルコなどに支援された傭兵部隊が侵略の中心だ。 2012年8月にDIA(国防情報局)の作成した文書でも、シリアにおける反乱の主力をサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)だとしているが、アル・カイダ系武装集団の戦闘員はサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団が中心だ。そのメンバーを雇い、送り出している主体がサウジアラビアだが、DIAはそれ以外にも西側やトルコの支援を受けているとホワイトハウスに報告している。つまり、バラク・オバマ大統領もこの事実を承知している。そのうえで支援してきたわけである。 勿論、アル・カイダとは1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックが書いたように、CIAから訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルが元々の意味。アル・カイダはアラビア語で「ベース」を意味、「データベース」の訳としても使われている。現在もアル・カイダ系武装集団やダーイッシュにCIAの破壊工作人脈が関係している可能性は非常に高い。 アメリカやその同盟国とダーイッシュとの関係はアメリカの副大統領や軍の元幹部も指摘してきた。例えば2014年9月、空軍のトーマス・マッキナニー中将はアメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで発言、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、同年10月にはジョー・バイデン米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語り、2015年にはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べている。 そして2015年8月、マイケル・フリン元DIA局長はアル・ジャジーラの番組で、自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、情報に基づく政策の決定はバラク・オバマ大統領が行うと指摘している。つまり、オバマ政権の決定がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。 2011年10月から15年9月まで統合参謀本部議長を務めたマーチン・デンプシー陸軍大将もアル・カイダ系武装集団やダーイッシュを危険視、オバマ政権の許可を得ずに武装集団に関する情報を2013年秋からシリア政府へ伝えはじめたとシーモア・ハーシュは書いている。国防長官だったチャック・ヘーゲルもデンプシーと同じようにそうした武装勢力を危険だと考えていた。 ところが、ヘーゲルが2015年2月に国防長官を退任、デンプシーも同年9月に議長を辞めている。ヘーゲルの後任長官に選ばれたアシュトン・カーターは2006年にハーバード大学で朝鮮空爆を主張した人物で、デンプシーの後任議長であるジョセフ・ダンフォードはロシアをアメリカにとって最大の脅威だと発言していた。 アメリカ政府は好戦的な布陣になったわけだが、そこで状況を一変させる出来事があった。9月末にロシア軍がシリア政府の要請に基づいて空爆を開始、侵略軍に大きなダメージを与え、戦況が大きく変化したのである。 次期大統領に選ばれたドナルド・トランプもデンプシーやフリンと同じで、敵はダーイッシュであり、バシャール・アル・アサド大統領の排除を目指すべきではないという立場。ロシアやシリアと戦うべきでなく、「穏健派」への支援を止めるべきだとしている。今回の大統領選挙の結果を受け、ヘイゲルもロシアとの関係を修復すべきだと主張している。 ところで、シリアを侵略している勢力との戦いでは、中国も加わろうとしている。先日、アレッポの南西部でカフカス(黒海とカスピ海との間にある地域)や中国の新疆ウイグル自治区から来た少なからぬ戦闘員が死亡したようだが、中国にとってもシリア情勢は人ごとでないということだろう。
2016.11.13
今回のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプに対する最大の寄付者はシェルドン・アデルソンだった。アメリカのラス・ベガスとペンシルベニア、東南アジアのマカオとシンガボールでカジノを経営している人物で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にある。 そのネタニヤフは今年5月、狂信的ユダヤ至上主義者として知られているアビグドル・リーバーマンを国防大臣に据えた。ロシアにパイプを持っていることが理由だと言われている。その閣僚人事だけでなく、ネタニヤフ首相は盛んにモスクワを訪問、6月7日にプーチン大統領と会談した。つまり、その段階でネタニヤフ政権はロシアへの接近を図っていた。アメリカのネオコン/シオニストとイスラエルの間に亀裂が入った可能性もある。 また、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は6月下旬にイスラエルとの和解を発表し、ロシアのウラジミル・プーチン大統領に対してロシア軍機の撃墜を謝罪した。7月13日にはトルコの首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆している。 この過程でロシア、イスラエル、トルコは友好的な関係を築いていたと言われ、アメリカやEUの中東における影響力は低下していた可能性が高い。そして7月15日、トルコでは武装蜂起があった。クーデター未遂だ。真相は不明だが、アメリカを黒幕とするトルコ軍の協力者が実行した可能性が高いと見られている。 武装蜂起の直後、クーデター計画の拠点になったと見られているインシルリク基地を約7000名の武装警官隊が取り囲み、基地の司令官が拘束されたとも伝えられている。この基地の主な利用者はアメリカ空軍とトルコ空軍で、イギリス空軍やサウジアラビア空軍も使っているとされている。 7月31日にはアメリカのジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長がトルコを訪問、8月24日にはジョー・バイデン副大統領がトルコへ派遣されている。副大統領がトルコへ到着する数時間前、トルコ政府は特殊部隊を含む戦車部隊をシリアへ侵攻させたが、その際にアメリカ軍が主導する連合軍が空爆で支援したという。シリア政府はトルコの軍事作戦を侵略行為だと非難、ロシア政府も両国の合意に違反していると怒っている。アメリカ政府がトルコ政府の離反を止めにかかったように見えるが、それが成功したかどうかは明確でない。 トランプを支援したアデルソンがネタニヤフの動きとリンクしているとするならば、ロシアのウラジミル・プーチン政権、イスラエルのネタニヤフ政権、トルコのエルドアン政権、そしてシリアのバシャール・アル・アサド政権の関係にアメリカも加わる可能性があり、ヒラリー・クリントンを支えていた勢力の戦略は崩壊するかもしれない。 クリントンの背後には投機家のジョージ・ソロスがいる。ハッキングされたソロスの電子メールの中に、国務長官時代のヒラリー・クリントンに対してソロスがアルバニア情勢に対する対処の仕方をアドバイスしている。そのメールは2011年1月24日に書かれたものだ。そこでソロスはトランプ潰しを始めるという推測が出てくる。トランプの得意技はカラー革命だ。 ちなみに、安倍晋三はI・ルイス・リビーなどネオコンに操られているのだが、アデルソンの影響も受けている。ネオコンの命令に従いつつ、ロシアへ接近しても不思議ではない。
2016.11.12
ドナルド・トランプを次期大統領にしたエネルギーは、新自由主義に基づく政策に対する庶民の怒りだと言えるだろう。すでにこのイデオロギーに基づく政策は破綻状態で、それを取り繕うとして核戦争の可能性を高めている。そうした勢力に担がれた候補者がヒラリー・クリントンだった。核戦争が現実性を帯びてきたこともあり、軍の上層部や情報機関の内部にはそうした勢力を危険視する人も現れていた。 アメリカの巨大資本は生産拠点を低賃金で劣悪な労働環境で労働者を働かせることのできる国へ移動させ、アメリカ国内の生産力を大幅に低下させている。その一方、基軸通貨のドルを発行するという特権を利用し、裏付けのないドルという通貨と製品を交換、発行したドルはペトロダラーの仕組み(財務省証券や高額兵器の購入という形でアメリカへ還流させる)、あるいは投機市場への流入という形で現実社会での通貨流通量を減らしてドルの評価を維持してきた。この仕組みが現在、揺らいでいる。 巨大資本の利権を守るためには傀儡体制を樹立、軍隊を駐留させるだけでは不十分。巨大資本が支配する統一されたシステムがどうしても必要であり、そのためにTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、そしてTiSA(新サービス貿易協定)が推進されたわけだ。 このシステムはアメリカの生産力をさらに低下させ、アメリカを含む参加国の政府、議会、司法はアメリカの巨大資本に支配されることになる。 イタリアでファシスタ党を結成したベニト・ムッソリーニは1933年11月、「資本主義と企業国家」の中で巨大資本が国を支配するシステムを企業主義と呼び、資本主義や社会主義を上回ると主張している。これがムッソリーニの考えるファシズムだ。 ファシズムに反対、アメリカの巨大金融資本と対立していたニューディール派のフランクリン・ルーズベルト大統領は1938年4月29日、ファシズムについて次のように定義している。「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」 TPP、TTIP、TiSAの3点セットは世界をファシズム体制にするための協定であり、それを目指す動きは遅くとも1930年代に始まっている。通貨発行権を民間の金融機関が奪う目的で開かれたジキル島の秘密会談がそうした目論見のはじめだと考えると1910年までさかのぼることができ、いわば「100年計画」。彼らがファシズム化を簡単に諦めるとは思えず、TPP、TTIP、TiSAを放棄することもないだろう。 ドルが世界の基軸通貨になったとき、アメリカの巨大資本は世界に君臨する力を得たと言えるだろうが、それが揺らいでいる。生産手段を放棄したことで足腰が弱まってしまったのだ。ドルからの離脱しようとしたイラクのサダム・フセイン政権やリビアのムハンマド・アル・カダフィ政権は軍事的に破壊したが、中国やロシアを倒すことは容易でない。そのため核戦争の危険性が高まっているのだが、それが原因でアメリカ離れも起こっているようだ。アメリカ支配層の内部での対立もある。 日本の支配層はアメリカの好戦派に従い、中国との間で軍事的な緊張を高めてきたのだが、トランプは軍事的な対応を日本に求めそうだ。好戦派の指示通りに東アジアの軍事的な緊張を高めれば、それだけ日本は重い負担を強いられる。日中関係の破壊は2010年、菅直人政権の時から始まったことを忘れてはならない。
2016.11.12
アメリカの大統領選挙はドナルド・トランプが勝利した。すでにアメリカ支配層の相当部分がヒラリー・クリントンを見限った可能性が高いが、どこかの国でジョージ・ソロスたちが仕掛けた「カラー革命」的な展開になる可能性もある。 この選挙結果を受け、民主党の候補者がバーニー・サンダースだったならトランプに勝てたのではないかとする人もいるが、サンダースが候補者だったら、支配層はトランプを選んだように思える。 さまざまな工作で民主党の幹部たちはヒラリーを勝たせようとしたことがハッキングされた電子メールでも明らかにされたが、最終的に民主党の候補者を決めたのは通信社のAPだった。予備選の前夜、APが「クリントン勝利」を宣告したのである。「スーパー代議員(上位代議員、あるいは特別代議員と訳されている)」の投票予測でクリントンが圧倒し、勝利は確定していると宣伝、そうした雰囲気になってしまった。 メディアに引導を渡されたサンダースは7月12日、ヒラリー・クリントンを次期大統領にすることを支援すると表明した。民主党の目標として、最低時給15ドルの実現、社会保障制度の拡充、死刑制度の廃止、炭素税の導入、マリファナの合法化、大規模な刑事裁判改革、包括的な移民制度改革、アメリカ先住民の人権擁護などのほか、大きすぎて潰せないという銀行の解体、21世紀版のグラス・スティーガル法(銀行業務と証券業務の分離)を成立させることなどで合意したというが、こうしたことをクリントンが考えていないことも電子メールが示している。 今回の選挙では、金融資本、戦争ビジネス、ネオコン/シオニスト、アル・カイダ系武装集団を操ってきたサウジアラビアなどに支えられ、ムスリム同胞団やアル・カイダ系武装集団にもつながる、つまり支配層に担がれたヒラリー・クリントンが破れた。これ自体大きな出来事だが、サンダースのような「リベラル派」のインチキさも露見してしまい、アメリカの「自由と民主主義の国」という幻影は消えかかっている。 アメリカの大統領戦で勝利したドナルド・トランプはふたつの重要な政策を表明していた。TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)に反対していることがひとつ。クリントンは日本の自民党と同じで、少し手を加えてTPP、TTIP、TiSAの3点セットを成立させた可能性が高い。もうひとつはロシアとの関係修復。クリントンはロシアと核戦争する政策を主張、今回の大統領選挙でも全てロシアが悪いと叫んでいた。 選挙後、2013年2月から15年2月にかけて国防長官を務めたチャック・ヘイゲルはロシアとの関係を修復すべきだと主張しているが、同じ考え方の人は支配層にもいる。バラク・オバマ大統領も引きずられていたネオコンの戦術は脅して屈服させるというもの。中国やロシアに通用しないにもかかわらず、ネオコンはこの方針を変えようとしていなかった。マーク・ミリー陸軍参謀総長のように、ロシアをかつて経験したことがないほど激しく叩きのめしてやる、つまり先制核攻撃で破壊すると公言する軍人もいる。それだけに、ヒラリーが大統領になった場合は人類存亡の危機を迎えるところだった。 9月22日にアシュトン・カーター国防長官とアメリカ上院の軍事委員会に出席したジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は、シリアにもリビアと同じように飛行禁止空域を設けるべきだとする議員の意見に対し、ロシアやシリアと戦争になると発言している。議員とは違い、戦争が何を意味しているのか理解しての発言だ。 昨年9月25日まで統合参謀本部議長を務めたマーチン・デンプシー大将はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を危険視、ロシアと協調すべきだと考えていたが、後任のダンフォードはロシアを公然と敵視していた。そのダンフォードでさえ、ネオコンにはついて行けなくなったと言えるだろう。 軍の情報機関DIAの局長だった2012年当時、アメリカ政府の政策がダーイッシュ的な武装集団の勢力を拡大させると警告していたマイケル・フリン中将はトランプに外交政策などのアドバイスをしていると伝えられている。 トランプの周辺にはそれなりの人材が存在しているわけだが、ヒラリーを担いでいた人脈がこのまま静かになるとは思えない。ジョージ・W・ブッシュ政権から昨年秋口までの力がないだけに、過激な行動に出る可能性があるだろう。 これまでの手口を考えると、有力メディアを使って宣伝、労働組合を使って揺さぶり、アル・カイダ系武装集団やGLADIOのような秘密部隊を使って社会不安を煽り、ノースウッズ作戦や9/11のような偽旗作戦を実行してロシアや中国を悪魔化、あるいは朝鮮を利用して戦乱を拡大するというようなことも考えられる。
2016.11.11
アメリカの大統領選挙で「過激な主張」の持ち主であるヒラリー・クリントンが敗北、ドナルド・トランプが次期大統領に選ばれた。この結果、アメリカとロシアとの間で核戦争の始まる可能性は小さくなり、とりあえず最悪の事態は避けられたようだ。 しかし、クリントンを担いでいた金融資本、戦争ビジネス、ネオコン/シオニスト、アル・カイダ系武装集団を操ってきたサウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国などのネットワークは存在し、「アメリカの関東軍」とも言うべきNATOも健在だ。 トランプも支配システムから独立しているとは言い難い。クリントンと違って彼は核戦争には否定的で、巨大資本が国の上に立ち、支配するための協定、つまりTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の3点セットに反対しているが、ネオコンの資金を受け取っている。 タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、トランプに対する最大の寄付者はシオニストのシェルドン・アデルソン。第2位はロシア系ユダヤ移民の息子であるバーナード・マーカスだ。 アデルソンはアメリカのラス・ベガスとペンシルベニア、東南アジアのマカオとシンガボールでカジノを経営、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にある。そのネタニヤフ首相はアメリカ議会で行った演説でイランを攻撃すべきだと主張、出席した議員からスタンディング・オベイションを受けている。 そのネタニヤフ首相はテル・アビブでは3万人とも4万人とも言われる抗議のデモ隊に迎えられた。その好戦的な政策がイスラエルを危険な方向へ導くと懸念する人びとは少なくない。参加者の中には元モサド長官のメイル・ダガンや元副長官のアミラム・レビンも含まれていた。 ダガンはモサドの長官だった2010年にネタニヤフ首相からイランと戦争を始める準備をするように命令されたことがある。この決定は全閣僚が参加した会議で決められたわけでなく、閣内で開戦に賛成していたのは首相に近い7名だけだったとされている。そこで軍も情報機関も命令を拒否したようだ。 もっとも、クリントンに高額の寄付をした人の上位5位まではユダヤ系。ドナルド・サスマン(2080万ドル)、JBとマリー・カトリン・プリッツカー(1500万ドル)、ハイムとチェリル・サバン(1250万ドル)、ジョージ・ソロス(1180万ドル)、そしてS・ダニエル・エイブラハム(960万ドル)だ。そのほかフィルムメーカーのスティーブン・スピルバーグ、ファッション・デザイナーのラルフ・ローレン、Facebookのダスティン・モスコビッツなども高額寄付者。トランプの場合、これほどではないというだけだ。 今後、どのような展開になるかは不明だが、とりあえず投票ではトランプが勝った。その一因は支配層の内部にもクリントンやその周辺にいるグループの好戦的な考え方を懸念する人がいる、おそらく増えていることにある。現在の投票システムを考えると操作は難しくないようなので、支配層の内部でクリントンを大統領にするという決定が翻されたと推測できる。 2011年10月から15年9月まで統合参謀本部議長を務めていたマーチン・デンプシー陸軍大将はアル・カイダ系の武装集団やそこから派生したダーイッシュを危険な存在だと考えていたが、アサド大統領の排除を優先しているバラク・オバマ大統領はデンプシー議長の警告に耳を貸さなかったという。そこで、デンプシー議長は2013年秋からアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに関する情報を独断でシリア政府へ伝え始めたとハーシュは書いている。 2012年から14年までアメリカ軍の情報機関DIAの局長を務めたマイケル・フリン中将は退役後、アル・ジャジーラのに対してダーイッシュの勢力が拡大したのはバラク・オバマ政権が決めた政策によると語り、ダーイッシュを押さえ込むためにロシアと手を組むべきだと主張している。 フリンが局長だった2012年8月、DIA(国防情報局)は反シリア政府軍の主力はサラフ主義者(ワッハーブ派)、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIで、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとする報告をホワイトハウスに提出している。その報告を知った上でオバマ政権は反シリア政府軍を支援した。ロイターによると、トランプに外交政策に関するアドバイスをしているのはこのフリンだ。 2013年2月から15年2月にかけて国防長官を務めたチャック・ヘイゲルもデンプシー大将と似た考え方の持ち主で、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を危険視、ロシアとは手を組むべきだと考えていた。今回の大統領選挙の結果を受け、ヘイゲルはロシアとの関係を修復すべきだと主張している。 ネオコンをはじめとする好戦派の「核戦争も辞せず」という姿勢は離反を招き、アメリカは孤立しはじめている。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領はその象徴。1932年、日本の支配層が従属していたアメリカのボス(ウォール街)はホワイトハウスで主導権を失い、クーデターも失敗、日本は迷走した。似た状況になっている。
2016.11.09
次期大統領が誰に決まろうと、アメリカという国が破綻しつつある事実に向き合わなければならない。有力メディアを使って「景気回復」の幻影を広めても現実が人びとを目覚めさせる。まだ目覚めつつある段階だが、それでも支配層の代理人、ヒラリー・クリントンを拒否する人が増えている。巨大資本に全てを捧げ、ロシアと核戦争するのは御免だということだ。 ネオコン/シオニスト、巨大金融機関、戦争ビジネスなどに支えられたクリントンが支配層の内部で次期大統領に内定したのは遅くとも昨年5月から6月にかけての時期だと見られている。民主党の幹部たちは5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールが存在、7月22日にWikiLeaksが明らかにした電子メールでも民主党の幹部へサンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう求めるものがあった。(例えばココ)また、6月11日から14日にかけてオーストリアでビルダーバーグ・グループの会合が開かれているのだが、そこにヒラリー・クリントンの旧友、ジム・メッシナが参加していたのだ。 ビルダーバーグ・グループは欧米支配層の利害調整機関と位置づけられ、その第1回総会は1954年にオランダのビルダーバーグ・ホテルで開かれている。その上部機関と見られている組織がACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)。ヨーロッパの統合が目的だった。勿論、統合されたヨーロッパを支配するのは米英の支配層だ。 ウォール街の弁護士でアメリカの情報機関を動かしていたウィリアム・ドノバンやアレン・ダレス、あるいはドイツが降伏した直後、米英両軍と降伏したドイツ軍でソ連を奇襲攻撃しようとしたイギリスの大物政治家ウィンストン・チャーチルが委員として名を連ねていた。(Lobster, Winter 2009/10) ポーランド生まれでイギリスの対外情報機関MI6のエージェントになったユセフ・レッティンゲル、あるいはフランスの首相を務めたロベール・シューマン、ベルギーの首相を務めたポールヘンリー・スパークなどを中心とするヨーロッパ統一運動が存在していたのだが、その活動資金の半分以上はACUEから出ていた。ACUEの資金源はロックフェラー財団やフォード財団。レッティンゲルはビルダーバーグ・グループをオランダ女王の夫であるベルンハルト殿下と一緒に創設した人物である。 レッティンゲルは第2次世界大戦の前からヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと活動、大戦中はロンドンへ亡命していたポーランドのウラジスラフ・シコルスキー将軍の側近だった。シコルスキーはコミュニズムが嫌いで、英国政府の支援の下、亡命政府を名乗っていた。当時、ポーランド軍の大多数の将校が忠誠を誓っていた人物がこのシコルスキーで、ナチスよりもコミュニストを敵視していた。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage Press, 1995) ヒラリー・クリントンの好戦的で残虐な性格が広く知られるようになった映像がある。CBSのインタビュー中、リビアのムアンマル・アル・カダフィが殺されたと知らされると「来た、見た、死んだ」と口にして喜んでいるのだ。カダフィ惨殺は彼女の予定表に書き込まれていたのだろう。 ヒラリーの夫、ビル・クリントンがアメリカ大統領に就任したのは1993年のこと。すでに有力メディアがスキャンダル攻勢を始めていたが、その背後ではリチャード・メロン・スケイフという富豪が資金を出していた「アーカンソー・プロジェクト」が存在していた。この富豪はネオコンや情報機関と関係が深く、1993年から97年までに240万ドルをその反クリントン・キャンペーンに提供していた。 1993年9月には米英の有力者がボスニアへの軍事介入を求める公開書簡をウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載している。そこに署名した人物にはマーガレット・サッチャー元英首相、アメリカからはジョージ・シュルツ元国務長官、フランク・カールッチ元国防長官、ズビグネフ・ブレジンスキー元国家安全保障問題担当大統領補佐官、ポール・ニッツェ、ジョージ・ソロス、ジーン・カークパトリック、アルバート・ウールステッター、ポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パールたちが含まれていた。(Wall Street Journal, September 2, 1993) 大統領に就任した当初、クリントンは戦争に消極的だったが、有力メディアは違った。例えば、1992年8月にボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたとニューズデーのロイ・ガットマンは伝えている。後に別のジャーナリスト、アレクサンドラ・スティグルマイアーやマーティン・レットマイアーらがガットマンの記事が正しくないことを確認しているが、メディアが好んだのはガットマンのような記事。 その当時、ガットマンはドイツのボン支局長。バルカンに常駐しているわけではない。そのガットマンが頼っていた情報源のひとりがヤドランカ・シゲリなのだが、この人物はクロアチアの与党HDZ(クロアチア民主団)の副党首を務めていた。しかもクロアチアの亡命者が創設したプロパガンダ組織CIC(クロアチア情報センター)のザグレブ事務所の責任者でもあった。 このCICがレイプ情報の発信源。CICはIGfM(国際人権協会)と緊密な関係にあり、1996年には「人権擁護団体」のHRWがシゲリを主役にしたドキュメント映画を発表、レイプ報道で脚光を浴びたガットマンはピューリッツァー賞を贈られた。この当時から「人権」は侵略、殺戮、破壊の口実に使われている。「大東亜共栄圏」の建設を口実にして東アジアを侵略した日本と同じことをしている。なお、ICRC(赤十字国際委員会)の認識によると、戦争で全ての勢力が『不適切な行為』を行ったが、セルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はないという。(Diana Johnstone, "Fools' Crusade," Monthly Review Press, 2002) 人権を守るために軍事介入するべきだという雰囲気を作ろうとしたのだろうが、ビル・クリントン政権は動きが鈍かった。そうした流れが変わったのは1997年1月にマデリーン・オルブライトが国務長官に就任してから。この女性はズビグネフ・ブレジンスキーの教え子で、ヒラリーと親しい。国務長官の交代はヒラリーが求めたと言われている。 1998年初頭には新たな女性スキャンダルが浮上する。インターンとしてホワイトハウスで働いていたモニカ・ルウィンスキーとの関係だ。その年の秋になるとオルブライトがセルビア空爆への支持を表明、セルビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領は空爆を避けるため、コソボからの撤退を10月に発表する。 しかし、これで平和は訪れなかった。決して親セルビアとは言えないヘンリー・キッシンジャーでさえ1998年10月から99年2月までの期間における停戦違反の80%はアメリカを後ろ盾とするKLA(コソボ解放軍、UCKとも表記)だとしている(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009)が、そうした事実を無視してアメリカはNATOに空爆させる。1993年3月のことだ。 ビル・クリントン政権にはヒラリー人脈に属す人物がオルブライトのほかにもいた。ネオコンのビクトリア・ヌランド(国務副長官の首席補佐官)だ。後にウクライナでネオ・ナチを使ってクーデターを行っている。ヒラリーの側近中の側近と言われているフーマ・アベディンがヒラリーと結びついたのもこの時期。1996年、ジョージ・ワシントン大学の学生だった時にインターンとしてホワイトハウスに入っている。このアベディンからムスリム同胞団、ワッハーブ派/サラフ主義者、アル・カイダ人脈などにつながる。 支配システムの中でヒラリー・クリントンは重要な歯車だと言えるだろうが、支配層にとって危険な存在だとも言える。とりあえず司法省/FBIは沈黙させたが、情報機関や軍の内部にもヒラリーを「裏切り者」だと考えている人は存在する。「友好国」のサウジアラビアは財政赤字で不安定化、トルコはクーデター未遂でロシアに接近する姿勢を見せている。ドルが基軸通貨の地位から陥落しつつあるという大問題も表面化してくるだろう。 日本の支配層が頼ってきたアメリカのボスは危機的な状況の中にいる。
2016.11.09
ジブチへ日本政府は約47億円をかけて拠点基地を2011年に建設、南スーダンには陸上自衛隊・中央即応集団を派遣している。ジブチの拠点を防衛省は来年、拡張するという。そのジブチと南スーダンは、アメリカがアフリカや中東を侵略する拠点にしようとしている国。資源を略奪するために破壊と殺戮を繰り広げる足場にしようというわけだ。 2007年にアメリカはアフリカ大陸を担当する統合軍のAFRICOMを創設しているが、その目的は言うまでもなく、アフリカを侵略して支配することにあった。当然、アフリカ諸国は反発、AFRICOMは司令部をドイツに置かざるをえなくなり、ジブチはアメリカ軍の橋頭堡的な役割を果たすことになる。 アメリカ軍をアフリカ諸国が拒否できた一因は、リビアに君臨していたムアンマル・アル・カダフィにある。彼は自国を自立させるだけでなく、アフリカを独立させようとしていた。そうしたプランの一環としてドル体制からの離脱を目指し、金貨ディナールをアフリカの基軸通貨にしようとしていた。 アメリカが2011年にリビアを攻撃した際、リビアは143トンの金を保有していたと言われている。WikiLeaksが公表したシドニー・ブルメンソールからヒラリー・クリントンに宛てた電子メールによると、アメリカがリビアを攻撃した理由は、その金143トンと石油利権だったことを暗示している。 伝えられるところによると、バラク・オバマ大統領にリビア攻撃を強く迫ったのは3人の女性、つまり国務長官だったヒラリー・クリントン、そしてサマンサ・パワーとスーザン・ライスだ。クリントンはカダフィが惨殺されたことを知らされ、「来た、見た、死んだ」と口にして喜んでいる。 アメリカがAFRICOMを創設する前年、2006年3/4月号のフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号は、キール・リーバーとダリル・プレスの論文を掲載した。その中でふたりはロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できると主張している。この雑誌は外交問題評議会が発行、アメリカ支配層の意思を何らかの形で反映していると言える。 また、2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に掲載されたシーモア・ハーシュの記事によると、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの3カ国が秘密工作を開始、そのターゲットはシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラだとしている。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、1991年に国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語り、2001年9月11日に世界貿易センターと国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されて10日後には統合参謀本部でイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランを先制攻撃する計画ができていると聞いている。この計画を作成したのはドナルド/ラムズフェルド国防長官の周辺だ。 イラクはアメリカ軍主導の連合軍による先制攻撃で破壊、シリア、イラン、レバノンに取りかかっていたということだろうが、同じ頃、アメリカはエチオピア軍にソマリアを侵略させている。2011年にはリビアとシリアを傭兵(アル・カイダ系武装集団)に侵略させている。 スーダンでは内戦が1983年から2005年まで続き、11年に南部が独立している。この戦乱は石油が原因だった。1974年にアメリカの巨大石油会社シェブロンがスーダンで油田を発見したのだ。1990年代の終盤になるとスーダンでは自国の石油企業が成長してアメリカの石油企業は利権を失っていき、中国やインドなど新たな国々が影響力を強めていった。 南部ではSPLM(スーダン人民解放軍)が反政府活動を開始するが、SPLMを率いていたジョン・ガラングはアメリカのジョージア州にあるフォート・ベニングで訓練を受けた人物。結局、南部は独立に成功した。国境の周辺に油田があるのは必然だ。 スーダン西部にあるダルフールでも資源をめぐる戦闘が2003年から激化した。当初、欧米の国々は南スーダンの石油利権に集中、ダルフールの殺戮を無視していたが、ネオコンはダルフールへ積極的に介入した。その資源に目をつけた隣国チャドの政府が反スーダン政府のJEM(正義と平等運動)へ武器を供給したことも戦闘を激化させる一因。チャドの背後にはイスラエルが存在していると生前、リビアのムアンマル・アル・カダフィは主張していた。
2016.11.08
経団連の榊原定征会長(東レ相談役最高顧問)や福田康夫元首相を含む経済分野の代表団が中国を訪問した。榊原は経団連の会長に内定した際、中国との関係強化を口にしていたが、それを実践している。 中国とのビジネスによってかろうじて維持していた日本経済は、菅直人が首相に就任して3カ月後の2010年9月に大きく揺らいだ。海上保安庁が「日中漁業協定」を無視して中国の漁船を取り締まり、中国との関係を壊してしまったのである。 漁業協定に従うならば、日本と中国は自国の漁船を取締り、相手国の漁船の問題は外交ルートで注意喚起することになっていたが、それが無視された。海上保安庁が独断で実行したとは考え難い。もし勝手に漁業協定を破ったならば、責任者は厳しく処罰されていたはずだ。 海上保安庁は国土交通省の外局なので、国土交通大臣だった前原誠司が協定破りを承認していたと見るべきだろう。それによって生じた日中関係の悪化を修復するのは外務省の役割だが、事件の直後に前原が外務大臣に就任する。つまり、中国と日本との関係を破壊するのは菅直人政権の政策。つまり確信犯だ。 2011年3月11日に東北の太平洋側で発生した巨大地震が関係悪化を緩和しそうになったのだが、これを石原慎太郎と石原伸晃の親子が壊している。2011年12月に石原伸晃がハドソン研究所で講演、尖閣諸島を公的な管理下に置いて自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすと発言、今年4月には石原知事が「ヘリテージ財団」主催のシンポジウムで尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向を示したのだ。 こうした言動の背後にはネオコンの大物、I・ルイス・リビーがいたと言われている。その当時、リビーはハドソン研究所の上級副所長。安倍晋三もハドソン研究所と関係が深いが、そのつながりを築いたのもリビーだ。菅直人、前原誠司、安倍晋三、石原慎太郎、石原伸晃、いずれもリビーに操られていると見て良いだろう。自民党と民主党(民進党)と言い換えることもできる。 そうしたネオコンの戦略に日本の巨大企業も耐えられなくなっている可能性が高い。日本が関係を悪化させた中国はロシアとの同盟を強化している。これはアメリカの支配層にとっても想定外だったようだ。 「本当は日本とつきあいたいのだ」という妄想に浸っている状況ではない。ネオコンの戦略で中東/北アフリカには戦乱が拡がり、その戦乱を仕掛けた一国であるサウジアラビアは財政赤字。今後、中東がエネルギー源を安定供給できるとは言えない状況。原発を動かしても解決にはならない。ロシアとの関係を改善するしかない。 今年9月2日から3日にかけて、ロシアのウラジオストクで「東方経済フォーラム」が開催され、日本からは安倍晋三首相が出席した。「北方領土」などは関係ない。歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島をロシアが日本に「返還」する可能性は限りなくゼロに近い。 「東方経済フォーラム」の開催に合わせ、ブルームバーグはロシアのウラジミル・プーチン大統領にインタビュー、そのなかで、日本との経済関係を大きく進展させるために千島列島のひとつと交換するような取り引きはあるかと聞かれ、プーチンは領土の取り引きはしないと答えた。(ブルーバーグがアップロードした映像のタイトルは適切なものでなく、中身を見ていただきたい。) 続けて、プーチンは平和条約が重要な課題だとしている。かつて、ロシアを訪問した岸田文雄外相に対してセルゲイ・ラブロフ露外相は平和条約締結の前提として、日本政府が歴史的な事実を認めることを求めている。 そうした歴史的な事実には日本の降伏も含まれている。言うまでもなく、日本が連合国に降伏したのは1945年9月2日。この日、政府全権の重光葵と軍全権の梅津美治郎が東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦、ミズーリで降伏文書に調印したのだ。降伏したということはポツダム宣言を受け入れたことを意味する。 戦後日本の出発点であるポツダム宣言は、「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」と定めている。 「カイロ宣言」の条項を履行し、日本の主権は本州、北海道、九州、四国と連合国が決める周辺の小さな島々に限定するとしているのだ。確定しているのは本州、北海道、九州、四国だけであり、沖縄も含まれていない。日本政府がソ連との国交を正常化使用とした際、激怒したアメリカ政府は沖縄を奪うと脅したようだ。 カイロ宣言には、「千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国ガ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト竝ニ満洲、台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト」と書かれている。こうした宣言を厳密に履行したなら、領土問題は存在しなくなる。 日本側もロシアの姿勢を熟知しているはず。安倍晋三政権がロシアや中国に接近しているのは、それだけ日本企業が厳しい状況にあるからだろう。領土問題など考えているとは到底、思えない。(それほど愚かではないだろう。) 現在、日本はネオコンなど好戦派の戦略に基づいてロシアや中国と(核)戦争を始める準備をすると同時に、ロシアや中国と接触するという矛盾したことを行っている。ネオコンの戦略が破綻しているということだ。それだけに、核戦争の可能性は高まっているとも言える。
2016.11.07
アメリカで展開されている大統領選挙の投票日が近づいている。ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの支持率を競馬の予想屋的な視点から「解説」する人も少なくないようだが、この選挙で最大のキーパーソンはクリントンでもトランプでもなくフーマ・アベディンだとする見方もある。 アベディンは本ブログでも何度か取り上げているが、ヒラリー・クリントンの側近中の側近と言われ、クリントンが国務長官だった2009年1月から13年2月にかけて国務省副主席補佐官を務めている人物。 1976年7月にアメリカのミシガン州で生まれたが、2歳の時に家族と一緒にサウジアラビアのジェッダへ移り住んだ。父親のシード・アベディンはインド出身だが、その時、サウジアラビア政府のイスラム問題担当省の高官として働き、ムスリム同胞団とも緊密な関係にあったとされている。母親のサレハ・アベディンはパキスタン出身で、ムスリム同胞団の女性部門で指導的な地位にあった。 サウジアラビアのムスリム同胞団はワッハーブ派(サラフ主義者)の強い影響を受けている。ムスリム同胞団やワッハーブ派はズビグネフ・ブレジンスキーが1970年代の末に編成した武装集団の中心になった人びとで、アル・カイダ系武装集団の主力でもある。戦闘員を雇う資金を出したのはワッハーブ派を国教とするサウジアラビアだった。 この国でムスリム同胞団とワッハーブ派が結びつきを強めたのは1950年代。エジプトで革命を成功させた自由将校団のガマール・アブデル・ナセルをムスリム同胞団が1954年10月に暗殺しようとして失敗、この団体は非合法化されてメンバーは国外へ逃れたが、多くのメンバーが逃げ込んだ先のひとつがサウジアラビアだった。ナセルがエジプト大統領に就任したのは1956年6月のことだ。 ナセルの命を狙ったのはムスリム同胞団以外にも存在する。イギリス、アメリカ、イスラエルなどだ。イギリスの対外情報機関MI6(SIS)はナセルが大統領になる4カ月ほど前からナセル暗殺の検討を開始したと言われている。ロンドン駐在のCIAオフィサーだったジェームズ・アイケルバーガーからワシントンのアレン・ダレスCIA長官に宛てたテレックスの中に、MI6がナセルを殺す話をしていたとする記述があるという。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) ダレス長官は兄のジョージ・フォスター・ダレス国務長官と同じようにイギリスの考えに同調していた。大統領に就任した翌月、ナセルはスエズ運河の国有化を宣言、それに対してイギリスは反ナセルの宣伝を開始、フランスも同調してイスラエルに武器を提供しはじめた。(前掲書) イスラエルのデイビッド・ベングリオン首相もイギリスと手を組む。イーデン英首相はベングリオン首相やモサドと連絡する際、英外務省をバイパスするため、暗号化した内容をMI6の無線でイスラエル側へ伝えていたともされている。(前掲書) 1956年8月にMI6のジュネーブ支局長はムスリム同胞団のメンバーと会談、自宅に軟禁状態だったモハメド・ナギブ元大統領を解放して大統領に復帰させ、反ナセル派の将校は市民とナセルや閣僚の暗殺について協議すると伝えたという。(前掲書) その当時、イギリスは空調装置を使って神経ガスを送り込む、あるいは紙タバコ入れに仕込んだ毒矢を発射するといった暗殺方法を考えていたようだが、フランスには特殊部隊を潜入させてビルを爆破するという計画があった。イスラエルはケイタリング会社の従業員を買収し、毒薬をナセルが飲むコーヒーに入れさせようとしている。(前掲書) しかし、ドワイト・アイゼンハワー米大統領は運河の国有化を理由にして内政干渉することに反対、ダレス国務長官に対して10月にそうした内容の通告をしている。MI6のナセル体制転覆計画を持ち出しても大統領の意見に変化はなかったようだ。 1980年代のアフガン戦争と同じように、2010年に始まった「アラブの春」ではムスリム同胞団とワッハーブ派が重要な役割を果たし、エジプトではホスニ・ムバラク政権が倒された。ムバラクに替わって大統領に就任したモハメド・ムルシはムスリム同胞団で、サラフ主義者(ワッハーブ派)から支持されていた。支持母体はアル・カイダ系武装集団と同じだ。 そうした背景があることからムルシに反発する人もいて、退陣を要求する100万人規模の抗議活動が展開されている。そこで軍最高評議会のアブデルファター・エル・シーシ議長が憲法の停止を宣言、アドリー・マンスール最高憲法裁判所長官を暫定大統領に指名したわけだ。 2012年8月にDIA(国防情報局)の作成した文書は、シリアにおける反乱の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)だと指摘している。アル・カイダ系武装集団の主力もサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団だ。この構図はリビアでも同じ。この当時の国務長官はクリントンで、アベディを介してサラフ主義者(ワッハーブ派)やムスリム同胞団とつながっていたと見られている。 リビアではNATOの空爆とアル・カイダ系武装集団の地上戦が連携し、ムアンマル・アル・カダフィ体制を倒した。その際、カダフィ自身が惨殺されているが、それを知らされたクリントン長官は「来た、見た、死んだ」と口にして喜んでいる。その半年前、ロシアのウラジミル・プーチンは「誰がNATOにカダフィを殺す権利を与えたのだ」と侵略勢力を激しく批判したが、それと対照的だ。 リビアでの戦闘でアメリカをはじめとする侵略勢力がアル・カイダ系武装集団と結びついていることが明確になってしまう。そして登場してくるのがダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)だが、中身は同じだ。 カダフィ体制が崩壊した後、アメリカは武器/兵器や戦闘員をシリアへ移動させる。ベンガジにあるアメリカの領事館がその拠点だったが、そこが2012年9月11日に襲撃されてアメリカのクリストファー・スティーブンス大使も殺されてしまう。 スティーブンスはリビアで戦闘が始まってから2カ月後の2011年4月に特使として同国へ入り、11月に国外へ出て、翌年の5月には大使として戻っていた。領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っている。 運び出された武器/兵器の中に化学兵器も含まれていた。これをシリアで使い、政府軍に責任をなすりつけてNATO軍が直接、介入する口実に使用とした可能性が高い。こうした工作をスティーブンスは熟知、彼の上司だったクリントン国務長官も知っていたはずである。 2012年11月、デイビッド・ペトレイアスがCIA長官のポストを辞しているが、この人物はクリントンと緊密な関係にあることで有名。スティーブン大使から報告されるまでもなく、ベンガジでの工作をクリントンは知っていたと見るべきだ。 本ブログでは何度も書いたことなので今回は詳しく書かないが、クリントンの夫、ビルが大統領だった時代のアメリカ政府は戦争に消極的だった。そうした中、戦争へ導こうとしていたのが、マデリーン・オルブライト(国連大使から国務長官)やビクトリア・ヌランド(国務副長官の首席補佐官)を含むヒラリー人脈。オルブライトの師にあたる人物はズビグネフ・ブレジンスキーであり、ヌランドはネオコンだ。アベディがインターンとしてホワイトハウスへ入り、ヒラリーと親密な関係になったのもその当時だった。 ヒラリー・クリントンの周辺にはブレジンスキー(デイビッド・ロックフェラー)、ネオコン、そしてムスリム同胞団のネットワークが張り巡らされている。しかも戦争ビジネスや巨大金融資本という後ろ盾もある。こうした存在がヒラリー・クリントンを守ってきたのだが、フーマ・アベディンの問題にメスが入ると、こうしたネットワークが明るみに出てしまう可能性がある。司法省やFBIもこうした問題をいかに隠蔽するか、必死に考えていることだろう。
2016.11.06
安倍晋三政権はTPP(環太平洋連携協定)が描くビジョンに従って国を作り替えつつある。TPPが批准されることを前提にして準備が進められ、国外では侵略戦争に参加する体制を整え、国内では弱者を切り捨て、治安システムを強化されてきた。ちなみに、この協定に含まれるISDS条項は、巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制を政府や議会が作ることは事実上、禁止することになる。企業から賠償を請求されてしまうからだ。 TPPの下では直接的な生産活動やサービスのルール、労働条件、環境汚染、食糧の安全などに関する規制、あるいは健康保険や年金など社会保障の仕組みを決める最終的な権限を巨大資本が持つ。アメリカのバラク・オバマ政権はTPPのほか、EUとの間でTTIP(環大西洋貿易投資協定)、さらにTiSA(新サービス貿易協定)を結び、巨大資本が支配する世界を築こうと目論んできたのだ。 いずれの協定も交渉は秘密裏に進められ、その内容は議会にも庶民にも知らされず、内部告発で漏れてくる情報が頼り。アメリカの場合、議会に協定の承認を求める前に中身を国民へ示すべきだとする文書をふたりの上院議員、シェロード・ブラウンとエリザベス・ウォーレンがオバマ大統領へ突きつけていたが、両議員によると、アメリカ政府が設置しているTPPに関する28の諮問委員会に所属する566名の委員のうち80名、つまり85%が大手企業の重役か業界のロビイストだという。巨大企業のカネ儲けにとって都合の良い内容になるのは必然だった。そうした仕組みを作り上げるイデオロギーをファシズムと呼ぶ人もいる。 かつて、巨大資本が世界を支配する仕組みを公然と主張した人物がいた。イタリアでファシスタ党を結成したベニト・ムッソリーニだ。1933年11月に「資本主義と企業国家」の中でそうしたシステムを企業主義と呼び、資本主義や社会主義を上回ると主張している。そしてファシズムというイデオロギーが誕生した。そのベースになる考え方はイタリアの経済学者ビルフレド・パレートから学んだという。 その当時、アメリカの巨大金融資本はニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトの政権を倒してファシズム体制を樹立するためにクーデターを計画している。本ブログでは何度も書いているように、この計画はスメドリー・バトラー少将の議会証言で明らかにされた。この証言でクーデターは未遂に終わり、巨大資本がホワイトハウスで主導権を握るのは1945年4月にルーズベルトが急死した後だ。その巨大資本の中心にいたJ・P・モルガンは1923年の関東大震災以降、日本の政治や経済に大きな影響力を持っていた。その日本における代理人を1932年から42年にかけて務めていたのがジョセフ・グルー。第2次大戦後、民主化の流れを断ち切り、「戦前レジーム」へ戻す作業をしたジャパン・ロビーの中心的な存在でもある。 ところで、フランクリン・ルーズベルトは1938年4月29日、ファシズムについて次のように定義している。「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」 この定義に従えば、TPP、TTIP、TiSAの3点セットはファシズム体制を作り上げるための取り決め。オバマ大統領も菅首相も安倍首相も、そして大手マスコミもファシストだと言うことができる。 菅にしろ安倍にしろ、アメリカ支配層に従属しているだけ。そうした姿勢のために中国やロシアとの関係が悪化、日本企業は厳しい状況に陥っている。アメリカの支配層が混乱したり弱体化したなら、日本の支配層が中国やロシアへすり寄っても不思議ではないが、日米の好戦派が消えたわけではなく、暴走の誘惑は強まるだろう。アメリカでは内戦の可能性も懸念されている。アメリカ政府が「刀狩り」を進めてきた一因はここにある。ロシアや中国との核戦争を回避できても、アメリカは不安定化しそうだ。
2016.11.05
キエフ体制で政治家の腐敗が西側のメディアも取り上げるほど深刻化、ファシズムはウクライナだけでなく旧ソ連圏に広がっていると伝えられている。こうした実態を隠すひとつの手段としてロシア、そしてウラジミル・プーチンを悪魔として描くプロパガンダが西側では展開されてきた。 この体制はクーデターで成立したものだが、その背後にはアメリカの支配層がいることから「国際社会」とやらは容認している。選挙で成立したビクトル・ヤヌコビッチ大統領の政権はネオ・ナチの暴力で揺さぶられ、2014年2月23日に憲法の規定を全く無視した形で倒された。その際、西側はヤヌコビッチ政権の腐敗を宣伝していたが、真の腐敗はクーデター後に始まっている。 現在、ウクライナの平均月収は214ドルにすぎないのだが、伝えられるところによるとボロディミール・フロイスマン首相は100万ドル以上の預金があり、24名の閣僚を合計すると700万ドル近くの現金を持っていると推計されている。高価な自動車やスイス製の時計、宝石、広大な土地などを所有している人もいるという。現在、ウクライナは破産状態だが、政治家や官僚は国を食い物にし、莫大な資産を形成中のようだ。 勿論、クーデターの前に腐敗がなかったわけではない。1991年12月にソ連が消滅、ロシアはアメリカの傀儡だったボリス・エリツィンが大統領として君臨し、旧ソ連圏には新自由主義が広がると腐敗も広がる。国の資産は政府の腐敗勢力と結びついたグループに奪われ、庶民は貧困化した。当然、国民の間で不満が高まり、新自由主義(親米)陣営は支持されなくなる。 ウクライナでは2004年の大統領選挙で西側の意に反し、ヤヌコビッチが当選した。西側の支援を受けたライバル候補のビクトル・ユシチェンコは「不正選挙」だと主張、デモや政府施設への包囲などで新政権を揺さぶり、2004年から05年にかけて反ヤヌコビッチのキャンペーンが展開された。いわゆるオレンジ革命」である。この「革命」にもヌランドは参加していた。 しかし、そのオレンジ革命も新自由主義化が目的で、前と同じように貧富の差が拡大、2010年2月にはヤヌコビッチが大統領に就任した。そのヤヌコビッチ政権を倒すため、西側はNGOを使って抗議活動を演出、2013年11月にはキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)へ約2000名の反ヤヌコビッチ派が集まる。当初、抗議活動は人びとのEUへの憧れを刺激する「カーニバル」的なもので、12月に入ると50万人が集まったとも言われている。 規模が大きくなったところで登場してきたのがネオ・ナチのグループ。そのメンバーを西側は軍事訓練して準備していた。ネオ・ナチのグループは2月18日頃からチェーン、ナイフ、棍棒を手に、石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーなどを持ち出し、中にはピストルやライフルを撃つ人間も出始める。そうした中、アメリカのバラク・オバマ大統領はウクライナ政府に対し、警官隊を引き揚げさせるべきだと求める。ヤヌコビッチ政権は強硬策をとることはなかった。 2月21日にヤヌコビッチ大統領と反ヤヌコビッチ派は平和協定に調印するが、22日に狙撃で多くの死者が出始め、議会の議長を務めていたボロディミール・リバクは「EU派」の脅迫で辞任、アレクサンドル・トゥルチノフが後任になる。憲法の規定を無視して新議長を議会が大統領代行に任命したのはこの日だ。 この狙撃について西側のメディアは政府側の仕業だと宣伝していたが、2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相は翌日、キャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)に対し、反政府側が実行したと強く示唆している: 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」そして、「新連合はもはや信用できない。」 アメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補は話し合いでの解決を嫌い、話し合いを進めていたEUを罵倒している。ヌランドとパイアットが電話で「次期政権」の閣僚人事について話し合っている音声がYouTubeにアップロードされているが、その中でEUに対して「くそくらえ(F*ck the EU)」と言っている。 旧ソ連圏では西側巨大資本の手先になり、国の富を盗む手助けをして自らも巨万の富を手にした人びとがいて、オリガルヒと呼ばれている。そうした富豪のひとりであるビクトル・ピンチュクが2009年から13年にかけてクリントン基金へ少なくとも860万ドルを寄付していることがWikiLeaksの公表した電子メールで発覚した。このピンチュクはユーロマイダンで始まったクーデターを支持していたひとりだ。 本ブログではすでに指摘しているが、ビル・クリントン大統領に対してユーゴスラビアを空爆するようにヒラリーは求めていた。その時、政府に入っていたヒラリーの友人には戦争推進派のヌランド、そしてマデリーン・オルブライトが含まれている。現在、ヒラリーの側近中の側近と言われ、ムスリム同胞団と強く結びついているヒューマ・アベディンはインターンとしてヒラリーの下で働いている。
2016.11.04
いわゆるアイドル・グループのひとつが10月22日のライブ・イベントで使用した衣装がナチスの制服に似ていると話題になり、アメリカの「サイモン・ウィーゼンタール・センター」なる団体がグループの所属するレコード会社やプロデューサーに謝罪を要求したという。 このサイモン・ウィーゼンタール・センターはユダヤ人の人権を守るため、第2次世界大戦が終わってから32年後の1977年にアメリカで設立された。団体の名称になっているサイモン・ウィーゼンタールはナチ・ハンターとして知られているユダヤ系オーストリア人。2005年に96歳で死亡している。 本ブログではすでに書いたことだが、アメリカでは1970年代にシオニストとキリスト教系カルト(聖書根本主義派、あるいは福音派と呼ばれている集団)と手を組んで政治的な影響力を強めた。イスラエルではリクードが主導権を握り、アメリカではジェラルド・フォード政権でデタント(緊張緩和)派が粛清され、ネオコンが台頭する。そうした状況の中でサイモン・ウィーゼンタール・センターは作られたわけだ。 団体の拠点があるアメリカでは、「ユダヤ人の国」とされるイスラエルによるパレスチナ人弾圧を批判したり、パレスチナ人の人権を守ろうとする人びとは激しく攻撃されている。ユダヤ系の人びとも例外ではない。 例えば、イスラエルを厳しく批判してきた研究者のノーマン・フィンケルスタイン。母親はマイダネク強制収容所、父親はアウシュビッツ強制収容所を生き抜いたという歴史を背負っているのだが、いや背負っているからこそ、イスラエルのパレスチナ人弾圧を許さないという姿勢を鮮明にしている。 デポール大学で働く任期制の教員だったフィンケルスタインが終身在職権を得ることが内定した際、シオニストとして有名なハーバード大学のアラン・ダーショウィッツ教授はフィンケルスタインと大学を激しく攻撃した。反フィンケルスタインのキャンペーンを数カ月に渡って展開、大学に圧力をかけて彼との雇用契約を打ち切らせてしまったのだ。 それ以外にも、フィンケルスタインの著作が世に出ると聞くと、ダーショウィッツ教授はカリフォルニア大学出版やカリフォルニア州の知事だったアーノルド・シュワルツネッガーに働きかけて出版を止めようとしている。 フィンケルスタインのような人物を攻撃する際、シオニストは自己憎悪(Self-hating)という標語を使う。安倍晋三首相の「お友だち」が使う「自虐史観」という表現と似ている。 一方、ナチスと深く関係しているアメリカ人にシオニストは無神経なところがある。第2次世界大戦では、1942年8月から43年2月にかけてドイツ軍とソ連軍との間で行われたスターリングラード攻防戦でドイツ軍が壊滅しているが、ドイツの劣勢が明らかになるとナチスの幹部たちはアレン・ダレスなどに接触している。 例えば、1942年の冬にナチ親衛隊はアメリカとの単独講和への道を探るために密使をOSSのダレスの下へ派遣、ドイツ降伏が目前に迫った45年初頭にダレスたちはハインリッヒ・ヒムラーの側近だった親衛隊の高官、カール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014) ウルフはイタリアにいる親衛隊を統括、アメリカ軍のイタリア占領を迅速に実現させることができる立場にあった。イタリアとスイスとの国境近くでウルフがパルチザンに拘束された際にはダレスが部下を派遣して救出している。(Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014) ダレスはウォール街の弁護士であり、巨大資本の代理人。1933年から34年にかけて反ルーズベルトのクーデターを計画した巨大金融機関と密接な関係にあり、ビジネスでドイツの支配層ともつながりがあった。 こうした動きをソ連は察知、ドイツにソ連を再攻撃させる動きだとアメリカ政府を非難しているが、フランクリン・ルーズベルト大統領はそうした交渉はしていないと反論している。実際、ルーズベルトはそうした秘密交渉を知らされていなかっただろう。そしてドイツが降伏する前の月にルーズベルトは執務室で急死した。 1945年になるとジョバンニ・モンティニ、後のパウロ6世はナチスの大物にバチカン市国のパスポートを提供し、逃走を助けはじめた。ナチスの元高官をラテン・アメリカへ逃亡させるルートは一般に「ラット・ライン」と呼ばれているのだが、このルートは1947年になるとアメリカの第430CIC(米陸軍対諜報部隊)のジェームズ・ミラノ少佐が動かすことになる。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) また、アメリカの国務省はナチスの残党やソ連の勢力下に入った地域から亡命してきた反コミュニスト勢力、つまりファシストを助け、雇い始める。「ブラッドストーン作戦」だ。アメリカの支配層は大戦の前も後もナチスと結びついていたということだ。 こうした流れの中、イギリスのウィンストン・チャーチル首相はJPS(合同作戦本部)に対し、ソ連へ軍事侵攻するための作戦を立案するように命令している。そして5月22日に提出されたのが「アンシンカブル作戦」。その作戦によると、7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000など) ルーズベルトが急死した後、副大統領だったハリー・トルーマンが大統領へ昇格するのだが、この人物のスポンサーだったアブラハム・フェインバーグはシオニストで、後にイスラエルの核兵器開発に資金を提供した富豪のひとりだ。リンドン・ジョンソンの後ろ盾としても知られている。 現在、イスラエルで主導権を握っているリクードはウラジミール・ジャボチンスキーの流れを汲んでいる。このジャボチンスキーが創設した武装集団のハガナは後にイスラエル軍の中核になるが、第2次世界大戦ではイギリスの訓練を受けている。ハガナから分かれる形で1931年に登場するのがイルグン。1940年にジャボチンスキーはパレスチナに住むユダヤ人に対し、イギリス軍へ参加するように求めた。 これに反発、イルグンを飛び出して1940年8月にロハメイ・ヘルート・イスラエル(レヒ)を新たに組織したのがアブラハム・スターン。創設者の名前からスターン・ギャングとも呼ばれている。スターンは1940年9月にイタリアのベニト・ムッソリーニ、さらにアドルフ・ヒトラーのドイツにも接近する。 レヒの創設とほぼ同時にジャボチンスキーは心臓発作で死亡、その後継者に選ばれたのがメナヘム・ベギン。後の首相だ。アメリカで活動していたジャボチンスキーの秘書だったベンシオン・ネタニヤフの息子が現在のイスラエル首相、ベンヤミン・ネタニヤフである。 当時、ユダヤ人の間でシオニストの人気はなかった。シオニストはナチスのユダヤ人弾圧を利用してパレスチナへ移住させようと目論むが、多くの人はアメリカなどヨーロッパ文明の影響を受けた国々を目指していた。
2016.11.03
アメリカで大統領選挙の投票日が迫る中、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの支持率が拮抗していると伝えられている。投票システムと同じように世論調査の信頼度に問題があると言われているので、有権者の支持率ではなく、投票用紙を数える立場にある人びと、つまり支配層の間でクリントン不支持の比率が高まっているのかもしれない。 クリントンは戦争ビジネスや巨大金融資本を後ろ盾にし、「イスラエル第1」を公然と主張、ロシアとの戦争に突き進む姿勢を示してきた。トランプはロシアと戦争する必要はないと主張、外交や安全保障の分野でふたりは正反対の意見を持っている。 親イスラエル色はクリントンの方が強いように見えるが、タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、クリントンの高額寄付者の上位5位まではユダヤ系、トランプの場合は上位2位までがユダヤ系で、トランプもイスラエルの影響を受けていると言える。実際、イスラエル・ロビー団体のAIPACで両候補とも演説している。勿論、クリントンはイスラエルを手放しで支持しているが、トランプも「イスラエルを愛している」と発言していた。 クリントンの上位5位までの寄付者は、ドナルド・サスマン(2080万ドル)、JBとマリー・カトリン・プリッツカー(1500万ドル)、ハイムとチェリル・サバン(1250万ドル)、ジョージ・ソロス(1180万ドル)、そしてS・ダニエル・エイブラハム(960万ドル)で、いずれもユダヤ系。そのほかフィルムメーカーのスティーブン・スピルバーグ、ファッション・デザイナーのラルフ・ローレン、Facebookのダスティン・モスコビッツなども高額寄付者だ。 それに対し、トランプに対する最大の寄付者はシェルドン・アデルソン。第2位はロシア系ユダヤ移民の息子であるバーナード・マーカスだ。アデルソンはアメリカのラス・ベガスとペンシルベニア、東南アジアのマカオとシンガボールでカジノを経営、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にある。 2013年にはイランを核攻撃で脅すべきだと発言しているが、その年の11月には日本でカジノ・ビジネスを展開するため、IS議連(国際観光産業振興議員連盟)の細田博之会長にプレゼンテーションを行い、東京の台場エリアで複合リゾート施設を作るという構想の模型を披露しながらスライドを使って説明したという。 その翌月、自民党などはカジノ解禁を含めた特定複合観光施設を整備するための法案を国会に提出した。順調に手続きが進めば、カジノ第1号は2020年の東京オリンピックに間に合うタイミングで実現する可能性がある。」とも言われた。 アデルソンは2014年2月に来日、日本へ100億ドルを投資したいと語っているが、5月にはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が日本政府高官に対し、アデルソンへカジノのライセンスを速やかに出すよう求めたという。 10月28日にFBIのジェームズ・コミー長官はクリントンの電子メールに関する捜査を再開したと連邦議会に通知、騒動になっているが、NSAの内部告発者であるウィリアム・ビニーは、電子情報機関のNSAが全ての電子メールを記録しているので、FBIがその気になれば調べられると指摘、また電子メールの流出元はNSAではないかとも推測していた。今回の捜査再開はFBIの内部での反発を受けてのことだとも言われているので、その推測は正しいかもしれない。
2016.11.02
マレーシアが沿岸警備用の艦船を中国から購入すると伝えられている。南シナ海にある南沙諸島の領有権をめぐり、両国、そしてベトナム、フィリピン、ブルネイ、台湾は対立してきたが、フィリピンやベトナムと同じように、緊張を緩和させようとしているように見える。 南シナ海にある南沙諸島の領有権をめぐり、両国、そしてベトナム、フィリピン、ブルネイ、台湾は対立してきた。東アジアの軍事的な緊張を高め、分断することはアメリカ支配層の基本戦略だ。その基本政策に従い、日本では菅直人政権時代の2010年9月、海上保安庁が「日中漁業協定」を無視して尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を取り締まってから中国との関係を悪化させている。 今年9月15日に稲田朋美防衛相はCSISで講演しているが、その際に彼女はアメリカ海軍が行っている「航行の自由作戦」への支持を表明、両国は共同で「巡航訓練」などを南シナ海で実行すると語っている。 今年6月後半、中国の程永華駐日大使は南シナ海に関する要求で譲歩したり主権を放棄することは戦争が勃発する事態になってもありえないと日本側に警告しているが、それに対する日本側の回答、つまり日本も戦争を辞さないと応じたと受け取られても仕方がない発言だ。そして10月21日、アメリカ海軍は駆逐艦のディケーターを南シナ海の西沙群島近くを示威航行させた。それに対し、中国は10月27日の0時0分から24時0分まで南シナ海、海南島の南で軍事演習を実施している。 日本とアメリカは東アジアで軍事的な緊張を高めようとしているわけだが、関係を改善しようとする動きもあり、そうした流れにマレーシアも加わった可能性がある。中東/北アフリカやウクライナと同じように、アメリカ支配層は傭兵を利用してアジア大陸の東側でも戦乱を広げるつもりだろうが、それを避けようとする動きもあると言える。 現在、タイで不穏な動きが噂されているほか、米英支配層の支援を受けたアウン・サン・スー・チーが支配を宣言しているミャンマーの問題もあるが、フィリピンにアル・カイダのネットワークがあることも忘れてはならない。 1993年にアル・カイダ系武装集団は爆弾を積んだトラックでニューヨークの世界貿易センターを攻撃、胎児を含む7名が死亡、1042名が負傷している。実行犯はクウェート生まれのラムジ・ユセフを含むグループで、ユセフのオジにあたるハリド・シェイク・モハメドはアル・カイダの幹部だと言われている。 1995年1月にユセフとモハメドのふたりは12機の旅客機を爆破する「ボジンカ計画」を立てた。この計画の拠点はフィリピンだったが、PNP(フィリピン国家警察)に察知されて中止されたという。同年2月にパキスタンの情報機関ISIとアメリカのDSS(外交保安局)はユセフをパキスタンで逮捕した。 1995年4月にはアメリカのオクラホマ州にある連邦政府ビルが爆破されて169名が死亡(ひとりは身元不明)、ティモシー・マクベインとテリー・ニコルスが逮捕、起訴されている。そのニコルスのパスポートには1990年から95年にかけてフィリピンへ5回訪れたことを示す記録が残っている。(Susan Lindauer, “Extreme Prejudice”, Suzan Lindauer, 2010) こうしたネットワークが現在も存在している可能性があるのだが、本ブログで繰り返し書いているように、アル・カイダとはCIAから訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックも指摘していることだ。なお、アル・カイダとはアラビア語で「ベース」を意味、「基地」という意味だけでなく「データベース」の訳語としても使われている。アル・カイダとアメリカとの連携はリビアを軍事侵略した際、明確になった。 東アジア/東南アジアに張り巡らされたアメリカの破壊工作ネットワークは現在でも生きているはずで、何らかの出来事が引き起こされる可能性はあるのだが、そうしたことを承知の上で緊張緩和への道を歩き始める政府が現れてきた。
2016.11.01
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